未知なる天を往く者   作:h995

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第十七話 対戦直前

Side:木場祐斗

 

 ……八月二十日。

 イッセー君のネビロス家の養子入りが公表されたパーティーから二日が経ったこの日、若手対抗戦の開幕戦であるグレモリー眷属とシトリー眷属の対戦が行われる。僕達グレモリー眷属はグレモリー家の本邸地下にある専用の大型魔方陣で今回のフィールドに向かう前に最後のミーティングを行っていた。まずはアザゼル先生によるシトリー眷属についての話から始まる。

 

「シトリー眷属についてだが、最初はシェムハザを通じて反転(リバース)の技術を提供する予定だった。これはカウンター系神器(セイクリッド・ギア)に関する研究成果を元にしたもので、対象の能力の属性を文字通り反転する事ができる。例えばアーシアの癒しの力を破壊の力に、聖剣の聖なるオーラを「魔」のオーラに、と言ったところだな。ただ今のままだと色々と弊害が多くてな。そこでイッセーが道具に付与して能力でなく機能として利用する事で負担を大きく軽減するって新しい方向性を示してきたんだ。その辺りについては、神の子を見張る者(グリゴリ)の本部に滞在していた木場とギャスパーはもちろん天界に行ったアーシアとゼノヴィアも解るだろう?」

 

「ひょっとして、私達が天界に滞在する際に身に付けていたリストバンドの事ですか?」

 

「魔力の気配を反転させるなんてどういう技術を使ったんだと思っていたんだが、そういう事だったのか。流石はイッセーと言ったところだね」

 

 イッセー君からは神の子を見張る者の技術者とも意見交換したとは聞いていたけど、ここまで直接的な事まで言っていたなんてね。アーシアさんとゼノヴィアの言葉を聞いて、僕は自分だけ前に突き進むのではなく皆も一緒に前に進める様に背中をそっと押す親友が誇らしく思えた。でも、アザゼル先生の話にはまだ続きがあった。

 

「それでせっかくより安全で確実な方向性をイッセーが示してくれたのに、将来有望な若手を危険に晒してまで今までの方向性を試すのは流石にどうなんだって話になってな。結局、ソーナ達への反転の提供は見送られた。まぁ仮に提供を強行したところで、魔力を反転させた聖なるオーラで攻撃したら死亡事故が発生する恐れがあるってこれまたイッセーが指摘してきたから、かなり厳しい使用制限が敷かれていたんだろうがな」

 

 初めてレーティングゲームで使用される予定だった技術なのに、あらゆるケースを想定して不安要素をでき得る限り排除する。イッセー君はそれをあっさりとこなしてしまった訳だ。ただ我武者羅に前に突き進むのではなく、先を見据えた上で万全を期してから先に進む。だから、イッセー君はけして大きな失敗をしない。……それこそ、駒王学園でのテロ鎮圧後にテロリストの首領であるオーフィスからピンポイントで奇襲されるといった想定外にも程がある事態でも起こらない限り。

 

「その頭脳は全てを見通す神の如し、か。あの時のユーベルーナのイッセーに対する評価は本当に言い得て妙だったわね。それでアザゼル、どうしてわざわざそんな話を?」

 

 部長はアザゼル先生にそう尋ねたけど、確かにそうだ。結局は提供されなかった事を対戦直前に話しても意味はない筈。

 

「その代わりとなるものをシトリー眷属に提供したからさ。流石に詳しい内容は言えないが、反転の代用としては十分いけると俺達は判断した」

 

 そうして返って来たアザゼル先生の答えにある懸念を抱いた。

 

「まさかとは思いますけど……」

 

「安心しろ、木場。流石に鏡映しの英雄(ブレイヴ・イミテーション)は貸し出してねぇ。そもそも模倣能力の中身が余りにヤバ過ぎて早々表に出せる物じゃないし、何よりアレを一番使いこなせるのは間違いなくイッセーだ。だったら、アレを託す相手はイッセー以外にあり得ねぇよ」

 

「確かに、私の力の究極形を即興で再現できたのはイッセー君だからこそ、でしたわね」

 

 それを聞いて、僕はホッとした。朱乃さんも明らかに安堵の表情を浮かべている。これを使って回復役でありながら自らも最前線で戦える会長を模倣されたら、ただでさえ少ない勝ち目が完全になくなるからだ。すると、僕達のやり取りを側で聞いていた部長が不敵な笑みを浮かべた。

 

「アザゼル、語るに落ちたわね。鏡映しの英雄()貸し出してないという事は、つまりそれ以外の人工神器をソーナ達に貸し出した。そうでしょう?」

 

 部長がアザゼル先生にそう確認を取ると、アザゼル先生は手を頭に当てて天を仰いだ。

 

「あっちゃ~、俺とした事がつい気が緩んじまっていたか。まぁせめてもの意地だ。ここはあえてノーコメントとさせてもらうぜ」

 

 ……実質、「それで正解だ」と言っている様なものだった。ただこうなってくると、一体どんな人工神器が貸し出されたのか、非常に気になる。特に神の子を見張る者の本部に行った時に見た狡兎の枷鎖(パーシステント・チェイサー)が貸し出されていると非常に厄介だ。だから、まずは皆に危機感を共有してもらう事にする。

 

「部長、もし向こうがどういう形であれ鎖を所持していたら注意して下さい。狡兎の枷鎖というかなり厄介な人工神器の可能性が高いです」

 

「私も祐斗君の意見に同意しますわ」

 

「僕もです。しかも狡兎の枷鎖が貸し出されていた場合、実戦投入の目途が立ったからだと思いますので、他の物と比べても特に完成度が高い筈です」

 

 僕の懸念に対して、朱乃さんとギャスパー君が同意してきた。僕達三人は直に性能確認テストを見ているから解るけど、アレは本当に厄介だ。しかもあれから更に強化されている可能性だってある。だから、警戒し過ぎてもまず損はしない。

 

「そう言えば、イッセー達と一緒に俺達の本部に来たお前達は狡兎の枷鎖の性能確認テストに立ち会っていたな。あれがイッセーの指摘でガラリと変わった事も知っているお前達なら、真っ先に警戒するよなぁ」

 

 どうやら今回の対戦にサプライズ要素を加えたかったらしいアザゼル先生は、目論みの一つが少し失敗した事に少しだけ落胆の表情を見せた。

 

「祐斗、朱乃、ギャスパー。その話は後で聞かせてもらうから、今は話を先に進めましょう。アザゼル、神の子を見張る者がソーナ達に提供する予定だった技術やその代替として人工神器が貸与された事は承知したわ。この分だと、人工神器の習熟訓練については早朝鍛錬以外の場でやっていたのでしょう。諜報系の極みと言える「探知」の使い手である私とした事が、情報戦でソーナに後れを取ってしまうなんてね」

 

 部長はやや悔しげな表情を浮かべながら話を一旦打ち切ると、つい三日前まで神の子を見張る者の本部にいたギャスパー君と朱乃さんに声を掛ける。

 

「それで朱乃、ギャスパー。確認したいのだけど、貴方達と一緒にいた匙君と憐耶はどれくらい強くなったの?」

 

 部長の確認に対して、ギャスパー君と朱乃さんはしばらく考え込んだ後で驚くべき答えを返して来た。

 

「……正直に言います。元士郎先輩も凄く強くなっていますけど、僕が今怖いと思っているのはむしろ草下先輩の方です。今回の冥界入りで一番伸びたのは間違いなくあの人だと僕は思います。それこそ、ヴリトラが目覚める前の元士郎先輩が相手だったら互角とは言わなくてもある程度は一人で渡り合えるくらいに」

 

「私も父様から雷光の指導を受けて完全に仕上げてきましたし、他の属性の魔力にも光力を乗せられる様になった事で以前とは比べ物にならないくらいに強くなった自信がありますけど、それでも草下さんを一人で相手取るのはちょっと厳しいかもしれませんわね」

 

 ギャスパー君と朱乃さんの返事を聞いて、この場にいた皆が息を飲んだ。

 

「二人の言う通りだ。俺が直々に監督した訓練を全てクリアした上に別物と言ってもいいくらいに強化された結界鋲(メガ・シールド)改め絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)を手にした今のアイツなら、木場やギャスパーをぶつけてもかなり手古摺るぞ。まぁ正直に言うとだ、俺もあそこまで大きく化けるとは流石に思っていなかった。草下に秘められていた特性を見出し、その上で特製の結界鋲を作成して直接手渡したイッセーの人物鑑定眼の凄まじさが改めて浮き彫りになった格好だな」

 

 二人の後で付け足されたアザゼル先生の草下さんに対する高い評価に、皆は信じられない様な表情を浮かべている。ただ、部長だけは別だった。

 

「イリナさんはもちろん悪魔社会では目上になる私とソーナを前に怖じる事無く堂々と宣戦布告してきたあの時から解っていたけれど、やっぱりここまで駆け上がって来たわね。憐耶」

 

 部長は感慨深げにそう呟くと、朱乃さんとギャスパー君の二人に改めて確認を取る。

 

「それで二人とも、憐耶もソーナ達の主力の一人と見なしていいのね?」

 

 先に部長の問い掛けに答えたのは朱乃さんだった。

 

「はい、それについては断言できます。今の草下さんはサポートタイプの新しい在り方を確立させたと言っても過言ではありませんわ」

 

「僕としては、草下先輩を早急に抑えないとかなり危険だと言わせて頂きます。今の草下先輩はフィールドの広さによっては味方全員を援護できますから、できれば霧化(トランス・ミスト)の超高速移動が使える僕が対処した方がいいと思います」

 

 朱乃さんがハッキリと肯定した後でギャスパー君が戦略上の注意点を伝えて来た。ギリギリまで側にいた朱乃さんとギャスパー君にここまで言わせる以上、草下さんは相当に強くなっているのだろう。部長も僕と同じ考えに至ったみたいで、深い溜息を吐いた。

 

「悩ましいわね。戦術と戦略に秀でた上に()(どう)(りき)でアーシアと同じく回復役もこなせるソーナの下にこちらのエースである祐斗と対等な匙君、そして何より今回の参加メンバーの中では間違いなく最強の武藤君がいる。この時点で既に私達の方が圧倒的に不利なのに、憐耶が新たな主力として一気に駆け上がってきた。更に他の子も一人一人は一芸に特化している上に人工神器を所持している可能性もあるからけして侮れない。そして連携に至っては、元々個人戦よりも集団戦を重視していたから私達よりも数段上手いと来ているわ。こうなってくると、祐斗とギャスパーでどうにか武藤君と匙君を抑えている間、残った私達で数的不利を個々で勝る質で引っ繰り返すしかないわね。来賓の方や上層部の方といった観客からの受けはかなり悪くなるでしょうけど、そもそも私達の方が不利な状況なのよ。ここは私達が挑戦者としてソーナ達に立ち向かうくらいの気持ちで行かないとけして勝てないわ」

 

 部長は自分達が圧倒的に不利であるとしっかりと受け止めた上で、それでも諦めずに貪欲に勝ちに行く事をハッキリと示した。これに対して、朱乃さんが部長の側近として真っ先に賛同する。

 

「正直に言って凄く悔しいですけど、今回はそういう姿勢で行くべきですわね。でもそうなると、今回の対戦の鍵を握るのは……」

 

 途中で止めた朱乃さんの言葉に、ゼノヴィアも同意する。

 

「確かに、今の実力を完全には知らない筈の向こうにとって小猫はこの上ない穴馬(ダークホース)になるな」

 

 そう、その場に居合わせた部長の話ではSS級の「はぐれ」で最上級悪魔と同等クラスと言われた実の姉である黒歌に殆ど何もさせなかったという小猫ちゃんだ。ただあくまで対策を練りに練って対黒歌に特化させたから完勝できたのであって、実際には部長や会長、レイヴェルさんには流石にまだ勝てないらしい。だがそれでも向こうとこちらの評価の間に少なからずズレのある小猫ちゃんであれば、今回の対戦における僕達の勝利の鍵となり得るのだ。小猫ちゃんも自身の役割を理解した様で、しっかりと頷く。

 

「……解りました、何とかやってみます」

 

 その後もミーティングは続き、やがてバトルフィールドに向かう時間になった。僕達は対戦用の衣服に着替えると、移動用の魔方陣に向かう。なお、今回の対戦の戦装束として駒王学園の夏服を着ているのは部長と僕、ギャスパー君、小猫ちゃんの四人で、朱乃さんは実家に縁のある巫女服、アーシアさんは修道女服、ゼノヴィアは悪魔祓い(エクソシスト)時代から愛用している戦闘服だ。見送りの為に同行してきた部長のご両親とミリキャス様、そしてアザゼル先生が見守る中、僕達は魔方陣の上に乗った。すると、魔方陣が起動して光に包まれる。やがて光が収まると、僕達の目の前にはテーブルが幾つも立ち並んでいた。

 

「ここは……?」

 

 僕は周りの状況を確認していると、ファストフードの店が連なっていた。どうやら飲食フロアの様だ。そこでグレモリー眷属の中では最も足が速い僕はフロアから出て奥の方を見渡す。そこには多くの店がずらりと並び、天井は吹き抜けノアトリウムになっていてガラスから光が零れている。これらの構造が僕の記憶の中にある身近な建物と完全に一致した。

 

「駒王学園の近くにあるデパートですわね」

 

 朱乃さんの言う通りだった。このデパートは二階建てで建物自体はけして高い物ではないけど、代わりに吹き抜けの長いショッピングモールになっている事から横面積がかなりのものになっている。また屋上は駐車場になっているし、それとは別に立体駐車場も存在している。この様に建物の構造をよく知っているという意味で本来なら地の利があるけど、それは向こうも同じだからけして有利になる訳ではない。

 

「私とソーナの双方に縁のある建物をバトルフィールドに選んだという訳ね。駒王学園にしなかったのは私達が一度ライザーとの対戦でそこでの戦いを経験しているからでしょうね」

 

 このデパートを対戦の舞台に選んだ理由について確信を得た部長が皆にそう説明する。たぶんその通りだと、僕も思う。きっと双方に地の利がある事を前提として今回のバトルフィールドを設定したのだろう。そうして自分達の置かれている状況を確認し終えた所で、店内アナウンスがグレイフィアさんの声で流れ始める。

 

「皆様、この度のレーティングゲームの審判役(アビーター)を務めさせて頂きますルシファー眷属の女王(クィーン)、グレイフィア・ルキフグスでございます。どうぞ、よろしくお願い致します」

 

 最初にグレイフィアさんが挨拶を終えると、早速今回の対戦についての説明を始めた。

 

「今回の対戦では、リアス様とソーナ様が通われる学舎である駒王学園の近隣に存在するデパートを再現したフィールドをご用意致しました。両陣営、転移された先が本陣となります。リアス様の本陣は二階の東側、ソーナ様の本陣は一階の西側となりますので、兵士(ポーン)の方は昇格(プロモーション)をする際、相手の本陣まで赴いて下さい。なお、今回の対戦には特別なルールがございますので、送付されている資料をご確認下さい。回復品であるフェニックスの涙については、両陣営ともに回復手段を有している事から支給されておりません。なお、作戦時間はこれより三十分で、この時間内での相手との接触は禁じられております。またゲームは作戦時間終了と同時に開始となりますのでご注意ください」

 

 グレイフィアさんの説明が終わりかけたが、その前にギャスパー君が声を上げた。

 

「申し訳ありません、グレイフィア様。自己申告になりますけど、ヴァンパイアの特性を用いての眷属化を全面禁止とさせて下さい。この方法で僕の眷属にされた方は永続的に僕に従う事になる上に、僕が眷属化を解けばそのまま死んでしまいます。そうなれば、この対戦で開幕する事になる若手対抗戦の意義が失われてしまうと思うんです」

 

 確かにその通りだけど、この場で自分からあえて不利になる事を申告するなんて。だけど、皆は唖然としている中で僕だけは何処か納得していた。

 

 ……この対戦はただ功績の為に勝てばいいという訳ではなく、あくまでお互いの今後に繋がる様にしなければならないのだから。

 

 ギャスパー君はそれをしっかりと理解していた。だからこその自己申告なのだろう。そうして、暫くの沈黙の後にグレイフィアさんが返答した。

 

「ギャスパー・ヴラディ選手の自己申告を受理致します。それでは、これより作戦時間とします」

 

 そして、僕達は早速転送されてきた一枚の紙に記載された特別ルールを確認し始める。暫くして読み終えると、部長は軽く溜息を吐いた。

 

「今回の対戦、私の「探知」と小猫の八卦については全面使用禁止となっているわ。まぁ作戦を立てる意味がなくなるからこれは当然ね。それとギャスパーについても、例のアレは原則使用禁止になっているわね」

 

「……それも当然だよ。確かにあの二人に対してはそう簡単にいかないだろうけど、レーティングゲームは基本的に(キング)が倒れた時点で終わりだからね」

 

 やや呆れた様な素振りでそう語るのは、ギャスパー君と入れ替わったバロール君だ。ただ、バロール君の言っている事はけして間違っていない。それだけ凄まじいのだ、禁夜と(フォービトゥン)真闇た(・インヴェイ)りし翳(ド・バロール)の朔獣(・ザ・ビースト)という能力は。

 

「そして、今回の対戦には特殊ルールとして「バトルフィールドとなるデパートを破壊し尽くさない事」があるわ。つまり、広範囲に影響の出る攻撃が実質禁止されているのよ。違反者については許容範囲を超えると退場処分もあり得るから、私と朱乃、それにゼノヴィアの特長を殆ど生かせないわね」

 

 特別ルールについて読み終えた部長は、グレモリー眷属の自慢である強大な攻撃力を大幅に制限されて少々頭が痛い様だ。しかし、そう都合の悪い事ばかりじゃない。現に、ギャスパー君がそれを口に出していた。

 

「でも、僕にとってはむしろ好都合です。さっき自己申告で禁止にしてもらった眷属化とアレ以外の能力については禁止されていませんし、何より……」

 

 そのギャスパー君の言葉を僕が続ける。

 

「成る程、確かに奇襲を仕掛けるには好都合だよ。特に潜み寄る夜霧の怪人(イルーシヴ・ストーカー)が使えるのは有難いね」

 

 僕の言葉を肯定する様にギャスパー君が大きく頷いた所で、アーシアさんが少し首を傾げながらゼノヴィアに質問した。

 

「あの、ゼノヴィアさん。あの天井の丸いものって、何ですか?」

 

 そう言ってアーシアさんが指差したのは、ドーム型の防犯カメラだった。尋ねられたゼノヴィアは早速アーシアさんに説明する。

 

「……あぁ、防犯カメラか。あのカメラを通して神の教えに背いて罪を犯す者がいないか、店の者達が見張っているんだよ」

 

「そうなんですか。前にイッセーさんから教えてもらった時には長くて四角いものだったんですけど、あんな丸い物もあるんですね。でも、ここには私達の他には会長さん達しかいないのにちゃんと見張っているなんて、とても立派ですね」

 

 ゼノヴィアの説明を聞いてアーシアさんは納得する素振りを見せていたけど、続けて出てきた言葉に僕は違和感を抱いた。

 

 ……防犯カメラが、ちゃんと見張っている?

 

 ここで部長がハッとして、すぐにギャスパー君に指示を出す。

 

「小猫! ギャスパー! 急いで気配察知を行いなさい!」

 

「は、はい。解りました」

 

「既にやっています!」

 

 部長からの指示を受けて小猫ちゃんが慌てて猫又としての姿を露わにして気配察知を始める一方で、ギャスパー君はアーシアさんの発言に違和感を抱いた時点で即座に行動を開始していた。

 

「……えっ?」

 

 暫くして、ギャスパー君は唖然とした表情を浮かべた。

 

「ねぇ、小猫ちゃん。ちょっと確認してほしいんだけど……」

 

 そして、少し出遅れてしまった小猫ちゃんに何故か確認をお願いしたところ、小猫ちゃんは信じられないものを見た様な表情を浮かべる。

 

「……私も今確認した。でも、正直言って自信ない。だって……」

 

「いいよ、小猫ちゃん。その反応で僕の察知した気配はけして間違いじゃなかったって確信が持てたから」

 

「じゃあ、やっぱり……!」

 

 ギャスパー君と小猫ちゃんは二人で言葉を交わす内に最終的にはお互いに頷き合っていた。そんな様子を見た部長が二人に尋ねてみる。

 

「どうしたのかしら、二人とも?」

 

 そうして帰って来た答えが余りにも意外だった。

 

「今回の気配察知は敵対する相手を対象にしたダンピールの特性でなく、風の精霊と感応して行いました。それで向こうの本陣からかなり離れた場所に二つの気配を感じたんです。一つは元士郎先輩。そしてもう一つは……」

 

「何故かこのバトルフィールドに来ているイッセー先輩です」

 

「……はっ?」

 

 部長はもちろんこの場にいた皆が唖然とする中、僕は一つの事だけ考えていた。

 

 ……イッセー君。この対戦に君は一体何を仕込んだんだい?

 

Side end

 

 

 

Side:草下 憐耶

 

「失礼致します。審判役のグレイフィアです。たった今、解放条件が満たされましたので、勝利条件及び敗北条件を変更致します」

 

 作戦時間の途中でグレイフィアさんのアナウンスが流れ始めたのは、防犯カメラが生きている事に気付いた匙君が会長に進言してそのまま単独行動に移り、その先で一君と遭遇した直後だった。

 

「勝利条件と敗北条件を変更? どういう事ですか?」

 

 今まで聞いた事のない事態に会長は驚きを隠せないでいる。たぶんリアス様達も同じだろう。そうしている内に、グレイフィアさんの説明が始まった。

 

「現在、このバトルフィールドに双方の共有眷属である兵藤一誠聖魔和合親善大使がいらっしゃいます。皆様には作戦時間が終了してから兵藤親善大使を自陣営の本陣までお連れした後、この後に展開される魔方陣でこちらに転送して頂きます。この転送が終了した時点でゲームは終了、転送を成功させた陣営の勝利となります。なお、この転送には兵藤親善大使が魔方陣の中に一定時間いる事とそれまで最低一人は魔力を魔方陣に送り続ける事が必要となります。一方、兵藤親善大使に攻撃を三回当ててしまうか致命傷となり得る威力の攻撃を一度でも当ててしまうとゲームは終了し、両陣営の敗北となります」

 

 ……こんなレーティングゲームのルール、少なくとも私は今まで聞いた事がない。それで皆と視線を合わせるけど、皆揃って首を横に振る。そして、レーティングゲームの学校を作る為にレーティングゲームのあらゆるルールを熟知している会長もまた首を横に振った以上、ほぼ間違いなく史上初の試みの筈。でも、驚くべき事はそれだけじゃなかった。

 

「また今回のゲームでは、王が撃破(テイク)されても敗北とはなりません。その場合、残っている眷属の中で最も駒の価値の高い方が王の代理となります。なお、相手の陣営を全滅させても兵藤親善大使を転送するまではゲームは続行となり、対戦時間内に転送できなければ勝利条件が達成されなかったとして敗北となりますので先程お知らせした敗北条件と併せてご注意下さい。以上が勝利条件及び敗北条件の変更点となります」

 

 グレイフィアさんのアナウンスが終わると同時にさっき説明のあった一君を転送する為の魔方陣が床に現れてきたけど、私はそれどころじゃなかった。

 王が倒れても敗北にならず、最も駒の価値の高い者が王の代理になる。今まで聞いた事のないルールではあるけど、ただ王が倒れても敗北にならないルールの対戦方式なら既に幾つかある。球技形式のランペイジ・ボールもその一つだけど、ハッキリ言って戦闘行為がゲームの勝利に余り寄与しないから成立しうるものだと思う。だから、戦闘主体である対戦方式でこのルールが採用される意味が私には解らなかった。……でも、それを理解できた人がここにいた。

 

「これはまたかなり実戦的な対戦方式を仕込んできたね」

 

 この中では間違いなく実戦経験が一番豊富な武藤先輩だ。副会長は早速武藤君にどういう事なのかを問いかける。

 

「どういう事ですか、武藤君?」

 

「真羅さん、これは一誠を魔王様に置き換えてみると理解できると思うよ。それを踏まえて訊くけど、もし今の様な状況に実際になったとしたら、優先するべきは僕達の王である支取会長と魔王様のどちらになるのかな?」

 

「そ、それは……」

 

 質問した筈が逆に質問されている副会長は答えを言い淀んでいる。……ううん、副会長だけじゃない。私達皆が答えを出せずにいる。私達にはとても選べそうにない質問だから。でも、会長だけは違っていた。

 

「今の様に魔王様を安全な場所までお連れする必要があり、尚且つ私よりも強い相手が複数追っ手にいる事が解っているのであれば、おそらくは実力上位である武藤君とサジ、更に絶界の秘蜂の使い手で防御と斥候に秀でた憐耶を魔王様の護衛に付けて、私自身は残った皆を率いて殿を務める事になるでしょうね。それが冥界にとっての最善ですから」

 

 会長は自分よりも魔王様を優先し、その上で自分より強い二人の他に私も魔王様に付けると断言した。私への評価が会長の中ではかなり高い事に驚いたけど、他の皆は会長の決断に驚きを隠せないでいる。留流子ちゃんに至っては驚愕の声をハッキリと出してしまっている。

 

「そんな……!」

 

 でも、武藤先輩はどこまでも冷静だった。

 

「実際、それで正解だよ。眷属にとって主である王は絶対である様に、全ての悪魔にとって魔王様は絶対だ。それがこの悪魔社会の根幹を為している。この事実とどう向き合っていくのか、それを一誠は僕達に問い掛けているんだよ」

 

 武藤先輩の話を聞いた会長は、やがて一つの確信を得た様に深く頷く。

 

「私とリアスに対する一誠君の最後のご奉公として渡された宿題という訳ですね」

 

「少々厳し過ぎる気もするけどね。ただね、こんな事は普通ならまずやろうとは思わないし、たとえやりたくてもけしてやれないよ。それだけ無茶な事を一誠はやっているという事だけは解っていてほしい」

 

 ……一君。そこまで私達の事を考えてくれていたんだね。

 

 会長と武藤先輩のやり取りを聞いてそれが解った私は、とても嬉しいと素直に思えた。きっと、会長も同じ思いを抱いていると思う。だからこそ、さっきまで固かった表情に一瞬だけ笑みが浮かんでいた。

 

「これで解ったと思いますが、今回の対戦は一誠君の争奪戦です。ですが、既にサジが一誠君に接触してくれた事で、リアス達は対戦相手との接触が禁じられている作戦時間の間に一誠君の元へ直接向かう事ができません。これは大きなアドバンテージです。作戦時間は残り少ないですが、一誠君をここまで護衛して魔方陣で転送する為の作戦を一から立て直します。いいですね?」

 

「「「「「「ハイ!」」」」」」

 

 今までにないルールで行われる、若手対抗戦の開幕戦。その幕は間もなく落とされようとしている。でも、私のやる事は今までと変わらない。絶界の護蜂を使って、皆を全力でサポートする。

 

 私のいるべき場所で、私なりのやり方で、私にできる精一杯の力で。

 

 それが私、草下憐耶の戦いなのだから。

 

Side end

 

 

 

Interlude

 

 なお、対戦方式が大きく変わった事で両陣営とも作戦の変更を余儀なくされた頃の親友同士の会話は以下の通りである。

 

「それにしても、まさか作戦時間が開始してから二分もしない内にここを探し始めるとは思わなかったよ」

 

「本来なら中身のないハリボテでいい筈の防犯カメラが生きているんだったら、まずはそれらをまとめて操作できる中央管理室を押さえないと色々不味いだろ。それで会長に許可を貰って急いで探し回ってみれば、まさかお前がいるとは思わなかったぜ」

 

「ネビロス家の次期当主が内定しているとはいえ、僕の立場はまだリアス・グレモリー様とソーナ・シトリー様の共有眷属なんだ。だったら、たとえ一緒に戦えなくても別の形で参加したいと思っても不思議じゃないだろう?」

 

「確かにな。俺がお前の立場でも、きっと同じ事を考えているよ。だけど正直な話、かなり無茶だったんじゃないか?」

 

「そうだな。実際、ネビロス家への養子入りが決まった時点で後はもう見守る事しかできないと諦めていたよ。そうしたら、義母上から背中を押されたんだ。立つ鳥は跡を濁さないものだけど、そこに未練を残していたら意味がないのよってね」

 

「クレア様って本当に器の大きな方だよな。……それで、未練を残さない様にこんな形で参加したって訳か」

 

「まぁね。ただ囚われの身で王子様の助けを待つお姫様役でもないと流石に無理だったけどね」

 

「現実にはまずあり得ないけどな。だいたい、お前がただ助けを待っている様なタマかよ。……だけど、これでこっちもあっちも限られた時間で一生懸命に考えた作戦が全部台無しだな」

 

「現地に入ってから判明した事で前以て準備していた作戦が全てパー、一時撤退もできない以上はその場で一からやり直すしかない。……なんて、実際の戦いではよくある事だよ」

 

「……お前って、ここぞって時には本当に遠慮も容赦もしねぇよな」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

Interlude end

 




いかがだったでしょうか?

……これで、単純な力のぶつかり合いとはいかなくなりました。

では、また次の話でお会いしましょう。

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