未知なる天を往く者   作:h995

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第十九話 親善大使争奪戦 ― 中盤 ―

Side:アザゼル

 

「バトルフィールドにあのデパートが選ばれた時点で解っちゃいたんだが、やっぱり草下の独壇場になっちまったなぁ……」

 

 イッセーが密かに仕込んでいた新方式でのゲームが序盤戦を終えた所で、VIP席のモニターで観戦していた俺は頭を掻きながら深い溜息を吐いた。それを見たクローズが早速尋ねてくる。

 

「そこまで凄いの、アザゼル小父さん?」

 

「あぁ。後でソーナに話をしておくから、一度試しに草下と手合わせしてみろ。どれだけ厄介なのか、身に染みて理解できるぞ」

 

 俺はクローズにそう伝えながら、二日前の事を思い出していた。

 ……二日前、サーゼクス達が主催したパーティーの後で行われた緊急会議の時、オーディンに一押しの選手を尋ねられたイッセーは二人の名前を挙げた。その内の一人が今もなお本陣からフィールドの至る所に絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)の端末を飛ばして情報収集と援護を同時にこなしている草下であり、イッセーがコイツを推した事については俺も納得していた。何せコイツには俺自ら特訓メニューを作ったし、絶界の秘蜂についても感覚を共有させる事で有効範囲を広げて斥候としても使える様にするというイッセーの強化案に対して、俺は怪人達の仮面舞踏会(スカウティング・ペルソナ)の能力を結界鋲(メガ・シールド)に移植、更に新たな能力を二つ追加する事でそれ以上の物へと仕上げてみせた。そして、追加した能力の一つである「実体を持った分身を形成する」能力によって無数に増える端末を状況に応じて様々な役目を果たす蜂に見立て、自分がそれらを従える女王蜂であると共にシトリー眷属の皆を守れる兵蜂でもありたいという草下の強い意志を受けて、俺は強化された結界鋲の新たな名前を絶界の秘蜂とした。だから、このまま草下が自分の仕事をこなし続ければ、ソーナ達が()()()勝つ。そう断言できるくらいには、今の草下の強さを俺は理解している。それを踏まえた上でリアス達が不利な状況を引っ繰り返すには、ソーナや武藤、匙といった主力よりもまずはこのバトルフィールドでは全ての戦闘に対して援護可能な草下をどうにかして抑えなければならない。……だが、ソーナが敷いた布陣を考えるとそれがそもそも難しい。

 

「それにしても本陣にいる草下の護衛としてあえて眷属最強の武藤をつけるって、ソーナも随分とえげつない事をしてるな。武藤を抜くのは、一人じゃ俺でもかなり難しいってのに」

 

「ルフェイを叩くにはまずアーサーを抜かないといけない状況だと解釈すれば、確かに俺でも一人だと相当に手古摺りそうだな」

 

 俺がソーナの布陣について話をすると、ヴァーリも自分の身内に置き換える事で状況の厄介さを理解した。だが、ソーナが打った手はそれだけじゃない。ギャスパーがバロールという切り札が使えない以上、唯一武藤とまともに撃ち合える可能性のある木場が立体駐車場の地下を経由するルートでシトリー眷属の本陣に向かっていたんだが、女王(クィーン)の真羅と花戒のチームをそこに配置して木場の足止めをさせている。ただ真羅はけして接近戦が弱い訳ではないんだが、流石に木場を一人で相手取るのは無茶が過ぎるし、単に一対一なら一分も持たないだろう。そんな圧倒的な実力差をカバーしているのが、シトリー眷属の僧侶(ビショップ)コンビだ。真羅が対処できない分を草下が防御結界でしっかりカバーする一方、花戒が得意の補助魔法で木場の動きを次々と阻害した結果、真羅は木場を相手にそれなりに打ち合えている。しかも元々がスピード重視のテクニックタイプである木場の場合、行動を停止させる為に攻撃を封じるストームスパーク以上に移動を停止させる為に機動力を封じるブラックウィリウォが天敵の様で、その表情には少なからず苦いものが含まれている。その為、木場と直接打ち合っているのは真羅だが、実質的にはサポートタイプである二人が上手く抑え込んでいると言ってもけして過言じゃないだろう。この様に補助魔法は使用する魔法を正しく選択した上で発動させるタイミングを上手く合わせる事ができれば、格上相手でも動きを抑え込む事ができるし、それによって戦いの流れも大きく変わる。

 ……それにしてもだ。確か、ゼテギネアだったか? イッセーが花戒に教えた補助魔法のある世界は? あっちの補助魔法、俺から見ても有効かつ特異的なものばかりだぞ。身体能力や武具の強化や弱体化、それに毒や麻痺の様な状態異常を引き起こす様な魔法はこっちでも一般的だったりするし、イッセーが対オーフィス戦で使った時流加速魔法のクイックムーブみたいに時間の流れを操作する魔法は儀式レベルの大魔法ではあるがこっちにも一応ある。だが、今花戒が使っている行動や移動そのものを停止する魔法なんてものは、流石にこっちにはない。おそらくゼテギネアでは魔法が戦場で当たり前の様に使われている事から、戦術や戦略に深く関わる形での魔法研究が進んでいるんだろうな。まぁ、そのお陰で人工神器(セイクリッド・ギア)の新しい方向性が見えてきたから、向こうでは店で呪文書が売られているくらいに一般的なものに限定したとはいえゼテギネアの魔法を教えてくれたイッセーやロシウの爺さんには本当に感謝しているんだがな。

 

「流石にこれはヤバいと判断したんだろうな。リアスの奴、アーシアとゼノヴィアを木場の元に急行させたか」

 

 そんな事を思いながら、俺は立体駐車場の地下を映すものとはまた別のモニターに目を向ける。そこにはソーナが積極的に前に出ているのとは対照的に、グレモリー眷属の本陣に一人だけ残って指示を出しているリアスの姿があった。つまり、普段なら後方で待機して治療に専念する筈のアーシアは最初から前線に出向いていた事になる。その理由については、花戒の使う補助魔法が今どれだけ活躍しているのか、そしてアーシアが何も聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)による強力な回復能力だけでなく、白魔術を修めた事で解毒や解呪といった方向にも魔力を扱える事を知っていれば自ずと理解できる。戦闘力に乏しいアーシアに護衛をつけてでも前線に出さないと、花戒に対抗できずに戦局を挽回できないって訳だ。

 ……普段は余り目立たないサポートタイプの面々だが、今回のゲームにおいては他の誰よりも戦局を左右する重要な役目を果たしている。これでアーシアもまた草下や花戒と共に今回のゲームで本領を発揮したら、今後のレーティングゲームの基本戦術がサポートを重視したものへと間違いなく変わっちまうだろうな。イッセーが草下と一緒にアーシアをオーディンのジジィに推した理由もきっとこれだとは思うが、それだと一緒に花戒も推す筈だ。だとしたら、アーシアについては別の理由もある可能性が高い。

 こんな風に色々と考えながら、俺は改めてソーナ達を映しているモニターの方へ視線を向ける。

 

「それにしてもソーナの奴、随分と思い切った選択をしたな」

 

「それって、ソーナのお姉さんが他の人と一緒に前に出ている事?」

 

「あぁ、そうだ。普段のアイツはそういう事を余り好まないからな。だから少し驚いているのさ」

 

 俺の独り言を耳にしたクローズからの質問に対して、俺はそう答えた。草下に最強の護衛をつける一方で真羅がしっかりとしたサポートを受けられる様に手配したソーナは、自らはあえて陣頭指揮を執る事を選択した。確かに今の草下の実力と今回のバトルフィールドの広さを考えると、草下を本陣に固定して戦場全体の情報収集と援護に専念させた方が色々と都合がいい。それにソーナ自身が前に出る事で問題が前線で起こっても迅速に対応できる様にした上に、水の()(どう)(りき)を扱える事から自ら戦いながら傷付いた仲間をその場で回復させる事だってできる。この辺が自力では戦えない為に前に出すには護衛を割く必要があるアーシアと異なる点だ。もちろんソーナが積極的に前に出ればそれだけ(キング)と回復役を同時に失う危険が跳ね上がる訳だから本来ならけして取るべきでない悪手なんだろうが、今回のゲームに限っては撃破(テイク)にはなっても投了(リザイン)にはならず、駒の価値が一番大きい奴が王の代行となってゲームが続行される。だからこそ、普段ならけしてやらない事をソーナはあえてやってきた。ソーナ自身、作戦時間の途中でこの方針を伝える際に「これが通常のルールであれば、私がこの様な戦術を執る事はありません。きっとリアスもそう思っているでしょう。だからこそ、今回の対戦ではやる価値があるのです」なんて言っているしな。

 ……ただ匙がゲーム開始前にイッセーを確保したとはいえ、リアス達が完全に後手に回っているのはやはりソーナ達との間に圧倒的な数の差があるのが大きい。唯でさえリアス達の方が二人少ないのに、絶界の秘蜂の分身能力で更に圧倒的な物量差が生じている。そして、その分だけソーナ達は他の場所や役目に眷属を割く余裕が生まれるし、リアス達は更に後手に回っちまうって訳だ。そうした積み重ねの結果、今の優位を築いた上で保ち続けているんだから、ソーナの戦術眼と指揮能力は確かなものなんだろう。

 

「ここまで不利な状況をソーナと草下が作り出した以上、それを引っ繰り返すのは相当に骨だぞ。どうする、リアス?」

 

 俺はそうリアスに語りかけたが、別のモニターを見てすぐに考えを改めた。ギャスパーがさっきとは立場を逆転させて仁科の足止めをやっていたのだ。

 

「アイツ、フリットを戦闘にも使える様に自分で改良していたのか……!」

 

「フリット? アザゼル、それは何だ?」

 

 フリットという言葉を初めて聞いたであろうヴァーリは、早速俺に尋ねてきた。そこで俺は早速ヴァーリとクローズに説明を開始する。……と言っても、俺自身ギャスパーの師匠であるイッセーから訓練の監督を頼まれた時に説明を受けて、そこで初めて知った事なんだがな。

 フリット。ダレン・シャンという児童向けのファンタジー小説に出てくるヴァンパイアの高速移動術の事で、地面を滑る様に走る事で人間の目に留まらない程のスピードが出るらしい。この小説のヴァンパイアは実際のヴァンパイアとかなり違うからフリットの再現なんてまず無理だと俺は思っていたんだが、ギャスパーはイッセー監修の元でトライ&エラーを何度も繰り返す事で完全な再現に成功しちまった。ただ、フリットの独特な踏み込み方ではスピードが出る代わりに小回りが利かなくなるのでその場からの緊急離脱や長距離移動に使う事になるとイッセーから聞かされていた。だが、どうやらギャスパーは諦める事無く独力で戦闘にも使える様に改良を加えていたらしい。そのお陰で仁村はイッセーと匙の安全が確保された時点で音速飛行でギャスパーを一気に振り切る筈が、逆にギャスパーから足止めを食らって味方と合流できずにいる。しかも削減走法(シェービング・ラン)も同時に発動させているらしく、体力と魔力を削られ続けた仁村は既に息が荒くアサルトエールも維持できなくなっている。しかも、仁村を援護していた絶界の秘蜂の端末も全てが分身だったのか、削減走法の効果によって影も形もなくなっている。この分では、あと二、三分程で仁村は強制リタイアに追い込まれそうだ。

 ……如何に変異の駒(ミューテーション・ピース)とはいえ使われているのが僧侶の駒だから、アイツ自身の強化はあくまで魔力に特化している筈なんだが、一体何をどうしたら特殊能力抜きで騎士(ナイト)をも凌駕し得るスピードが出せる様になるんだよ?

 

「ギャスパー・ヴラディか。強いのは、何も神器だけではなかったという事だな」

 

 ギャスパーもまたチーム非常識の一員だった事を改めて思い知らされながらフリットの説明を終えると、ヴァーリはギャスパーに対して感心の声を上げていた。まぁ元々停止世界の邪眼を歴代でも最高に近いレベルで使いこなしていたギャスパーに対して、ヴァーリは少なからず興味を示していた。だから、こんな反応をしてもけしておかしな話じゃない。

 

「レオンハルトの小父さんやロシウのお爺ちゃん達と同じだね」

 

『確かに、あの男達はたとえ赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)がなくとも己の力量だけで神とすら渡り合えそうだな。……それにしても赤龍帝にはその様な強者が何人もいるのに、何故白龍皇にはその様な強者が出て来なかったのだ?』

 

 クローズの口から「神器も強力だが、それ以上に保有者本人が桁外れの強者」の具体例が出されると、アルビオンは歴代の赤龍帝と白龍皇を比べて嘆きの声を上げる。まぁ気持ちは解るぜ。明らかに赤龍帝の方が人材の集まりがいいからな。ただ、そうなっちまう背景が白龍皇の能力にあるのもまた事実だ。その点を俺は説明する。

 

「単純に能力の違いだろうな。まず赤龍帝の方は自分の力を高める能力だから、地力が強ければ強い程効果が増す。もちろんそれで満足しちまう奴が大半だが、中にはレオンハルトやニコラスみたいに赤龍帝の籠手には頼るまいと最後まで使わなかったり、ベルセルクの様にそこに鍛え甲斐を感じて自分自身をトコトン鍛え抜いたりする奴が出てくる。一方、白龍皇は相手を弱体化させてその力を奪っちまう能力だ。そんな能力を使っていると、神器の力はともかく自分の力を鍛えようという発想がなかなか出て来ねぇよ。どれだけ敵の方が強くても、その力を奪ってから自分より下のレベルまで引き摺り下ろせばいいんだからな。そうした能力の違いがモチベーションの違いとなり、歴代の赤龍帝と白龍皇の差となったんだろうな」

 

『その割には歴代最高位の者達の半数とは生前に会った事がないのだが。……いや、私とドライグの因縁を己の意志と力で断ち切れる程に心身共に強い者達だったという事か』

 

 俺の説明に最初はやや不満を見せていたアルビオンだったが、やがて考えを改めると納得する素振りを見せた。二天龍の因縁を断ち切る程の強者、か。確かにそれは強そうだな。俺はそう思ったが、それはヴァーリも同じだった様だ。

 

「そういう事になるな。そして、話をしっかり通しさえすれば、そうした真の強者達と思う存分に戦えるのが今の俺達だ」

 

『先代以前とは比べ物にならないくらいに恵まれているな。それに、私としてもレオンハルトやロシウといった歴代最高位の者達とは自分で直接戦ってみたいのだ。その為にも、ヴァーリ』

 

「あぁ。真覇龍(ジャガーノート・アドベント)、必ず完成させるぞ」

 

『姉者もドライグも一誠と共に通った道だ。ならば、私達に通れない筈がない』

 

 アルビオンが歴代最高位の赤龍帝達と直接戦う為、ヴァーリとアルビオンは改めて真覇龍の完成を誓っている。まだ出会ったばかりのヴァーリが少し俺が鍛えてやるだけで凄まじいスピードで成長していくのを見て、俺は今代以降の赤龍帝はヴァーリという絶対に勝てない相手を迎えて悲惨だなと思っていたが、蓋を開けてみればむしろヴァーリの方が追い駆ける形になっていた。まぁヴァーリと同時にイッセーの事も知っていたら、また違う事を考えていたんだろうがな。

 そうしてモニターでギャスパーが仁村をもう少しの所まで追い込んでいるを見ている一方で、別のモニターには立体駐車場の地下にゼノヴィアとアーシアが到着した所が映し出されていた。このままアーシアのサポートを受けつつ木場とゼノヴィアの二人で押し切るのかと思いきや、何と木場はゼノヴィアが真羅に向かってデュランダルを振り下ろし、それを真羅が躱した一瞬の隙を突いてソーナ達の本陣へ向かい始めた。それに気付いた真羅は木場を追おうとするが、ゼノヴィアが再び襲いかかってきた為にそれを断念する。流石に自分の得物と技量ではデュランダルの強大な破壊力を受け止めるのも受け流すのも無理だと解っている真羅は、ゼノヴィアの攻撃を紙一重で躱しながら打ち合う形でゼノヴィアと戦い始めた。一方、真羅と花戒を援護していた絶界の秘蜂の端末の一部は木場の本陣への侵攻を止めるべくすぐに包囲した。しかし、木場が短剣サイズの聖魔剣を包囲した端末の真後ろに創造、そのまま串刺しにして撃ち落とした。流石に端末だけなら、木場は簡単に対処できるらしい。そうして、立体駐車場の戦いは役者を変えながらもより激しいものへと変わっていく。ただ、切り札の数は明らかに真羅達の方が上だ。真羅には攻防一体の追憶の鏡(ミラー・アリス)があるし、花戒にも追憶の鏡に負けない切り札を()()()()()。ただ、ゼノヴィアもアーシアもその存在を知っているから、ゼノヴィアは果敢に攻めかかりながらも剣の振り自体はギリギリ寸止め可能な所に抑えているし、アーシアも既にラッセーを呼び出して花戒の動向次第でいつでも攻撃できる様に待機させている。この分なら、ここの戦いは暫く膠着状態になるだろうな。

 そう判断した俺はまた別のモニターに目を向ける。そこには一階で匙と一度合流した後でそのままイッセーと共に本陣へ向かわせたソーナが、騎士(ナイト)の巡と朱乃達に釣り出されかけた由良を率いて朱乃と小猫と戦っている所が映し出されていた。朱乃は完全に自分の物とした雷光でソーナ達に攻撃を仕掛けるが、精霊と栄光の盾(トゥインクル・イージス)を構えた由良によって止められてしまう。まぁ草下がかなり削ったとはいえゼノヴィアによるデュランダルの一撃を防ぎ切ったんだ、それくらいはやってのけるだろう。そこに、小猫が軽身功を使って騎士クラスに増したスピードで一気に由良との間合いを詰める。朱乃の攻撃を受け止めている隙を突かれた格好となった由良の胴に小猫は掌底を当てる事で気の流れを乱そうとするが、悔しそうな表情を一瞬浮かべると由良への攻撃を中断してすぐにその場を飛び退いた。その次の瞬間、巡が繰り出した真空斬が小猫のいた場所を通り過ぎる。一方、間一髪で攻撃を躱した小猫だが、着地する瞬間を狙われた。ソーナが水の魔動力の一つで小さな水飛沫をマシンガンの様にぶつけるスプラッシュを放ってきたのだ。しかしここは朱乃が雷光を放ち、ソーナの攻撃を全て撃ち落とす事で防いでみせる。どうやら、ここの戦いは両者共に決め手を欠いて拮抗している様だ。ここまでの戦闘の流れを見る感じでは、計都(けいと)が鍛えた事でパワー・テクニック・ウィザードの三タイプを兼任できる様になった小猫が、ウィザードタイプに特化している朱乃を上手くフォローする事で数的不利をどうにか跳ね返しているといったところだろう。……小猫の方が明らかに女王っぽい戦い方をしているってのは、朱乃には言わない方がいいんだろうな。

 そして、ここで観客達から少なからず声が上がる。それで俺が他のモニターを確認すると、シトリー眷属の本陣に匙とイッセーが辿り着くとほぼ同時に立体駐車場を抜けた木場も駆け付け、早速その手にした聖魔剣で匙に襲いかかった所だった。しかし、木場の攻撃を受け止めたのは、匙ではなかった。

 

「ここで僕を止めに来ますか。……瑞貴さん」

 

「元士郎が一誠を連れて戻ってきたからね。だったら、ここは草下さんの護衛を元士郎に任せて僕が動くべきだろう」

 

 閻水で形成した聖水の剣で聖魔剣を受け止めた武藤がそう語ると、木場は戦いの場には不釣り合いな程に穏やかな笑みを浮かべる。

 

「相変わらず、油断も隙もない人だ。……でも、ここは押し通ります!」

 

「させはしないさ!」

 

 そして聖魔剣を消すと同時に競覇の双極剣(ツインズ・オブ・コントラディクション)を発動して双子の剣の王を手に取ると、木場はそのまま武藤と斬り合いを始めた。……仮に俺が接近戦で勝負を挑んだとしても、武藤はおろか木場にすら勝てないな。そう思える程に、俺から見た武藤と木場の剣の腕は凄まじかった。むしろソーナの僧侶コンビは木場をよくあそこまで抑え込めたと素直に感心する。

 

「力には技、技には魔法、そして魔法には力、か」

 

 イッセーの戦闘理論の一つをつい呟いてしまったが、これとさっきのを見ている限りじゃ理に適っているとしか言い様がないな。この理論に基づくと、スピード重視で技巧派の木場にとってサポートに特化しているとはいえ魔法型である草下と花戒との相性はけして良くない。そこに同じ技巧派である程度なら木場の攻撃を受け止められる真羅も二人としっかり連携できていたものだから、力量差で相性の悪さを覆すまでには至らなかったってところか。……だから、「技には魔法」というイッセーの戦闘理論を今度は木場が実践する。

 

「流石ですね、瑞貴さん。これが純粋な剣術勝負なら、僕は為す術なくやられていましたよ。……でも、だからこそこれを遠慮なく出せます!」

 

 木場はそう言うと、左腰に神器の本体である魔鞘を発現させる。

 

「ここで和剣鍛造(ソード・フォージ)の本体にして最大の切り札たる魔鞘を出すとはね。それで、どうするんだい?」

 

「こうするんですよ」

 

 武藤から魔鞘の用途を尋ねられた木場は、右手に持っていた天覇の聖極剣(ブレード・オブ・マーター)を魔鞘に収める。

 

「この状況で聖剣の王を魔鞘に収めた? 一体どういう……!」

 

 武藤は祐斗の行動を見て訝しげな表情を浮かべるが、すぐさまその場を離れる。

 

「……危ないね。もう少し判断が遅れていたら、聖剣で体中を串刺しにされるところだったよ。成る程、これが祐斗の新しい可能性って事かな?」

 

「やっぱり初見で見抜いてきましたか。まぁイッセー君との付き合いが僕達の中では一番長い瑞貴さんなら、こういう事には慣れているからすぐにバレるとは思っていましたけどね」

 

 武藤が立っていた場所には何本もの聖剣が突き刺さっていた。その光景を見て、武藤は自分の推論を木場に語っていく。

 

「本来なら競覇の双極剣を発動すると、聖剣や魔剣を創造する本来の能力が使えなくなる。それは今まで創造してきた聖剣と魔剣をそれぞれ一本に凝縮しているからだと聞いていたけど、その内の片方を本体である魔鞘に戻す事で本来の能力を使える様にするとは思わなかったよ。……でも、流石に創造できるのは魔鞘に戻した聖剣だけなんだろう?」

 

 ……その通りだ。イッセーがその可能性に気付いてシェムハザに伝えた後、木場が早速試してみて判明した事だった。そして、これにはまだ先があるんだが、武藤はそれにも薄々感づいていそうだな。武藤が一番恐ろしいのは、世界最高峰の剣術でも氷紋剣でもなく、冷静にして怜悧な思考から生まれる洞察力とそれをどんな状況でも保てる強靭な精神力かもしれねぇな。仮にコイツと敵対した場合、初見かつ初手で殺し切らないと即座に対応されて一気に詰まれそうだ。木場もこれには苦笑いを浮かべるしかないらしい。

 

「たった一回、こっちから攻撃を仕掛けただけでそこまで見抜きますか。流石ですね」

 

「もっと理不尽な事を目の前で何度もされたら、自然とそうなるさ」

 

 そして、今度は武藤が自分から木場に仕掛けてきた。

 

「まぁどちらにしろ、使われると厄介な能力(モノ)だと解っているんだ。だったら、使う余裕なんて与えなければいい」

 

 ……八回。武藤が突きを繰り出した回数だ。しかも、俺の目でもそれらがほぼ同時にしか見えなかった。だが、木場は両手持ちに切り替えた冥覇の魔極剣(ソード・オブ・アドバーサリー)で武藤の八段突きを見事に捌き切る。武藤もそうだが木場もまた明らかにルーキーの域を逸脱しているな。現に剣の技量では数ある神々の中でもトップクラスのヌァザもこの二人の攻防に「ホゥ」と感心の声を上げている。

 

「これを捌き切るか。また腕を上げたね、祐斗」

 

「いや、こんなとんでもない八段突きをそんな簡単に繰り出さないで下さいよ、瑞貴さん。まぁ流石に威力の方はお師匠様の三段突きの方が上ですから、僕でもどうにか捌けましたけどね」

 

 木場からの返事に武藤は軽く笑みを浮かべると、更に剣の速さを上げて斬りかかる。それを木場は軽く受け流してから反撃を仕掛けたが、既に武藤は受け流された剣を戻して簡単に防いでしまった。そして、それを境に二人の斬り合いは更に速く、鋭く、そして熾烈となっていく。……だが、最初の十秒ほどで解る奴には解ってしまう。ヴァーリもその中の一人だった。

 

「……木場祐斗も頑張ってはいるが、やはり武藤瑞貴が数段上か」

 

「あぁ。木場も馬鹿げた速さで成長してはいるんだが、それ以上にアーサーという好敵手と競い合う事で武藤が壁を一つ超えたな。あの分なら、俺やトンヌラとも十分に渡り合えるぞ」

 

「アーサーもアーサーで既に俺と初めて会った時とは比べ物にならないくらいに強くなっているからな。そんなアーサーと対等なら、当然そうなるさ」

 

 ヴァーリの何処か誇らしげな言葉に、俺は納得した。何せイッセーという生涯の好敵手を見つけた事で急成長を遂げた本人の言葉だ。説得力がまるで違う。この分だと、セタンタと美猴の二人もそう時間を掛けずに同じ領域まで駆け上がってきそうだな。

 ……俺としては今回の対戦で一番の見所と見込んでいた木場と匙の親友対決を見たかったんだが、流石にイッセーを本陣にある転送用の魔方陣まで送り届ける必要がある状況がそれを許さなかった。それに、ある意味では兄弟対決といえる木場と武藤の対決も十分に見応えがあるから、これで先ずは良しとしよう。そう思っていた矢先だった。

 

『ソーナ・シトリー様の兵士(ポーン)、リタイア』

 

 仁村が遂に体力切れで強制リタイアとなり、グレイフィアのアナウンスが流れた。その数秒後にイッセーに本陣にある転送用の魔方陣に入ってもらう為、草下が防御結界を一時的に解いた瞬間、グレモリー眷属が動いた。

 

「朱乃さん、後はお願いします!」

 

 朱乃と共にソーナ達と戦っていた小猫が突然、その場から消えた。……いや、違う。シトリー眷属の本陣を移すモニターに、光に乗った小猫の姿が映っていた。

 

「……小猫の奴、既に光遁まで使えたのか!」

 

 光のあるところなら天界にすら行く事ができ、しかも文字通り光の速さで移動するという光遁の術。確かに道術の基礎の部類とはいえ五遁の術より上位の術を、まさか修行を始めてからまだ二ヶ月程という小猫が使えるとは思わなかった。これには流石の武藤も面食らっているが、木場を相手取っている以上は小猫を止める事ができない。そして本陣に突撃した小猫を迎撃しようと匙が身構えるも、それ以上の事はできなかった。

 

護封剣(ブレード・バインド)!」

 

 武藤と熾烈な斬り合いを演じていた木場が、不利になるのを承知で匙の周りに三本の聖剣を飛ばしてきたからだ。そして、匙の周りに突き刺さった三本の聖剣が光を放つと、聖剣の光が匙を拘束し始める。

 

「チィッ! やってくれたな、祐斗!」

 

 動きを止められた匙は漆黒の領域(デリート・フィールド)を自分の周りに使用する事で聖剣の力を削りにかかるが、流石に一瞬で削り切る事はできない様だ。そうして完全にフリーになった小猫は光遁を飛び降りるとその勢いのまま草下に突撃する。

 

「ハァァァァッ!」

 

 そして筋力強化の剛気功を使ったパワー全開の拳を草下に見舞う。しかし、草下は本物の端末を六基使って強力な防御結界を形成、小猫の一撃を防ぎ切る。それを見た小猫はそのまま連続して拳を打ち続けるが、防御結界をなかなか崩せずにいる。そしてその間に他の端末が小猫を包囲した。これで小猫がやられるな、そう思った次の瞬間だった。

 

「行って、()()()()!」

 

 小猫の言葉と同時にイッセーが霧に包まれると、そのままグレモリー眷属の本陣に向かって一直線に飛んでいってしまった。そのカラクリに真っ先に気付いたのは、匙だった。

 

「クソッ! ギャスパーの奴、小さな虫に化けて塔城さんにくっついていたな! 仁村の足止めをしていたのは、俺達の目を逸らす為の仕込みか!」

 

 未だに護封剣の効果でその場を動けずにいる匙は、悔しそうな表情を浮かべている。武藤もまた木場を相手にしながらギャスパーを止めるのは流石に無理らしく、してやられたと苦笑いを浮かべている。草下の方もどうにか端末を先回りさせて防御結界で捕えようとするが、小猫から強烈な攻撃を受け続けている為に他の端末の動きが少なからず鈍くなっている。そんな状態では霧となって超高速で移動するギャスパーの動きを捉えるのは無理だった。他のシトリー眷属についても立体駐車場の地下にいる真羅と花戒は論外であるし、ソーナ達も一人になった朱乃が全体攻撃を仕掛け続ける事で足止めを食らっている。よって、誰もギャスパーを止める事ができなかった。

 

「部長! 一誠先輩を無事に確保しました!」

 

 やがてギャスパーが無事に本陣に辿り着いて任務完了の報告をすると、リアスはギャスパーに次の指示を出す。

 

「ギャスパー、よくやったわ! それと、イッセーを魔方陣の中に入れた後の魔力供給はそのまま貴方がやりなさい! 転送完了までの時間稼ぎは私がやるわ!」

 

「……はい!」

 

 自ら時間稼ぎをやるというリアスの指示に一瞬逡巡したギャスパーだが、すぐに気を取り直すと言われた通りに行動する。イッセーが転送用の魔方陣に入り、その魔方陣にギャスパーが魔力を供給すると、魔方陣が光を放って起動した。それと同時に転送完了までのカウントダウンが始まる。魔方陣の上に浮かび上がった数字は、三百。そして一秒ごとにそのカウントは一ずつ減っていく。それで全てを察したリアスは端的に指示を出す。

 

「皆、あと五分! 死ぬ気で持ち堪えるわよ!」

 

 一方、グレモリー眷属の本陣の近くまで飛ばしていた端末からその光景を確認した草下は、すぐさまグレモリー眷属の本陣の現状をソーナに知らせる。それを受けたソーナはリアスと同じく端的に指示を出した。

 

「この五分が正念場です! 一誠君の転送を何としてでも阻止しますよ!」

 

 ……まだ始まってから一時間も経っちゃいないが、ゲームは既に中盤を終えて終盤へと差し掛かっていた。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

グレモリー眷属のギリギリな綱渡りはまだまだ続きます。

では、また次の話でお会いしましょう。

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