時刻は正午。
俺達と手を繋いでファストトラベルで送ってくれたミサキがピップボーイを操作して音もなく姿を消すのを見送り、店内を覗ける窓のカーテンをすべて閉めてから、6人で昨日漁った食堂を今日は4人だけで出る。
玄関のドアもガラス張りで中が覗けるので、そこには内側から壁にあったポスターを張り付けておいた。
ヤマトは寂しそうな素振りすら見せず、昨日の宴会で言っていたように2人の就職を心から喜んでいるようだ。
少しばかり卑下する癖が気になるし、それが理由で自身の命にあまり頓着しない生き急ぐようなところが心配ではあるが、そんなのは俺達が近くで見守りながら、ヤマト自身がゆっくりと変わっていってくれるのを待つしかないだろう。
あいにくの曇り空だが雨が降り出すほどではなさそうなので、まずはこの近辺でここ以上に安心してファストトラベルができそうなロケーションを探すつもりだ。
「ま、ミサキの地図は俺のより細かくロケーションを表示するみてえだから、すぐに終わるだろうけどな」
「反則っすよねえ。夫婦揃って」
「ホントホント。まずは川まで出る、アキラっち?」
「だな」
「今日もよろしくお願いします。アキラさん、タイチ先生、くーちゃんさん」
「任された~♪」
すぐ隣にある大学の入り口は昨日それなりに掃除したはずなのに、やはりフェラル・グールが群れている。
これではその入り口のある道路を横切れば、ほぼ確実に捕捉されて襲いかかられる事になるだろう。
ならば先制攻撃。
そう考えながらデリバラーを抜くと、3人が銃を構えて安全装置を解除する音が聞こえた。
なんとも頼もしいじゃないか。
嫁さん連中に戦闘をさせると『俺が弱いばっかりに』なんて思って歯軋りのひとつもしたくなるが、こんなのならば悪くない。
なんというか、共闘感のようなものを感じて心が浮き立つくらいだ。
そういった感情はこの世紀末な世界に、ウェイストランドに生きる男にはお似合いなんじゃないだろうか。
「タイチ、初撃は任せる」
「了解。……撃つっす」
しゃがみ込んだ体勢のタイチがトリガーを引く。
その銃声に、よしっという呟きが続いた。
狙撃されたフェラル・グールは見事に即死。
真偽は定かではないが、スニーク状態からのクリティカルショットゆえか。
ピップボーイがなくともレベルが発生するならば、身を屈めて敵に発見されていない状況で狙撃すればクリティカルになるかも。
浜松の街に出発する前の夜にウルフギャングの店で話した俺の予想は、あながち間違っていないのかもしれない。
「来るよっ、ヤマトっち」
「いつでも撃てますっ」
「くーちゃんは先に撃っちゃうけどね」
「ええっ!?」
クニオのサブマシンガンが火を吐く。
こちらに気づいて駆け出したフェラル・グールは8匹。
そのうちの3匹が、あっという間に地に伏せる。
「弾なら気にすんな、ヤマト。好きに撃ちまくれ」
「ありがとうございますっ!」
タタタッ、タタタッとホクブ機関拳銃の銃声が響く。
9mm弾は昨日のうちに、ミキの店で買い足しておいた。
もちろんそれだけで足りるはずがないので、浜松の街に戻ったらスワコさんの店でも買い込むつもりでいる。
「うははっ。俺は1発も撃ってねえのに、経験ウマー」
「クリティカルメーターが貯まった途端にそれっすか。まったく……」
「おうよ。ほれ、あと2匹だぞー。撃て撃てー」
旧市街のクリーチャーは、なんでだよ!? とツッコミたくなるような謎の縄張り意識を持っているらしい。
なのでこういうフェラル・グールは、剥ぎ取りをせずに放置と決めてあった。
けっこうな確率でマッチ箱すら入っていないポケットを漁っていて新手が来るようでは、いつまで経っても先に進めやしない。
「……殲滅完了っすね」
「あっけなく終わったねえ」
「ほんじゃ行くか。ヤマト、水分補給はしっかりな? そろそろ暑さが厳しいし、ただでさえ緊張してんだろうから」
「はいっ」
そう返事をしたヤマトはまずホクブ機関拳銃のマガジンを交換し、空になったそれに弾を込め、ようやくミキの店で買った水筒のフタを開けてきれいな水を口に含む。
いい心構えだと褒めてから、俺が先頭に立って六間通りを歩き出した。
右手に見える建物は戦前の大学だけあって、かなりの奥行き。
そしてそれを視界に入れながら歩いていると、途切れた先にある交差点に少し大きなタバコ屋が見えてきた。
「ラッキー。タバコだってよ」
「予定ルートはあの店の前を右。右折ついでに漁るよね、アキラっち?」
「とーぜんだな」
右方向に伸びる道路はなかなかに広く、遠くにはそこを横切るゲッコーも見える。
退屈はしなそうだ。
「交差点ごとにフェラル・グールがいるんじゃないのが救いっすね」
「だなあ」
「でもタイチっち。あのくらいの戦前の店舗なら」
「まあ中にはいて当然っすよねえ」
「うん。ヤマトっちも気を引き締めてこーね」
「はいっ」
ロケーション発見の通知はなし。
それを物足りなく思いながら、ポスターがいくつも貼られているせいで中を覗けない引き戸を勢いよく開けた。
中は、酷く暗い。
「懐中電灯を買っといてよかったな」
左手の懐中電灯で店内を照らしながら、右手にぶら下げたデリバラーをいつでも撃てる構え。
「うーん。アキラっちのニオイしかしないねえ。これじゃ、屍鬼すらいなそう。ちぇっ」
店内を覗き込む俺の脇の下に潜り込むような姿勢で、クニオがつまらなそうに言う。
「狭いんだからくっつくな。つか、臭いでフェラル・グールがいるか確認すんのかよ?」
「並み以上の山師ならとーぜんでしょ。あいつら、ウルフギャングさんと違ってくっさいしー」
「だから、碧血のカナヤマさんも身ぎれいにしてたんか」
「ヤマトっち達もね。そこまで考えが回らない山師なんて三流もいいトコで、話す価値すらないよ」
「なるほどなあ」
それでも油断しないのはクニオも同じであるらしく、サブマシンガンをいつでも撃てる状態で店内に踏み込んだ俺に続く。
タイチとヤマトは、入り口で外の警戒だ。
こんな時の役割はすでに決めてあるので、いちいちああしてくれこうしてくれと言う手間が省けていい。
「いないねえ」
「楽だからいいさ。タバコは根こそぎ俺のピップボーイに入れといて、あとで山分けだ。くーちゃんはタイチ達を呼んできて、食料品や飲料品をリュックに詰めとけ」
「あいさー」
レジカウンターの中。
戦後すぐにでも誰かが漁ったのか、それとも元から品揃えが悪かったのか、商品棚に並ぶタバコは品切れも多い。
だがそれでも4人が夏の間に吸えるくらいは封を開けていない箱が並んでいるので、片っ端からそれをピップボーイに入れていった。
「俺は奥を見てくるぞ。たぶん、店番がメシを食ったりする場所なんかだと思う」
「りょーかいっす。こっちはガムやチョコレートなんかの、高く売れそうな嗜好品からリュックに入れておくっすね」
俺と同じ型の懐中電灯で商品棚を照らしながらタイチが言う。
「俺のリュックにも入れといてくれ」
「はいっす」
空のリュックをカウンターに置き、レジの精算ボタンを押してみる。
残念ながらそれは300年かけて降り積もった埃か何かのせいで開かなかったが、タバコ屋のレジに大金なんて入ってるはずがないと自分を納得させ、奥にある上がり框に向かう。
もちろん、土足で。
先人への敬意、死者への礼、そんなのを蔑ろにしたい訳ではなく、ただ単純にそこまで気を使う余裕が今の人類にあるはずもないからだ。
奥は思った通り狭い台所とトイレ、それにちゃぶ台の置かれた茶の間しかなかった。
取り立てて回収したいと思うような物も見つからない。
「ま、タバコと菓子で充分だよな」
それでも台所の調味料と茶の間の茶筒だけはピップボーイに入れ、タイチ達の元に戻る。
これを山分けにして売り払っただけでもヤマトにとっては1日の稼ぎとして充分だし、今はまだ覚えていないタバコと菓子類も売れば、それこそ一財産になるだろう。
それでこそ命懸けで探索に出た甲斐があるってものだ。
「おかー。なんかあった、アキラっち?」
「調味料とお茶っ葉くれえだな」
「ふーん。あ、これアキラっちのリュックね」
「サンキュ」
パンパンにふくらんだリュックを受け取って背負う。
重い。
どうやら中には菓子だけでなく、サイダーなんかも入っているようだ。
こんなのを担いで徒歩で移動して、その間に何度も戦闘までこなすのか。
山師というのは、俺が思っていたよりずっと大変な職業であるらしい。
「でもアキラ、ここならファストトラベルにちょうどいいんじゃないっすか?」
「ちょっと浜松の街が遠いけどな。まあ、悪くはねえんじゃねえか」
「まだ昼だから、浜松の街に向かうのは早すぎっすかねえ」
「逆に腕の良さを証明できるからいいさ。こんな旧市街でも外じゃピップボーイに片っ端から収納すんのは禁止って言われたし、もう戻って荷物を軽くしようぜ。稼ぎ足りねえなら、売却を終えてからまた探索に出ればいい」
「了解っす」
大学前、食堂前、病院前。
あのタバコ屋をファストトラベル先として使うなら、そのたびにこうやってフェラル・グールとゲッコーを倒して浜松の街に入るしかないのだろう。
帰り道で倒したゲッコーは2匹だけ、これくらいならいいだろうと丸ごとピップボーイに収納。
見張りに挨拶をして浜松の街に足を踏み入れた。
ヤマト達をかわいがっている山師が見張りではなかったので、ノゾとミライの姿が見えないのを訝しがられたりもしない。
「まずはスワコさんの店か?」
「そだねー。お菓子なんかはそこで売って、できればスワコさん達が使う分の塩も少し売ってあげたいかなー」
「昨日あの食堂で漁った分、まだまだあるからな。ミキに売ってノゾとミライの生活費にしたのを抜いても、かなりの量だ。メモもあるから、店に着いたらそれを見て売る量を決めてくれ」
「あいあい」
「でもこんな量のお菓子なんて、買い取ってくれるんっすかねえ」
たしかに。
こんな量の菓子なんて、小舟の里じゃ絶対に買い取ってもらえやしないだろう。
果たして、浜松の街ならばどうか。
浜松の街が都会なのはこの2日で充分に理解したが、経済の程度まではまだほとんどわかっていないのが現状だ。
「どうだろうなあ」
「ヘーキヘーキ。手持ちがなかったら、商人ギルドから引っ張ってくるだろうし」
「商人ギルドって、買い取り資金の貸し付けなんかもしてんのかよ」
「というか、それがメインのはずですよ。初期は創設メンバーの商人達が持ち寄ったお金をプールしてそれを貸し付けていたそうですけど、今じゃ商人ギルドとしての稼ぎでそれができるまでになったとか」
「詳しいな、ヤマト。なんでそんなん知ってんだ?」
「商人ギルドの2階には、服と体を清潔にしていれば誰でも入れる図書室があるんです。雨で農作業や土木工事の日雇い仕事がない日は、ずっとそこで本を読んでいたので。商人ギルドの歴史をまとめた本にそう書いてありました」
「毎日キツイ仕事をして、雨の日には図書室で勉強かよ。偉いなあ」
14歳の頃の俺とは大違い過ぎて、笑いすら出てこない。
その図書室が俺でも利用できるようなら、なるべく早くそこを訪れてみよう。
こんなポストアポカリプス世界に『商人ギルド』なんて呼称を持ち込んだのが俺達の同郷人なら、それを示す文献もおそらくあるはずだ。
「とーちゃーく。スワコさん、コウメっちー。おっはー!」
今日も朝は二日酔いでフラフラだったのに、クニオがスワコさんの店のドアを開け放ちながら大声で言う。
なんというか、コイツはいつもムダに元気だ。
「あっ、くーちゃんだー。おはー」
「あいかわらずやかましいねえ。……おや、ノゾとミライはどうしたんだい?」