やはり、いる。
フェラル・グールが1匹だけだが、レーザーライフルは初撃ちとなるヤマトにはその方が都合がいいだろう。
俺が足を止めたのでその横に並ぶ形になったヤマトは、細い道に横たわるフェラル・グールを見つけると、機敏な仕草でレーザーライフルを持ち上げた。
「攻撃を許可するっす」
「はいっ!」
レーザーライフルの特徴的な発射音。
それが間を置かず鳴り出す。
狙いは中々のものだが、まだ『相手がフェラル・グールなので先に足を潰しておこう』というような判断はできないらしい。
まあ、それが当然か。
ヤマトは俺達と出会った前日まで毎日毎日キツイ日雇い仕事でどうにか食い繋ぎ、そのただでさえ少ない日給を節約して、ノゾに金属バットを、ミライに錆が目立つ鉈を買って山師デビューを果たしたばかりだった。
しかもリーダーであるヤマトの武器は店で買った物ではなく、そこらで拾った鉄パイプ。
もしかしたらヤマトは今の今まで、銃を撃つ自分の姿を脳裏に思い描いた事すらなかったのかもしれない。
「そのヤマトがこうまで銃を巧く扱って見せるんだから、人間ってわっかんねえよなあ」
「ピップボーイを手に入れたら、間違いなくヤマトには戦闘系、それも銃を使うPerkが出るんでしょうねえ」
たしかに。
ウルフギャングにも軽く教えてもらったが、その後のジンさんや市長さんやリンコさんの話を総合すると、こちらの人間はピップボーイを持っていなくともレベルは発生していて敵を倒せばそれが上がり、Perkという形で明示はされないがそれぞれに得意分野というのは必ずある。
ピップボーイがヤマトの得意分野を教えてくれるなら、そのうちの少なくとも1つは間違いなく射撃に関するものだろう。
「でもそれを言うなら、タイチだってそうだろうがよ」
「ま、電脳少年ですら見つけられるとは思わないから関係ないっす」
「コツコツ探索に出てりゃ、いつかそんな幸運も訪れるさ。お疲れ、ヤマト。レーザーライフルはどうだった?」
「えと。反動は軽いし素直な弾道だし、いい銃だと思います。でも、倒したフェラル・グールが……」
「灰になってるだろ? これがレーザーライフルなんかのエネルギー武器の特徴で、メガトン特殊部隊にそれらを配備してねえ理由だ」
もったいない。
そう呟いたヤマトの言葉には共感しかないので、顎でしゃくって着いて来いと伝える。
そして俺がフェラル・グールだった物体の前に立ってその哀れな骸、灰を靴底で散らすと、案の定コロリと何かがアスファルトに転がった。
「これは」
「ペンダントか? 戦前のアクセサリーだ。ラッキーじゃんか。もらっとけもらっとけ」
「じゃあ、あとで売ってから代金を4分割して」
「いいっての。ヤマトは若いんだから、身だしなみにも気を使っとけ」
「見せる相手もいないですから」
「それを作るためにオシャレしとけって言ってんの。ヤマトは顔も整ってんだから、こんなのも似合うはずだ。ほれ、拾って首から下げたら行くぞ」
「はあ」
ヤマトが拾い上げたペンダントを不承不承といった感じで首から下げたので電車通りの歩道に戻ると、タイチがしっかり戦闘のためにペンダントは服の中に入れておけとアドバイスをしているのが聞こえる。
じゃあやっぱりジャマなだけじゃないですかとヤマトは愚痴るが、タイチだけでなくクニオにもいいから着けてろと言われ、それに従う事にしたらしい。
おそらくだが、タイチとクニオも俺と同じ思いなのだろう。
ヤマトは銃の扱いに才能を感じさせ、長年の孤児生活という苦労で身に着けた頭の回転の速さにも目を見張るものがある。
それらは兵士を志す若者にとって、何物にも代えがたい大きな武器だ。
だが、だからこそヤマトより少し年上の俺達は、この少年に戦う事ばかりを考える人生など送ってほしいとは思わない。
オシャレのひとつもして、仕事が終わったら仲間と酒を飲んで、恋人ができたら思う存分その子と抱き合って。
そうやって普通の人間が楽しいと思う事も経験して欲しいというのは俺達の自己満足でしかないのかもしれないが、あって当然な心の動きなんじゃないだろうか。
「うっわ、予想通りかよ」
アパートの建物が視界を塞いでいた右側、神社の敷地にはやはり草木が生い茂っていて、奥にあるはずの建物すら見えない状態になっていた。
「マーカーはあるっすか、アキラ?」
「今んトコ見えねえな。でも念のため、通り抜けるまで静かにしとこうぜ」
「はいっす。神域で殺しはしたくないっすからね」
そんな観念はこの時代にまでも脈々と受け継がれたものなのか、それともミサキがタイチ達特殊部隊に伝えたのか。
どうでもいい事を考えながら、神社の脇を息をひそめるようにして歩く。
歩道が広いおかげもあって無事その目的を達すると、ヤマトの安堵したような溜め息が聞こえた。
「ははっ。もうレーザーライフルじゃねえ武器にするか、ヤマト?」
神社の向こうには小さな川と、駐車場の奥に戦前のギフトショップがあったが、そのどちらにもクリーチャーは見えないのでそう問いかけてみる。
「できればお願いします。倒しても肉を取れないなら、妖異や獣が出てもぼくは撃たない方がいいのかなと、そればっかり考えてました」
「やっぱりな」
「ケチなところまでアキラに似なくていいんっすよ、まったく」
「うっせえ。俺とヤマトは、誇り高きスカベンジャーでありハンターなんだよ。んで教官殿、次はどんな武器を経験させるんだ?」
「なるべく軽いライフルをお願いしたいんっすけど」
「……パイプ系は総じて軽いけどな。ま、威力と安全性を考えたらノーマルのショート・ハンティングライフルでいいんじゃねえか? それだと重さもそんな変わんねえし」
「じゃあそれでお願いするっす。最初はスコープもなしで」
「あいよ」
捧げるように両手で差し出されたレーザーライフルを、ピップボーイから出したハンティングライフルと交換。
礼を言いながらそれを受け取ったヤマトは、片手で持ち上げてみたり構えてみたりしてから、いい笑顔を浮かべて頷いた。
「それを扱えるようなら、次はスコープとサイレンサーも付いたのを試すといいっす」
「はいっ」
「そりゃいいんだが、ちっとばかしマズイな」
「アキラっち、なにがマズイの?」
「道の反対側の小学校はグラウンドじゃなく校舎が道に隣接してるが、それでもフェラル・グールの姿が見える」
「……あー。たしかにいるねえ。でも道の向こうだからかこっちに反応してないし、別にどうって事はないじゃん」
「ロードマップで見た感じじゃ、次の交差点から小学校の隣の神社が丸見えなんだよ」
「そしてその交差点には、モングレルドッグが3匹っすか」
タイチが言うようにもう見えている交差点には、エサを探すでもない様子のモングレルドッグが見えている。
「おう。あれを狙撃したら神社のフェラル・グールが反応して、それを迎撃したら今度は小学校のフェラル・グールがって考えるとよ」
「うっひゃ。それは最悪だねえー」
「だろ? 迂回するか悩みどころだ」
「でも迂回したら迂回したで、細い道は奇襲を受けやすいんっすよねえ」
「そうなるな」
「タイチ先生とアキラさんだけで進んでるとしたら、ここは迂回する場面なんですか?」
「いいや。サイレンサー付きの銃で2人いっぺんに狙撃。モングレルドッグを倒しても釣りにならなかったら歩道の端っこを歩いて、そのままこの道を通り抜けられるか試す。そんな感じだあな」
「んじゃ、それでいいじゃん」
「そうすっか」
俺のハンティングライフルをピップボーイから出し、ついでに同じ物をヤマトにも差し出す。
少しだけ迷った様子を見せたがヤマトは礼を言いながらそれを受け取り、さっきまで持っていたショート・ハンティングライフルを俺に返した。
「狙撃手が3人、標的も3匹。弾を外した人には、くーちゃんからのお仕置きかにゃあ♪」
「だとさ。ご愁傷様、ヤマト。掘っても掘られても、俺だけは見る目を変えねえからな。安心してイッて来い」
「カ、カンベンしてくださいよ……」
「まさか教え子に引導を渡す日が来るとは。教師になんてなるもんじゃないっすねえ」
「仕方がねえのさ。それが、生きるって事だ」
「じょ、冗談ですよね?」
さあなとだけ返し、しゃがみ込んでハンティングライフルを構える。
3人並んでだ。
周囲の警戒は、俺達を見守るように背後に立っているクニオに任せてしまえばいい。
「スリーカウントな」
「了解っす」
「はいっ」
3、2、1。
0と呟くように言った俺の声を、3つの銃声が追った。
「ちぇっ。全員しっかり当ててるしー」
「よかった。本当に、命中してよかった……」
「重さは?」
「気にはなりますけど瓦礫運びの仕事なんかよりずっと楽だし、瞬間的に力を込めればもう少し遠距離からでも狙撃できそうです」
「なら、これからは狙撃もこなしてもらうか」
「はいっ!」
立ち並ぶ民家、ポツポツとある公共施設と店舗。
それらを眺めながらたまに行く手を塞ぐクリーチャーを倒して進み、今までのそれより少し大きい曳馬駅を通り過ぎる。
曳馬駅はやはり高架橋の上に駅があるのだが、歩道の脇に縦長のエレベーターのための建物まであったので、意外と近代的な感じだった。
そして曳馬駅の次の交差点で俺は足を止め、どうしたもんかと考えを巡らせる。
「フェラル・グール。の、死体っすね」
「曳馬駅で妖異が出なかったからもしかしてと思ったけど、やっぱそっかー」
「心当たりがあんのか、くーちゃん?」
「ヤマトっち。教えたげて」
「あ、はい。えっと、ここから右。馬込川を渡った先にはエオンという集落があるんです」
「それって、ロードマップにあったエオンって大型スーパーマーケットか?」
「ですね。そこにはスーパーマーケットだけじゃなく結構な大型店舗が密集してて、人口もそれなりにいるそうです。だから見えているフェラル・グールの死体は、そこの山師か猟師が退治したんじゃないかと」
ピップボーイの視覚補助システム。
その方位を示すコンパスには、小舟の里や浜松の街に近づくと表示される居住地マークは見えていない。
なので頭の中に地図を、この辺りの地理を思い描く。
浜松の旧中心街から北へ向かえば向かうほど、言い方は悪いが田舎になっていって、この辺りまで来ると農地などもかなり多かった。
俺の生まれ育った日本でもそうだったように、こういった地域は土地代なんかが安いので、こちらでもそういう地域に大型の商業施設があったらしい。
いい場所に集落を作ったものだ。
たしか農地に囲まれるような立地のそこにはヤマトが言ったように複数の店舗、スーパーマーケットと家電量販店と複合アミューズメント施設といくつかの飲食店、それにゴルフの打ちっぱなしなんかもあったはず。
それらの敷地を合わせると小学校なんかが6つも7つも入ってしまうような大型店舗ばかりなので、戦前の物資が豊富に残されているそこを守り切れるだけの人手があれば、公園跡地にある浜松の街より暮らしやすいんじゃないだろうか。
「興味はあるが、今は寄り道してる場合じゃねえか」
「そのうちそっちも偵察っすか?」
「まあな」
そこがどんな街で、住民がどんな風に暮らしているかなんてわかるはずもないが、手を取り合える可能性があるのなら訪れないという選択肢は存在しない。
電車通りを直進して次に見えてきた上島駅にもフェラル・グールの死体と解体したモングレルドッグの残骸があったので、エオン集落というのはそれなりの戦力を持っていて当然のように思える。
「この駅を過ぎて馬込川を渡ったら、この道は秋葉街道に合流します。そこまで行けば、目指す東名高速はすぐそこですよ」
「予定よりだいぶ早い到着だなあ。まだ昼にもなってねえぞ」
「時間が余ったらエオン集落っすか?」
「わかんね。ロードマップで見た感じ、曳馬駅がその集落の山師のテリトリーなら、東名高速のバス停もその範囲に含まれるからな」
「でも位置的に言えば四ツ池集落からすぐなのに、どうして新制帝国軍はエオン集落に手を出さないんっすかねえ」