未知なる天を往く者   作:h995

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第十五話 腐れ縁も縁の内

Side:アザゼル

 

 サーゼクス達が主催したパーティーが終わった後で行われた緊急会議の最中、タンニーンとその眷属達のいる大型の悪魔専用の待機スペースに出向いていたイッセーが部屋の外から声を掛けてきた。結局、イッセー達はパーティーが終わるまで戻って来なかったのを考えると、たぶんオーフィスとの対談の際に千里眼の類でこちらを窺っていたという存在に対応していたんだろう。

 

「なお、先程こちらにお越しになられたオーディン様をお連れ致しております」

 

 ……ただ、イッセーの口から飛び出してきた名前を聞いて、この場にいた奴は()()全員が度肝を抜かれた。何故全員でないか、だって? ……覗き見していた奴の力量をサーゼクスとアジュカがある程度察していたからだよ。

 

「成る程。そういう事なら、覗き見を察知できたのが俺を含めて三人だけだったのも頷けるな」

 

「それにしても、覗き見していたのは冥界入りが明日の予定だったオーディン殿だったとはね。流石にこれは予想外だったよ」

 

 だから、イッセーの声に何ら滞りなく反応して、サーゼクスがイッセー達の入室許可を出した。それで一言「失礼致します」と声を掛けてから扉を開けたイッセーが脇に避けると、オーディンがヴァルキリーと思われる鎧姿の女を連れて部屋に入ってきた。それを確認したイッセーが最後に部屋に入ると、そのままドアをゆっくりと閉める。オーディンは俺達の姿を確認すると、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべながら肩を叩く素振りを見せた。

 

「ヤレヤレ。随分と遅い出迎えじゃったが、若造共は老体の出迎え一つまともにできんのか? お陰で老体に残された貴重な時間を無駄にしてしまったわい」

 

 早速俺達の出迎えが遅れた事に対して皮肉交じりに文句を言ってきたオーディンに対して、セラフォルーがすぐさま弁明しようとする。しかし、その前にオーディンは不機嫌そうな表情からいきなりニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……と、普通なら文句の一つでも言っている所じゃな。しかし、今回儂の出迎えが遅れた事については特に気にしておらんよ。何せ、儂より先に来ておった客が客じゃ。儂にも無理な事を若造共に押し付けるのは、流石に筋が通らんからの」

 

 ……だったら、最初から文句なんて言ってんじゃねぇよ。このクソジジィ。

 

 俺がオーディンのクソジジィっぷりに腹を立てていると、サーゼクスが席を立って招く。

 

「お久しゅうございます、北の主神オーディン殿」

 

「サーゼクスか。ゲーム観戦の招待、来てやったぞい」

 

 オーディンがサーゼクスの招きに応じて近付くと、サーゼクスの顔をまじまじと見始めた。そして、サーゼクスに問いかける。

 

「しかし、サーゼクスよ。お主、本当に変わったのぅ。最後に直接顔を合わせた時とはまるで別人じゃ。「男子三日会わざれば刮目して見よ」とはよく言われるが、今のお主は正にそれじゃよ」

 

 流石と言うべきなんだろうな。オーディンはサーゼクスの飛躍的とも言える成長に一目で気付きやがった。そうして感心する様な素振りを見せるオーディンに対して、サーゼクスは堂々と胸を張って答える。

 

「そうですね。一言で申し上げるのであれば、私は新たな友を得たのですよ。オーディン殿がこうして目を見張る程に私が変わったのであれば、それはきっと新たな友のお陰でしょう」

 

 ……そうだな。一誠シンドロームに感染したお前なら、そういう答えを返すよな。

 

 俺もそうだが、オーディンもまたサーゼクスの答えに納得した様だ。ウンウンと深く頷くと、サーゼクスにアドバイスを送ってきた。

 

「成る程のぅ。……サーゼクスよ。今後も魔王ルシファーとして冥界を背負って立つ意志と覚悟があるのなら、新たに得たという友を大切にするのじゃな。その者はお主にとって何者にも代え難い存在となるであろうよ」

 

「金言、肝に銘じましょう」

 

 サーゼクスは頭を下げて感謝の言葉を伝えると、側に控えていたグレイフィアにオーディンの為の席を用意する様に命じた。そうして上座となる場所に席が用意されると、オーディンがどっかりと腰を下ろす。その後ろには護衛を兼ねたお付きと思われるヴァルキリーが控える格好だ。最後にドアの側に立っていたイッセーが空いている席に移動してそこに座ると、オーディンはいきなり話題を変えてきた。

 

「さてと。オーフィスとクロウ・クルワッハという招かれざる客の話もいいんじゃが、儂はレーティングゲームを観に来たんじゃよ。正確に言えば、オーフィスに真っ向から立ち向かって五体満足で生き残った将来有望な若者達をのぅ。それで一誠や。今回出場する者達の内、お主なら誰を推すのかの?」

 

 おい、ジジィ。何であんたは初対面のイッセーをいきなり名前で、しかも親しげに呼んでるんだよ?

 

 俺達と異なり、イッセーに対しては明らかに親しげな態度を見せるオーディンの問い掛けに対して、イッセーは軽く笑みを浮かべながら応じる。

 

「それでしたら……」

 

 そうしてイッセーが挙げた二つの名前を聞いて、オーディン以外の全員が驚きを隠せなかった。……いや、片方についてはまだ理解できる。ルールやフィールドによってはほぼ独壇場になるし、何より()()()()()()()()()()からな。それだけに、もう片方が俺から見ても意外だった。そんな俺達の反応を余所に、オーディンは二人の名前を挙げた理由をイッセーに尋ねる。

 

「フム。……今回のゲームでは儂等の所にも名前が聞こえておる水氷の聖剣使いが出場するにも関わらず、あえてその者等の名を挙げた理由は?」

 

 しかし、イッセーはあえてこの場での回答を避けてみせた。

 

「私としてはここでお教えしてもよいのですが、それでは折角の楽しみが半減してしまいますので、ここは二日後のゲームを観てのお楽しみという事でお願い致します。尤も、オーディン様がそれでも構わないと仰せであればお教えしますが、いかが致しましょう?」

 

「ホッホッホ、それはいかんのぅ。それなら、明後日のゲームを楽しみにするかの」

 

 そう言って、オーディンは明後日の対戦を心待ちにする様な笑みを浮かべる。それと同時に、オーディンは明らかにイッセーとの会話を楽しんでいた。

 

 一体、イッセーとオーディンの間で何があったんだ?

 

 ……この後、黒歌の事も含めて話し合いが行われたものの、結局はこの場にいた誰もが胸に抱いたこの疑問を解消する事ができず、俺達がその答えを得たのは翌日の早朝トレーニングの時だった。

 

Side end

 

 

 

 サーゼクスさん達主催のパーティーの後で行われた冥界の首脳陣による緊急会議は、ギリギリで日付が変わる前に終わった。何故ここまで時間が掛かったのかと言えば、パーティーに潜入してきた黒歌の身柄をどうするのかでかなり揉めたからだ。黒歌は黒歌対策を徹底的に行った小猫ちゃんによって鎮圧された後、一足遅れで現場に到着した美猴によって神の子を見張る者(グリゴリ)の本部へと移送されていた。かつて禍の団(カオス・ブリゲード)で組んだチームの仲間だったという事でもう一度だけ説得を試みたいとの事だが、これには独断専行が過ぎるとして悪魔側が異議を申し立てる事になった。悪魔側にしてみれば、主殺しの「はぐれ」悪魔という事で何としても自分達の手で処罰したいという思いがある。ただ、ここで実体化した計都(けいと)から黒歌の主殺しに関する事情が説明され、更にアジュカさんから悪魔の駒(イーヴィル・ピース)の隠し機能の中にボイスレコーダーやドライブレコーダーの様なものがあると明かされた事で、そこから得られる情報次第では黒歌に対して情状酌量の余地が出てきた。その為、最終的には一先ず黒歌の身柄は神の子を見張る者で預かる事となり、ヴァーリ達による説得と並行して黒歌の悪魔の駒に残されている情報に基づく事実確認を最優先する事になった。

 そうしたパーティーの裏側で起こった騒動の後始末も一区切りついた所で緊急会議はお開きとなり、現在は冥界の実家となったネビロス家の邸へ()()()()()所だ。ただ、この時間帯ともなると、僕がまだ上級悪魔昇格の儀式を終えていない為に交換(トレード)が成立していない瑞貴とギャスパー君はそれぞれの主の元へ戻っているだろうし、まだ幼いアウラは夜更かしなどできないので今頃夢の中だろう。それにアウラに付き添う形でイリナも寝室に入っているのはほぼ間違いない事から、僕の帰りを待っているのは義父上と義母上の他にはレイヴェルとセタンタ、そして婚約者であるエルレの三人だろう。この様な状況で帰るとなると、流石に馬車では足が遅過ぎて待たせている皆に申し訳ない事から、ここはドゥンを呼び出す事にした。ただし、この帰宅には当然ながら同行者がいる。

 

「ほっほっほ。たまにはこうしてスレイプニルに跨って大地を駆けるのもよいのぅ」

 

 僕の隣で八本足の軍馬スレイプニルを久しぶりに駆って、楽しそうにしているウォーダン小父さんだ。……実は先程、プライベートでは親しみを込めて「ウォーダン小父さん」と呼ぶ様に言われてしまったのだ。どうやら幾度となく養子を取る様に勧めても頑として受け付けなかった旧友がようやく迎えた義息子という事で、僕はかなり気に入られている様だった。一方、ウォーダン小父さんの隣にはロスヴァイセさんがドゥンの上で大人しく座っている。

 

〈ところで、顔色がかなり悪い様ですが大丈夫ですかな、ロスヴァイセ殿?〉

 

「ハ、ハイ。私は大丈夫ですよ、ドゥンさん。むしろ頬を通り過ぎる風が凄く気持ちいいです。でも、風が気持ちいいのと同じくらい胃が凄く痛くて……」

 

 ドゥンに声を掛けられたロスヴァイセさんは返事を返した後で胃の辺りを押さえていた。一方、ウォーダン小父さんはその様子を見て呆れた表情を浮かべている。

 

「ロスヴァイセよ、折角一誠の厚意でかのアーサー王の愛馬に乗せてもらっておるんじゃ。ならば、この貴重な時間をもっと楽しまんか。そんなだから、彼氏いない歴=年齢の生娘ヴァルキリーなんじゃよ」

 

「か、彼氏がいないなんて、今は関係ないじゃないですか! だいたい、そんな世界的に有名な伝説に名前が残っている様な凄い馬に主である兵藤親善大使を差し置いて私が乗っている事がおかしいんです! ……うぅっ。叫んだら余計に胃が……」

 

 ウォーダン小父さんから未だに交際経験のない事をからかわれて激しく反応したロスヴァイセさんだったが、それが唯でさえ痛めている胃に響いた様でそのまま胃の辺りを両手で押さえながら蹲ってしまった。その様子を見て、ウォーダン小父さんは深い溜息を吐く。

 

「全く、相変わらずお堅い奴じゃな。もっとリラックスして心に余裕を持てば、男なんぞ幾らでも寄って来るというにの」

 

 ウォーダン小父さんはそう言うと、興味津々と行った面持ちで僕の方を向いた。

 

「それにしても不思議なものじゃな。地面に手を伸ばして土を無造作に掴んだかと思えばそのまま放り投げて、更にはその上に乗ってしまうとはの。それに本気のスレイプニルには流石に敵わんのだろうが、それでもそこらの魔獣よりも遥かに速い。これが東洋の神秘というヤツかの、一誠や?」

 

「はい、ウォーダン小父さん。これは道術の基礎である五遁の一つ、土遁の術です。今は詳しい説明を省きますが、要はこの術を使うと地面の上であればどの様な険しい地形であってもスイスイと移動する事ができるんです」

 

「ホウホウ。それは中々に便利な術じゃの。そこら中にある土を使うだけで良いというお手軽な所が特に気に入ったぞい」

 

 ……そう。僕は道術の基礎である五遁の一つ、土遁の術を使って移動していた。この土遁の術は手で掴んで放り投げた土の上に乗る事で地面の上を高速で移動できる様になる。なお、火遁であれば火に乗れるので火に巻かれても簡単に脱出できるし、水遁は水に乗るので水上移動はもちろん水中移動も可能であり、海の底にある神殿に直接出向く事もできる。更に五遁の上位種にあたる光遁に至っては光そのものに乗る為、移動速度は文字通り光速で光のある場所ならどこへでも行く事が可能だ。それは天界ですら例外ではない事から、もし僕がドゥンと出逢わなければ、天界への移動手段はほぼ間違いなく光遁になっていただろう。

 そうして僕は土遁の術を用いてドゥンやスレイプニルに何ら劣らない速さで移動している訳だが、ようやく開き直ったのか、胃痛が治まったらしいロスヴァイセさんはこちらを見ながら首を傾げている。

 

「いくらスレイプニルやドゥンさんが合わせているとはいえ、何でたったあれだけの動作でこれ程のスピードを出す事ができるんですか? いえ、そもそも私達の魔法体系の理論だと地面から掴み取って投げた土に乗って移動するという手段そのものがまずあり得ません。でも、放り投げた土に向かって幾つかのルーンを魔力で刻んで、それらを連動させればあるいは……」

 

 土遁に関する考察が知らず知らずのうちに口を衝いて出ているロスヴァイセさんはどうやら研究者気質な所があるらしい。そうすると、同じく研究者気質な僕やアザゼルさん、アジュカさんとは気が合うのかもしれない。ただ、流石に今は場違いなので、ウォーダン小父さんがロスヴァイセさんを窘めた。

 

「ロスヴァイセよ、そこまでにしておかんか。儂とて今の一誠の説明でますます興味が出てきたが、これ以上は堂々巡りにしかならんぞい」

 

「……そうですね。後で兵藤親善大使からお話をゆっくりとお伺いする事にします」

 

 そうしてロスヴァイセさんが気を取り直した所で、次第にネビロス邸が見えてきた。

 

「ウォーダン小父さん、そろそろ到着しますよ」

 

「ウム。儂の目にも見えてきたわ。……懐かしいの、あの邸を見るのは。実に一万年ぶりじゃ」

 

 ネビロス邸を見たウォーダン小父さんの口から万感の思いが込められていた言葉が出てくる中、僕は緊急会議に向かうまでの事を思い返していた。

 

 

 

 タンニーンを始めとするドラゴン達との交流の為、僕はイリナとレイヴェル、元士郎、エルレ、そして子供達四人を連れて大型の悪魔専用の待機スペースを訪れた。そこにはタンニーン達以外にもメインのパーティー会場に入れなかった者達が用意された食事と共に会話を楽しんでいた。その中にはサイラオーグの戦車(ルーク)であるガンドマ・バラムとラードラ・ブネもおり、周りがざわついた事を不審に思い入口を見たら僕達がいたという事で二人はかなり驚いていた。ただ、怪力が特色であるバラム家の出で3 m程の巨体を持つ事からメインの会場には入れなかったと思われるガンドマならともかく、長身ではあるが細身でけしてメイン会場に入れない訳でないラードラがここにいる事にアウラを始めとする子供達は皆、首を傾げている。そこで話を聞くと、どうやらあまり言葉を発しようとしないガンドマを一人残していくのを忍びないと思ったラードラが同じ戦車である誼で共にいる事にしたとの事だった。

 ラードラの説明を聞き終えた僕は、ラードラがドラゴンを司るブネ家の出身である事を踏まえた上でちょっとした事を思い付いた。そこで、僕はガンドマとラードラにエルレの供をする様に伝えるとそのままタンニーンの元へと向かう。元とはいえ龍王であるタンニーンのオーラを間近で感じる事で、ラードラにとって一つの切っ掛けになればと思ったのだ。尤も、いくらサイラオーグの手で鍛えられているからとはいえ、心の準備もなく突然タンニーンと真っ向から対峙するのは流石にきつかったらしく、ガンドマもラードラも緊張の余りにすっかり固まってしまい、その一方で何ら物怖じせずに憧憬の眼差しでタンニーンを見上げているミリキャス君とリシャール君、更にはタンニーンと目があっても視線を逸らさずに受け止めてみせたゼファードルの姿を見て、エルレが「二人とも、しっかりしろ! あんな小さな子供達に肝っ玉で負けてどうするんだ!」と一喝する一幕もあったのだが。

 そうしてタンニーンにヴリトラの復活を伝える一方でその宿主である元士郎を紹介したり、エルレが自分の責任でラードラをタンニーンの元に修行に出す事を提案してそれが受け入れられたり、更には大型の悪魔専用の待機スペースという事で子供達がドラゴン以外の種族とも積極的に接触したりするなど、結果的には僕の想定以上の成果を出してタンニーン達との交流が終わった。そしてウォーダン小父さんに応対している義母上の元へと向かう最中、ジェベル執事長を伴った義父上が現れた。

 

「一誠か。その様子では、ドラゴン達との交流は上手くいった様だな」

 

 義父上が話しかけてきたので、僕はここにいる理由について尋ねてみる。

 

「ハイ、同行してくれた子供達のお陰です。ところで、義父上はなぜこちらに?」

 

「パーティーの出席者との顔合わせが一区切りついたのでな、そろそろウォーダンの相手をクレアと交代しようと思ったのだ」

 

 それを聞いて納得すると同時にウォーダン小父さんの遠見の術を義父上もまた看破していたという事実に気付いて内心驚いた僕は、ちょうどウォーダン小父さんの出迎えの件もあったので義父上達と同行する事にした。その際、子供達をイリナ達に任せて僕一人だけで同行するつもりだったのだが、義父上から子供達も伴う様に言われた。「ウォーダンには既に紹介しているのだ。もう少しだけ子供達に付き合ってもらった方が都合がよい」との事であり、僕も滅多にない貴重な機会という事で義父上の意見を受け入れる事にした。こうしてウォーダン小父さんと義母上のいる一室に到着した僕達は、ジェベル執事長が確認を取った後で部屋に入っていく。そこには既に立ち上がっていたウォーダン小父さんとソファーに座ったままの義母上がいた。そして義父上とウォーダン小父さんはお互いに歩み寄っていく。再会の握手を交わすのだろうと思った僕はそのまま見ていたのだが、お二人の次の行動は完全に予想外だった。

 

「「……フンッ!」」

 

 お二人は、距離を詰めた所でお互いに渾身の右フックを決めたのだ。そしてそのままダブルノックアウトで床に倒れ込んでしまった。明らかに蛮行と解る事を仕出かしたお二人に対し、ロスヴァイセさんは顔が真っ青になる。僕達の方も理由がさっぱり解らない事からどうすればいいのか判断がつかず、ジェベル執事長でさえも少なからず困惑する中、お二人との付き合いが万年単位という桁外れの長さである義母上だけが倒れ込んだ二人の事を「アラアラ」と微笑ましげに見ていた。やがて、床に倒れ込んでいたお二人に対して平然と声をかける。

 

「二人とも、そろそろ起きて下さいな。一誠達はもちろんですけど、ウォーダンには初めて会ったジェベルも流石に驚いていますよ。いい大人が二人して若い子達を困らせちゃダメでしょう?」

 

 すると、お二人は同時にムクリと体を起こした。そして、お互いに床に座り込んで殴られた頬を擦りながらおよそ一万年ぶりとなる会話を始める。

 

「久しいな、風来坊のウォーダン。その助平面は相も変わらずだが、拳もまた相変わらずで何よりだ」

 

「それはこちらの台詞じゃ、エギトフよ。お前の方こそ、その無愛想な面は最後に会った一万年前と少しも変わらんのぅ。まぁ若造共の子守りを今も変わらず続けておる様じゃから腕が鈍っておらんか試してやったが、杞憂じゃったな」

 

 双方共に殴りかかった上に毒舌交じりの再会の言葉を交わしているにも関わらず、お互いにそれを恨みに思っている様子が一切見られず、それどころか親愛の情すら感じられる。そうしたお二人の会話を聞いて、半ば混乱気味のロスヴァイセさんがウォーダン小父さんに確認を取った。

 

「あの、オーディン様? その方はお知り合いなのですか?」

 

 すると、お二人がお互いの関係についての説明を始めた。

 

「ロスヴァイセよ、こ奴がエギトフ・ネビロス。儂と同世代の奴で、儂がまだ世界中を放浪しておった頃からの腐れ縁じゃよ。実際、冥界に悪魔と堕天使が堕ちてくるまで、こ奴は頻繁に地上に出てきては偶に儂と顔を合わせておったわ」

 

「そうしてたまたま出会った縁で、ウォーダンが他の兄弟と共に原始の巨人であるユミルを討った時やルーンの奥義を得ようとした時に知恵を貸してやった事もある。それに今でこそ多少は落ち着いてものを考えている様だが、若い頃は本当に猪の様な奴でな。後先考えずに行動しては問題を起こし、その度に儂が尻拭いをやってやったものだ。……尤も、そうした失態の数々を歴史の闇に葬り去った事で、ウォーダンは実に様々な呼ばれ方をする様になったのだがな」

 

「よく言うわい。お前が散々悩んでなお思い付かんかったクレアへのプロポーズの言葉を代わりに考えてやったのは、詩文の神でもある儂じゃろうが。それで上手くいったんじゃから、少しは儂に感謝したらどうじゃ?」

 

「その詩文の才の大本である詩の蜜酒を手に入れる際も、儂が知恵を貸してやったんだがな。貸したものを別の形で返してもらって、一体何が悪い」

 

 お二人の口から次々と飛び出してくる神話の裏話に、僕達はどうするべきか判断がつかなくなってきた。子供達もまた訳が解らずにキョトンとした表情を浮かべている。その一方で、義母上だけは相も変わらずにお二人の事を微笑ましそうに見ていたが、突然特大の爆弾を投下してきた。

 

「アラ。それで最初のプロポーズは詩みたいに綺麗な言葉だったのね。それで「エギトフらしくないわ」って言ったら、この人は「性に合わない真似をして済まない」と謝ってから「私と結婚してくれ」ってシンプルに言い直していたわよ」

 

 その爆弾の煽りを真っ先に受けたのはウォーダン小父さんだった。

 

「な、なんじゃとぉっ! エギトフ、お前は儂の苦労を一体何だと思っておるんじゃ! 詩文の神たるこの儂が、三日三晩不眠不休で考え抜いた末に完成させた傑作中の傑作だったんじゃぞ!」

 

 怒りを露わに激しく抗議するウォーダン小父さんに対して、義父上も感情を露わに反論する。

 

「喧しいわ! そもそも儂に似合わん言葉を羅列した貴様の方が悪い! お陰でクレアの前でとんだ恥を晒してしまったではないか!」

 

 そうして当時の事で激しく口ゲンカし始めたお二人の姿に、最初は皆と同様に僕もただ驚くばかりだった。……しかし、お二人の口ゲンカの様子を見ている内にある事に気づいた僕はそのまま放っておく事にした。すると、アウラが僕に何故お二人の口ゲンカを止めないのかを訊いてきた。

 

「ねぇ、パパ。どうしてお爺ちゃん達のケンカを止めないの?」

 

 このアウラの質問にミリキャス君とリシャール君もウンウンと頷く。しかし、アウラのこの質問に真っ先に答えたのは意外にもゼファードルだった。

 

「あ~。このケンカ、俺がダチとよくやるのと同じ様なモンだから、このまま放っておいても別に問題ないんじゃないかな?」

 

 どうやら、ゼファードルは実体験からこのケンカの本質に気が付いた様らしい。だから、ゼファードルの判断が正しい事を伝える。

 

「よく見ているね、ゼファードル。その通りだよ」

 

 僕の返事を聞いたゼファードルがホッと安堵の息を吐く一方で、ますます解らなくなって首を傾げるアウラ達にイリナが声を掛けた。

 

「アウラちゃん、ミリキャス君、リシャール君。お二人の事をよく見てみて。そうしたら解るから」

 

 イリナにそう言われた事で、アウラ達は首を傾げつつもお二人の口ゲンカをジッと見つめる。それから少しして、アウラはある事に気付いて僕とイリナに確認を取る。

 

「あれっ? 二人とも、ケンカしているのに何だか楽しそうだよ?」

 

「それに、酷い言葉は全然言ってないみたいです」

 

「何だかケンカというにはちょっと違う様な……?」

 

 アウラに続いてミリキャス君とリシャール君も答えた所で、イリナは答え合わせを始める。

 

「三人が今言った通りよ。お二人とも、自分の気持ちや意見を相手に激しくぶつけちゃってるけど、相手をバカにしたり傷付けたりする様な言葉は全然言っていないの」

 

「それに義母上の話だとお互いに一万年ぶりに会ったそうだから、ひょっとすると久しぶりの口ゲンカを少し楽しんでいるのかもしれないね。三人に解り易く言うと、お二人はケンカするほど仲がいいんだよ」

 

 僕達が三人の質問に答え終わると、アウラは納得すると同時に笑顔を浮かべた。

 

「そっかぁ。ネビロスのお爺ちゃんとお髭のお爺ちゃんって、とっても仲良しなんだぁ」

 

 そうしたアウラの言葉に納得した様に頷くミリキャス君とリシャール君に触発されたのか、僕もクスクスと忍び笑いをしてしまった。

 

「どうしたの、イッセーくん?」

 

「いやね、まさか自他ともに厳しい義父上にこれ程気安く接する事のできる相手がいるなんて流石に思ってなかったんだよ。それに義父上にもオーディン様にも若さ故の過ちというものがあったんだって、そう思ったら少し可笑しくなっちゃってね」

 

 少し笑い声混じりにイリナの質問に応えると、義母上が笑みを浮かべながら義父上とウォーダン小父さんに話しかける。

 

「……だそうですよ、二人とも?」

 

 すると、義父上もウォーダン小父さんもすっかり頭が冷えた様で口論を止めてしまった。

 

「すっかり毒気を抜かれてしまったな」

 

「そうじゃな。……エギトフよ、いい義息子を見つけたのぅ」

 

 ウォーダン小父さんがそう言うと、義父上はニヤリと笑みを浮かべる。義父上の反応はただそれだけだったが、その意図はウォーダン小父さんに確かに伝わっていた。

 

「さて、エギトフよ。一万年ぶりの再会とようやく義息子を迎え入れた事を祝して、今夜はお前の邸でトコトン飲むぞい」

 

「そういう事なら、儂のコレクションの中でも特上の奴を開けてやろう。儂としても久々に美味い酒を飲みたかったからな」

 

「ほう。お前が特上と見なしたのであれば、コイツはかなり期待できそうじゃのぅ。楽しみじゃ」

 

 飲む予定の酒について期待を膨らませるウォーダン小父さんに親しく話しかける義父上の様子を見ていると、エルレが僕とイリナに声を掛けていた。

 

「今初めて思った事なんだけどな。一誠、イリナ。お前達って、ただアウラの親だけじゃなくて、大人の役目もしっかりとこなしているんだな。何たって、アウラ以外の子供達にも当たり前の様に物事を教えられるんだからな」

 

 すると、何かを考え込んでいたレイヴェルがまるで胸のあたりでつっかえていたものがストンと落ちた様な表情を浮かべる。

 

「……あぁっ! 先程のお二人の為さり様をどう申し上げればいいのか悩んでいましたけれど、正にエルレ様の仰る通りですわ!」

 

 そして、元士郎もまたエルレの言葉に納得する様にウンウンと頷いていた。

 

「一誠も紫藤さんも、本当に俺達の先を突き進んでいるんだな。ただこうなってくると、アウラちゃんが「小父ちゃん」「小母ちゃん」って呼んでくれている俺達だって、少しは大人の真似事くらいできる様にならないといけないよなぁ」

 

 こうした言葉の数々にイリナと二人して照れてしまい、その一方でアウラがエッヘンと胸を張っていたのは言うまでもない。

 

 それからウォーダン小父さんと義父上の語らいに僕達も参加する事になったのだが、その際にウォーダン小父さんやエルレ、元士郎からは「結婚する前から夫婦をやっている」と散々からかわれてしまった。今後はプライベートではウォーダン小父さんと呼ぶ様に言われたのもこの時だ。

 

 ……因みに。

 

「見せつけているんですか! 見せつけているんですね! 年上なのに生まれてからまだ一度も彼氏を作った事がないこの私に! ……わぁぁぁぁぁんっ! 私だって、私だって、いい人見つけてイチャイチャしたいのにぃぃぃっ!」

 

 そう言って、大声で泣きながら床を何度も叩いて悔しがっている銀髪の戦乙女については、流石にフォローし切れなかった。

 

 こうしたやり取りがあって、僕達はパーティーが終わるまでに戻る事ができず、セラフォルー様から緊急会議に出席する様に念話で連絡を受ける事になった。すると、この際だから顔だけでも見せておこうという事で、ウォーダン小父さんとそのお付きであるロスヴァイセさんも同行する事になった。その際、最後まで付き合わせる形になってしまった子供達については、ミリキャス君はイリナと元士郎が、リシャール君はレイヴェルが、そしてゼファードルは僕の婚約者で大王家の分家であるベル家当主のエルレがそれぞれの親に送り届けているので問題はなかった。

 

 ……そして今、僕達はネビロス邸へと帰ってきた。ただこの分だと、今夜は義父上とウォーダン小父さんに付き合う形で徹夜になりそうで、僕は少しだけ溜息を吐いた。

 




いかがだったでしょうか?

……難産でした。

では、また次の話でお会いしましょう。

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