未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.6 修正


第八話 伝説、来たる

Side:リアス・グレモリー

 

 イッセーが聖魔和合親善大使に正式に任命されてから四日が経った。

 

 イッセーやイリナさん、レイヴェル、そしてアザゼルといった魔王領に滞在しているメンバーも参加する事になっている早朝鍛錬だったが、任命式当日はイッセーが、挨拶回りの初日だったその翌日はアザゼル以外の三人がそれぞれ早朝から準備しなければならなかった為に不参加だったのだけど、それ以降は毎朝参加してきた。そこで前日の実績と当日の予定をイッセーから軽く聞かせてもらってから鍛錬に入るというのがここ最近の流れになっている。その報告から判断すれば、イッセー達は過密なスケジュールでありながらも上層部に名を連ねる方達や名家の方を中心に挨拶回りを着実にこなしていた。そうしてグレモリー家の当主であるお父様や魔王であるお兄様に聞こえてくるイッセー達の評判は、概ね良いものであるらしい。特に初日の最初と二番目に赴いた大王家と大公家については、大王家では大王様直々に勧誘され、大公家では大公様からイッセーのお陰でライザーという良き義息子を得られた事に対する感謝の言葉を直々に伝えられるなど、非常に高い評価を得ていた。その為、大王・大公両家以外の家でも表向き丁重に扱われる様になった。たとえ、イッセー達に対して彼等に思う所があったとしてもだ。その為にあえて最初に大王家を訪れたイッセーの目論見通りという訳だ。

 因みにライザーについては、当初は次期当主であるシーグヴァイラ・アガレスの婚約者だった筈が父親である大公に大変気に入られてしまい、遂には先にライザーを養子に迎えて次期当主に据えて、その後で娘と結婚させる事で爵位継承の正統性を持たせたいという申し出がフェニックス家にあったらしい。最終的には当事者であるライザー本人の説得によって思い留まらせたとの事だけど、フェニックス家の方々はもちろんライザーでさえも「何故こうなった?」と首を傾げてしまっていた。

 そして、実はシトリーの小父様もイッセーが聖魔和合親善大使に就任するまではイッセーに対して全く同じ事を考えていたらしく、「これでは大公家の二番煎じではないか!」と愚痴っていたとソーナは教えてくれた。尤も、ソーナ自身もまた「もしお父様がもっと早くこの件をご提案なされていたら、私は喜んで次期当主の座を一誠君に譲っていた事でしょう」と満更でもない事を言っていたのだけど、ソーナが本当に望んでいるのはむしろその先なのは誰が見ても明らかだった。あの生真面目な幼馴染が本当に変わったものだと心から思う。

 

 ……ただ、それで全く問題がなかったかと言えば、実はそうでもない。

 

 イッセーに下された嫁取りの勅命の件だ。この件については、イッセー達の挨拶周りの初日、はやてちゃんがアウラちゃんと護衛三人を伴ってグレモリー領内の観光に出かけた隙にお父様から知らされたのだけど、皆の反応は本当に様々だった。

 まだ悪魔になって日の浅いアーシアとゼノヴィアは共にショックを受けた後、アーシアは涙ぐみ、ゼノヴィアは苛立ちを露わにした。一方、割と冷静に受け止められていたのは、冥界での生活が長い為に悪魔の考え方を理解している朱乃と小猫だ。ギャスパーについては少し考え込んでいた事から、情報を整理していたと思う。そして一番冷静でいられなかったのは、一誠とイリナさん、アウラちゃんの三人との接点が特に多い祐斗だった。

 

「部長。今からちょっと出かけてきてもいいですか? 少々遠出になるかもしれませんけど、構いませんよね?」

 

 上層部に対する怒りを隠そうともせずにこの様な言葉を口にしている時点で、祐斗は間違いなくキレていた。祐斗ですらこんなだった以上、自他共にイッセーの一の舎弟という認識であるセタンタ君に至っては、それを知った次の瞬間には上層部の邸へ殴り込もうとするのは間違いなかった。レオンハルトについてはあくまでイッセーの意志を第一としているので、イッセーに直接話を聞くまでは堪えてくれるだろう。なので、私はまず祐斗に対してイッセーとイリナさんの決断を尊重する様にとにかく言い聞かせる事でどうにかこの場を抑えた。

 

 ただ、私自身もまたイッセーに下された嫁取りの勅命に対して納得している訳じゃない。

 お兄様、お義姉様。イッセーにイリナさん以外に悪魔の花嫁も持たせる事には、悪魔にとってもイッセーにとってもメリットが大きい事は解ります。悪魔にとっては今や三大勢力の中心になりつつあるイッセーと更に強固な繋がりを築けるし、イッセーにとっても花嫁の実家という新たな後ろ盾を得られる事で悪魔勢力における安定した地盤が得られるのですから。ですけど、ミリキャスが生まれるまでの間、お二人とも艱難辛苦を散々味わって来たというのに、どうしてこの様な事をお認めになられたのですか?

 ……兄夫婦にはそう問い質したかった。でも、この勅命はけして二人が望んだ事ではない事も解っているので、私はそれを堪えなければならない。ソーナがセラフォルー様から聞いた話では、セラフォルー様とお兄様はもちろん、普段はメイドである事を弁えてけして口出ししない筈のお義姉様までもが猛反対していたものの、聖魔和合を推し進める上でも非常に有効である事を示された事で最終的には反論できなくなってしまったとの事だった。だから、お兄様が魔王として決断なされた事に対して所詮は次期当主に過ぎない私が反論などしてはならないのだ。

 

 そして、今。

 

 イッセーは身内と共に私達とは別の場所にいる。嫁取りの勅命について説明する為だろう。ただ、この勅命を拒否する場合には交換条件としてはやてちゃんとアウラちゃんのどちらかを政略結婚の形で差し出さなければならなかった事については絶対に話さない筈。もし知ってしまえば、はやてちゃんはおろかアウラちゃんでさえもイッセーとイリナさんの為に政略結婚を受け入れてしまいそうだから。

 そんな何とも言えないやり切れなさを抱いていたからだろう。どうやら修行中にも関わらず意識が他を向いてしまっていたみたいで、私の指導を担当している方達に軽く窘められてしまった。

 

「修行の最中に考え事かな、リアス?」

 

「申し訳ありません、お父様。ただ……」

 

 ……そう。グレモリーたる証である「探知」においては最上の指導者と言えるお父様。

 

「リアス。気持ちは解らなくもありませんが、今はこちらに集中しなさい。それと貴方への課題ですが、難易度をもっと上げてあげましょう。課題の最中に余計な事を考えられるという事は、それだけ簡単で退屈だと感じているからなのでしょう?」

 

「……お母様、どうかお手柔らかにお願いします」

 

 そして、私が「紅髪(べにがみ)滅殺姫(ルイン・プリンセス)」たる所以である「滅び」の力の使い手としてはお兄様に次ぐ実力者であるお母様。この二人が、早朝鍛錬を含めた今回の強化合宿における私の指導者だった。

 考え事をしていた私を脅し付けたお母様は、「滅び」の魔力で形成された魔力弾を幾つも作り出すとそれを一斉に放ち始めた。私は「探知」の力を発動してその狙いを読み取り、時に躱し、時に同じ魔力量に調整した「滅び」の魔力弾で相殺し、時に小型の破滅の盾(ルイン・シェイド)を掌の上に展開して防御と、状況に応じて的確に対処していく。……でも、それが地獄への門をまた一つ開く切っ掛けとなった。

 

「ヴェネラナ。リアスは「探知」の戦闘方面への応用に慣れて来た様だ。そろそろ攻撃のバリエーションを増やしてもいい頃合いだろう」

 

「解りましたわ、あなた。それとこの際ですから、スピードも二割ほど上げましょう。何せ、大事な修行の最中に考え事ができるんですもの。それくらいは余裕でこなしてくれるでしょう。ねぇ、リアス?」

 

 ……正直な話、今のレベルですらかなりギリギリなので、これ以上レベルを上げられると対処し切れなくなる。お父様もお母様もそれは解っている筈で、お父様に至っては「探知」を使っているのだから、お母様よりも正確に今の私の限界を理解している筈。それなのに実の娘に限界越えを強要するあたり、お父様もお母様も事修行に関しては鬼の様に厳しくなるらしい。あるいは、あのお兄様の常軌を逸した強さもこうしたスパルタ教育の賜物なのかもしれない。

 

 私、五体満足で駒王町に帰れるのかしら?

 

Side end

 

 

 

Overview

 

「パパ、ママ。どうして、こんな事になっちゃったの……?」

 

 今や完全に鍛錬の場となった模擬戦用異相空間にある湖の畔で、アウラは一人座り込んで泣いていた。つい先程、父親である一誠から打ち明けられた事について、アウラはどうしても納得できなかったのだ。

 

 

 

「はやて、アウラ。……僕のお嫁さんが増える事になったよ」

 

 湖の近くにある雑木林の一角で、一誠が話を最後まで聞いて欲しいと念押しした上で婚姻話を切り出した時、真っ先に反応したのははやてだった。

 

「アンちゃん! お嫁さんが増えるなんて、一体何を言い出しとるんや!」

 

 はやてに続いて、セタンタも声を荒げてその真意を問い質す。

 

「そうですよ、一誠さん! 一誠さんにはイリナさんがいるじゃないですか!」

 

 しかし、一誠は何も答えない。そこではやては矛先を一誠からイリナに変えた。

 

「イリナお義姉ちゃんは、イリナお義姉ちゃんはこの事を知っとるんか!」

 

 はやてがそう問い質すと、イリナは努めて冷静に答えを返す。

 

「知っているわ。私もその場に居合わせたから」

 

 イリナの冷静な対応に、はやては戸惑いを隠し切れなかった。

 

「知っとるって、それじゃどうして! ……ちょっと待って。今、その場に居合わせたって確かに言うたな。まさか、そうする様に誰かから言われたんか?」

 

 はやてが新たな疑問を口にした所で、ロシウは全てを悟った。

 

 ……一誠は、悪魔側の総意として悪魔の花嫁を娶る様に魔王直々に命じられたのだと。そして、それを受け入れた理由についても。

 

 ロシウは一誠の在り様に対して、深い溜息を吐く。

 

「一誠よ、お主も損な男じゃな。少しぐらい色にボケた方が楽に生きられようにの」

 

(尤も、だからといって色に溺れてもらっても困るのだがな)

 

 ロシウは心の中でそう続けた。そこで、アウラは一誠にある事を問い掛けてくる。

 

「ねぇ、パパ。……新しいママは、あたしの知ってる人なの?」

 

 このアウラの問い掛けに、はやてやセタンタはおろか事情を知っている筈のイリナでさえもハッとなった。そして、一誠はアウラの頭を撫でると、悲しげな眼差しを向けながら愛娘の問い掛けに答える。

 

「やっぱり、賢いアウラには解っちゃったか。……アウラが思った通りだよ」

 

 すると、アウラは一誠の結婚に対して猛反対を始めた。

 

「そんなの、そんなのダメだよ! レイヴェル小母ちゃんやソーナ小母ちゃんが新しいママになるならまだ解るけど、パパも知らない様な人が新しいママになるかもしれないなんて、あたしはイヤ! イヤなの! パパ、お願いだから考え直して! 代わりに何かできる事があるなら、そっちにして! それがあたしにできる事だったら、あたしも協力する! だから!」

 

 必死に考えを改める様に言い募るアウラから飛び出した言葉を聞いたはやては、可愛い姪が父親の不本意な結婚を押し留めようとしている以上、義妹である自分もまた何かできる事がある筈だと判断して静かに考え始める。そして、セタンタもまた一誠が何故イリナという最愛の女性がいながら嫁を増やす様な事になったのか、そしてそれをどうして受け入れたのかを考え始めた。この三人の様子を見た一誠は、一気に危機感を募らせる。

 

(不味い。このままでは少なくともはやてとセタンタが、最悪の場合はアウラもまた交換条件に気づいてしまう)

 

 そう判断した後の一誠の行動は早かった。

 

「アウラ。これはもう決まった事なんだ。今更「やっぱり駄目です」って言って断れないんだよ。……解ってくれるね?」

 

(我ながら、なんて身勝手な言い分なんだ)

 

 アウラに受け入れる様に説得しながらも、一誠は自分の言っている事の身勝手さを誰よりも理解していた。だが、それでも押し切らなければならなかった。

 ……しかし、一誠の強引な言動に秘められた複雑な心境に気付かない様なアウラではない。

 

「パパの……」

 

 大好きな父が不本意な結婚をさせられようとしている。そして、それを父も母も甘んじて受け入れている。その事実に、アウラは耐えられなかった。

 

「パパの、バカァッ!!」

 

 アウラは大声でそう叫ぶと、悪魔の羽を広げてその場を飛び去ってしまった。……その瞳からは、大粒の涙が幾つも零れ落ちていた。

 

 

 

 そうして小さな胸の内で渦巻く激情のままに訳も解らず飛び回り、疲れた所で降り立ったのが湖の畔だった。如何に一誠の「魔」から生まれたとはいえ、アウラ自身はまだ幼い事からそう遠くへは飛んで行けなかったのだ。そして、アウラはそこでようやく頭が冷えてきたのだが、何度考え直しても納得がいかずに大好きな両親の元へ戻る事を躊躇ってしまった。そうして、どうしようもなくなったアウラが湖の畔に座り込んで泣いている時だった。

 

〈ブリテンからアヴァロンに帰っている最中、随分と懐かしい気配を感じて来てみれば、まさかこの様な世界があるとはな。一つ尋ねてもよろしいかな、リトルレディ?〉

 

 突然男性らしき者から念話で声をかけられたアウラは、声のした方向に向き直る。そこにいたのは、一頭の月毛の馬だった。ただし、一口に月毛と言ってもその毛並みにはまるで金属の様に鮮やかな光沢があり、そのクリーム色に近い色合いと相成ってまるで黄金の様にも見える。

 アウラはキョロキョロと辺りを見回すものの他に誰もいないので、自分に声をかけてきたのはその馬であると判断した。

 

「ねぇ、お馬さん。お名前は何て言うの? あたしの名前は、兵藤アウラ。アウラだよ」

 

 そこで、アウラは自分に声をかけてきた馬に名前を尋ねると共に自分の名前を教える。すると、月毛の馬は「失敗した」と言わんばかりの反応を見せた。

 

〈おっと、これはしまったな。自分から声をかけておきながら名乗りもせず、それどころか先に名乗らせてしまうとは。誠に申し訳ない、リトルレディ〉

 

 月毛の馬は謝罪の言葉を告げると共に頭を下げてきた。それを見たアウラは、その事については気にしない様に伝える。

 

「気にしなくてもいいよ。だって、あたしが教えたかっただけだもん。それよりもお馬さん、お名前を教えてほしいの」

 

〈それもそうだな。だが、私は一体何と名乗ればいいのやら……?〉

 

 アウラに名前を教える様に促されると、月毛の馬はまるで自分が何者であるかを忘れているかの様な素振りで少し考え込んでいたが、やがて意を決したかの様に名乗り始めた。

 

〈そうだな。では、私の事をドゥンと呼ぶといい。ドゥンとは、私の様な毛並みをした馬の事を指すらしいからな〉

 

 アウラは月毛の馬から教えられた「ドゥン」という名を何度も呟く事で頭の中に覚え込ませていく。そうして覚えたと確信できたところで、アウラは最初にドゥンが自分に何かを尋ねようとしていた事を思い出した。

 

「ウン、これで覚えた。それでね、ドゥン。さっき、あたしに何か尋ねたいみたいな事を言ってたから、あたしに教えられる事なら教えてあげる」

 

 アウラはそう言って質問に応じる構えを見せたが、ドゥンはそれを後回しにする事にした。自分が声をかける寸前にアウラが泣いていた事が気になって仕方がなかったからだ。

 

〈そう言えば、元々そのつもりで声をかけたのだったな。だが、それは後回しにしよう。それよりもアウラ、どうしてここで泣いていたのかを教えてもらえないだろうか。……実は、こう見えても私は千五百年という時間を生き永らえているお爺さんだ。だから、多少なりともアウラの力になってやれるかもしれないな〉

 

「いいの?」

 

 アウラがドゥンを見上げる様にして本当にいいのかを伺うと、ドゥンは快諾した。

 

〈勿論だ。こういう時は遠慮なく甘えた方がいい。それが子供の特権だ〉

 

「……ウン」

 

 ドゥンに促されたアウラは、一誠から聞かされた事について話そうとした。しかし、ここでアウラはある事に気付く。

 

「あれっ? そう言えば、パパのお話が始まってすぐに飛び出しちゃったから、詳しい事なんて何にも聞いてないの……」

 

 そう。一誠はあくまで「お嫁さんを増やさなければならなくなった」と言っただけで、イリナはそれをその場で聞いていて承知していると言い、そして「新しいお嫁さんはパパも知らない人かもしれない」という可能性に自分で気付いた後、一誠に問い掛けたら肯定したという事だけだった。

 ……幼い子供が親に反感を抱くにはこれだけでも十分過ぎるほどの理由なのだが、アウラが一誠から受け継いだ賢さはそれだけで反感を抱く事を良しとしなかった。

 

「あたし、パパに酷い事しちゃった。パパのお話をちゃんと聞こうともしなかったなんて。もし反対するなら、もっとちゃんと話を聞いてからじゃないと駄目なのに……」

 

 そう言って落ち込んでしまったアウラに、ドゥンは優しく声をかける。

 

〈アウラ。自分で自分の過ちに気付くのは、実はとても難しい事だ。まして、それを素直に受け入れる事は更に困難になる。嘗て私が背に乗せた主はとても聡明であったが、それ等の事が中々できずにいた。しかし、君はそれをいとも容易くやってのけた。それはとても素晴らしい事だと思う。だから、君が今感じている事をどうか忘れないでほしい〉

 

 ドゥンから優しく諭されたアウラは、しっかりと頷く事で返事とした。

 

「ウン!」

 

 自分に返事をしたアウラの顔から悲しみの色が薄れたのを確認したドゥンは、ここで父親の所まで自分が送る事を提案する。

 

〈さて、アウラ。まずはお父さんの話をよく聞かないといけない事が解ったのだ。ならば、君のお父さんの所まで私が送っていこう〉

 

「いいの?」

 

 アウラがドゥンの意志を確認すると、ドゥンは肯定すると共に背に乗る様にアウラを促した。

 

〈あぁ。さぁ、私の背に乗りなさい。お父さんの所まで、しっかりとエスコートしてあげよう〉

 

「ありがとう、ドゥン!」

 

 ドゥンからの申し出に対し、アウラは笑顔で感謝の言葉を伝える。……その瞳からは、零れ落ちそうな涙も悲しみの色も消え去っていた。

 

 

 

 一方、その頃。

 

「アウラ~!」

 

「アウラちゃ~ん!」

 

 アウラが飛び去ってから暫くした後、一誠達は手分けしてアウラを探していた。一誠はアウラが飛び出した時点ですぐさま後を追おうとしたが、ここでロシウが待ったをかけた。

 

「このままアウラを追っていったとしても、頭に血が上ったままではアウラもまともに話を聞いてはくれんじゃろう。ならば、ここは一旦アウラの好きにさせる事で頭を冷やしてもらい、それからじっくり話をするべきじゃな」

 

 このロシウの言を一誠はあえて受け入れた。アウラもそうだが、それ以上に自分自身もまたけして冷静とは言えない事を理解していたからだ。そうして十分ほどした後、ロシウは一誠とイリナ、はやてとレオンハルト、そしてロシウとセタンタという組み合わせで飛び去っていったアウラを探し始めた。

 ……これが親子三人水入らずで話し合わせる為の茶番であるのは、誰もが理解した上で。そして、一誠とイリナはアウラを探しながら今回の件について話し合っていた。

 

「ねぇ、イッセーくん。やっぱり、まだ早過ぎたのかな?」

 

「いや。これ以上話すのが遅くなれば、他の誰かから話が伝わって余計に拗れる恐れがあった。話すとすれば、今しかなかったんだ」

 

「そう、そうよね……」

 

 イリナは時期尚早だったのではないかと一誠に尋ねたが、返ってきた意見に納得した。そこで、イリナは一誠の浮かべている表情に少し疑問を抱いた。

 

「ねぇ、イッセーくん。何だか、少し笑っているみたいだけど?」

 

 すると、一誠はアウラから反対されたにも関わらず笑みを浮かべていた理由をイリナに話す。

 

「んっ? いやね、そう言えばアウラとケンカしたのって、これが初めてだったなって。それで、アウラも少しずつ成長しているんだなって、そう思ったら少し嬉しくなってね。……それに、僕が小さい頃に父さんや母さんに食ってかかった事が何度かあるけど、その時も父さん達はきっとこんな風に感じていたんだなって、今ならそう思えるんだよ」

 

 一誠はそう言って、幼い頃の自分の行いに対して同様の想いを抱いたであろう両親に思いを馳せていたが、やがてアウラを説得する際の方向性を変える事をイリナに伝える。

 

「さっきは交換条件の政略結婚に気付かせない様に強引に納得させようとしたけど、それはアウラを少しバカにしていたんだと思う。それについては、ちゃんと反省しないといけない。……だから、今度はもう少し踏み込んだ話をして、お互いに意見をぶつけて話し合おうと思っているよ」

 

 先程は親である事を前面に押し出していたのをアウラを一個人として尊重する様に方向転換した一誠に対し、イリナは先程の一誠を「らしくない」と感じていた事を明かした。

 

「そっか。そうだよね。アウラちゃんも少しずつ成長しているんだもんね。それにさっきのイッセーくん、ちょっとイッセーくんらしくないなぁって思っていたんだけど、やっぱり焦ってたんだ」

 

「情けない話だけど、そういう事だよ。さて、後はアウラを見つけるだけなんだけど……」

 

 一誠がイリナの感じた事を肯定した上で、本腰を入れてアウラを探そうとした時だった。

 

「パパ~! ママ~!」

 

 アウラが自分達を呼び掛ける声が聞こえてきたのだ。そこで二人はアウラの声がした方向に向き直る。そこにいたのは、ドゥンと名乗った月毛の馬に乗って手を振っているアウラの姿だった。しかし、一誠は愛娘よりも愛娘を乗せてゆっくりと近づいてくるドゥンの姿にすっかり魅入られてしまっていた。

 まるで黄金の様に見える艶やかな毛並みもそうだが、体つきも筋肉質でとても引き締まっている事から、それこそ何処までも遠く、誰よりも速く走る為に生まれてきた様な様相を呈している。一誠は召喚師(サモナー)として今まで数多くの幻想種を見てきた経験から、ドゥンが幻想種に何ら引けを取らない程の並外れた駿馬である事を即座に理解した。

 

「こんな所にどうして馬がいるの?」

 

「今の所は僕にも解らない。ただ相当に永い年月を生きてきたのか、もはや霊獣と化している。しかも相当に格が高いみたいだから、あるいは次元の狭間を通り抜けて異なる世界を移動できる力を持っているのかもしれない。でもこの馬、何処かで見た事がある様な……?」

 

 イリナの疑問に対して、やや夢見心地である一誠も曖昧な形でしか答えられないでいたが、その一方でドゥンに対して何処か心の琴線に触れるものを感じていた。やがてアウラを乗せたドゥンは一誠達のすぐそばまで近づくと、そこで静かに立ち止まった。そこでアウラはドゥンの背中から一誠の胸にダイブし、そのまま抱き着いてから一誠に謝る。

 

「パパ、ゴメンなさい。パパの話、全然聞かない内に飛び出しちゃって。だから、あたし、今度はちゃんとお話を聞く。ひょっとしたらまた反対しちゃうかもしれないけど、それでもパパのお話を聞かないで一方的に、なんて事は絶対にしない。だから」

 

 愛娘が、聞きたくないであろう事であってもしっかり聞こうとしてくれる。それをアウラの言葉の節々から感じ取った一誠は、抱き付いているアウラを少しだけ強く抱き返した。

 

「いいんだよ。僕の方も言い方が悪くて、アウラが納得いかないのも無理ないから。それなのに、今度はちゃんと話を聞くってアウラが言ってくれた事が、僕は何より嬉しいんだ。……僕のお話、聞いてくれるね?」

 

「ウン!」

 

 一誠からの意志確認に対して元気よく答えるアウラの姿を見届けたドゥンは、特に意志を伝える事無くそのまま静かに立ち去ろうとする。

 

「ありがとう、ドゥン!」

 

 それに気付いたアウラがドゥンに向かって感謝の言葉を伝えると、一誠が「ドゥン」という名に首を傾げた。

 

「ドゥン?」

 

 すると、アウラはドゥンが名前を教えた時の事を話し始める。

 

「ウン! あのお馬さんが自分から教えてくれたんだよ! 私をドゥンと呼ぶといいって!」

 

 ここで、普段なら絶対に飛び出さないであろうカリスが実体化してきた。ただ普段も少しテンションが高めであるカリスが、いつにも増して興奮している。やがて、カリスはドゥンの事を異なる名前で呼びかけた。

 

「スタリオン! ……やっぱりそうだ、スタリオンだろ! オイラだ! 守護の剣聖(セイバー・ガーディアン)のカリスだよ!」

 

 すると、カリスの姿を見たドゥンは明らかに異なる名前を呼んでいるにも関わらず、カリスに向かって親しげに声をかけ始める。ただし、馬の体の構造では人に聞こえる形で声を発する事ができないのか、念話を使用しているが。

 

〈オォッ……! カリスか! 成る程。私がこの世界を見つける切っ掛けとなった懐かしい気配は、お前のものだったのだな〉

 

 カリスからスタリオンと呼ばれたドゥンはこの鍛練用の異相世界を見つける切っ掛けとなった気配が誰のものだったのかを理解し、そして納得した。そして、カリスはドゥンと最後に会った時の事を語らい始める。

 

「それにしても久しぶりだね、スタリオン。オイラ達が最後に言葉を交わしたのって、確かアーサーが静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)を盗まれる直前かな?」

 

〈そうだな。あの頃には既にスァムライやスプマドールも亡くなり、私自身もまた老いには勝てず、最早戦場に出られる体ではなかった。主もそれは承知していて、遠乗り以外には私に乗ろうとなさらなかった。……それだけに、もしあの時に私の声を主に届ける事ができていれば、主はあるいはあの様なご最期を迎える事はなかったのではないのか。主を失って以来、ずっとそれだけを考えて生きてきたよ〉

 

「スタリオン……」

 

 過去に対する激しい後悔を口にするドゥンに、カリスは言葉を失った。すると、アウラが悲しげな表情でドゥンに問い掛ける。

 

「ねぇドゥン。ドゥンって、本当のお名前じゃなかったの?」

 

 そのアウラの悲しげな表情を見たドゥンは、けして嘘をついてはいない事をアウラに伝えると共に改めて自己紹介を始めた。

 

〈それは違うぞ、アウラ。ドゥンという名も、私は確かに持っているのだ。そう、今は亡き主に付けて頂いた名は月毛のスタリオン。即ち、ドゥン・スタリオンだ。尤も、早足のスァムライや勇敢にして精悍なるスプマドールには遠く及ばず、その二頭亡き後に行われたカムランの戦いにおいても主と共に戦場を駆ける事が叶わなかった、ただの死に損ないだがな〉

 

 明らかに自嘲の色を含んだ自己紹介を聞いて、イリナは驚きを隠せなかった。飛び出してきた名前が、余りにも一誠と縁の深いものだったからだ。

 

「ドゥン・スタリオン……? まさか、先代の騎士王(ナイト・オーナー)であるアーサー王と共に戦場を駆け抜けたという愛馬の内の一頭なの?」

 

 そして、一誠もまた何故ドゥンに見覚えがあったのかを理解した。

 

「道理で見覚えがあった筈だ。僕に継承された先代の記憶の中に、確かに彼の背に乗って大地を駆けるものがある」

 

 ……どうやら、二天龍の一頭である赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)は深い眠りの中にあってもなお何かを呼び寄せずにはいられない様だった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

因みに、アウラから「小母ちゃん」と呼んでもらっているリアスについては、まだ「新しいママ」と認めてもらえるまでには至っていない様です。

では、また次の話でお会いしましょう。

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