未知なる天を往く者   作:h995

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2018.7.29 タンニーンに関する記述を訂正


第二十三話 野に在りし益荒男達

Side:アザゼル

 

 リアスとソーナの対戦から二日が経った。この日、上級悪魔に昇格するイッセーの眷属候補を決める眷属選考会が開催された。現在はレーティングゲームにも使われている使い捨ての異相空間に設置されたイッセー達謹製の迷路に眷属希望者が挑んでいるところだ。なおこの迷路用の位相空間は十個用意されており、それぞれに希望者が百人いるから一度に千人試験する事が可能だ。それに既に二度目の試験に入っており、これで全員の試験が終わる。一度目の試験では迷路の攻略者は一人も出なかった。まぁ上級悪魔でも相当の実力者でないと攻略不可能な難易度だからな。そうなっても何ら不思議じゃねぇし、()()()()()()()()()()このまま攻略者がゼロでも全くおかしくない。

 ……本来なら、この眷属選考会は極秘で行われる予定だったからここまで大袈裟な事をやる必要はなかった。イッセーが求めているのは対オーフィス戦における即戦力である以上、派閥やら家格やらを一切考えずに実力重視で選びたかったからな。しかし、二日前にヌァザがVIP席でバラしちまったせいで貴族連中に知られてしまい、その結果として昨日一日だけで送られてきた書類の数が一気に増えて最終的には二千近くにまで膨れ上がっちまった。おそらくは少しでも自分達との繋がりがある奴を片っ端から送り込んできたからだろうが、余りにも節操がなさすぎる。

 ただ、ここ最近のイッセーの事を考えると貴族連中が形振り構わず動くのも無理はねぇんだがな。何せ唯でさえ魔王の代務者として聖魔和合親善大使を務めている冥界の若き俊英としてその名を知られ始めた所に、悪魔に転生したが龍王としての強さは未だ健在であるタンニーンを相手に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)と真聖剣を温存してなお完勝、そのタンニーン本人の推薦もあって眷属悪魔としては史上最短期間での上級悪魔への昇格を決めたんだ。そこに来て龍王の半数と召喚契約を交わしているわ、腹違いとはいえ悪魔勢力における最大派閥を取り仕切る大王家の現当主の妹と婚約するわ、果ては冥界の生きた伝説であるネビロスの爺さんから直々に養子として迎え入れられるわで、イッセーの立場はもはや四大魔王や大王家であってもそう簡単には覆せない程に盤石となった。

 ……しかも、だ。俺は今、選考会の様子をモニターで確認できる様に用意された審査員席にいるんだが、ここにいるのはイッセーやネビロス夫婦、それに四大魔王の代表としてここに来ているセラフォルーだけじゃない。

 

「……親善大使としての直接の上司に当たるセラフォルーはともかく、何でアンタ達までここにいるんだよ? こう言っちゃなんだが、あくまで一個人の眷属候補を決める選考会でしかないんだぞ。さっさと帰って仕事しろよ」

 

 俺は横に座っている連中にそう言ってみた。……だが、こんな言葉一つで帰ってくれる様な素直な連中でない事を俺はよく解っている。

 

「ホッホッホ。その一個人が今や超の付く大物だからじゃよ。しかも今後の事も考えると、一誠の元に馳せ参じる者を直に見ておくのはけして悪い事ではなかろうて」

 

「儂はそもそも隠居の身だ、向こうに帰ってもやる仕事なんぞない。それに事がここまで大きくなったのは、一昨日に口を滑らせた儂のせいだ。ここにおるのはその詫びも兼ねている」

 

 まぁ、オーディンとヌァザはいいさ。ネビロスの爺さんの旧友だけあって養子に迎え入れられたイッセーの事を甥っ子の様に見ている節があるし、口に出した理由も一応は筋が通っているからな。

 

「HAHAHA。いちいち細かい事を気にするンじゃねぇよ、アザ坊。だいたいな、あの「幼き(つわもの)」が自分と共に戦う眷属を選ぶンだぞ。こっちとしちゃ気にならねェのがおかしいってモンだZE」

 

 帝釈天も完全に個人的な興味が目的になってはいるが、理解はできるさ。俺だって、もし今回の件で選ばれる奴が出てくるんだったら、やっぱり気になってしょうがないからな。それに帝釈天本人にはイッセーともネビロスの爺さんとも直接の面識はなかったが、イッセーが友人(ダチ)である三千世界の知り合いだったのと実際に三千世界と真っ向からやり合うイッセーの姿を目の当たりした事でイッセーの事を気に入っている節があるから、こっちもまぁ問題ねぇだろう。

 

『私はむしろ逆だな。コウモリ共が余計な真似をせぬ様に見張りに来たのだ。それにしても、養子殿はコウモリ共への気遣いが過ぎる。書類選考の時点で取るに足らぬと明らかに解る者など「オーフィスと戦う眷属としては余りにも力不足」と問答無用で落としてしまえばいいものを』

 

 ……あぁ。正直な話、できれば俺もそうしたいし、イッセーにもそうしてほしいと思っている。ただな、ハーデス。それをお前が言うと、何か胡散臭いんだよ。いや、イッセーの今後に関わる事だからマジで言ってるのは、俺も解っちゃいるんだがな。

 

「桃太郎達の事を直接知っている儂としては、弱さの中に強さを秘めた者もいるのではないかと少し期待しておるのだがな」

 

 そんな中で前向きな意見を言ってくれたのは、二日前に冥界に出向いてきた伐折羅(バサラ)王だ。……あのダイダ王子の親父だけあって、威風堂々って言葉がよく似合っている。それにこの際だからと昨日の早朝トレーニングで軽く手合わせしてみたんだが、俺やバラキエル、セラフォルーだと三人がかりでもまるで相手にならなかった。この分だと(ダウン・フ)(ォール・)(ドラゴン・)(アナザー)(・アーマー)に加えて閃光(ブレイザー・)(シャイ)暗黒(ニング・オア)(・ダー)龍絶剣(クネス・ブレード)もデッド・オア・アライブ込みでフルに使わないとかなり厳しいな。因みに、伐折羅王は俺達とやり合った後にヌァザとちょっとした運動代わりに軽く手合わせしていたが、ヌァザと何ら見劣りしない強さを見せつけていた。日本神族に近しい地獄の統治者である閻魔大王の上に立つ鬼族の王として何ら恥じない強さを、伐折羅王は確かに持っていた。

 ……それだけに、二日前の対戦が終わった後での出来事が余計に衝撃的なものへと変わっちまうんだよなぁ。

 

 

 

 リアスとソーナの対戦が終わり、VIP席にいた観客達も満足して帰っていった後、俺はヴァーリとクローズを伴ってオーディンやヌァザ、更にはハーデスと帝釈天も宿泊しているというネビロス邸に向かった。これには三千世界の事を耳にしてぜひ会っておきたいというサーゼクスの他、急遽冥界を訪れて三千世界と交代する形で帝釈天の同行者になったという伐折羅王も同行している。そうしてネビロス家の執事長とアウラに出迎えられた俺達は暫く邸の主であるネビロスの爺さんと話をした後、中庭で瞑想中という三千世界に会いに行く事にした。そこで俺達は芝生の上に直接座禅を組み、目を閉じて瞑想している存在を目の当たりにした。

 鍛え上げられた肉体はくすんだ焼鉄色(やきてついろ)をしており、背丈は3 m程と人型としてはそれなりに大きい方だ。その一方で、整える事無く伸びるに任せた緑髪の頭には三つの顔があり、それぞれの額には二本の角が生え、裂けた大口から鋭い牙を覗かせている。その姿は異形の者が少なからずいる悪魔から見ても異質だろう。しかし、その気配は厳かながらも穏やかである事からそこら辺にいる神々よりも神々しさを感じる。そして何より、その恐ろしい外見からは余りにもかけ離れた気配を放っているにも関わらず、違和感がまるでないという事実が到底信じられなかった。

 ……これがイッセーをして「単騎で二天龍と渡り合える」と言わしめ、またイッセーが持てる力のほぼ全てを使って挑んでもなお圧倒され、更に途中から強者ランキングで一桁台に入る帝釈天と二人がかりで挑んでも敵わなかったという史上最強の鬼、三千世界か。俺も一万年を超えて生きてきたが、ここまで色々な意味で桁の外れた存在を目の当たりにしたのはそれこそオーフィス以来だ。実際に会った事がねぇから断言はできないが、あるいは二天龍はおろかあの破壊神にすら匹敵するかもしれねぇとその時の俺は思った。

 

「おい、イッセー。お前、本当にあんなの相手に途中までたった一人でやり合ったのか?」

 

 だから、俺はつい三日前にガチでやり合ったというイッセーにあえて確認を取った。すると、イッセーは当然の様に頷きながら答えを返してきた。

 

「はい。僕自身、何処までやれるかを一度しっかりと確かめてみたかったので」

 

『お陰でもう一ヶ月は寝ているつもりだったのが、いきなり叩き起こされる羽目になってな。それで今は俺の代わりにグイベルが眠っているという訳だ』

 

 本来ならまだ寝ている予定だったドライグもイッセーに続いて答えた事で、それが紛れもない事実である事がハッキリした。

 

「ホッホッホ。儂もヌァザもあの時の戦いに立ち会っておったんじゃが、年甲斐もなく血が滾ってのぅ」

 

「その後、儂もオーディンと組んで三千世界に戦いを挑んでみたが、まるで歯が立たなんだ。先程も言ったが、世界は想像以上に広いとこの歳になって改めて思い知らされたぞ」

 

 ……北欧神話の主神とかつて神々の王を務めた歴戦の戦神が二人がかりでも勝てないって、正直シャレになってねぇんだが。

 

『私は閻魔大王や伐折羅王から三千世界の事を聞かされていたのでな、話に何ら違わぬ強さにむしろ納得してしまったぞ。それだけに、圧倒的な力量差を前にしてもなお怖じる事なく戦い続けた養子殿の勇ましさが際立っていた。アレ程の勇ましさであれば、あのオーフィスを撃退できたのも頷ける』

 

 流石にハーデスは三千世界の事を話には聞いていたらしく、三千世界に戦いを挑みこそしなかったがその強さは十分に納得のいくものだったらしい。その上で圧倒的格上相手に最後まで戦い抜いたイッセーの事を褒めていた。……いくらお気に入りだった奴が旧友の養子になったからって、流石に少しばかり露骨過ぎるんじゃねぇのか? そんなハーデスのイッセーに対する特別扱いに俺が眉を(ひそ)めていると、アルビオンがドライグに三千世界と戦った感想を尋ねる。

 

『それでドライグ。実際に一誠と共に三千世界と戦ってみた感想は?』

 

『端的に言えばアリスとベルセルクとロシウを足し合わせた様な存在だな。ハッキリ言って、グイベルとは相性が悪過ぎる。それで一誠は完成した真聖剣だけでなく、俺を叩き起こしてからグイベルと交代させた上で赤龍帝の籠手もフルで使ったという訳だ。当然、真聖剣の七種の能力にDouble Dimension、極大倍加(マキシマム・ブースト)、更には格闘系の最大火力である龍拳も使っているぞ』

 

『つまり、我等の肉体の強さにあの二人の経験と技術が加わっている様なものか。一誠が姉者の波動を除く全ての力を使ってもなお圧倒される訳だな』

 

『因みに真聖剣の奥の手である最終幻想(ラスト・ファンタズム)だが、一誠は「武の技量で負けている以上、威力だけを引き上げてもまず通用しない」と判断してあえて使わなかった。実際、俺から見てもまともに当たるとは到底思えなかったからな。一誠の判断は正しかったと言えるだろう。……一誠が六年前に経験した戦いがどれだけ過酷だったのか、この戦いを見て俺もようやく理解できたよ』

 

 何だよ、それは。桁外れにも程があるだろうが。

 

 およそ千年前に二天龍と実際に戦い、ここ最近になってイッセーやアリスだけでなくロシウの爺さんやベルセルクとも模擬戦でやり合う様になった俺にしてみれば、ドライグとアルビオンの言葉にただ唖然とするしかなかった。そんな中、今まで瞑想していた三千世界が目を開けて初対面である俺達に視線を向けると自ら名乗り始めた。

 

「この邸の主のお客人か。我が名は三千世界。旧き友と語らい合う為、帝釈天殿の供としてこの地に参った者なり。だがその目的も既に満足のいく形で果たし、後はただ伐折羅王様を地獄へとお送りしてから須弥山へと帰るのみ」

 

 三千世界が淡々と名乗りを終えると、ドライグが三千世界に自ら挑戦する旨を伝える。

 

『待て、三千世界。その前に俺と一度戦ってもらうぞ。真覇龍(ジャガーノート・アドベント)がある今なら、俺が直接戦う事ができるからな』

 

 ドライグからの挑戦に対し、三千世界は即答で快諾した。

 

「面白い。その挑戦、受けて立とうではないか。折角の機会だ。一誠と共に歩むという赤き龍の力と心、この目でしかと確かめさせてもらおう」

 

『あぁ、けして期待外れなんて事にはならんから安心しろ。……ククッ。戦いを前にここまで血が滾るのは、それこそアルビオン以来だな』

 

 こうして俺達の目の前で最強の鬼と二天龍の一頭である赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)の対戦が決まる中、ヴァーリが不敵な笑みを浮かべる。

 

「あの赤い龍が戦いを前に血を滾らせる程の相手か。真覇龍完成へのモチベーションがこれで更に上がったな」

 

『頼むぞ、ヴァーリ。あのドライグにここまで言わせた相手だ、でき得るなら私も直接戦ってみたい』

 

 アルビオンもアルビオンで、おそらくはドライグ以来となる強敵の出現を大いに歓迎している。……この分だと、クロウ・クルワッハが三千世界の存在を知ったら、すぐにでも須弥山に押し掛けてきそうだな。そして、そんな二天龍の様子を見た帝釈天は満足げな笑みを浮かべている。

 

「HAHAHA。その名も高き二天龍も三千世界相手には血が滾るか。そうだよな、コイツ程「強い」ってどういう事なのかを体現している存在(ヤツ)はそうそういねェからな」

 

 すると、帝釈天からの賛辞を受けた三千世界からとんでもねぇ発言が飛び出してきた。

 

「帝釈天殿はそう言ってくれるが、オレなど所詮は己の力に恐れを抱いて一度鬼の軍から身を引いた臆病者に過ぎぬ。それを思えば、まだまだこれからよ」

 

 おい、ちょっと待て。誰がどう見ても世界最強クラスなのに、それでもまだ物足りねぇって言うのか? 一体何を目指して何処に向かっているんだ、コイツはよ。

 

 これだけの強さを持っているんなら、普通はまずあり得ない発言と考え方に俺はおろか他の面々も少なからず困惑する中、帝釈天は面白くてしょうがないと言わんばかりに大笑いし始めやがった。

 

「ハッハッハァッ! そうさ! これだよ! これが俺の望んでいた本物の強ェ奴なンだよ! だから、三千世界と付き合うのが面白くて仕方ねェのさ!」

 

 ……確かに、戦いを司る神の中でも特に戦闘狂の気の強い帝釈天なら三千世界の事を気に入るのは当然だろうな。

 

「アザゼルさん、この程度で驚いても仕方ないですよ。鬼の人達って皆さん大体こんな感じで向上心に溢れていますから」

 

 それにイッセーはイッセーで「しょうがないなぁ」と言わんばかりに平然と受け入れているし、イリナもウンウンと頷いている。なまじ鬼族の事をよく知っているだけに、コイツ等はコイツ等で強さに対する考え方が明らかに一般常識から逸脱してやがる。……というか、地獄の鬼族がこんなのばっかりって、そりゃ一騎当千の強者揃いと言われるくらいに強くなるのも当然だな。

 

「これは後で私も三千世界殿と手合わせした方が良さそうだな。近い将来にオーフィスやクロウ・クルワッハと戦う事を考えると、上には上がいるのだとここで改めて実感しておきたい」

 

 しかも、三大勢力最強の魔王がそれに感化される形で更に上を目指す事を決意しやがった。……まぁオーフィスから狙われているイッセーの現状を考えると、そうならざるを得ないんだがな。

 

「こりゃ死ぬ気で頑張らねぇと、このまま置いてけぼりを食っちまいそうだな」

 

 だから、俺も元々マジだったがそこから更にギアを上げるつもりだ。しかし、その為に神器の研究を疎かにする気はねぇし、聖魔和合の仕事に手を抜くつもりもない。あれもこれもキッチリこなさなきゃいけないのが、堕天使総督の辛い所だな。何より、俺達の背中を見てくれるガキ共が少なからずいてくれるんだ。それで頑張らない訳にはいかねぇしな。

 

 

 

 ……結局の所、あの時の俺もまた三千世界の飽くなき向上心に()てられていたんだ。尤も、その事に気付いたのはそれから一晩寝た事で頭が冷えた後だったんだがな。その後、箱庭世界(リトル・リージョン)で行われたドライグ対三千世界の戦いは正直に言って余り思い出したくねぇ。何せ、二千年程前に目の当たりにしたドライグとアルビオンの戦いに匹敵する程に凄まじかったんだからな。前にイッセーが体格差をものともせずにタンニーンと殴り合いをやったんだが、それがそのまま再現されていた。ただし、双方の拳とその余波の威力はその時の比じゃないがな。そこからドライグが倍加と譲渡によって限界まで強化した怪光線を目から放てば、三千世界は凄まじい威力の雷撃(向こうの人間や鬼の使う術の中でも最高クラスの威力を持つ術で「雷電」というらしい)で相殺するし、ドライグが尻尾からの強烈な一撃を「透過」を使って通そうとすると、「透過」の力そのものに拳を当てて破壊、それと同時に尻尾の一撃をも受け止めてしまうという訳の解らん事を平然とこなしてきた。……あのイッセーが赤龍帝の籠手と真聖剣をフルに使っても圧倒された訳だぜ。

 イッセーやネビロスの爺さんがモニターの一つ一つをしっかりと確認している中、俺はどうせ()()()()()()イッセー達が作り上げた迷路を突破できないだろうと高を括って三千世界の事を思い返していたんだが、オーディンの口から出てきた言葉で現実に引き戻された。

 

「ホウ、やはりあ奴は突破してきたか。さて、あ奴の他に突破してくるヤツが果たして出てくるかのぅ」

 

 その言葉を受けて、俺は早速迷路の攻略者を映したモニターを確認する。そこにはイッセーと同世代と思われる紫髪の美丈夫が映っていた。一見すれば細身でヴァーリとそう変わらない背丈の優男であるが、その視線の強さと鋭さが益荒男としての内面を露わにしている。だが、それ以上に特徴的なのは少年の携えた黒一色の鎚矛(メイス)だ。余りに特異的な形状をした鎚矛の長さは身の丈のおよそ二倍。その内の半分が通常の槌矛の柄頭に相当する部分になっており、大剣にも似た形状ではあるもののフランジが四方に出ている事から分類上は出縁型になるだろう。……アレを一度でも見た事のある奴なら、その使い手が誰なのか即座に思い至る。俺もまたその内の一人であるし、若い頃に変化したあの姿は最後に対峙してからおよそ千年の永い時を経た今もなお俺の目に焼き付いている。

 

「お前なら、この程度の壁は当然ぶち破ってくるよな。……なぁ、「魔王の鉄鎚(メイス・ザ・アスモデウス)」」

 

 いっそ懐かしさすら感じる姿を見ながら、俺は昨日の出来事を思い返していた。

 

 

 

 三千世界とドライグの戦いが両者決着付かずの引き分けに終わった後、俺達はそのままネビロス家に宿泊する事にした。そしてその翌日、それぞれの勢力のトップやそれに近い奴がこの場に揃っているという事で、ネビロスの爺さんに頼んで一室借りてから禍の団(カオス・ブリゲード)対策についてちょっとした会議が行われた。……と言っても、基本的には各自で臨機応変に対応する方針に変わりはなく、強いて言えばオーフィスについてはイッセーに一任する事が満場一致で決定したのが成果と言えるだろう。

 その後、部屋を移動してイッセーとネビロスの爺さんを中心に談笑していた所に執事長に案内されて入ってきたのは、共に人間であれば二十代半ば程と思われる黒髪の女性と二、三歳程の小さな女の子を連れ立った、やはり人間であれば三十歳前後と思われる紫髪の偉丈夫だった。背丈こそイッセーとヴァーリの中間ぐらいであるがその肉体は明らかにイッセー達よりも鍛えられており、更にその顔は口髭を生やした気品のある容姿であると共にその眼には歴戦の強者が持つ独特の強い輝きを秘めている。一方で女の方は端麗な容姿ながらも大人しげな雰囲気を持っており、やや耳が長く尖っている事から純血の悪魔である事が伺える。また男と同じ紫髪と女に似た容姿の女の子は、俺達の方を見ると女の後ろに隠れてしまった。そして、そこから少し顔を覗かせてこちらの様子を伺っている。たぶん知らない奴ばかりで恥ずかしがっているんだろう。柄にもなく微笑ましいと思っちまったが、それもこの三人の自己紹介を聞くまでだった。

 

「皆々様、お初にお目に掛かります。我が名はガレオ・マルコシアスと申します」

 

「妻のアーラです。この子は私達の娘でロズマと申します。ロズマ、ご挨拶なさい」

 

「……ロズマです」

 

 アーラと名乗った女から背を押されて前に出てきた女の子は、小さな声ではあったがしっかりと名乗った。ただやはり恥ずかしかったんだろうな、自己紹介が終わるとすぐに母親の背中に隠れてしまった。何とも微笑ましい光景だと思うが、それ以上に重要な事がある。

 

「おい、ちょっと待て! ガレオ・マルコシアスだと! 先代アスモデウスの親衛隊(ロイヤルガード)の中でも特に「魔王の鉄鎚」と呼ばれていた奴じゃねぇか!」

 

 ……大戦末期に彗星の如く現れたコイツのことはよく覚えている。どうやら先代アスモデウスの元に配属された親衛隊の中でも最後の一人らしく、それ故に先代に(いた)く気に入られていた様だ。実際、アスモデウスを含む先代魔王達が聖書の神に挑んでいる際には他の親衛隊と同様にミカエルを始めとする熾天使(セラフ)の足止めを任されている。そうした役目柄、親衛隊は隊員の入れ替わりが激しいんだがコイツは何度も生き残り、ついには熾天使達の隙を突いて聖書の神に一撃食らわせるなんて大金星を上げた。「魔王の鉄槌」と呼ばれる様になったのもそれからだ。

 大人になって口髭も生やしていた事で顔付きがすっかり変わっちまっていたからすぐには気付かなかったが、俺はおよそ千年前の大戦末期に数回程顔を合わせた強敵が突然現れた事への驚きの余りについ我を忘れて問い質してしまった。それは俺以上に関係の深いカテレアも同様だったらしく、クローズの左手からつい声を出してしまう。

 

『ミカエル達の隙を突いて聖書の神に一撃を入れた功績を先代の方々から称えられ、その報償として冥府でのみ産出するという特殊な素材で作られた鎚矛をアスモデウス様から直々に授けられたという豪勇の士がどうしてここに……! 』

 

 すると、今度はカテレアの声が聞こえた事に驚いたガレオ・マルコシアスがクローズ、正確にはクローズの左手に宿っているカテレアに尋ねた。

 

「そのお声、もしやカテレア様でございますか? 貴女様は人間界の駒王町で首脳会談が行われた折に傍流であるアルベオ・レヴィアタンによって討たれてしまわれたとお聞きしていたのですが……」

 

『それについては別に間違ってはいませんよ、ガレオ。確かに私の肉体は既に滅んでいます。ただ、今はそちらにいる兵藤一誠さんを始めとする赤龍帝の方々のお陰で息子のクローズが保有している赤龍帝の籠手のレプリカを宿代とする事で魂を現世に残しているのです。……これでいいでしょうか?』

 

「承知しました、カテレア様」

 

 流石に先代レヴィアタンの末裔でしかも嫡流であるカテレアには遠慮がある様で、ガレオ・マルコシアスはカテレアの説明を受け入れる事にしたらしい。そして、そのまま今回ネビロス邸を訪れた目的について話し始めた。

 

「此度は我が槌矛を兵藤親善大使にお捧げしたく、ネビロス様に願い出てこちらに参上致しました。先の大戦や内戦においては分家の末子故に最前線に立ち続け、また聖書の神と対峙してなお生き伸びた我が身であれば、来るべきオーフィスとの戦いにおいても兵藤親善大使のお力になれるでしょう」

 

 ガレオ・マルコシアスから驚くべき申し出を受けたイッセーだが、どうやら納得のいかない所があったらしく、その点について尋ねていた。

 

「マルコシアス殿。今アザゼル総督やカテレア女史が仰せになられた様な名高き勇士である貴方が、何故私の眷属あるいは配下となる等と仰せになられたのでしょうか? 確か、マルコシアス家は既に嫡流が途絶えている筈。ならば、政府に名乗り出ればそのままマルコシアス家の爵位を継承できる筈ですが」

 

 すると、ガレオ・マルコシアスはイッセーの質問に対して冷静に答え始めた。

 

「それについてですが、政府も魔王様達も私によるマルコシアス家の再興をけしてお認めにならないでしょう。理由は単純明快。内戦の際に私が付き従ったのはアスモデウス様の末裔であるアスモデウス家だからです。そして、内戦が現政府側の勝利に終わり、アスモデウス家の存続を条件に投降した私はマルコシアス家の最後の生き残りである事、更にはネビロス様と初代バアル様のお取り成しを受けた事もあって死罪こそ免れましたが、マルコシアス家が有していた領地を始めとする全財産と爵位を没収の上で辺境へと流されたのです」

 

「彼の言葉に偽りがない事は、現ルシファーである私が保証しよう。それに、私としては彼ならばマルコシアス家の再興を許しても構わないと思っているのだが、流石に周りが納得してくれそうにないのでね。希望に添えず申し訳ない」

 

 ガレオ・マルコシアスの説明とそれに対するサーゼクスの保証と補足を聞いた事で、イッセーは納得する素振りを見せた。確かに最後は投降したとはいえ、先代アスモデウスの親衛隊を務めた上に内乱においてもアスモデウス家に従った忠烈無比な強者に実家の再興などさせる訳がないよな。

 

「成る程。確かにその様な事情があるのでしたら、現時点での家の再興は難しいでしょう」

 

 政府に名乗り出ない理由に納得した事をイッセーが伝えると、ガレオ・マルコシアスは説明を再開した。

 

「そこで大戦が自然消滅する間際にアスモデウス様が囲っていた妾の中から下賜された妻と二人、貧しいながらも静かに暮らしていたのです。ですが、つい三年前にようやく子に恵まれ、それに伴い先立つ物に乏しい我が身を嘆いている所に、先のエキシビジョンマッチにおいて兵藤親善大使の上級悪魔の昇格のお話が持ち上がり……」

 

 つまり、イッセーの元で功を重ねる事で苦しい家計を改善しながらかつての罪を贖い、その上でマルコシアス家の再興を叶えようと言ったところか。確かに筋は通っているし、イリナやエルレ、ヴァーリは納得がいった様に頷いている。

 

 ……だがな、それだけではまだ足りねぇよ。

 

「おい、ガレオ・マルコシアス。これだけは聞かせろ。……確か、アーラと言ったな。お前の妻は一体何者だ?」

 

 俺が抜き打ちで問い掛けた事で、ガレオ・マルコシアスは一瞬だけだが確かに反応を示した。それを見た俺は一気に畳みかける。

 

「マルコシアス家は総じて嘘を嫌うという悪魔としては非常に珍しい気質で、それに伴い他人に対して誠実である事でも有名だ。そんな奴がいくらテロリストの仲間になったからといって主君筋であるアスモデウス家を離反する筈がねぇ。だとすれば、アスモデウス家よりも優先するべき何かがあると判断するべきだ。イッセーもその可能性には気付いていた様だが、お前に気を遣ったのかあえて尋ねようとはしなかった。だからこそ、俺の方から尋ねさせてもらったぜ」

 

 まぁ、ここは悪魔勢力としては部外者だが三大勢力全体では関係者である俺が聞き出すのが一番角の立たないやり方だからな。役割分担はしっかりやるのが俺の主義だ。そして、俺からの追及を受けて観念したのか、ガレオ・マルコシアスは何故かネビロスの爺さんに確認を取る。

 

「……やはり堕天使の総督殿の目は誤魔化せなかったか。ネビロス様、いかが致しましょうか?」

 

「フム。この際だ、この場にいる者達全員に事情を説明した方が良かろう。ただ、流石に子供達は遠慮した方が良いな。さて、どうするか……」

 

 ここでネビロスの爺さんが頭を捻っている時点で、事が相当に厄介であるのは間違いない。だから、子供達をこの場から外すべきなんだろうが、それでは誰が子供達の面倒を見るべきなのか。しかし、それを解決してくれたのはネビロスの爺さんの奥さんだった。

 

「それじゃ、子供達は私が面倒を見ましょうか。アウラちゃん、クローズ君、ロズマちゃん。お婆ちゃんと一緒に行きましょうね」

 

『では、クローズの代わりに私が話を聞きましょう。……赤龍帝再臨(ウェルシュ・アドベント)

 

 そして、クローズの代わりに話を聞く為にカテレアが赤龍帝再臨で実体化してきた。これに驚いたのが、ガレオ・マルコシアスだ。

 

「カ、カテレア様。つい先程、肉体は滅んだとお伺いしたばかりなのですが、これは一体……?」

 

「それについては、特殊な術式で一時的に魂を実体化させただけですよ。これも歴代の赤龍帝の方々のお陰です」

 

「……赤龍帝とは、ここまで凄まじい存在だったのですな」

 

 ガレオ・マルコシアスは歴代赤龍帝の凄まじさに感嘆した。これは俺もサーゼクスも一度は通った道だ。コイツの気持ちはよく解る。そうしている内にネビロスの爺さんの奥さんがアウラ達を連れてこの部屋を出ていった所で、ガレオ・マルコシアスは妻であるアーラの素性を明かし始めた。

 

「では、お話し致しましょう」

 

 ……ただ、その内容はある意味で俺の予想を超えていた。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

あと二話で切り良く第三章を終われるといいのですが。

では、また次の話でお会いしましょう。

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