Fallout:SAR   作:ふくふくろう

132 / 141
待ち時間

 

 

 

 買い出しに行ったショウとヤマトが30分ほどで戻り、そこから約2時間が経つ。

 商人ギルドには、まだ何の動きもない。

 

「ヒマだなあ……」

「そうっすねえ」

「クラフトが解禁されたし、この店を5階建てにでも改築すっか」

「家主の許可なくしていい事じゃないっすねえ」

「んじゃ酒でも、……飲んでいいはずねえよなあ」

「当たり前っすよ。そんなにヒマなら、一緒に商人ギルドの入り口を見張るっす」

「あんなちっせえ出入り口を2人して見ててどうすんだっての」

「そりゃあそうっすけど、あれっ?」

「どしたよ?」

「……今なんか、風もないのに旗が揺れたような」

「旗だぁ?」

 

 そんな物があったかと窓に歩み寄って外を眺める。

 すると、旗は本当にあった。

 ただしそれを旗と呼んでもいいのかはわからない。

 商人ギルドの入り口横にいかにもやる気なさげに垂れ下がっているのは、『戦前の品、高価買取中』と書かれた宣伝幟だった。

 

 俺の生まれ育った世界の店のように数は多くないし派手な色彩もしていない、申し訳程度に建てられているそれは、10秒ほど見詰めていてもピクリとも動かない。

 外は現在、完全な無風のようだ。

 

「なんだったんすかね、今の」

「いくら無風でも、たまにゃ幟を揺らすくれえの風は吹くだろ」

「まあそうなんっすけど」

 

 昼の見張りは3人で1時間交代らしく、ショウとヤマトは読書中。

 俺のピップボーイに放り込んであった剣豪マンガとミリタリー小説だ。

 時間の潰し方としては正解だろう。

 

「俺も本でも読むかね」

「タイチさん、そろそろ交代しますよ。次はぼくの番です」

「ありがとうっす」

「エロ本でいいか、タイチ?」

「なんでっすか。地図を出してくださいっす、地図を」

「へいへい」

 

 だいぶ書き込みの増えたタイチ用の地図を渡し、ソファーセットに戻って自分の地図を眺める。

 どうしても目が行くのは小舟の里から磐田、森町と経由し、天龍へと向かうルートに引かれた青い線。

 

 テーブルの横に置かれショウがマンガを読みながらもチラチラと目をやっている無線機がノイズのひとつも吐かないので、交易部隊は予定通り磐田に到着して荷を降ろし、新たな物資を積み込んで森町に向かう頃だろう。

 

 それでも気になるものは気になる。

 そして、ここで俺がどれだけ気にしても意味がないというのも理解していた。

 

「大丈夫っすよ、あのメンバーなら。どんなトラブルでもあのメンツを見たら裸足で逃げてくっす」

「別に心配はしてねえさ」

「よく言うっすねえ」

 

 時間というのは、これほどゆっくりとしか進まないものだったろうか。

 

 そんな気分で何度ピップボーイの時計から視線を上げて窓の外を眺めたか。

 ようやく見えた小さな動きは、数人の女がいくつもの箱のような物を商人ギルドに届けるという光景だった。

 

「ヤマト、あの女の子達ってよ」

「はい。梁山泊のウェイトレスさんですね。どうやらお弁当を配達に来たみたいです。戦前のお重に詰めた特上仕出し弁当、……数は20あるかないか。議員は全員が集まってるみたいですね」

「結構な数の議員が違う入り口から中に入ってたのか。スワコさんが交易の開始を告げて、今頃はどんな事を話し合ってんだろうな」

「あの、スワコさんに無線機を、通話状態のそれを隠し持って行ってもらうのはやっぱりダメなんですか?」

 

 別にヤマトは俺達にそんなやり方を提案していないが、頭の中ではいろいろと策を練っていたらしい。

 この子のこういうところは、間違いなく武器になるだろう。

 

「夢を語る」

「えっ」

「それも、とびっきり青臭い、荒唐無稽とも思える夢をだ。そんな夢を語る男が、世話になってるスワコさんにスパイの真似事なんかさせてたら、語られる側はどう思うよ?」

「……ですね」

「効果的な作戦は大事だ。だけど効果的な事ばっかりしてたら、された方はどう思うか。俺はそういう考えでこれまでやってきた。変えるつもりはねえよ」

「信義、大切なのはそれなんですね」

「違うな」

「えっ」

「スジを通す相手を選ぶ、大事なのはそれだろ」

 

 たとえば新制帝国軍を相手に信義をどうこうしたって意味はない。

 

「スジを通すべき相手と、そうする価値もない相手。その見極めが大切という事ですね」

「でもなあ。その選択をするのは俺というまだまだ未熟な若造。その判断のせいで不幸になったり、死んでいく連中もいるって事だ。考えたら怖くねえか?」

「……怖いなんてものじゃありませんよ。想像しただけで怖気が背筋を駆け上がります」

「それでも守りたい、アキラにはそんな存在がいるから選択できるんっすよ。赤の他人1000人より、もちろん自分なんかより大切な人が。ヤマトもアキラのようになりたいんなら、早くそういう相手を見つける事っすね」

「うちの妹を紹介しても反応が薄かったし、ヤマトの好みってイマイチわかんないんですよねー」

「ほうほう。ショウの妹をか」

「はい。器量は悪くないし働き者だし料理上手だし、ヤマトにならって思って会わせたんですけど、最初っから最後まで子供扱いしてて」

「なるほどなあ。って事は、ヤマトは年上好きか」

「なっ、なんでそうなるんですかっ!?」

 

 この反応は、図星か。

 

 ヤマトが好意を持ちそうな年上の女。

 その顔を頭の中に描こうとするが、特にこれといった知り合いの顔は浮かばない。

 

「年上っつーと、……くーちゃんくれえしか思い浮かばねえな」

「くーちゃんさんは尊敬してるし大好きですけど、絶対に恋愛対象にはならないですよっ!」

「だよなあ。となると……」

「考えなくていいですから。それより、アキラさんの読みを聞かせてください。商人ギルドはあとどのくらいで会議を終えて、どういう形でアキラさんと話し合うと思いますか?」

「そんなんわかるはずねえだろって」

「やっぱりですか」

「まあな。でもよ」

「でも?」

 

 缶コーヒーを飲み、新しいタバコを咥えて火を点ける。

 俺が煙を吐いてもヤマトは真剣な表情で視線を逸らさない。

 

「向こうの話の持ってき方は、いい判断材料になるはずだ」

「……なるほど」

 

 笑顔で俺を迎えて交易の事を聞きたがるようなら、おそらく商人ギルドは静観か、緩やかな同調を選ぶだろう。

 強気に出てくるようなら脅し交じりの参加交渉で、こちらの戦力を軽く見れば武力を行使した乗っ取りまでを企んでいるはず。

 

「どっちにせよ今の段階じゃ、俺達の望むような関わり方を選択はしねえだろうさ」

「だからアキラさんは待ってるんですもんね」

「そうなるなあ」

 

 俺達が、新しく始まった交易に参加する街の責任者達が新制帝国軍を潰す肚を決めたなんて、商人ギルドは想像すらしていないだろう。

 

 新制帝国軍を潰す。

 邪魔をするようなら、商人ギルドも。

 

 俺がそれを宣言してようやく、議会とやらは決断を下すための話し合いに入る。

 なので今この鉄筋コンクリートの旧市役所の一室で行われている会議にあまり意味はないのだが。

 だからといって呼ばれてもいないのにズカズカとそこに踏み込んで新制帝国軍を潰すと宣言してしまえば、敵対しなくていい可能性のある商人ギルドの心証をこれ以上ないほどに悪くしてしまうだろう。

 

「やっぱり今は待つしかないんですね」

「だなあ」

 

 兵士の数こそ新制帝国軍に劣る三街同盟。

 だがその戦闘部隊は新制帝国軍の数倍の車両を運用し、練度も武装も明らかに上。

 

 スワコさんがそれを告げれば商人ギルドとしては安易な敵対を選択しないだろうとは思うが。

 

「それでも心配そうですよね、アキラさんは」

「どんな時代のどんな場所にだって、どうしようもねえバカはいるもんだ。俺は生まれ育った方の日本で、嫌んなるほどそれを見てきてる。楽観はできねえよ」

「豊かで安全な、ぼく達から見たら楽園のような国。そんな場所にも犯罪者がいたんですよね」

「一般人が思うよりもずっと多くな。それに犯罪には手を染めてなくっても、驚くほど自分勝手だったり頭が悪かったりする連中も多かった」

「仕事があってゴハンがあって、安心して眠れる家もあるのに」

「だからこそ、なんだと思うっすよ。こんな世界の小舟の里ですら、一般人は驚くほど平和ボケしてたりするっすから」

「難しいですよね。……人間って」

 

 まったくだと返して背凭れに体を預け、4台のラジオに視線を移す。

 音を発しているのは1台だけで、それは聞き慣れた声がたまに曲紹介をするだけの通常放送だ。

 

「そういや、しばらくクラシックのラジオを聞いてねえな」

「どこかのもの好きが曲だけ流してる放送っすか。いったいどこの誰なんっすかね」

「昼ゴハンおっまったせー!」

「っと。もうそんな時間か。ありがとな、コウメちゃん」

「いーのいーの。たっくさん差し入れを貰ったし、逆にこっちがありがとうだからっ。はいっ、お弁当っ」

「サンキュ」

 

 弁当、とは言っても蓋すらない木箱にサンドウィッチを詰めた物が4つテーブルに並べられる。

 

「果物まであるっすか。豪勢っすねえ」

「タイチちゃん達から差し入れで貰ったのだけどねっ。今日はサンドウィッチも絶品だよっ。ヤマトちゃんから渡されたから、お料理担当の子達が張り切っちゃってっ」

「へえ。ヤマトはそんなにモテてんのか、コウメちゃん?」

「もっちろんっ。カッコイイし頭がいいし、困ってたら黙って助けてくれるしっ」

「恋人候補には困らねえか。ここの女の子達も早く小舟の里に引っ越しをしねえとなあ」

「そういうのはいいですから。ありがたくいただきましょう」

「そうっすね」

「へいへい」

 

 昼食を平らげたらまた待機。

 ちょっと呆れるほど長い時間、それは続いた。

 ようやく商人ギルドに動きがあったのは、そろそろ夕食が運ばれて来そうな頃。

 倉庫のドアがノックされたと同時に音を立てて勢いよく開き、コウメちゃんが顔を出す。

 

「アキラお兄ちゃんっ。おかーさんからの使いの人が、商人ギルドに案内したいってっ!」

「あいよー」

 

 その使いの男が商人ギルドから出てきたのは見ていたし、その男には見覚えがある。

 俺がスワコさんと2人で商人ギルドを訪れた時に見かけたインテリ青年。

 身なりもいいし物腰も穏やかでいかにも案内役に選ばれそうだと思って見ていたのだが、どうやらその予想は当たっていたらしい。

 

「じゃあアキラ、あとは予定通りっすね」

「ああ。こっちは任せたぞ、タイチ」

「了解っす」

「アキラさん、お気をつけて」

「アキラさんなら余裕ですよ、ガツンと言ってきてくださいっ!」

「はいよー。んじゃ、また後でな」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。