Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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01号室

 

 

 

「これでよし、と。記入したよ。イサオ爺さん、ハンコを」

「どれ。……査定額がいつもと同じく少しばかり甘いが、まあこの青年が相手ならいいだろう。ほら」

「ありがとよ。それじゃ行こうか、アキラ」

「はい。イサオさん、ありがとうございました」

「酒を酌み交わす約束、忘れるなよ?」

「もちろん」

 

 部屋を出たスワコさんに付いて歩きながら、さっきの老人が何者なのか訊ねてみる。

 

 あのイサオさんは引退を宣言すると商人ギルドに是非にと乞われて就職した、元山師であるらしい。

 通常は専門知識のある戦前の品の買い取り責任者として働いているが、いざ何か事があれば商人ギルドが豊富な資金力で雇った山師達を率いる指揮官になるんだそうだ。

 

「まあ商人ギルドが傭兵を組織するなんて、まずあり得ない事なんだがね」

「どうしてです?」

「商人ギルドって名乗るくらいだ。どこまでいっても商売が第一なんだよ」

「資金があるなら兵を養って当然って気もするんですが」

「可能でも、それを抱え続けるとなると話は別さ。大事なのは、商人ギルドがその気になれば100を超えるほどの山師を雇って、新制帝国軍と刺し違える事もできるって事実だけなんだ」

「……わかるような、わかんねえような」

 

 刺し違える覚悟まであるのなら、いっそ。

 

 俺ならどうしてもそう考えてしまう。

 商人ギルドがそれをしないのは、政治家というよりは商人として損得勘定をした結果なのだろうか。

 

「そういや夕方まで3時間ほどあるけど、今日はこれで上がりかい?」

「どうですかねえ。教官殿の考え次第かな」

「なるほどね」

 

 その教官殿は店内の銃や山師向け装備を生徒と一緒に見て歩き、くーちゃんはカウンターに寄りかかりながらコウメちゃんと立ち話。

 俺とスワコさんが戻っても、4人はそれをやめる気はないようだ。

 

 マイペースというか、なんというか。

 

「帰ったぞ。タイチ、くーちゃん。この後はどうすんだ?」

「商人ギルドの職員が荷を取りに来るまではここで護衛らしいっすよ」

「ふうん。元からこんなに商品があるんだから別にいいような気もするが、くーちゃんはやっぱ優しいなあ」

「そんなんじゃないし。明日からの予定も立てたいから、今日はこのままお仕事終了でいいんじゃない?」

「そういう事ならオイラも賛成っす」

「りょーかい」

 

 今日からは梁山泊の一等室を1部屋だけ借りると決めてある。

 まだ酒場スペースには人が少なく、腕の良さそうな連中も見当たらなかったので、酒とツマミは01号室に運んでもらった。

 

「カンパーイ」

「はいよ」

「こ、こんな時間からお酒ですか」

「飲んでればそのうちミサキちゃんが来るだろうから、メガトン基地に行ったらヤマトとオイラだけシューティングレンジで銃の訓練でもするっすか?」

「あ、できればしたいです」

「そんじゃヤマトはノンアルコールっすね。アキラ」

「はいよ。ほら、缶コーヒー。微糖でいいよな」

「もったいないですって!」

「知らん」

 

 こんな世界にしては豪華な調度であるが、酷く薄暗い部屋。

 ソファーには、銃を持った男が4人。

 

 俺は今日も活躍してくれたデリバラーを咥えタバコで磨き、クニオはその白く細い指にミサキ達から譲られたというマニキュアを塗り直している。

 

 根っからマジメなヤマトは俺が部屋に入ってすぐに渡した9mm弾を1つずつランプの明かりに照らして点検してはテーブルに並べ、それを終えてから軽量ロングマガジンに込めてゆく。

 

 タイチ教官殿はジョッキの焼酎を舐めるように飲みながら、愛弟子になったヤマトを見守っているようだ。

 

「ねえ、アキラっち」

「んー?」

「ロクヨンに誘われた討伐依頼ってどうするつもりなの?」

「参加するに決まってるだろって。ヤマトがもう大丈夫ってタイチ教官が判断してからだけどな」

「ならあと2人を用意しとかなきゃ。ホントならこの4人でも狩り尽くせる程度の悪党だろうけど、パーティー同士が組むんならそうもいかないよー」

 

 そんな事は考えてもいなかったが、言われてみればたしかにそうか。

 

「……碧血のカナヤマさん達には磐田の街山師だって紹介して、特殊部隊から2人借りるしかねえかな」

「カズハナは出せないっすよ?」

「あのカップルは、留守を預かる指揮官だもんな。別に誰でもいいさ。銃が撃てて、簡単な見張りができればそれでいい。それより問題は、碧血のカナヤマさん達がどう動くつもりなのかだ」

「どういう事っすか?」

「教育文化会館は五社神社と隣り合ってて、おそらくだかでっけえビルの教育文化会館には、フォールアウトみてえに神社から出入りができるようになってる」

「まあ悪党にもそのくらいの知恵はあるっすからね」

「どう考えても、攻めるのに面倒なのはでっけえコンクリート製の建物だと予想される教育文化会館。そしてそうなると、山師の討伐ってのはどこまでするのかってのが重要でなあ」

 

 悪党に銃撃をして、応戦してきた連中を殺し尽くせばそれで終わりか。

 それとも建物内にまで踏み込んで、悪党を1人残らず殲滅するのか。

 

「あー。ロクヨンの性格じゃ、教育文化会館の方を自分達が受け持つって言うだろうしねえ」

「カナヤマさんはどこまでやるつもりだと思う、くーちゃん?」

「集められる戦力次第だねえ」

「……その戦力が、かなりのものだとしたら?」

 

 マニキュアを塗り終えたクニオが、肩を竦めながら淡いピンク色に染まった爪へ息を吹きかける。

 

「たぶん悪党を殺し尽くすまでやめないねえ。そうしちゃえば1日で運び切れない物資を、何日もかけて浜松の街に持ってけるでしょ。商人ギルドにも媚びを売っておきたいだろうし、うちの腕を見抜いたらそうしたがるんじゃないかなー。ん、上手に塗れましたぁ♪」

 

 こちらとしては、殲滅には大賛成。

 ただし、何日もかかる事後処理なんかには関わりたくない。

 

「建物内への突入、俺に単独で任せてくれるならいいが」

「そんなん、誰だって止めるでしょ。アキラっちがVATSなんて反則技を使えるのを知ってても。ね、タイチっち?」

「当然っすね」

「って言われてもなあ」

 

 こちらの世界の山師パーティーが戦前のビルに突入するとなると、どうしても思い出すのはフォールアウト3に出てきたライリー・レンジャーのイベントだ。

 

 俺達は商人ギルドに腕を認めさせたいだけでなく、せっかく知り合いになった碧血の誓いというパーティーに手助けをして少しでも犠牲を減らしたいからこの討伐に乗るのであって、危険な役目を連中だけに押し付けるのは本意ではない。

 

「まあロクヨンも電脳少年の視覚補助システムの事は知ってるだろうし、へーきへーき」

「別動隊としてでも突入させてくれるんならいいけどよ」

 

 教育文化会館の建物がどんな物かは確認していないが、おそらく大きな玄関があって悪党共はそこにバリケードなんかを築いているはず。

 そしてそれならば教育文化会館から攻撃する碧血の誓いは、しばらく身を隠しながらの銃撃戦をする事になるだろう。

 ダイアモンド・シティ近くでリポップのたびに、セキュリティとスーパー・ミュータントが小競り合いをしているような戦闘だ。

 

 ならば俺達が五社神社の悪党を早々に片付け、俺だけが、もし反対されてもクニオと2人で教育文化会館に突入して玄関を守る悪党を背後から強襲、なんて展開もあるのかもしれない。

 

 いや、むしろそれが理想か。

 

「冷たいビール。だいぶ暑くなってきたから、余計に美味しいねぇ」

「クーラーはねえが、戦前の扇風機ならピップボーイにいくつかあるぞ。出してジェネレータと繋ぐか?」

「いいっていいって。誰か来たら片付けるのも面倒だし」

「部屋としちゃ上等だが、地下で窓がねえのが難点だよなあ。この一等室って」

「だからこそ安心して寝られるんじゃん」

「……あー。なるほど」

 

 この一等室にはリビングだけでなく、ダブルのベッドが3つも並ぶ寝室まで付いている。

 それに酒場スペースやその周囲に並ぶ二等室の客は体育館の裏手にある公衆トイレを使うしかないというのに、廊下には汲み取り式の簡易トイレまで置いてあるのだ。

 さすがは高級ホテルのスウィートルーム、といった感じか。

 

「それよりアキラっち、明日の予定は?」

「ヤマトの教材を探しながら適当に歩くさ。だろ、タイチ?」

「それなんっすけど、地図を出してくれるっすか」

「おう」

 

 ロードマップを出し、浜松城公園のあるページを開いてからテーブルにそれを置く。

 

「ここが浜松の街。んで遠州病院、大学、川の手前のタバコ屋っす」

「うんうん」

「予定じゃこの川沿いを南下して敵の多いアクト地区の手前、東海道を右折してまず赤線地区の偵察だったんっすよ」

「だねぇ」

「でも敵の多さと戦利品の重さを考えたら、今はまだ時期尚早じゃないかと思うんっす」

「って事は、北か東に向かう感じか」

「その方がいいと思うっすよ」

「なら、漁るのに向いてそうな施設を探しとくかねえ」

「アキラっち、任せた」

 

 川向うで気になるのはパチンコ店に郵便局、それと銀行辺り。

 北に向かうのなら、目に付くのは広い敷地のスーパーマーケット。

 

「アキラさん。浜松の街を出て六間通りを右折せず北上すると、かなり先に浜松球場というのがありませんか?」

「えーっと、どれどれ」

 

 あった。

 

 かなり先とヤマトは言ったが、わずか3キロ程度の距離。

 そこには球場だけでなく陸上競技場と、広めの公園もあるらしい。

 

「あー。四ツ池の集落かあ」

「人が住んでんのかよ、ここに」

「うん。浜松の街の近くじゃ、最大の集落なんだよね。たしか200人くらいは住民がいるはずだよー」

「ここまで歩いてその集落でリュックの中身を売って、それから身軽になってまた探索しようって事か」

「ち、違います。違います!」

「はあ?」

 

 いい案だと思うんだが。

 

「浜松の街とその集落を、毎日のように新制帝国軍が行き来してるんですよ。だから予定を変えるにしても、そちらは避けた方がいいという話です」

「そういう事か」

「バカに絡まれるのはウザイもんねぇ」

 

 それはそうだが、逆に考えるとその集落を目指せば新制帝国軍の部隊を観察可能という訳だ。

 

「せっかく浜松の街に来たってのに、新制帝国軍の装備や練度をまだ見れてねえからな。俺だけでも近いうちに偵察に出るか」

「やめときなって。兵隊はほとんどがバカだから、難癖つけられて嫌な思いをするだけだよー」

「それがそうでもないんですよ、くーちゃんさん」

「へ?」

「去年の冬から、四ツ池と浜松の街を巡回するのはエイデン少佐の隊になったそうで」

 

 エイデンとは、映電とか叡電とか、そういう日本語の事だろうか。

 そうでないのなら戦前の生き残りにも外国人がそれなりにいて、その少佐とやらの祖先が外国人なのかもしれない。

 

「あのお行儀のいい部隊かあ。それなら揉め事にはならないだろうけど、だからって積極的に絡みたいとは思わないなあ。クズはクズだしー」

「ですよね」

 

 


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