未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.5 修正


第六話 大王家謁見

Side:レイヴェル・フェニックス

 

 これが、かつて異世界における戦乱において圧倒的不利な戦況をひっくり返し、更には最終的な勝者へと味方を押し上げた歴戦の軍師。

 

 大王様へのご挨拶を終えて颯爽と謁見の間から退出しようとする一誠様の後ろに付き従う私は、その背中を見て改めて一誠様が「神の頭脳と悪魔の智謀を持つ男」である事を思い知りました。

 ……そして、一誠様が今までずっと背負い続けてきたものは、それだけ大きく重いという事も。

 

 

 

「自惚れるな、若造!」

 

「魔王様に気に入られた程度で、中級悪魔如きが図に乗ったか!」

 

「大王様の御前である! 速やかに魔王様の外套を外し、無礼な振る舞いを改めよ!」

 

 私達が謁見の間に入った時、怒号交じりの叱責を至るところから浴びせ掛けられました。ですけど、無理もありません。この時、一誠様は「親善大使を務める魔王様の代務者としての挨拶だから」と言って、本来の礼装である不滅なる緋(エターナル・スカーレット)の上から代務者の証としてサーゼクス様からお預かりした外套を纏っていたのですから。しかし、これでは自分を「中級悪魔の眷属」ではなく「魔王様の側近」である事を見せつけていると受け取られても仕方がありません。現に、私など余りの叱責の多さと声の大きさにかなり恐縮してしまいました。隣にいるイリナさんもまた少し身を竦めています。ですが、叱責を受けている当の本人である一誠様は柳に風とばかりに受け流し、実に堂々とした態度で大王様の前へと歩んでいきます。それどころか、横目で一誠様のお顔を見ると、涼しげな笑みさえ浮かべていました。そんな一誠様のご様子に気付いたのか、貴族達からの叱責は次第に止んでいき、困惑する様子が伺えます。その様子から、私は大勢で叱責する事で一誠様を委縮させるのが貴族達の狙いであり、一誠様がどのような衣装であってもそれは変わらなかった事を悟りました。そして、一誠様はそれを最初から見越して代務者の証を纏い、大勢から取り囲まれた状態で叱責を受けても何ら動じることなく堂々と歩みを進めていく事で貴族達の目論見を挫いたのだと理解した時、私は戦慄しました。

 ……アザゼル総督が仰っていた、刃や魔力でなく言葉と謀を以て挑む、今までとは全く違う新しい戦いは既に始まっていたのです。

 やがて一誠様が大王様の御前にまで歩を進めると、外套を大きく翻しながら跪きました。後ろに控えていた私達も、一誠様に続いて跪きます。

 

「大王閣下におかれましては、ご機嫌麗しく。お初にお目に掛かります。私の名は兵藤一誠。グレモリー家次期当主リアス・グレモリーおよびシトリー家次期当主ソーナ・シトリーの兵士(ポーン)を務める中級悪魔でございますが、此度天界および堕天使勢力と取り交わしました約定により、聖魔和合親善大使という重職を担う事と相成りました。私の後ろに控えておりますのは、フェニックス侯のご息女であらせられるレイヴェル・フェニックス女史と天界からの出向者で龍天使(カンヘル)の紫藤イリナ女史にございます」

 

 ご自身の名と地位、役職を大王様にお伝えした後で私達をご紹介なさる一誠様の声はけして大声という訳ではありません。ですが、そのお声はこの謁見の間にいる全ての者の耳に確かに届いたと、そう思わせる程に明瞭な響きがありました。そして、一誠様のご紹介に続く形で私達はそれぞれ自分の名を名乗ります。

 

「大王様、ご機嫌麗しく。私はフェニックス侯の一女、レイヴェルでございます」

 

「私は天界から親善大使の元に出向してきた者で、紫藤イリナと申します。今後もお顔を合わせる機会があるかもしれませんので、私の顔をお覚え頂けると幸いです」

 

 私達がそれぞれの名乗りを終えた後、一誠様は魔王様の代務者に就任するに至った経緯を語り始めました。

 

「なお、親善大使の職務を遂行するにあたり、主にお仕えする中級悪魔という私の地位が少なからず妨げとなるとご懸念を抱かれたルシファー陛下のご配慮、及びそのご配慮にご賛同頂いた大王閣下を始めとする皆々様のご厚意により、勿体無くも魔王陛下の代務者に就任する運びと相成りました。よって、まずは大王閣下の御前というこの得難き場をお借り致し、皆々様には篤く御礼申し上げる次第でございます」

 

 ……謁見の間が、完全に静まり返りました。

 

 一誠様はただ大王様の前で跪き、ご自分の名を名乗られてから私達をご紹介になり、そして代務者就任に対する感謝の言葉をお伝えになっただけです。ただそれだけなのに、この場にいる貴族達は一誠様に圧倒されています。礼を尽くし、言葉を尽くし、されど卑屈さなど微塵も感じられない一誠様の洗練された立ち振る舞いとその言動の端々から滲み出ている凄みに、私は思わず感嘆の溜息が出そうになりました。

 一方、大王様は一誠様の感謝の言葉を受け取りながらも、一誠様の纏っている代務者の証について問い質してきます。

 

「親善大使、大義である。その方の謝辞は遠慮なく受け取ろう。だが、それならば何故魔王様より預かりし礼装たる外套を身に纏って我が前に出てきたのだ? その様な事をせねば、この者達から叱責を受ける事等なかったであろうに」

 

 すると、一誠様は大王様へのご返答を即座に始めました。……これが私であれば、返答までに少し時間が掛かっていたでしょう。

 

「大王閣下。私が魔王陛下の代務者たりうるのは、あくまで聖魔和合親善大使の職務を遂行する間に限定されております。従って、お預かりした代務者の証を身に纏う間のみ、私は魔王陛下の代務者である事を許されるのです。そして、此度は聖魔和合親善大使の職務を魔王陛下に代わって務める事と相成り、大王閣下に拝謁すると共に就任に対するご助力への感謝をお伝えする為のもの。故に私は親善大使として大王閣下の御前に参るのが道理であり、その為にはこの代務者の証を纏わねばなりません。それにも関わらず、私が魔王陛下より預かりし代務者の証を纏う事なしに親善大使の振る舞いをすれば、それこそ身の程を弁えぬ愚か者と相成りましょう」

 

 ……このご返答の早さと正確さ。大王様がこう仰せになる事を、一誠様は読んでいた?

 

 私がその事に思い至ると、大王様が貴族達の叱責が見当違いである事を認めました。しかし、今度は大王様の御前に来るまでの一誠様の表情について言及してきます。

 

「成る程。確かにこの件については、その方の言い分の方に理があり、我が方の見当違いであった事は認めよう。……だが、この者達から叱責を受けているにも関わらず、随分と涼しげな笑みを浮かべておったが、それはどういう事だ? まさかとは思うが、聞くに及ばずと流したか?」

 

 確かに、普通であればそう受け取られても不思議ではありません。私なら、ここで詰まってしまいそうですが、一誠様は違いました。

 

「それこそ、まさかでございましょう。……私は、歓喜に打ち震えていたのでございます」

 

 やや苦笑気味の笑みを浮かべながらお答えになった一誠様のお言葉に、大王様は呆気に取られていました。それは謁見の間に立ち並ぶ貴族達も同様に、次第に戸惑いの声が上がり始めています。

 

「……何だと?」

 

「この場におわす皆々様が私に対して叱責を為された。これは即ち、そうすれば私が無知故に犯した過ちを改め、より魔王陛下の代務者として相応しき者へと成長するという私へのご期待あっての事。そもそも私にその様なご期待をお持ちでなければ、たかだか中級悪魔如きに叱責などなさる筈がございません。それこそ、大王閣下の御前で私が無礼を働くのをそのまま見過ごしてしまえばいいのです。身の程を弁えぬ愚か者は当然の如く排斥されるのですから。ですが、今この場にお立ちになられている皆々様は私をお見捨てにならず、叱責という形で手を差し伸べられた。……そう思い至れば私の心は歓喜に打ち震え、如何に抑えようとしても抑え切れずについ顔に出てしまったのでしょう」

 

 ……何ですか、それは。それこそ屁理屈もいいところではありませんか。

 

 私は思わず心中で一誠様のお答えにツッコミを入れてしまいました。ですが、大王様は違う様に受け取られたらしく、呵々大笑し始めました。

 

「ハッハッハッハッ! まさか、あれ程の叱責を期待の裏返しと受け取るか! しかも叱責の声が大きければ大きい程、また多ければ多い程、より大きな期待をより多く寄せられているという訳か! これは参った! 余とした事が一本とられたわ!」

 

 そう仰せになった大王様は笑いが止まらない様で、暫く大声でお笑いになられました。その様な大王様の様子に、貴族達は明らかに困惑しています。この分では、一誠様をやり込めるのが大王様を始めとする方達の思惑だったのでしょう。その思惑が外れ、ですが大王様は気分良さそうにお笑いになられてしまえば、困惑するのも無理はありません。

 やがてお気が済まれたのか、大王様はお笑いになるのを止めると、表情を物惜しげなものへと変えて一誠様へと語りかけます。

 

「……しかし、惜しい。本当に惜しいな。この者達からの叱責に微塵も怖じぬ胆力に我が問いに対して何ら矛盾なく受け答えてみせる知恵、更にグレモリーとフェニックスの余興にコカビエルの一件、そして首脳会談における対テロ戦で見せた類稀な武勇。その方が我がバアルの力を掠め取った忌々しいグレモリーなどに仕えておらねば、今頃は我がバアル家における次代の側近として取り立てておったであろうに」

 

 一誠様に対して、明らかに仕える主を間違えたと言わんばかりの大王様の仰り様に私は憤りを覚えましたが、一誠様は何をどう受け取ってそう切り返したのか、私には全く解らない方向からお言葉を返しました。

 

「これは大王閣下ともあろう方が、グレモリー家がバアルの力を掠め取ったなどと少々異な事を仰せになられます。それにつきましては、むしろ逆ではございませんか?」

 

「逆? その方、それは一体どういう事だ?」

 

 一誠様のお言葉に理解が及ばなかったであろう大王様が問い掛けると、一誠様はとんでもないお答えをお返しになりました。

 

「簡単な話でございます。……いかなる血を以てしても、バアル・ゼブルの力が潰える事などあり得ないという事でございましょう」

 

 バアル・ゼブル。「崇高なるバアル」という意味を持つ事から、大王家を敬い崇める言葉であると言えます。

 ……もし謁見の場でこの言葉をこういった場面でお使いになる事を前以てお教え頂いていなかったら、またこちらに来る直前、もし大王様がグレモリー家に対する悪感情を露わになされた場合にはこの様にお話しする事をグレモリー卿とヴェネラナ様に予め謝罪し、その上でお二人から了承を得たのをこの目で見ていなければ、一誠様はリアス様もグレモリー家も見限って大王家に擦り寄ったのかと誤解している所でした。そう思わせるだけの説得力が、今の一誠様のお言葉にはあります。大王様もそれは同様だった様で、何処か苦笑に近いご様子で一誠様のお言葉に聞き入っておられました。

 

「ホウ、バアル・ゼブルと来たか。つまり、我が偉大なるバアルの力はグレモリーの血に埋もれる事無く、むしろ食い破って出てきたという訳だな。確かに頷ける話ではあるが、それはそれで困ったものだな」

 

 ですが、そこに矛盾を見出された大王様は表情を苦笑から憤怒のものへと変えて一誠様を詰問します。

 

「……だが、それではその方が潰える筈のないと称した我がバアルの力を得ずして生まれ落ちた我が家の次期当主は、一体どう説明する?」

 

 それに対し、一誠様は今までの明快なものとは一転して曖昧なご返答に留まりました。

 

「バアル・ゼブルはかつてどの様な存在であられたのか。それをお考え頂ければ、自ずと答えは得られるかと」

 

 ……ですが、大王様は一誠様の曖昧なご返答に対して暫く考え込まれると、ハッとなされた後に驚愕の表情を浮かべました。

 

「ま、まさか……!」

 

 大王様が何かを仰せになろうとするところで、一誠様は何故か大王様をお諌めになられました。

 

「大王閣下。これ以上は」

 

 この一誠様のお諌めに、大王様はまたもハッとした後で納得の表情を浮かべます。

 

「ウ、ウム。確かにこの場でこれ以上は口にするのも不味いか。……成る程、そう考えれば今までの件は全て説明が付く。ならば、後ほど父上と初代様に確認を取った方が良いな」

 

 大王様は先代のご当主様と初代バアル様に何かを確認する事を決めた後、一誠様に対して労いの言葉をお掛けになり始めました。

 

「親善大使。此度は面白き話を聞かせてもらい、誠に有意義であった。……念の為に訊いておこうか。その方、我が家に就く気はないか?」

 

 労いの言葉の直後に掛けられた大王様から勧誘のお言葉に対し、一誠様は礼と言葉を尽くしてお断りになりました。

 

「今ここで大王閣下のご厚意を受けてしまえば、私は唯の不忠者となり、大王閣下がお求めになられた者ではなくなってしまいます。故に、ご容赦を願いたく」

 

 大王様直々の勧誘をお断りする。本来ならばまずあり得ない事ですが、一誠様はあえてそれを為さりました。ですが、それを受け入れた瞬間に大王様がお望みになられた者ではなくなるとは上手い切り返し方だと思いますし、大王様も一誠様のお言葉にご納得なされた様です。

 

「フム。確かに、その様な尻の軽い者には到底信など置けんな。その方の言にも一理ある。ならば、此度は諦めるとしよう。……それにしても、悪魔の力を宿しながら欲望を抑えるか。いや、違うな。抑えるのでなく、制するというべきか。「欲望に忠実たれ」という言葉に酔い痴れて踊らされる愚か者共が多い中、己の欲望に対して忠実どころか支配している者など久方ぶりに見たわ」

 

 大王様は感心為されたご様子でそう仰せになられると、最後に次のようなお言葉を一誠様に掛けられました。

 

「最後に一つ、その方に言い渡しておこう。もしその方が仕えている者達が不当に遇する様であれば、たとえ魔王様が許さずとも大王である余が許す。愚昧なる主を見限り、いつ何時でも我が元へ参るがいい。その方に対しては、我がバアル家の門を常に開けておこうぞ」

 

「ご厚意、忝く」

 

 一誠様はそうご返事を為されましたが、これはとても凄い事です。何せ悪魔社会においては魔王様に次ぐ大王様にも認められたという事なのですから。

 

 ……これで、流れが大きく変わる。

 

 その時、私はそう思わずにはいられませんでした。

 

Side end

 

 

 

Interlude

 

 一誠達が謁見の間を退出して暫くした後、バアル家に付き従ういわば大王派と呼ぶべき貴族達が玉座に集まってきた。そして、その内の一人がバアル家当主に一誠に対して好意的な言葉を掛けた意図を尋ねる。

 

「大王様、一体どのようなおつもりで……」

 

 すると、バアル家当主は「そんな事も解らないのか」と内心呆れつつも顔には出さず、一誠に対する自身の評価を貴族達に伝える。

 

「実際にあの者と顔を合わせ、言葉を交えて解った。あの者はけして敵には回せん。回せば我がバアル家は甚大な損害を被り、斜陽の憂き目に遭う事となろう。ならば、あの者を敵とはせずに我が内に取り込んでしまえばよい」

 

 バアル家当主の意図に大王派の貴族は納得の表情を浮かべた。しかし、ある者は一誠を取り込むのは難しいと指摘する。

 

「それであの様な寛大なお言葉を。ですが、先程の大王様直々の呼び掛けにも関わらずに応じようとしないのであれば、望みは薄いのではないかと」

 

 しかし、バアル家当主は一誠が直々の勧誘を断った事に対して、憤るどころか逆に高く評価していた。

 

「何、あれですんなり我が方に就く様であれば、所詮はその程度の器と見切りをつけておった。その意味では、よくぞ余の誘いを上手く断り、主への忠義を貫いてくれたわ。それでこそ、我が方に取り込む価値がある。さて、こうなると余の血筋の者を使ってあの者と姻戚関係を結ぶ事も視野に入ってくるのだが、それにはフェニックスの娘はともかくあの龍天使とやらが邪魔だな……」

 

 そうしてバアル家当主が邪魔者となるであろうイリナをどう排除するべきか、策を練り始めようとした。そこに、この場にいる大王派の貴族の中で政府の仕事に直接関わっている者が、一誠に下された魔王の勅命とその詳細をバアル家当主に伝える。

 

「それならば、一つ朗報が。龍天使だけでなく悪魔も娶れという魔王様の勅命があの者に下され、それに伴い花嫁候補の選考を開始した模様です。なお、その選考基準につきましては……」

 

 ……実はグレモリー家に仕える一誠に対して積極的に関わる事を嫌がった事から、バアル家は勅命の件について特に関与していなかった。その為、一誠が悪魔からも嫁を娶る様に勅命として命じられた事を知らなかったのである。なお、勅命の件は政府が未だ公表していない情報である事から完全に機密漏洩となるが、大王家こそが悪魔の頂点にして象徴とみなしている彼にとってはその様な事など知った事ではない。

 そうして一誠の悪魔からの嫁取りと花嫁の選考基準について説明を聞き終えたバアル家当主は、如何にも面白そうだと言わんばかりの笑みを浮かべる。

 

「ホウ、それは面白い。そうであれば、駒王協定が崩壊する危険を犯してまで龍天使の排除を企てる必要はないな。……ウム。ならば、それを利用させてもらおうか」

 

「利用とは?」

 

 先程勅命の件を伝えた者からの問い掛けに応じたバアル家当主は、その場にいる全ての者達に聞かせる様に己の考えを語り始めた。

 

「父上が隠居後に儲けた妾腹の妹をあの者の花嫁候補に滑り込ませよ。あやつなら選考基準を全て満たしておるし、歳の差も百歳足らずで然程問題にはなるまい。後は余が少しばかり強く推してやれば、まず間違いなく通るであろう。尤も、その益荒男とも言うべき激しい気性から男が寄り付かず、余も父上も行き遅れを懸念しておったのだが、良い機会だ。ここは一つ、あの者に娶ってもらう事にしよう。何、ルシファー様と共闘してかのオーフィスを退けたというあの者であれば、あやつの手綱を取れるであろうよ」

 

 一誠にしてみれば想定外にも程があるバアル家当主の大胆な一手に、謁見の間にいた貴族達からは「オォッ……!」という感嘆の声が上がっていた。勅命の話を持ち掛けた者もそれは同じで、バアル家当主の思惑を確認する。

 

「成る程。その際、妹御には因果を含めるという事で」

 

 ここで、バアル家当主は首を横に振った。

 

「いや、それは無用だ。あの者に対して下手に手を打てば、それがかえって悪手となって返ってくる。故にこちらからはあやつを花嫁として推すだけに留め、後はあやつの思うがままにさせた方が余程効果を望めるだろう。いわば、無策の策というものだ」

 

 もしこの場に一誠がいたのなら、バアル家当主に対する評価を「旧態依然とした貴族主義者」から「現実を見据えて行動する冷徹にして怜悧な策謀家」へと改め、警戒レベルを一気に引き上げていただろう。一方、あえて何も仕掛けない事で策とする旨を聞いた大王派の貴族達の頭の中は、完全に一つの事で一致していた。

 

 ……大王家とは絶対に敵対してはならない、と。

 

 大王派の貴族達はバアル家当主の深謀遠慮を褒め称えると共に、大王家への敬意と畏怖を新たにした。そして、その中でも勅命の件を伝えた者は早速行動を開始する事をバアル家当主に伝える。

 

「大王様のご慧眼、我等一同、心より感服致しました。では、その様に致しましょう」

 

「ウム、任せたぞ」

 

 このバアル家当主の一声を以て、一誠に対する大王家の婚姻戦略が動き始めた。

 

Interlude end

 

 

 

「親善大使殿」

 

 謁見の間から退出した後、そのまま次の訪問先であるアガレス家に向かおうと移動している途中、玄関ホールで男性らしき者から声をかけられたので、僕が声の聞こえてきた方を向いてみた。そこには短く刈られた黒髪とアメジストの様な澄んだ紫色の瞳を持ち、何処かサーゼクス様の面影がある顔立ちをした美丈夫がいた。彼の纏う雰囲気はとても野性的で覇気に溢れているが、謁見の間において僕に対して敵視や蔑視とは異なる視線を向けていたのは、間違いなく彼だろう。唯一と言っていい視線から感じられた覇気が完全に一致している。それに170 cm半ばである僕よりも一回り大きい上に鍛え抜かれた筋肉質の肉体からは凄まじい「力」の波動が感じられるが、力の質を注意して感知すると、それがけして純粋な魔力ではない事が解る。

 これらの情報から僕はこの美丈夫が誰なのかを察する事ができたが、こちらからそれを指摘するのは避けた方がいいだろう。すると、向こうも突然声をかけた上に自分から名乗っていない事から礼を失している事を察したのか、無礼を詫びた上で自らの名を名乗ってきた。

 

「おっと、これは失礼しました。声を掛けた以上はこちらから名乗るのが礼儀でした。俺の名はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主です」

 

 ……サイラオーグ・バアル。

 

 先程の謁見でバアル家現当主が言及してきた、バアル家の特性である「滅び」の魔力はおろかまともな魔力さえも生まれ持っていないという異端の御曹司だ。ただ、悪魔の真実を知る僕と総監察官、そしてサーゼクス様の三人は、彼がまともな魔力を持たないのは肉体が悪魔のものから聖書に記された異教の神のものへと原点回帰している為である事を知っている。ある意味では、逸脱者(デヴィエーター)である僕と同様に聖書の神の死を証明する生きた証拠と言えるだろう。

そうした考えをおくびにも出さず、僕は自身の名と肩書をサイラオーグ殿に伝える。

 

「これはご丁寧に。私はこの度、魔王陛下の代務者である聖魔和合親善大使に任じられました兵藤一誠と申します。なお、私はリアス・グレモリー様およびソーナ・シトリー様が共有なされている兵士(ポーン)でありますが、今の私は魔王陛下の代務者としてこの場に立っております。その為、大王家の御曹司に対して悪魔にお仕えする眷属が行う振る舞いとしてはあるまじきものとなってしまいますが、どうかお許しを」

 

 最後にそう言いながら頭を下げると、サイラオーグ殿からは何故が恐縮している様な雰囲気を感じられた。

 

「親善大使殿、まずは頭をお上げ頂きたい。親善大使殿が頭をお下げになられたままでは、話ができません」

 

 そう言われて頭を上げてみると、サイラオーグ殿は自分に対する僕の振る舞いを改める様に頼み始める。

 

「そして、できれば俺に対する敬語も止めて頂きたい。確かに親善大使殿はリアスやソーナの眷属であり、それ故に大王家の次期当主である俺に敬意を払うのは解る。しかし、先程自ら仰った様に今の貴方は魔王様の代務者としてこの場に立っておられる。まして首脳会談に襲撃をかけてきたオーフィスを相手に敢然と立ち向かい、圧倒的な力量差を前にしてもなお折れる事無く、遂にはオーフィスが無限の力を振るえるカラクリをも解き明かし、その盲点を突く事であと一歩まで追い詰めてみせた。それはあらゆる神話においても空前にして絶後となるであろう比類なき偉業。……その様な武功の誉れ高い親善大使殿が、大王家とはいえ次期当主に過ぎない俺に敬語を使う必要などないのです」

 

 ……大王家の御曹司が僕に遠慮してしまっている。オーフィスを撃退したという事はそれだけ大きな事だったのだ。だから、変な空気になっているのを変える為に少々おどけた風にして提案してみた。

 

「では、私もサイラオーグ殿も今この場においてはお互いの立場を忘れてしまい、敬意を払うのをやめて本来の話し方で語らい合いましょう。……これでどうでしょうか?」

 

 するとサイラオーグ殿は一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、フッと軽く笑みを浮かべた。

 

「……承知した。では、兵藤一誠と呼ばせてもらおう。だから、そちらも俺の事は名前で結構だ」

 

 どうやら、サイラオーグ殿は割と話の解る方らしい。だから、僕も頼まれた通りの対応を取る。

 

「了解したよ、サイラオーグ」

 

 ……こうして、お互いに存在自体が聖書の神の死を証明する異端である僕達は出会った。

 

「ところで、兵藤一誠。時間はあるだろうか?」

 

 サイラオーグから時間があるかを尋ねられた僕は、スケジュール管理を一手に引き受けているレイヴェルに確認を取る。

 

「レイヴェル、今後のスケジュールに余裕があるかな?」

 

 すると、レイヴェルは明らかに表情を曇らせた。……それだけ、僕のスケジュールに余裕がないのだ。

 

「できる事であれば、今すぐ次の目的地に向かって頂きたいのですけど。……他のところをどんなに切り詰めても、二十分が限度ですわ。それ以上は今後のスケジュールに少なからず影響が出ます」

 

 レイヴェルがそう弾き出したのなら、そういう事なのだろう。僕はレイヴェルに感謝しつつ、彼女が捻り出してくれた二十分をサイラオーグの為に使う事にした。

 

「解った、二十分だね。……サイラオーグ。とても短い時間ではあるが、それでも良ければ構わないぞ」

 

 僕とレイヴェルのやり取りを見ていたサイラオーグは、自分の為に僅かながら時間を作った事を感謝してきた。

 

「本当に忙しい所を感謝するぞ。では、時間が惜しいから近くのテラスに向かおう。本当なら軽く手合わせをしたいところだが、流石にそれは我儘だな。それならせめてちょっとした話くらいはしておきたい」

 

「解った」

 

 サイラオーグからの提案を僕が了承すると、サイラオーグは早速近くにあるテラスへと僕達を案内し始めた。

 

 

 

 ……一方、その頃。

 

「さてっと。領地経営の定期報告を親父の代理で行うなんて野暮ったい用事も済んだ。後は邸に帰るだけだけど、折角本家の本邸まで足を伸ばしたんだ。この際だから、久々にサイ坊を(しご)いてやるか。あれから何処までやれる様になったかを実際に俺の目で確認しなきゃ、今も不治の病と戦っている義姉さんに申し訳ないし」

 

 一人の女性が普段は近寄る事のないバアル家の本邸に訪れており、目的を果たしたついでとばかりにサイラオーグの事を探していたなど、僕は知る由もなかった。

 




いかがだったでしょうか?

……一誠争奪戦にバアル家が新たに参戦しました。なお、バアル家現当主については大幅に上方修正していますのでご了承ください。

では、また次の話でお会いしましょう。

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