Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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休日の朝

 

 

 

 寝返りを打った拍子に、眩しさで目が覚める。

 

 窓にはミサキが厳選した汚れの少ない戦前の遮光カーテンがかかっているが、夏の朝の陽射しはそんな厚手の布の隙間から容赦なく挿し込んで、白くて肌触りの良いシーツに陰影を刻んでいるらしい。

 

 特大ベッドの上で身を起こし、なるべく音を立てないようにしてそこから下りた。

 ピップボーイを操作してアーマード軍用戦闘服を装備。

 足音も抑えて歩き、寝室を出てオレンジ色のドアを静かに閉める。

 

「あら、おはよう。せっかくの休日なんだから、もっと寝てればいいのに」

「目が覚めちまったからな。便所にも行きたかったし」

「うふふ。なら、早くいってらっしゃいな。コーヒーを淹れておくわね」

「サンキュ」

 

 トイレは寝室にもあるが、そこで長々と放尿なんてしていたら、まだ寝ているカナタ以外の嫁さん連中を起こしてしまうだろう。

 なので1階のセイちゃんの作業場の横にあるトイレで用を足し、トイレへの通路である洗面所で手と顔を洗って、歯磨きをしてから1人だけ早起きをしたらしいカナタのいるリビングに戻った。

 

 するとすでにソファーの前のテーブルには、湯気の上がるコーヒーカップが置いてある。

 礼を言ってからそれを啜り、タバコを咥えて火を点けた。

 

「お疲れのようね。さすがに4人相手はキツイ?」

「うんにゃ。あんなんじゃ、まだまだ足りねえくれえさ」

「呆れるしかない絶倫さね。悩みがあるのなら聞くわよ?」

「悩みっつーか、どうにも外れすぎてた予想が気に入らなくってなあ」

「商人ギルドの事ね」

「ああ」

「ボクとジンさんは、半端に情報を与えるよりもアキラくんに自分の目で見てもらうのを選んだものね。でも、今ならそうした理由もわかるでしょう?」

「嫌になるくらいにわかるなあ。……どうにも動きがなさすぎる。新制帝国軍も商人ギルドも、この微妙な均衡を崩す気はねえらしい。俺達からすれば、それが何よりもキツイな」

「まあそれでも、7月1日の初交易が知れ渡れば少なからず動くでしょうね」

「4日後に小舟の里を出た車両キャラバンが磐田を経由して天竜へ。今度は逆のルートを使って、小舟の里に戻る。そっちは任せていいんだよな?」

「ええ。アキラくんは浜松の街をお願い」

 

 頷く。

 

 ちょうどその日は次の休日とかぶるので、俺は浜松の街で連休を満喫するフリをしながら、商人ギルドが3つの街の交易が始まったという情報をどのくらいの早さで掴むのか見せてもらうつもりだ。

 

 そしてないとは思うが商人ギルドが新制帝国軍にその情報を流したり、無能だと言われている新制帝国軍が独自に交易の情報を掴んで車両を奪おうと兵を出すならば、それを尾行して背後から奇襲をかけるのも俺の役目になるだろう。

 

 スワコさんに商人ギルドを裏切るようなマネをさせるのには抵抗があるが、元々あの人は磐田の街に新制帝国軍や商人ギルドの動きを手紙で伝えていて、商人ギルドの方もそんなのはお見通しであるらしい。

 

 なので次の休日はスワコさんの店で俺をお兄ちゃんと呼んでくれるコウメちゃんと菓子でも齧りながら、のんびりと過ごす予定になっている。

 

「だがなんかありゃ、ファストトラベルで飛んできたミサキに送ってもらってそっちに合流すっからな?」

「ええ。その安心感があるからこそ、ボク達も気が楽なのよ」

「なんにせよ、7月に入らねえと話にならねえか」

 

 3つの街の交易。

 それも稼働品の車両を使った大掛かりなそれが始まったという情報を得て、商人ギルドはどう動くだろうか。

 

 商人ギルドの議員でもあるスワコさんの予想では、実の父である磐田の市長に口利きを頼んで商人ギルドもその交易に参加しようとするだろうという話だった。

 

 だが、それだけで済むのか。

 

 俺ならばまず何よりも、そのキャラバンが使っている車両を手に入れる事を考える。

 どんな手を使っても、だ。

 

 直接トラックを奪おうと戦闘を仕掛けてくる可能性は限りなく低いだろうが、そんな相手だからこそ運転手の買収や、人質を取って脅してくる事を警戒しておきたい。

 

「普通に襲撃をかけてくれたら楽なのだけど、少なくとも商人ギルドの方はそうしてくれないでしょうね」

「……まーた人の考えを読みやがって。新制帝国軍なら素直に襲ってくれる可能性もあるか?」

「どうでしょうね。元々トラックを運用して200もの兵士を抱えてるのに、磐田の熊と小舟の里の鬼を恐れてなにもしてこないほど腰抜けだもの」

「やっぱ問題は商人ギルドの方だよなあ」

「それは間違いないわね。まあ、特殊部隊の武装バスと小舟の里が管理する冷凍車は心配しなくっていいわ」

「もしかして、磐田の街に渡すトラックがヤバイのか? ジローの部下だったかが、ウルフギャングに運転を習いに来てるんだろ?」

「3人共、文句のつけようがないほどのいい子達よ。でも、みんな男の子だもの。商人ギルドのキャラバンに紛れ込んだ都会の娼婦に人生を変えるほどのお金を積まれて唆されたりしたら、トラックを持ち逃げしても仕方ないって気もするわ」

「磐田の街の運転手はなあ。俺達が口出しできる問題でもねえし、今から打てる手なんて思いつかねえぞ」

「いいのよ。もしもトラックを持ち逃げしたりすれば、それを奪い返して小舟の里の物にできるんだし。なんなら、磐田の街から修理費や奪還費用まで引き出してやってもいいわ」

 

 鬼かよとツッコミを入れてはみたが、カナタは不敵に微笑むだけ。

 

「まあ、万が一持ち逃げされてもラジオでそれを知らされたらファストトラベルで磐田の街に飛ぶ。そっからバイクで追撃すりゃ、シロウトの動かすトラックなんかすぐにでも捕捉できるか」

「うふふ。想像しただけで楽しそうね」

 

 こんな『もしも』の話は気分が悪くなるが、想像しておくくらいはしておいてもいいだろう。

 7月に入って多少なりとも事態が動くのならば、今はそれについての考えを尽くすべきだ。

 

 やはりここは、老人3人に出張ってもらうしかないのだろうか。

 

 俺は本当にそんな事が可能なのかと半信半疑だが、本当に商人ギルドが三者間の交易の情報を早い段階で掴んだら、まずスワコさん経由で市長さんとコンタクトを取りたがるはず。

 そこで市長さんだけでなく、ジンさんとリンコさんにも浜松の街の商人ギルドにお越し願って、3つの街がどれほどの覚悟で、どれだけの資源と人材と公金を投入して同盟を組んだのかを語ってもらえれば。

 

 そしてその3つの街の戦力が結集すれば、新制帝国軍と拮抗するか、ほんの少しでも勝ると商人ギルドの上層部が判断してくれたなら……

 

「いや、ムリだよなあ」

「商人ギルドをこちらに取り込む算段?」

「どう考えてもキツイだろ」

「そうね。アキラくんを頂点とする三街共同体が新制帝国軍より戦力を持っているのを思い知らされただけでも、そこが今よりずっと商人ギルドを儲けさせてくれると確信しただけでもダメだと思うわ。問題は、商人ギルドの中途半端な体質だもの」

「どういう意味だ?」

 

 カナタが微笑みながらタバコを咥える。

 それに火を点けてやってから俺も新しいタバコを咥えると、今度はカナタがオイルライターで火を点けてくれた。

 

「商人ギルドは商人達の互助会で、今では商人ギルドそのものが商売もしてる組織よね」

「ああ」

「それなのに商人ギルドは商業区画への新制帝国軍の立ち入りを禁じたり、新制帝国軍に息のかかった人間を送り込んだりもしてるわ」

「……たしかに、中途半端だな」

「でしょ? お金を掻き集めたいだけなら、商業区画に兵隊を入れないなんてしないわ。そして本当に浜松の街を安全な街にしたいなら、新制帝国軍なんて潰して新しい防衛組織を立ち上げた方がいいはずよ」

「議員達の目指す方向性が2つに割れてんのか」

「どうなのかしらね。ちなみにアキラくんなら、こちらに取り込んだ商人ギルドをどう使うつもり?」

「とてもじゃねえが、物流は任せられねえな」

「あら。それじゃあ商人ギルドは今のまま、戦前の市場の運営役兼卸売り問屋みたいな感じ?」

「いいや。車両があんまりにも貴重なんで、物流は各街の責任者が押さえる形にするだけだ。んで商人ギルドには、卸売りだけじゃなく商品の加工や製造までやってもらう」

「なるほどね」

 

 たとえばスワコさんの店の2階には20人ほどの女の子達が住み込みで働いているらしいが、その仕事は戦前の服や靴の再加工という針仕事なのだそうだ。

 そんな仕事を商人ギルドではなく、そこに籍を置く議員が住民に与えているのが現状。

 つまりそんな仕事では、商人ギルドが食指を伸ばすほどの金が集まらないのだろう。

 

 おそらくその理由は連中があくまでも『商人』ギルドだからだ。

 それが『商業』ギルドだとか、『商工業』ギルドになってくれたら。

 

「仮に商人ギルド内に利益を追求するだけの派閥と商人主導の統治を目指す派閥があるとして、カナタならどっちと手を組むのを選ぶ?」

「統治派にほんの少しでも清廉さがあるのなら、そこに賭けるわね」

「賭け?」

「ええ、そうよ。そういう人達は、理想だとか夢だとかを実現できるかもしれないって誘惑に弱いもの。すべてではなくともこちらの目指す場所の下描きを見せてあげれば、そこに一枚噛もうって考えて当然だと思うわ」

 

 そんな事があるのだろうか。

 

「にしても新制帝国軍にも過激派と穏健派がいて、商人ギルドにも派閥がありそうってのは面倒だよなあ」

「それが人間よ」

「かもしんねえけど、なんか嫌だ」

「うふふ。うちのお殿様は潔癖ですものね」

「そうでもねえさ。それより、利益だけ見てる連中のが扱いやすいような気がすっけどなあ」

「利益を与え続けられるのなら、そうなるわね」

 

 そしてそんな連中が望む利益は、雪だるま式に増えていくとカナタは言いたいんだろう。

 

 だがそうなった時、そいつらを潰せば。

 利益をエサにして新制帝国軍との決戦に協力させ、戦後に商人ギルドの要求が増えたところを一気に。

 そうすれば、新制帝国軍も商人ギルドも効率よく始末できるはずだ。

 

「……あー。どうも最近、思考が物騒になってやがるな。我ながら呆れるぜ」

「いいじゃない。激しいのも好きよ?」

「カンベンしてくれ」

 

 7月1日。

 そこから遅くとも1日か2日で、商人ギルドは浜松の街抜きで大規模な交易が開始されたのを知る事になる。

 

 3つの街の規模とそこの責任者の面々を思い浮かべれば、交易を主導したのは磐田の街であると思って当然であるし、そんな時のためのパイプとして議員の一員にしていたスワコさんにまず話が行く。

 

 そこからが問題だ。

 商人ギルドの本気度で、こちらの動きも変化する。

 

 3つの街を行き来する途中で浜松の街に寄ってくれればお互いにいい取引ができるぞ、くらいの関わり方なのか。

 それとも欲で血走った眼を隠しながら、溜めに溜めた手札をチラつかせて交易へ参加させろと迫るのか。

 

 


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