話は終わりだというように銃口で急かされ、ちょうど10人の男女が5人の兵士と会議室を出てゆく。
逆らう気のある者はいないようで、誰も彼もがおとなしいものだ。
その面子は年寄りがほとんどだし、最年少と思われるのがスワコさんの義理の姉だという美人さんなのだから、相手が半数とはいえアサルトライフルで武装した兵士に盾突く元気はないのかもしれない。
それとも、特権階級である自分達ならばこんな状況も切り抜けられるとタカをくくっているのか。
もしも後者なら、おめでたいものだ。
「こっからようやく話し合いですか、イサオさん」
「受けてくれるのならな」
「まあ、こっちは喧嘩がしたくて来たんじゃありませんし。スワコさんの顔を立てれるんなら受けてもいいですよ」
「助かる。では、まず席替えをして話そうか」
「了解です」
元から派閥のようなものはハッキリしていたらしく、部屋を出ていった全員は窓際の方に座っていた。
窓際の席に着いていた連中は突如として現れた稼働品の車両なんて奪うようにしてでも手に入れてしまえばそれでいいと考えていた、商人としての矜持すらすらないような、権力者気取りの金持ち連中だったんだろう。
そのせいでバランスが悪くなった席を車イスの老人を頂点とした円錐状に席替えをし、最初からこの場を仕切っているイサオさんが商人ギルドの非礼を詫びる言葉を口にする。
「この場にうちの熊がいなくてよかったよ」
「市長さんなら、最初の時点であの男をつまみ出してそうですもんねえ」
「つまみ出すくらいで済むもんか。下手すりゃそこの窓から投げ棄ててるよ」
「……ホントにやりそうで怖いっすね」
ここは5階だけど、あの人ならやりかねない。
「それでイサオ爺さん。金さえあればどんな好き放題も許されると思ってるような連中を追い出して、これからどうしようってんだい?」
「ご老体の考え次第だろう。この商人ギルドは合議によって運営されるが、それはあくまでも商人ギルドのオーナーであるご老体の選んだ道をよりスムーズに歩むためだ」
「だから鼻に付く横文字はやめなっての」
議員なんてのがいるから民主主義の真似事をしているんだと思ったが、そう単純な話ではなかったという事か。
ジンさん達3人も商人ギルドの事は俺が見て判断すべきだと詳しく話してくれなかったし、スワコさんだってそうだ。
だが、いくらなんでも101のアイツが商人ギルドに関わっていた事くらい、事前に話してくれていてもいいだろうに。
「……まあ、ちっと考えりゃわからないでも予想はできたか」
「落ち込むのは後にしな、アキラ。泣き言なら今夜にでもベッドの上で聞いてやるから」
「いやいやいやいや」
「やっと男を作る気になったと思えば、実の妹の旦那を選ぶか。スワコ嬢ちゃんも大概だなあ」
「30も年下の娘に溺れる爺さんよりはマシさ」
「ほえー。やりますねえ、イサオさん」
「私の話はいい。それより聞かせてくれ、アキラ青年。君はこの浜松に、商人ギルドに何を望む?」
やはりこういう、スパッと斬り込むような質問は楽でいい。
もしさっきの連中がああも理不尽な要求をしたりしていなければ、俺はこの海千山千の元山師を相手に会話で駆け引きをしたりされたりしなければならなかったのだろう。
そう考えると、かなり折れていて正解か。
「とりあえずは静観を。それが果たされるのを見たら、その時に手を取り合えたらなあとは思いますが」
「ほう」
「静観、ねえ」
嫌な予感しかしない。
スワコさんの顔にはまるでそう書いてあるかのようだ。
いきなりあんなからかい方をしてくれたんだから、このくらいの意趣返しは許されるだろう。
「それでアキラ青年は、何をするのを黙って見ていろと?」
「簡単な話ですよ」
「どうせとんでもない話なんだろうねえ。あの熊が気に入って、あのじゃじゃ馬が自ら望んで嫁に行く相手だ。怖いったらないよ」
「いえいえ。ただ新制帝国軍を潰すんで、黙って見ててくださいってだけの話です」
サラリと告げる。
まずは新制帝国軍を潰す。
西の脅威に備えながら3つの街が大きくなってゆくために、どうしても必要な事だから。
いざ開戦となって3つの街から戦力を集めた時、その背後を新制帝国軍に攻められたりしたら目も当てられない。
クズの集団にはここで、なにがなんでも退場してもらう。
「ぬうっ」
「こ、これだから男ってのは……」
イサオさんとスワコさんだけでなく、会議室に残った全員が何らかの言葉を漏らす。
「おっと、動くな」
言いながらデリバラーを装備。
安全装置を解除して車イスの老人の1メートルほど向こうを睨む。
「ちょっとアキラ、いきなりどうしたってんだい!?」
「……なるほど。そういう事か」
「ええ。ただ黙ってるだけなら許すんですが、こうまで決定的な話を聞かれたんじゃ」
「いったいなにを言って……」
「すぐにわかるさ、スワコ嬢ちゃん。……おいアの字、ハイテク兵器を自慢するんなら後にしてくれ。こうも非礼続きじゃ、アキラ青年だって黙ってはいられないだろうよ。頼むから話をややこしくするな、お願いだから」
うんざりした様子のイサオさんが車イスの老人の方を向き、気持ちを落ち着けるためにかキセルを出して葉を詰めてゆく。
その作業が終わる前に、老人の1メートル横には1人の人間が音もなく姿を現していた。
特徴的なヘルメット。
同じく特徴的な、肌にピッタリとフィットしているスーツ。
フォールアウト3に登場した『中国軍ステルスアーマー』を装備したそいつは、立ち上がってステルスを解除し、まっすぐ立って俺に向き直っている。
「あの姐さん達と一緒に入ってきた時にパイプ椅子を投げつけてやろうと思ったが、どうにか堪えられたぜ。感謝しろよ、101?」
しゃがみ状態になるとステルス・フィールドを発生させ、そのおかげで人の目ではなかなか捉えられないフォールアウト3の最強防具。
俺だって101のアイツが商人ギルドに関わっているのを知らないままだったなら、見張りをしていたタイチが風もないのに旗が揺れたのを訝しんでいなければ、ああも早く気づけなかったかもしれない。
101の事を教えてくれた車イスの老人とタイチ、どちらにも感謝だ。
「誰が101ですって、ボーイ?」
ヘルメットを取った女がそう言って微笑む。
同時に肩から下へと零れ落ちた鮮やかな金髪、それとヘルメットを取ってから気がついた豊かな胸のふくらみを見て、俺の思考が束の間だけ停止する。
女。
外人。
頭上に表示されている名は、アイリーン。家名はない。
101のアイツが白人女だなんて聞いていない。
もしそうであるのなら酒盛りが最大の娯楽である小舟の里で、その最中に容姿などが口の端に上がって当然だろう。
そのくらいに女は見事な肢体をしていて、それにふさわしい美貌を持っている。
「101じゃねえってのかよ……」
やっと会えたと思ったってのに。
「残念でしょうけど、そうなるわね。いきなりほっぺにキスをして驚かせてあげようと思ったのに。無粋なボーイね」
「お断りだよ。てか、そのためだけにステルス状態で潜んでたってのか? 言い訳にしちゃ最低だろう」
「だって真実だもの」
「そんな言葉を信じろってか?」
「信じるか信じないかはあなた次第です、って知ってるかしら?」
「……古すぎて覚えてねえな」
まさかコイツ……
「ふうん。ボーイは、あの子よりだいぶ後の時代から来たのね」
「知るかよ」
もしかして俺やミサキ、101のアイツと同類なのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
ずいぶんと親交が深かったのか、101のアイツが向こうの日本のテレビ番組を話して聞かせたから、あんなセリフが出てきたのか。
ジンさんを始め小舟の里の人間は101のアイツをよく知り、そいつを賢者とまで呼ぶが、詳しい事はあまり話したがらない。
貧乏だった小舟の里に大型浄水器を設置してくれた恩人、そしてその恩人が残してくれた武器とパワーアーマーをバカの集団が持ち出してつい先日まで出奔してしまっていたのだから、話したくなくて当り前だろうと、俺もあえて訊ねたりはしなかった。
俺が知る101のアイツなんて、酷くおぼろげな人物像でしかない。
「それでジョージ、黙ってこのボーイにすべてをやらせるつもりじゃないわよね?」
「へえ。いいぜ、止められるもんなら止めてみろ」
デリバラーの銃口はまだ白人女の眉間に据えられている。
邪魔をするというなら、トリガーを引いて宣戦布告とするだけだ。
「早い男は嫌われるわよ、ボーイ?」
「そうかい。俺の日本刀はどこぞのガバマンにゃ細身すぎるだろうから、どうでもいい話だなあ」
「下品なのもマイナスね。これからじっくり時間をかけて、立派なジェントルマンになるための教育を施してあげなくっちゃ」
「余計なお世話だよ、パツキン」
「ア、アキラさん」
「はい?」
かなり上ずった声を上げたのは、騒ぎが起こってもそれからも口を開かずに黙ってタイピングに没頭していたインテリ青年、サジだ。
「これを見てください。ご老体がアイリーン嬢の非礼を詫びると。そして、その上で頼み事がしたいと言ってます」
「頼み事だぁ?」
この女を射殺して即時開戦。
そんな心構えをした後なのでだいぶ荒い俺の言葉に、サジが大きく頷く。
「ゆっくり読んでくれても平気よ、ボーイ。不意打ちは趣味じゃないの」
「ステルスで入ってきたくせによく言うぜ。…………って本気かよ、この爺様は?」
女に向けた注意を吹き飛ばしてしまうほどの驚き。
車イスの老人の頼み事とやらを読んで、俺は平手打ちでもされたような衝撃を受けている。
「でしょうね。この計画を実行するはずだった時期はいくつかあるけれど、今がその時で間違いないでしょうし」
「計画ってのは?」
「ボーイの望みと同じよ。新制帝国軍を潰す、簡単でしょ」
「俺にとっちゃそうだが……」
車イスの老人、ジョージ・ディンブルの頼み事。
それは新制帝国軍を潰すのは一向にかまわないが、孫娘の部隊とイサオさんが率いる山師部隊、それにこの白人女アイリーンの部隊も加えて使ってやってくれというものだ。
「アキラさん、続きが」
「はあ。……指揮は俺でいいって、マジかよ」
「頼んでるのはこちらだもの。剣鬼だけじゃなく、あのパーティーの3人全員がすべてを預けるボーイにならってジョージの判断ね」
「そっからターミナルの文字が読めんのかよ?」
「ええ。顔とカラダだけじゃなく目もいいのよ、惚れた?」
「冗談だろって。しかし、なんで犠牲を覚悟で兵を出そうってんだか」
そこがわからない。
もし商人ギルドが新制帝国軍を潰す計画を立てていたとしても、それを他人の俺達がやってくれるのなら万々歳のはず。
「なら最初から話しましょうか」
「最初?」
「ええ。それは、100年前の物語。ある白人の少年が、ヴォルトを抜け出すところから始まるわ」
長い、それ以上に古い物語だ。
今こうして死にかけている老いぼれの昔話に付き合ってくれるか、アキラ?
「…………聞かせてもらおうか」
言いながらデリバラーを下ろして腰掛ける。
話が長くなるというのは間違いないようで、まず老人はアイリーンに人数分のコーヒーを淹れてくれと頼んで、白濁して水色っぽくなっている瞳を窓の外に向ける。
それからゆっくりとターミナルのディスプレイに綴られた物語は、まるで新しく発売されたフォールアウト作品のようにドラマチックなものだった。