Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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豊橋駅前

 

 

 

 右折、向山霊苑と書かれた案内板。

 それが目に入ってすぐ、そう大きくはない川を渡った。

 

 橋の真ん中にはそれが崩れ落ちてしまうほどのものはないが穴が空いていて、コンクリートの中に張り巡らされた鉄の芯のような物が見えている。

 

 まんまフォールアウト世界の橋だ。

 こんな時でなければその終末世界らしい風情を満喫しようと足を止め、タバコの1本も灰にしながら橋を眺めたかもしれない。

 

 そしてしばらくすると、俺の尾行に気づく様子のない2人は、片側二車線ずつの広い道路を右折した。

 

 残してきた仲間達が気がかりなのか、進めば進むほど足が速まっていた2人の行く手を、3匹のフェラル・グールが遮る。

 そんなのは想定済みだが、ツグオとコージの戦闘の腕は読み切れていない。いざとなったら、狙撃で加勢するしかないか。

 

 フェラル・グールが駆け出す。

 すぐさまその場での迎撃を選択したらしい2人が、レーザーライフルを持ち上げた。

 レーザーの光が2つの銃口から迸る。

 

 銃声や、フェラル・グールを撃ち倒してから短く交わされた言葉はもちろん聞こえない。

 なので、無線機から聞こえるジンさんと老人の会話は問題なく聞き取れている。

 射撃の精度は悪くなさそうだし、この分では戦闘の腕もそれなりにありそうだと、どちらかというとジンさん達の会話の方に意識を割いた。

 

 老人達は岐阜県の郡上という街から新天地を求めて旅立ち、核の被害の酷い名古屋を迂回して進んでいるうちに、この豊橋まで辿り着いたのだそうだ。

 

 山間部を抜けるまで雇った護衛のサンカから、絶対に豊橋は通るなと忠告をされていたのに。

 

 そんなセリフには老人の苦渋が滲んでいて、ジンさんはそれを慰めているらしい。

 

 だが、俺の方はそれどころではない。

 老人のセリフに出てきた、とある単語が気になって仕方ないからだ。

 サンカとはあのサンカかと本当なら今すぐにでも訊ねたいが、ぐっとそれを堪えて尾行に集中する。

 

 歩きながらたまに目をやっている地図によると、裁判所を右に見ながら少し進めば豊橋駅へと一直線に伸びる駅前通りに出るらしいからだ。

 

「大正義団は、かなり数を減らされてる。そうなった理由は、迫撃砲を使う悪党の群れと駅の手前で対峙しているからって? ……気に入らねえな」

 

 俺のような捻くれ者が、自分達に正義があると思い込んでいるような連中を嫌うのは当たり前。

 

 そしてそんなクズ共が自らの正義を信じてこんな世界では何よりも重要な武器を持ち逃げし、親兄弟を置き去りにした故郷を出た先で、縁も所縁もない連中を助けてチンケな自尊心を満足させて悦に入っているかと思うと、冗談ではなく反吐が出そうだ。

 

 なのにそんなクソヤロウ達が、理由はどうあれ小舟の里の盾になっていたり、掛け値のない善意から困窮した漂流者の集団を助けていたりしているんだと聞かされると、なんだか妙な気分だ。

 

 胸のホルスターに固定した無線機がノイズを吐く。

 どうやらジンさんは公園の連中に探りを入れ終え、通話ボタンを押し直したらしい。さすがは老人というべきか、見習いたい念の入れようだ。

 

 アキラ、おおよその事情はわかった。

 今からバイクでそちらに向かうぞ。

 

「了解。その公園から先は迫撃砲のせいなのか街並みが荒れ果てていて、路面には瓦礫なんかも散乱してます。気をつけてください」

 

 任せよと言うジンさんの声を聞きながら、今までガマンしていたタバコに火を点ける。

 ジンさんと合流し、大正義団の拠点を見つけた後、すぐそこに乗り込む事になるのかはわからない。ジンさんが一晩くらい様子を見たいと言うなら、俺はそれに従うつもりだ。

 

 そうなれば見張る対象の大正義団だけではなく、この豊橋に住み着いているという悪党だか軍隊だかわからない連中の目もあるので、夜間は気軽にタバコなんて吸えそうにない。

 吸い溜めするんなら今の内だろう。

 

 見えたぞ、アキラ。

 

 そんな声が聞こえたのは、悪党の巣になっていない歩道橋の下を潜りながら、右手に見える大きな建物の前に裁判所という文字を見つけた時だった。

 ツグオとコージはだいぶ先にいるし、この広い道にはそれなりに車の残骸なんかもあるので尾行に気づかれる危険性は低いはずだが、それでもたまに後ろを見ながらジンさんのバイクに向かって走り出す。

 

「手間をかけさせてすまんの」

「いえいえ」

 

 原付バイクをピップボーイに収納。

 ジンさんが放った戦前のパワーアーマーのヘルメットも預かって、小走りでツグオ達の背を追った。

 

「ふむ。この先を左折すると豊橋駅かの」

「そうなりますね。それで、あの公園にいた連中の健康状態はどうでした? 遠目から見た感じ服はボロキレ同然だし武装は農具だしで、それは帰りにでも手持ちから渡しとこうと思ったんですが」

「医者いらずが必要そうな怪我人はおらんかったのう。だが誰も彼も痩せて薄汚れていて、子供たちまでもが目を真っ赤に充血させておった」

「いくら迂回したとはいえ、戦前の大都市である名古屋の近くを進んできたんですもんね。RADを受けてて当然か。んじゃメシと服と武器に、RADアウェイも追加ですね」

「どう見ても対価が払えそうな者達ではないというのにか?」

「なぁに。帰りにもっと観察させてもらって、責任者の人柄とメンバーの統率に問題なさそうなら、カラダで払ってもらえばいいんですよ」

「ほう?」

 

 ジンさんは怒っているようには見えないが、体で払ってもらうという言葉に反応したらしく、走りながら俺の横顔を視線で射貫く。

 

「そんな怖い顔をしないでくださいって。ビビッてお漏らしでもしたらどうするんです」

「どの口で言いおるやら、まったく」

 

 そんな軽口を叩いている間に、今度は2人でさっきと同じくらいにまで距離を詰めていた。

 俺が尾行なんてものに慣れているはずもないのでその距離はかなり離れているが、そのおかげで普通に話していても声は絶対に届かないだろうから安心だ。

 俺が小走りをやめて普通に歩き出すと、さも当然のように続いていた、少なくとも40は年上だと思われる老人が息も切らさず隣に並ぶ。

 

「相手が本当に信じられそうなら、船外機工場を宿舎にして周囲で畑仕事。あそこの農地は小舟の里にとって宝物のようなものなので、それをさせるなら子供達には小舟の里と同じ教育を受けさせるところまでやらないとダメですね。あの農地を活用するため、いつか俺のクラフトで浜名湖に橋を架けるつもりですし」

「ふむ。完全に移民として受け入れるという事じゃな」

「ですね。その場合農業で食っていけるようになるのはだいぶ先だろうから、その間の生活費なんかは俺の稼ぎから出しときます」

「そんなのは里に任せておけばよい。それより、他にも案があるような口ぶりじゃったな」

「ええ」

 

 銃で武装している人間がほとんどいないおかげか犯罪者が極端に少ない、浜松と比べればこの世の楽園とも思えるほど平和な小舟の里であるから、簡単に集団移住など受け入れるはずがない。

 なので、他にも考えはいくつかあった。

 

 まず思い浮かぶのは小舟の里と浜松の街の途中にあり、これ以上ないほど新制帝国軍の迎撃に向いている場所にある、弁天島という人工島らしき島の開拓のために雇うという案。

 そして総勢があの程度の数ではそう広い土地は必要ないだろうから、自給自足に足りる程度の農地を整備し、磐田の街との連携のために押さえておきたい新掛塚橋を小さな集落にしてしまう案だ。

 

「新しい共同体の将来を考える時、俺がまず欲しいなと思うのは、3つの街を出て働いてもいいと思ってくれる人間です。それが50もいるなら、逃す手はありませんよ」

「なるほどのう」

「それと浜松の街を見てて思い知らされたんですけど、こういう時代ですから戦前の学校跡ってのはかなり拠点に向いてます。小舟の里の近くにも学校はいくつかあるんでそこを制圧して、将来的に工業の街にするための布石になってもらうのもいいですね」

「……今のところ魅力的なのは、船外機工場かのう。あそこにはミカン畑が残っておるで、1日でも早く植民するべきだとカナタ嬢ちゃんも言っておった」

「ですね。おっと、2人がついに左折しましたよ。地図で見た感じ、あの交差点から5、600メートルで豊橋駅です」

「そんな距離ならば、右折するのではないのか?」

「いや。迫撃砲ってのは強力ですけど、こういう市街地ではあまり使い勝手は良くないはずなんですよ。たとえば……」

 

 ゲームばかりしていたニートのミリタリー知識なんて人に聞かせる価値はないと思うが、それでも説明は必要だろうと俺の考えを話してゆく。

 

 大正義団は駅前で悪党と対峙しているそうなので、おそらく駅にだいぶ近い位置に拠点を置いているはず。

 ゲームで得た知識なので真偽はわからないが、迫撃砲というのは数百メートル先から数キロ先までしか攻撃できないはずだからだ。

 なので可能な限り接近してそこを最前線、プラス拠点としなければ、襲撃を察知される度に接近途中で迫撃砲を撃ち込まれてしまう。

 この程度の都市の駅前なら間違いなく道の左右にはビルが立ち並んでいるので、銃撃戦で押し負けない数が相手ならばそんな至近距離にも拠点が築けるだろう。

 

「なるほどのう。まあ、近い分には好都合じゃ。弓も届くし、何より斬り込みがかけやすいからのう」

「ええっと、抜刀突撃なんてのは最後の最後ですよ?」

「わかっておる。だからこその弓じゃ」

「素直に銃の練習をしましょうよ……」

 

 ツグオとコージが左折しても、迫撃砲の音どころか銃声のひとつも聞こえてこない。

 2人は身を隠しながら進んでいるのか、数を減らした大正義団はもはや貴重な迫撃砲の砲弾を消費するような相手ではないのか。

 どちらも、ありそうな事だ。

 

「そろそろワシ達も、物陰から駅を窺わせてもらうかの」

「ですね」

 

 2人が左折した交差点の左側には、海に近い街だと珍しくて客が多いのか、山魚料理という看板がかかった料理屋がどうにか崩れずに残っている。

 

 好物である鮎の塩焼きの芳ばしい香りと、湯気の上がるそれにかぶりついた時の歯触りや味を思い出して、こんな時だというのに思わず生唾を飲み込んだ。

 それにこちらに来て大好物になった日本酒が付けば、文句なしのご馳走だ。

 

「懐かしいのう。清流ですなどった山女魚に惜しまず塩を振りかけ、焚き火で丁寧に焼き上げたあの味を。故郷には辛い思い出も多いが、あれは間違いなく良い思い出じゃ」

「ジンさんもですか。俺も、向こうで食った鮎の塩焼きを思い出してました」

「海辺に住んでいては、まず食えぬからのう」

「こっちから出向けばいいんですよ。夏が終わる前に面倒事が片付いたら、仲間内全員で清流でも探しに行きましょう。ヤマメってのはここらにいるかはわかりませんけど、鮎なら間違いなくいるでしょうし。マアサさんの気晴らしにもなります」

「なるほど。ファストトラベルがあればそれも可能かのう。まったく、ミサキさまさまじゃ」

「ですね」

 

 そんな事を言いながらジンさんに双眼鏡を渡し、俺はツーショット・ハンティングライフルを出して交差点の左を覗き込む。

 

 洒落た電話ボックス。

 地下道への入り口。

 道路を塞ぐように横たわる、ひしゃげた街灯。それに、いくつもの車の残骸。

 

「アキラ、あれはなんじゃ? どうして、このような道の真ん中に電車が」

「路面電車ですね。それを盾にして左右に土嚢を置いてる場所にいるのは3人。ツグオとコージが合流しても、たった5人です。その他は地下道か、道の横にあるビルのどれかに……」

 

 まるで、鉄と鉄が擦れ合うような音。

 

 俺の言葉を遮ったそれが、双眼鏡を覗き込んだままジンさんが強く発した歯軋りだと気づくまでに、たっぷり5秒はかかった気がする。

 

「ワシはゆくぞ。アキラは好きにせい」

「ちょ、いきなりですか!?」

「うむ」

 

 


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