未知なる天を往く者   作:h995

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第二十話 親善大使争奪戦 ― 終盤 ―

 ついさっきまでソーナ会長の本陣にある転送用の魔方陣に入ろうとしていたのに、今はそこから最も遠い地点にある魔方陣の中で自分が転送されるのを静かに待っている。……グレモリー眷属の皆が積み重ねてきた数々の手が一気に花を開き、圧倒的に不利だった形勢を一気に逆転させたのだ。その見事なまでの逆転劇に、僕はただ感嘆の声を上げるしかない。

 

「ソーナ会長はけして悪手を打った訳じゃない。むしろ打った手自体は妙手と言えるものばかりだった。でも、リアス部長を始めとする皆の勝利にかける執念がそれを上回ったと言ったところかな」

 

 転送用の魔方陣に魔力を送り続けているギャスパー君にそう話しかけると、ギャスパー君はその通りであると頷く。

 

「はい、それについては胸を張って言えます。でも……」

 

 そう言って不安げな表情を浮かべるギャスパー君を見て、僕はしっかりと現状を理解していると悟った。

 

「その分なら解っているみたいだね。ここで勝利を決め切れなかったら、リアス部長達にはもう後がないって事に」

 

 僕が確認を取ると、ギャスパー君はただ頷くだけだった。……数も戦況も不利な状態から無理に無理を重ねて、やっとの思いで掴み取った勝機だ。それだけにここで躓くと、ゲームの形勢が再びソーナ会長達へと傾いてしまう。しかも、今度は挽回が不可能なレベルで。それだけに、本当ならグレモリー眷属の中では祐斗に次ぐ強さを持つ自分が元士郎か憐耶さんを抑えに行きたい筈だ。だが、それが許されない現状にギャスパー君は苦しんでいる。

 

「……一誠先輩」

 

「どうしたのかな?」

 

「こんなにも辛くて苦しい思いを、一誠先輩はこれからずっとしていく事になるんですよね?」

 

 ……ここでそういう質問が出てくるから、僕はギャスパー君に凄く期待しているのだ。だから、この質問にはしっかりと答えなければならない。それがギャスパー君の師匠としての務めだった。

 

「そうだね。これから先、僕は余程の事がない限りは自分から皆を助けに行けないし、皆の前に立って直接守る事もできないだろう。……守りたいと思っているのに逆に守ってもらうって、結構辛いし苦しいよ?」

 

「僕も今それを実感しています。なんで、ここで魔力を供給しているのが僕なんだって。むしろ眷属である僕が時間稼ぎをするべきじゃないのかって」

 

 憐耶さんが繰り出してくる絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)の端末を一基でも本陣に入れない様に必死に撃ち落としているリアス部長の姿を目の当たりにしながら、ギャスパー君は苦悩する己の心中を語っていく。悪魔社会の常識であればギャスパー君の言う通りだろう。ただ、今でこそどうにか水際で防ぎ切ってはいるが、それは憐耶さんが小猫ちゃんの攻撃への対処にかなりの部分で意識を割いており、その代償として他の端末の制御が甘くなっているからだ。その為、小猫ちゃんによる抑えが何らかの形でなくなってしまえば絶界の秘蜂の制御が元通りとなり、水際で抑え切れなくなって本陣へと入り込む端末が確実に出てくる。そうなると転送用の魔方陣への魔力供給者を守る為に防御結界を展開する必要があるが、ギャスパー君では絶界の秘蜂の攻撃を防ぎ切れるだけの強度を防御結界に持たせる事ができない。一方でリアス部長は破滅の盾(ルイン・シェイド)という形でそれができる。だから、現在の役割分担こそがグレモリー眷属が勝利する為の最善策だった。

 

「……でも、だからこそ、僕はここで踏み止まらないといけないんですね」

 

 それ等を全て飲み込んだ上でのギャスパー君の言葉を聞いて、僕はその通りだと肯定する。

 

「うん。それでいいんだよ、ギャスパー君。それが最終的に皆を守る事に繋がっていくんだ。自分のやるべき事を、自分のいるべき場所で、自分なりのやり方で、そして自分にできる精一杯の力でやり切る。これはどんな立場であっても変わる事のないとても大切な事だと、僕は思っている」

 

 最後に今までの経験から得た物の見方の一つについて語ると、ギャスパー君は自分にもそれができるのかを尋ねてきた。

 

「……僕も、そんな風にできるんでしょうか?」

 

 だから、僕は断言する。

 

「できるよ。少なくとも、僕はそう信じている」

 

 いつか、ギャスパー君は僕の元から巣立ち、より高く広い世界へと羽ばたいていく。……そういう男だと、僕は見込んでいるのだから。

 

 ギャスパー君と師弟として話をしている間に、魔方陣の上に浮かび上がったカウントが半分を切った。僕の転送まで残り二分半、このままグレモリー眷属が一気に決めてしまうのか。この対戦を観戦している多くの人は今もそう思っている筈だ。ただ、忘れてはならない。戦いには必ず相手がおり、全てが自分達の思惑通りに行くという事は十中八九あり得ないという事を。

 

〈部長、すみま……〉

 

 小猫ちゃんから念話が届いたもののそれが途中で途切れた瞬間、リアス部長は即座に自ら本陣前に敷いた防衛線を放棄してギャスパー君と僕の元へと走り始めた。それから僅か二、三秒後、その後ろを絶界の秘蜂の端末が幾つも追い駆ける。そのスピードはつい先程までリアス部長が撃ち落としていた時とは比べ物にならないくらいに速かった。そして、リアス部長が必死に僕達の元へと駆け付ける中、グレイフィアさんのアナウンスが流れる。

 

『リアス・グレモリー様の戦車(ルーク)、リタイア』

 

「破滅の盾!」

 

 そのアナウンスが終わると同時に端末より僅かに早く僕達の元に辿り着いたリアス部長は、僕とギャスパー君、そして自分の三人を覆う形で破滅の盾を展開する。それとほぼ同時に魔力刃を展開した絶界の秘蜂の端末がギャスパー君目掛けて突撃してきたが、その直前に展開された破滅の盾に衝突してそのまま崩れ去る。

 

「……本当にギリギリだったわね。小猫の念話が途切れてからここまで退くのを一瞬でも躊躇っていたら、破滅の盾が間に合わずに魔力供給で身動きが取れないギャスパーを狙い撃ちされて撃破(テイク)されていたかもしれないわ」

 

 ホッと安堵の息を吐きながらそう語るリアス部長だったが、その額には汗が流れている。その汗がけして端末の迎撃で動き回った事によるものだけではない事は見ていてすぐに解った。ギャスパー君も戦況が一気に悪化したのを悟って、リアス部長に確認を取る。

 

「部長、草下先輩の抑えに回っていた小猫ちゃんを撃破したのは、やはり……」

 

「えぇ、祐斗の護封剣(ブレード・バインド)を自力で解除した匙君でしょうね。あの子の実力なら、不意打ちで小猫をすぐに撃破するのはそう難しい事じゃないもの。そうなると小猫の抑えがなくなった憐耶は元通りに動ける様になるし、武藤君を相手に時間稼ぎをしてくれている祐斗も匙君と憐耶から挟み打ちされたら流石に持たないわ。そこまで行けば、後はもう総崩れね。もう一度形勢を逆転させるなんてまず無理よ」

 

 余りに悲観的ではあるが、現実はおそらくその通りに推移するだろう。それだけ、リアス部長は現在の戦況を冷静に見極め、その上で自分達の末路を直視していた。だからこそ、リアス部長は自信を持って断言する。

 

「でも、そうなる前に必ず勝てる。それだけの時間を皆が稼いでくれるわ」

 

 ……しかし、事はそう簡単には上手く運ばないものだ。破滅の盾に強烈な一撃が叩き込まれたのは、そう断言した次の瞬間だった。破滅の盾は見事に耐え切ったものの、攻撃を繰り出してきた人物を確認したリアス部長が驚きの声を上げる。

 

「椿姫! ゼノヴィアとアーシアが足止めしている筈の貴女がどうしてここに!」

 

「私達がゼノヴィアさん達を打ち破ったからですよ、リアス様。ただ桃には重要な役目を任せてきたので、私だけここに来たという訳です」

 

 椿姫さんから語られる余りにも予想外な内容の話を聞いて、リアス部長の動揺は激しい。

 

「そんな……! ゼノヴィアとアーシアからは負けたという連絡は来てないし、二人がリタイアしたってアナウンスもまだ流れていないわよ!」

 

「確かにゼノヴィア先輩とアーシア先輩、それにラッセーの気配がまだ感じられますし、そのすぐ側に花戒先輩の気配もあります。だから、おそらくは花戒先輩の手で無力化されているんだと思います」

 

 気配察知に長けたギャスパー君からの報告で、リアス部長は自分の打った手が悪手になった事を認めるしかなかった。

 

「憐耶はもちろん花戒さんの事も注意していたし、その対策としてアーシアをゼノヴィアに同行させたのに、それでもまだ足りなかったっていうの?」

 

 実は、その通りだった。風の精霊に頼んで立体駐車場における戦いの一部始終を見せてもらった僕は、改めて皆が強くなっていると実感した。

 ……桃さんは新たに夜天の書に記載されているグレイプニルの術式を組み込む事で拘束用人工神器(セイクリッド・ギア)としての完成度を大きく上げた狡兎の枷鎖(パーシステント・チェイサー)をアザゼルさんから借り受けていた。それだけなら狡兎の枷鎖でゼノヴィアを拘束、無力化してからアーシアを撃破する形で防衛線を突破していた筈だ。それをあえて二人とも撃破しない事で情報の伝達を少しでも遅らせる事ができたのは、桃さんがスロウムーブとクイックムーブをギリギリで修得していたからだ。とは言っても、今の桃さんでは至近距離から使用した上で相手が無防備でないと成功しない為、敵に使う場合は余程弱っていないとまず通用しない。しかし、それを可能にしたのが椿姫さんの追憶の鑑(ミラー・アリス)だった。

 具体的には、椿姫さんはゼノヴィアが自分に向かってデュランダルを上段から振り下ろすその瞬間に展開する事でゼノヴィアの動きを一瞬止め、その隙を突いて長刀(なぎなた)の刃に魔力を集めて爆縮させるという破壊力重視の一撃(爆砕撃と名付けたそうだ)を鏡の裏側に叩き込んだのだ。その結果、砕けた追憶の鑑からその時全身を映し出していたゼノヴィアに向かって強烈な威力の衝撃波が放たれ、その対象となったゼノヴィアはデュランダルをとっさに前に掲げる事で致命傷こそ避けたが意識が朦朧としていてまともに動ける状態ではなくなってしまった。それを見たアーシアはすぐに癒しの力を飛ばしてゼノヴィアの体を回復させようとしたが、その前に桃さんが放った狡兎の枷鎖によって拘束されてしまい、身動きが完全に取れなくなってしまった。そして、桃さんはアーシアを守ろうとしたラッセーを睡眠魔法のバルミーブリーズで無力化すると、そのまま拘束されたアーシアの元に駆け寄ってスロウムーブを掛けた。これによって体はおろか意識さえも時間の流れに沿って遅くなってしまうので、身動きはもちろん念話や通信機で現状を伝える事もできなくなる。これで情報を遮断した桃さんは次に意識が朦朧としている為にまともに通信できないゼノヴィアにもスロウムーブを掛けている。その後、スロウムーブの効果が切れる直前に再び掛け直す事で二人の完全無力化に成功した桃さんは、最後に椿姫さんにクイックムーブを使用する事でここまでの移動時間を大幅に短縮する事にも成功している。桃さんのここまでの活躍ぶりを見て、VIP席では今頃ちょっとした騒ぎになっているかもしれない。

 ただ、ゼノヴィアとアーシアの二人を立体駐車場の抑えとして祐斗に先行させたのを悪手とするのは少々酷だろう。元々グレモリー眷属にはシトリー眷属に対する数的不利があり、これ以上人数を割くと他の場所が破綻してしまう可能性が大きかった。しかも一発勝負となるギャスパー君と小猫ちゃんの連携を仕掛ける機会は、僕がシトリー眷属の本陣に到着して転送用の魔方陣に入る際に防御結界を一時的に解除する一瞬しかなく、その時には最大の障害となる瑞貴と元士郎を祐斗が抑える必要がある。だから、立体駐車場の抑えについてはゼノヴィアとアーシアの二人に任せるしかなかったのだ。

 

「もう時間がありません。さっさと一誠君を取り戻させて頂きます」

 

 桃さんが作り出してくれた貴重な時間を少しでも無駄にしない為、椿姫さんは長刀を構えて破滅の盾に挑む。その周りには絶界の秘蜂の端末も浮かんでおり、バックアップ体制も万全だ。

 

「正直に言えば、武藤君と匙君さえ足止めできれば後は何とかなると思っていたのだけど、どうやら見当違いもいい所だったみたいね」

 

 数的不利を個人の質で一時的に抑え込む形で逃げ切る筈だった戦略が崩れてしまった状況を前に、リアス部長は笑みを浮かべてみせる。明らかに苦笑いであり、痩せ我慢も多分に含まれている。それでもあえて笑ってみせる事で自分と味方の士気を鼓舞しようとしたのだ。

 

「こうなったら、根競べよ。イッセーの転送が完了するのが先か、それとも破滅の盾が破られるのが先か」

 

 そうして爆砕撃による連続攻撃と絶界の秘蜂のアウトレンジアタックをひたすら耐える一方で、リアス部長はあえて通信機を使わずに念話で朱乃さんに確認を取る。

 

〈朱乃、そちらはどう?〉

 

〈申し訳ありません、部長。たった今、巡さんに抜かれてしまいましたわ〉

 

 朱乃さんの返事を聞いて、戦況は悪化の一途を辿っていると実感したリアス部長はゴクリとつばを飲み込んだ。ただ、向かって来ている相手の名前に首を傾げたリアス部長は朱乃さんに確認を取る。

 

〈朱乃。イッセーのC(カーディ)×(ナル・ク)C(リムゾン)()L(ロウ)をヒントに編み出した奥の手は使っているの?〉

 

〈いいえ、まだですわ。それに、今の状況では使いたくとも使えません〉

 

 ここで朱乃さんの奥の手について少しだけ触れると、朱乃さんは僕がアウラに自分の魔力の全てを預ける事で龍天使化したのをヒントに、自分に使われている女王の駒に魔力の全てを預ける事で堕天使化する事が可能になっていた。これによって悪魔に対しては絶大な攻撃力を有する様になったのだが、いくつか問題がある。まず発動するには魔力を女王の駒に預けた上で光力を堕天使化に必要なレベルにまで高める必要があり、その為に九十秒間、魔力と光力が完全に使えなくなる。また、堕天使になっていられるのが五分程である上に堕天使化が解けると一気に戦闘不能に陥る程に心身の消耗も激しい。その為、今回の様に一人で複数を相手取っていると、堕天使化どころかその準備すら碌にできなくなる。なお、これらの問題は訓練を重ねる事で改善されていく筈なのだが、完成したのが神の子を見張る者(グリゴリ)本部の滞在最終日だった為に今回の対戦には流石に間に合わなかった。

 

〈確かに朱乃の状況を考えると、準備中は何もできなくなると言ってもいい奥の手はまず使えないわね。ただ朱乃、ソーナはどうも攻撃範囲の広い貴女をこちらに行かせたくないみたいよ。だから、騎士(ナイト)で足の速い巡さんをこっちに向かわせる一方で、自分はゼノヴィアの一撃を防いでみせた由良さんを手元に残して貴女を足止めする事を選んだ。それなら、当初の予定通りに最後までソーナ達を足止めして。こちらは私が何とか持ち堪えてみせるわ〉

 

 リアス部長がソーナ会長の思惑を推測した上で朱乃さんに引き続きソーナ会長達の足止めを命じる。そして、その命令を朱乃さんは受け入れた。……だが、リアス部長の推測には一つだけ不足がある。そして、その事実をリアス部長と朱乃さんは知る由もない。それがこの戦況でどう作用するのか、それはこれから解る事だ。

 

〈了解ですわ。……リアス。お互いに最後まで〉

 

〈えぇ、やり切るわよ。今さっきイッセーがギャスパーに教えていた様に〉

 

〈〈自分のやるべき事を、自分のいるべき場所で、自分なりのやり方で、そして自分にできる精一杯の力で〉〉

 

 最後にお互いに声を揃えてそう言うと、リアス部長は少しずつ削られつつあった破滅の盾に魔力を更に注いでより強固なものへと変える。それと同時に轟音がここまで聞こえてくる様になった。朱乃さんもまた雷光の出力を引き上げた様だ。

 

「お待たせしました、副会長」

 

 そこに駆け付けてきたのは、ソーナ会長の援護で朱乃さんを抜いて来た巴柄さんだった。椿姫さんは転送用の魔方陣の上に浮かぶ数字が残り百を切ったのを確認すると、巴柄さんに指示を出す。

 

「いえ、いいタイミングですよ。では、巴柄。早速ですが」

 

「はい。リアス様の破滅の盾は私が破壊しますから、仕上げの方をお願いします」

 

 巴柄さんはそう言って右手に握っていた紅蓮を正眼に構えると、静かに魔力を高めていく。それと同時に紅蓮に大量の魔力を収束させているのか、次第に刃に集められた魔力が強い輝きを放ち始めた。その光景を前にリアス部長とギャスパー君は息を飲む。……どうやら、巴柄さんはここでリタイアになりそうだ。

 

「行きます!……花は散るが定め! 桜花雷爆斬!」

 

 そして、巴柄さんは気合の入った声と共に騎士(ナイト)の眷属悪魔の特長である高い俊敏性を生かして破滅の盾の目前まで一気に駆け込むと、その勢いのまま魔力を込めた紅蓮で袈裟斬りを仕掛ける。すると、衝突した紅蓮と破滅の盾の間に雷と爆発が発生した。この袈裟斬りからの一撃では流石に破壊力が足りずに破滅の盾は健在だが、僕が教えている剣術の奥義を使う為に必要な「力の集束点を見極める」為の訓練の成果がここで出る。

 

「そんな、今の一撃で破滅の盾の構成が歪められたというの!」

 

 典型的なテクニックタイプである筈の巴柄さんがたった一撃で破滅の盾の構成を歪ませた事に驚くリアス部長だが、タネさえ解ればすぐに納得するだろう。何故なら、巴柄さんが今やった事の先に僕や瑞貴、祐斗が皆の前でよくやっている「力の集束点を突いて攻撃を無力化する」があるからだ。力の集束点を見極める過程で力の流れを見る必要がある事から、巴柄さんは魔力の流れを読んで破滅の盾の構成が最も脆い箇所を見極め、そこに今の一撃を当ててみせたのだ。だが、巴柄さんの攻撃はここで終わりではない。今の一撃を放った勢いをそのまま破滅の盾の脇を通り過ぎると、振り向き様に二撃目の右薙を繰り出す。この右薙もまた的確に構成の脆い箇所に当たり、雷と爆発による上乗せもあって破滅の盾の構成を更に歪ませる。リアス部長もギャスパー君も巴柄さんの繰り出す妙技を前に既に言葉を失っていた。

 

「ハァァァァァッ!!!!」

 

 そして、二撃目の勢いで一撃目を繰り出した時とほぼ同じ位置に戻ってくると、再び振り向き様に一撃目以上の踏み込みから三撃目となる切り上げを繰り出す。切っ先が足元から頭の高さに来る程に振り上げるこの三撃目こそが実は本命であり、雷と爆発の威力も一撃目や二撃目とは比べ物にならない。そして、この最強最後の一撃もまた構成の脆い箇所をしっかりと捉えていた。

 

「……見事です、巴柄」

 

 強烈な三連撃に込められた魔力の残渣が美しい桜吹雪となって辺り一面を舞うという幻想的な光景が広がる中、椿姫さんは巴柄さんを称賛する。……リアス部長が全力を込めた破滅の盾は巴柄さんの桜花雷爆斬によって完全に破壊された。その為、魔力の殆どを失う形となったリアス部長に戦う力などもはや残ってはいない。それだけに、リアス部長は目の前の現実が到底信じられないといった表情で呆然としている。

 ただ、巴柄さんに教えている剣術の中で最も威力の高い桜花雷爆斬だが、一つだけ大きな欠点がある。他の技とは比べ物にならないくらいに体力と魔力の消耗が激しいのだ。どれくらいの消耗になるかといえば、今の巴柄さんの実力ではたとえ体力と魔力が万全であっても一度放てば暫くは立っていられなくなる程だ。まして、巴柄さんはここに来る前に朱乃さんや小猫ちゃんと激しく戦っている為に少なからず消耗している。その様な状態で桜花雷爆斬を放てばどうなるのか。それは膝がガクガクと震え、息も絶え絶えで視線も虚ろな巴柄さんの今の状態を見れば誰でも解る。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……。これが一誠君や武藤先輩、木場君だったら、魔力の集束点を正確に突く事で簡単に破滅の盾を破壊していたんですけどね。まだ集束点を見極め切れない私じゃ、リタイアを覚悟で桜花雷爆斬を使うしかありませんでした。副会長。後は、お任せします……」

 

 そこまで言った所で、巴柄さんは膝から崩れ落ち、そのまま床へと倒れ込む。……既に精根尽き果てていた巴柄さんは完全に意識を失っていた。その時点で戦闘不能と判断された巴柄さんの体を光が覆っていき、そして転移していく。

 

『ソーナ・シトリー様の騎士、リタイア』

 

 巴柄さんのリタイアを告げるアナウンスが流れる中、椿姫さんは自分の神器である追憶の鏡を展開すると同時に長刀の刃に魔力を収束していた。……追憶の鏡はリアス部長とギャスパー君、そして僕のいる方向に向いていたが、鏡に映っていたのはリアス部長とギャスパー君の二人だけだった。……神の子を見張る者本部で僕の立てた新解釈に伴う実証実験の結果、鏡に映る対象を所有者が任意で選べる事が新たに判明したのだ。もちろんそう簡単にできる事ではなく、相当の集中力が必要となる事から万全の状態でも一回使えればいい方だとアザゼルさんは結論付けている。つまり、複数ある切り札の中でも更に奥の手というべきものを椿姫さんは切ってきた。

 

「えぇ。任されましたよ、巴柄。ここまで好条件が揃えば、私一人でもリアス様とヴラディ君を撃破できます。これを使えば私もリタイアする事になるでしょうけど、後は会長達が上手くやってくれるでしょう」

 

 そして、椿姫さんは裏側から渾身の爆砕撃を叩き込む為、残っている魔力のほぼ全てを込めた長刀を振り上げる。これでリアス部長とギャスパー君が撃破されるのはもちろん、仮にギャスパー君が転送用の魔方陣への魔力供給を一時中断して椿姫さんを撃破しても僕の転送をとりあえずは阻止できる為、椿姫さんにしてみればどちらに転んでも損はない。一度でも同一人物からの魔力供給が途絶えると、また一からやり直しになる様にこの魔方陣は設定されているからだ。ギャスパー君もそれを薄々と勘付いているのだろう、カウントがまだ六十以上残っている為に八方塞がりとなった事でギリッと歯を強く噛み締めている。しかも、ギャスパー君を追憶の鏡で倍増する衝撃波から守り抜く為、自分が女性としては長身である事とギャスパー君が自分より一回り小さな体格である事を利用してリアス部長がギャスパー君に覆い被さった。それにより、ギャスパー君は逆に転送用の魔方陣から手を離して椿姫さんと戦う事を決断してしまった様だ。そして、ギャスパー君が魔方陣から手を離す為にまずは魔力供給を止めようとした時だった。

 

 ……この対戦における決定的な転機が訪れたのは。

 

 

 

Interlude

 

 グレモリー眷属の本陣でリアスが懸命に耐え忍んでいる一方で、シトリー眷属の本陣では祐斗もまた憐耶の援護を得た瑞貴と元士郎を相手に死力を尽くして足止めをしていた。

 しかし、唯でさえ格上で万に一つでも勝機があればいい方である瑞貴を相手取っている所に、相手に繋いだラインを地面に繋ぎ直して強制的に力を排出するイグゾースト・フローによる奇襲で小猫を撃破した元士郎から挟み打ちを仕掛けられ、更にそのサポートに小猫から解放された憐耶も加わったのである。祐斗はもはやこの場からの離脱すら不可能となった。尤も、そうなる事は最初から解っていた事であり、それ故に小猫のリタイア後はただ瑞貴と元士郎の足止めだけに全力を注いでいたのだが。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」

 

 それでも、やはり三人を相手に足止めするのは流石に無茶であった。息を激しく乱す祐斗の体は既に裂傷と火傷によってボロボロであり、また自ら流した血によって全身が真っ赤に染まっている。更には手足には幾つか何かで貫通された傷口すらある。本来であれば、これだけの深手を負っていると審判役(アービター)の判断でリタイアしているところであるが、祐斗はそうなっていなかった。

 

「まさか、この土壇場で「呪いを祓う聖剣」とか「魔力の結合を散らす聖剣」とか「水に関係する属性攻撃を無効化する聖剣」なんてピンポイントで俺達に刺さる聖剣を作り出すとはな。しかも、強制リタイアを回避する為に「持っている者の傷を自動で癒す聖剣」なんて一誠が持っている静謐の聖鞘(サイレント・グレイス)に似た様な効果の代物まで作っちまった。アザゼル先生からは、聖剣に回復能力を持たせるのは今まで誰もやった事がないから龍殺し(ドラゴン・スレイヤー)の属性を持たせるのと同じくらいに難易度が高いって聞いていたんだけどな。それをやってしまうなんて、お前はやっぱり凄いぜ。祐斗」

 

「僕がせっかく作りだした対抗手段を黒い龍脈(アブソープション・ライン)漆黒の領域(デリート・フィールド)の融合技で全て無効化した元士郎君に言われても、ただの嫌味にしか聞こえないね……」

 

 元士郎の心からの称賛を聞いた祐斗だが、自分が懸命に絞り出した手の数々にあっさりと対処してしまった本人に言われてもあまり嬉しくはなかった。……尤も、それで手加減する様な男を親友に持った覚えなど、祐斗にはないのだが。現に聖剣計画の被験者だった頃からの付き合いで祐斗の事を弟の様に思っている瑞貴は、流石に祐斗が即死しない程度の手加減こそしていたが、グレモリー眷属の作戦行動を見逃す様な真似は一切していない。だからこそ、瑞貴はここまで自分達を手古摺らせた祐斗の成長を内心ではとても喜んでいた。

 

「まさか三人がかりでここまで手古摺るとは思わなかったよ。祐斗、君は剣の腕や神器の能力を鍛えただけでなく、一誠の様な諦めの悪さも一緒に手に入れていたんだね。……でも、それもここまでだ」

 

 そして、瑞貴はそれとこれとは話は別だと言わんばかりに祐斗の腹部にしっかりと聖水の剣を突き刺した後、そのまま閻水の能力を解除する。それによって瑞貴の神器である浄水成聖(アクア・コンセクレート)で生成された最高純度の聖水が祐斗の体の中に直接入り込んだ。このままでは聖水で内臓を焼かれてしまい、生死に関わる事態になりかねない。そう判断したグレイフィアがリタイアの為に祐斗を転移させようとした時だった。

 

「聖霊達が、歌っている……?」

 

 エクスカリバーの守護精霊であるカリスから聖霊の加護を与えられた瑞貴が、バトルフィールドに異変が起こっている事に気付いたのは。

 

Interlude end

 




いかがだったでしょうか?

グレモリー眷属とシトリー眷属の対戦は次話で決着します。どうかお楽しみに。

では、また次の話でお会いしましょう。

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