俺達を、俺達が暮らす小舟の里を、小舟の里に2つの街を加えた同盟を取り巻く状況が変わった。
それもちょっとばかり厳しい変わり方で。
だからこそ俺は急いで動いてしまおうと決め、その心構えをしてジジババと個別に会って話し合いを始めたというのに。
それなのにその会談は、こんなんでいいのかと本気で心配してしまうほど簡単に終わった。
……正直、重い。
ピップボーイの中にある3通の手紙の重さを感じて押し潰されそうになっているなんて言えば笑われてしまいそうだが、それが本音。
それに背中というか肩というか、なんとも表現しづらい所にも不思議な重さを感じている。
「はぁ、なんでこうなったんだか……」
「同感っすねえ」
たった2日ぶりでしかないのにずいぶんひさしぶりに見た気がする山師風の装束を身に着けたタイチとオイルライターの火を分け合い、青空に向かって紫煙を吐く。
その雲ひとつない青空に吸い込まれてゆくのは煙だけでなく、賑やかな人の声と、この時代ではまず耳にできないはずの複数のエンジン音だ。
「すべての積み込みが終了しました、カナタさん。磐田輜重隊、いつでも出発できます」
「ありがとう。そっちはどう、シズク?」
「こっちもいつだって出れるぞ。待ちくたびれかけていたところだ」
「そう。特殊部隊の方は、言うまでもないって感じね」
「当ったり前さ。なんなら、アタイ達だけですべての悪党と妖異を蹴散らしながら磐田まで進んでやるよ」
「それはまた別の機会にお願いするわ、アネゴ。……それじゃあ始めましょうか、お殿様?」
カナタのおふざけに女連中がひとしきり笑顔を見せ合い、それから頷き合って真剣な表情で俺を見遣る。
どいつもこいつも準備は万端、やる気が漲ってますと顔に書いてあるようだ。
「アキラ、別行動で怪我なんかしたらお仕置きだからね?」
セーラー服姿でパワーフィストやら各種レジェンダリー防具なんかを装備して、パーティー・スターターを背負ったミサキが言う。
「わかってんよ。つか、それはこっちのセリフだっての。シズク、嫁さん連中を。それと、くれぐれもミキの事をよろしく頼む」
うちの嫁さん連中が危険な任務に従事するのは百歩譲っては仕方ないとしても、その全員への友情故に少しでも手伝いをしたいと申し出てくれたミキに怪我でもさせてしまったら、いくら何でも寝覚めが悪すぎる。
「任せろ。うちの姉妹達に血の1滴でも流させるくらいなら、この遠州なんて焼き尽くしてしまえばいい。私もアキラと同じ心構えだからな」
「そんな物騒な心構えをした覚えはねえなあ」
「言わずともわかってしまう。夫婦とはそういうものだ」
「へいへい。……んじゃ、俺達は先に出る。頼むからムチャだけはすんじゃねえぞ?」
「それこそこっちのセリフだな」
この時代では正式名称を調べるのにも苦労するので名前も知らない、けれどすっかり愛車と呼ぶに相応しくなったバイクに跨ってエンジンに火を入れる。
それを追って上がるもうひとつのエンジンの音に視線を向けると、原付バイクに跨ったタイチは真剣な表情で頷きを見せた。
「それじゃあ後ろ失礼します、アキラさん」
「おう。しっかり俺のベルトを掴んでおけよ? それと、気分が悪くなったらすぐに言え。肩でも叩いてくれりゃいい」
「はい。ありがとうございます」
「タイチ隊長、よろしくお願いしますっ!」
これ以上ないほど元気な声。
大荷物を背負った見習い隊員のショウだ。
背負っている大きな背嚢には他人が見てもそれとわからないように偽装された大型の無線機が入っていて、その運用のためにショウは今日から数日だけ俺達に帯同してオペレーターを務める。
「ムダに気合入ってんなあ、ショウ」
「ぜんっぜんムダじゃないですよっ!」
「そうかあ?」
「もちろんですっ! セイさんが修理してくれたこの無線機、じゃなかった、大リグを俺がオペレーターとして預かるんですから! 気合はいくら入れたって多すぎる事はないんですっ!」
「へいへい。でもまあ、あくまでも物は物だからな。俺やタイチがそうしろって言ったら、それを放り投げてすぐに逃げんだぞ?」
「はいっ、タイチ隊長にも耳にタコができるくらい言われてますっ」
「ならいいがよ」
この小舟の里では、たとえどんな理由があろうとも少年少女は15歳にならないと大人と同じように同じ時間仕事をするのを許されてはいない。
それなのにタイチがショウをオペレーターに指名したのは、いったいどういう考えがあるんだか。
「タンデム時、それも重量物を背負ってる時の注意事項は頭に入ってるっすね?」
「もちろんです、タイチ隊長っ!」
「なら乗ってよしっす」
「はい! 失礼しますっ!」
ショウが原付のリアシートに跨る。
セイちゃんが交換したサスペンションが沈み込むのを見ながら、こちらのリアシートに収まったヤマトがしっかりとベルトを掴んだのを確認してギアをローへ。
「そんじゃあとは予定通り。でも、なんかありゃ臨機応変にな」
「うんっ。頑張ってね、アキラ」
「……努力はする」
正直、自信なんてまるでない。
でも友人や仲間や、何よりも大切な嫁さん達の将来を思えばうまくやり遂げるしかないだろう。
緊張を強張った身体から引き剥がしでもするように、ゆっくりとバイクを進ませる。
すると、それが剥がれてゆくベリベリという音まで聞こえたような気がした。
そんな音を掻き消したのは、そこらの学校の校門よりも立派な金属製の門がガラガラと引かれてゆく大きな音。
「後は任せたぞ、アキラ」
「了解。ま、やるだけやってみるさ」
アクセルを開ける。
前輪を浮き上がらせながら門を抜けると、背後でヤマトが息を呑む声が聞こえた。
俺の腰のベルトを握る手にも、かなりの力が込められている。
「く、くーちゃんさんは、ちゃんとあの放送を聞いてたんでしょうか?」
「どうだろうなあ」
浜松の街に向かって出発したのは、2台のバイクに分乗した俺とタイチとヤマトとショウの4人。
くーちゃんは俺とジンさんが豊橋に向かってすぐ休暇になったなら梁山泊で酒でも飲んで過ごしておくと徒歩で浜松へ向かったそうで、ここにはいない。
俺達が浜松へ出向く事になった理由が理由なので、ウルフギャングに頼んだラジオの生放送に符丁を織り交ぜてスワコさんの店で落ち合おうと言ってはあるが、そもそもその放送をくーちゃんが聞いていなければ伝わるはずもないだろう。
「くーちゃんなら商人ギルドにもいくらか顔が利くだろうから、ちゃんと伝わってるといいっすねえ」
「だなあ」
商人ギルドとの話し合い。
それが簡単に成功するだなんて思ってはいない。
それどころか、かなりタフな交渉になるはずだと覚悟をしている。
交渉。
そう考えただけで気が重い。
どちらかというと、まだ戦闘の方が上手くこなせる自信がある。まだ商人ギルドと新制帝国軍を皆殺しにしてしまう方が簡単そうだ。
「まーた物騒な顔になってるっすよ、アキラ」
「……マジか」
「何を考えてたんっすか?」
「商人ギルドと交渉をして向こうに折れさせるくれえなら、新制帝国軍と商人ギルドをまとめて皆殺しにする方が簡単だよなあって」
「呆れて物も言えないっすねえ」
「そうか?」
「当たり前っすよ。それを聞いたショウとヤマトなんか、リアシートで大口を開けて固まってるっすもん」
「そういうもんかねえ」
そんな話をしながらも索敵は怠らず、30分ほどで浜松の街に到着。
いつもの市役所前の出入り口の前にバイクを停めると、その門の向こうはちょっとした騒ぎになっているようだ。
「ははっ。慌ててるっすねえ」
「狙い通りだあな。どうせならもっと大袈裟に騒いで、商人ギルドの上層部に連絡を飛ばしてくれりゃありがてえ」
でもまあ、ここはまだ放置。
「この後の騒ぎようも見ものっす」
たしかに。
さあ、せいぜい驚いてくれ。
そして大騒ぎをして商人ギルドに駆け込んでくれればいい。
「なっ! ……せ、戦前のバイクが、あんな大きな乗り物が音もなく消えただとおっ!?」
よしよし。
もっと騒げ。
そんな本音はおくびにも出さず、何食わぬ顔をして浜松の街へと足を踏み入れ、すぐ近くにあるスワコさんの店のドアをノックする。
「お兄ちゃん、おかえりなさぁい」
「お、おう。悪いな、コウメちゃん。朝っぱらから大人数で押しかけて」
「そんなの気にしないでよぅ。それよりおかーさんが食堂で待ってるから、早く行こっ」
「ああ。邪魔するよ」
遠州屋の店内に足を踏み入れ、ドアを支えて3人を迎え入れるフリをしながらすぐ目の前の商人ギルドを盗み見る。
すると、思わず笑いが込み上げて声を上げてしまいそうになった。
「うわあ。アキラさん、かっけー。いかにも手練れが浮かべそうな微笑み」
「思い通りに敵が動いた時、アキラさんはこうやってニヤッと笑うんだ」
「へえ。さすがっ!」
なーにが『さすが』なんだか。
「狙い通り商人ギルドに駆け込んでってくれたみたいっすね」
「ああ。あの様子じゃ派手に騒いで、大袈裟に報告をしてくれそうだぜ」
そうしてくれたら作戦の第一段階はほぼ成功。
戦前のバイクを2台も連ねてまた現れた俺達が商人ギルドとの対話を望んだら、あちらだって簡単には首を横に振りづらいだろう。
「すっげー。基地じゃないのに銃がいっぱいだっ!」
「このお店は浜松で一番多く銃を扱ってるお店だから」
「さすがカナタさんのお姉さんだなっ」
「うん」
「売り物の見学は時間のある時にっすよ。食堂は2階っす」
「はいっ」
ショウは今朝、生まれて初めて小舟の里の外に出た。
大都会とされる浜松の街も、その街で最も品揃えの良い遠州屋も珍しくて仕方ないんだろう。
時間があれば観光くらいはさせてやりたいものだと考えながらコウメちゃんに食堂へ通され、そこで待っていたスワコさんに頭を下げてから顎で示された椅子に腰を下ろす。
「おや、新顔の子がいるんだねえ」
「ですね。ショウ、こちらは」
「カナタさんのお姉さんのスワコさん、その娘さんのコウメちゃんですよねっ。俺、ショウっていいますっ。今回の作戦でオペレーターを務めさせていただきますっ。若輩者ですがご迷惑をおかけしないようにするので、どうかよろしくお願いしますっ!」
「ははっ、元気がいいねえ。よろしく頼むよ、ショウ」
「ショウちゃんよろしくっ」
「じゃあ、さっそくですがまずは市長さんからの手紙を」
「ああ。読ませてもらうよ」
それほど紙が入っていないと思われる封筒を受け取り、スワコさんが中の便箋に目を通す。
すぐにお茶を出すと言ってくれたコウメちゃんを止めて年少組には缶ジュースを、俺とタイチとスワコさんの前には缶コーヒーを配ったが、誰かがそれを手に取る前にスワコさんは苦笑いをしながら便箋を封筒に戻し、それをテーブルに置いて深く長い息を吐いた。
「……本気、なんだね?」
「はい」