本気も本気、大本気だ。
市長さんがどこまで手紙で伝えたのかはわからないが、俺は計画を必ずやり遂げると決めている。
「なら待機場所ってのはウチの倉庫を使いな。ごちゃごちゃしてるし梱包された商品だらけだけど、あんたらならどうにでもなるだろ」
「そこまで甘えてもいいんで? 計画じゃタイチの指揮で待機場所は梁山泊の特別室、って事にしてたんですが」
「いいんだよ。盗っ人が少しでもバカな気を起こさないようにと、倉庫は2階の市役所側になってる。広さも充分だし、好きに使っとくれ」
「……どうする、タイチ?」
「ここは甘えておきたいっすね。待機しながらついでに、たとえ入り口一カ所だけでも見張れるのはありがたいっすから」
タイチの役割は商人ギルドの見張りと、緊急時の連絡とそれらの指揮。
それに俺は絶対にないだろうと予想しているが、万が一商人ギルドとの話し合いの最中に戦闘になるようなら、タイチはそこへ単騎で駆けつけて戦闘に加わるつもりでいるらしい。
お節介な話だ。
「わかった。ならスワコさん、数日お世話になります」
「ああ。食事もコウメに運ばせるから、ゆっくりしてっとくれ」
初手から計画変更。
だがこれならうれしい誤算だからと気にしない事に決め、コーヒーを飲んでタバコに火を点ける。
今まさに街への入り口を守る雇われ山師が、商人ギルドのそれなりの立場の人間に報告をしているはず。
戦前のバイク、それもピカピカの稼働品に乗った4人の山師が現れた。
その山師達は少し前にふらりとこの浜松の街に顔を出した電脳少年持ちのいるパーティーで、あの灰色の9式と組んだらしいと梁山泊で話題になっていた。
バイクをピップボーイに収納して見せたのは見張りが報告しても信じてもらえない可能性は高いが、商人ギルドとしては戦前のバイクだけでもどうにか買い取れないかと考えて当然のはず。
話だけでも聞いてくれないかと商人ギルドが連絡を寄こす可能性は高い。
「おや、さすがに早いねえ」
スワコさんがそう呟き、缶コーヒーをグイっと飲んで立ち上がる。
「どうしたんです、スワコさん?」
「今、市役所の方から鐘の音が聞こえたろう?」
「ええ」
「3、2、3、3は議員召集の鐘の音さ。あれを鳴らして30分以内に商人ギルドへ出向かないと、たとえ筆頭議員でも議会から即時除名。それが昔っからの決まりでね」
「へえ。思ったよりしっかり議会してて、思ったより動きがはえーな」
「まあ、あちらさんは前々からアキラを気にしてたようだからねえ」
「そうなんですか?」
「それもかなりね。おかげでイサオ爺さんに、アレコレと探りばかり入れられて大変だったよ」
「申し訳ない話だなあ。んじゃスワコさん、緊急時の連絡なんですが」
「これで充分だろう」
「……いやいやいやいや」
これで充分。
そう言いながらスワコさんが指差したのは、その大きな体躯のせいで拳銃と見間違えそうなソードオフショットガンのホルスターのベルトにぶら下がっている2つの手榴弾だ。
「なんかありゃこれをぶん投げて、ここまで逃げてくるさ。コウメ、この子達を倉庫に案内するのは任せたよ。昼飯もね」
「はぁーい」
「おそらくだけど、会議はそう簡単には終わらないだろう。その内容は帰ったら詳しく話して聞かせるからね。楽しみに待ってな。それと、待ちながらうちの色ボケジジイからの手紙に目を通しておいておくれ」
「……わかりました。けど、もし商人ギルドが俺と話をしたいと言うようなら」
「わかってるよ。すぐに使いをここに寄越すからね」
「ありがとうございます」
「いいさ。それじゃ、いってくるよ」
「お気をつけて」
スワコさんが食堂を出てゆくと、すぐにコウメちゃんが俺達を倉庫へと案内してくれた。
商品の入っているらしい木箱や布包が乱雑に置かれてはいるが広さは4、5人が寝泊まりするには充分で、ベッドを5つとだいぶ前に民家からいただいたソファーセットを置いてもまだ余裕がある。
「アキラ、窓辺にもソファーが欲しいんっすけど」
「あいよー」
腰掛けただけで市役所の入り口が見張れる窓辺にソファーを出し、それに腰掛けてタバコを咥えた。
同時に俺の手からタバコの箱を取り上げ、タイチが隣に腰を下ろす。
「スワコさん、揉め事にはならないって確信してるみたいっすねえ」
「そりゃそうだろ。こんなすぐにバイクをどうこうするために動くようなら、商人ギルドじゃなくってレイダーギルドじゃねえか」
「まあそうっすねえ。ショウ、大リグの調子はどうっすか?」
「バッチリですっ」
「そりゃあ何よりだ。まあ、そいつの出番があるようじゃダメなんだがな」
「やっぱり理想は話し合いですべて解決ですか、アキラさん?」
「そらそうだ。だからこそ、取引材料はジジババに苦笑いされながら大目にしたんだしよ」
「大目と言うか、普通の人が聞いたら大法螺だと思いますよね」
大真面目な表情でテーブルの横に置いた大型無線機をチェックしているショウを見守りながら、ヤマトは苦笑い。
「まあなあ」
新制帝国軍解体。
その方法が穏便なものであれ過激なものであれ、そこで商人ギルドが果たさなくてはならない役割は限りなく大きい。
それどころか大方の予想では新制帝国軍を失った浜松の街を治めてゆくのは商人ギルドになるはずであるから、その苦労を考えればハンパな取引材料では頷いてくれないだろう。
「そういえば、くーちゃんさん来ないですね」
「だなあ。朝イチで合流しねえって事は、あのラジオを聞いてなかったってこったろ」
「ぼく、梁山泊にひとっ走りしていいですか?」
「助かるけどいいのかよ」
「もちろんです。ついでに買い出しもしてきましょうか?」
さすがと言うべきか、ヤマトは下手な大人より気が回る。
ありがたい話だ。
「んじゃ頼むかね」
「はい」
「ならショウも観光ついでに行ってきな」
「いいんですかっ!?」
「おう。なんなら2人で1杯やってくりゃいい。くーちゃんが泊ってりゃ呼び出すのに時間もかかるだろうし。金はこれな」
「お預かりします。買い込むのはパンとかの食料品ですよね」
「ああ。それと酒もな。んで食い物や酒は、この店に住み込んでるって話の女の子達の分も頼む」
「そっちはお酒なしですね。それでもみんな大喜びすると思います」
「なら酒の代わりに菓子でも買ってきてやってくれ。売ってねえようならピップボーイから戦前の品を出す」
「お菓子はさすがに売ってませんよ。あれば贅沢品の果物を、新鮮なのがなかったら干した果物ですね」
「任せる」
2人が倉庫から出てゆくのを見送り、スワコさんに目を通しておけと言われた市長さんの手紙を出して便箋を広げる。
「達筆っすねえ」
「だなあ。あんなガタイとツラしてんのに、几帳面そうな文字だ」
手紙にはまず市長さんを含めた各街の責任者が新制帝国軍を潰す肚を決めたという事が書いてあった。
その方法、事後処理、その後の浜松の街との付き合い方までをアキラに一任すると。
なので浜松の議員としてこの件に関わるにしても、いつでも浜松を出る気でいる一商人として関わるにしても、それをしっかり理解して立ち回れと書いてある。
「なるほど。大規模な交易の開始を、スワコさんの口から商人ギルドに伝えるんっすね」
「ああ。いきなり戦前のバイクが2台も現れて泡を喰ってるトコに、近所でトラックやバスでの交易が開始されてるって情報が入る。さぞや慌てるだろうなあ、商人ギルドの上の連中は」
「……災難っすねえ、その人達は」
商人ギルドはどう考えるだろうか。
あの3街では取引額などたかが知れているからと気にも留めない。
その可能性は最も低いと思える
以前から付き合いのあったそれなりの規模である磐田の街、商売相手としては少しばかり物足りないので特に付き合いのなかった小舟の里、その小舟の里よりも小規模ゆえに新制帝国軍の好きにさせていた天竜の集落。
その3つの街が手を組み、複数の車両を使って定期的な交易を開始した。
交易品には特に魅力を感じないが、車両を使用しての物流となれば話は別、浜松の街は質こそ低いが多くの山師が物資を持ち込む場所で、そのほとんどは商人ギルドの元に集まる。
それらを売り捌いて儲けるためにすぐに交易に加わろうとしてくる、それが可能性として最も高い。……はずだ。
「面倒なのは様子見を選択された時なんだよなあ」
「昨日までならそれでもよかったんすけどねえ」
「まったくだ。様子見されるくれえなら、いっそ敵対する方向で動いてくれた方がいいぜ」
「でも実の娘であるスワコさんから交易の開始を告げるって事は、市長さんも様子見される可能性を排除したかったっすか?」
「おそらくな。どうもジジババ連中は、商人ギルドなら俺達と手を組みたがって当然と思ってるらしい」
「なるほど」
敵対も膠着も選ばせない。
となれば残るは手を取り合うしかないんだが、果たしてそんな事が可能なのか。
俺としてはたとえ上辺だけでも友好的な関係を築いておきたいところなので、それなりの土産は用意してある。
もしもそろそろ開始されているであろう会議に俺が呼ばれるような事があれば、その手札をすべて晒した上で向こうの出方を見るつもりだ。
「浜松が諸手を挙げて同盟に加わる事はねえだろうが、友好的な関係を数年でも維持できりゃ3街はその間に発展できる。肩を並べちまえば、こっちの勝ちだ。そうなったら叩き潰すか、手を組みたがるようならせいぜい勿体つけてから同盟に迎え入れてやればいい」
「最初っからガッツリ手を組みたがったらどうするんっすか?」
「それはそれでいいさ。……信用できるんなら、な」