Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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認識の違い

 

 

 

「だからやめとけって、あれほど忠告したんだがねえ」

「まったくだ。賭けにもならない茶番でこうまで後の交渉を難しくしてくれるんだから、やはり選挙制度なんてのはこの時代には合わんよ」

「三鬼の件の時にも、同じやり方で半数以上の議員が首を飛ばされたって話なのにねえ。度し難いったらないよ」

「過去から学ぶ、それも今の時代では難しい。まあ、仕方がないんだろうさ」

「だねえ。それでアキラ」

「はい?」

 

 スワコさんとイサオさんは、俺が来る前に今の話をするべきではないと壮年の男に忠告していた。

 イサオさんは選挙で決まった議員が合議を経て商人ギルドを動かすのに反対の立場。

 三鬼、おそらくジンさん達3人が浜松で名を馳せていた時にも商人ギルドとの間でなんらかのいざこざがあり、多数の議員が商人ギルドから追放なりなんなりをされた過去がある。

 

 2人の呆れ声で交わされる会話からそれらを教わっていると、思いもしないタイミングで俺の名前がスワコさんの口から出る。

 

「今の話を聞いたアキラは、それで何かを決めたかい?」

「そりゃまあ」

「ならそれを話しとくれ」

 

 話せと言われてまず気になるのは、ジンさん達がなにかをして半数以上の議員が首を飛ばされたという話。

 

「……もしかして俺、しょっぱなから利用されてます?」

「人聞きの悪い。いいから話しな。思った事、それでこうしようと決めた事を包み隠さず、ね」

「はあ。んじゃまあ、まずはこれを」

 

 そう言ってピップボーイから3通の便箋を出し、スワコさんとイサオさんの前に滑らせる。

 

「拝見しよう」

「任せるよ、イサオ爺さん。アタシが見ても『また』信用できないって喚かれるだけだろうし」

「うむ。…………これは。委任状、だな」

「はい」

「小舟の里、磐田の街、天竜の集落。その長である3名からの委任状。しかも、期限は青年、アキラが死ぬまでとなっている」

「迷惑な話でしょう?」

「なにをどこまで委任したってんだい、あの年寄り連中はさ」

「すべて、だな」

「はあっ?」

 

 スワコさんが驚く。

 当たり前だ。

 この委任状を渡されて誰よりも驚いたのが他ならぬ俺だから、その気持ちはわかりすぎるほどにわかる。

 

「小舟の里。磐田の街。そして天竜の集落。3つのコミュニティは今までと同じく3人の長が責任者であり、これからも自治を維持する。が、このアキラ青年が行った決定は、その長達の決定の上を行く。つまりこのアキラ青年は、3つの自治体の実質的な長となったという事だ」

 

 バカな。

 そんな事が……

 三鬼がこんな若者に街を託すだと。

 

 いくつかの呻きのような小声が上がり、ただでさえ集まっていた視線が俺に集中する。

 

「まあ、そういう事です。で、その俺はいくつかの決めた事をこの商人ギルドに伝えに来たんですが、さっきの話でその必要がなくなった訳ですね」

「それでも聞かせてもらいたい」

「まあ、さっきまでの予定でいいのなら」

「頼む。必要な事なのでな」

 

 どこまで話すべきか。

 それはすぐに判断が決まった。

 

 この場にいる議員とやらは、除名か追放か、はたまた粛清かは知らないが、商人ギルドを追われる可能性がある。

 前例もあるようなので、それは間違いないだろう。

 

「なら、まずは説明を」

「うむ」

 

 最初に話したのは、小舟の里にできた特殊部隊の装備と練度、それから数こそハッキリとは言わなかったがその特殊部隊が1度の出撃でどれほどの戦前の物資を持ち帰れるかという話だ。

 

「おっそろしいねえ。この商人ギルドが溜め込んでる戦前の物資なんて、今年中どころか3月もあれば追い抜かれちまうじゃないか」

「でしょうね。で、俺はその装備と練度を持った部隊を3つの街すべてに配備するつもりなんです」

「……この遠州で最も強大な戦力を持ったコミュニティの誕生だな」

「おそらく」

 

 間違いなくそうなのだが、そうとだけ返す。

 

「それでアキラはこの浜松を、そこの商業を一手に担う商人ギルドをどうするつもりだったんだい?」

「別に。俺はこの夏から山師としてこの浜松を訪れて街の様子、それに少しだけではありますけどこの商人ギルドも見させてもらいました。その感想が、『別に』ですね」

 

 俺が座る前から並べられている灰皿でタバコを揉み消す。

 10人ほどの男女の呻き声を聞きながら。

 

「私達は相手にもされていなかった、か」

「ですね。正直に言うと、商人ギルドには一切の期待をしてませんでした」

「その理由まで訊ねても?」

「ええ。物流は大切です。けれど、商人ギルドはそれだけをやっている」

 

 イサオさんとスワコさんが苦笑を見せる。

 

 その他の連中の表情は、ほぼ2種類に分かれた。

 忌々しそうに俺を睨む連中と、興味深そうに俺を見ている連中。

 

「商人ギルドのやっている事は物足りん、か」

「そうなります。このスワコさんが店の2階で娼婦になりたくない女の子達を住み込みで雇ってるって聞いた時には感心したもんですが、それは商人ギルドじゃなくスワコさんが個人でやってるって話だったんで。正直、ガッカリしましたね」

「スワコ嬢ちゃんはいつも議題に上げてたものさ。たとえ儲けが少なくとも若者に安全な住居と誇りを失わずに食べていけるだけの仕事を与える、それが商人ギルドの成すべき事だとな」

「そうしてくれてたら、この場で頭を下げて助力を乞うた可能性もあります。いや、絶対にそうしてたかな」

 

 それは本音だ。

 小舟の里と天竜の集落はその人口の少なさから同じような福祉制度を取れてはいるが、磐田の街は人口が多すぎるのに土地が少なすぎて福祉は後回しになっている。

 それを浜松と、商人ギルドと手を取り合って解決できるなら、俺は迷わず頭を下げただろう。

 

「だがそうはならなかった。その時、アキラ青年はどうする気になった?」

「複数の車両、豊富な戦力。それらを使用した大規模な、長距離移動をする交易。正直どうでもいい浜松の街ですが、帰りにでも寄って住民のために各街の物産を適正価格で譲るつもりではいましたね」

「それが、今は違うと?」

「ええ。出会っていきなり俺達が交易に出す物資より数段劣るどころか足元にも及ばない品揃えを自慢されて、それを売ってやるから稼働品のバイクをタダ同然の値で売れなんて言われたら。そんな連中が仕切る商人ギルドに用はありません。これからもどうぞ豪商を気取ってゴミを売り買いしてればいい。これから俺達は俺達で、着々と豊かになっていきますんで」

 

 会議室に静寂が満ちる。

 

 今回の交易にカナタが組み込んだ戦前の物資なんて買い物カゴ数個分しかないが、まあウソは言っていないのでいいだろう。

 

「けどアキラ、小舟の里と天竜の集落には金持ちなんてそうはいないだろう。いるとなれば磐田の街だけど、それだって数は知れてる。戦前の物資を捌くんなら、浜松の街は魅力的な相手だと思うんだがね」

「別に売り捌く必要はないんですよ、スワコさん」

「と言うと?」

「3つの街は、これからどんどん豊かになっていく。すると問題なのは、使える土地の狭さです」

「だろうねえ」

 

 正直、土地の狭さはそこまで心配していない。

 小舟の里と天竜の集落は土地こそ狭いがそれに比例して人口が少ないし、土地が決定的に足りない磐田の街は市長さんやカナタの先祖が先手を打ってモリマチという農業に適した居住地を用意済み。

 俺が許可を取って森町の防備を固めれば、すぐにでも移住は可能だろう。

 

 ただ、スワコさんも俺も今すぐにそれを商人ギルドに教えてやるつもりはない。

 

「なのでそれぞれの街の人口をただ増やすんじゃなく、新しい居住地を開拓しようと思ってるんで」

「……それに必要な人員の給料を戦前の物資で賄おうって計画かい」

「ですね。そしたらその連中が、この浜松、商人ギルドに物資を持ち込んでくれるかもしれない。よかったですねえ」

「よく言うよ。そんなの交易に加えてもらった場合の儲けに比べたら微々たるものどころか、ないのと同じだろうに」

「そんなの、俺の知ったこっちゃありませんからねえ」

「まったくだ。さて、では少しだけ時間を貰うぞ。アキラ青年」

「呼び捨てでいいですって。俺は席を外しましょうか?」

「いらんさ。すぐ終わる話だ」

 

 ならどうぞご自由に。

 

 俺がそう言うとイサオさんは立ち上がり、自然な仕草で腕を上げる。

 引き戸が開け放たれる音。

 5つほどの足音。

 それに、アサルトライフルの安全装置を解除する小さな音。

 

 それらが重なって俺が暴れた時に踏み込んでくるのだと思っていた5つのマーカーが室内に乱入し、銃口を揃えて整列している。

 ただしその銃口とそれを持つ兵士の視線は、俺ではなくその向こうにいる10人ほどの議員達へ向けられていた。

 

「だからあれだけ忠告したってのに」

「俺にも忠告をしてほしかったんですがねえ。……ッ!?」

 

 思わず上げかけた叫び声を強く歯を食いしばる事で誤魔化し、またタバコを咥えて火を点ける。

 

 スワコさんは101のアイツが浜松に出入りしていた事も、その時にこの商人ギルドといくらかの関わりを持っていた事も黙っていた。

 

 そしたらその次は、これだ。

 嫌になる。

 一気に緊張が増した、というか爆発的に増えやがった。

 

 デリバラーを抜きたい。

 

 その想いを押し込め、黙ってタバコを吹かす。

 ガマンが上手くなったじゃないかと、自分で自分を褒めてやりたい。

 

「どれだけ危険だと言われても、その時が来るまでそれを感じる事すらできない。そういう人間は多いさ」

「そういう人間すらこういう場に入れるんだから、やっぱり選挙なんてのは教育制度が整ってからじゃないと意味がないんだよ」

「それをモラルでカバーしようというのが商人ギルドの理念だった。はず、なんだがなあ」

「はいはい、意味がわかんないよ。いい年をして横文字にかぶれてんじゃないっての。若い体に溺れるだけならまだしも」

「溺れておらんわ、バカ者」

「だといいけど。で、どうすんだい? このホンモノのバカ達は」

「解決策を提示されているのに己の判断を優先し、それで商人ギルドに不利益を与えた者は議員資格を剥奪する。100年前の商人ギルド設立時からの決まり事だ。この10人にはすぐにこの場を出てもらい、今後一切商人ギルドと接触する事を禁じる」

「ま、待ってくれ! そんな事をされたら商売がっ!」

 

 俺に上から目線の提案をした壮年の男の隣に座っている、それより少し年嵩の男が腰を浮かせて叫ぶように言う。

 

「知らん。恨むならスワコ嬢ちゃんの話を聞けなかった耳と、そうすべきだと判断できなかった脳みそを恨め。まあ、耳も頭もその持ち主がボンクラではな。判断も見誤って当然だろう」

「山師ごときが、そうまで言うか……」

 

 今度は俺の正面に座っている男だ。

 よほど腹が立っているのか、じっと座っているだけなのに顔面が紅潮し、見ているだけで痛いほどに眉根を寄せてイサオさんを睨みつけている。

 

「その山師でもわかる事がわからず、こうして議会を追われる。これで満足ですかな、シラキ元議員」

「ああ満足だ、そうに決まっているっ!」

「それはよかった。では、さっさとお引き取りを。こちらは風通しのよくなったこの会議室で、ずいぶんとタフな交渉を始めなくてはなりませんのでね」

 

 壮年の男、それに続いて窓の方に座っていた10人ほどが席を立つ。

 

「覚えておけよ、ケダモノ同然の山師共が……」

「いや俺も入ってんのかい」

「私とアキラ青年がケダモノなら、この連中はムシケラ以下の哀れな存在だからな。逆恨みもしよう」

「もっと哀れなのが、今みたいな発言を止めもしない取り巻き連中の頭の悪さだよ。なんで即座に自分はそこまで思っていないって言わないんだか」

 

 そんなスワコさんの呆れ声に数人の立ち上がった議員が反応して、ハッと顔を上げる。

 

「あたしは!」

「もう遅いって、ミネコ。残念だよ。自分を偉いと思ってるジジイのケツの穴を舐めてまで金を儲けるのはいいけど、大事な判断だけは誤るなってあの時に忠告したはずなんだから」

「スワコ、違うんだ! あたしはただっ!」

 

 スワコさんに駆け寄ろうとしたらしい30代の半ばと思われる美人さんが息を呑んで後ずさる。

 5人いるアサルトライフルを持った兵士の1人、階段の門で俺を睨んだ美人さんが前に出てその銃口を頭部に翳したからだ。

 

「お話は取調室でお聞きしましょう、ミネコ元議員」

「な、なにが取り調べよ。四ツ池の野蛮人がするのは、いつだって取り調べじゃなくって拷問でしょう!」

「心外ですねえ」

 

 言いながら女は凶暴な笑みを浮かべ、銃口でさっさと歩けと女に伝える。

 

「ス、スワコっ!」

「聞こえないねえ」

「義理の姉を見捨てるって言うのっ!?」

「聞こえない。聞こえないからこれは独り言なんだが、議会が招集されてから何度かあった休憩でジジイ共がどんな話をしていたかを包み隠さず話せば、もしかしたら減刑されて追放くらいで済むんじゃないかねえ。そうなったらアタシはどこかの街に腰を落ち着けた義理の姉に、小さな店をやるくらいの金の入った手紙の一つでも出してやれるかもしれない」

 

 


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