未知なる天を往く者   作:h995

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第十六話 対戦前日

Side:紫藤イリナ

 

 イッセーくんのネビロス家への養子入りを公表したのを皮切りに、SS級「はぐれ」悪魔で小猫さん(ソーナやリアスさんの眷属である皆が早朝鍛錬に参加する様になってから名前呼びできるくらいに親しくなった)のお姉さんである黒歌の潜入に加えて、オーフィスやクロウ・クルワッハとの対談と立て続けに事件が起こったサーゼクスさん達主催のパーティーが終わった。イッセーくんとウォーダン様、ロスヴァイセさんの三人を残して私達はネビロス邸に戻ると、私はアウラちゃんと一緒にお風呂に入ってからベッドに入るとそのまま眠ってしまった。本当はアウラちゃんが眠ってから部屋を出てイッセーくんが帰ってくるまで待っているつもりだったんだけど、そのイッセーくんから「僕の事は気にしないでそのままアウラと一緒に眠って欲しい」と頼まれちゃったからだ。

 ……正直に言うと、他の皆に凄く申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、「お前はまずアウラを優先しろ」ってエルレが言ってくれて心が少し軽くなった。それでいつもの時間に目が覚めると、ベッドの側で椅子に腰かけて私達を見守っているイッセーくんがいた。

 

「おはよう、イリナ」

 

 イッセーくんは私が起きたのを確認すると優しい声で朝の挨拶をしてきた。私は少し寝惚けた状態で反射的に挨拶を返す。

 

「……おはよう、イッセーくん」

 

 それでつい背伸びをして完全に目を覚ました所で、私はハッとなった。

 

「……ねぇ、イッセーくん?」

 

「ちゃんと確認のノックはしたし、声も掛けたよ。着替えている最中にいきなりドアを開けるなんて真似は流石にしたくなかったからね。それで返事がなかったから、二人を起こそうと思って部屋に入ってきたんだ」

 

 私の訊きたい事を逸早く察したイッセーくんは、ちゃんとマナーを守った上で部屋に入ってきた事を伝えてきた。ここ最近は三人で一緒に眠る事が多かったからそこまで私に気を遣わなくてもいいのにと思う一方で、イッセーくんの紳士としての気遣いがすっごく嬉しいって気持ちも確かにある。アウラちゃんのママをやっているとはいえ、私だって花も恥じらう女子高生。乙女心はとっても複雑なのだ。

 そんな複雑な乙女心に揺れながらイッセーくんと朝のやり取りをしていると、アウラちゃんも目を覚ましたみたいで体を起こしてきた。

 

「おはよう。パパ、ママ」

 

 まだ少し眠いのか、目元を指でコシコシと擦りながら朝の挨拶をするアウラちゃんの可愛らしい姿に私もイッセーくんも笑みを浮かべる。

 

「おはよう、アウラ」

 

「おはよう、アウラちゃん」

 

 二人揃ってアウラちゃんに挨拶を返すと、アウラちゃんはとても嬉しそうな表情を浮かべる。そこで私はイッセーくんの服装が昨日のパーティーで来ていた不滅なる緋(エターナル・スカーレット)のままである事に気付いた。そこで私は早速イッセーくんに確認を取る。

 

「ねぇ、イッセーくん。ひょっとして、眠ってないの?」

 

 すると、イッセーくんは少しだけ溜息を吐いてから正直に答えてきた。

 

「そうだよ。この邸に戻ってきたのは日付が変わってからだったし、その後で義父上とウォーダン小父さんの話し相手をしていたら、そのまま夜が明けちゃってね」

 

 そう答えるイッセーくんだけど、その顔色から少し疲れが出ているのが解ったから、今日の早朝鍛錬はどうするのかを尋ねる。

 

「それで、今朝の鍛錬は大丈夫なの?」

 

「流石にいつものメニューをこなすのはちょっとキツイかな? ここで変に頑張って怪我しても意味がないし今日は見学者がいるから、軽めの基礎トレーニングをこなした後に見学の案内をして、それから指導役に専念して終わりかな」

 

 イッセーくんから「けして無理も無茶もしない」という答えが返ってきたから、私はホッとした。そして、今から着替える事をイッセーくんに伝える。

 

「イッセー君。私達、今から着替えるから」

 

「解った。外で待っているよ」

 

 イッセーくんはそう言うと、そのまま部屋を出ようとした。でも、まるで忘れ物を思い出したかの様に振り返ると、まだベッドの上にいるアウラちゃんの元に近づいてきた。そしてアウラちゃんの前髪を掻き上げると、そのおでこに軽くキスをする。そのままイッセーくんが私に顔を近付けてくるのを見て、全てを察した私はそっと目を閉じて顎を上げる。そして、お互いの唇を合わせてちょっとの間だけ温もりを分かち合った。

 

「じゃあ、また後で」

 

「ウン」

 

 唇を離した後で言葉を交わすと、イッセーくんは今度こそ部屋を出ていった。……これまた最近になって始めた事だけど、アウラちゃんの目の前でもついやっちゃうくらいに私もイッセーくんも病みつきになったのは私達二人だけの秘密。そんなこんなでアウラちゃんと二人でトレーニング用のジャージに着替えていると、アウラちゃんが私に話しかけてきた。

 

「ママ、あのね……?」

 

 それはちょっとしたお願いだったけど、私はすぐに受け入れた。自分のお願いが受け入れられた事を喜ぶアウラちゃんの満面の笑顔を見て、私もイッセーくんもこの瞬間の為に頑張っているんだって改めて思った。

 

 ……さて、それじゃ準備しなきゃね。イッセーくん、()()を見たら驚いてくれるかな?

 

Side end

 

 

 

 イリナとアウラが着替えるという事で部屋を出ると、外で待っていたエルレが早速話しかけてきた。

 

「一誠、二人は?」

 

「部屋に入った時には二人ともまだ寝ていたけど、いつも起きている時間になったらすぐに起きたよ。それで今は着替えているところ」

 

「成る程ねぇ。親しき仲にも礼儀ありってところか。その辺はきっちりしてるんだね」

 

 ウンウンとエルレが頷く中、僕は徹夜させてしまった皆に謝った。

 

「皆、ゴメン。僕に付き合う形で徹夜させてしまって」

 

「ホント、その通りだよな。最初の方は総監察官とオーディン殿の昔話が主だったけど、途中からはお前の魔法講座だったからね。確かに徹夜の原因の半分はお前だよ、一誠」

 

 エルレの容赦のない言葉が僕の胸にグサリと突き刺さる。そこにセタンタからフォローが入った。

 

「あまり気にしないで下さいよ、一誠さん。そのお陰で色々な意味で面白い話が聞けたって事で、俺としては凄く儲け物でしたから」

 

「それに、確かロスヴァイセさんでしたか。オーディン様のお付きの方も一誠様のお話にかなり食いついていましたわね。自然との調和を旨とした自然魔法に関しては特に」

 

 セタンタのフォローに続くレイヴェルの言葉を聞いた僕は、ロスヴァイセさんの人物評を皆に伝える。

 

「こっちに戻ってくる時にも、僕が使った土遁の術にかなり興味を示していたからね。それに話している内容も理路整然としていてすごく解り易かったし、彼女は魔法研究に関してはかなりの物を持っていると思うよ」

 

「では、この際ですから私達と北欧神話勢力との技術交流と将来有望な若手の育成を兼ねて、魔法分野の共同研究プロジェクトを立ち上げてみてはどうでしょうか?」

 

 僕の人物評に基づいたであろうレイヴェルからの提案に、僕は少なからず興味を抱いた。

 

「成る程。その共同研究に若手研究者の一人としてロスヴァイセさんを招聘するという訳か」

 

「はい。ただその場合、魔法や魔術がこちらと比べて数段進んでいる北欧神話に共同研究の話を持ち掛ける訳ですから、こちらとしても相当の実力者を出さないと面目を保てないという問題がありますわ」

 

 確かにレイヴェルの言う通り、悪魔勢力は魔法関係では北欧神話の後塵を拝している以上、それこそ悪魔勢力における魔法研究の第一人者でもなければつり合いが取れないだろう。そこで話を聞いていたエルレが早速該当者を挙げてきた。

 

「こうなってくると、術式開発の天才であるベルゼブブ様と自然魔法なんて新しい魔法系統の他にも魔法理論を幾つも作り上げている一誠、北欧式も含めた魔法全般を極めているロシウの爺さん、仙術と道術のスペシャリストである計都(けいと)、後はジオ義兄さんの僧侶(ビショップ)とサーゼクスの所のマクレガーが向こうとも対等にやれそうだけど、肝心の若手が一誠以外にいないなぁ。ただそれとは別枠ではやてが夜天の書に記されている異世界の魔法を一部でも公開してくれれば、こっちの面目は十分保てるんだけどね……」

 

 エルレがはやての名前を挙げた所で、レイヴェルが釘を刺す。

 

「エルレ様。そもそもはやてさんは一誠様の身内であって、私達悪魔勢力に所属している訳ではありません。ですから、はやてさんをこちらの頭数に入れてはいけませんわ」

 

「それは俺も解ってるって。今のは宝くじを買って当たれば儲け物ってくらいの話さ。たださ、はやては近い内に一誠とは別に魔法関係に強い後ろ盾を持っておいた方がいいだろうね。はやての持っている夜天の書はそれだけヤバい代物なんだよ」

 

 エルレもレイヴェルの言った事は重々承知の上であり、どうやら後で口にした事が本命だった様だ。そうしたエルレの考えに僕も同意する。

 

「あれは言ってみれば、異世界のセファー・ラジエルだからね。そんな夜天の書の詳細がバレたら、世界中の魔術師がはやてを狙ってくるのは間違いないな。……この場合、魔術組織としては新興勢力で独自の魔法も受け入れやすく、更に創立者のマクレガーさんと前に所属していたルフェイという伝手がある黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)か、あるいはアジュカさんが独自に有しているというベルゼビュートが妥当かな」

 

 僕は身近にいる関係者を元に候補となる組織の名前を挙げていったが、ここでレイヴェルが意外な事を提案してきた。

 

「いっそのこと、一誠様達で新しい組織を立ち上げた上で魔法分野の共同研究もそちらでやってしまう方が色々と都合がいいかもしれませんわね。下手に既存の組織にはやてさんを入れてしまうと、後々大きな揉め事が起こってしまいそうですし……」

 

「そういう形であれば、他の勢力も共同研究への新規参入がしやすくなるな。それにはやてを技術提供者として頭数に入れられるし、他の勢力に紹介する手間も省ける」

 

 魔法に関する新組織の設立か。レイヴェルとエルレの意見を聞いて中々に魅力的な話だとは思ったが、僕個人の責任で話を進めるには流石に事が大き過ぎる。

 

「……流石に事が少々大き過ぎるから、とりあえずはサーゼクスさん達に相談かな」

 

 僕がレイヴェルの提案について上層部に話を上げる事を決めた所で、寝室のドアが内側から開いた。

 

「イッセーくん、お待たせ」

 

 そこにいたのはジャージ姿のイリナとアウラだ。ただし、アウラの髪型はいつものロングストレートではなかった。

 

「エヘヘ。ねぇ、パパ。()()、似合ってる?」

 

 少し照れ臭そうに訊いて来るアウラの赤い髪はイリナと同じくツインテールで纏められていて、それがまた外を元気一杯に走り回る快活なアウラによく似合っていた。だから、僕の感想をそのままアウラに伝える。

 

「良く似合っているよ、アウラ。ところで、イリナとお揃いにしたのかな?」

 

「ウン! 今日はママとお揃いにしてって、あたしがママにお願いしたの!」

 

 何とも微笑ましいアウラの言葉を聞いて、僕の頬の筋肉がどうしても緩んでしまう。……この感情を指して親バカというのなら、僕はそれを甘んじて受け入れよう。誰が何と言おうとも、やっぱり娘は可愛いのだ。

 

「……親バカだな、一誠。このままギュッと抱きしめたいくらいにアウラが可愛いのは激しく同意するけどね」

 

 エルレの遠慮のないツッコミと逆にこちらがツッコミを入れたい本音を聞いて頭が冷えた僕は、コホンと一息吐くとそのまま応接室に向かう事を皆に伝える。

 

「それじゃあ、皆揃ったらから応接室にいこうか。今日は見学客もいるからね」

 

 そうして僕達は応接室に向かった。そこで待っていたのは、今日から早速特別顧問として参加してくれるギズル様とハーマ様。……そして。

 

「これで全員揃った様じゃな。それでは、一誠や。早速参ろうかの」

 

 既に早朝鍛錬を見学する旨を伝えてきたウォーダン小父さんと、その後ろで僕達にペコペコ頭を下げて謝っているロスヴァイセさんがいた。

 

 ……今日は朝から大騒ぎになりそうだった。

 

 

 

「……話は解った。解ったんだが、流石にこれは想像の斜め上だぞ」

 

 箱庭世界(リトル・リージョン)で早朝鍛錬に参加するメンバーが全員揃ったところで義父上とウォーダン小父さんの事情を説明し終えると、アザゼルさんは頭痛を抑える様な素振りを見せた。

 

「すみません、アザゼルさん。義父上の顔がここまで広いとは流石に思っていませんでした」

 

 僕はもう少しネビロス家について義父上や義母上から話を聞くべきだったとしてアザゼルさんに謝罪したのだが、アザゼルさんは手をヒラヒラと振って軽く水に流してしまった。

 

「あぁ、これはお前が気にする話じゃねぇよ。お前やサーゼクス達はおろか一万年以上生きている俺達やミカエル達だってこんなの想定しろってのは流石に無理だからな」

 

 その一方、サーゼクスさんはウォーダン小父さんが僕に好意的な態度を示した理由について納得の表情を浮かべていた。

 

「オーディン殿が初対面である筈のイッセー君に好意的だったのは、その為だったという事ですか」

 

「まぁ、そういう事じゃ。それに今はまだ儂個人の繋がりだけではあるが、一誠を通して少しずつお主達に歩み寄っていこうと思っておる。それを好機として掴み取るか、それとも手を(こまね)いてダメにするかはお主達次第じゃよ」

 

 ウォーダン小父さんがサーゼクスさん達を諭す一方、セラフォルー様は近くにいたソーナ会長に小声で尋ねていた。

 

「ねぇ、ソーナちゃん。ソーナちゃん達はそんなに驚いていないみたいだけど、イッセー君達と一緒にタンニーンちゃんの所に行った匙君から話を聞いていたの?」

 

「はい。色々と驚くべき事をサジから聞かされて、私も少なからず混乱してしまいました。ただ、同時にこうも思ったのです。一誠君もネビロス総監察官も実は似た者同士だったのだと」

 

「あ~、確かに。イッセー君って、厳しい時にはすっごく厳しいのよね☆ それで、リアスちゃんもこの事を知ってたの?」

 

 ソーナ会長の答えに納得したセラフォルー様から突然話を振られたリアス部長は、それでも落ち着いて即答する。

 

「私は黒歌の件が終わってから小猫やライザーと共にパーティーに戻る時にお会いしていました。ただ、私達が別れた後で総監察官とオーディン様が一万年ぶりに再会なさった時、最初になされた事がお互いの顔面への右フックだったとミリキャスから聞いた時には流石に唖然としてしまいましたわ」

 

 リアス部長の語る内容が余りに意外だったのだろう。セラフォルー様が信じられないといった表情でリアス部長に問い返した。

 

「えっ? あの自他ともに厳しいネビロスのお爺様がそんな事をしちゃったの?」

 

「はい。聞けば、流石のイッセーもこれには唖然としたらしく、平然と受け入れていたのは総監察官の奥方様ただお一人だったそうです。その後もまるで子供みたいな口ゲンカをなさる等、本当に親しい間柄だったとの事です」

 

 リアス部長から話を聞き終えたセラフォルー様は最初こそ困惑していたが、次第に笑みを浮かべ始めた。

 

「……ネビロスのお爺様ってとっても堅くて厳しい人だと思ってたけど、実はとっても面白い人だったのね。私、何だかネビロスのお爺様に親近感が湧いてきちゃった☆」

 

 最後にセラフォルー様がそう締め括ったところで、ウォーダン小父さんはギズル様とハーマ様に話しかける。

 

「それにしても、生真面目な所のあるハーマはともかく自由奔放が手足を付けている様なお主まで力を貸しておったとはのぅ。流石に驚いたぞ、ギズルよ」

 

「儂等が何度「養子を取れ」と言っても全く聞く耳持たんかったあの頑固者が、背中を押されたとはいえ自ら望んで迎えた男じゃぞ。まして直に話をしたら、広く深いものの考え方や一度こうと決めたら余程の事がない限りはけして曲げん頑固ぶりが若い頃のヤツによう似とると来た。これで気に入らんなんぞ、嘘じゃろうて」

 

 自らの問い掛けに対するギズル様の答えに、ウォーダン小父さんは笑みを浮かべて共感していた。

 

「そう言われると、確かにお主の言う通りじゃな。それに昨日はエギトフはもちろん一誠とも夜を徹して色々と話をしたんじゃが、一誠からは魔法について色々と面白い話が聞けたしの。それだけでも今回冥界に来た甲斐が十分にあったわい」

 

 ウォーダン小父さんがウンウンと頷く中、サーゼクスさんがギズル様とハーマ様に義父上の交友関係について尋ね始める。

 

「サタナキア殿、フルーレティ殿。お二人にお尋ねしますが、ネビロス総監察官にはこの様な交友関係が他にも……?」

 

 今までの話の流れから考えても、お二人の答えはある意味必然だった。

 

「当然あるぞ。ここまで来て他にないとかまずあり得んわ」

 

「冥界の中だけで十分に満足していた私達とは違って、エギトフは積極的に外との交流を図っていたわ。確か、ウォーダンの他には銀の腕のヌァザとも結構長い付き合いだし、ゼクラムだって冥界に堕ちてきてからの付き合いである私達とは違って聖書の神に敗れて蝿の王と貶められる前からの知り合いだった筈よ。後は冥府の神であるハーデス殿から奥さんへの接し方について何度か相談を受けた事があったかしら。彼は冥府に赴任する前から冥界に住んでいた私達とは良き隣人として付き合ってくれていたんだけど、聖書の神によって冥界に堕とされてきたアザゼル達堕天使やルシファーを始めとする始まりの悪魔達の事は気に入らなかったみたいね」

 

 ……ただ、初代大王であるゼクラム様以外の義父上の友人が僕の想定の斜め上を行っていたのだ。

 

「冥界の先住民達の厚意で冥界に住まわせてもらっているにも関わらず、彼等に対する感謝の念がまるで感じられないのは何事だ。それがハーデス殿の言い分じゃな。儂等は別にそんな事なぞ気にしておらんというにの」

 

 続けて飛び出したギズル様の言葉に、ウォーダン小父さんは溜息を吐く。

 

「お主達のそのやり過ぎと言ってもけして過言でない寛大な態度に付け入ってやりたい放題しておる様にしか見えんから、ハーデスは自分よりも後から来た若造共やそんな若造共を冥界に押し込めた聖書の神に憤慨しとるんじゃがのぅ。儂とてサーゼクス達が未だ現役を張っておるエギトフを尊重しておらねば、こうしてわざわざ出向こうとも思わんかったわ。……そういう事じゃから、一誠がエギトフの威を笠に着る様な真似でもせん限り、ハーデスが一誠と敵対する事はおそらくあるまい」

 

 ハーデス様が僕とは敵対しない事を言及した所でウォーダン小父さんの話は終わった。暫く沈黙が続いた後、外交担当であるセラフォルー様が口を開いた。

 

「イッセー君って、ネビロスのお爺様の子供になった事でますます私達三大勢力に欠かせない存在になっちゃったね」

 

 セラフォルー様のやや溜息混じりの言葉にアザゼルさんとバラキエルさんが応じる。

 

「まぁな。ただでさえ俺達と違ってイッセーは代えの利かない重要人物である上に今まで俺達との交流がなかった地獄の鬼達とも個人で友好関係を持っているんだ。そこにネビロスの爺さんの人脈まで加わったら……」

 

「他の神話勢力との協力体制の構築が捗る反面、兵藤君抜きでは今後の外交が立ち行かなくなる恐れもある。だからこそ、積極的に兵藤君の排除を狙う輩も少なからず出てくるな。禍の団(カオス・ブリゲード)などはその筆頭だろう」

 

 バラキエルさんの禍の団に対する懸念に対し、アザゼルさんはそれを否定する。

 

「いや、バラキエル。そうでもねぇぞ。確かに、禍の団の連中がイッセーを最優先で殺したいのは間違いない。ただ、トップにして最大戦力であるオーフィスはイッセーを自分の眷属に迎えたがっているんだ。そんなオーフィスの意向に背けば即座に壊滅させられるのは誰が見ても明らかなだけに、連中はイッセーにはけして手を出せねぇのさ。そういう意味では、連中はまだ安心できる。それだけに厄介なのが……」

 

「我々三大勢力の中にいる筈のいわば反天龍帝勢力という訳か」

 

 サーゼクスさんがそう言うと、アザゼルさんはそれとは別の可能性を挙げてきた。

 

「もしくはあのクソ野郎だな。イッセーが本格的に表舞台に出始めた事で、アイツはイッセーにちょっかいを出す準備を既に始めていると考えていいだろう。おそらく今サーゼクスが挙げた反天龍帝勢力にも接触している筈だ」

 

 アザゼルさんの「クソ野郎」という言葉を聞いたところで、ヴァーリが溢れんばかりの憎悪と共にその名を口にする。

 

「リゼヴィム……!」

 

 すると、サーナ様とギズル様がリゼヴィム・リヴァン・ルシファーについて語り始めた。

 

「リゼヴィム? ……あぁ、ルシファーが散々頭を悩ませていたバカ息子の事ね」

 

「確かにルシファーの後継者としては十分な魔力も頭脳もあったし、生まれ持った能力が希少であったのは儂も認める。じゃが、その捻じ曲がった性根が全てを台無しにしておったのぅ」

 

「ただ、ある意味では聖書の神の最大の被害者とも言えるわね。聖書の神によって「悪」にして「魔」であると定義付けられた影響をルシファー以上に受けているのがあのバカ息子だから」

 

「じゃが、だからと言って同情する必要はないぞ。何せ先の戦争でルシファーが死んだ時、本来ならその後を継がねばならぬ所を「興味ない」の一点張りで後を継ごうとはしなかったからのぅ」

 

 結局のところ、お二人はリゼヴィム・リヴァン・ルシファーの事については「能力だけは認めるが魔王としては相応しくない」と判断している様だ。そして、お二人の話によってヴァーリの心に新たな火が灯る。

 

「……だったら、俺が奴を殺しても悪魔としては全く問題ないという事になるな。むしろ俺個人の復讐でなくこれ以上奴にルシファーの名を穢させないという大義名分が出来た事で、奴を殺す理由が増えた」

 

 そう言って握り拳に力を込めるヴァーリの顔には、まるで獲物を前にした獰猛な獣の様な笑みが浮かんでいた。ヴァーリから剣呑な雰囲気が漂う中、それを打ち払う様にウォーダン小父さんがパンパンと手を打ち鳴らす。

 

「これこれ、血生臭い話はここまでにせんか。そもそも儂は一誠が主催者である早朝トレーニングの見学に来たんじゃ。それを台無しにされても困るぞい」

 

 確かにウォーダン小父さんの言う通りだ。だから、僕も主催者として早朝鍛錬の開始を告げる。

 

「これより、本日の早朝鍛錬を始めます。参加者の方はそれぞれ割り振られた場所に向かって下さい。特に若手対抗戦の開幕戦を明日に控えたグレモリー眷属とシトリー眷属は、対戦の時に悔いを残さない様にしっかりと最終調整に励んで下さい。それでは、解散」

 

 僕の解散の宣言と共に、早朝鍛錬の参加者はそれぞれに割り当てられた場所へと向かっていった。僕の他にこの場に残ったのは、見学者であるウォーダン小父さんとロスヴァイセさん、それに僕が直接指導する必要のある参加者の内で明日の対戦には無関係なイリナとルフェイ、後はアウラとミリキャス君、クローズの年少トリオの合計七人だ。ここで、ウォーダン小父さんが口を開く。

 

「では、一誠や。まずはお主の指導者ぶりを見せてもらおうかの」

 

 期待に満ちた眼差しを向けるウォーダン小父さんとそれに負けないくらいに目を輝かせているロスヴァイセさんの様子に、僕は少しだけ笑みを浮かべた。ただやるべき事はしっかりとやらないといけないので、まずはそれをお二人に伝える。

 

「それより先にまずは基礎トレーニングをさせて下さい。流石に少しは体を動かさないと鈍ってしまいますし、基礎を怠ると後が怖いですから」

 

「それもそうじゃのぅ」

 

 そうしてウォーダン小父さんの許可を貰った僕は、早速他の皆と一緒に基礎トレーニングに取り掛かった。

 

 その後、イリナに話したものとはやや順番が変わってしまったものの、概ね順調に早朝鍛錬を終えた。ただ、実は風の()(どう)(りき)の適性があった為に少し前から指導しているルフェイと地の魔動力を扱えるイリナに魔動力の指導をしていた所、ロスヴァイセさんがすぐに食いついてきた為にかなり長い時間を魔動力の説明に割く事になってしまったのは少しだけ失敗だった。

 早朝鍛錬が終わった後、僕は二時間程仮眠を取った。そして、ネビロス家の次期当主として、それ以上に義父上が自ら望んで迎え入れた養子としてこの日の午後にネビロス邸を訪れた客人達に応対する事になったのだが、正直に言おう。

 ……昨夜のパーティー以上に心身共に疲れた。それだけ、訪れた客人達が大物過ぎた。

 

 

 

 そして、翌日。若手対抗戦の開幕戦であるグレモリー眷属とシトリー眷属の対戦が予定通りに行われる事になった。

 ……皆には冥界入りしてから鍛え続けてきた成果を存分に出して、最後まで悔いのない様に頑張って欲しい。もはや皆と一緒にレーティングゲームに参加する事が叶わない立場となった僕は、そう願わずにはいられなかった。

 




いかがだったでしょうか?

最近滞りがちの筆が、これで乗ってくれるといいのですが。

では、また次の話でお会いしましょう。

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