未知なる天を往く者   作:h995

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第二十二話 対戦後の四方山話

 若手対抗戦の開幕試合は激闘の末、グレモリー眷属の勝利に終わった。ただ、対戦の内容については薄氷の勝利としか言い様のないものだった。(キング)であるリアス部長がリタイアしたり、転送用の魔方陣への魔力供給を担当していたギャスパー君が攻撃に晒されてリタイア寸前まで追い込まれたりと、何かが一つ違っていれば対戦の勝敗は引っ繰り返っていただろう。相手に押されて危うく躓きかけたリアス部長も最善策を選び損ねたソーナ会長も色々と反省点は多いから、これらを糧に更なる成長を遂げるのだろう。

 

 ……ただそれは少し後の話であって、対戦が終わったばかりの今は何も考えずにただゆっくりと休んでほしいと思う。

 

 そうして転送用の魔方陣に予め転送先として設定されていたVIP席の中央付近に現れた僕を、満場の拍手が出迎えた。三十秒ほど経ってもまだ鳴り止まない拍手の中、イリナとエルレ、レイヴェルの三人が近付いてくる。

 

「お疲れ様、イッセーくん」

 

「一誠、こっちの仕事は俺とレイヴェルで済ませておいたよ」

 

「一誠様、こちらを」

 

 イリナが労いの言葉をかけ、エルレが僕の代理で行った仕事の報告をした後、レイヴェルが代務者の証である外套を差し出してきた。

 

「ありがとう。イリナ、エルレ、レイヴェル」

 

 三人に感謝を伝えてから代務者の証を受け取ると、それを駒王学園の夏服の上から纏った。そして、今回は悪魔勢力に所属する者としての謁見である事から天界所属のイリナにはこの場で待ってもらい、エルレとレイヴェルの二人を連れ立って悪魔勢力のトップであるサーゼクスさんの前に出る。

 

「ルシファー陛下。此度の対戦におきましては私の愚見をお認め頂きました事、心より感謝致します。これで私を見出して頂きましたリアス・グレモリー様とソーナ・シトリー様より賜りしご厚恩に僅かながらでも報いる事ができました」

 

 その場で跪いて今回の対戦で僕の意見を通してくれた事への感謝を伝えると、サーゼクスさんから今回の件に関する所見を告げられる。

 

「確かにこのサプライズ企画を持ち込んできた時には私も流石に驚いたが、結果は見ての通りだ。兵藤親善大使、愚見などと謙遜せずに堂々と胸を張るといい。それだけの事を君はやってみせたのだからね」

 

「お褒め頂き、恐縮でございます」

 

 サーゼクスさんから好評を頂いた事に対して再び感謝の言葉を伝えると、次にアジュカさんが声を掛けてきた。

 

「今回は短期決戦(ブリッツ)形式だった事とゲーム開始前にシトリー眷属が君を確保した事もあって制限時間の半分も消費しない内に決着がついてしまったが、その短さをまるで感じさせない手に汗握る試合展開だった。そこで、まずはこの新しい対戦方式の名称を教えてほしいのだが……」

 

 アジュカさんから新方式の名称について尋ねられたので、僕は密かに考えていたものを挙げる。

 

「この対戦方式の名は、ロイヤル・エスコートでございます。ベルゼブブ陛下」

 

「成る程。この新しい対戦方式が想定しているのは、私達魔王の様な重要人物を対象とした敵地からの救出作戦。それを踏まえた上でこの名称にしたのは、全ての悪魔は(キング)と見定めた者に対して忠実なる護衛であるべしという君の願いを込めての事かな?」

 

「ベルゼブブ陛下のご明察の通りでございます」

 

 アジュカさんが推測した新方式の名称の所以が正解である事を僕が伝えると、アジュカさんは満足げな笑みを浮かべて頷いた。

 ……ここでアジュカさんが「魔王」と言い切らずに「王と見定めた者」とややボカした表現に留めたのは、解釈によっては冥界に住まう者達を守るべき王と見定める事も可能だと気付いたからだろう。でなければ、「これだから、君は面白いんだよ」と呟いたりはしない筈だ。そして、アジュカさんはここで自らの意向を明らかにする。

 

「実はリアス・グレモリーとソーナ・シトリーが対戦している途中から「この新方式はいつから公式戦で採用されるのか」という問い合わせがレーティングゲーム本戦の運営の方に殺到しているとの事でね。そこでトップランカー数名によるテストマッチを通じて様々な角度から検証を行い、その上でルールの最終調整を行った後にこのロイヤル・エスコートをレーティングゲームの新しい対戦方式として正式に採用しようと考えているんだよ」

 

 アジュカさんの発言によって、この場の大部分を占める悪魔の貴族達が感嘆の声を上げる。反対の声が特に上がらなかったのは、それだけ先程まで行われていたグレモリー眷属とシトリー眷属の試合が高く評価されているからだろう。そして、アジュカさんはそのまま他の魔王様達の意志を確認する。

 

「サーゼクス、セラフォルー、ファルビウム。お前達はどう思う? 俺の考えは今言った通りなんだが」

 

「見ていて面白そうだったから、僕はやってもいいと思うよ。だいたいさ、レーティングゲームに関する事って僕の管轄外だから、ここで僕が口を出すのも何か違うと思うんだよね」

 

「私もいいよ☆ それに今回イッセー君がやった囚われのお姫様役、せめて一回だけでもいいから本物の魔王である私もやってみたいなぁって☆」

 

「私としても特に異論はないな。まだ成熟していない悪魔同士の対戦でもこれだけのグッドゲームになったのだ。レーティングゲームの本戦、特にトップランカー同士の対戦であれば一体どれだけの名勝負になるのか。それが今から楽しみでしょうがないよ」

 

 意外にもファルビウム様が最初に承認する旨を返すと、セラフォルー様とサーゼクスさんがそれに続く形で承認してきた。

 

「では、決まりだな」

 

 四大魔王全員の承認が得られた事でアジュカさんがそう宣言すると、先程と変わらない程の大きな拍手が始まった。正直な事を言えば、ロイヤル・エスコートはこの場限りでも構わないと思っていた。しかし、実際に皆にやってもらって気付いたのだが、このロイヤル・エスコートには色々な可能性が秘められている。例えばワンデイ・ロング・ウォーと組み合わせる事で護衛対象の捜索方針に始まり、本陣までの護送ルート、更に転送終了までの護衛プランの設定と戦略性が著しく増す上に防御や補助、更には諜報や索敵などレーティングゲームでは余り脚光を浴びない裏方となるサポートタイプが重要な役割を担う事になる。この様にルールの設定の仕方によっては、ただ力任せに敵を殴り倒すだけではけして勝てない様にする事もできるのだ。

 ……それにレーティングゲームに関しては自分の手を完全に離れている事もあって興味を殆ど失っていた筈のアジュカさんが積極的に動いたのを見ると、ロイヤル・エスコートの可能性に気付いて再び興味が湧いてきたのかもしれない。

 こうして満場の拍手の中で僕のサーゼクスさん達への簡単な謁見が終わり、僕達がイリナの元へと戻ったところでVIP席にいた方達が所々で集まって今回の対戦について色々と話し始めた。これによって僕達への視線の数が一気に減ったのを受けて、僕の後ろに控えていたレイヴェルが話しかけてくる。

 

「これでまた一つ、一誠様の功績が増えましたわね」

 

「別にこれを狙っていた訳じゃないよ。ただ実際にやってみた結果として、ロイヤル・エスコートには想像以上に多くの可能性が秘められていたってだけなんだ」

 

 別に点数稼ぎの為でなかった事を伝えると、レイヴェルはクスクスと笑い出した。

 

「世の中、得てしてそういうものですわ。それにしても、一誠様が読み違えるなんて珍しい事もあるのですね」

 

「そんな事は別に珍しくとも何ともないさ。僕だって何度も読み違えたからこそ、それを二度と繰り返さない様にレイヴェルが誤解するくらいには読みの精度を上げ続ける事ができた。ただそれだけの事だよ」

 

 微妙に誤解しているレイヴェルにそう言うと、レイヴェルは納得したらしくウンウンと軽く頷いた。

 

「頭も体も使い続けていかないと、どんどん鈍ってしまって上手く働かなくなりますものね」

 

 ……その言葉、できれば一度ゼノヴィアに聞かせてやってほしい。

 

 イリナからゼノヴィアの悪癖について聞かされていた僕がそう思っていると、イリナがその考えをそのまま口に出してしまった。

 

「その言葉、一度ゼノヴィアに言ってほしいわ。ゼノヴィアって、自分一人か周りに頼れる人がいない時は結構思慮深いところがあるけど、そうでない時には考える事を人に任せて怠けちゃうんだもの」

 

「確かに、ゼノヴィアさんにはその様な言動が度々見受けられますわね。一誠様の騎士(ナイト)になる事をお望みであるのなら、それではいけないというのに……」

 

 レイヴェルはそう言うと、最後に溜息を一つ吐いた。そこにエルレが話に加わってくる。

 

「でも、今回の対戦じゃそれなりに考えて動いていたと思うぞ。元士郎と対峙した時だって、あの時元士郎を直接斬りに行っていたら、ほぼ間違いなく一誠の転送を阻止されていただろうからね。それをとっさの判断でラインだけ切った後は本陣から遠ざける様に動いたんだから、ゼノヴィアは頑張った方だよ。まぁヴリトラをギャー坊のすぐ側にあったテーブルの影に潜ませていた元士郎の方が一枚上手だったんだけどね」

 

 ……自分で考えて実行した事が上手くいった事への喜びとそれでも一歩及ばなかったという悔しさの両方を知った今のゼノヴィアであれば。

 エルレのゼノヴィア評を聞いてそう判断した僕は、ゼノヴィアの指導方針に新たな方向性を打ち出す事にした。

 

「それなら、今の内にゼノヴィアにロシウを講師とする戦術と戦略の授業を受けさせようかな? 鉄は熱い内に叩けってね」

 

「いきなり私達と一緒にハーマ様から教えを賜るのは流石に無理がありますものね。それでよろしいかと」

 

 レイヴェルがゼノヴィアの指導方針に納得して頷いた所でちょうど話が一段落着いたのだが、それに合わせたのだろう。アザゼルさん達がこちらに近付いて来た。

 

「ヨウ、イッセー! 今回も派手にやらかしたなぁ。まぁこの対戦で何かやるってのは聞いていたんだが、まさか全く新しい対戦方式を作戦時間中にサプライズでブチ込むとは流石に思ってなかったぜ」

 

 開口一番そう言って来たアザゼルさんに対して、まずは軽く挨拶を入れる。

 

「これはアザゼル総督。此度はお楽しみ頂けた様で何よりでございます」

 

「オウ、楽しませてもらったぞ。それに人工神器(セイクリッド・ギア)を貸し出した連中がそれぞれの場所で活躍してくれたお陰で、そっちとの技術提携が上手くいったと胸を張って言えるだけの成果も得られた。神の子を見張る者(グリゴリ)の総督としても、今回の対戦は十分に満足できるものだったぜ」

 

 そう語るアザゼルさんは本当に上機嫌だ。それだけ今回の対戦で得られた成果が大きかったのだろう。次にヴァーリが話しかけてきた。

 

「俺もそれなりには楽しませてもらったぞ。色々と興味深いものが見られたからな」

 

 ……それなりには、か。

 

「中々に辛口の評価だな、ヴァーリ。瑞貴の全力が見られなかったからか?」

 

「そちらの方は最初から諦めていたよ。ギャスパー・ヴラディに一切の制限が掛かっていないのならともかく、今の木場祐斗では流石に武藤瑞貴に全力を出させる所まではいかないからな。全力が見られなくて残念だったのは、むしろ匙元士郎の方だ」

 

 今回の対戦で注目していたのは瑞貴でなく元士郎の方だったというヴァーリの答えを聞いて、僕は納得していた。確かに今回の対戦において、元士郎は僕の護衛を最優先していたし、グレモリー眷属の本陣に連れ去られた後は祐斗の足止めを食らった事もあって前線で暴れる機会が殆どなかった。それだけに期待外れに終わった事で全体の評価が少々辛口になっても心情的には仕方がないのだろう。そう思っていると、アルビオンが話に加わってきた。

 

『ただ、今回初めて見せた「ラインによる変則的かつ立体的な高速移動」についてはヴァーリも素直に感心していたぞ』

 

「尤も、白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)を持つ俺には通用しないがな。ただ、あの男の事だ。移動に使用するラインを見せつける一方で目視が困難な程に細いラインを使った罠の十や二十は軽く仕込んでくる筈だ。それが解っただけでも、このゲームを見る価値が十分にあったよ」

 

 アルビオンから元士郎のラインを用いた立体機動をヴァーリが評価していた事を聞かされ、ヴァーリもそれを軸にした戦術の可能性を垣間見た事でそれなりとはいえ楽しめた事を伝えられた僕は、ここである疑問をぶつけてみた。

 

「成る程。ただ、元士郎だけだと「色々と」が余分になるな。それは何処から出てきたんだ?」

 

「確か、花戒桃だったか。もう一人のソーナ・シトリーの僧侶(ビショップ)の名前は。彼女の補助魔法は俺から見ても中々のものだった。だから、早速盗ませてもらったぞ」

 

 そう言って、ヴァーリは魔方陣を手元に展開してみせた。……あの術式を最後まで進めると、時流加速魔法であるクイックムーブが発動する。魔力の応用で再現できる補助魔法を見取り稽古の形で盗み取ったという事か。本当に抜け目のない男だ。この辺り、父親的存在であろうアザゼルさんにそっくりだと心から思う。

 

「忘れていたよ、ヴァーリ。お前が魔導においても天才だったって事を」

 

『実際にドライグだけでなく姉者をも宿しているお前と戦う場合、姉者の能力で私の能力が全て無効化される。それを承知の上で真っ向から挑むのであれば、ヴァーリは白龍皇の能力とは別の戦う手段を講じなければならない。その意味では実にいいタイミングだったぞ』

 

「尤も、この場で盗めたのはあくまで対オーフィス戦で一度直接見た時流加速魔法だけで、残りは流石にモニター越しでは無理だったんだがな。まぁアザゼルの話だと向こうで一般的な魔法については既に術式の提供を受けているとの事だから、まずはそちらを押さえる事にするさ」

 

 逆に言えば、モニター越しでなければ魔力の流れや術式の詳細な構成を把握した上で盗み取る事ができるのだから、ヴァーリもまた規格外の天才という事だろう。しかも歴代白龍皇の誰よりも強くなる事に貪欲と来ている。……十年後には素でサーゼクスさん達の領域まで駆け上がってきそうなヴァーリの天才ぶりに、僕はただ溜息を吐きたくなった。

 

「ヴァーリ、僕が向こうの魔法を呪文書なしで使える様になるまで結構時間がかかっているんだぞ。それを半分以上省略するなんて、正直に言えばお前の底なしの才能が羨ましいよ」

 

 称賛と羨望が入り混じる複雑な感情を抱きながら僕がそう言うと、ヴァーリは何故か呆れた様な表情を浮かべる。

 

「その台詞、二十年にも満たない人生で歴代赤龍帝の全てを継承したというお前にだけは言われたくないな。俺も流石に一般的な学問や音楽といった戦いに直結しないものまで身につけようとは思わないし、おそらくは無理だろう。そんな無理難題を迷いなく始めて、そして最後までやり通せるのがオーフィスも認めたお前の強さなんだろうな」

 

 ……ロシウや計都(けいと)から魔導や道術の奥義をまだ教わっていないし、教えるつもりはないとハッキリ言われているので全てとは到底言えないのだが、ここで言ってもしょうがないので訂正はしない事にする。そこで、義父上の旧友であるウォーダン小父さんとヌァザ様のお二方が僕に声を掛けてきた。

 

「ホッホッホ。一誠や、今日はとても良いものをみせてもらったぞい」

 

「ウム。それについては儂もオーディンに同意しよう」

 

 お二方のお褒めの言葉に、僕は感謝の言葉を伝えてから頭を下げてお辞儀する。

 

「勿体無いお言葉、誠にありがとうございます。オーディン様、ヌァザ様」

 

「……ここでプライベートでの呼び方をするのは流石に不味いか。仕方ないのぅ」

 

 ウォーダン小父さんが物足りなさそうな表情を浮かべて溜息を吐くが、こればかりは仕方がないので我慢してもらうしかない。そこで、ヌァザ様の口から意外な言葉が飛び出してきた。

 

「さて、二代目(セカンド)。眷属選考会は確か二日後だったな?」

 

 ヌァザ様のこの発言に周りがざわつき始めた。本音を言えばここでそれを言ってほしくはなかったのだが、こうなるともはや隠し通すのは不可能なので肯定するしかない。

 

「ヌァザ様の仰せの通りです。ですが、眷属希望者には選抜試験の連絡を入れる際に他言無用と伝えております。故に本来であればヌァザ様を始めとする外来の方々がお知りになる事などあり得ない筈なのですが……」

 

 知る手立てのない眷属選考会の開催日を知っていたヌァザ様の事を怪訝に思ったが、僕の身近に伝手となり得る者がいた事に気付いた。

 

「……セタンタでしょうか?」

 

「二代目よ、セタンタはそなたの言いつけ通りに口を閉ざそうとしたのだ。それを儂が無理に聞き出したのだから、どうかヤツの事を叱らないでやってくれ」

 

 非はセタンタでなく自分にあると断言されてしまった以上、僕からはもう何も言えなくなってしまった。

 

「ヌァザ様がそう仰せであれば、此度の事は不問に致します」

 

 溜息混じりにそう伝えると、ヌァザ様も流石にバツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「済まぬな、二代目」

 

「いえ、私も些か口が過ぎました。お許し下さい」

 

 こうしてお互いに謝罪した事でこの話はここまでと手打ちにした。

 

「あの、オーディン様。かつてはダーナ神族の王であられたヌァザ様に対して全く気圧されずにお話しになっていますけど、兵藤親善大使って本当に私よりも年下なんですか?」

 

「エギトフとクレアの話ではその筈なんじゃのぅ。あれだけ堂々としておるのを見とると、とても信じられんわい。これで実はバルドルやヴィーザルと同世代だと改めて言われたら、儂は疑うどころか納得と共に受け入れてしまいそうじゃ」

 

「どれだけ若くても、妻子持ちになるとやっぱり肝の据わり方が違うんでしょうかね? ……紫藤さんとベルさんが羨ましい」

 

 ……かすかに聞こえてくるウォーダン小父さんとロスヴァイセさんのひそひそ話の内容に、僕はただ苦笑するしかなかった。それを何となく悟ったのか、ここでアザゼルさんが話題を変えてきた。

 

「しかし、初代バアルはもちろんの事、オーディンの爺さんにハーデス、更にはヌァザ殿とネビロスの爺さんの顔は一体どれくらい広いんだ? イッセーはイッセーで日本に限定すれば俺達以上に顔が広いし、ここまで来るとお前さん達だけで大半の勢力と話ができそうだな。全く、とんでもねぇ話だぜ」

 

 このアザゼルさんの強引な路線変更にウォーダン小父さんとヌァザ様が乗ってきた。

 

「それについてはアザゼル坊の言う通りじゃな。腐れ縁の儂とてエギトフの知り合いを全て知っておる訳ではないからのぅ。まぁ、昨日は一誠の顔の広さの方に驚かされたんじゃがな」

 

「ウム、ドライグを直接知っている儂とて()()には流石に驚いた。世界は想像以上に広いのだと、この歳になって改めて思い知らされたわ」

 

 お二人の反応を見たアザゼルさんは訝しげな表情を浮かべると、僕にどういう事か尋ねてきた。

 

「おい、イッセー。一体何の話だ?」

 

「実は……」

 

 そこで僕が事情を説明しようとすると、別の方から声を掛けられた。

 

「よー、幼き(つわもの)。今日は楽しませてもらったぜ。ま、昨日程じゃなかったンだが、流石に()()と比べるのは野暮ってヤツだろうさ」

 

 幼き兵と声を掛けられた方を向くと、そこには五分刈りの頭に丸レンズのサングラスを掛け、首に数珠を巻いたアロハシャツ姿の男性がいた。

 

「帝釈天様、お楽しみ頂けた様で何よりでございます」

 

 ……そう。この方の名は帝釈天。インド神話においてはインドラという別の名前を持つ須弥山勢力の主神にして、あらゆる神話勢力を視野に入れてもなおトップクラスに位置する武神でもある。それ程の方が凄く上機嫌で僕と肩を組むと、バンバンと肩を叩いてきた。

 

「それにしても、昨日のお前はホントに凄かったなぁ! お陰ですっかり盛り上がっちまって、途中から俺も思わず参戦しちまったZE! それでも最終的には負けちまうンだから、()()()はやっぱとんでもねェ! ま、俺としちゃ久々に本気の全開でギッチギチにやり合ったから大満足だけどな!」

 

 僕に対して明らかに親しげな態度を示す帝釈天様を見て、アザゼルさん達は呆気に取られている。すると、帝釈天様と一緒におられた方が声を掛けてきた。

 

「一誠よ、久しいな」

 

 ……おそらくは打ち出の小槌を使ったのだろう。僕の記憶にあるものよりかなり小さくなってはいるが、あの戦いを通して己の過ちを認めた後の威厳に満ちたお姿は三百年の時を経てもなお変わっていなかった。僕は帝釈天様が組んでいた肩を放して頂いたのに合わせて最敬礼の形で深くお辞儀すると、再会の挨拶を始める。

 

「お久しぶりでございます、伐折羅(バサラ)王様」

 

「ウム。ダイダや風神達から既に話を聞いてはいたが、この目で一度確認しようと思ってな。帝釈天殿と()()に無理を言って急遽代わってもらったのだ」

 

 そう言って、伐折羅王様は僕の目をジッと見始める。そのまま十秒ほど経つと、伐折羅王様は満足げに頷いた。

 

「一誠よ。確かにダイダ達の言った通りであった。誠に良き男に育ったな。桃太郎達もまた草葉の陰で喜んでいよう」

 

「伐折羅王様。お褒めの言葉、有難く頂戴致します」

 

 鬼の言葉には一切の嘘がない。だからこそ、伐折羅王様に褒められた事が凄く嬉しかった。

 

「あ~、イッセー。話があまりに急過ぎて、俺達は完全に置いてけぼりを食らっているんだが……」

 

 頭を掻きつつ心なしか申し訳なさげにそう言って来たアザゼルさんに応えたのは、僕ではなくエルレだった。

 

「あぁ、確かに昨日ネビロス邸にいなかった総督達は解らなくてもしょうがないよな。正直な話、その場にいてイリナから説明を受けた俺ですら今でも信じられないからな」

 

「……どういう事だ?」

 

 エルレの言葉にヴァーリは首を傾げるが、アザゼルさんは何かに勘付いた様で帝釈天様に尋ね始めた。

 

「帝釈天殿、一つ確認してもよろしいか?」

 

「何だ、アザ坊。随分と神妙な面をしてるな。ひょっとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事でも確認してェのか? だったら、その答えはYESだぜ」

 

 しかし尋ねたかった事を帝釈天様が先取りした上で答えを返してしまった事で、アザゼルさんはとても深い溜息を一つ吐いた。

 

「……納得したよ。本人じゃないが、その次に強いダイダ王子の戦いっぷりは実際にこの目で見たからな。エルレの信じられない気持ちがよく解るぜ」

 

「アザゼル小父さん?」

 

 アザゼルさんのガクッと肩を落とした様子に今度はクローズが首を傾げるが、ヴァーリはここでハッとした素振りを見せる。……ヴァーリには一度話をした事があったから、その可能性に思い至った様だ。

 

「まさか、そういう事なのか?」

 

 その様子を見た帝釈天様はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「どうやら気付いた様だな、白龍皇。いや、白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)と呼んだ方がいいか?」

 

 そして、そのまま昨日あった事を話し始めた。

 

「昨日な、俺の知る限りでも間違いなく史上最強の鬼が俺と一緒にこっちに来たんだが、この機を逃すと次の機会がいつ来るのか解らんって事で幼き兵とガチでやり合ったのさ。場所は幼き兵が個人で持ってるっていう異相空間で、名前は確か箱庭世界(リトル・リージョン)だったか? その場には俺とそこのお嬢ちゃん達の他にネビロス夫婦、後はネビロスの邸に来ていたオーディンにヌァザ、ハーデスも立ち会っているぜ」

 

 ここで尽かさず、アザゼルさんが疑問をぶつける。

 

「なんでそこでハーデスの名前も出てくるんだ? ……いや、話を聞いた限りじゃハーデスは冥界の先住民であるネビロスの爺さん達を特別視してるんだったな。それにイッセーの事もかなり気に入っている様子だったし、そんな二人が養子縁組で親子になったって聞けば当然会いに来るわな」

 

 結局、自分で答えに辿り着いたアザゼルさんは再び溜息を吐いた。この僅かな時間で一体何回溜息を吐いているのだろうか? ……度重なる心労で体裁を繕う余裕すらなくなってしまったアザゼルさんの事が次第に心配になってきた。

 

「それで、その続きは? 正直に言えば、その先を聞くのがスゲェ怖いんだが……」

 

「ま、アザ坊の想像した通りだ。唯でさえ神器抜きでも戦闘専門の神と同等クラスの奴と互角にやり合える幼き兵が赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)も噂の真聖剣もフルに使ったってのに、それでもアイツの方が圧倒してたぜ。流石は向こうの須弥山の主ってとこだな」

 

 アザゼルさんに促される形で帝釈天様が続きをお話になったところで、ヴァーリが感嘆の声を上げる。

 

「参ったな、想像以上だ」

 

『ウム。全盛期の私やドライグ、それに今の姉者とクロウ・クルワッハならば同じ事ができるだろうが、まさか私達の他にも実際にやれる者がいたとはな。単騎で私達二天龍と渡り合えるという一誠の目利きは正しかったという事になる』

 

 アルビオンも納得の声を上げる一方、アザゼルさんは相当に胃が痛い様でお腹に手を当てる素振りを隠そうともしていない。

 

「こりゃ、いよいよ総督の俺が主体になって話を進めないといけなくなったな。今までとはまた別の意味で地獄の鬼族を敵に回せなくなっちまったぞ。まさか、この俺が胃痛に苦しむ事になるとはな……」

 

 ……後でロシウ特製の胃薬をアザゼルさんに渡しておこう。

 

 心の中でそう決めた所で、帝釈天様は話の続きを語り始めた。

 

「そして、そんな劣勢の中でも幼き兵は一歩も退かずに闘い続けたンだよ。三百年前にアイツが語った通りだったって訳だ。そんなのを目の前にしてよ、戦の神が盛り上がらない訳がねェよな。……で、後は最初に言った通りさ」

 

 昨日あった事についてそう締め括った帝釈天様に対して、クローズは()()()について正直に尋ねる。

 

「あの、それでイッセー兄ちゃんが闘った人って誰なの?」

 

 明らかに一勢力の長に対する言葉遣いでなかったが、流石に幼いクローズを叱責する訳にもいかず、帝釈天様は苦笑しながらもクローズの質問に答えた。

 

「……三千大千世界。俺は縮めて三千世界って呼んでるんだが、神や仏にすらケンカを売れる奴がゴロゴロいる鬼族の中でも文句無しで最強の男だ」

 

 ……僕の知り得る限りでも次元違いの強さを誇る存在の名前が、初めて公の場で明かされた瞬間だった。

 




いかがだったでしょうか?
……実は一誠にとって前日の方が大変だった、という話です。
では、また次の話でお会いしましょう。

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