「うちの弟に色目を使ってんじゃねえぞ、アバズレ。ちっと黙っとけ」
「はいはい。それにしても、酷い呼称ねえ。こんな妙齢の美女に、ちょっとそれはないんじゃないかしら」
「だからうっせえっての。いいから話せ、ヤマト」
「あ、はい。じゃあまず予想から。それが合っているのかはわかりませんけれど、少しでも重なるところがあるのなら、提案として成立はすると思うので」
そう言って、ヤマトはまず自分に入ってきた断片的な情報を分析して組み上げた予想を話し出す。
商人ギルドとの会見前から予定されていた新制帝国軍との開戦。
その戦争をメガトン特殊部隊の分隊ではなく、商人ギルドとそれに与する新制帝国軍の小さな勢力が主導するのであれば、まず商人ギルドは長い年月をかけて自治を勝ち得た区域の守りを固めるはず。
「正解ね。教師として鼻が高いわ。あとでご褒美をあげなくっちゃね、ヤマト」
「と、とんでもないです。はい」
「……出会った瞬間からヤマトはやたら頭が切れると思ってたが、パツキンが教師として鍛えてやがったのか」
「授業は、ゴハンを奢るついでの世間話くらいね。けれどこの子はそんな世間話を大学の講義でもあるかのように真剣に聞いて、その後に会った時には考えを尽くした上でその時の疑問を質問にして投げかけたりもしてきたの。最高の生徒よね」
「だなあ」
また顔を真っ赤にしたヤマトは礼を言い、そうなった場合の配置を語り出す。
商人ギルドの兵力の配置だけでなく、その商人ギルドが守ると決めているすべての人と物の配置をだ。
旧市役所が指令部。
商人ギルドの職員とその家族、議員とその家族も含まれる非戦闘員もそこに避難。
これは戦で言う本陣であるから、戦力はまずここに集めるはず。
ならばそれ以外の非戦闘員はどうするか。
金持ち連中とその家族は、まず戦前のホテルに籠って出てこないだろう。
そのホテルはこの浜松の街の地図を見ると、ここ旧市役所、そして新制帝国軍の司令部がある浜松城からも最も離れた北東にあるからだ。
今では富裕層の高級マンションであるそのホテルは独自にセキュリティを雇っていたりもするので、商人ギルドは貸しを作るために戦力をいくらか出してはやるだろうが、その兵の数はそう多くないはず。
そして圧倒的大多数である庶民はと言えば、その避難先は戦前の小学校になる。
いくら物資を持っていようが、それを消費する庶民がいなくては商人などという職業はどうしたって立ちいかない。
ゆえに、商人ギルドは小学校へそれなりの兵を派遣せざるを得ない。
「でもその小学校は、敷地内に梁山泊という不確定要素を抱えているんです」
「普段からその梁山泊に寝泊まりしている山師が小金に目が眩んで新制帝国軍に与したり、非戦闘員から略奪を行ったりする可能性っすね。ヤマトが気にしてるのは」
「はい。ですから、……ぼくを小学校に配置してくださいっ! お願いしますっ!」
言葉を少し区切ったヤマトが勢いよく立ち上がり、願いを口にして思いっきり頭を下げる。
「なるほど。まあ、気持ちはわかるっす」
ヤマトは孤児。
かつて生き残るため共に手を取り合ったノゾとミライは安全な小舟の里にいるが、その他の孤児仲間や知り合いは、おそらく小学校に避難するはず。
だから、そこに自分を行かせてくれという望みは俺も理解できるが。
「オマエの気持ちは理解した。その上で訊くぞ、ヤマト」
「はい」
まっすぐな眼差し。
その純粋さがやけに眩しく感じるのは、俺がいつの間にかそれと同じ物を失ってしまったからなのだろうか。
「俺とタイチがやろうとしてたのは、狩りだ。地面がコンクリートの森を狩人の有利なように作り変え、ケダモノの群れを何度でも狩り尽くせるくれえのタレットって罠を張ってよ。そこに極上の餌でケダモノを誘き出す。勝率は間違いなく100パーセント。それどころか、たった2人の狩人でもケガすらしねえ、そんな狩りだ。…………だが、その狩りは商人ギルドが行う事になって名を変えたんだよ。オマエは、それをなんて呼ぶ?」
旧市役所の5階で長い長い話し合いをしながら、俺は最後まで迷っていた。
狩りという名の虐殺。
少し前の俺なら、それにタイチを、友達を巻き込む事なんて絶対にできなかっただろう。
けれど、俺はタイチと2人で新制帝国軍を皆殺しにしようと決めた。
そしてその役目をあの爺様が、まるで俺がどんなに夢に観てもプレイできないフォールアウト5の主人公にさえなれそうな男が譲ってくれと頭を下げた時には、言葉に詰まって天を仰ぎまでしたというのに。
「戦争です。その言葉の意味はもちろん知っています。そして、ぼくの想像の及ぶ限りではありますけど、その戦争という人類が犯す最悪の罪の過程で、どんな事が起こり得るかも」
「それでも一番危険な場所で、反吐が出そうな悲劇をその目で見ようってのか?」
「はい」
「オマエの命なんかと引き換えじゃ、ガキの1人も救えやしねえぞ?」
「承知の上です」
「んじゃ何をしに行くってんだよ?」
「……真似、ですかね」
「あんだって?」
ヤマトが笑う。
直前までの思い詰めた、酷く真剣な表情がまるでウソのように。
「ぼくは決めたんです。どんなに追いかけたって追いつけそうにない人に、どこまでも着いてくって。でも鬼と呼ばれるその人も、ちょっと信じられないんですけど普通の人間らしくって。残念ながら体は1つしかないんですよね」
「バケモノならバケモノらしく、分身くらいして見せろって事っすね。同感っす」
タイチが笑いながらタバコを咥える。
誰がバケモノだと言いながらその箱をひったくり、俺も1本咥えた。
そうしてから俺が投げたタバコの箱を、驚きながらもヤマトは見事にキャッチ。
「…………人は過ちを繰り返す、ならそれに対する備えは必要か。タイチは賛成なんだな?」
「仕方なくって感じっすけどね」
「だとさ。早くしろよ、ヤマト」
「えっ?」
「男がタバコを咥えたら次に何が必要かくれえ、ガキにだってわかるだろうがよ」
「え、ええっと。……あ。ライター、火ですね」
「おう。だからオマエも1本取って火を出せっての」
普段のヤマトなら、「ぼくはタバコなんて」とでも言って意地でもタバコを口に運ぼうとはしないだろう。
けれどヤマトは、このナマイキな弟は、顔をくしゃくしゃにして笑ってからタバコを咥えて箱をタイチに返す。
「どうぞ」
ライターの火。
差し出されたそれにそっと紙巻きタバコを寄せ、軽く息を吸い込む。
俺、タイチ、ヤマトの順に。
「そのライター。それと同じ物を誰が持ってんのか知ってるよな?」
「…………はい。2人の兄と、2人の師です」
「つまり、そういう事だ。わかるな?」
「はい!」
蓋を閉じたオイルライターを握り締めながら、ヤマトが大きく頷く。
「わかってんならそれでいい。タイチ」
「なんっすか、兄さん」
「キモイからやめれっての。そこの壁に、戦前の国産パワーアーマーを出しとく。ご注文の隠密仕様と、俺が使うはずだった赤備え。ショウには、メガトン特殊部隊の工作兵用に試作したバックパック付きだ。あとは任せたぞ」
「任されたっすよ。さっさと終わらせて梁山泊で派手に宴会するためにも、まあ適当に頑張るっす」
「だな」
俺達が『戦前の国産パワーアーマー』と呼ぶそれは、フォールアウト4のパワーアーマーと違って貴重な『フュージョンコア』を必要としない。
かつて大正義団のバカ連中が持ち出したそれは小舟の里に返却され、その大部分はメガトン特殊部隊へ配備されているので数に余裕はある。
試作したパワーアーマーのテストをすべて終えてセイちゃんがカスタムを施せば、特殊部隊のほぼ全員に戦前の国産パワーアーマーを装備させられるほどだ。
「とても戦前の、それもこの日本でライセンス生産されたパワーアーマーにはとても見えないわね。さすがはあの101の弟子ってトコかしら」
俺がまずピップボーイから壁に凭れかけさせるように出したパワーアーマーを見て、アイリーンがそんな感想を漏らす。
「セイちゃんは掛け値なしの大天才だからなあ」
色は漆黒。
武装は最低限。
だがこの『メガトン特殊部隊指揮官用パワーアーマー』は通常なら1つしか搭載されていない倍力機構とかいうやつの補助動力であるらしい核分裂バッテリーを2つに増やし、装備者のAGIにマイナス補正がかからないという驚異の性能を誇る。
「アキラ。このヘルメットに付いてる、ナイフみたいのは何なんっすか?」
「通信機のアンテナだ。コイツと俺の赤備えは指揮官機。指揮官機っつったらとーぜん、ツノ付きに決まってんだろ?」
「何が当然かなんて知らないし、指揮官『機』じゃなくって指揮官用だろうってツッコミたいっす」
そう言いながらもタイチはセイちゃんのカスタムに満足したらしく、頭の先から爪先までを念入りに目で確認すると、無言で大きく頷いてパワーアーマーに手を伸ばす。
その長年の剣術修行でタコだらけの無骨な手が向かったのは、パワーアーマーの胸の部分。
俺がセイちゃんの作業場にあった銀色のペンキを使って、戦前のエアブラシで一発描きしたエンブレムだ。
ガイコツと交差する二丁のデリバラー。
その頭蓋骨の額部分にはまるで釘先で削り込んだような『S.A.R.』という文字。
「オイラのパワーアーマーにも描いてくれたんっすね、この紋章」
「時間がなくって希望を訊けなかったからなあ。今度ヒマな時、飲みながらタイチ専用のエンブレムも考えようぜ」
「オイラもこれがいいっす。いや、これじゃなきゃ嫌っすね」
「……まあ、タイチがいいならいいがよ」
漆黒のパワーアーマーの横に10mmと.45口径、それに.308口径弾を出してゆく。
「308もっすか?」
「ああ。せっかくSTRが4も上がるんだ。レシーバーを308に換装した『オーバーシアー・ガーディアン』も持ってけ」
「フォールアウト4で流行ってたって話のあれっすか」
「だな」
その他の理由がないとは言えないが、そうとだけ告げて中距離戦用のオーバーシアー・ガーディアンを壁に立て掛ける。
そしてスティムパック等のAIDアイテムを、パワーアーマーに後付けされた収納部に入れられるだけ並べてゆく。
「スゲエ。なんだあの物資の数!?」
「つーかどっからあんな鎧を出したってんだよっ!?」
やたらと騒がしい声に視線を向けると、俺達を遠巻きに商人ギルドが集めたと思われる山師部隊の連中が人垣を作っているのが見えた。
もうピップボーイや俺のチートを隠す必要はないので見られても問題はないのだが、正直あまりいい感情は浮かばない。
見世物じゃねえぞと怒鳴りつけてやりたいくらいだ。
だが、黙って作業を続けた。
アイリーンが山師部隊を散らさないという事はまだ時間的にも余裕があるんだろうし、俺のチートを見せておく事にいくらかの利点もあるんだろう。