未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.6 修正


第九話 騎士王の乗騎

 僕の身内に悪魔の嫁取りの話を打ち明けると、アウラが猛反発してその場を飛び去ってしまった。「暫く好きにさせる事で頭を冷やしてもらった方がいい」というロシウの進言に従って少し時間を置いてからアウラを探しに行くと、まるで黄金の様な色合いと煌めきを持つ毛並みの馬がアウラを僕達の元まで連れて来てくれた。アウラにドゥンと名乗ったその馬は、突如飛び出してきたカリスによって実は先代の騎士王(ナイト・オーナー)を務めたアーサー王の愛馬の一頭であるドゥン・スタリオンである事が判明した。確かに、五世紀~六世紀に活躍したとされるアーサー王の愛馬であれば千五百年は生きている筈なので、霊獣と化していても何らおかしくはない。ただ、彼はアーサー王の最期に対して深い後悔を抱いている様だ。具体的には何に対しての後悔なのか、今の所ははっきりしない。

 僕はドゥン・スタリオンの抱く後悔について考えていたが、その前に彼から声をかけられた。

 

〈ところで、少年。どうやら君がアウラの父親の様だが、何故君からカリスが司るエクスカリバーの聖なる力を感じられるのだ? 数多の騎士を統べる王の力を担える者は、私の知る限りでは今は亡きアーサー様だけだ〉

 

 このドゥン・スタリオンの問い掛けに僕は納得した。確かに己の主と同じ力を僕から感じられれば問い質したくなるのも無理はない。すると、僕の代わりにカリスが答えた。

 

「それについてはオイラが答えるよ、スタリオン。イッセーは、アーサーに続くエクスカリバーの担い手なんだ」

 

 そして、カリスは僕が幼い頃に二天龍ですら見極められない程の隠蔽能力を持つ静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)を見つけて拾った事から端を発し、僕がエクスカリバーの力の根源である星の意志に認められて騎士王(ナイト・オーナー)の名を継承した事、更に長年本体である静謐の聖鞘から切り離された事で破壊されたエクスカリバーを生命の根源に繋がる力である()(どう)(りき)で作った器を基に再誕させた事まで説明すると、ドゥン・スタリオンは唸る様な声を上げる。

 

〈私も長い時間を生きて来たが、まさか盗み出された静謐の聖鞘を見つけ出し、更にカリスとエクスカリバーに認められた事でアーサー様の正統なる後継者となった者が現実に存在しているとは思わなかった。まして、それが先程出会ったばかりのアウラの父親なのだから驚きだ。……これを偶然の一言で片付けるには、余りにも因縁が大き過ぎるな〉

 

 ドゥン・スタリオンはそう言った後、僕がアーサー王の後継者である件を一旦棚上げしてアウラが僕の元から飛び出してきた切っ掛けとなる話を自分にも聞かせる様に頼んできた。

 

〈まぁ、それについては一先ず置いておこう。それよりも、アウラの父よ。アウラが今度はしっかりと向き合って聞くと決意した話を私にも聞かせてはもらえないだろうか。先程アウラにも言ったのだが、これでも千五百年の時を生きている。それにアーサー様の足となり戦場以外にも様々な場所を駆け、その度にアーサー様を始めとする騎士達の言動を見聞きしてきた。その経験が多少なりとも役に立つと思うのだ〉

 

 このドゥン・スタリオンの申し出を僕は承諾した。

 

「解った。そういう事なら、貴方にも聞いてもらおう。アウラも貴方には心を許している様だから、貴方が側にいれば心強いだろう」

 

 僕は承諾した理由をこう口にしたが、それ以外にも僕との関係が薄い第三者からの意見が欲しいという思いがあり、その意味でドゥン・スタリオンからの申し出は正に渡りに船だったからだ。そうして、僕は一人と一頭に悪魔からの嫁取りの件について説明を始めた……。

 

 

 

Overview

 

 一誠がアウラとドゥン・スタリオンに対し、「悪魔から最低一人は娶れ」という魔王の勅命を悪魔勢力の総意として下された事を説明し終えると、アウラはここで何故反論せずに受け入れたのかを問い質した。そこで一誠は何処まで話すかを少しだけ悩んだ末、イリナにも話していない事を含めて説明する事を決断した。幼いが故に一切の柵から解き放たれて真理や真相に辿り着いてしまうアウラの慧眼と感性を踏まえた上での判断である。

 

「アウラ、まずはこの話に僕自身がメリットの大きさを理解してしまったからなんだ。サーゼクス様を始めとする悪魔の人達にとっては僕との繋がりがもっと強くなるし、僕の方も新しいお嫁さんの家族やそのお友達の人と仲良くできて、困った時には助けてもらう事ができる様になる。そういった事を踏まえて、悪魔の偉い人達は打算も少なからずあるけど善意も含めてこの話を持ち掛けてきたんだよ。……それに僕自身、もし僕がお嫁さんを増やす当事者でなく、しかも悪魔の偉い人達と同じ立場だったら、間違いなく同じ事を言っていたと思うしね」

 

「でも、だからって……」

 

 アウラは一誠が「立場が違えば自分がこれを言っていた」と言って来た事に困惑しつつも、イリナの方を見て明らかに申し訳なさそうな表情を浮かべた。そのアウラからの視線を察したイリナは、全てを承知の上である事をアウラに伝える。

 

「アウラちゃん。さっきも言ったけど、この勅命をイッセーくんが受けた時、私も一緒にいたの。私も最初は納得いかずに反論したんだけど、結局は論破されちゃってどうにもならなくなっちゃったのよ。それにね、交換条件を呑むくらいなら私が我慢すればいいって気づいちゃったから」

 

「交換条件? ……じゃあ、パパがママ以外の人と結婚しなくてもいい方法があったんだ!」

 

 イリナがつい零してしまった「交換条件」という言葉を聞き逃さなかったアウラは、魔王の勅命を回避する手段があると知って喜んだ。しかし、ドゥン・スタリオンが喜ぶアウラに待ったをかける。

 

〈アウラ、喜ぶのはまだ早い。……アウラの父よ。その交換条件、おそらくは〉

 

 ドゥン・スタリオンがアーサー王を始めとする騎士達の言動を見聞きしてきた経験は伊達ではない。彼の知る騎士達の婚姻事情から、彼は交換条件がどういったものなのかを察していた。そして、一誠はドゥン・スタリオンの察しが合っている事を伝えた上で交換条件の内容を打ち明ける。

 

「貴方の察した通りだよ、ドゥン・スタリオン。僕が勅命を呑まない場合、それとは違う形で悪魔との繋がりを作らなければならない。それはつまり、僕の血縁者を通じて姻戚関係を築く事だ。そして、それに該当するのが……」

 

「もしかして、はやてお姉ちゃんとあたし?」

 

 アウラが答えに行き着いたところで、一誠は交換条件を呑まなかった理由を正確に教える。

 

「そうだよ、アウラ。だから、交換条件を呑む訳にはいかなかった。自分達の幸せの為に大切な家族であるはやてやアウラを犠牲にする事を、僕もイリナも受け入れられなかったんだ」

 

「そんな! ……あたし、パパとママが幸せになってくれるなら」

 

 何処かの悪魔のお嫁さんになってもいいよ? ……アウラはそう続けようとするが、その前に一誠に止められた。

 

「アウラ、それ以上は言っちゃ駄目だ。それに以前、アウラは言ったね。「パパがあたしを幸せにしたいなら、パパだって幸せにならなきゃダメだよ」って。だから、今度は僕がアウラに言うよ。アウラが僕達に幸せであってほしいなら、アウラも幸せでないと駄目なんだ。何故なら、僕はアウラのお父さんで、イリナはお母さんだから。アウラが幸せでないのなら、僕達は幸せだなんてけして言えないんだよ」

 

 一誠がかつて愛娘から言われた事をその立場を入れ替え、更にイリナも交える形でアウラに伝えると、アウラはそれ以上何も言えなくなってしまった。

 

「……パパ。それ、ズルいよ」

 

 暫く沈黙したアウラがやや恨みがましくそう言うと、一誠は自分が狡い事を肯定した上で交換条件を受けられない別の理由をアウラに伝える。

 

「うん、そうだね。アウラが幸せになる為なら、僕は何処までもズル賢くなれる自信があるよ。それにね、イリナは気付いていなかったけど、交換条件を受け入れられない理由は他にもあるんだ。もしアウラやはやてを悪魔のお嫁さんにする事を選んだ場合、アウラもはやても結婚なんて余りにも早過ぎるから、まずは婚約という形で相手の家に入って、二人がしないといけない事や逆にしたらいけない事がどんな事なのかを学んでいく事になる。こう言えば聞こえはいいけど、これは要するに二人の事を人質として差し出すのとほぼ同じ事なんだ。そうなれば、僕はどうしても悪魔の人達を贔屓しないといけなくなるし、そうした場合には折角サーゼクス様やアザゼルさん、ミカエルさんから任せてもらった聖魔和合親善大使の意味がなくなってしまう。だから、僕が依怙贔屓したらいけない立場である以上、交換条件はけして受け入れてはいけないものなんだ」

 

 なお、交換条件の有無を確認した時、悪魔勢力の上層部の内で一誠と接点を持っていなかった者達が狙っていたのはむしろ交換条件に伴う政略結婚を隠れ蓑とした人質の確保の方であり、あえて一誠に強制的な嫁取りの話を持ち掛ける事で一誠の家族に揺さぶりを仕掛けて自発的に政略結婚を受け入れさせる腹積もりである事を一誠は見抜いていた。だからこそ、はやてやアウラに揺さぶりを掛けられるのを防ぐ為、一誠は交換条件の有無を確認するとその場で魔王の勅命を承服したのだ。軍略や政略はおろか謀略にもその辣腕を振るい、敵味方の双方を恐れさせた冷血軍師の本領を発揮したと言えるだろう。

 ……ただし、同時に家族を始めとする身内には何処までも甘い一面も一誠は持っており、未だに良心の呵責に悩みながらも新しい妻となるであろう女性を温かく迎え入れる事を決意していた。

 

「それにね、ここに来て僕も腹を括ったんだ。どうせなら、新しくお嫁さんになる人もイリナやアウラと一緒に幸せにしてやろうってね。……尤も、イリナに対して申し訳ないとは思わないのかって、僕の中にある良識というものが未だに僕の心をグサグサと突き立ててくるけどね」

 

 一方、イリナもまた一度完全に決別した時や龍天使(カンヘル)に転生する前には自分の目が届かなくなった後の一誠の事を盟友ソーナに託した事があるだけに、複数の女性と共に一誠を愛する事を割とあっさり受け入れていた。尤も、無条件で受け入れるのは流石に悔しい為、最初に一誠に向かってぶつけたのは表向き責める様な言葉であったのだが。

 

「ホント、男の人って身勝手よね。つい先日まで、私以外の人を妻にするのを嫌がっていた癖に。……でもまぁ、ソーナやレイヴェルさん、後は憐耶だったらそれでもいいかなって思える時点で、私もどうかしてるかも」

 

 すると、一誠の左手の甲が光を放ち、今まで沈黙を保ってきたグイベルが話しかけてきた。

 

『一誠を身勝手だって責めている割には随分と寛大なのね、イリナ。これが私だったら、ドライグの事を半年は無視しているわ』

 

 如何にも気の強いグイベルらしい発言に、流石の一誠も苦笑いを浮かべるしかない。

 

「グイベルさん。もしそれをやられたら、ドライグは一月も経たない内に泣いて土下座すると思いますよ。俺が悪かったから、もう勘弁して下さいって」

 

『……その光景が割と簡単に思い浮かべられるのは、何故なのかしら?』

 

 一誠の予想の中にあった夫の情けない姿を容易に思い浮かべられるという事実に、グイベルは少しばかり危機感を抱いてしまった。

 

〈どうやら、私の出る幕など最初からなかった様だな。では、これで私は失礼しよう〉

 

 一誠達が会話を交わす様子から何の心配もいらないと判断したドゥン・スタリオンは、アヴァロンへと帰る為にこの場を去ろうとした。そこに、アウラが悲しげな瞳で彼に問い掛ける。

 

「ねぇ、ドゥン。……生きている事が、そんなに辛いの?」

 

 アウラの言葉はドゥン・スタリオンの心を鋭く貫いた。動揺から、僅かながら体が揺れたのだ。そして、ドゥン・スタリオンはアウラからの質問には答えず、逆に何故そう思ったのかを問い掛けた。

 

〈アウラ、何故そう思ったのかな?〉

 

 自分の質問に答えていないドゥン・スタリオンからの質問に対し、アウラは何ら悪感情を抱く事無く尋ねられた内容に答え始める。

 

「だって、ドゥンが今にも泣き出しそうな目をしてるんだもん。ご主人様に置いて行かれた事が、そんなに辛くて悲しかったの?」

 

 アウラが最後にドゥン・スタリオンの気持ちを確認すると、彼は暫く口を閉ざした後で肯定した。

 

〈そうだな。アウラの言う通り、私は老いによる衰えを理由に最後の戦場に連れて行って頂けなかった事を辛く、悲しいと思っている。だがそれ以上に、年老いた私に残されていた望みが叶えられなかった事の方が遥かに辛い〉

 

 そして、ドゥン・スタリオンは自身の抱いていた願望をアウラに吐露する。

 

〈アウラ。私は主の、アーサー様の乗騎としてこの命を全うしたかったのだ〉

 

 ドゥン・スタリオンの願望を聞いたアウラは、どう答えたらいいのか解らずに困惑している。その様なアウラの反応を見たドゥン・スタリオンは、ゆっくりと己の過去について語り始めた。

 

〈私とアーサー様の出会いについては特に劇的なものはない。砂漠の国で生まれた私は幼い頃に馬商人によって山を越え、海を越え、遠く離れたブリテンに持ち込まれた。そこを、当時はまだ一地方の若き領主であったアーサー様に見出され、そのまま買い取られるというごく有り触れたものだ。アーサー様は私をいたくお気に召されたのか、よく遠乗りに連れ出しては私に色々と語りかけて下された。私が馬であるが故に人語を話せぬという気安さもあったのだろう、中には人の上に立つ者として人前ではけして言えぬ弱音や愚痴も話して頂けた。この様にアーサー様から少なからず信用して頂けた事は、私にとってこの上なく誇らしい事だった〉

 

 空を見上げながらアーサー王との出会いを語るドゥン・スタリオンの瞼の裏には、確かに今は遥か昔となった懐かしき日々の光景が映し出されていた。

 

〈やがて、アーサー様がブリテンの統一に乗り出した時、私は軍馬としてアーサー様の足となり、過酷な戦場を駆け抜けた。またブリテンが統一された後に凶悪な巨人や獰猛な蛮族が侵略を重ねてきた時も私はアーサー様の足となった。やがて反攻侵略でアイルランドとアイスランドを統合した後、過酷な戦いを幾度も潜り抜けた代償として体が衰え始めた事を自覚した私は第一線を退き、私よりも若く優れたスァムライやスプマドールに後を託した。その後も戦いは続いたが、アーサー様は周辺の敵を全て退けて争いのない理想郷を築き上げられた。私はと言えば、最前線に立つ事こそ既になくなっていたが、引き続きスァムライやスプマドールと共にアーサー様の乗騎として働いていた。おそらく、この時が一番幸福であった時間であろうな〉

 

 そう語ったドゥン・スタリオンの顔はまるで笑みを浮かべている様であり、その時間が如何に幸福であったのかが窺い知れる。……だが、その笑みも次第に曇り始めた。

 

〈やがて平和な時は過ぎ、私より若いスァムライやスプマドールが私よりも先に天寿を全うした後、グィネヴィア様と密通したランスロット卿の討伐の為にアーサー様がフランスへ出征なされる事となった。この時点で既に余命幾許もない事を悟っていた私は最期のご奉公として共に戦場を駆ける事を望んでいた。しかし、当時は今の様に私の想いを言葉として相手に伝える事ができなかった。カリスとの会話とて、カリスから話しかけてもらわねば言葉を交わす事すらできなかったのでな。そうして戦いに耐えられないとしてキャメロットの厩舎に留め置かれた私は、やがてかの逆臣モルドレッドが反旗を翻すのを目の当たりにした。私はアーサー様の栄光を守らんとして必死に抵抗した。だが、この身は所詮唯の馬だ。すぐさま取り押さえられた後に鉄の鎖で鉄柱に繋がれてしまい、アーサー様の後背を襲おうと反逆者達が軍勢を率いて出撃するのをただ見ている事しかできなかったのだ〉

 

 一誠はこの時、最期の奉公も叶わず、また主の帰る場所を守り切れなかったというドゥン・スタリオンの無念を完全に理解するのは難しいと判断した。むしろ、守るべき存在が何百年も苦しみ続ける様をただ見ている事しかできなかったリヒトの方が理解できるかもしれないとも思った。そして、ドゥン・スタリオンの顔に浮かぶ感情は悲しみから後悔へと変わっていく。

 

〈少しばかり時が過ぎ、カムランの戦いにおいてアーサー様がモルドレッドと相討ちになられた事を知った私は、天に召されたアーサー様にお仕えしようと自ら食を絶った。既に余命幾許もない身だ、生への未練など微塵もなかった。空腹の苦しみの中で体から力が抜けていくのを感じた私は、そのまま目を閉じて二度と目覚めぬ眠りに入った。……入った筈だったのだ。だが、二度と目覚めぬ筈の私は朝日が昇るといつもの様に目を覚まし、そして己の体の異変に気付いた。幾多の戦傷と老いによって衰え切っていた私の体がいつの間にか若く健全なものへと変わっていた。いや、それどころか全盛期をも上回る程の力に満ちていたのだ。何の冗談だと思った私は、今度は確実に死ねるように食はおろか水さえも絶った。だが、それから一週間が経ち、一月経っても死ぬ事はなかった。この時点で何かがおかしいと思いながらも、私はなおも食も水も絶ち続けた。それがやがて一年、二年と続き、十年を経っても飢えも渇きも感じる事はなく、やがて百年を数えようとした時に私は悟った。私はもはやアーサー様に殉じる事すら叶わないのだと〉

 

 ……人間を止めざるを得なかった事で同様の喪失感を経験している一誠には、それを知った時のドゥン・スタリオンの絶望の大きさが痛いほどよく解った。

 

〈こうして死すべき時に死ぬ事が叶わなかった私は、そのまま今日までズルズルと生き永らえてきた。今も一縷の望みを懸けて食も水も絶ち続けているが、体が弱っていく兆候は全くない。どうやら、私は生きていく上で何かを口にする必要がなくなり、更には寿命という概念さえもないといういわば精霊の様な存在へと変わってしまったらしい。だが、そのお陰で妖精郷であるアヴァロンに迎え入れられたにも関わらず、私は未練がましくも嘗てアーサー様の治めたブリテンに度々訪れてはそこにお仕えするべきアーサー様がいない事を改めて思い知らされるという日々を送っている。……取り柄は長生きだけである無能者に相応しい末路だとは思わないか?〉

 

 最後は自嘲を多分に含んだ問い掛けで終わったドゥン・スタリオンの昔語りを聞き終えたアウラは、その問い掛けに対して即座に否定する。

 

「違う。それは違うよ、ドゥン。そんな事、絶対にないの。だって、あたしはドゥンのお陰であたしが間違っている事に自分で気づく事ができたし、パパとしっかりお話する事ができたんだから。ドゥンが長生きしていなかったら、あたしはドゥンと出逢わなかったんだよ。そうしたら、たぶんパパとママが見つけてくれるまであそこでずっと泣いていたと思う。だから、今まで死なずに生きてきた事を辛いだなんて思わないで」

 

 アウラがドゥン・スタリオンに自分の考えを伝えると、一誠は本来なら真っ先にやらなければならなかった事をし始めた。

 

「ドゥン・スタリオン。本当なら僕が真っ先にやるべき事を忘れていた。それを今、させてほしい。……僕達の娘を、アウラを導いて僕達の所まで送り届けてくれて、本当にありがとう」

 

 そう言ってドゥン・スタリオンに深く頭を下げて感謝の意を伝えた後、一誠はドゥン・スタリオンに生きて為すべき事がある事を伝える。

 

「ドゥン・スタリオン、どうか僕がこれから話す事をしっかりと聞いて欲しい。……貴方は先代の騎士王であるアーサー王と直接関わっている数少ない存在だ。だから、貴方はこれからも生き続けて、そして語り続けなければならない。貴方の大切な主の足跡や業績、そして何より人生そのものを後の人々の心に残し続ける事で、アーサー王がいつまでも人々の心の中で生き続けられる様に」

 

 一誠の「アーサー王を語る事で人々の心の中でアーサー王を生かし続ける」という言葉に、ドゥン・スタリオンは驚愕した。

 

〈私がアーサー様を語る事で、人々の心の中でアーサー様を生かし続ける……! それが、アーサー様に殉じる事のできなかった私の使命だと、そう言うのか?〉

 

 ドゥン・スタリオンの確認に対して、一誠はハッキリと断言した上で協力を惜しまない事を伝える。

 

「そうだ。そして、その為に協力できる事が僕にあるのなら、幾らでも言って来て欲しい。僕の先代に関わる事である以上、協力は一切惜しまない。……だから」

 

 一誠はそう言うと、利き手をそっとドゥン・スタリオンに向けて差し出した。

 

「どうか僕達と共にこの世界を生きてくれ。ドゥン・スタリオン」

 

―どうか私と共にこの戦乱の世を生きてくれ、スタリオン―

 

 この時、ドゥン・スタリオンの瞳には一誠の姿が自分に名を付けた時のアーサー王の姿と重なって見えた。そして、天を見上げると心中で今は亡き主に詫びを入れる。

 

(アーサー様。この老いぼれは、己が生きて為すべき事が何であるのか、今更ながらに気付かされました。故に、私が天に召されし貴方の御側に馳せ参じるのは、もう暫く先の事になりそうです)

 

 ドゥン・スタリオンは亡き主への報告を終えると、一誠に向かって頭を垂れて感謝の言葉を告げた。

 

〈アーサー様が死したる後はただ後悔と諦観に沈み、惰性で生き永らえてきた私にアーサー様の語り部という新たな使命を示して頂けた事、誠に感謝する。その謝礼代わりと言っては何なのだが、この老いぼれの足、よろしければ使っては頂けないだろうか?〉

 

 感謝の言葉の後に告げられたドゥン・スタリオンからの申し出に一誠は驚き、慌てて「共に生きよう」という言葉はけして臣従を求めての事ではないと伝えようとした。

 

「ドゥン・スタリオン。僕は何もそういう意味で言った訳では……」

 

 だが、ドゥン・スタリオンは一誠の言葉を遮る形で己の意志を改めて伝える。

 

〈もちろん、それについては承知している。それに今や鉄の翼や引く者なき荷車が天地を行き交う世となった以上、乗騎としての私はきっと不要であるのだろう。だが、私は馬だ。主を背に乗せて世を駆ける事を何よりの誇りとし、それ以外に多大なる恩義に報いる術を知らぬ者なのだ。故に改めてお願いする。どうか、私を忘恩の徒にしないで頂きたい〉

 

 もはやどうあっても退く様子がないドゥン・スタリオンに対して、一誠はどうするべきか悩んでいると、カリスもまたドゥン・スタリオンの願いを聞き入れる様に願い出てきた。

 

「イッセー。オイラからもお願いするよ。どうかスタリオンを迎え入れてくれないかな? 最期の最後にアーサーの力になれなかったという意味で、スタリオンはオイラと同じなんだ。だから……」

 

 カリスからの申し出を聞いた一誠は少しだけ苦笑すると、カリスの肩にポンと手を置いた。

 

「イッセー?」

 

「ドゥン・スタリオンは先代騎士王と共に戦乱の世を駆け抜けた歴戦の猛者なんだ。聞く人が聞けば正に垂涎の的だよ。それに相棒であるカリスにまでそう言われたら、もう断れないじゃないか」

 

「それじゃあ!」

 

 一誠の発言からその意図を読み取ったカリスは歓喜の声を上げるが、一誠はその前にドゥン・スタリオンに向かって最後の意志確認を行う。

 

「ドゥン・スタリオン、予め伝えておこう。これから先、僕が歩むのは先代たるアーサー王が歩んだ苦難の道を更に上回る艱難辛苦の道であり、その最たるものは世界最強たる無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)、オーフィスだ。それでも、僕と共に歩む事を選ぶのか?」

 

 一誠の意志確認に対して、ドゥン・スタリオンは即答した。

 

〈愚問だな。一度付き従うと決めた以上、たとえその道が地獄に続いていようとも最後まで付いて行くのが王に仕える者の道であり、それは馬であっても同じ事だ。まして、アーサー様に続いて騎士の王たるお方にお仕えできる等、正に僥倖の極み。今頃は、天に召された円卓の騎士達が私を羨んでいる事だろう〉

 

 不退転の決意を露わにするドゥン・スタリオンの姿を見て、一誠はついに決断する。

 

「承知した。ドゥン・スタリオン。僕は貴方を、いやお前を乗騎としてあらゆる世界を駆け巡る。だから、死がお互いを別つまで僕の艱難辛苦の道程に付き合ってくれ」

 

 一誠からの求めに対し、ドゥン・スタリオンは臣下として承諾の返事をする。

 

〈御意!〉

 

 この時のドゥン・スタリオンの胸には、若き頃にアーサー王と共に戦場を駆け抜けた時の様な情熱の炎が灯っていた。

 

 

 

 ……こうして、先代の騎士王であるアーサー王の愛馬であったドゥン・スタリオンはアーサー王の後継者である兵藤一誠に仕える事となり、二代に渡って騎士王の乗騎を務める事となった。それに際して、一誠はドゥン・スタリオンの呼び方を愛娘アウラに倣って「ドゥン」とした。これはスタリオンと呼ぶ権利があるのは名付け親であるアーサー王以外には旧友であるカリスだけだという一誠の配慮によるものである。

 その後、一誠はイリナとアウラと共にドゥンの背に乗って早朝鍛錬を行っている者達の元へと向かい、ドゥンを紹介している。一誠からドゥンを紹介された者達はアーサー王伝説の生き証人が一誠の下に馳せ参じた事に驚き、またその後でドゥンに騎乗して披露した一誠の馬術に感嘆したという。一誠は騎士の嗜みとしてレオンハルトから馬術の基礎を徹底的に叩き込まれた後、リディアが召喚する様々な幻想種を相手にその腕を磨いており、ゼテギネアにおける戦乱では数少ない馬術の習得者としてヴァレリア島を東奔西走して各地の戦線に赴いている事から実戦も少なからず経験している。その為、現代社会において馬に接する事が少ない事から普通に騎乗するだけでも相当に練習が必要だろうと思っていたドゥンもまた、前の主であるアーサー王にけして劣らない一誠の馬術に舌を巻いていた。

 そしてその日以降、一誠はそれまでは馬車を使っていた挨拶回りの移動にドゥンを用いる様にした。そうしてその姿をあえて外に晒す事で、民衆の聖魔和合親善大使に対する認知度を高める一助としたのである。

 

 なお、一誠はドゥンと主従の契りを交わした直後、実はまだ自分の名前をドゥンに名乗っていなかった事に気づき、慌ててイリナと共に自己紹介をするという何とも言えない出来事があったのだが、完全に余談である。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

騎士が最も映える姿って、馬を始めとする乗騎に跨って武器を天高く掲げた瞬間ですよね?

では、また次の話でお会いしましょう。

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