戦前の野球場と陸上競技場と公園。
それを利用した集落。
くーちゃんとヤマトは新制帝国軍の部隊と接触する可能性の高い、その集落を訪れるべきではないと言っているが、俺からしてみればそれはチャンスでもある。
浜松の街が意外と平和だったせいで果たされていない、新制帝国軍の練度や武装の偵察をするチャンスだ。
「でもま、4人で動くんなら佐鳴湖と四ツ池集落は避けた方が無難か。となると……」
浜松の街の山師達が佐鳴湖という湖を狩り場にできるのは、そこが市街地から離れた戦前の、言い方は悪いが田舎だからなのだろう。
だからこそ、湖までの道を苦労せず歩ける。
四ツ池集落もそうだ。
クリーチャーがそれほど多くなく、だがその気になれば狩りもできるからこそ、野球場に人が住みついているはず。
「浜松の街と佐鳴湖と四ツ池を線で囲ってどうすんの、アキラっち?」
「これが浜松の街の山師と、新制帝国軍の行動範囲。まあ、これを出ないって訳じゃないんだろうけどな」
「うん。それで?」
「佐鳴湖と四ツ池の中間に線を伸ばせば、いつか漁るつもりだったオートレース場と防衛軍の空軍基地だ」
「アキラ、まさかそこに手をつけるつもりじゃないっすよね?」
「ねえよ。これは俺のレベルがもっと上がってから偵察に出て、それから大規模遠征をかけるような宝の隠し場所だ。そしてそんなトコにゃ、お宝を守る番人がいて当然。今は手を出せるはずがねえ」
「わかってるんならいいっす」
それにオートレース場はまだしも、空軍基地を漁るとなれば、特殊部隊の武装バスにウルフギャングのトラック、そして俺達のワゴン車で向かうしかないだろう。
可能なら、ジローの部隊やトシさんの部隊からも人を出してもらってだ。
そうなれば当然、ジンさんの戦闘力と経験から来る判断力も欲しくなる。
新制帝国軍といつ衝突するかわからない状況で、そんな事ができるはずもない。
「空軍基地を狙うなら、いつか御前崎の原子力発電所も……」
「ほんっと頭の切れる男だなあ、ヤマトは。感心するよか呆れるぜ」
空軍基地に大規模遠征をかけると聞いただけで、そこまで考えを巡らせるとは。
「戦前の原子力発電所って。そんなの、人が足を踏み入れられる場所のはずないじゃん」
「まあな。核の被害がねえ浜松の旧市街にあれだけのフェラル・グールが住み着いてんのは、おそらくその原子力発電所が原因なんだろうし」
「旧浜松市の住民の大部分が亡くなったのは、核爆弾が落ちたからじゃなくって、その原子力発電所が理由だって学校で習ったっす」
「たぶん正解だ。それに原子力発電所は、最終段階になってからじゃねえと手をつけねえよ」
「最終段階、ですか?」
「ああ。……核分裂バッテリーの充電手段。それを手に入れる必要が出てくるのは、旧世界の文明の残滓だけじゃ人類を維持できなくなる将来がハッキリと見えた時だ。今はまだ必要ねえよ」
沈黙。
浜松の旧市街にすら、まだ手付かずの戦前の物資が山ほどある。
なのにそれだけでは人類に将来なんてないと言い切れる日が、本当にやってくるのか。
3人の心中はそんな感じだろう。
「……アキラさん」
「ん?」
「ぼくは、あなたに着いていきますよ。もう決めました」
真剣な瞳。
その視線は俺の目の辺りに固定されて動かない。
ガキがいっちょ前に言うじゃねえか。
そう茶化してやろうかと思ったが、ヤマトの眼差しがあまりに真っ直ぐ過ぎて言葉に詰まった。
これだからガキは困る。
理想を語るのなんて誰にでもできる事だが、実際にそれを成し遂げた偉人など有史以来ただのひとりもいないのだ。
「言うだけなら、誰でも言えるさ」
「ですね。でもだからこそぼくは、そのお手伝いがしたいんです」
「ならもっと勉強しないとっすね」
「それと戦闘も頑張らなくっちゃね、ヤマトっち」
「はいっ!」
「……勝手に盛り上がってんじゃねえっての。話を戻すぞ?」
「了解っす」
「あいあい」
「お願いします、アキラさん」
西にある獲物の豊富な佐鳴湖方面に山師が、四ツ池集落のある北に新制帝国軍が集中して足を延ばしているのが現状。
ならば俺達が人目を避けて探索に出るのなら、目的地は東か南しかない。
「南、浜松の旧市街はまだ手を出せねえ。となると、東に向かうしかねえんだが」
「ポツポツとある戦前の大型施設を漁るのもキツイっすよね。たった4人じゃ」
「そうなんだよ。民家やあのタバコ屋みてえな商店ならいくらでもあるんだろうが、それだと実入りもたいした事なさそうだしよ」
「うーん……」
「どうしたもんかねえ」
新しいタバコを咥え、オイルライターで火を点けて紫煙を吐く。
「メガトン基地を案内してもらいながらタイチ先生に聞いたんですけど、アキラさんの電脳少年には稼働品のバイクが入ってるんですよね?」
「2台だけな。俺が使ってる速度が出るのと、タイチが使う戦前の新聞配達用のをタンデム可能にカスタムしたやつだ」
「ならその2台に分乗すれば、4人である事が逆に強みになるんじゃないですか?」
「もしそうだとしても、そうするつもりはねえなあ。俺達と小舟の里が車やバイクを運用してんのは、新制帝国軍にだけじゃなく商人ギルドにもまだ隠しておきてえんだ」
「可能です」
「は?」
ヤマトの意見は、こうだ。
民家や商店を漁っても実入りが少ないと俺は言ったが、それだって商人ギルドにしてみればとんでもなく腕のいい山師が現れたものだと呆れるしかないほどの成果。
なのでそんな探索は、早朝からの数時間を費やせばそれで事は足りる。
「ですから毎朝リュック4つ分の物資を手に入れたら、そこから夕方まではアキラさんの夢のために時間を使うべきじゃないかと」
「でもバイクを使ってる事は絶対に秘密にしたいんでしょ、アキラっち達は」
「ええ。でも、ぼくはノゾが行商人になった時のために、四ツ池と小舟の里と磐田、それと点在する集落への移動ルートを可能な限り調べてあるんです。だからきっと、誰にも見つからずにバイクで移動する事もできますよ」
「そう言われてもなあ」
「アキラさん。徒歩ではムリでも、バイクなら辿り着ける範囲に見ておきたい戦前の施設はないんですか?」
「あるっちゃあるがよ」
「教えてください」
浜松の街で山師をする時に使うロードマップを、ピップボーイに入れてある最も使い込んだそれと交換して、テーブルに開いた状態で置く。
「うわあ。まーた書き込みが増えてるっすねえ」
「これは俺が思いつきだろうがなんだろうが、考えた事をすべて書き込んでおく用の地図だからな」
「ふうん。この赤線で囲った六角形が、アキラっち王国の予定地なんだねえ」
「そんな王国いらねえっての」
「ここが浜松の街ですよね。……ほら、やっぱりたくさんありますよ」
「なにが? ヤマトっち?」
ヤマトの細い、だが日焼けして浅黒く、肌が荒れ放題な指がいくつもの地点を指差す。
コンクリートの土台で封鎖した新掛塚橋の次に天竜川に架かる橋、その次の東海道線の高架と、そのまた次に天竜川を渡れる橋。
そして東名高速道路。
工場や大型店舗、公共施設なんかにも指先が移動する。
「このくらいの場所になら、行商人とかぶらない道で案内ができます」
「橋はまだしも、東名高速は見ておきてえがな」
「ならこういう道順はどうです?」
六間通りを右折して、遠州病院の交差点を左折。
そのまま北上するルート。
「電車通り?」
「はい。線路というか、それがある高架に沿って伸びる道ですね。念のためにこの八幡駅を過ぎてからバイクを出せば、あとは誰にも見つからずに二俣街道まで出て、徒歩で東名高速に上がれるバス停に辿り着けるはずです」
「……直線距離で5キロもねえぞ。これなら徒歩でも余裕なんじゃねえか?」
「でもこのルートだと、電車通りにあるいくつもの戦前の駅前を通過する事になるっすよ。危険じゃないっすかねえ」
「秋葉街道は新制帝国軍が使うので、どうしてもこういう道になってしまうんです。こっちの馬込川を遡る道でもいいんですけど、それだとゲコトカゲが嫌になるくらい立ち塞がるでしょうし」
「問題は、敵の多さがどんくれえかだよなあ」
「かなりいます。ですよね、くーちゃんさん?」
「だねー。この最初に通る八幡駅だって、今は悪党の砦になってるんだし」
「そんな大きそうな駅には見えねえのに?」
「うん。この駅は歩道橋みたいになってて、ずうっと前は集落だったんだ。けど、住民が悪党に皆殺しにされてねえ。それからは悪党の根城になってるの」
浜松の街に来る途中で殺った悪党の巣の大型版か。
「いい教材にはなりそうっすね」
「ちょっとばかり危険すぎやしねえか?」
「同感っすけど、死なない程度の危険ならヤマトにとってはいい経験になるんっすよ。赤線地区や酔いどれ地区にはまだ手を出せないっすけど、こんくらいならいいと思うっす」
それはわかる気もするが。
八幡駅の直近にはかなり大きな神社や、戦前の企業であるユマハの本社なんて文字も見えている。
興味がないはずがない。
それに電車通りを直進して次の駅に着く手前には、それなりの規模の病院があるようだ。
たった二駅を通過するだけでそれなのだから、見ておきたいロケーションや漁りたい戦前の施設は、それこそ山のようにある。
「東名高速の手前にゃ、ボウリング場や自動車学校もあるんだよなあ」
「自動車学校はわかるっすけど、ボウリング場ってなんっすか?」
「戦前の娯楽場、って言えばわかりやすいかな。こんなレトロフューチャーな世界でもピンボールだのはあるだろうから、修理できりゃ小舟の里の住民のいい気晴らしになるかなってよ」
「……そんな事まで気にする王様って、逆に滑稽っすよ?」
「俺は王様なんかにならねえからいいんだよ。んで、どうする?」
全員がロードマップを注視。
答えが出るのを待ちながら、新しいタバコに火を点けた。
「オイラは賛成っすね。これなら、バイクを出さなくても良さそうな感じっすから」
「くーちゃんも賛成ー。屍鬼とかゲコトカゲを狩るより、悪党を潰す方が気分いいし」
「アキラさんはどうなんですか?」
「まあ賛成っちゃ賛成なんだがよ。こっちの都合に、くーちゃんとヤマトを付き合わせるのが申し訳ねえなって感じだ」
「アキラっち」
「ん?」
「これだけは言っておくね」
「お、おう」
思わず、なんというか、気圧されたような気分になって吃ってしまった。
それほどに、クニオの表情は険しい。
そしてそんな表情をしながら、凄惨とでも表現するべきであろう笑みを浮かべられては、気の小さい俺がビビッてしまって当然だ。
「アキラっちがどんな夢を語ろうが、どんな王様になりたかろうが、くーちゃんには関係ないの」
「とーぜんだな」
「うん。でもね、アキラっちがこの世から悪党を駆逐するって言うなら。もしそう言ってくれるなら、くーちゃんもアキラっちの下に付いて命懸けで働いて見せるよ」
ブチギレたワニブチのような眼で人を見るなと言いたいが、クニオはそれほどに悪党を嫌っているのだろう。
こんな世の中を生き抜いてきた、容姿の整った、整い過ぎている男の娘。
その過去を俺の方から問うまいと心に決めながら、俺は黙って小さく頷くしかなかった。
凄惨な笑みが束の間だけ深くなったと同時にクニオは俺の目を見たまま大きく頷き、狂気じみた影が表情からスッと消える。