船外機工場を公園の住民達に、その守りをタレットと大正義団に委ねてメガトン特殊部隊は撤収。
その帰り道、トラックの運転席に横並びに座るウルフギャングとタイチに、俺は豊橋で起こった出来事をすべて話して聞かせた。
俺がベルチバードのパイロットを101のアイツだと判断した事も含め、すべてを。
そしてその出来事によって計画を変更せざるを得ない状況に追い込まれたので、こうやって計画を修正したいからアドバイスをしてくれと頼む。
「……もうウルフギャングさんの店の前だけど、なんもいい案は出なかったっすねえ」
「年長者として情けない限りだ。アキラ、時間はあるのか?」
「もう少し夜が更けたら、セイちゃんとシズクと一緒にいてえ。それまでならな」
「なら店で酔わない程度に飲みながら話すぞ。そうじゃなきゃ、いい知恵も出そうにない」
「同感っす」
「りょーかい。迷惑かけてすまねえなあ」
本当に迷惑な話だ。
大見得を切るんなら自分でいい案を出せと、ウルフギャングとタイチは怒ってもいいだろうに。
「ビールでいいか?」
カウンターの中に入ったウルフギャングが冷蔵庫を開ける。
俺とタイチはそのカウンターのスツールに、並んで腰を下ろした。
サクラさんは気を使ったのか、今日は店を開けないからと言って自宅に戻っている。
「俺のピップボーイから出すって。ほら。タイチも」
「ありがとうっす」
「まず飲もう。話はそれからだ」
そう言ってウルフギャングは全員のビールの栓を抜いてゆく。
「50人からの住民を助けて見事に死んでいった、シズクの母親に」
「自らの理想に殉じた初恋の人に、っす」
「それとその住民達を、どれだけの犠牲を出しても守り抜いてきた大正義団に」
「ふざっけんな。あんなバカ共に捧げて呷る酒なんかねえぞ」
「そうっすよ。バカには鉛弾でもくれてやればいいんっす」
「……やれやれだ」
口ではそう言いながら、俺もタイチも掲げるようにビンを持った手を下ろさず、短い黙祷を捧げてから酒を呷る。
飲み慣れたビールが、いつもより苦い。
たしか豊橋で飲んだビールもそうだった。
「……にげぇな」
「そっすねえ」
「そのうち、そんな酒にも、そう感じてしまう夜にも慣れるさ。哀しいけどな」
「んでタイチ、初恋どうこうは初耳なんだが?」
「当たり前っすよ。誰にも言ってないんっすから」
「ふうん。甘じょっぺえなあ」
「うっさいっすよ。それよりどうするっすか。話の持って行き方によっちゃ、せっかくまとまりかけてる同盟関係が一瞬で崩壊するんっすよ?」
「だよなあ……」
1秒でも急ぎたい。
だが急げば、せっかく築いた関係が瓦解する可能性がある。
さて、どうしたものか。
「元から付き合いのない小舟の里はまだしも、磐田と天竜は商人ギルドと縁を切りたくないだろうからな」
「そうっすよねえ」
それは間違いない。
もっと言うと、今は商人ギルドに相手にされていない小舟の里だって、もしあちらが取引をしてくれるというなら、諸手を挙げて歓迎するはずだ。
「商人ギルドとの取引量が10、だから交易で俺達も10の取引をするって言っても、磐田と天竜は20欲しいに決まってるもんなあ」
「こっちが20出してもダメっすかね?」
「天竜なら、あるいは。アキラの話を聞いてるとそう思えるが」
「いや俺は次の磐田の市長、イチロウさんも大丈夫じゃねえかって思ってる。苦い顔をしても、最後には受けてくれるんじゃねえかって」
「ほう。どうしてだ?」
これはあくまで俺の印象だけどと前置きして、そう感じた理由を説明する。
初めて磐田を訪れ、市長さんに『グロックナックの斧』をプレゼントすると言った時の反応と表情。
パワーアーマーが売るほどあるならミニガンを買うのをお勧めしますと言ったのに、その理由がピンと来てなくて、だからこそ俺はイチロウさんは戦う事が、人を傷つけるのが嫌いなんじゃないかと感じた事。
俺がジローと初めて会った時、その弟に茶を淹れてくれと言われた時の苦笑いと面倒見の良さ。
そして同じくその時、市長さんが「もしカナタが女でなかったら、女でも、もう少し漠然としか生きられぬ者の気持ちをわかってやれたなら、カナタに市長を継がせていた」と言った後に頷いた時の生真面目な表情。
「なるほどなあ。素直で、優しくて、家族思いの長男気質で、おまけにどこまでもマジメ。そんな人物なら、まあ信用してもいいだろうな。ちゃんと真っ当な、誠実な商売をしてる商人だとは俺も思ってるし」
「だったら問題はないんじゃないんっすか?」
「でもほら、内容が内容だからよ」
「あー。結局、それが問題なんっすねえ」
そうなんだよなあと返して、ビールを呷る。
「もう、思い切った方がいいんじゃないか?」
「どういう意味だよ、ウルフギャング」
「今のところ3つの街の関係性は悪くないし、目指すべき将来像も共有できてる。ならもう小舟の里だけで新制帝国軍を壊滅させて、そうなったら浜松を牛耳るであろう商人ギルドと、そうなってから新たな関係を築く。その方が早いし楽だと思うぞ」
「……俺は、急ぎ過ぎか」
「新制帝国軍さえ叩いてしまえば、とりあえず3つの街を結ぶ交易路の中に敵はいなくなるっすもんね。商人ギルドも同程度の戦力を集められるけど、商人だからこそ戦争にまでは踏み切らない、ってのが前提っすけど」
たしかに。
ならばと予想を立ててみる。
新制帝国軍がどこかの街と戦闘状態に入ったなら、利益を追求する商人はそのどちらにも物資を売って金を儲けるだろう。
そしてその争いが新制帝国軍の壊滅という形で終わったなら、商人ギルドは新制帝国軍が押さえている浜松の街の大部分を手に入れる。
「領地が増えたら、それも数倍にも膨れ上がったら、商人ギルドはどう動く?」
「商人のままでいるか、浜松の統治者になるかの選択を迫られるだろうな。特に、上の連中は」
「でもそこでどんな選択をするにしても、こっちがその動きを掴めれば、スワコさんっていう強い味方がそうしてくれたら、こっちが優位になるっすよね」
「……悪くねえな」
「だな」
「そうっすね」
急ぐにしても、急ぎ方というものはある。
そういう事か。
「ならよ。……なんだ。ラジオ、いきなり止まったぞ。なんでだ?」
いつも自動でリピート放送されている、俺達にとってはすっかり慣れたBGM。
ウルフギャングの声も、ジャズの調も聞こえない。
「放送機器の不調か? なら明日にでもセイちゃんに、なにっ!?」
ザザッ。
そんな音を吐いたラジオに、弾かれたように視線を移す。
3人全員がだ。
「一番右が止まって、真ん中がノイズ、って。3つ目もっすよ!?」
「おいおい、まさかジジババがなんか企んでんじゃねえだろうな……」
あー、こちら天竜の長リンコ。
聞こえるかい、ジジイ2人と遠州の全住民。
「ずいぶんと若い声だな」
「姿形も婆さんには見えねえよ。しっかし、なーにをおっぱじめるつもりなんだか。全住民が聞いてるはずねえっての」
こちらは磐田の市長じゃ。
特に浜松のクソ共には、『磐田の狂獣』と言った方がわかりやすいじゃろうな。
「市長さんまで、ったく……」
「まさか、ジンさんもっすか?」
「さあな」
こちらは小舟の里のジン。狂獣風に言うと『剣鬼』となるのう。
ワシは妻である小舟の里の長、マアサに全権を託されてこの会話に参加しておる。
このかわいらしい妻は、いくつになっても恥ずかしがりやでのう。
「っは。ここで惚気って、さすがジンさん」
惚気てんじゃないよ、ジジイ。
とっととインポになりやがれってのさ。
「な、なんの放送っすか。これ」
「俺が聞きてえっての」
ふむ。では本題に入ろう。
磐田、天竜、それに小舟の里の3つの街は、共に手を取り合ってこの腐った世界を生き抜き、わずかばかりでも徐々にそれぞれの街を豊かにしてゆこうと誓い合った。
ゆえに、この共同体に敵対する者、少しでもいらぬちょっかいをかける者は、ただちに滅殺する。
この剣鬼と。
「うわあ。声に殺気が乗って、ハンパじゃないっす」
狂獣と。
「おいおい。どうなってんだ、アキラ」
爆裂美姫がね。
特に100や200の銃口を並べてもアタシらを見れば逃げ出す根性なしと、金勘定と他人を利用する事しか能のない頭でっかちのバカな金持ち商人は気をつけな!
「俺が知るかっての」
「うっわー。普通にケンカ売ったっすよ、新制帝国軍と商人ギルド両方に」
じゃが、この共同体は敵対せぬ者を斬る剣は持っておらぬ。
それどころか共に手を携えて豊かになりたいというなら、いくらでも聞く耳はあるでの。
よーく、考える事じゃ。
まあどこぞのクズ共は仲間の今までの犯罪を調べ上げ、それに相応の罰を与えてからでなければ話も聞けぬ。
どこぞの策謀好きな連中なら、これからの己の生き方に白か黒かの線引きをするとかの。
それでは、これで3つの街の共同宣言は終わりじゃ。
「新制帝国軍にケンカを売って、犯罪した兵を罰すれば兵士として生きる道は残ると唆しまでするか。さすがはジンさん」
「商人ギルドにもこの先の生き方、白黒ハッキリしろって言ってるっすもんねえ」
「……どうすんだよ、これ」