未知なる天を往く者   作:h995

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第二十四話 眷属選考会の成果

 アザゼルさんとカテレアさんの話を聞くだけでも冥界屈指の勇士と解るガレオ・マルコシアス殿が僕の元に馳せ参じてきた。その理由も一応は筋の通ったものではあるものの、それだけではない事はすぐに解った。ただこれが義父上に願い出た上での事である以上、僕がそれを指摘するのは流石に憚られる。僕の側にいたレイヴェルに視線を向けると、軽く首を横に振る事でこちらからは追及しない様に釘を刺してきた。やはりレイヴェルも裏に何かある事には気付いていた様だ。すると、僕達に代わってアザゼルさんがその点を追及してくれた。この辺りのアザゼルさんの立ち回りの上手さは流石としか言い様がない。そして、アザゼルさんからの追及を受けてこれ以上は誤魔化し切れないと判断したマルコシアス殿は、やはり予め事情を知っていた義父上の許可を得た上で義母上がアウラとクローズ、ロズマちゃんを部屋から連れ出した後、奥方であるアーラ夫人の素性を明かし始める。

 

「実は私の妻であるアーラ、いえアーラ様は先代アスモデウス様のご落胤なのです」

 

 ……いきなりの核弾頭だった。いや、その可能性をけして考えていなかった訳ではない。魔王ともなれば正室や側室だけでなく外に作った妾や側仕えとも情を交わす事が多く、それによって子を儲ける事も少なくない。そうして得られた子を使って有能な臣下と血縁を結ぶ事でより強固な関係を築いて離反や反逆を防ぐ。歴史を紐解けば枚挙に暇がないくらいによく使われる手段であるがそれでもやはり驚きを隠せないし、程度の差こそあるがこの場にいる全員が驚くのも無理はない。例外は、事情を知っていたであろう義父上だけだ。結果として少し落ち着かない雰囲気になってしまったが、マルコシアス殿の説明は続く。

 

「先代アスモデウス様は暇乞いをしたお手付きの側仕えが身籠っている事にお気付きになると、そのまま暇乞いをお認めになって母子共に市井にお隠しになられていたのです。ですが、アーラ様が兵藤親善大使と同じ年頃にまで成長なされると、己の栄達を望む者達がその機を得ようとしてアーラ様の事を探り始めました。その動きをお察しになった先代アスモデウス様はアーラ様をあえてご自身の妾としてお召し上げになる事でお子である事実をお隠しになり、その後は先の大戦における最終決戦直前に下賜という形で私にアーラ様を託されたのです。先代アスモデウス様はアーラ様を私に下賜する前夜に私を密かにお呼びになると、アーラ様を私と引き合わせになられた上で事情をご説明になり、最後に「体面上この者を妾としているが、体は未だ清いままだ。我が娘の事、頼んだぞ」と仰せになられました。おそらく、この時点でアスモデウス様は己の死を覚悟なされていたのでしょう」

 

 ここまでの事情を聞いて驚いたのは、アーラ夫人に対する先代アスモデウスの扱い方だ。言い方は悪いが、お手付きにした側仕えとの間に出来た子供に対して普通はここまで手の込んだ事をしない。それにも関わらず、先代アスモデウスはアーラ夫人を守る為に色々と手を打ち続けている以上、もはやアーラ夫人は先代アスモデウスの愛娘と言い切ってしまっていいだろう。そして、マルコシアス殿は先代アスモデウスから直々に愛娘を託された。ここまで条件が揃ってしまえば、流石にマルコシアス殿にとっての優先順位はアスモデウス家よりもアーラ夫人の方が上になる。それに、マルコシアス殿が何を望んでここに来たのかもこれで理解できた。もしアーラ夫人の事情が判明すれば、既に現政府に反逆したアスモデウス家の代わりに彼女を担ぎ上げる者が現れても全くおかしくないし、アスモデウス家の方はまず間違いなくアーラ夫人の排除に動く。そこまで解れば、後は簡単だ。しかし、マルコシアス殿の説明はまだ終わってはいなかった。

 

「そして、つい三ヶ月ほど前にクルゼレイ・アスモデウス様より使者が遣わされ、「冥界の乱れ切った秩序を正す為、今こそ真なる魔王として起つ。貴様は我に代わって愚か者共に魔王の鉄槌を下せ」とのご下命を賜りました。その際、「真なる魔王への忠誠の証として妻と子を差し出せ」とも……」

 

 ……正直に言おう。クルゼレイ・アスモデウスの言動を耳にして、僕は余りの愚かさに頭が痛くなった。そうした先代魔王の末裔の言動に対して、ヌァザ様はまるで吐き捨てる様に辛辣な言葉を言い放つ。

 

「何とも解り易い人質の取り方よな。しかも、明らかに信の置けぬ新参者ならともかく、かつては己の身柄と引き換えに主家を守り抜いてみせた忠臣に対してそれをやるとはな。そのクルゼレイとやら、どうやら王の何たるかをまるで解ってはおらん様だ」

 

 一方、カテレアさんは頭痛を抑える様に額に手を当ててしまっている。どうやら同じ先代魔王の末裔である事から、クルゼレイ・アスモデウスとはかなり親しい付き合いをしていたらしい。それだけに余計に堪えるのだろう。

 

「クルゼレイ。そんな事をやれば、ガレオの様に有能かつ信用も信頼もできる味方の心が離れていく事に何故気づかないの? それとも未だにアスモデウス様の名前に囚われてしまっているの? 何一つ見ようとも聞こうともしなかった昔の私の様に……」

 

『……だが、いっそ滑稽とすら思える無様さは実にコウモリらしいではないか。だから、私は常々言っているのだ。私が統治する事になった冥府へと初めて赴いた際、右も左も解らなかった私に手を差し伸べてくれたネビロス殿達を、あの様なコウモリ共と同類にするべきではないとな』

 

 かつて親しくしていた者の愚行に苦悩するカテレアさんに対しては僅かに憐憫の視線を向けつつも、ハーデス様は悪魔に対する嫌悪感を隠そうともせずに侮蔑の言葉を放つ。だが、内容自体は至って正論であるだけに、僕からは何も反論できなかった。それはアザゼルさんも同様らしく、居心地の悪そうな表情を浮かべている。

 

「あ~、これについては流石に俺からは何も言えねぇな。言い方こそ少しばかりキツイが、ヌァザ殿とハーデス殿の言ってる事は何も間違ってねぇからな」

 

「お二方の憤りはご尤もですし、悪魔の同胞として非常に恥じ入る思いです。ここまで愚かな振る舞いをするのであれば、後顧の憂いを断つ意味でもやはり勢力闘争に勝利した時点で先代魔王の末裔達は全員処断するべきだったのかもしれません。ですが……」

 

 サーゼクスさんはサーゼクスさんで、同胞の余りの言動に恥じ入ってしまっていた。ただ先代魔王の末裔達を処断すべき時にそうできなかった事情について説明しようとすると、その前に帝釈天様がその事情を言い当ててきた。

 

「俺から見ても中々だと思える様な男が己の命を懸けて嘆願したンだ。流石に聞き届けない訳にもいかねェよな。だがそうなると、他の連中も生かさなきゃ筋が通らねェ事になる。……その結果が、このザマだ」

 

「じゃがのぅ、時を経て立派に更生したカテレアやその息子で儂から見ても将来性のあるクローズ坊やの事を思えば、当時のサーゼクス達の判断を一概に誤りとは言えんぞい。それにサーゼクスよ。仮にこの男の嘆願を退けていた場合、今の比較的平和な冥界などまずあり得なかったのではないかの?」

 

 ここでウォーダン小父さんからのフォローが入ったので、サーゼクスさんは当時の四大魔王とマルコシアス殿の力量から予想された未来図を話し始める。

 

「……はい。その時はセラフォルーとファルビウムのどちらか、あるいは両方を道連れにされていたでしょう。冥界もまた今とは全く異なるものになっていたかもしれません」

 

 これを聞いたイリナが思わずサーゼクスさんに確認を取る。

 

「あの、ルシファー様。ひょっとして、ガレオ・マルコシアスさんはレヴィアタン様達と同等の強さを持っているんでしょうか?」

 

「……ある意味、それ以上かもしれないね。ガレオ・マルコシアスは大戦時において熾天使(セラフ)を相手に何度も足止めの任を全うし、更に内戦の時も実戦経験の差で私やアジュカですら退けるのは困難を極めた。それを考えると、もし内戦の際に彼が最初からこちらの陣営に属していたら、アスモデウスを襲名していたのはファルビウムではなく彼だった筈だ。それ程の実力者が先代魔王の末裔達を戦場から逃がす為に一人殿に残り、功に逸って抜け駆けをした追撃部隊を一時間もかけずに壊滅させた後に主家の存続を条件として投降を申し出てきた時、本音を言えば「助かった」と思ったよ。これでやっと悪魔同士の殺し合いが終息に向かうとね」

 

 サーゼクスさんから想像以上の答えが帰ってきた事で、イリナはクルゼレイ・アスモデウスへの疑問を口にする。

 

「そんな立派な人に「妻と子供を差し出せ」って、そのクルゼレイって人は一体何を考えてるの? どう考えても悪手でしかないのに……」

 

 イリナの疑問に答えたのは、レイヴェルとエルレだった。

 

「イリナさん。何か考えがあっての事とある意味で期待していらっしゃるみたいですけど、おそらくは何も考えていないと思われますわ」

 

「仮に考えていたとしても、せいぜい「自分は真なる魔王の末裔だから、下っ端にそうさせるのは当然だ」ってところじゃないか?」

 

「レイヴェル・フェニックスさんとエルレ・ベルさんの仰っている事でほぼ正解ですね。私自身の恥を晒す話になってしまいますが、夫と出会う前の私もそういう考え方をしていましたから」

 

「因みに、禍の団(カオス・ブリゲード)に合流した旧魔王派はほぼ全員が魔王の末裔という権威に縋り付いているし、縋り付かれた方もまた魔王の末裔である事に囚われている。そうした雰囲気に呑まれる事のなかったカテレアは、本当に例外中の例外だったよ」

 

 カテレアさんが自らの過去と照らし合わせる形でレイヴェルとエルレの考えの正しさを保証し、更にヴァーリがダメ押しする形で禍の団の旧魔王派の実情を語ると、イリナは完全に絶句してしまった。まさかここまで酷いとは思っていなかったのだ。その一方で、エルレは明らかに不機嫌な表情へと変わる。

 

「……自分で言っといて何だけどさ、クルゼレイって奴の考え方はやっぱり気に入らないね。もしソイツに直接会う事があったら、その顔面に全力で雷霆をぶつけてやるよ」

 

 何とも剛毅な話にこの場にいる年配の方達は微笑ましげにエルレを見ているが、僕には解る。……エルレは何処までも本気だ、と。何より、エルレの場合はそれを実行できるだけの度胸も実力もある。もしクルゼレイ・アスモデウスが近くに現れたら、我先に飛び出して行かないか少し不安になった。そうした僕の気持ちを余所に、ここまで沈黙を守ってきた伐折羅(バサラ)王様が口を開いた。

 

「ガレオ・マルコシアスと言ったな。儂からも一つ尋ねよう。血筋で祭り上げられぬ様に妻子の身の安全を確保する為。確かに、ネビロス殿を通じて一誠の元に馳せ参じた真の理由ではあろう。……だが、娘の名はロズマと言ったか。理由の重さとしては妻より娘の方が大きいのではないのか?」

 

 ……流石だった。僕にはそれ以外に言い様がなかった。そして、帝釈天様も伐折羅王様のお言葉に同意する。

 

「流石だな、伐折羅王。あの三千世界が自分の上に立つ王だと認めるだけはあるZE。ま、俺も少しばかり気にはなってたンだよ。あの小さな体から僅かしか感じねェ魔力の量に矛盾した、それこそそこにいる悪魔の超越者と同等クラスの圧倒的な質と密度にな」

 

 最後にサーゼクス様を親指で指しながらの帝釈天様の追及を受けて、マルコシアス殿はアーラ夫人と目を合わせると軽く頷いた。そして、ロズマちゃんについてアーラ夫人から話し始めた。

 

「……はい、その通りでございます。今でこそ強力な魔力封じで外に出て来ない様にしてありますが、ロズマは先代アスモデウス様の親衛隊(ロイヤルガード)を務めた夫が「既に先代アスモデウス様を超えているかもしれない」と判断する程の膨大な魔力を秘めています」

 

 アーラ夫人の語った内容は流石に予想外だったのだろう。サーゼクスさんはマルコシアス殿に確認を取る。

 

「ガレオ・マルコシアス。夫人の今の言葉は本当かね?」

 

「ハッ。アーラ様の仰っている事は全て真実でございます。また、体の動かし方や魔力の扱い方一つ取っても、在りし日のアスモデウス様を感じさせるものがあり……」

 

 ここで一瞬言葉が途切れた後、マルコシアス殿はまるで絞り出す様に話を続けた。

 

「育て方によっては、ルシファー様やベルゼブブ様にも届き得るやもしれませぬ」

 

 ……想像以上の答えが返ってきた。しかもそれを語ったのは、先代魔王の親衛隊を務めた歴戦の勇士。親の贔屓目があったとしても、そこまで過剰に評価するとも思えない。現に、アザゼルさんは頭を掻きながら溜息を吐く。

 

「参ったな。唯でさえルシファーとレヴィアタンから「魔王の血を引く二天龍」なんて冗談みたいな存在が生まれてるってのに、今度はアスモデウスから超越者かよ。しかもそいつの父親が先代の親衛隊を務めた「魔王の鉄槌(メイス・ザ・アスモデウス)」と来ている。だったら、先が見えているクルゼレイを排斥してロズマって娘を新しい旗頭に据えようって考える奴が出てきても全くおかしくねぇな。……それにしても、ミリキャスも含めてこうも立て続けに冗談みたいな存在が生まれてくるとは、悪魔という種族に今何が起こっているんだ?」

 

 最後の方は明らかに愚痴になっていたが、そう言いたい気持ちも解る気がする。僕と義父上、そしてサーゼクスさんの三人はその理由に心当たりがあるだけに尚更だ。

 ……そして、この時点でマルコシアス殿の申し出を退けるという選択肢が完全になくなった。

 

「私には先代アスモデウス様と共に過ごした期間が殆どありませんから、父であるという実感は今でも殆どございません。ですから、私は魔王の娘としての何かが欲しいとは思いませんし、ロズマにはこれからも普通の女の子としての生活をさせてあげたいのです。ただ、私が先代アスモデウス様の娘であるせいで、またロズマに常軌を逸した強い力を持たせてしまったせいで、夫にはこれまで忠節を尽くしてきた主の家を離反するという苦衷の決断をさせてしまいました……ッ!」

 

 そうした中、愛する夫と娘に余りに重いものを背負わせてしまったと今にも自責の念に押し潰されそうなアーラ夫人の姿に、マルコシアス殿は優しく声をかける。

 

「アーラ様……」

 

 すると、アーラ夫人はマルコシアス殿の呼び方に激しく反応した。

 

「あなた、お願い。「アーラ様」はもう止めて。私は先代アスモデウスの娘である前にガレオ・マルコシアスの妻、アーラ・マルコシアスなのよ。だから、今まで通りに「アーラ」と呼んで」

 

 愛する夫から「妻」ではなく「主の娘」としての特別扱いを受けるのが余程嫌だったのだろう。自分の心情を必死に訴えるアーラ夫人に、マルコシアス殿は軽く溜息を吐いた後でそれを受け入れる事をアーラ夫人に伝える。

 

「……解った。「アーラ様」と呼ぶのも、先代アスモデウス様のご息女として接するのもこれで最後だ。それでよいな?」

 

「えぇ!」

 

 満面の笑みを浮かべるアーラ夫人に優しく微笑みかけるマルコシアス殿の姿に、ウォーダン小父さんは満足げな笑みを浮かべてウンウンと頷いた。

 

「ホッホッホ。仲睦まじい夫婦の姿はいつ見てもいいものじゃ。のぅ、エギトフよ?」

 

「ウォーダンよ、何故そこで一誠でなく儂に訊く?」

 

 義父上、何故そこで僕の名前が出てくるんですか?

 

 そう問いかけようとしたが、その前にウォーダン小父さんが義父上の質問に答える。

 

「この中で一番仲睦まじい夫婦をやっておるのが、間違いなくお前達だからじゃよ。確かに結婚する前から夫婦をやっておる一誠とイリナも見ていて微笑ましいんじゃが、流石にお前達には敵わんわ。のぅ、お主達もそう思うじゃろ?」

 

 ……義父上と義母上に対するウォーダン小父さんの夫婦としての評価とそれに対する同意を僕達に求めたのが切っ掛けとなり、この部屋に暫く笑い声が続いたのは言うまでもない。

 

 

 

 その後、アーラ夫人とロズマちゃんに関しては最重要機密として扱う事になり、待遇についてもアーラ夫人本人の希望通りとなった。なお、義母上に連れられてクローズやアウラと一緒に部屋を出たロズマちゃんだが、一緒に遊んでくれたという事で二人にすっかり懐いて「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と笑顔で呼んでくれる様になったそうだ。今まで自分が一番年下だったアウラは「お姉ちゃん」と呼ばれた事が余程嬉しかった様で、その時の事を話したり日記に書いたりしている時の表情はずっと笑顔のままだった。また翌日に僕の眷属選考会がある事をここで初めて知ったマルコシアス殿は自ら選考会を受ける事を申し出てきた。伝手やコネで得られた地位と立場ではいずれ破綻する。ならば、ここで実力をハッキリと示す必要がある。マルコシアス殿はそう語った。ただ流石にそのままの姿では大騒ぎになるのは間違いないので、選考会ではあえて僕と同年代の姿に変化してもらう事にした。

 ……そして、現在。マルコシアス殿はやはり迷路を攻略してきた。しかも、マルコシアス殿の象徴と言える鎚矛(メイス)は術式を全て回収してから魔力を通して出口に向かう際に最短距離で移動する為に使われただけで、迷路自体は正当な方法で攻略している。何とも頼もしい方が僕の元に馳せ参じてくれたと心底思った。

 

「まずはガレオ・マルコシアスが迷路を攻略したか。さて、この男の他に迷路の攻略者は出てくるかな?」

 

 ヌァザ様がそう言って、他のモニターを見ようとした時だった。

 

「どうやら儂の期待外れにはならなかった様だな」

 

 伐折羅王様が満足げな笑みを浮かべてそう仰るのとほぼ同時に、迷路の攻略者が次々とモニターに映し出される。……やがて制限時間を迎えた事で選考会は終了、迷路の攻略者は最終的にマルコシアス殿を含めて五人となった。マルコシアス殿を除けば攻略者ゼロもあり得ただけに、予想以上に多い攻略者の数にアザゼルさんは少なからず驚いている。しかし、前日にロズマちゃんの事があったのですぐに冷静になった。

 

「オイオイオイ……。二千人近くも集まれば、あるいは一人くらい魔王の鉄槌(メイス・ザ・アスモデウス)の他にも攻略する奴が出るかもしれねぇとは思っていたが、まさか四人も出てくるとはな。……まぁ、ロズマの件で悪魔から強い奴が生まれやすくなっているのがハッキリしたから、そこまで驚く事でもないか。それでイッセー、攻略者の内に貴族連中からの推薦者はいるか?」

 

「攻略者の中では唯一の女性であるメロエ・アムドゥスキアス殿が大王家からの推薦ですね。残りの方は推薦者がいませんので、自らの意志でこの選考会に参加した事になります」

 

 僕がアザゼルさんの質問に答えると、義父上は悪魔の貴族に関する事情をよく知らない他の方々の為にアムドゥスキアス家に関する説明を始めた。

 

「アムドゥスキアス家は断絶した旧七十二柱の中でも楽器や声を媒体とする音の魔力を得手としている事から音楽に関する造詣も深く、現在も冥界の音楽家の三分の一を輩出している一族だ。しかし、大王家も意外な者を推薦したものだな。それだけこの者の力量を高く買っているという事か」

 

「それで何故家が断絶したままなんじゃ? それだけ大勢の者を世に送り出しているのなら、家の再興も容易かろうに」

 

 最初にアムドゥスキアス家の説明を聞けば誰もが疑問に思う事をウォーダン小父さんが口に出すと、義父上の説明を聞いただけで大方の事情を察したアザゼルさんが義父上に代わって答える。

 

「成る程、大体読めたぜ。一口にお家断絶って言っても、あくまで貴族としてってところか?」

 

「総督殿の言う通りだ。音楽活動に情熱を注ぐ余りに領地の経営を疎かにして領民を困窮させた為、儂が総監察官の権限で爵位剥奪と領地没収の処分を下したのだ。本来であればそのまま私財を食い潰して野に埋もれていく所なのだが、どうもこの一族は貴族である事に対する執着心に乏しくてな。逆に貴族でなくなった事をいい事に他の名家の庇護を堂々と受け入れ、自分達が音楽活動に専念できる環境を作り出したのだ。ある意味、貴族として没落した事で本領を発揮し始めた一族と言えような」

 

 アザゼルさんの答えに義父上が補足を付ける形でアムドゥスキアス家に関する説明が終わると、帝釈天様は少し感心した様な素振りを見せた。

 

「これはまた随分と逞しい一族だZE。ま、魔王の末裔とは名ばかりの連中に比べりゃ遥かにマシだし面白ェから、俺は別にいいンだけどな」

 

『アレより酷い輩などいるのか? ……いや、そもそもアレが以前のコウモリ共の頂点だったな。ならば、その下がコウモリ共の中にいても何らおかしくはないか』

 

 一方、相変わらず悪魔に対しては辛辣なハーデス様の言葉にセラフォルー様は少しムッとしながらも他の攻略者について尋ねてきた。

 

「……それで、イッセー君。他にはどんな人が攻略してきたの?」

 

 それを受けて、僕は残りの攻略者の名前を読み上げていった。

 

「今回の眷属選考会で見事迷路を攻略したのは、先に挙げたお二人の他、ロッド・ハーゲンティ殿、ボリノーン・カイム殿、ジュナ・ランバージャック殿です。……なお、ランバージャック殿以外は断絶した旧七十二柱の姓を名乗っておられます」

 

「「錬金」のハーゲンティに「傾聴」のカイムか。あの迷路を攻略した所を確認したが、本物でまず間違いなかろう。それにしても、七十二柱の中でも大戦初期に断絶したカイム家に生き残りがいたとはな。先の大戦において「探知」のグレモリーと同様に真っ先に狙われ、本家はおろか分家さえも一人残さず討たれていた筈なのだが……」

 

 僕が読み上げた攻略者の姓を聞いて、義父上はその特性をすぐさま挙げると共にカイム家については生き残りがいた事に少し驚いていた。……フェニックス家の書庫に収められている書物の大部分を読破した僕は、それらの特性についての知識がある。どちらも非常に有用な特性だ。ただ、流石に「傾聴」についてはその単語だけでは特性の詳細を掴み切れないので、ヌァザ様が義父上に確認してきた。

 

「「錬金」は儂も何となく解るが、「傾聴」という特性は儂も流石に初めて聞いたな。エギトフよ、差し支えがなければ教えてくれぬか?」

 

「簡単に言えば、話を聞く事に特化した諜報系の特性だ。ただし、話を聞く対象を一切選ばないのが最大の特徴だな」

 

「その一族から尋ねられた場合、隠し事が一切できないという事か?」

 

 ……確かに義父上が語った内容だけでは、ヌァザ様がそう思っても無理はない。だが、実際はそうではない。だから、僕が補足する。

 

「いえ、それ以上に性質が悪いです。動物や植物はもちろん魂や精霊といった実体を持たない存在、更には石や鉄といった命なき無機物、果ては大気の流れや海の波といった唯の現象からも話が聞けます。そして、そうして得られた情報には一切の嘘がありません」

 

 つまり、「傾聴」を使えばこの世界に存在するありとあらゆる物から情報を集められる為、諜報系においてはグレモリー家の「探知」に次ぐ強力な特性なのだ。その事を理解したヌァザ様は驚きを露わにする。

 

「……何だ、それは。情報収集に関してはほぼ無敵ではないか」

 

「それを最初に知った時には俺も同じ反応をしたぜ、ヌァザ殿。実際に悪魔勢力が俺達に戦争を仕掛けた当初、俺達が何処で何をしているのかなんてグレモリーやカイムには完全に筒抜けだったからな。だから、俺達は真っ先にグレモリーとカイムを潰しに行ったんだよ。まぁ当時の魔王達は「探知」と「傾聴」を天秤にかけて「探知」を取ったんで、俺達が潰し切れたのはカイムだけだったんだがな」

 

 溜息混じりで大戦初期の実情についてアザゼルさんが語ると、ヌァザ様は納得する様に頷いた。

 

「結果として、「目」は奪えずとも「耳」を塞ぐ事はできたという事か。儂がそちらの立場であっても、同じ行動を取っていたであろうよ。……そして今、堕天使達がかつて恐れた「耳」が二代目(セカンド)の元に馳せ参じたという訳だな」

 

「そういう事になるな。まぁ旧魔王派に行かなくて助かったってところか」

 

 アザゼルさんはそう言った後、まるで何かに気付いた様な素振りを見せる。

 

「……おい、ちょっと待て。ただでさえ「全てを見通す神の頭脳」なんて言われているイッセーの眷属に「傾聴」のカイムが加わるのか? 鬼に金棒なんて可愛いモンじゃねぇぞ」

 

「それに「錬金」という特性がその名の通りであれば、物作りも得意な一誠の眷属に物質変化を得意とする奴も加わるんじゃろう? これは中々に面白い事になってきたのぅ」

 

 ウォーダン小父さんの言う通りだった。これで色々と研究開発が進むと思えば、ハーゲンティ家の末裔が加わる事はこの上ない吉報だった。しかし、ここでハーデス様がかなり物騒な事を言い出す。

 

『そのカイムとやらが馳せ参じたのが養子殿の元でなければ、私はその者に対して刺客を送り込んでいたな。冥界と隣り合わせといえる冥府にしてみれば、「錬金」はともかく「傾聴」は明らかに危険過ぎる』

 

 ……この場でこの発言という事は、僕と義父上が信用されているという事かな? 僕の受け取り方が正しかった事を証明する様に、アザゼルさんがハーデス様に対応する。

 

「それを先の大戦で実行したのが俺達だからな、ハーデス殿の懸念も解るさ。それにこの場でそれを堂々と口にしたって事は、実行する気がねぇって事だろう? それを疑う様な事はしねぇよ。ただ、部下はしっかり抑えてくれよ」

 

『解っておる。死神(グリム・リッパー)達には私からしっかりと言いつけておこう。別にコウモリやカラスからどう思われようと一向に構わんが、流石にネビロス殿や養子殿には嫌われたくないのでな』

 

 ハーデス様が配下である死神達を抑える事を明言した所で、義父上が最後の攻略者であるジュナ・ランバージャックについて僕に尋ねてきた。

 

「それで残りのジュナ・ランバージャックだが、貴様はどう見た?」

 

「迷路の壁を破壊する際、手に持った木製の棍棒に魔力を流して強化していました。おそらくは打撃主体ではないかと思うのですが……」

 

 ……その動き方が棍棒を振るうにはそぐわないものだった。むしろ、棍棒の先端に何かが付いているのが前提になっている様に思えるのだ。そして、それは義父上も同様だった。

 

「それだけではない何かを貴様も感じたか。……今回の眷属選考会、どうやら一筋縄ではいかぬ様だな」

 

「気のせいかな? イッセー君の元に扱いの難しい人ばかり集まっている気がするんだけど」

 

 義父上の溜息混じりの言葉に反応したセラフォルー様の一言が、やけに耳に残った。

 




いかがだったでしょうか?

断絶した元七十二柱の独自設定を考えるのは結構楽しいです。

では、また次の話でお会いしましょう。

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