未知なる天を往く者   作:h995

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第十八話 親善大使争奪戦 ― 序盤 ―

Overview

 

「これは中々面白い事になってきたぞい」

 

 VIP席でグレモリー眷属とシトリー眷属による若手対抗戦の開幕戦の対戦方式が一誠によって密かに用意された新方式にその場で変更されたのを観て、オーディンは床に着く程に長く伸ばした髭を撫でながら笑みを浮かべていた。

 

 ……作戦時間の終了までにバトルフィールドの何処かに隠れている自分と誰か一人でも接触する。これが対戦に仕込んだものの解放条件であり、その為のヒントを所々に用意している。

 

 この日の前日、オーディンは対戦を盛り上げる為の要素として一誠からそういう趣旨の説明を受けていた。その内容から、オーディンは作戦時間の半分を過ぎた辺りで疑問を抱き始めるものの解放条件を満たすには至らない、仮に運良く満たせたとしてもおそらくは作戦時間の終了間際であると見ていた。それが蓋を開けてみれば、作戦時間開始から二分もしない内に防犯カメラが生きている事を元士郎が察し、すぐさま行動を開始した事に驚きを隠せなかった。その結果、防犯カメラを始めとするデパートの情報が集約する中央管理室にいた一誠との接触に成功した事で、作戦時間を半分以上残したまま解放条件を達成したのである。しかも「作戦時間の間は相手への接触を禁じる」というルールを逆手に取る事で、変更された勝利条件に必須である護衛対象をゲーム開始前から確保するという大きなアドバンテージまで齎している。

 この時点で既に大きな功績を上げてしまった元士郎の事を、オーディンは高く評価した。それと同時に、何故二日前に自分が一押しの選手を尋ねた時に一誠が元士郎の名前を出さなかったのかも悟った。

 

「成る程のぅ。確かにこれ程の働きをするのであれば、自ずと儂等の注目を集める事になる。だから、特に自分が推す必要はないという訳じゃな。こうなってくると、一誠がこ奴を差し置いてまで推してきた二人がどんな事をやってくるのか、楽しみでならんわい」

 

 すると、オーディンの独り言が聞こえたのか、髪の色がほぼ白一色である事から老年と思しき男が声を掛けてきた。

 

「ホウ。二代目(セカンド)はあの者でなく他の者を推していたのか。その人選の理由、ぜひとも聞いてみたいものだな」

 

 右腕が銀で拵えた精巧な義手である事が最大の特徴と言えるこの男の名は、ヌァザ。ギリシャ神話の主神であるゼウスに例えられる程の絶大な力を持つ戦いの神でダーナ神族の王を務めた事もあるが、神話においてバロールもしくはクロウ・クルワッハによって妃と共に討たれた事になっている。しかし、実際はバロールに敗れた際に義手とはいえ右腕を再び失ったのを機に第一線から退き、そのまま表に出る事なく静かに隠居生活に入ったのである。やがて長い時が過ぎて、一誠がマルミアドワーズをギリシャ神族に返還する話をケルト神話勢力に持ち掛けると、ヌァザは再誕したエクスカリバーを担う二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)として相応しいかを見極める為に一誠と剣を交えた。その際、ヌァザは老いによって肉体こそかなり衰えていたものの、隠居生活での無聊を慰める為に鍛え続けていた剣技で補う事で全盛期に迫る程の猛攻を一誠に繰り出している。そして、その猛攻が途切れるまで見事に捌き切った一誠の事をヌァザは騎士王(ナイト・オーナー)の後継者として正式に認め、それ以降は二代目と呼ぶ様になった。なお、前日に旧友と一万年ぶりに再会して以来、ヌァザは二代目という呼び方に別の意味も込める様になっている。

 そういった経緯を当事者であるヌァザと一誠から聞いていたオーディンは、ヌァザの言葉に同意する。

 

「フム。確かにそれについては儂も興味があるのぅ。まぁそれはこの対戦が終わってから、一誠に直接教えてもらうとしようかの」

 

 ここでオーディンは話題を変えて、前日にヌァザがネビロス邸に訪れた時の事を話し始めた。

 

「それにしても、バロールに殺されたと話に聞いていたお主が冥界にあるエギトフの邸に現れた時には流石に驚いたぞい。失った右腕の代わりに銀で拵えた義手を嵌めてまで王の座に拘ったお主が、どういう風の吹き回しで王位を退いたんじゃ?」

 

 オーディンは王である事に拘っていたヌァザが何故こうもあっさりと王位を退いたのか、どうしても気になった。クレアから「後は若い者に任せた方がいい」と言われた事も少なからず影響している。そうした心境から口を衝いて出てきた質問だったのだが、ヌァザは特に何でもない事の様に答え始めた。

 

「バロールに敗れた時に右腕を再び失った事で悟ったのだ。儂の時代はもう終わった、後はただ去るのみだとな。それでルーに王位を譲ってから森の奥で静かに隠居していたのだが、あの二代目が新生したエクスカリバーを携えて現れたと聞いて、流石にこれはもう一働きせねばならんと思うたのよ」

 

「それで昨日お主達に聞いた通り、自らの手で一誠を試したのか。しかし、剣を扱う神は数あれど技においては五本の指に入るであろうお主に剣で認められるとはのぅ。一誠が星の意志に連なるエクスカリバーに選ばれたのも道理という訳じゃな」

 

 ヌァザの剣の腕前についてはアースガルズにまで届いていた事もあって、その彼に認められた一誠の事をオーディンは好ましく思っていた。そのオーディンの反応を見たヌァザは、そのまま自ら冥界に足を運んだ理由を語り始める。

 

「それから暫くして、あの頑固者のエギトフが自ら望んで養子を迎えたと聞いた。ならば、その養子の顔を直に見てみようと思うて冥界を訪れたのよ。……尤も、それが儂直々に騎士王の後継者と認めた二代目だったとは流石に思いもしなかったがな」

 

「儂もクレアから話を聞いた時にはお主と同じ思いを抱いたぞい。しかも、その知恵と気質がエギトフの若い頃によう似とると儂等よりも付き合いの長いギズルとサーナのお墨付きまである。……あるいは、エギトフと一誠は出会うべくして出会うたのかもしれんの」

 

「……そうだな」

 

 お互いの一誠に対する印象を語り終えたところで、所属する神話の異なる二柱の神はここで一旦話を切り上げた。そして、視線をVIP席に設置されている大型モニターへと向ける。

 

「さて。老いぼれ同士のおしゃべりはここまでにして、後は二代目に近しい者達がどこまでやれるかを見極めるとしようか」

 

「そうじゃのぅ」

 

 そうして二柱が暫くモニターを見ていると、どうやら一誠と最初に接触した者以外はゲーム開始時に本陣にいなければならないルールになっていたらしく、両陣営とも本陣で少しでも見落としがない様に必死に意見を集めて検討していた。そうした若者達の悪戦苦闘する様を、二柱の神は微笑ましげに見ている。

 

 ……様々な神話で語られる神々の中でも特に永い時を生きてきた二柱の神にとって、苦悩しながらも前に向かって歩み続ける若者達を見守るのもまた道楽の一つであった。やがて、三十分間の作戦時間が終了すると同時に店内アナウンスが流れ始める。

 

「開始のお時間となりました。なお、今回のゲームは短期決戦(ブリッツ)形式であり、制限時間は三時間となっております。それでは、ゲームスタートです」

 

 審判役(アービター)のグレイフィアから対戦開始が告げられると同時に、リアスは苦い表情を浮かべた。

 

「参ったわね。作戦時間がゲーム開始前に設定されていた時点で制限時間は余り長くないとは思っていたけど、たった三時間とは思わなかったわ。これだと作戦プランは短期決戦仕様のDしか使えないわね」

 

 リアスはまず一誠に最初に接触した事で自動的に護衛となっている元士郎への対策を最優先として作戦を幾つか考えていたのだが、その大半が少なからず時間を必要とするものだった。その為、制限時間が三時間と短い時間でそれ等の作戦をそのまま実行すれば、時間切れになるのが目に見えていた。

 

「部長、こればかりは仕方ありませんわ。そもそもあの匙君に対して力押しでいっても、ラインを使った(トラップ)で返り討ちにされるのオチですもの」

 

 朱乃からの慰めを聞いて、リアスは少し気が楽になる。そして、時間内で勝利条件を達成可能な唯一の作戦を採用する決断を下す。

 

「皆、作戦プランは今言った通りDで行くわよ。かなりリスキーだけど、三時間以内にソーナ達に勝つにはそれしかないわ」

 

 余りに思い切りの良過ぎるリアスの決断に、グレモリー眷属は一瞬息を飲む。しかし、驚いた後の切り替えもまた早かった。

 

「確かにそれしかありませんわね。解りました、前線の方は私が指揮を執りますわ」

 

 前線の指揮を担当する朱乃は、今度こそ女王(クィーン)の務めを果たすと期していた。

 

「私にとっては、変に何かを企むよりも解り易くていいな。それと、アーシアの事は私が守ってみせるよ」

 

「お願いします、ゼノヴィアさん。その代わり、私も皆さんをリタイアなんて絶対させません。倒れても必ず救い上げてみせます」

 

 ゼノヴィアは前線に出る事になったアーシアを守る事を、アーシアは他の仲間とは違う戦いをする事をそれぞれ誓い合う。

 

「ギャー君。この作戦、鍵になるのは一発勝負になる私達の連携」

 

「ウン。僕が必ず合わせてみせるから、その時がきたら小猫ちゃんは迷わずに一直線に行って」

 

「……解った。やってみせる」

 

 この作戦の要である小猫とギャスパーの一年生コンビは、もう一度作戦内容を確認し合う。

 

「祐斗」

 

「……五分、いえ十分。何としてでも持たせてみせます。その間に勝ちを決めて下さい」

 

「えぇ、それで十分よ。必ずやり遂げてみせるわ」

 

 そして、作戦の締めを担当するグレモリー眷属のエースである祐斗と(キング)のリアスもまた作戦内容を改めて確認する。ただし、どちらも非常に泥臭い役目を務める事になる為、観客からの受けはけして良くはない事を二人は理解している。それでも、やるのだ。その全ては、強敵たるシトリー眷属に勝利する為に。

 

 

 

 ゲーム開始から二分後、まず動いたのは一誠を確保した元士郎だった。元士郎は一誠を連れて静かに中央管理室を出る。

 

「さて。そろそろ行くぞ、一誠。何、心配するな。お前には流れ弾一つ当てさせはしねぇよ」

 

「……まぁこの状況なら、確かにその心配はないね。それにしても本当に用意がいいな、元士郎」

 

「今回のバトルフィールドの広さなら、何処に居ても草下の援護が受けられるからな。だったら、これくらいの用意は当然だろ?」

 

「あぁ、そうだな。僕がシトリー眷属としてここに立っていても、お前と同じ事をしているよ」

 

 お互いに軽口を交わす二人だったが、一誠は自分の足で歩いていない。……結界に包まれてプカプカと浮いていた。

 

 ……絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)

 

 怪人達の仮面舞踏会(スカウティング・ペルソナ)の感覚共有を始めとする幾つかの新機能を搭載させた事で、もはや完全に別物と呼べるほどに強化された結界鋲(メガ・シールド)である。その端末を一基、元士郎は憐耶から預かっていた。そして、ゲーム開始と同時に端末から新たに八基、まるで分身でもする様に現れてそのまま一誠の周りに防御結界を展開してしまったのだ。

 

「それじゃ、いきますかね」

 

 元士郎はある程度通路を進んだところで黒い龍脈(アブソープション・ライン)を発動した。そして、グレモリー眷属の本陣に続く通路の方を向いてそのまま右腕を一振りする。その一瞬で通路の至る所にラインが張り巡らされた。

 

「さて、まずはこんなところだな。……それと、そろそろ出て来いよ。ギャスパー。もうここまで来てるんだろ?」

 

 元士郎がそう言って後ろを振り向くと、そこにはシトリー眷属の本陣にはけして行かせまいと立ち塞がるギャスパーの姿があった。ギャスパーは元士郎の隙のなさにただ苦笑いするしかない。

 

「……本当に油断も隙もないですね、元士郎先輩。その防御結界がなかったら、開幕霧化(トランス・ミスト)で一誠先輩を確保、そのまま本陣まで駆け込む事だってできたのに」

 

「お前の霧化能力がどれだけえげつないかを知っていたら、誰だって警戒するさ。何せ基本的に物理攻撃は無効、なのに霧のままでの攻撃が可能。更にそっちの本陣から一瞬でここまで来る程の超高速移動もできるし、二人までなら霧の中に取り込んでそのまま小さな隙間を通り抜けられるとか、本当に訳が解んねぇよ。だから、草下に頼んで端末を一つ借りてきたんだよ。護衛の務めをきっちり果たせるようにってな」

 

 元士郎は少し不貞腐れた様に話すギャスパーに対して、微かに笑みを浮かべた。……一見、元士郎とギャスパーはとても対戦中とは思えない程に呑気な会話をしている様だが、実際にはギャスパーが姿を露わした瞬間から戦闘が既に始まっていた。防御結界の基点である端末の位置を確認し、叩いてしまえば分身も消す事ができる本体を見極めようとするギャスパーに対し、密かに極細のラインを伸ばしてギャスパーに接続しようとする元士郎。それに気づいたギャスパーはラインを停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)でこっそり止めてみせれば、元士郎は視線が自分から逸れた一瞬の隙を突いてギャスパーの影にヴリトラを行かせようとする。しかしそこは闇の精霊との親和性が高いギャスパー、ヴリトラの影を利用した転移を警戒して自分の影には予め転移の媒体にできない様に魔力で蓋をしてあった。不貞腐れた様子のギャスパーに対する元士郎の笑みには、既にヴリトラによる奇襲の対策が施されていた事への苦笑いも含まれていた。

 

 ……一般の観客からはまるで解らない静かで熱い戦いであったが、解る者には解っていた。その一人であり、婚約者という事でこの対戦に参加している為にこの場にいない一誠の代理を務めているエルレは二人の成長ぶりに感嘆の声を上げる。

 

「元士郎の奴、また腕を上げやがった。次に()る時は、最初から本気で行かないともう勝てないね。ギャー坊もギャー坊でバロール抜きなのによく元士郎に食らいついているよ。最初に狙っていた一誠の確保は流石に無理だったけど、本命である時間稼ぎの方は上手くいってるからまずは上々ってところか」

 

「……ただ余りに戦い方が高度かつ静か過ぎて、解る方が殆どいらっしゃらないみたいですわ。エルレ様」

 

 VIP席にいる悪魔の上層部の大半が殆ど動いていない様に見える元士郎とギャスパーに不満の声を上げているのを見て、レイヴェルが不安を覗かせている。しかし、エルレはこればかりは仕方がないと思っていた。元士郎とギャスパーのやっている事が、明らかに若手悪魔の域を逸脱していたからだ。

 

「それは仕方がないさ、レイヴェル。あそこまで行くと、トップランカーが解説の一つでもしてやらないと流石に理解できないからね」

 

「逆に言えば、それを自力で解る人は実力も確かって事になるのかしら?」

 

 エルレの言葉を聞いてイリナがそう尋ねると、エルレは深く頷く。

 

「あぁ。最低でも最上級悪魔の領域に片足を突っ込んでいる筈さ。つまり、今の元士郎とギャー坊の戦いが解るアンタ達はそれだけの力があるって事なんだよ。イリナ、レイヴェル」

 

「流石にそこまで強くなったとは、とても思えないのですけど……」

 

 エルレの保証を聞いても自分の強さに少し自信を持てずにいるレイヴェルだったが、流石にそれは過小評価が過ぎていた。その点をエルレは訂正する。

 

「そりゃ周りが一誠を始め色々とおかしい連中ばかりだからね。自然とレイヴェルの中での強さの基準が上がっているだけさ。例えば、カイザーフェニックス。今のアンタの力なら、当てさえすれば切り札込みのサイ坊にだって十分通用するよ。それくらいに使用した魔力に対する破壊力の比率が馬鹿げているんだ。因みにな、同じ魔力量でも俺の雷霆だとカイザーフェニックス程の威力は出ないんだよ」

 

「あれってイッセーくんが炎の魔力でやると不死鳥の形になるからカイザーフェニックスって名前になっているだけで、元々は魂の形が現れるくらいに思いっきり魔力とか光力みたいな魂の力を凝縮する事で初めて発動する技なのよ。それを考えると、確かにそれくらいの威力が出てもけしておかしくはないわね」

 

「私達フェニックス家が一誠様を受け入れている大きな理由の一つでもありますわ。だって、そうでしょう? 炎の魔力を極限まで凝縮すれば、魂の形が私達と同じフェニックスとして現れるのですから」

 

 イリナとレイヴェルがカイザーフェニックスの原理について話すと、エルレは少し驚く様な素振りを見せた。

 

「あれっ? それってそんな理屈の技だったのか? ……それならもし俺がやったらどんな形になるのか、ちょっと興味が出てきたな」

 

 そう言って、エルレは無邪気な笑みを浮かべた。この話の流れにレイヴェルも乗る。

 

「そう考えると、他の皆さんにも一度試して頂きたい所ですわね。……イリナさん、エルレ様。おしゃべりはここまでに致しましょう。状況が動き出しましたわ」

 

 モニターを脇見で確認したレイヴェルからそう告げられたイリナとエルレがモニターに視線を戻すと、そこには胸当てと籠手、脚甲を身に着けた留流子が今正にギャスパーに後ろから回し蹴りを喰らわそうとする姿があった。

 

「えぇぇぇい!」

 

 留流子はグレモリー眷属との対戦が決まった時点でこのまま両方の訓練をやっていては両方とも間に合わないと判断し、ソーナと一誠の二人に相談の上で螺旋丸の訓練は一時中止、代わりに強襲用高速飛翔魔法であるアサルトエールの習熟に専念する事にした。その結果、流石に魔力の羽を全て展開するところまではいかなかったものの、両肩と腰の所に展開した上で高速機動時の安定性に重点を置いた事で音速でもかなりの精度で動けるまでに至っていた。当然、それだけのスピードで攻撃をすれば反動も大きくなるが、一誠が予め用意していた「高速戦闘時の攻撃による反動を緩和する為の装備」を身に纏う事でその問題も解決している。

 そうして絶界の秘蜂の端末を数基伴った留流子が音速で奇襲を仕掛けた結果、元士郎に集中していた為にバロールが危険を伝えるまで留流子の接近に気付かなかったギャスパーの反応が一瞬遅れる。

 

「クッ!」

 

 とっさに両腕を交差すると同時に魔力を集める事で防御力を上げたギャスパーであったが、流石に踏み止まるには足腰の強さが足りずにそのまま通路の壁に叩きつけられてしまった。その様な大きな隙を見逃す様な元士郎ではなく、一誠を連れてギャスパーが立ち塞がっていた通路を一気に駆け抜けるとすぐさま留流子に指示を出す。

 

「仁村! そのまま俺と一誠がこの通路を抜けるまでギャスパーを足止めしろ! ただし、無理だと思ったら素直に退けよ! いざとなったら草下が援護してくれるし、何よりゲームはまだ始まったばかりだからな!」

 

「はい! 任せて下さい、元士郎先輩!」

 

 一方、密かに想いを寄せている男性から指示を受けた留流子は、指示を出した後は一切後ろを振り返る事無く駆けていく元士郎の姿に自分の事を信じてくれていると感じて嬉しくなり、思わず名前で元士郎を呼んでしまった。一誠と共に元士郎がその場から立ち去った後でその事に気づいた留流子は思わず顔を赤くしてしまうが、それどころじゃないと慌てて気を取り直す。

 

「イタタタ……。こんな簡単に不意打ちされるなんて、元士郎先輩にちょっと集中し過ぎていたのかな?」

 

 確かに防御こそされたものの、回し蹴りが入った時には確かな手応えがあった。しかも蹴った勢いそのままに壁に叩き付けてもいる。それにも関わらず、回し蹴りを止めた腕を擦っているギャスパーにはダメージが入った様子がまるで見られない。その事実に、留流子は改めて思い知らされた。今自分の目の前にいるのは、もはや自分の力に不慣れで一緒に訓練していた同級生ではなく、駒王学園関係者の中でも上位に位置する実力者なのだと。だから、このまま元士郎の指示通りに憐耶の援護を受けながら音速機動で撹乱する事で少しでもギャスパーを足止めするつもりだった。

 

「でも、本命の仕事はちゃんと達成できたし、後はもう一仕事こなすだけだね」

 

 しかし、留流子はギャスパーに対する見込みがまだまだ甘かった事を思い知らされる。

 

「ところで、仁村さん。ダレン・シャンって小説、知ってる?」

 

 

 

 留流子にギャスパーの足止めを任せた元士郎は、特に留流子からの連絡がない事とリタイアの放送がない事から足止めが今の所は上手くいっていると判断していた。そうして後ろを振り返る事無くスタッフオンリーのフロアの出入り口まで辿り着くと、元士郎は警戒しながらそのドアを開けてまずは自分が二階の通常のフロアに出る。

 ……しかし、そこにデュランダルを既に解放していたゼノヴィアが強烈な一撃を放ってきた。完全に待ち伏せされていた状況から、元士郎はギャスパーが真っ先に仕掛けてきたのはこの為の時間稼ぎが本命だった事を悟る。そして龍の牢獄(シャドウ・プリズン)で防ごうとするが、その前にデパート中に絶界の秘蜂の端末を飛ばして斥候を開始していた事でゼノヴィアの攻撃を憐耶が逸早く発見した。憐耶は即座に端末を大量に分身させると同時にそれらを元士郎の元へと飛ばし、最低個数で形成できる面の結界を何枚も割り込ませた。そうする事でゼノヴィアの攻撃はその威力をかなり減衰させるものの、このままでは元士郎にまで届いてしまいそうだった。

 

「爆芯!」

 

 そこに、魔力爆縮を利用した高速移動術である爆芯を使用した翼紗が割って入る。彼女の左手には巨大な盾が握られていた。

 

「いくらデュランダルの一撃とはいえ、憐耶に大きく削られた後なら!」

 

 翼紗は左手に握った巨大な盾を掲げると、その名を叫ぶ。

 

「守り切れ! 精霊と栄光の盾(トゥインクル・イージス)!」

 

 すると、盾から強い光が放たれて一回り大きな光の盾を形成する。それと同時にゼノヴィアの一撃が光の盾と激突するが、事前に威力を削っていたのが功を奏して無事に防ぎ切る事ができた。本体である盾の損傷も殆どない。元士郎は翼紗に感謝の言葉を伝える。

 

「助かったぜ、由良。お陰で力を温存できた」

 

 だが、礼を言われた翼紗の方は苦笑を浮かべていた。ソーナの指示はあくまで「敵と接触する前に元士郎と合流する」だったからだ。

 

「本当ならもっと余裕を持って合流する筈だったのが、色々な意味でかなりギリギリになってしまったけどね。それにしても今の攻撃、余波で余計な破壊をする様子がなかった。一体どんな特訓をしたら、ここまでできる様になるんだろうね?」

 

「一誠のせいだな。それで大体説明が付く」

 

 首を傾げる翼紗に元士郎はそう答えるが、余りに酷い言い草だった為に一誠は異議を唱える。

 

「元士郎、流石にそれは酷くないか? 前にも言ったけど、先代の担い手であるストラーダ司祭枢機卿に天界で鍛え直してもらったからだよ。何でもかんでも僕のせいにするな」

 

「いやいや、その前に絶対にお前の影響を受けているって。そうでなきゃ、大量破壊の禁止ってルールがあるのにあんな堂々とデュランダルを振り回せる訳ないだろ」

 

 元士郎が即座にそう言い返すと、翼紗はウンウンと頷く事で同意を示す。それを見た一誠は少なからずショックを受けた。

 

「そんな、翼紗さんまでウンウンって……」

 

「では、本人に直接訊いてみようか。ゼノヴィア、本当の所はどうなんだ?」

 

 対戦相手である翼紗から問い掛けられたゼノヴィアは、迷いを全く見せる事無く答えを返す。

 

「イッセーの()()じゃない。イッセーの()()だよ。確かに天界でストラーダ猊下から鍛えて頂いたのは事実だ。だがそれ以上に、イッセーが猊下との手合わせの中で聖剣との向き合い方と本物のパワーの在り方を教えてくれた。だから、私はデュランダルと解り合えたんだ」

 

 そう言って、ゼノヴィアは静かにデュランダルを構えた。

 

「だから、イッセー。お前と猊下が教えてくれた本物のパワーに私が何処まで近付けたのか、そこでしっかりと見ていてくれ」

 

 荒々しさはそのままに、しかし刀身から迸るオーラの余波が周りの物を壊す事がないデュランダルの様子を見て、翼紗は「合流後は元士郎と共に一誠を護衛する」という指示をあえて反故にする決断を下す。

 

「デュランダルから放たれるオーラの印象が最後に見た時とは全然違う。荒々しいのは変わらないけど、そのまま安定している様な感じだ。……匙。この人工神器(セイクリッド・ギア)をフルに使って何処まで足止めできるか解らないけど、ここは私に任せて会長達との合流を急いでくれ。今のデュランダルの状態から判断すると、ゼノヴィアの手元が狂ったら絶界の秘蜂の防御結界を抜いて一誠に致命傷を負わせかねない」

 

 翼紗の決断に、元士郎はすぐに応じた。翼紗の言葉を通信越しに聞いたソーナからその通りにする様に指示があったからだ。ただ、元士郎はその前から先を急ぐ決断をしていた為、ソーナからの指示に戸惑いはしなかった。

 

「解った。遠慮なく行かせてもらうぜ、由良。それと今はギャスパーの足止めをしている仁村を後でそっちに回すそうだ。だから、仁村が合流するまで何とか耐えてくれ」

 

「了解だ」

 

 こうしたやり取りを終えて元士郎が一誠を連れて本陣の方向へと向かうと同時に、翼紗は爆芯を使用してゼノヴィアに猛スピードで突撃する。それに対してゼノヴィアは、何故か翼紗との間合いを一定に保つ様に退いた。翼紗はゼノヴィアの意外な行動に一瞬首を傾げたが、今は一誠と元士郎からゼノヴィアを遠ざけるのが最優先と判断してそのままゼノヴィアを追い掛ける。

 ……ゼノヴィアを追撃する翼紗に光の力を伴う激しい雷が襲いかかったのは、元士郎が二階から一階に下りて間もなくだった。

 

「……ここまで綺麗に奇襲を決めても、対処してしまうのね」

 

 父であるバラキエルの教えを受けて完全に自分の物とした雷光の一撃を放った朱乃であったが、完全に不意を突かれた翼紗の周りに防御結界が張られている光景を見て奇襲が失敗に終わった事を悟った。

 

「どうして部長と副部長、ギャスパーの三人が揃って憐耶を警戒していたのか、目の前の光景を見てよく解ったよ。確かにあれは相当に厄介だ」

 

 朱乃から各個撃破を狙う為に翼紗を釣り出してほしいと頼まれて見事に実行してみせたゼノヴィアは、三人から説明を受けていた憐耶の手強さをはっきりと理解した。そして、釣り出されたと判断してすぐに後退を始めた翼紗に対し、朱乃とゼノヴィアは追撃を仕掛けようとする。しかし、それを実行する事はできなかった。

 

「くっ! やっぱりそう来るか!」

 

 絶界の秘蜂の端末が十基、二人に迫っていたからだ。このままでは二人とも結界に閉じ込められると判断した二人は即座に散開してその場を離れるが、今度は端末から魔力刃が発生して体を貫かんと追撃してくる。それをそれぞれ雷光とデュランダルで撃ち落とすも、ゼノヴィアのすぐ後ろに別の端末が待ち構えていた。

 

「ハッ!」

 

 それを見た朱乃が抜き打ちに近い形で雷光を放ち、ゼノヴィアの後ろの端末を撃ち落とした事でこの場はどうにかなったものの、既に翼紗は撤退を終えた後で各個撃破という本来の目的は果たせなくなった。しかも、端末は隙あらばいつでも攻撃を仕掛けようと一定の距離を保ったまま二人の周囲に展開している。

 

「……お前は本当に厄介過ぎるぞ、憐耶!」

 

 この場にいない相手に自分達が抑え込まれているという事実にゼノヴィアの口からこの様な発言が飛び出してしまったが、それこそが今この瞬間にグレモリー眷属の中で成立した憐耶に対する共通認識である。

 

 ……グレモリー眷属とシトリー眷属の戦いは、既に序盤から中盤へと移行しつつあった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

どうも駒王学園は魔窟と化している様です。

では、また次の話でお会いしましょう。

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