未知なる天を往く者   作:h995

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第二十六話 天龍帝を頂く者達

 迷路の攻略者への面接を行うに際して、まずは既に内定しているガレオ(呼び捨てにせねば働きませぬぞとの事)を呼び出して他の攻略者に対する印象を尋ねてみた。すると、攻略者の中では最年少であるジュナ・ランバージャック君が何故か酷く怯えていると告げられた。そこで僕達は次に予定していたジュナ君をとりあえず後回しにしてから、順番を繰り上げてボリノーン・カイム氏と面接する事にした。そうして部屋に入ってきたボリノーン氏だったが、用意された椅子の側に来るとその場で土下座、更にジュナ君とその家族の救助を嘆願してきた事で事態が急変した。彼が様子のおかしいジュナ君に対して密かに「傾聴」を使用した結果、ジュナ君が両親を人質にされた上に僕の暗殺を強要されている事が判明したのだ。そこで相手に気取られない様に引き続きメロエ・アムドゥスキアス女史とロッド・ハーゲンティ氏の面接を行う一方、リアス部長の力を借りて暗殺を強要した主犯格を暴き出し、瑞貴にジュナ君の両親を密かに救出する様に指示を出した。なお、メロエ女史とロッド氏からも面接開始早々に「明らかに様子のおかしい子がいるので、まずはそちらの対処を優先してほしい」との申し出があった。その為、本当の意味での面接はまだ誰も行っていない。

 ……そして、瑞貴が無事に救出したランバージャック夫婦の体に明らかに暴行を受けた痕跡があるのを見た瞬間、僕の頭の中から容赦の二文字が消し飛んだ。もしこの身が聖魔和合親善大使でなければ、また基本的に戦闘行為を禁止されていなければ、僕は使える手段を全て使って僕と同じ時代に生きている事を後悔させていただろう。だが、僕は理性を総動員して今にも溢れ出そうな怒りをどうにか抑え込み、ジュナ君以外の眷属候補者全員の意志を確認した上でレイヴェルに預けると今回の件の対処を一任した。ここで聖魔和合親善大使としての自分を台無しにする訳にはいかないからだ。その後、魔王であるセラフォルー様と天界の所属であるイリナの立ち会いの元でランバージャック夫婦から色々と事情聴取を行った上でランバージャック一家の今後について検討した結果、ランバージャック夫婦についてはネビロス家が所有する山の管理人を任せる形でネビロス家が保護する事になった。

 

「あの夫婦についてはそれでよかろう。次にあの小僧についてだが……」

 

 そうして次にジュナ君の今後についての話し合いを始めようとしたところで、ジュナ君を案内していたジェベル執事長が戻ってきた。

 

「旦那様、若様。ジェベルでございます」

 

「入れ」

 

 義父上の許可を得ると、ジェベル執事長は「失礼致します」と一声掛けてからこの部屋に入ってきた。そして報告を行う。

 

「旦那様、若様。ジュナ・ランバージャック様をご両親の元までご案内致しました。それに伴い、若様への殺意も霧散した様でございます」

 

「そうか、ご苦労であった。……それで、ジェベル。その小僧、貴様はどう見た?」

 

 ジェベル執事長からの報告を聞き終えると、義父上はジュナ君について尋ねた。それに対し、ジェベル執事長は極めて簡潔に答える。

 

「一言で申し上げれば、種でしょうか」

 

「種?」

 

「ホウ、そうきたか」

 

 ジェベル執事長の答えにセラフォルー様が首を傾げる一方、義父上は感心する素振りを見せた。好対照な二人の反応を見たジェベル執事長は、何故そう評したのかを説明し始める。

 

「ハイ。ジュナ・ランバージャック様は若様のご用意なされたあの迷路を生まれ持った素質だけで攻略なさいました。しかし、それ故に本来であれば実感を伴わない筈の若様との力量差を正確に理解してしまい、間近に迫る死への恐怖と絶望に苛まれておりました。生半可な者であれば、ここで心が折れていた事でしょう。ですが、あの方はご両親を守りたい一心で踏み止まり、遂には恐怖と絶望を乗り越えられました。確かに抑えるべき殺意や殺気を露わにするなど今は未熟な面が目立ちますが、それはまだ大地に植えられたばかりの種であるが故。あの類稀なる素質に勝るとも劣らない強き心があれば、そう遠くない内に自ら殻を破って芽を出す事でしょう。ただ、芽を出した後につきましては……」

 

 ここで執事長は何故か言い淀んだ。それを見た義父上がどう続くのかを察してその言葉を口にする。

 

「育て方次第で如何様にも化ける。そういう事か」

 

「旦那様の仰せの通りでございます。まして、あの方をお育てになるのが若様ともなれば一体どれ程のものになるのか、私には想像もつきません。ただ野に生える名もなき草として平穏のままに終わる事を選ぶのか、それとも暴風に晒されてもなお折れる事無く大輪の花を咲かせるのか、あるいは冥界の空を支え得る程の大樹へと至るのか……」

 

 ……冥界最古の名家であるネビロス家の執事長を務めている以上、人物鑑定についても人後に落ちないものがある筈だ。その彼にここまで言わせた意味を悟り、義父上はニヤリと笑みを浮かべた。

 

「あの小僧、貴様にそこまで言わせるか。此度の一件、図らずも小僧の器量を見定める良い機会となったな。それで一誠、貴様はどうする?」

 

 義父上にジュナ君の扱いについて尋ねられた僕は、迷路攻略に至るまでの一部始終と執事長によるジュナ君の人物評を踏まえた上で答えを返す。

 

「まずは一年程、時間を頂きます。全てはそれからかと」

 

「フム。如何に貴様とてまだ殻を破っていない種から()()()()()()使える様にするには、流石にそれくらいの時間が必要となるか。……だが、それをやるだけの価値があの小僧には確かにある」

 

 僕の返答に納得の表情で頷く義父上だが、エルレやセラフォルー様は首を傾げている。しかし、暫くすると二人とも僕の考えに気付いたらしく、納得の表情に変わった。

 

「つまり、あの坊やには元士郎やセタンタだけでなくサイ坊にもなれる可能性があるって事か」

 

「そっか☆ そういう事なら、確かにジュナ君はただ強いってだけじゃダメだね☆ それでイッセー君、具体的にはどうするつもりなの?」

 

 セラフォルー様からジュナ君の指導方針について尋ねられた僕は、頭の中にあった考えをそのまま伝える。

 

「あくまで本人とご両親及びリアス部長とソーナ会長と相談した上での話ではありますが、特に問題がなければジュナ君には人間界に来てもらい、僕達の下で色々と学んでもらう事になるでしょう」

 

「成る程ね。あの坊やを自分の手元に置いて色々指導しつつ、偶にご恩返しの一環としてリーアやソーナの元に出向させて経験も積ませるって訳か。そうする事で、一誠はもちろん瑞貴とギャー坊もそう遠くない内に抜ける事になるリーアやソーナの戦力の穴をある程度は埋める事もできるな」

 

「ふぇ~。イッセー君って、ホントによく考えてるね☆」

 

 僕の答えとエルレの解釈を聞いてセラフォルー様が納得した所で、今度はイリナが意見を出してきた。

 

「イッセーくん、それなら預けるのは主にソーナにしてみたら? 今まで山で木こりとして生活してきたジュナ君を一から指導するのって、ソーナが夢を叶える上でもいい経験になると思うんだけど」

 

「僕もそのつもりで考えていたよ。今イリナが言ったのとシトリー眷属にはパワータイプが不足している現状を踏まえた上でね」

 

 僕がイリナと同じ考えを持っている事を伝えると、真剣な表情を浮かべていたイリナが安堵の笑みを浮かべる。その微笑みを見た僕も思わず頬が緩んでしまった。すると、これ見よがしにエルレが大きな溜息を吐く。

 

「一誠といい、ジオ義兄さんといい、サーゼクスといい、最近じゃドライグに総監察官、ガレオ・マルコシアスもか。どうして俺の周りの男共は、奥さんといるとこうも簡単に口の中が砂糖塗れになるくらいに甘い雰囲気を作っちまうんだか。まぁ兵藤のお義父さんとお義母さんもそんな所あるから俺もやるなとは言わないけどさ、せめてもう少し状況って奴を考えてくれよな……」

 

 ……僕もイリナもそのつもりは全くなかったのだが、エルレからそう見えた以上はそうなのだろう。イリナと一緒に表情を引き締めると、それを確認した義父上が声をかけてくる。

 

「さて、そろそろあの者達の元に向かうぞ。此度の一件に関する説明をせねばならんからな」

 

「解りました、義父上」

 

 そうして、僕達はジェベル執事長の先導でランバージャック一家のいる部屋へと向かった。

 

 

 

Overview

 

 一誠達がランバージャック一家の元に向かっている頃、一誠から指揮権を預かったレイヴェルは明らかに貴族の所有物と解る豪勢な城の前に来ていた。この城の持ち主の領地にはランバージャック一家が生活の糧を得ている山やその麓の村も含まれており、その跡取り息子が禍の団(カオス・ブリゲード)に所属する旧魔王派に通じてランバージャック夫婦の拉致およびジュナによる一誠暗殺を後押しした事が判明している。そこで、レイヴェルはまず跡取り息子の身柄を押さえる事にしたのだ。

 

「それでは、始めましょう」

 

 レイヴェルが作戦の開始を宣言すると、瑞貴とメロエ・アムドゥスキアスが頷く。なお、現在レイヴェルと共にいるのはこの二人だけであり、他のメンバーは別行動を取っている。レイヴェルの宣言を聞いたメロエは一度大きく息を吸うと、冥界で一般的に歌われている子守唄を歌い始めた。音楽活動で冥界にその名を轟かせるアムドゥスキアス家の嫡流である彼女の歌声はとても美しく、また歌唱力も抜群で一度耳にすれば二度と忘れられなくなる程だった。レイヴェルは内心このまま静かに聞いていたいという誘惑に駆られながらもそれを振り切ると風の魔力を発動してメロエの歌声を城の中へと送り始めた。アムドゥスキアス家の血を引く者は声や楽器の音色を媒体とする音の魔力を扱う事ができる。例えば今回歌われている子守唄の場合、聞いた者を心穏やかに眠らせてしまうのだ。まして嫡流の生まれであるメロエの力は一族でもトップクラスである為、並みの上級悪魔では彼女の子守唄に対抗する事はできなかった。メロエが子守唄を歌い切った所で、レイヴェルはメロエの歌声を届ける為に使用した風の魔力を転用して城の中を確認する。

 

「……城の中にいる方は全員スヤスヤとお眠りになっているみたいですわね。メロエ様、お見事ですわ」

 

「いえいえ、それ程でも。私の歌がお役に立てた様で何よりです」

 

 確認を終えたレイヴェルの称賛の声に対し、メロエは少し謙遜を交えながらも素直に受け取った。

 

「レイヴェル、そろそろ行こうか」

 

 二人の護衛である瑞貴がそう提案すると、レイヴェルは軽く頷く。それを受けて瑞貴は己の神器(セイクリッド・ギア)である浄水成聖(アクア・コンセクレート)を発動させると、精製した聖水を閻水に伝わらせて聖水の剣を形成した。そして目にも留まらぬ速さで一振りすると、目の前の空間が裂けてそこから城の中と思われる光景が見えてきた。メロエは初めて見る光景に驚きを隠せなかったが、気を取り直すと既に空間の裂け目に向かって歩き始めていた二人に追い付く。そうして空間の裂け目を通って三人が城の中へと入ると、そこには貴族と思しき痩せぎすの青年が一人床に横たわっていた。レイヴェルは青年の元に歩み寄ると、膝を屈めて顔を確認する。

 

「ニスロク家の次期当主、グレマ・ニスロク様に間違いありませんわ」

 

 レイヴェルは自信を持って断言した。しかし、いくらレイヴェルの記憶力がずば抜けている上に初代が料理長として先代ベルゼブブに仕えたという事で先代魔王とは少なからず縁があるとはいえ、ソロモン七十二柱や番外の悪魔(エキストラ・デーモン)程に有名という訳でもない貴族の次期当主を一目で確認できた事に瑞貴は疑問を抱く。そして、レイヴェル本人に直接尋ねた。

 

「レイヴェル。どうして彼の事を知っているのかな?」

 

 すると、レイヴェルは少々躊躇う素振りを見せた後で意外な答えを返す。

 

「……実はこの方、私の婚約者として候補に挙がった方の一人なのです」

 

「成る程。レイヴェル様の出向先である兵藤親善大使を亡き者とした後に冥界へのご帰還を働きかけ、その上で婚約の話を復活させようといったところですか。確かに動機としては十分ですけど、それにしては納得のいかないお顔をなされていますね?」

 

 瑞貴の疑問に対するレイヴェルの答えに納得する一方でその時の表情に疑問を持ったメロエがその事について言及すると、レイヴェルは少し溜息を吐いてから自分の婚約に関する話を始めた。

 

「そもそも私の婚約についてはまだ内輪話の段階でして、婚約者に相応しい方を何人かピックアップしてより詳細な調査を始めたばかりでした。まして、その後すぐにライザーお兄様が一誠様と友誼を交わしたのを機にこの話はそれまでとなりましたので、婚約者候補だった事実をこの方が知る由など全くないのです。……ない筈なのですけど」

 

「ニスロク家の成り立ちを考えると、おそらくは料理人関係の伝手を通じてその事実を知ってしまった。そんなところかな?」

 

 話の途中で瑞貴が確認すると、レイヴェルは深く頷いてから自身の考えを話す。

 

「先程メロエ様が仰った通り、一誠様さえいなくなれば、以前は候補に上がる所まで進んだ私との婚約話が復活するかもしれない。いえ、この方の中では復活するという確信がおありだった。だからこそ、ニスロク家にとっては旧主であるベルゼブブ家が率いる旧魔王派からの呼び掛けに応じる形で今回の凶行に及んだのでしょう」

 

 レイヴェルはそう断言した事で瑞貴とメロエは納得した。しかし、その一方でレイヴェルは今回の一件には黒幕である旧魔王派の陰で「探知」の特性を持つリアスや「傾聴」の特性を持つボリノーン・カイムでも捉え切れなかった別の存在が動いている事にも気づいていた。そして、それが誰なのかも既に見当をつけている。なお、リアスやボリノーンが真の黒幕と呼ぶべき存在を捉え切れなかったのは、「探知」と「傾聴」には調べる対象をある程度絞らないと膨大な情報を処理し切れないという共通の欠点がある為だ。

 

(フェニックス家と公私共に親密な一誠様の暗殺を手配しておきながら、それでもなおフェニックス家との婚姻が成立し得る。その様な事、それこそ魔王様直々に命じられでもしなければ確信なんて持てませんわ。まして、冥界の覇権を失って久しいベルゼブブ家がかつての地位に返り咲けるなど、本気で信じている訳でもないでしょう。であれば、ベルゼブブ家とは別に魔王様と同等かそれ以上の権威をお持ちの方と繋がっている事になりますけど……)

 

 ただ当然ながら、その様な存在などレイヴェルの知る限りにおいては両手に収まる程度しかいない。その筆頭になるのは大王派の真のトップであるゼクラム・バアルであるが、彼が陰で動いていた可能性はかなり低い。何せ、一誠は妾腹であるが大王家現当主の妹エルレの婚約者であると同時にゼクラム本人の盟友であるエギトフ・ネビロスが自ら養子に迎えた男でもある為、大王家にとっては冥界最古の名家であるネビロス家との橋渡し役を務める重要人物である。その様な貴重極まる存在を積極的に排除する理由がゼクラムを始めとする大王家には存在しなかった。また、ゼクラム以外にもギズルやサーナ、それにメフィスト・フェレスといった最古参の悪魔も該当するもののいずれも一誠とは敵対関係にない為、もはや()()()以外に真の黒幕となり得る者が存在しなかった。だが、今のレイヴェルには確固たる証拠を掴む以上に優先すべき事がある。

 

(いえ。それ以前にまだ内輪での話で表に全く出ていない筈の私の婚約に関する情報を、瑞貴さんが今挙げた伝手だけで本当に手に入れる事ができたのか。まずはその確認からですわね)

 

 その為に実家であるフェニックス家を一から洗い直す事を決意したレイヴェルだったが、そこでポンと肩を叩かれた事で思考が途切れる。

 

「レイヴェル、そこまでだよ。そこから先はお父上であるフェニックス卿や冥界の上の人達の仕事だ」

 

 瑞貴はレイヴェルを窘めると、一誠の眷属である事の意味を語り始めた。

 

「一誠は聖魔和合の象徴である三大勢力共通の親善大使という役目を魔王様に代わって務めている身だ。だからこそ、穢れる事はけして許されない。でも、それはそう遠くない内に一誠の眷属となる僕達も一緒なんだよ。冥界では眷属を通して(キング)を見るからね。そんな僕達の中でも、今後あらゆる場面で一誠に同行して他の神話勢力の上層部とも顔を合わせる事になるレイヴェルは特に注意しないとね」

 

(だから、君が一誠の代わりに穢れようなんて考えたら駄目だ。君の立つべき場所はそこじゃないよ)

 

 瑞貴が言外にそう言っているのは、レイヴェルにもすぐに察する事ができた。この時点でレイヴェルは今後も暗闘を仕掛けてくるであろう反天龍帝勢力とその影に隠れている存在に対抗する為、一誠の代わりに穢れる事を覚悟していた。しかし、そのレイヴェルの覚悟を察した瑞貴によって水を差される格好となってしまった。そして、レイヴェルは溜息と共に考えを改める。

 

「一誠様は「教える事は殆どなくなった」と仰って下さいましたけど、この様な形で窘められてしまうのでは私もまだまだですわね」

 

(だからこそ、一誠様と共に日の当たる場所に立ち、誰にも後ろ指を差されない方法で一誠様を全力でお支えする。それが今の私にできる全てですわ)

 

 こうして、レイヴェルは己の内に秘めていた「覇」と決別し、王佐の正道とも言うべき手段で一誠を支える事を決意した。

 

(成る程、大王様が兵藤親善大使の事を「敵に回すべきではない」と判断なさる訳ですね。親善大使ご本人が稀代の英傑である事は間違いありませんけれど、周りを取り巻く人達もまた一廉の人物でしたか)

 

 そうしたレイヴェルと瑞貴のやり取りの一部始終を見ていたメロエは、エルレとは少なからず縁のある自分を一誠の元に遣わしたのはこういう事だったのかと思い知らされた。なお、彼女には「一誠およびその周辺の状況を大王家に報告する」という命令が大王家の現当主から下されていた為、今のレイヴェルと瑞貴のやり取りも当然ながら報告する事になる。一誠を極力大王家寄りにしておきたい大王家にとって二人はけして喜ばしい存在ではない筈だが、その割にはメロエはあまり危機感を抱いていなかった。

 

(まぁ、その様な事は先程の面接でお会いしたエルレ様のお顔を見れば誰にでも解る事ですけどね。なので、まずはそれで大王様達に驚いて頂きましょうか)

 

 ……かつて音楽の家庭教師として側にいた時には一度も見た事のなかった、女性らしさに溢れた優しく穏やかなエルレの表情。そして、その表情を引き出したのがほぼ間違いなく一誠とその周りの者達との触れ合いであるという事実こそが、彼女にとっての全てなのだから。

 

 

 

 一方、他の天龍帝眷属の候補者達はレイヴェル達とは別の場所にいた。

 

「着きましたぜ。ここが連中のアジトでさぁ」

 

 今回の一誠暗殺計画の為にニスロク家の次期当主に接触していた旧魔王派の拠点まで案内したのは、「傾聴」の魔力で情報のほぼ全てを聞き出したボリノーンである。その彼に到着を伝えられると、この中では最年長であるガレオ・マルコシアスが応じた。

 

「成る程。これ程の難所に造られていれば、探り当てるまでに相当な時間を費やしていたであろうな。流石はカイムの末裔、かつては冥界の耳と謳われし力は未だ健在と言ったところか」

 

 拠点周辺の地形を確認したガレオの言う通り、この拠点は冥界でもかなりの辺境で地形のかなり入り組んだ場所に造られており、通常の手段ではその存在を察知するだけで相当の手間と時間が掛かる筈だった。それらを一気に省略してみせたのだから、ガレオが感心するのも無理はない。しかし、その称賛をボリノーンは素直に受け取れなかった。

 

「ガレオの旦那、そいつはよして下せぇや。そりゃ俺も少なからず力になったとは思いますがね、それ以上にグレモリー家のお嬢さんの方が貢献してるじゃありませんか。それに俺の先祖は偉かったのかもしれねぇが、それで俺の格が鰻登りになるってのはまた話が違うでしょう。それどころか、俺の場合は図に乗ってちょいと羽目を外すだけで即()()ですぜ?」

 

 ボリノーンがそう言いながら右手の手刀で自分の首をトントンと叩く仕草をしてみせると、ガレオは頭を下げて謝罪する。

 

「確かに貴殿の言う通りだな。申し訳ない、私が些か無粋であった」

 

 まさか大戦末期に聖書の神に一撃加えたという冥界屈指の英雄から頭を下げられるとは思わなかったボリノーンは、少々面食らいつつも表面上は冷静に対応した。

 

「いえ、俺の方もちょいとばかり口が過ぎました。ですんで、ここは一つお互い様という事で水に流しませんかね?」

 

「貴殿がそれでよいのであれば、承知しよう。……さて、一番槍は誰が付ける? 誰も名乗りを上げぬのであれば、私がやるつもりだが」

 

 ボリノーンとのやり取りを切り上げたガレオが一番槍について触れると、セタンタが真っ先に名乗りを上げる。

 

「だったら、俺にやらせて下さいよ。一誠さんの一の舎弟であるこの俺が、ここで先陣を切らねぇ訳にはいかないですからね」

 

 この場においてはギャスパーと並んで最年少でありながら最古参であるセタンタが一番槍を志願したのを受けて、ガレオはセタンタに先陣を任せる判断を下す。

 

「フム。では、ここはセタンタに先陣を任せる事にしよう。取りこぼした分は私達で叩く故、心置きなく暴れてくるといい」

 

 ガレオの声掛けにセタンタが頷いてみせる一方、案内役を務めたボリノーンは特に口を出す様な事をしなかった。しかし、内心では旧魔王派に対して激しく憤っていた。「傾聴」という特性を持つが故に闇の世界でも特に深い所までどっぷりと浸かっていたボリノーンにとって、裏稼業の者が私利私欲で無関係なカタギに手を出すのは絶対的な禁忌(タブー)である。よって、その禁忌を平然と破ってきた旧魔王派には裏稼業の筋を通す必要があった。

 

(やる気満々なセタンタにはちぃとばかり申し訳ねぇが、連中へのケジメは裏で俺がキッチリ付けねぇとな。でねぇと、筋が通らねぇぜ)

 

 こうしたやり取りを終えた所で、拠点から出撃した悪魔を中心とする軍勢が次第に近づいてくる。それを確認したガレオは溜息を深く吐いた。

 

「こちらは特に隠密行動を取っていた訳でもないにも関わらず、この反応の遅さ。……確かに、私は己の都合でクルゼレイ様と袂を分かった。しかし、先代アスモデウス様より賜ったご高恩に少しでも報いたいと願う気持ちは今も変わってはおらず、また私があえて去ってみせる事で現状に目を向けて少しでもお考えを改めて頂けたらとも思った」

 

 一誠の元に馳せ参じたもう一つの理由を自ら口にしたガレオであったが、その理由だけに落胆もまた大きかった。

 

「だが、その答えとしてこれ程までに不甲斐ないものを見る事になるとは流石に思わなかったぞ……!」

 

 旧主に付き従う者達の不甲斐なさに対する怒りと落胆を隠し切れず、それを抑え込もうと今にも爪が皮膚を破ってしまいそうな程に拳を強く握り締めるガレオに対して、セタンタは気遣う様な言葉をかける。

 

「ガレオさん、それ以上は気にしない方がいいですよ。人間にしろ悪魔にしろ、解らねぇ奴は何をどうしようと本当に解っちゃくれませんからね。まして、解ろうともしねぇ奴なら尚更ですよ。……それじゃ、ガレオさんの鬱憤晴らしも兼ねていっちょ派手に暴れてくるか」

 

 そうしてゲイボルグを脇に抱えると、そのまま旧魔王派の軍勢に突撃しようとした時だった。

 

「下種共が。一体何処まで腐ってやがる」

 

 ……今までの陽気なものとは明らかに異なるドスの効いた声が、ボクノーンの口から飛び出してきたのは。

 

「皆さん、どうか落ち着いて聞いて下せぇよ。……今出てきている悪魔なんですがね、三分の一が十もいかねぇガキ共が無理矢理体をデカくされて戦わされているだけなんでさぁ」

 

 怒髪天を衝き、眦が裂ける程に目を見開くボクノーンの発言に対して納得の表情を浮かべたのは、この中では最も「見る」事に長けたギャスパーだった。

 

「さっきから何故あんな自分の体を傷つける様な肉体強化の術式を張り付けているんだろうって思っていたんですけど、そういう事だったんですね。……唯でさえあの人の逆鱗に触れているっていうのに、まさかそこから更に上乗せしてくるなんてね。「僕」が向こうにいたら、形振り構わず逃げ出している所だよ。「僕」もギャスパーも死にたくないし、死んだ方がマシな思いだってしたくないからね」

 

 途中から入れ替わったバロールは旧魔王派に対して完全に呆れた素振りを見せる一方で、ガレオは明らかに見分けがついているギャスパーに確認を取る。

 

「ギャスパー。術式が見えている貴公ならば、子供達と賊共を区別できるな?」

 

 「かつては主を同じくした同士」から「討ち果たすべき卑劣なる賊」へと見方を完全に切り替えたガレオに対して、傍から聞けば冷淡とすら感じられる声で答えを返すギャスパーの額には既に瞳の刻印が輝いていた。

 

「えぇ。それについては全く問題ありません。それに向こうは全員僕の神器(セイクリッド・ギア)の有効射程範囲に入っています。それならいっそ、僕とバロールの二人でやってきましょうか?」

 

『シトリー眷属とのレーティングゲームでは「僕」が出るのを禁止されていたからね。だから、セタンタには悪いけど、ここは「僕」達に譲ってもらうよ』

 

 既に自分達だけでやる気満々なギャスパーとバロールであるが、だからと言って黙って役目を譲る様なセタンタではない。

 

「ギャスパー、ご先祖のひい爺さん。そんな野暮な事を言うなよ。俺も一誠さんや神父、瑞貴さんと何度か仕事やった縁でこういう事には慣れてるから、誰が無理矢理戦わされているのか大体解るし、助け方だって心得ている。だから、俺にもやらせろよ」

 

 そう言いながら一歩も退かない姿勢を見せるセタンタであったが、ここで思いもしなかった者から待ったが掛かる。

 

「この様な身形で言っても到底信じてもらえぬとは思うのだが、一つだけ言っておきたいのである」

 

 この中で最も小柄で風貌もけして良いとは言えない男、ロッド・ハーゲンティが旧魔王派の軍勢に向かって歩み出すと自らの想いを語り出した。

 

「我輩にとって、子供の笑顔を見る事が何よりの喜びなのである。子供の笑顔は未来の至宝。我輩が技術者を志すのも、全ては我輩の作ったもので子供達に喜んでもらい、その輝く瞳で希望に満ちた未来を見てもらう為」

 

 歩みを止める事無くただ淡々と思いを語るロッドであったが、天龍帝眷属候補は誰一人彼の言葉を遮ろうとはしなかった。

 

「だが、あ奴等は我輩の、我々悪魔の、そして冥界を含めたあらゆる世界の至宝を土足で踏み躙った」

 

 ……この場において、誰よりも怒り狂っていたのがこの男である事を全員が理解したのだから。

 

「故に、あ奴等には我輩が太陽をくれてやるのである。冥界の(そら)にある紛い物ではない、本物の太陽を」

 

 

 

 それから数時間後、内通者であるグレマ・ニスロクを確保したまま合流したレイヴェル達は、表面が完全にガラス化した巨大なクレーターと武器を掲げて走り出そうとする姿勢のまま固まっている旧魔王派の軍勢、そして百人以上の子供達を相手にあの手この手で喜ばせようと悪戦苦闘する別働隊のメンバーを見て、一体何が起こったのかと暫く頭を悩ませたという。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

……一年以上に渡る大スランプでした。

では、また次の話でお会いしましょう。

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