Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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修理

 

 

 

「なるほどのう。ならば剣だけでなく、銃の腕もだいぶ上げたようじゃな」

「そんな。俺なんて、皆の足元にも及びませんよ」

「謙遜まで覚えよって。ほれ、タバコでもやりながら続きを聞かせぬか」

 

 そんな会話を聞くともなしに耳に入れながら、予定を変更して銃ではなくCNDがミリしか残っていない悲惨な状態のT-45dパワーアーマーから修理してゆく。天井からぶら下がる壊れた蛍光灯が落ちてきただけでトドメを刺されそうで怖い。

 フォールアウト3で最も目にしたこのパワーアーマーからB.O.S.の記章が削り取られているのは、100年200年後にでも、どちらかの子孫が太平洋を渡るという可能性を考慮しての事なのだろうか。

 もしそうであるならば、101のアイツは俺と同じでその行き過ぎた心配性を近しい人間達に始終苦笑いされるような人間であるのかもしれない。

 

「……ま、俺の知ったこっちゃねえか」

 

 ゲームと同じ手順のみでパワーアーマーの修理を終え、次は隣に据え付けた武器作業台の前に立つ。

 その上にはやはりCNDが僅かしか残っていない、ゲームでさんざん目にしたレーザーライフルと、この世界に来て見慣れたリボルバーが置かれている。

 

「大丈夫。アキラは技師としても一流じゃ」

「あ、いえ。そんなんじゃないですよ」

「どうだかな。コージ、だったか。オマエさんは」

「そ、そうです」

 

 ジンさんとの会話を中断して武器作業台に歩み寄った俺を見ていた少年が、声をかけたこちらが申し訳なるくらいに緊張した面持ちで返事を返す。

 

「そんな緊張すんなって。んでこのレーザーライフルだがよ、ここまでボロボロじゃ直すより新品同然のを渡した方がはえーんだよ」

「な、ならそのままで大丈夫です!」

「はあ?」

 

 何が大丈夫なんだ。

 

 そんな言葉が俺の顔に書いてあるようにでも見えたのか、コージは俺より年下の少年には似つかわしくない苦笑いを見せ、それから唇を引き結んで遠くを見るような眼差しを浮かべた。

 

「そのレーザーライフルはパワーアーマーと同じく、チカラさんから譲り受けた物なんです。だから俺はその銃を決して手放しません。じゃなかったら、あっちでチカラさんにそれを返せませんからね」

「チカラか。気性も剣筋も、真っすぐ過ぎるほど真っすぐな男じゃったのう」

「あの人は俺を、俺なんかを助けるためにっ……」

 

 コージの遠くを見ているような眼差しがかすかに揺れ、ジンさんがまず何より先にと飲ませたRADアウェイで充血の消えた、少年らしい瞳から大粒の涙が零れ出す。

 

「すまん。考えが足りずにヒデエ言い草をしちまったな。謝るよ、この通りだ」

 

 頭を下げる。

 

「こ、こっちこそすんません。なんか止まんなく、ううっ……」

 

 コージのパワーアーマーが仲間から出た戦死者から引き継いだ物だというのはジンさんから聞いていたのだから、レーザーライフルだってそうであるのは明白。

 ちょっと考えれば、いや、考えなくともそれくらいは理解できないと。

 

「こんなだから、俺はガキでバカで能無しなんだよ。申し訳ねえ。レーザーライフルはキッチリ直す。それこそ、新品同様にな」

「あ゛、あ゛りがどうございま、ひっぐ。恥ず……」

「男には泣いていい夜もある。気にするでない」

 

 言いながら、ジンさんはまるで幼子でもあやすようにコージの俺より大きな体を抱き寄せた。

 それがきっかけになったように、コージの声が大きくなる。

 

「自分で自分をぶん殴っても足りねえな」

「アキラ」

 

 気にするな、大丈夫だとでも言うようにジンさんが頷く。

 

「ありがとうございます」

 

 どんなに後悔をしても時間が戻せるはずがない。

 なのでせめてもの罪滅ぼしにと、気合を入れてレーザーライフルとホクブ製リボルバーの修理に取り掛かる。

 

 あの人が死んだのは自分のせいだと、どうせ死ぬなら役立たずな自分が死ねばよかったんだという慟哭を聞きながら始めた修理は、それが嗚咽に変わってようやく途切れかけた頃に終わった。

 

「よし。完璧だ」

「あ、ありがとうございます。あの、お礼とかは……」

「ん? いらんいらん。俺が勝手にやってる事だからな。それより、次の仲間を呼んできてくれ。時間が余ってるとは言えねえ状況だ」

「わかりました。すぐに」

「ビールやタバコ。それに水や弁当をを忘れとるぞ、コージ。この金属製のカゴは、戦闘が始まるまでに路面電車とやらの所にでもまとめて置いておけばよい」

「あっ、はい。……ジンさん、それとアキラさんでしたよね?」

「おう」

 

 カウンターの横まで移動したコージが姿勢を正し、俺とジンさんを真剣な瞳で見詰める。

 

「ありがとうございました。レーザーライフルとパワーアーマーの修理だけじゃなく、水と食料にこんな贅沢品まで」

「ワシはなにもしとらんでの」

「俺だってメシを食うより簡単な作業をして、買い取ってくれる商人の当てもねえ物資を適当にくれてやっただけだ。気にすんな」

「……それでもありがとうございました。では、すぐに次のシンヤさんを呼んできます」

「頼んだ」

 

 はいっ、といい返事をしたコージがまず100%修理されたパワーアーマーを着込み、まるで宝物にでも触れるような慎重さでレーザーライフルを背負って店を出てゆく。

 そのフォールアウトにはなかった、レーザーライフルを背負うための戦前のベルトを改造したらしい背負い紐も痛みが目立ったが、まだどうにか保ってはくれそうだったので以前のままだ。

 とても泥棒集団の一員とは思えない純真な少年は、それが何より嬉しいのかもしれない。

 

「ほれ、飲みかけのビールじゃ」

「そういや一口だけ飲んで忘れてたな。ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちじゃ」

「大した事はしてませんからね。っと、マーカーが1つ接近中。次が来たらしいです」

「すまぬがよろしく頼む」

「こっちのセリフですよ、それは」

 

 それから10人が代わる代わる臨時修理所を訪れては多過ぎるほどの礼を言って帰ってゆくと、次に接近してきたマーカーはこれまでとは違って2つだった。

 

「来たぞ、モヤシ野郎」

「えらっそうに。パワーアーマーは黄色の枠組みの前、武器はその隣のテーブルに置け。クソイケメン」

「俺はこの剣しか使わねえ。これは誰にも、そこのジジイにだって触れさせねえよ」

「ならパワーアーマーだけ置けばいいだけだろが。これだから、いくらツラが良くてもアタマの悪いバカは困るぜ」

「なんだとてめえ」

「はいはい、そこまで。君達が出会ってすぐに仲良くなったのはわかったから」

「ざっけんな。こんなモヤシと誰が!」

「まったくだ。まあ俺がモヤシなら、このクソイケメンはウドの大木なんだがよ」

「んだとモヤシ野郎?」

「黙れ語彙力0のイケメンゴリラ。どうせオマエも脳筋なんだろうからゴリラはピッタリだ。もう改名しちまえよ」

「……こんの。意味はわからねえがクッソムカつくぞコラ」

 

 なるほど。

 世界がこんなになってしまったこの時代じゃ、よほどの読書家なんかでなくっちゃゴリラが何なのかもわからなくて当然か。

 

「じゃれあいはそこまでじゃ。とっとと準備をせぬかバカ者」

「わあってんよクソジジイ!」

 

 俺を睨みながらイケメンゴリラがパワーアーマー作業台の前に立つと、これ以上ないほどの苦笑いを浮かべているマコトが銃を隣の作業台に置き、ガイがパワーアーマーを脱ぐ手助けをしてから、その隣に自分のパワーアーマーを脱ぐ。

 やはり隻腕となると日常生活や日本刀を使っての戦闘などでは不便がなくとも、こういう作業には手助けが必要なのだろう。

 

「そんじゃ後は頼みます、ジンさん。できれば飲みながらそのメガネから豊橋駅の様子なんかを」

「うむ。任せてくれてよいぞ」

「それなんだけどアキラ君。このノートにこの大通りと駅までの簡単な地図と、わかっている限りの敵の配置なんかを書き込んできたんだ。修理が終わってからでいいから君も目を通してもらえるかな」

「ありがてえ。後で見とく」

「よろしく頼むよ。まずは師匠、ジンさんに見てもらっておくから」

「ああ」

 

 迫撃砲まで使っているという相手の数や配置が戦闘前に少しでもわかるのは素直にありがたい。

 ジンさんとマコトがカウンターに、右手に日本刀を握ったガイがカウンターも作業台もない壁際に移動するのを見てからパワーアーマーの修理に取り掛かる。

 

「ふむ。数は、そう多くないんじゃな」

「ですね。おそらくですが連中、中部第10連隊と名乗る軍隊の主戦場は名古屋なんでしょう。今はまだ、ですけどね」

「ふむ」

 

 こんな時代になっても迫撃砲を使用しているとの話なので覚悟はしていたが、敵は浜松の新生帝国軍と同じで戦前の軍隊の生き残りが組織した勢力なのか。

 

「駅で寝起きしていると思われる数は50程度。迫撃砲は東に向けた1門のみ。ですが、駅に繋がる階段や廃墟の室内なんかには戦前のタレットがそれなりに配置されています」

「なるほどのう。まずはそれを潰さねばならぬか」

「ですね」

「なあ、メガネ。ちょっと横からいいか?」

「だから君もメガネだろうって。なにかな、アキラ君」

「この武器作業台に置いてある、おまえらが持ってる唯一のスナイパーライフル。これでそのタレットを破壊すんのに何発かかるんだ?」

「3発、だった」

「過去形かよ?」

「ああ。僕が狙撃でタレットを破壊して、そのルートからガイの率いる部隊が突入。それを繰り返して、一度は連中を押し返した」

「へえ。……んでそこに敵の増援が現れた、って事か」

「そうなるね。そして彼女、マナミさんはその時に全員を逃がすため敵陣に単身で突っ込んだ。今あの公園で暮らしている老人や子供を逃がすためにね」

「そうかい」

「怒らないのかい? 敵の増援が来るのは目に見えていたのに、どうして彼等を駅に移したりしたんだと」

 

 それは思う。

 ただ、当時には当時の状況があったのだろうという予想もまた簡単に立てられる。

 

「豊橋駅以外にも敵がいるなんて、遠距離偵察が可能じゃなきゃ想像もできねえだろうからなあ」

「そうなるね。そしてその遠距離偵察を計画中に、あの襲撃さ。完全に僕の判断ミスだ。せめて偵察を終えてから住民を豊橋駅に移していれば……」

「まだ言ってやがんのか、マコト! もうその話はすんなって言ってんだろうがよっ!」

 

 ガイの怒声が狭い店内に響く。

 俺は作業の手を止めずに話していたので見えやしないが、語気からその表情は容易に察せた。

 

 


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