いったいコイツは、何が気に入らなくてこんなにもブチギレているんだろう。
そんな俺の至極もっともな疑問を口に出しかけると同時に、マコトがガイの肩を掴んで、引きずるようにして話し合いの場へと戻す。
ずいぶんとまあ、乱暴なやり方だ。
「……なんでいきなりキレたんですかね、アイツ」
「さあのう。ただ、弱き者は己の力のなさを噛み締めながら強者を仰ぎ見るしかないのが常じゃ。強き者が己を卑下しておるのを見せられるのは、癇に障るものであるのかもしれぬの」
俺は自分が強者だなどと思った事はないが、心当たりがない訳ではない。
向こうの日本で、たとえば明らかなイケメンが『僕なんて別にかっこよくないですよ』だとか『いえいえ特にモテたりはしませんよ』なんて言ってるのをテレビで見ると、問答無用でチャンネルを替えたものだ。
101のアイツに憧れて故郷を飛び出したバカからしてみると、こんな俺でもアイツの同類と思えるなら、そういう事もあるのだろうか。
「……本音を言ってキレられてもねえ」
「まあ、さっきのはワシでも少しカチンと来たがの」
「どうしてです?」
「先にしても後にしても、努力は努力。苦悩は苦悩じゃ。ワシはあちらの世界のアキラは知らぬ。だがこの世界でワシが出会ったアキラは、誰よりも努力をしておったぞ」
「なーんの努力もした覚えはないんですけどね」
「バカを言うでない。平和な世界で生まれ育って喧嘩すらした事のない男がその手に銃を握り、守りたいと願った女のために人を殺す。それがどんなに大変な事かなど、たとえ幼子でも理解できようて」
そう言われて思い浮かぶのは、やはりミサキの笑顔。
たしかに俺はこの世界で戦う生き方を自ら選択したが、もしも隣にミサキがいなかったならばピップボーイに入っている物資を切り売りするなりなんなりして、毎日酒でも飲みながら自堕落に暮らしていたかもしれない。
この荒野に蔓延る暴力や貧困、死を含む理不尽なすべての物事をこの目で見たとしても。
「……あの頃は小舟の里と、そこに暮らす人達と、勝負でもしてる感覚だったな。どうだ、俺はこんなに役に立つんだぞ! って。だから俺とミサキを、どうにか受け入れてくれねえかって」
「言葉でそう告げられたならば、信じぬ者や反発する者も多かったじゃろう。だが、アキラはそうはせんかった。黙して語らず行動のみで能力を示し、己が唯一無二の強者であるとワシらに認めさせた。それができる者など、この荒野にどれほどの数がおるやら。だからこそ、アキラには卑下など似合わぬのじゃよ」
「なんも考えてなかったですけど、逆にそれが良かったって事ですか。ジンさん達は俺達を受け入れてくれただけじゃなく、まるで大昔からの仲間のように思ってくれている。………ありがたい事です。いくら礼を言っても、言い足りないな」
礼を言うのはこっちじゃ。
そんなジンさんの言葉を遮るように、ガシャガシャとやかましい音が耳に届く。
何事だよと目をやってみると、大正義団の生き残りが丁寧な仕草で一度は装備解除したパワーアーマーを、笑い合ったり頷き合ったりしながらまた着込んでいるらしい。
「おい、モヤシ」
「んだよ?」
脱ぐ時と同じく、マコトの手を借りながらパワーアーマーを装備しようとしているガイが俺を睨む。
「オマエのようなお坊ちゃんが、こんなクソ溜めみてえな世界に来る事を自分から望んだとは思わねえ。だが、だがよ。誰がどれだけ望んでも手に入れられねえ強さを持ってるヤツが、あんな事を言っちゃいけねえんだよ。もしまたあんな言い方をすんなら、この俺がぶった斬ってやる。覚えとけ!」
「……斬る前に撃ち殺されて終わりだろうに」
「うるせえよ。許せねえ男は、斬る。たとえ死んじまってたとしてもな」
「へいへい」
死んでたらどうやって斬るんだよとツッコミを入れたいところだが、そうとだけ言ってタバコを咥えた。
今は、それどころではない。バカの戯言にツッコミを入れるのは後にしておこう。
紫煙を吐きながら見上げた空は、もう夕暮れ時ではなく夜の色をしている。
「夜襲か、アキラ?」
「……俺的には払暁と同時に戦闘開始と行きたいところですけどね」
「ふむ。ならばそれでよかろう」
「いいんですか? てっきり一秒でも早く早く豊橋駅に突っ込ませろって言われると思ったんですが」
「将に従うのが兵じゃよ。そうでなくては、戦には勝てぬ」
「そんなのは俺のガラじゃありませんけどね。なら……」
駅の構内へと続く通路の二階部分。
そこには今のところ敵の姿など見当たらないが、もしその敵が1人でも身を隠しながら近づいてスナイパーライフルを構えたならばどの薄汚れた顔も簡単に撃ち抜けそうな距離だというのに、大正義団の生き残り達は身を隠す素振りすら見せずに大声で気炎を上げたり談笑したりしている。
溜息を吐きながらそんなバカ共を見遣り、ヴォルトテック・カラーのX-01をピップボーイに戻してから、1人だけ苦笑している男、マコトを呼んだ。
「どうしたんだい?」
「どうもこうもねえよ。戦闘開始は払暁。それまでに武器とパワーアーマーを修理すっから、オマエラが寝泊まりしてるビルの1つ手前の時計屋に全員を順番に寄こせ。銃弾とメシと水もその時に配る」
「……そこまで甘えていいのかな。君のピップボーイが普通のそれじゃないって事は、自由に出し入れをできるらしいパワーアーマーでなんとなく察したけれど」
「101のアイツはパワーアーマーを?」
「1度でも外に出したら、また重量の空きを作るまでは収納できないらしいよ。よくそれを愚痴ってた」
「ふうん。ま、俺には関係ねえな。こっちの準備は、3分もあれば終わる。そしたらオマエと偽伊庭を含めた全員を順に来させろ。いいな?」
「ああ。任せてくれていいよ」
ならばまず準備だと、ガイたちが出てきたビルの隣にある時計屋に足を向ける。
特にシャッターなどは下りていないのでガラスの引き戸なんかは粉々になっているが、そんなのは『ピップボーイに収納』と念じるだけで掃除機をかけるよりも簡単に片づけることができた。
ついでに店内の大部分を占めるショーケースもピップボーイに入れ、入れ替えるようにして壁際に武器作業台とパワーアーマーステーションを並べる。
寝床は後でいいだろう。
なので会計や腕時計の電池交換をしていたであろう木製のカウンターにスツールを2つ置けば準備は完了だ。
「酒はどうします、ジンさん?」
「払暁の出陣ならば軽く飲ませてもらうかの」
「了解です」
まずはと冷えた瓶ビールを2本カウンターに出すと、ジンさんは戦前のパワーアーマーの肘の部分に引っ掛けて器用に栓を抜き、1本を俺に差し出す。
束の間だけそれに手を伸ばそうか迷ったが、酔ってしまう訳にはいかなくとも酒を呷りたい気分を押し殺せなかったので黙って受け取った。
乾杯などはせず、黙って小さく頷き合ってからラッパ飲みでビールを呷る。
「まだまだ冷えたビールが美味いのう。秋は、まだ遠いか」
「……俺はイマイチ味がわかりませんね。いつもあんなに美味いと思うビールが、なんとなく苦くてシュワシュワするだけの泥水みたいに感じます」
「ビールはビールじゃ。たとえ誰が死のうと生きようと、この冷えた飲み物はビールという液体でしかないんじゃよ」
「わかるような、わかんねえような……」
「ええっと、あの。マコトさんに言われて」
遠慮がちな声。
足音には気が付いていたので気軽に振り向くと、時計屋の引き戸を取っ払った入り口に1人の少年が立っていた。
小舟の里をトラックで訪れた2人の片方、コージとかいう大正義団で最年少の少年だ。
「来たか。武器をそこの水色の作業台に置いて、そっちの黄色い鉄骨の前にパワーアーマーを脱げ。そしたら、カウンターでジンさんとタバコでも吸ってろ」
これから大正義団の生き残り達、総勢13人が順番にここを訪れてカウンターで待つ事になるのならと、灰皿を5つにタバコのカートンを4つ、全員に3本ずつ渡せる水とビールと数種類の缶詰、スティムパックとRADアウェイをカウンターに並べてスツールから腰を上げた。
それに人数分、13個の買い物かごを積み上げる形で出しておく。
「これらは全員に分けて持たせればいいんじゃな、アキラ?」
「はい。ただ、RADアウェイはこの場で使わせてください。どいつもこいつも、RADの影響でヒデエ顔をしてましたから」
「了解じゃ。ほれ、コージ。パワーアーマーを脱ぎ終わったなら、さっさとここに来て腰を下ろさぬか。ビールとタバコは、ここでやっても2つずつ持ち帰れるほどの数があるからの。飲みながら、初陣から今までに斬った敵の話でも聞かせぬか」
「い、今は酒なんか飲んでる場合じゃ……」
いいから来いというジンさんの声に続き、ポンっといい音でビールの栓が抜かれたのを背中で聞きながらまずは武器作業台に歩み寄る。
その上に置かれているのは、呆れるほどにCNDが減った2丁の銃。
警察仕様のリボルバー。それとフォールアウト3でよく見たレーザーライフル。
「やっぱ拳銃はホクブ社製か。フォールアウトも日本が舞台だと、どうしても銃器のバリエーションが少なくなるのが寂しいなあ」
俺は貧乏学生だったのでパソコンなんて中古のノートパソコンしか持っていなかったが、いつか就職して金と時間に余裕があれば勉強をして、自作の無料配布ゲームでも作ってみたいなんて妄想をした事がある。
もしもこれが一夜の夢で、いつか日本の安アパートで唐突に目を覚ますような悲劇があれば、いいゲームのネタになりそうだなんて事を考えながら、まずはリボルバーを修理しようかとそれに手を伸ばした。