Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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滅亡した世界

 

 

 

 天下の東名高速。

 田舎者の俺からすれば、創作物の中で何度も名前だけは見ている有名な道。

 

「……バス停、ちっちゃ」

「しかも、ちょっとした植え込みの向こうがすぐ高速道路なんっすねえ」

「もっとなんつーか、なあ?」

「そうっすねえ。正直、ガッカリっす」

「で、でも風が気持ちいいですよ? それに妖異の姿もないし」

「アキラっち、バス停の中にこんなのあったよ」

「ん?」

 

 東名浜松北バス停は本当に小さなバス停で、雨風を避けるための待合室のような箱型の建物も酷く小さい。

 人が3人も入ってしまえば、それだけで息苦しさを感じるだろうというほどに。

 

 そこから出てきたクニオが手にしているのは、フォールアウト4で見慣れた戦前のカメラだった。

 

「それって、写真を撮影する道具ですよね?」

「だな。カメラはギアとスプリングと、水晶まで取れっからなかなか美味いんだ」

「えーっ。せっかくだから、セイちゃんって子に修理できるか見てもらおうよー!」

「……その発想はなかったな。でもせっかく写真を撮っても、それを現像するには専用の道具だの薬液だのが必要だったはずだぞ」

「そんなのもいつか見つければいいだけだって」

「はぁ。そんじゃ預かっといて、セイちゃんがヒマな時にでも見てもらうよ」

「おねがーい」

 

 カメラを受け取ってピップボーイに入れ、もう一度東名高速の道路に目をやる。

 この辺りは風の強い地域で、なんでもない夜に嵐のような風が吹き、それで目覚めてしまったりもするほどだが、今日の風は穏やかで心地よく頬を撫ぜてくれた。

 

 左、西に向かえば名古屋。

 東に向かえば静岡。

 

 どちらにも核が落ちてかなり手前で東名高速の高架は崩れ落ちているのだろうが、この道が戦前の大都市に向かって伸びているのだと考えると、なんだか妙に感慨深い。

 こんな交通網を、人類がまた整備できる日が来るのだろうか。

 

「そんなん、神様にしかわかりゃしねえか」

「そうっすね。でも、いつかきっと……」

「だな」

 

 荒れ果てた往時の流通の大動脈。

 

 中央分離帯にあった植え込みや雑草が伸び放題で、アスファルトの上にまでところどころ緑が見えている。

 そこを渡る風に吹かれながらまばらにある、中央分離帯に近すぎるせいで蔦のような植物に覆われている車の残骸を眺めていると、本当にこの世界は滅んでしまったんだという実感が不意に湧いてきた。

 

 とっとと梁山泊かメガトン基地の自室に戻って、酒でも呷って不貞寝を決め込みたい気分だが。

 

「もー、アキラっちってば。そんな顔をしてるくらいなら、くーちゃんのお胸で泣く?」

「アホか。見物はしたからまずは自動車学校前駅に向かうぞ。そしたら二俣街道ってのをある程度北上して、そっからはバイクだ」

「あいあい~♪」

「稼働品のバイクに乗れるなんて、考えただけでワクワクします」

 

 自動車学校前駅はやはりとても小さな駅で、その駅舎の手前にある踏切付近にはフェラル・グールの死体が3つ転がっていた。

 

「やっぱ、ここも狩られてやがるか」

「地図には自動車学校だけじゃなく、スーパーマーケットやパチンコ店なんかも載ってるっすよ」

「今はいいさ。それより、せっかくだからこの線路を次の駅まで歩かねえか? そんでその駅のフェラル・グールが狩られてなけりゃ、その先からはバイクを見られる危険性は減るって事になる」

「なるほど。オイラはそれでいいっすよ」

「くーちゃんとヤマトは?」

「おっけおっけ」

「それで大丈夫です」

「うし。そんじゃ行くか」

 

 4人で線路を歩き出す。

 線路が1つしかない、いかにもな細い線路を。

 

 少しばかり景色に建物が多すぎるが、ガキの頃にテレビで観た古い映画の、特徴的な主題歌のイントロでも口ずさんでしまいそうな気分だ。

 

「なんなら天竜の集落の見物をしてもいいっすね。アキラはそこの精鋭部隊をベタ褒めしてたから、オイラもちょっと見ておきたいっす」

「……お、おう。でもまあ今日はやめとこうぜ。どうせ見るなら、天竜の集落の手前で天竜川を渡れる橋なんかを確認しときてえ」

「なるほど。了解っす」

 

 助かった。

 まだ天竜のトシさんがそうだと決まった訳ではないが、タイチの過去を語った口ぶりからすると父親を恨んだり嫌ったりするような気持ちがゼロではなさそうな感じだったので、もう少しだけ時間が欲しい。

 

「まあ、俺が考えたってどうしようもねえんだよなあ……」

「なんか言ったっすか?」

「うんにゃ。おお、自動車学校はなかなかの規模だな。チラホラとフェラルも見えっから掃除の必要はありそうだが」

「その向こうに見えるパチンコ店もかなり大きいっすねえ。立体駐車場まであるっすよ」

「今度、どっちも大人数で漁りに来るか」

「そうっすね」

 

 そんな事を話してすぐ、東名高速の高架を潜る。

 線路といっても戦前のそれとはだいぶ違って夏草が生え放題だし、枕木もかなり損傷しているので酷く歩きにくい。

 

 『さぎの宮駅』。

 辿り着いたそんな名前の小さな駅とその駅を利用するためのロードマップに名前すら載っていない細い道には、予想通り何匹かのフェラル・グールが群れていた。

 生きたままと言っていいのかはわからないが。

 

「やっぱここまでは来てねえのか、向こうの駅を掃除してる連中は」

「東名高速の向こうは、天竜まで集落のない地帯ですから」

「なるほどねえ」

「アキラっち、早くバイク。ワクワクが止まんないよっ!」

「へいへい。タイチ、こっからは適当にバイクで流しながらクリーチャーと稼ぎになりそうな店を探す。それでいいか?」

「了解っす。オイラはヤマトを乗せて追従するんで、ルートなんかもお任せするっすよ」

「ありがてえ。んで、くーちゃん。さっきのサッカー場にラッドスコルピオンが出たのは、やっぱあそこが土の地面だからなのか?」

「そだねー。街って言える規模の畑じゃまず出ないけど、集落で畑を耕してるとたまに出るから。迷惑だよねえ」

 

 モグラじゃねえんだから。

 

「んじゃ、戦前の農地は避けるか」

 

 バイクを出す。

 原付とネイキッド2台だ。

 

「おおっ、かっちょい~♪」

「す、凄い。こんなピカピカしてるなんて」

「安全運転で頼むぞ、タイチ」

「もちろんっす」

 

 クニオとヤマトにタンデムの注意点なんかを説明し、エンジンに火を入れる。

 

「やぁん。振動が~♪」

「……ヤバイ感触がしたら、すぐに振り落とすからな?」

「努力はする~♪」

 

 今からでもヤマトと代わってもらおうか。

 

 かなり本気でそう考えると、タイチの操る原付バイクが滑り出すように動き出した。

 俺が先行すると言っているのに。

 

「くっそ、逃げやがったよアイツ……」

「ひさしぶりだから、少し動かして慣れておくだけっすよ?」

「どうだか」

 

 ギアをローへ。

 なるべく優しくクラッチを繋いで、すでに見えている二俣街道にバイクを進ませた。

 

 進路は右。

 その北上ルートを30分も進めば天竜に着くだろうが、今日はそこまで足を延ばすつもりはない。

 旧市街から離れる形になるからか進行方向には戦前の農地が多いので、それらを避けつつヤマトのレベル上げを兼ねた授業の教材を探して回るつもりだ。

 

「っと、もういやがった」

 

 ブレーキ。

 すぐに追いついて隣に並んだ原付バイクを操るタイチに顎で道の先を示す。

 

「フェラル・グールが3っすね」

「低レベルのうちは、あんなのでもいい経験値稼ぎのエサだろ」

「そうっすね。じゃあ……」

「タイチっち、待った」

「はい?」

「あれ、くーちゃんとアキラっちにちょうだい。バイクでの戦闘を試しときたいの」

 

 バイクをただの移動手段だと思っていないとは。

 さすがと言うか、なんと言うか。

 タイチが視線で『どうする?』と問うたので、黙って頷きを返しておく。

 

 クニオは特殊部隊には入らないようだが、なにかあれば、特に悪党の大規模討伐作戦なんかがあれば俺達に手を貸すつもりのようだ。

 ならばバイクとそれを使った追撃戦や撤退戦には、早いうちに慣れてもらった方がいい。

 

「くーちゃん、片手撃ちは?」

「右左、どっちでもへーき」

「なら片側を任せるか。悪いがあの教材は貰うぞ、教官殿」

「その戦闘すらいい教材だからいいっすけどね。ムチャしたらミサキちゃん達にチクるっすよ?」

「わあってるよ。んじゃ、くーちゃんは右な」

「あいあい~♪」

「撃つのに夢中んなって振り落とされんじゃねえぞ」

「誰に言ってるんだか。ほら、とつげ~き♪」

 

 クラッチを繋いでアクセルを開ける。

 突撃なんてする気はないし、必要以上にスピードを落とすつもりもない。

 

 これは巡航速度でバイクを走らせながら、フェラル・グールやモングレルドッグ程度はブレーキすらかけずに倒して進む、訓練のようなものだ。

 

 ギアはサード。

 時速50kmで直進。

 田舎道ではあるが路面の状態はそれほど悪くないので片手を離しても転倒の危険はまずないし、3匹のフェラル・グールはちょうどいい具合に少し離れて立っている。

 

 そのフェラル・グールの間。

 右に2匹、左に1匹。

 その間を駆け抜けるルートで突っ込みながら、左手をハンドルから離してデリバラーを抜いた。

 

「あらよっと」

 

 小さな銃声が上がると同時に、左のフェラル・グールが顔面の肉を飛び散らせながら吹っ飛ぶ。

 

「おりゃおりゃー!」

 

 サブマシンガンの派手な銃声。

 

 指切り射撃が2度。

 それが耳に届いた時にはフェラル・グールとフェラル・グールの中間を走り抜けていたので、今度はショートカットを利用してデリバラーを収納し、フットブレーキを蹴っ飛ばす。

 

「怪我だけはしてくれんなよ?」

「ぬわぁっ!?」

 

 逆ハン。

 アクセルワークで吹っ飛んでいこうとする車体を宥め、ハンドルを細かく入れながら姿勢を制御。

 

 クニオはバイクに乗る事自体も初めてなのだから、いきなりのドリフトターンなんて想像もしていないだろう。

 それでもバイクのケツに感じる重さは消える事もなく、ネイキッドスポーツはタイチとヤマトが乗る原付バイクの方にヘッドライトを向けて止まった。

 

 すでにクラッチは切ってあるのでペダルをローに蹴り込み、今度は少し派手にアクセルを開ける。

 

 ウイリー。

 

 またクニオの驚く声が聞こえたが、振り落とされなければそれでいい。

 気になるのはツバでも吐き捨てそうな表情をしているタイチだが、その後ろで背伸びをするようにして目を輝かせているヤマトは喜んでいるようなので、まあいいだろう。

 

「お待たせだ」

 

 原付バイクの手前でブレーキ。

 そう言ってから、今度は停止状態からのスピンターン。

 

「うきゃーっ!?」

 

 男にこうまでしがみつかれるのは少しばかり気色が悪いが、本人に悪気や下心はないだろうから、まあここは許してやろう。

 

「ムチャはするなって言ったっすよ?」

「こんなのはムチャのうちには入んねえよ」

「くーちゃんが死にそうな顔色になっててもっすか?」

「バイクはこういう動きもできるんだって知ってなきゃ、この先どっかで動きを合わせ切れなかったりもするだろうからな。自己紹介みてえなもんさ」

「自己紹介が事故紹介になりそうで、見てるこっちは寿命が縮むんっすよ」

「山田くーん、タイチのザブトン全部持ってってー」

 

 


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