未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.5 修正


第七話 邂逅

 大王家への挨拶が謁見という形で行われたものの、無事に終わらせる事ができた僕達は大王家の本邸を後にしようとしたところで次期当主であるサイラオーグに声を掛けられた。そして、レイヴェルが今後のスケジュールを切り詰めて捻出した二十分という時間で話をする事になった。

 サイラオーグに案内されて近くにあったテラスに到着すると、備えられたテーブルにサイラオーグと僕達は向い合せに座る。そして、サイラオーグが早速話を始めた。

 

「兵藤一誠。実を言えば、お前の事は十一駒の兵士(イレヴン)と呼ばれていた頃から注目していた」

 

 ……十一駒の兵士。

 

 随分と懐かしく感じる呼ばれ方ではあるが、実は僕が人間を止めてまだ三ヶ月程しか経っていない。それにも関わらずについ懐かしいと感じてしまうほど、ここ最近は立て続けに大事件が続発していて、非常に濃密な時間を過ごしていたと言えるだろう。ただサイラオーグは僕が人間を止めてすぐに注目し始めたことになるが、その接点は何処だろうか? 僕が疑問に思っていると、サイラオーグからその答えが齎された。

 

「以前、リアスとライザーが非公式のレーティングゲームで対戦した事があっただろう。あの時、実は俺もグレモリーの親戚枠で観戦席にいたんだ」

 

 このサイラオーグの言葉で、僕は納得した。

 

「確か、ヴェネラナ様は妾腹ながらも大王閣下の姉君だったな。つまり、サイラオーグはヴェネラナ様の甥でサーゼクス様とリアス様の従兄弟という事か……」

 

 僕が思った事をそのまま口にすると、サイラオーグはそれを肯定した上でヴェネラナ様に関する裏話を始める。

 

「そうだ。因みに、グレモリー家に嫁がれる前の伯母上は当時の大王家における最強の存在であり、その圧倒的な強さから「亜麻髪の滅殺姫(ルイン・プリンセス)」という二つ名と共にその名を冥界に轟かせていたとの事だ。……それ故に扱いに困ったのだろうな。先代当主である俺の祖父は、伯母上を当時はまだ次期当主であったジオティクス様の元へと嫁がせている」

 

「体のいい厄介払いと言ったところか」

 

 ……僕はそう言いはしたが、当時の当主であるサイラオーグの祖父の思惑はそれだけではなかった筈だ。たとえ年上で最も強いからと言って、嫡流が途絶えているならともかく健在である以上は傍流の子を当主に据える訳にはいかない。これを許すと嫡流と傍流が入れ替わる事から大王家が真っ二つに割れてしまい、お家騒動へと発展していくからだ。かと言って、他の名家に対する政略結婚の駒として扱おうにも、嫡流でない事から見下されていると相手に受け取られてしまう恐れがあるので本来ならまず使えない。そこで、大王家の分家筋や大王家配下の貴族に嫁がせる事で継承権を喪失させ、お家騒動に繋がる火種を消してしまう。通常ならこれで十分だろう。

 しかし、ヴェネラナ様の場合、生まれ持った力が分家筋や配下の貴族に嫁がせるには余りにも強過ぎた。その為、もしヴェネラナ様が嫁いだ先で本家以上の力を持つ子供を生んでしまった場合、その家の者達が下剋上の野心を抱く可能性が出てくる。それを未然に防ぐには、「万が一嫡流が途絶えた際に新たな嫡流を生み出す為の母体として確保する」という名目で誰の元へも嫁がせずに家に留め置き続けるか、あるいはバアル家の血を濃くする事で「滅び」の力をより高める為に近親婚を推し進めるかのどちらかだ。

 それらを踏まえれば、七十二柱に名を連ねる名門である事から本来なら嫡流の娘を嫁がせるのが妥当である筈のグレモリー家の次期当主にあえてヴェネラナ様を嫁がせたのは、妾腹の娘としては破格の扱いをする事で本来の目的を隠してしまう為だろう。

 本来の目的。即ち、当時最強であったヴェネラナ様の子供が「滅び」の力を持たない様に、「探知」という特殊な特性を持つグレモリー家の血でヴェネラナ様の「滅び」の力を塗り潰してしまう事だ。ヴェネラナ様はどうも自分の父親の思惑に気付いていた節がある。一方のグレモリー家もおそらくは承知の上でヴェネラナ様を迎え入れた筈だ。そうでなければ、あれ程仲の良い夫婦にはなれないだろう。

 ……だが、当時はおそらく大王家はおろかグレモリー卿やヴェネラナ様ですら望んでいなかったであろう事が不幸にも起こってしまった。

 

「その結果、バアル家が誇る「滅び」の力が本家よりも強力な形でグレモリー家に現れてしまった。それが現ルシファーのサーゼクス様とリアスだ。だが、俺が母上から聞いた話では、伯母上はその事実を喜ばれるどころかむしろ苦悩なされたそうだ。己に秘められたバアルの力がグレモリー家の誇りである「探知」を消し去ってしまったとな。リアスが幼い頃に「滅び」の力を初めて発現した時には特に酷かったらしい。……伯母上にとって、自身の腹を痛めて生んだ子供達に現れた「滅び」の力とは、代々伝わってきたグレモリー家の誇りを己の宿すバアル家の力で蹂躙してしまったという罪の象徴だったのだ」

 

 それはそうだろう。だが、それはサイラオーグが言った様にただグレモリー家の誇りを蹂躙しただけでない。おそらくは全てを承知の上で嫁として迎え入れてくれたグレモリー卿を始めとするグレモリー家に対する恩義を最悪の形で返してしまったという罪悪感も含まれている筈だ。

 

 ……世界は、いつだって「こんな筈じゃない」事ばかり。

 

 僕が平行世界のクロノ君の言葉を頭に思い浮かべていると、サイラオーグが話の続きを始めた。

 

「だが、それもつい最近までの話だ。兵藤一誠。お前がリアスに秘められた「探知」の特性を覚醒させる事でグレモリー家の誇りを蘇らせてくれたお陰で、伯母上の苦悩は遂に終焉を迎える事ができた。リアスが「探知」を発現した事が明らかになった瞬間、伯母上は人目も憚らずに泣き崩れたよ。……あぁ、これでやっと私がグレモリー家に嫁いだ事が許される。そう言ってな」

 

 ……そうだったのか。だから、あの時。

 

 大王家の本邸に向かう直前、グレモリー卿とヴェネラナ様に「バアル・ゼブル」という言葉とその使い方について謝罪と許可を貰う為にグレモリー家の本邸を訪れたのだが、その際にヴェネラナ様が何処か青褪めた様子で説明を聞いていたのが気になっていた。侮辱と感じたにしてはどうもおかしいとは思っていたが、それが今ようやく理解できた。そして、ここでサイラオーグの言葉に怒りの感情が多分に含まれる様になった。

 

「兵藤一誠、俺が今言った言葉を踏まえた上で答えてくれ。いかなる血を以てしても、バアル・ゼブルの力が潰える事などあり得ない。この言葉、俺の父にとっては屈辱を痛快へと変えるものであっても、伯母上にとってはこの上なく苦痛を齎すものである事は承知の上か?」

 

 僕に誤魔化すつもりなどないが、言い方を間違えるとサイラオーグはなりふり構わず殴りかかってきそうだった。そこで、僕は誤解されない様に慎重に言葉を選びながら答えていく。

 

「まず、僕の言った事には一切偽りを入れていない。グレモリー家の「探知」を大王家の「滅び」が食い破ってしまったのは、紛れもない事実だ。今そちらが言った様に、現ルシファーのサーゼクス様と僕の主の一人であるリアス様がその証拠であるのは明白だろう。……ただし、大王閣下が先程の様にグレモリー家に対する悪感情を露わになされたら先程の様な物の言い方をする事を、グレモリー卿もヴェネラナ様も了解なされている。もちろん、了解を得る前にそうしなければならない理由を説明した上で深く謝罪したよ」

 

 僕が大王家に向かう直前に行った事を伝えると、サイラオーグは目を丸くした後で思った事をそのまま口に出したかの様に疑問をぶつけてきた。

 

「何故、そこまで?」

 

 ここで、僕は致命傷になりかねないバアル家の隙について指摘する。

 

「ハッキリ言わせてもらおう。僕が禍の団(カオス・ブリゲード)なら、大王家とグレモリー家、ひいては大王閣下と魔王陛下との確執を利用する。今のバアル家には、ただ外に広がる様子がないだけで反感という名の炎が燃え盛っている。ならば、後は燃え盛る炎に油を注ぎ、風を送り込むだけでいい。そうすれば、火は勝手に大火となって勢い良く外へと燃え広がっていく。そこまでいけば、たとえ当人同士に最後の一歩を踏み出す気がなかったとしても、外から煽られた大勢の者達から一斉に背中を押されてしまい、最後の一歩を踏み止まれなくなってしまう。仮にそれを抑え込もうとすれば、煽られた者達は自分達に都合の悪いトップの挿げ替えを企む様になり、最早収拾がつけられなくなるだろう。それならいっその事、心中で燃え盛っているものを何らかの形で昇華してしまうのが一番だ」

 

「……確かに、大王家と現魔王を輩出したグレモリー家の確執など敵にとっては乗じるべき大きな隙でしかないな」

 

 僕の指摘にサイラオーグが納得した様子を見せると、僕はここで上に立つ者の資格について触れる事にした。

 

「それにこう言っては何だが、己を棄てられない者に人の上に立つ資格などないよ。己の中にある様々な感情と向き合い、その上で抑え込むべきものは胸の中に仕舞い込み、目の前にある現実を見据えた上で自分に何ができるのか、また自分が何を為すべきなのかを判断し、そして実際に行動する。これができない様では、たとえどれだけ優れた能力や才能があったとしても、誰かの上に立ってはいけないし、立たせてもいけないんだ。……その意味では、ヴェネラナ様は公爵夫人の務めを全うなされていたから、正直ホッとしたよ」

 

 理想とする世界を作る為なら己を棄てて手を(けが)す事のできる人間が、味方にはもちろん敵にもいた。だから、もし今言った事ができなかったら、ヴァレリア島の戦乱を乗り越える事はできなかっただろう。

 僕がゼテギネアにおける実体験で得た教訓を語ると、サイラオーグは何故か感心した様な素振りを見せた。

 

「全てを見通す神の頭脳、か。ライザー・フェニックスとその女王(クィーン)は実に的を射た言葉を言ったものだ」

 

 全てを見通す神の頭脳、か。……僕が本当にそんなものであったなら、バルマムッサの虐殺を引き起こしたりなどしなかった。

 余りに過ぎた呼ばれ方に少しだけ自嘲しながら、僕は自分が今までやってきた事をサイラオーグに教える。

 

「僕自身は別にそこまで大したものではないと思っているんだけどね。僕はただ知識と情報、そして目の前にある現実と事実を突き合わせて辻褄の合わない事を次々と切り捨てていっただけなんだよ。それを積み重ねた結果として残ったものは、たとえどれだけあり得ないと思えたとしても、紛う事のない真実なんだ」

 

 すると、サイラオーグはその表情を感心から納得へと変えた。

 

「この世の中に、それを驕る事も気後れする事もせずに堂々と言える者が一体どれだけいるか。……父がお前を欲しがる訳だ。確かにこれ程までに知恵の回る男を敵には回したくないし、そうするぐらいなら如何なる手段を用いても味方に引き込むべきだろうな。それに俺も夢を叶えようとすれば、いや叶えた後であっても、お前の様な男がどうしても必要になる。それが改めてよく解ったよ」

 

「夢?」

 

 サイラオーグの口から夢という言葉が出てきたので、僕がそれを尋ねてみると、サイラオーグは堂々と胸を張って心中に抱く夢を宣言する。

 

「あぁ。俺は、魔王になるのが夢だ」

 

 その夢の大きさとそれを堂々と口にできる心の強さに、今度は僕の方が感心した。

 

「これはまた随分と大きく出たな」

 

 すると、サイラオーグはまるで動じる事なく言葉を続ける。

 

「冥界の民がそうするしかないと思えば、自ずとそうなるさ。尤も、未だ大した実績のない俺よりも既に前人未到の偉業を為したお前の方が先に魔王になっていそうな気がするがな」

 

 あるいは、僕が純粋な悪魔であればサイラオーグが挙げた可能性もあったかもしれない。しかし、現実でそうなる事はまずあり得なかった。だから、それをサイラオーグに説明する。

 

「それは無理だろうな。仮に聖魔和合親善大使を設立した目的である三大勢力の融和を達成したとしても、今度は三大勢力の共存共栄を維持する仕事が待っている。既にそういうシナリオができている事を、先日の首脳会談でサーゼクス様から直々に言い渡されたよ。……そんな僕が、悪魔を統治するが故に悪魔の事を第一に考えなければならない魔王にはなれないさ」

 

 僕の説明を聞いたサイラオーグは、納得しながらも何処か残念そうな表情を浮かべた。

 

「成る程。お前が智を、俺が武をそれぞれ担当して共に冥界を統治するというのも面白いと思ったのだが、そうそう上手い話はなかったか」

 

 随分と無茶な事を言って来るサイラオーグに、僕は少々呆れてしまう。

 

「おいおい、無茶な事を言わないでくれ。それだと、武を司る軍事部門以外は全て僕が見ないといけなくなるじゃないか」

 

「その分、残りの二人をこき使えばいいだろう。その為の四大魔王だ」

 

 何とも言えないサイラオーグの発言に、僕はとうとう苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「……サイラオーグと同時期に魔王になった人達は大変だな」

 

 すると、イリナでもレイヴェルでもない女性が横から声を掛けてくる。

 

「随分と面白い話をしているじゃないか、サイ坊」

 

 イリナとレイヴェルがハッとなって振り向くと、そこには外見上は二十前後であろう目麗しい女性がパンツスーツに近い姿で立っていた。

 女性としては長身であるリアス部長とそう変わらない背丈でダークブラウンの長髪を三つ編みにして軽く流しており、その瞳はサイラオーグと同じくアメジストに似た紫色。顔付きは何処となくリアス部長やヴェネラナ様に似ているが、眦が鋭い事から眼差しがお二人以上に厳しいものになっている。また、纏っている雰囲気が相当に勇ましい事から武断派であるのは間違いないだろう。

 ……僕とサイラオーグは彼女の接近に気付いていたから特に驚かなかったが、イリナとレイヴェルは完全に気付いていなかった様だ。それだけ腕が立つという事だろう。それだけに、サイラオーグから出てきた言葉に僕は驚きを隠せなかった。

 

「これは……! お久しぶりです、叔母上。俺が弟に戦いを挑み、次期当主の座を勝ち取って以来になりますか」

 

 サイラオーグから「叔母上」と呼ばれた女性はサイラオーグを見て、満足げに頷いてみせた。

 

「もうそんなに経つのか。まぁ俺から卒業した後も修行をちゃんと続けていたみたいだから、とりあえずは良かったよ。それで、アンタが三大勢力共通の親善大使を務める為に昨日正式に任命された魔王様の代務者殿だな。……まだまだガキじゃないか。それこそサイ坊より年下っぽい奴にこんな大役を背負わせるなんて一体何を考えてんだ、魔王様達は?」

 

 女性はそう言って僕の事を訝しげに見てきたが、サイラオーグは僕に対する言葉使いについて女性を窘める。

 

「叔母上、言葉と態度を慎んで下さい。今は互いに承知の上で敬語を使ってはいませんが、本来ならば次期当主に過ぎない俺が慣れ慣れしい言葉使いで語らい合う事のできる方ではないのです。そして、それは伯母上とて同じ事」

 

 サイラオーグに窘められた女性は、少々辟易しながらもその言葉を受け入れた。

 

「解った、解った。大王家の次期当主殿の仰る通りに致しますから、これ以上は勘弁して下さい。……全く、俺の甥御は見かけによらず頭が固いねぇ。でも、確かに代務者なんて魔王様達の側近中の側近だし、ある意味では神の子を見張る者(グリゴリ)や天界にも属しているからお偉いさんでもかなり特別な部類になっちまうな。じゃあ、まずは俺から名乗るか」

 

 女性はそう前置きすると、自己紹介を始める。

 

「俺の名はエルレ・ベル。今の大王ことバアル家当主は俺の兄貴だ。……と言っても、俺は先代の大王である親父が兄貴に家督を譲って隠居してから作った妾の娘なんだけどな」

 

 ……エルレ・ベル。

 

 大王家現当主の妾腹の妹と名乗った彼女は、姉と妹の違いこそあれ、ヴェネラナ様と同じ様な立場であると言える。冥界に来てからそれなりに情報を集めてはきたが、それでも初めて聞く名前であった。しかし僕の見た所、彼女の実力は現在の祐斗や元士郎、セタンタでは歯が立たず、ライザーや瑞貴、リインとユニゾンしていない素のはやてと互角といったところだろう。彼女に対しての見極めにある程度目途が立ったところで、一つ気になる事があった。

 

「ベル? バアルではないのですか?」

 

 僕がエルレ女史に姓がバアルでない事を訝しく思って尋ねてみると、彼女は「ベル」という姓と自分の事について話し始めた。

 

「あぁ。まぁ端的に言えば、既に兄貴が後を継いで盤石になっている所に余計な火種を放り込まない様、大王家当主の継承権を持たない名ばかりの分家として親父が俺に立ち上げさせたのがベル家なのさ。因みに、ベルという姓の由来はバアルのバビロニア式発音らしいぞ。……さて、こっちはちゃんと名乗った。次はそちらだ」

 

 エルレ女史から改めて名前を尋ねられたので、僕は席を離れるとそのまま跪いて名乗りを上げる。

 

「お初にお目に掛かります。私の名は兵藤一誠。本来はグレモリー家次期当主リアス・グレモリーおよびシトリー家次期当主ソーナ・シトリーの兵士(ポーン)を務める中級悪魔でございますが、此度天界および堕天使勢力と取り交わしました約定により聖魔和合親善大使という重職を担う事と相成り、これに合わせて魔王陛下より代務者の任を賜りました」

 

 すると、エルレ女史が少し苛立たしげに舌打ちすると、僕に敬語を止める様に言って来た。

 

「……その言葉使いを今すぐ止めろ。アンタがどんな奴なのか、その性根を見たいのにそれが少しも見えやしない」

 

 語調から明らかに苛立っているのが解った僕は、言葉使いを多少改めた。ただ、年上の方に対する敬意を表し続ける事を伝えるのを忘れない。

 

「解りました、エルレさん。ただし、年上に対する敬意の表れとして、敬語はこのまま使わせて頂きますよ」

 

 すると、エルレさんは溜息を一つ吐いてから妥協する旨を伝えてきた。

 

「……公の立場で言えば、明らかにそっちが上なんだ。それで妥協しておくよ。それで、後ろの二人は?」

 

 エルレさんから二人に尋ねられた僕は、謁見の時と同じく二人を紹介する。

 

「この二人は悪魔勢力及び天界からの出向者で、金髪の子がフェニックス侯のご息女であるレイヴェル・フェニックス。栗色の髪をした子が天界からの出向者で龍天使(カンヘル)の紫藤イリナと申します。二人とも、ご挨拶を」

 

 僕が二人に挨拶する様に促すと、二人は挨拶と共に自己紹介を始める。

 

「ベル様にはご機嫌麗しく。私はフェニックス侯の一女、レイヴェルでございます」

 

「初めまして。天界から親善大使の元に出向してきた、紫藤イリナです」

 

 二人の自己紹介を聞いたエルレさんは、ここでイリナにとんでもない事を尋ねてきた。

 

「ふ~ん。それで、紫藤イリナだったか? そっちのドラゴンと天使の力がゴッチャになっているのは。……アンタ、代務者殿の女か?」

 

 しかし、イリナは何ら動じる事無く、それどころかそれが悪い事かとエルレさんに問い返す。

 

「いけませんか?」

 

 そう言って真っ直ぐに見詰めて来るイリナの目に、エルレさんは少々驚いていた。

 

「……まるで動揺しないね。普通なら、動揺の一つでもしそうなものだけど」

 

 ここで、レイヴェルが僕とイリナについて補足説明を入れて来る。

 

「このお二人は正式にご結婚なされていないだけで、その在り様はもはや恋人を通り越してご夫婦ですから。……しかも、お子様までいらっしゃいますし」

 

 このレイヴェルの補足説明に、エルレさんはもちろんサイラオーグも驚きを隠せない様で態度にもはっきり表れていた。

 

「ハァッ? ……どちらもサイ坊より年下っぽいのに子持ちだって?」

 

「これは流石に驚いたな」

 

 流石にこのままでは誤解されてしまうので、僕はアウラに関する正確な説明を行う。

 

「実際は、僕に宿っている「魔」から生まれた存在なので僕一人だけの子供なんですが、イリナを母と強く慕っていまして……」

 

 すると、サイラオーグはアウラに会いたくなったと言って来た。

 

「成る程。だがそうなると、ぜひとも顔を合わせてみたくなるな」

 

 このサイラオーグの要望であるが、残っている時間を考えると顔を合わせる程度ならどうにかなりそうだった。

 

「サイラオーグ、少しだけ待ってくれ。今、向こうに確認を取る」

 

 僕はサイラオーグにそう伝えると、額に指を当ててアウラに念話を送り始める。

 

〈アウラ〉

 

〈パパ、どうかしたの?〉

 

 アウラが僕からの念話にすぐに応じてきたので、僕は早速用件を伝えた。

 

〈実は今、アウラに会ってみたいという人がいるんだ。そこで一時的にこっちに呼びたいんだけど、構わないかな?〉

 

〈ちょっと待っててね〉

 

 アウラはそう言うと、一時的に念話を切った。おそらくはやてに相談しているのだろう。そして一分程した所でアウラから念話が送られてきた。

 

〈……はやてお姉ちゃんは、今なら特に問題ないって。それと、ちょっとだけでもいいから、パパ達と一緒にいてもいい?〉

 

 この様な事を尋ねてくるあたり、やはりアウラは寂しかったのだろう。そこで、僕は条件付きで一緒にいる事が可能である事を伝える。

 

〈次の目的地に移動する間だけになっちゃうけど、それでもいいかな?〉

 

〈ウン!〉

 

 アウラから色々な意味で了解を得た僕は、早速アウラを呼び寄せる事をこの場にいる皆に伝える。

 

「……話が付いた。向こうは特に問題ないみたいだから、今からこちらに呼び寄せるよ」

 

 そう宣言した後、僕はアウラ専用の召喚魔法を使用した。展開された召喚用の魔方陣の大きさが直径50 cm程であった事から、おそらくは元の姿でいたのだろう。そう思っていると案の定、魔方陣から飛び出してきたアウラの姿は30 cmに満たない大きさで頭に山羊の角を、背中に悪魔の羽を生やした本来のものだった。

 

「パパ~!」

 

 アウラは魔方陣から飛び出すや否や、笑顔で僕の胸に飛び込んできた。

 

「アウラ、やっぱり寂しかったのかな?」

 

 僕が嬉しそうに抱きついてくるアウラの頭を優しく撫でながらそう問いかけると、アウラは笑顔だった表情を少し曇らせた後、少し躊躇したものの結局は素直に頷く。

 

「……ウン。だって、パパやママとこんなに長い間離れているの、初めてだもん」

 

「そっか。確かに、その通りだな。……アウラには悪いけど、偉い人達と難しいお話をしないといけない時はアウラを連れていけないんだ。だから、もう少しだけ我慢してくれないかな?」

 

 ……アウラにあれ程の賢さがなければ、精神世界にいてもらう必要こそあるものの、政治の場であってもアウラを連れていく事ができたのだが。

 

 その様な事を思いつつアウラに我慢してもらう様に頼んでいると、アウラは少しだけ悲しそうな目をしつつも頷いてみせた。

 

「解った。あたし、我慢する。……でも、朝早くからパパ達がしているトレーニングの間なら、一緒にいてもいいでしょ?」

 

 アウラは頷いた後でこの様なお強請りをしてきたが、これについては考えるまでもない。

 

「それはもちろんだよ。さぁアウラ、自己紹介をしようか」

 

 僕がアウラの可愛らしいお強請りを即答で承諾した後、アウラに自己紹介を促した時だった。

 

「……か」

 

 今までは如何にも勇ましい女傑といった雰囲気だったエルレさんの様子が一変したのは。

 

「可愛い!」

 

「キャアッ!」

 

 エルレさんは一声そう言うと、僕の胸からアウラを掻っ攫ってそのまま頬ずりを始めた。そして、とんでもない事を口走り始める。

 

「あぁ、この子はなんて健気で可愛いんだろう。いっそ、このままお持ち帰りしようかな? いや落ち付け、俺。父親がいるのにそんな事をすれば、流石に犯罪だ。……あぁ、でもやっぱり可愛いよぉ」

 

「パ、パパ。この人、何だか目が凄く怖いよぉ……」

 

 尋常ではないエルレさんの様子に、アウラはかなり怯えていた。エルレさんの余りの豹変ぶりに、僕はサイラオーグに何が起こったのかを確認する。

 

「サイラオーグ?」

 

 しかし、この中ではエルレさんとの付き合いが最も長いであろうサイラオーグもまた目の前の現状に困惑していた。

 

「いや、この様な叔母上の姿は俺も初めて見た。むしろ、父や祖父さえも見た事がないのではないか?」

 

 ……だとすると、これは非常に珍しい光景なのか?

 

 その様な事をつい考えてしまうあたり、僕の頭はまだ混乱していた様で、本来なら真っ先にやるべき事をやり損ねていた。だから、ここでイリナが動いた。イリナはエルレさんからアウラを引っ手繰ると、怯えるアウラを胸に抱えてから頭を撫でて慰め始める。

 

「アウラちゃん、大丈夫?」

 

「ママ! 怖かった。怖かったよぉ……!」

 

 アウラがイリナに抱き着きながら涙声でそう言うと、イリナは怒りを露わにしてエルレさんに怒鳴る。

 

「エルレさん! アウラちゃんに一体何をしてるんですか!」

 

 すると、エルレさんは自らの非を素直に認めて謝罪してきた。

 

「ゴ、ゴメン。今のは流石に俺が悪かった。そ、その、その子があんまりにも健気で可愛かったものだったから、つい理性が飛んでしまったんだ。こんななりには絶対似合わないとは思うんだけど、実は可愛いものには本当に目がなくて……」

 

 そして、こちらからは何も訊いていないのに、実は邸で猫を何匹も飼っていて自分で世話をしたり、多くの種類の花を植えて花園を作り、それを自分で手入れをする程に花が好きだったり、たまに自分でお菓子を作って身寄りのない子供達に差し入れしたりしている事を半ば自爆する形で告白してきた。

 その男勝りな服装と言動からは殆ど想像が付かない程に女性らしい趣味や嗜好に僕達は驚きを隠せなかったが、サイラオーグは違った。

 

「そう言えば、俺がまだ幼い頃に叔母上はよくお菓子の差し入れを持って来てくれたが、まさか……」

 

 サイラオーグにはどうも心当たりがあったらしく、幼い頃の話を持ち出してくると、エルレさんは素直に白状した。

 

「……あぁ。それも俺が自分で作ったものだ。小さな子供に食べさせるものなんだ。何が入っているか解らない物を買ってくるよりは、自分で安全なものを作って持っていった方が安心するだろ?」

 

 とても気恥ずかしそうにそう語るエルレさんを見ていると、今までの印象がガラリと変わってしまった。

 

「エルレさんは、とても優しい方なんですね」

 

 だから、つい思った事がそのまま口を突いて出てしまった訳だが、言われた方のエルレさんは何故か顔を赤くしてしまう。

 

「エルレさん?」

 

 僕が思わずエルレさんの様子を窺うと、エルレさんはしどろもどろになりながらも答えてくれた。

 

「あ、あの、その。何というか。い、今までそういう事を誰からも、それこそ親父や兄貴からも言われた事がないから、どうにも耐性がなくて……」

 

 最早女性というより女の子の様な初々しい反応をしているエルレさんを見て、僕達は何処か微笑ましいものを感じてしまった。

 

 その後、アウラが自己紹介を終えた後でエルレさんが誠心誠意謝って来たので、アウラはエルレさんを許す事にした。そして、エルレさんはアウラの許可を得て膝の上に乗せると、凄く幸せそうな笑顔を浮かべた。こうしてアウラも交えて軽く談笑した所で時間が来た為、僕達はサイラオーグとエルレさんに見送られながらバアル家の本邸を後にした。

 次の目的地はアガレス家。魔王、大王に次ぐNo.3の地位にある大公の爵位を持つ家だ。ただ、大公家の次期当主がライザーの婚約者なので、ライザーを通じて良好な関係を築いていくのはそう難しい事ではないだろう。むしろ、問題はこの後からだった。

 

 ……気合い入れていかないとな。

 

 僕は今後の挨拶回りに対して、気を引き締め直していた。

 

 

 

「珍しいな、兄貴。親父の代行で本家に来ていたとはいえ、わざわざ俺を呼び付けるなんて。それで、一体何の用だ?」

 

「貴様のその男の様な振る舞いについては最早諦めが付いた。だがな、せめて言葉使いくらいはどうにかならんのか。如何に妾腹の傍流で「滅び」の力を得ていないとはいえ、貴様もまた大王家の血を引く者なのだぞ。……まぁ、いい。実は貴様に大事な話がある。心して聞け」

 

 僕達が去った後で、大王家が密かに動き始めた事も知らずに。

 




いかがだったでしょうか?

……前半と後半でギャップが激しいのは認めます。

では、また次の話をお会いしましょう。

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