Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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接触

 

 

 

「このタイミングで来やがるかよ、クソッタレ……」

 

 立ち上がる。

 そのまま棚の無線機を取り上げて、送信ボタンを押し込んだ。

 

「ジンさん、こちらアキラ。俺もすぐに北西橋へ向かいます」

 

 無線機をセイちゃんが改造してくれたホルスターに取り付けている間に、ワシもすぐに向かうと言うジンさんの声が聞こえた。

 もちろんその声は、これ以上ないほどに重い。

 

 こんな状況を予見できるはずがないが、いつ何があってもいいように小舟の里にいる時はアーマード軍用戦闘服を部屋着代わりに身に着けているので、特に身支度はいらない。

 テーブルの灰皿の吸殻から煙が上がっていないのを確認して、小走りに階下へと向かった。

 

 カギは嫁さん連中も必ず携帯しているので、しっかり施錠して正門へと向かう。

 すると無線機での短い遣り取りを聞いていたらしいショウとヤマトが、立ち上がって手を振っているのが見えた。

 

「アキラさん!」

「おう。ちっと行ってくるぞ」

「お気をつけて!」

「門の守りは任せてください!」

「頼んだ」

 

 そう言ってから軍隊式の敬礼なんて俺に似合うはずもないので、2本指を額の横に当て、それをピッと飛ばしておく。

 

 この映画やアニメでよく見る仕草はなんと言うのだろう。

 

 そんなどうでもいい事を考えながら通用口を出てウルフギャングの店の横を抜け、アスファルトの道路にネイキッドスポーツを出す。

 エンジンをかけてジンさんを迎えに行こうとペダルをローに入れると、バックミラーにパワーアーマーを装備してヘルメットを手にぶら下げたジンさんが走ってくるのが見えた。

 

「ジンさん、乗ってください」

「ありがたい」

 

 サスペンションが戦前のパワーアーマーの重さで深く沈み込む。

 だがセイちゃんが徹底的に手を入れてくれた俺の愛機は、パワーアーマーを装備した2人が乗っても問題なく最高の加速を見せてくれる。

 クラッチを繋いで、北に向かって走り出した。

 

「ひっでえタイミングで来やがりましたねえ」

「なあに。あのバカ共は、季節が変わるごとに里を訪れておる。そろそろじゃと覚悟はしておったよ」

「なるほど」

「のう、アキラ」

「はい?」

「トラックに乗ってやってくる若者は当たり前じゃがどちらもこの里で生まれ育った青年で、親兄弟は里でたまに申し訳なさそうにしながらも平和に暮らしておるのじゃ」

「そういう事ですか」

「うむ。じゃからすまぬが」

「……わかりました。殺しませんよ、今ここでは」

「すまぬのう」

 

 この世界に来て、ウェイストランドで実際に暮らして身に染みてわかった事がある。

 

 クズは殺した方がいい。

 

 そんな簡単な、だからこそ真理だと思える事実だ。

 犯罪者を検挙してくれる組織なんてバリケードの中にしかなくって、もし犯罪者を捕らえてもソイツをただ生かしておく余裕なんてありはしない。

 もし犯罪者にそれなりの労働をさせながら懲役刑を科すにしても、それを見張る人手すら惜しいのが現在の日本だ。

 

 だから、殺す。

 

 何かしでかせば殺されると確信していれば犯罪を犯すのを思いとどまってくれる者もいるだろうし、そうでない、リスクを冒してでも楽をして稼ぎたい、他人を不幸にしても自分だけはいい思いをしたいという連中もいるだろう。

 真実かどうかもわからないアリの生態の話なんかは俺も知っているが、そうやって犯罪者を殺し続けていれば、ゼロにはならなくても犯罪者を減らせるんだと信じるしかない。

 

「見えた。まずは見張り台で大正義団とやらの話を聞きますか」

「うむ」

 

 小舟の里に繋がる4つの橋はすべて、元からあるバリケードのすぐ手前にコンクリートの土台を置き、そこに足場を渡して見張り台とタレットを設置してある。

 そのコンクリートの土台の手前にバイクを停め、ピップボーイに入れてから階段で見張り台へと上がった。

 

「あれか。……フロントガラスが割れてんのに、防弾板すら貼ってねえのか。荷台もウルフギャングのトラックとは違って幌。それはまあいいけど、ボロボロ過ぎて雨避けにもなりゃしねえ。よく動いてますね、あれで」

「うむ。それにしても、いつもよりだいぶ手前にトラックを停めておるのう」

「……まさか。連中は、タレットがどういう存在かを知ってるって事ですか?」

「やもしれぬ。ワシも関東などでは、戦前の国産タレットを何度か見ておるしの。戦前の大都会である名古屋に近い豊橋なら、稼働品のタレットを見る機会があるのやもしれぬ」

 

 それが本当なら、目の前にいる大正義団と同じく、いつか101のアイツを追うつもりの俺にとっては厄介な話だ。

 

「運転席から1人が降りましたね。助手席のヤツがそのまま運転席へ。どっちも装備してんのはB.O.S.タイプのノーマルパワーアーマーで、降りてきたヤツの武器はレーザーライフルか」

「あやつめ、間違いなくタレットを知っておるのう。銃ごと両手を上げてゆっくりと近づいておる」

 

 まだ普通に会話ができる距離には遠い。

 タバコを咥えてジンさんに箱を渡し、オイルライターの火を分け合う。

 

 ジンさんと同じくヘルメットだけ外した状態のパワーアーマーを装備した男は、その生意気そうな顔を煤か何かで酷く汚しているようだ。

 年の頃は俺の2つ3つ上、22、3だろう。

 

 手練れの雰囲気は感じないが物怖じしていない足運びを見る限り、こういった状況、命を危険に晒す事には慣れているらしい。

 

「ジンさん、これはどういう事です! それにその隣にいる男の腕に見えるそれは、もしかして!」

 

 男が叫ぶようにして、そう問いかける。

 

「答える義理はないのう」

「くっ……」

「なあ、兄さん。ちっといいか?」

 

 ジンさんと打ち合わせをする時間などなかったので、どこまで俺が口出しを許されるのかはわからないが、大正義団の連中に会ったら聞こうと思っていた事はある。

 いい機会だから訊ねておこう。

 

「あ、ああ」

「あんたらは、強盗なのか? それともタカリか? もし物乞いだってんなら、それなりの態度ってモンがあると思うんだがね」

 

 男の薄汚れた顔が、見る間に真っ赤に染まってゆく。

 

「お、俺達はっ!」

「俺達はなんだよ? 食料を買い叩きに来たんならそのどれかなんだろうが。違うってんなら、誰もが納得する対価を置いてくんだな?」

「……荷台に途中で狩った猪を積んである。2頭すべては渡せない。半分なら置いていこう。金は、いつもと同じだけ持ってきた」

「なら、その猪と現金分の食料を渡せばいいんだな?」

「それじゃあ足りるはずがない!」

「へえ。小舟の里の連中が飢えても関係ねえからメシを出せって? さすが、クズだなあ」

「そうは言っていないっ!」

「言ってんのと同じだってんだよ、ノータリン」

「アキラ、その辺でカンベンしてやってくれんかのう」

 

 俺が口出しを許されるのは、ここいらが限界か。

 

「りょ-かい」

「言うておくが、アキラ達はもうこの里の大事な仲間じゃよ。そしてワシの娘婿で、その嫁達も大切な家族じゃ」

「……ありがとうございます」

「こっちのセリフじゃな。ツグオ、猪はいらん。ジャガイモとチーズと魚をいつも通りの量でかまわんな?」

 

 ツグオと呼ばれた男が頷く。

 

 なら待っておれと言ってジンさんは振り向き、門の内側にいる連中に短い指示を出した。

 俺は黙ってツグオを睨みつけたまま、咥えタバコの煙を吐き続ける。

 

「ジンさん」

「なんじゃ?」

「予定よりだいぶ早いですが、このままバカ息子を殴りに行きましょうよ。浜松の方は、1日くれえならなんとでもなります」

「……やめておこう。こういう時は、勢いに任せて動かぬ方がよい」

「そうですか」

「うむ。まずは浜松、そう決めたからにはバカ共に構っておる暇はない」

「了解です」

「それに、ワシとてあれらに怒鳴られるのはカンベンじゃからのう」

 

 ジンさんが薄く笑みながら顎で背後を示す。

 なんだろうとツグオとトラックからあまり目を離さぬよう半身になって後ろを見遣ると、嫁さん連中とウルフギャング夫妻がそれぞれの武器を手に、『いつでも突撃できるぞ』とでもいうような気合を漲らせて並んでいるのが見えた。

 

「揃いも揃って、なーにやってんだか。ミサキなんて、渡した覚えのねえミサイルランチャー担いでんですけど……」

「メガトン基地の武器庫にあった物じゃよ。ミサキは、撃ちながら走り回れる遠距離武器を使えぬのを気にしておっての。カナタのアドバイスでミサイルランチャーを使ってみたら、それが性に合ったようじゃ。今ではかなりの速度で走りながらあれを乱射して、それからシズクと2人で敵に突っ込んでおる」

「……セーラー服にミサイルランチャー。んで高機動って、ドムかよ」

 

 今日からドム子とでも呼んでやろうか。

 

 そんな考えが頭をよぎったが、万が一ミサキがドムを知っていたらその場で頭をカチ割られかねない。

 そう呼ぶのは心の中だけにしておいた方がよさそうだ。

 

「おい、新顔のアンタ」

「あん?」

「その腕にあるのって、電脳少年ってやつか?」

「答える義理はねえな」

「まさか、アンタは賢者さんの言ってた……」

 

 答える義理はないと言ったのはただジンさんのマネをしただけでなく、心からの本音だ。

 返事はせずにタバコを吹いて捨て、遠くから近づいてきているリヤカーの到着を待つ。

 

 おそらくあれの荷はジャガイモかチーズで、用意するのに時間がかかる生きたままの養殖した魚が最後に到着するのだろう。

 こんな連中にタダ同然で小舟の里の働き者達が育てたジャガイモや魚を渡してやるのは癪だが、ジンさんの態度を見るに、それを大正義団にくれてやるというのは小舟の里の総意と言ってもいい選択らしい。

 なら、俺が口を出す必要はないだろう。

 

「早くカタをつけてえなぁ、新制帝国軍」

「焦る必要はないじゃろ」

「そうでもないですよ。俺はここんトコ、男だけで探索や戦闘に出るのが楽しく感じてましてね」

「ほう?」

「だからジンさんから、まだまだ学びたい事がたくさんあるんです」

「老いぼれがくたばる前に、かの?」

「そうは言ってませんって」

「当然じゃ。そんな事を言うたらひっぱたいてやるでの」

「カンベンしてくださいよ」

「ほっほ。親の特権じゃ、グダグダ言わずに殴られておくのじゃな」

「そういうのを俺達の世界じゃ虐待って言うんですよ」

「こっちにはない言葉と感性じゃのう。生意気な子はひっぱたいてでも躾けてやらねば、いつか人様に迷惑をかけるやもしれぬ。その可能性を予見できぬ親は能無しで、子の犯罪を知っておって止められなければ共に犯罪者じゃ」

「へいへい。シンプルで羨ましいですねえ」

 

 バリケードの中央、ボートレースのボートを運ぶためのキャリアーに鉄板を張り付けた門から、オンボロのリヤカーが引き出されてゆく。

 その持ち手を受け取ったツグオは俺とタレットに一瞥をくれてから荷台にレーザーライフルを置き、背を向けて1人でリヤカーを引き始めた。

 

 


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