未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.13 修正


第二十五話 類は友を呼ぶ

 眷属選考会の結果、ロシウ達と協力して用意した迷路を攻略したのはガレオ・マルコシアス殿を含めて五名だった。そこで昨日の段階で既に僕の眷属入りが確定しているマルコシアス殿を除く迷路の攻略者を一人ずつ、義父上とセラフォルー様の立ち会いの元、僕が中心となって面接する事にした。その間、アザゼルさん達には面接の様子を別室からモニターで確認して頂く手筈となっている。そうして事前に送られてきた書類と迷路を攻略した時の映像を僕と一緒に面接するイリナとレイヴェル、エルレの三人も交えて改めて確認する為、最初に大王家の推薦枠であるメロエ・アムドゥスキアスの書類のコピーを三人に渡す。しかし、銀髪を後ろに軽くひっつめてバレッタで止めた、人間で言えば二十代後半と思われる容姿で優しく微笑む女性の写真を見た所でエルレがいきなり声を上げる。

 

「一誠、ちょっと待て! 何でメロエ先生が一誠の眷属選考会に参加してるんだよ!」

 

「この方は昨日になって大王家から推薦された方で、貴族の推薦を受けて合格した唯一の人物だよ。……エルレ、知り合いなのか?」

 

 メロエ・アムドゥスキアスが大王家からの推薦である事を伝えた上で知り合いなのかを尋ねると、エルレは彼女の事について話し始めた。

 

「……あぁ。ネビロス総監察官とレヴィアタン様もいるし、ちゃんと説明するよ。今俺がメロエ先生と呼んだこの人だけど歴としたアムドゥスキアスの本家の生まれでさ、歳は確か俺より二百歳くらい上だったかな? それで幼い頃の俺に家庭教師として音楽について色々と教えてくれたんだ。まぁ一誠達が今想像した通り、最初は俺も音楽なんて性に合わなくて何度も授業から逃げ出したよ。でも、何度俺に逃げ出されてもけして諦めようとしないメロエ先生に根負けしてさ。それで音楽を教わる様になったんだけど、その時の授業が凄く面白くてね。気が付いたら、貴族として恥ずかしくない程度には歌もピアノの演奏もできる様になっていたんだ。それから時が過ぎて一人前の大人になってから偶に小さい子供達にお菓子を持っていく時に歌を歌ってあげる様になって、それで「メロエ先生がいなかったら、こんな些細な事すら俺はできなかったんだな」って思ったら、メロエ先生にはもう足を向けて眠れなくなっちゃったよ」

 

 エルレは懐かしげにメロエ・アムドゥスキアスとの思い出を語るが、その顔には優しい微笑みを浮かべていた。……甥であるサイラオーグの話では、ここ最近のエルレからは男よりも男らしいと言われる程の勇ましい姿よりも女性らしく母性に溢れた優しい姿の方をよく見られる様になったという。

 

「叔父上と義叔母上、そしてアウラのお陰です。叔母上に今まで欠けていたものの全てを、貴方達が与えてくれた」

 

 サイラオーグがそう言って僕とイリナ、アウラの三人に深く頭を下げて感謝の気持ちを伝えてきた時、僕はエルレにやるべき事をちゃんとやれているのだと安堵した。……色々と複雑な経緯こそあるが、彼女もまたイリナとはまた違った意味で大切な女性なのだから。

 

「成る程、それでメロエ先生という訳か。……いい先生だったんだね」

 

「あぁ、俺の自慢の先生だよ。特に音楽に懸ける情熱は冥界一なんじゃないかって思えるくらいだった。その割には親父が俺に何人か就けた家庭教師の中で一番強かったんだけど、その辺はまぁいいか」

 

 何気に聞き逃せない事を言い出したエルレに対して、イリナがすぐに待ったをかけた。

 

「ちょっと待って、エルレ。その家庭教師の中には護身術とか魔力を使った戦い方とかを教える人もいたのよね?」

 

「あぁ、確かにいたな。それでも一番強かったのがメロエ先生なんだよ。まぁ一誠達と比べたら、アイツ等って明らかに教え方が下手だし腕っ節も言う程強くはなかったけどね」

 

 イリナの質問に対するエルレの答えを聞いて、僕は大王家の先代当主の思惑を察した。そしてレイヴェルに確認を取る。

 

「レイヴェル。この話、どう思う?」

 

「先代の大王様はエルレ様が戦いに関心を持たないよう、あえて格の落ちる方を家庭教師にお就けになったと思われますわ」

 

「……やはりか」

 

 レイヴェルの考えが僕と一致している事を確認すると、横から僕達のやり取りを聞いていたエルレはダークブラウンの美しい髪を掻き毟りながら溜息を吐く。

 

「薄々そうじゃないかって思ってはいたけど、一誠とレイヴェルの考えが一致したんならまず間違いないね。全く、親父の奴は何考えているんだか……」

 

 大王家の先代当主の思惑が何処にあったのか、為人をよくは知らない僕では流石に読み切れなった。婚姻戦略の駒として使える様にする為なのか、それとも一人の父親として娘を荒事から遠ざける為なのか。娘を持つ父親としては後者であってほしいと思うが……。

 そうしている内に少し重い空気になりかけたが、エルレが強引に話を元に戻す事でどうにか雰囲気を変える事ができた。

 

「まぁこの話はそれくらいにして続きだ、続き。それで俺が成熟した事でお役御免となって、今は大王領の片田舎で小学校の音楽教師をしながら作曲活動ものんびりやってるってこの間届いた手紙には書いてあったんだけどねぇ……」

 

 それでも、やはり恩師が荒事の真っ只中に飛び込もうとするのを受け入れられないらしく、エルレの表情は未だ暗いままだ。そこでセラフォルー様が実際にメロエ・アムドゥスキアスの実力について確認する。

 

「ねぇ、エルレちゃん。そのメロエ先生って人の強さって、イッセー君達で言えば誰が一番近いの?」

 

「……そうですね。レヴィアタン様に解り易い様にソーナの眷属に当てはめると、絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)を使って色々な事をやれる憐耶が強さも戦い方も一番近いと思いますよ。メロエ先生は音の魔力を使って相手を直接攻撃するのはもちろん、歌や楽曲を通して自分や味方を強化したり敵を弱体化したりもできますから。ただ強さについてはあくまで俺がアリスかはやてぐらいの時の話なので、あまり宛てにはしないで下さい」

 

 数秒程考え込んでからエルレはそう答えたが、確かにそれだけの時間があれば強くなる事も弱くなる事も十分あり得る。そして、この迷路を攻略できたという事は……。

 

「エルレの先生は確実に強くなっているよ。いや、正確には巧くなっているかな?」

 

 僕の意見をエルレに伝えると、エルレは同意してきた。

 

「確かに、メロエ先生が音の魔力を物探しで使ってるところなんて俺は一度も見た事がなかったな。そうなると一誠の言う通り、「強くなった」ってよりも「巧くなった」ってのが正しいかもね」

 

 ……その気になればいつでも貴族としてお家再興ができるだけの力量がありながら、自分のやりたい事、やるべき事を優先する。そういう意味ではジェベル執事長に似ている人だと思った。そして、僕はメロエ・アムドゥスキアスに関する結論を出す。

 

「エルレの先生は大王家の隠し玉の一つってところかな? そんな彼女をこういう形で出してきたという事は……」

 

「それだけ一誠様との関係を重要視しているという事ですわね。大王家にしてみれば一誠様とエルレ様の婚約を通じてネビロス家とも誼を通じる事ができたのですから、それをより強固にしようと考えても何らおかしくはありませんわ」

 

 レイヴェルも同じ結論に至った上に義父上も無言で頷いたので、まず間違いないだろう。……向こうが正攻法で来ている上にこちらには全くと言っていい程に損がない以上、下手に突っぱねる訳にもいかない。それにエルレの話から為人も信用できる為、彼女を僕の眷属に迎え入れるのはほぼ決定だろう。エルレも同じ結論に至っていて、次の迷路攻略者の書類を手にする。

 

「後は面接を通して最終確認をしてしまえば、メロエ先生の天龍帝眷属入りはほぼ決まりだな。それで次はロッド・ハーゲンティか。どれどれ……」

 

 そして書類に書かれている年齢と添付されていた写真を見て、驚きの声を上げる。

 

「えぇっ! この髭面でちっこいオッサンが俺より年下ぁっ!」

 

 確かに以前の小猫ちゃんよりも背が低い上に痩せぎすな体格、更には猫背で髭面と強烈な印象の外見を見た後で悪魔としては若過ぎるとすら言える実年齢を知ると、そのギャップに普通は驚くだろう。ただ、そのギャップには理由がある。

 

「……って、なんだ。ドワーフとのハーフなのか。それならこの髭面と背の低さも納得だな」

 

「その割には、体からも動きからもあまり力強さを感じないけど……」

 

 書類に書かれてある血筋を確認して納得したエルレとは対照的に、物質変換の特性である「錬金」の応用で迷路の壁を分解しながら出口に向かう所を見ていたイリナはロッド・ハーゲンティの肉体や動きに力強さを感じない事に首を傾げている。そこで僕は書類に書かれてある内容と実際に迷路を攻略する様子を確認した事で立てた仮説をイリナに伝えた。

 

「彼の場合、悪魔とドワーフのハーフというよりはドワーフに悪魔の血が入った事で闇の妖精であるドヴェルグに先祖返りしたと見るべきだろうね。実際、提出された書類にも「普通の悪魔よりも太陽の光に弱い」とはっきり書いてあるよ」

 

「ドヴェルグ……。北欧神話によると、太陽の光に当たると体が石になってしまうそうですわ。流石にそこまで酷いものではないと思いますけど……」

 

 一方、レイヴェルは少々不満げな表情を浮かべている。その理由は僕の活動範囲があくまで人間界を中心としているからだ。その点を踏まえて、エルレが意見を出してきた。

 

「そんな弱点があるんなら、普段は人間界で生活している一誠の側には置いておけないな。まぁハーゲンティの特性である「錬金」は研究開発に向いているし当の本人も技術者志望だから、コイツには冥界で頑張ってもらえばいいさ。ただ問題は、コイツについては別に一誠の眷属でなくてもいいって事なんだけど……」

 

 ……エルレの言う通りだった。むしろ僕でなく冥界で僕の留守を預かる事になるエルレの眷属になってもらった方が、僕にとっても本人にとっても都合が良いだろう。ただ、この様な事を流石に本人の意志を確認せずに決める訳にはいかなかった。

 

「その辺は本人に直接確認するよ。その為の面接だからね」

 

「それもそうだな」

 

 僕の意見にエルレも同意した所で、話は三人目の攻略者に移る。

 

「それで次はボリノーン・カイムさんね」

 

 炎が燃え立つ様に逆立つ赤髪とカラフルな柄のバンダナ、そして背中に生えた一対の濡羽色の翼が特徴的な二十代前半の若者といった容姿であるボリノーン・カイムの書類を手に取ったところで、イリナが僕に質問をしてきた。

 

「ねぇ、イッセーくん。ちょっと気になったんだけど、あれだけアザゼルさんが警戒して、ネビロス総監察官も生き残りがいた事に驚いていたカイム家の人がどうやって今まで生き延びてこられたのかしら?」

 

 ……正直に言おう。最初に彼の書類を確認した時、僕は彼についてその外見と血統からカイムの姓を名乗ってはいても「傾聴」の特性は既に失われているとばかり思っていた。そうでなければ到底生き残れるとは思えないからだ。それだけに迷路そのものから正式の攻略法を聞き出すという想定外にも程がある方法で迷路を攻略してみせた時、僕は驚きを隠せなかった。しかも「傾聴」の詳細を知った事でハーデス様は「彼が馳せ参じていた相手が僕でなければ、刺客を送り込んでいた」と断言する程に警戒している。だから、イリナがこうした疑問を抱くのも当然だった。しかし、イリナの疑問に対するしっかりとした答えを今の僕は持ち合わせていなかった。

 

「この書類に書かれてある情報から一応考えられる事はあるけど、情報が少な過ぎてあくまで仮説止まりだよ。一応、八卦を使えばすぐにでも確認が取れるけど、リアス部長の件があるからこの状況では使いたくないんだ」

 

 コカビエルとの最終決戦の時、リアス部長はゼノヴィアに対して「探知」を使用した際に連鎖の爆発が起こってしまい、ゼノヴィアを通してイリナの過去、更には僕の過去をも見てしまった事がある。グレモリーの「探知」の凄まじさを物語る出来事だったが、それだけに知ってはならない事を知ってしまう事で味方を失って破滅しかねない為、僕はリアス部長に「探知」をけして多用しない様に諫言した。その僕が、この状況で八卦を使う訳にはいかない。

 

「確かにここで八卦を使っちゃうと、あの時リアスさんに言った言葉に説得力がなくなっちゃうわね。因みにイッセーくんが考えた仮説って何?」

 

 僕がリアス部長に諫言した時にその場に居合わせた事もあって、イリナは「この状況で八卦はけして使わない」事について納得してくれた。そこから更に僕が立てた仮説についても尋ねてきたので、僕は特に隠す事もなく素直に答える。

 

「外見からも解るし書類にも書いてあるけど、ボリノーン・カイム殿は堕天使の父親と悪魔の母親を持つハーフだ。でも、母親は「傾聴」はおろか特別な魔力なんて持たない一般の下級悪魔だと書かれてある。そこで考えられるのが、母方に由来する先祖返りなんだけど……」

 

「その割には、あまり悪魔としての特徴が見られませんわね。むしろこれだけ堕天使としての特徴が出ていると、純血の堕天使だと言われた方がよほど納得できますわ」

 

 レイヴェルが今指摘した通りだ。先祖返りであれば悪魔としての特徴が色濃く出てくる筈なのだが、ボリノーン・カイムの場合はどう見ても父親の血を色濃く受け継いでいる。だから、あくまで仮説止まりであり、それをイリナに伝える。

 

「だから、あくまで仮説止まりなんだ。これ以上となると、後はもう本人から直接教えてもらう以外に手がないよ。あくまで本人の意志を尊重する形になるけど」

 

「これから味方になる人に話を強制させる訳にはいかない。そうよね、イッセーくん?」

 

 イリナも相手のプライバシーを尊重しないといけない事はちゃんと解っている。だからこそ、あえて僕に確認を取ってきた。

 

「その通りだよ、イリナ。ロッド・ハーゲンティ殿の時にも言ったけど、その為の面接だしね」

 

 そして、ボリノーン・カイムの話を切り上げて、最後となるジュナ・ランバージャックについての確認を始めた……。

 

 

 

 なお、僕達が面接について話し合っている時、セラフォルー様と義父上との間にこの様なやり取りがあったらしい。

 

「ねぇ、ネビロスのお爺様。どうして自分から意見を出そうとしないの?」

 

「ここで年寄りが出しゃばっても、余りいい事はありませんからな。それに今ここで話し合われているのは、あくまで倅の眷属に関する事。ならば、倅を中心として話を進めるべきでしょう」

 

「……ネビロスのお爺様って、実はイッセー君だけじゃなくて兵藤の小父さまにも似てるかも」

 

 

 

Overview

 

 ネビロス家の次期当主となった一誠の眷属選考会が終わってから二時間後、見事迷路を攻略した者達はネビロス家の執事長であるジェベル・イポスによってネビロス邸の一室へと案内された。

 

「これからレヴィアタン様と旦那様がお立ち会いの元、若様を始めとする方達が皆様と面接を行います。先程の試験と面接の結果を踏まえまして、眷属としての採用を判断するとの事です。これからお一人ずつ私が若様のお待ちになられているお部屋にご案内致しますので、他の方はこの部屋でお待ち下さい」

 

 面接に関する説明が終わると、ジェベルはまず一誠と同年代の頃の姿に変化していたガレオ・マルコシアスの名を呼び、そのまま面接の場へと案内する。その後、ボリノーン・カイム、メロエ・アムドゥスキアス、ロッド・ハーゲンティの順に迎えに来たジェベルと共に部屋を出ていき、部屋に残ったのがジュナ・ランバージャックのみとなった頃にはジェベルの説明から既に二時間もの時間が経っていた。しかし、ジュナは長時間待たされているにも関わらず、ただソファーに腰掛けて静かに己の番が来るのを待っていた。

 

(チクショウ。何でこんな事になっちまったんだよ……ッ!)

 

 ……いや、「静かに待っていた」と言うには語弊がある。ジュナは周りが見えなくなる程に一人思い悩んでいた。やがて部屋にいるのが自分一人である事に気付いたジュナは、ガタガタと体を震わせながら頭を抱え込むとひたすら髪を掻き毟る。黒眼黒髪で眉が太く、更に筋骨隆々で一誠より一回り大きな体格である事からともすれば日本人格闘家にも見えるジュナであるが、その中身はあくまで瑞貴の義兄弟である薫やカノンと同じ十五歳の少年でしかない。

 

(あんなデカくて隕石を実際に焼き尽くしちまったタンニーン様を、俺より小さいのに真っ向勝負で叩きのめす様なスゲェ人を殺せ。そんな事、田舎住まいの木こりの倅にできる訳ねぇだろ!)

 

 ジュナの家は名うての木こりで村の稼ぎ頭である父と花作りの名人である母のお陰でどうにかテレビを買える程度には収入が安定しており、冥界中に放映された一誠とタンニーンのエキシビジョンマッチも見る事ができた。自分とそう変わらない年齢で自分より小さな少年が、誰がどう見ても強そうなドラゴンを相手に真っ向から立ち向かい、そして勝ってしまった。また対戦前に二天龍の片割れであるドライグを実体化させたり、対戦後に元とはいえ龍王と対等の友人関係を結んで召喚契約を交わしたりと誰もが予想すらできなかった出来事を立て続けに起こした。そして、そうした驚くべき出来事を目の当たりにした衝撃と興奮をジュナは今もはっきりと覚えている。

 

(オレも、あんな強くてカッコいい男になりたい)

 

 この瞬間、ジュナは一誠に対して純粋な憧れを抱いた。この感情はおそらくは冥界に住まう多くの少年達が抱いたものと同じものであろう。しかし、その様な憧れの存在も今となっては恐怖の対象でしかなかった。

 

(一瞬だ、きっと一瞬でオレはあの人に殺されちまうんだ。……怖ぇ。怖ぇよ。山で腹空かせたデカイ魔獣に出くわした時よりもずっと怖ぇ)

 

 その為、ジュナは死への恐怖と絶望に心が折れかけていた。しかし、ある強い思いが恐怖と絶望に震えるジュナをギリギリでこの場に押し留めていた。

 

(だけど、オレがやらなきゃ親父とお袋は……ッ!)

 

 冥界にとって色々な意味で衝撃的なエキシビジョンマッチの一部始終をその目に焼き付けた翌日。いつもの様に山に向かい、必要な分の木を切り倒してから木材の集積場に運び終えたジュナが鼻歌交じりに上機嫌で家に帰ると、いつもなら笑顔で迎えてくれる筈の母親がいなかった。その代わりに食事の時に使うテーブルの上にあったのは、一枚の手紙。

 

 ―― 旧き貴族の末裔たる誇りを忘れた不出来な親に成り代わり、偽りの魔王に媚び諂う下賤な赤龍帝に死の制裁を加えよ。なお、仕損じた場合は子の責を親に問う事とする。

 

 ジュナは手紙に書かれてある「旧き貴族の末裔」の意味がよく解らなかった。父も母もその様な立派な身分でない事は、一人息子である自分が一番よく知っているからだ。強いて言えば、母譲りの「草木に流すと成長を促す」魔力と山に住む魔獣に襲われた時の為にと棍棒と見紛うばかりの大きさを持つ松明を使った戦い方を父から教わったくらい。たったそれだけの事でどうしてこんな事になっているのか、ジュナはいくら考えてもまるで見当がつかなかった。

 ……結局、夜が明けるまで一睡もせずに待っていたが父親はとうとう帰って来なかった。これで両親が何者かによって攫われた事が決定的となり、ジュナは顔を洗って徹夜した事でボンヤリとしている頭を少しでもスッキリさせようと思い、外にある井戸に向かおうとした。そうしてドアを開けると、家の入口のすぐ側に一枚の手紙が置いてあった。ジュナはすぐに手紙を拾い上げると、書かれてある内容を確認する。

 

(それで手紙に書かれてあった通り、今日の朝に間に合う様にネビロス様のお邸に来てみれば、突然何処かに連れていかれて「この迷路を通って出口まで辿り着いて下さい」だからなぁ。まぁ「壁を壊すな」ってルールがなかったお陰で、こうして木こりの倅で学のないオレでも何とかクリアできたけどな。それにしても迷路をクリアした奴がオレを含めて五人だけってかなり少ねぇな。きっと皆、律儀に出口を目指して時間切れになったんだろうな。……何か、悪い事しちまったぜ)

 

 そこまで考えると、ジュナは次第に自分だけがズルをした様な気がして他の者に対する申し訳なさが湧いてきた。しかし、ジュナは知らない。そもそも「迷路の壁を壊さない」というルールをあえて外してある事。そして、ロシウが迷路に仕込んだ思考誘導の魔法を振り払い、更に一誠達謹製の迷路の壁を破壊するのは上級悪魔でもかなりの実力者でなければ不可能である事を。

 

「お待たせしました。ジュナ・ランバージャック様、今からお部屋までご案内致します」

 

(どうせオレにやれる事なんて、最初から一つしかないんだ。だったら、これ以上怖がっていてもしょうがねぇ。オレも男だ。死ぬまでとことん前のめりでいってやる。……そうだよな、親父)

 

 だからこそ、面接の場へ案内する為にジェベルが部屋に入ってきた頃には、強力な思考誘導の魔法を振り払う程の精神力で体が震える程の恐怖を抑え込み、一誠の暗殺を決意できてしまった。

 

(若様という圧倒的強者に対する恐怖と絶望を乗り越えてきたか。伊達にあの迷路を攻略してはいないという事だな)

 

 ……尤も、如何に実力があるとはいえ実戦経験が皆無と言っていい少年の殺意など、冥界における最高の執事であるジェベルは容易に察してしまうのだが。しかし、ジェベルはジュナに対して特に何かをする訳でもなく、そのまま案内を続ける。暫く歩くとあるドアの前でジェベルが止まり、ドアを四回ノックする。

 

「ジェベルです。ジュナ・ランバージャック様をお連れ致しました」

 

 ジェベルが部屋の中にいる相手に声をかけると、ジュナには聞こえなかったものの入室の許可が出たらしく、ジェベルは脇に避けるとジュナに入室を促す。

 

「どうぞ、お入り下さい」

 

 だが、ジュナは戸惑いを覚えていた。こうまでトントン拍子で一誠の前に立てる事に不安を覚えたのだ。だが、もう後には退けない。握り込んだ拳の中にある冥界に自生する特殊な杉の種を密かに確認すると、ジュナはそのまま部屋の中に駆け込む事はせずに「失礼します」と声をかけてからゆっくりと部屋に入ろうとする。まだ自分の前に執事がいる為にこのままだと邪魔されると思ったからだ。しかし、色々な意味で緊張していたジュナは最初の一歩で右手と右足が一緒に出てしまった。余りに恥ずかしい姿をジェベルの前で晒してしまった事で、ジュナは完全に固まってしまった。そこでジェベルはジュナの不安を取り除く為に声をかける。

 

「ランバージャック様。ご不安になるのは解りますが、どうか心をお鎮めになって中でお待ちになられている方達とお会い下さいませ」

 

 ジェベルのこの言葉で、ジュナは緊張で強張っていた体がフッと軽くなった様な気がした。そして、今度は手足を交互に出してドアを開ける。部屋の中を確認したジュナは、今度こそ言葉を失った。

 

「……えっ?」

 

 部屋の中にいたのは一誠達ではなく、何者かによって攫われていた筈の両親だった。想像外にも程がある展開にジュナの頭は真っ白になったが、これだけはハッキリしていた。

 

「親父! お袋!」

 

 ……これで、自分も両親も死なずに済むのだと。

 

 

 

 ジュナが攫われた筈の両親の元へと駆け寄り、抱擁を交わす事でお互いの無事を確認している頃、別室ではその様子をモニターで確認しながら天龍帝眷属の候補者達が初顔合わせを行っていた。

 

「何とか間に合いましたわね。これも面接が始まってすぐに「お願いします! どうかあのガキとガキの家族を助けてやってはくれませんか!」と土下座してからジュナ・ランバージャックさんの状況を説明なされたボリノーン様のお陰ですわ」

 

 ここ一週間で聖魔和合親善大使の側近として各神話勢力の上層部に広く顔を知られる様になったレイヴェルがボリノーンに感謝の言葉を伝えると、ボリノーンは照れ臭そうな表情を浮かべる。

 

「いやいや、そんな大した事じゃありませんって。俺はただ怖くて泣いてるガキの涙を止めてやりたかっただけでさぁ」

 

 ボリノーンは自分達と一緒に面接の待合室に入ってきたジュナの只ならぬ様子を見て、それが義に悖る行為である事を承知の上で「傾聴」を密かに使用した。それによってジュナを含むランバージャック一家の状況を把握したボリノーンは、ネビロス家の次期当主となった一誠の眷属となる事で身の安全を確保するという目論みを擲ち、ランバージャック一家の救出を懇願したのである。

 ただ今思い返すと相当に青臭い事をやったと恥ずかしくなったボリノーンは、あえて謙遜する事で己の気恥ずかしさを誤魔化した。その様子を見て、メロエは「ウフフ」と口を押さえながら笑っていた。

 

「言葉は少し乱暴ですけど、とても優しい方なのですね。でも結局のところ、考えていた事は皆さん一緒でしたか」

 

「当然である。年端もいかん子供があれだけ恐怖に慄いているのを見て放置する等、いい大人のする事ではないのだ」

 

 腕を組みながらそう答えたのは、外見だけならこの中でも最年長だと間違われそうなロッドだ。……実は最初に呼ばれたガレオも含め、ジュナの尋常でない様子から自分の面接よりまずはジュナの事を優先してほしいと一誠達に頼んでいたのだ。一方、一誠に急遽冥界に来る様に言われたセタンタはジュナに対して感心する素振りを見せる。

 

「それに、アイツはそれでも最後には一誠さん相手に噛み付く覚悟を決めていやがった。あの分なら、たとえオーフィスが相手でも立ち向かっていけるだろうな」

 

 また、一誠がリアスに「探知」でジュナの両親の場所を探す様に頼む際に招集をかけられたギャスパーは、サイラオーグとそう変わらないくらいに立派な体格をしているジュナが自分達より年下である事に困惑すると共にその恵まれた体格を少し羨ましがっていた。

 

「あれで僕やセタンタより年下なのが、ちょっと信じられないけどね。……僕もあれくらい逞しければ、女の子みたいで可愛いなんて言われなくなるのになぁ」

 

 そして、やはりソーナを通じて一誠からの招集を受けた瑞貴はいつもの様に穏やかな表情をしている。しかし、その(はらわた)はマグマの様に煮え繰り返っていた。

 瑞貴はリアスの「探知」によって見張りの目が離れた隙を確認した上で監禁場所に向かって空間を超えて切り込む事でジュナの両親の救出に成功したものの、その体には明らかに暴行を受けた跡があったのだ。

 

「そんな親思いの優しい子に一誠の暗殺を強要させたんだ。まして両親に対しては身勝手な理由で暴行まで加えている。……ここまでやっている以上、それ相応の報いを与えてやらないとね」

 

「既に我等が(キング)より「遠慮も容赦も一切無用」とのお言葉を頂いており、魔王様もこれをお認めになられた。ならば、後はただ行くのみ」

 

 既に変化を解いて本来の姿に戻っているガレオがそう発言すると、レイヴェルはガレオの意見を容れて直ちに出撃を宣言する。

 

「ガレオ様の仰る通りですわ。それでは皆様、そろそろ参りましょう。なお一誠様の代理として僭越ながら私、レイヴェル・フェニックスが皆様の指揮を執らせて頂きます。赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の逆鱗に触れた事、冥府の深淵よりも深く後悔させて差し上げましょう」

 

 レイヴェルの出撃宣言に対し、その場にいた者達は何ら異議を唱える事なく応じた。どうやら、人間以外の種族であっても類は友を呼ぶ様である。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

どうやら冥界編はもう少しだけ続く事になりそうです……

では、また次の話でお会いしましょう。

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