未知なる天を往く者   作:h995

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第十三話 無限との対談

 アウラの問い掛けが切っ掛けとなり、どうにかこの場でオーフィスとクロウ・クルワッハとの戦闘を避ける事ができた。そうして密かにジェベル執事長に用意してもらったテーブルに向かい合わせに座ると、僕はまず自己紹介から始めた。

 

「正直言って今更だとは思うけど、まずは自己紹介をさせてもらおう。僕の名前は兵藤一誠。色々と肩書は多いけど、この場においては二天龍の一角である赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)ドライグとその妻の黎い麗龍(ウェルシュ・グレイス・ドラゴン)グイベルの魂をこの身に宿す者と称した方がいいかな?」

 

『私はグイベル。前も言ったけど、何故か黎い邪龍(ウェルシュ・ヴィラン・ドラゴン)の名前でドライグに討たれた事になっているわ。それとドライグは今眠っているし、この場でドライグを知らない人はいないからドライグの紹介は省きましょう』

 

「あたしの名前は兵藤アウラ! パパ、兵藤一誠の娘です!」

 

 僕に続いてグイベルさんとアウラが自己紹介を終えると、それに応じる形でオーフィス達が自己紹介を始める。

 

「我、オーフィス」

 

「クロウ・クルワッハだ。……久しいな、グイベル殿」

 

 共に簡略化された自己紹介を終えた後、クロウ・クルワッハがグイベルさんに敬称で呼び掛けると、グイベルさんは少しばかり驚いていた。

 

『あら。まさか貴方から敬称で呼ばれるなんて思わなかったわ。前は問答無用で襲いかかってきたのに、どういう風の吹き回し?』

 

「今思えば、あれは完全に若気の至りだった。少しばかり強い力を貰っていい気になったバカなガキが図に乗って本物相手にケンカを売ったら、高々と伸びた鼻っ柱を根元から綺麗に圧し折られた。ただそれだけの話だ。……いや、今はむしろ感謝している。あの時に貴女に本物の強さを見せてもらわなければ、俺は修行と見聞を兼ねて人間界と冥界を見て回る事はあってもここまで強くなろうとは思わなかった筈だ」

 

 余りに堂々としたクロウ・クルワッハの発言に、グイベルさんはただ「そう」と言葉少なに答えただけだった。ここでジェベル執事長が声を掛けてくる。

 

「皆様、何かご希望の物はおありでしょうか?」

 

 ……相手がオーフィスとクロウ・クルワッハと解っていながらも平然と給仕としての務めを果たしている時点で、この人もやはり只者ではない。そうした中、真っ先に声を上げたのはアウラだった。

 

「あの。だったら、バナナがいいんだけど……」

 

 流石のアウラも少し遠慮がちに注文しているが、ジェベル執事長はアウラを安心させる為に笑みを浮かべて注文を受け入れた。

 

「畏まりました、お嬢様。直ちにお持ちしましょう」

 

 ジェベル執事長がそう言ってバナナの調達の為にテーブルを離れた所で、アウラが何故バナナを頼んだのかを話し始めた。

 

「あのね。バナナって、なかよしフルーツなんだよ」

 

 「なかよしフルーツ」という言葉を聞いて、オーフィスもクロウ・クルワッハも首を傾げている。まぁほぼ間違いなく初めて聞いた言葉だから、この反応も無理はない。ただ、アウラなりの根拠はしっかりとある。

 

「だって、長さも太さも違うのに、ケンカしないで一緒にくっついてるから。それに、皆でバナナを食べると美味しくって皆一緒に笑顔になっちゃうし、同じ気持ちで笑顔になったら心が近付いて仲良くなれるの。だから、なかよしフルーツなんだよ」

 

 今アウラの言っている事は、毎日書いている日記の中にも書いてあった。この「なかよしフルーツ」の(くだり)を初めて読んだ時、僕はハッとさせられた。喜びにしろ、あるいは苦労にしろ、何かを分かち合う事で一つの集団が心を一つにしていく事は往々にしてある事だ。野球を始めとする団体スポーツがその最たる例だろう。それをアウラは「バナナを一緒に食べる」というありふれた行為で表現してしまった。しかも、バナナ自体にも心を近付ける要素がある事を含ませている。もちろん、アウラはそこまで深く考えてはいないだろう。ただバナナを実際に見て思った事や家族皆でバナナを一緒に食べて感じた事を素直に表現しただけの筈だ。

 

「それで最初にバナナを一緒に食べてほしいんだけど、ダメかな?」

 

 ……そして。

 

「我、バナナを食べてみる。ドライグの子が言った事、ちょっと気になる」

 

 だからこそ、純粋なアウラの言葉がアウラと同じく純粋なオーフィスに届いたのだ。

 

 

 

 それから暫くしてジェベル執事長がバナナを持ってくると、アウラとオーフィスは早速バナナを堪能した。オーフィスは初めて口にしたというバナナを気に入ったらしく、お代わりを要求してきた。アウラもそれに同調したのでジェベル執事長が再びバナナの調達に席を離れると、オーフィスが僕に視線を向けて話しかけてきた。

 

「……ドライグ、前に戦った時とは比べ物にならないくらいに強くなっている。光の力も、ドライグ自身も。我、新しい仲間を探したのはやはり正解だった」

 

 ……どうやら、僕が密かに修行に励んでいたのと真聖剣が完成したのを勘付いたらしい。この辺りは流石というべきだろうか。ただ、一度死にかけたのが余程応えたらしく、生命の危険に対する警戒心が以前とは比べ物にならない。臆病になったとも言えるが、こうした臆病さは大小の差こそあれ命ある者であれば必ず持っているものだ。その意味では、オーフィスはようやく命ある者となったのだろう。

 

「それで新しい仲間として邪龍の筆頭格で所在不明だったクロウ・クルワッハを探し出して迎えようなんて、普通は誰も考えないよ。クロウ・クルワッハも誰かに黙って従う様な存在でもなさそうだしね」

 

 僕はここでクロウ・クルワッハにオーフィスへの望みが何かを尋ねる。

 

「だからこそ、訊きたい。クロウ・クルワッハ、貴方はオーフィスに何を望んだ?」

 

 すると、クロウ・クルワッハは何ら躊躇いなく答えを返してきた。

 

「俺はドラゴンの行き着く先が見たい。グイベル殿との再戦の為に己を一から鍛え直す中でグイベル殿の死を知り、その後はグイベル殿以外には誰にも負けぬ様にと更なる高みを目指してひたすら研鑽に励み続けた。そうして人間界と冥界を渡り歩く内に、いつしかそう思う様になっていたのだ」

 

 ……ドラゴンの行き着く先が見たい。

 

 そう口にしたクロウ・クルワッハの目はどこか遠くを見据えており、邪龍と呼ばれる様な存在にはとても見えなかった。

 

「それを為すには、強き者との血沸き肉躍る様な戦いが一番だ。特に二天龍の宿命を変革し、龍王と呼ばれるドラゴンの半数を味方につけ、遂にはオーフィスに死の恐怖を教えるという前人未到の偉業を成し遂げたお前が相手であれば、それが明確に見えてくる筈」

 

「だから、僕と敵対するオーフィスの呼び掛けに応じたと?」

 

 僕がオーフィス側に就いた理由についてそう確認すると、クロウ・クルワッハは深く頷く。すると、クロウ・クルワッハに発言の訂正を求めてきた者がいた。

 

『一つ訂正しろ、クロウ・クルワッハ。兵藤一誠の味方についた龍王は半数ではない。半数以上だ』

 

 既に大蛇として具現化し、僕とアウラの後ろでとぐろを巻いているヴリトラだ。その側にはヴリトラの宿主にして相棒である元士郎、更に祐斗もいる。

 

「ヴリトラ、目覚めた?」

 

 黒炎を纏う大蛇を見たオーフィスがそう尋ねると、ヴリトラと元士郎はハッキリと答えを返す。

 

『相棒、そして兵藤一誠を始めとする相棒の仲間達のお陰でな』

 

「まぁ、そういう事さ。それと一つ言っとくぜ、オーフィス。前回は途中でついていけなくなったけどな、今度は最後まで食らい付いてみせるぜ」

 

 そう宣言して静かに闘志を燃やす元士郎に対して、祐斗は少し怒った様な素振りを見せた。

 

「元士郎君。それは途中で気絶させられた僕やセタンタ君への当て付けかい?」

 

 確かにセタンタと共に気絶させられてしまった祐斗にとって、様々な形で最後までサポートし続けた元士郎に「途中でついていけなくなった」とは絶対に言ってほしくない筈だ。尤も、祐斗も本気で怒っている訳ではないのだが。

 

「でも、今度は最後まで食らい付いてみせるというのは僕も同意するよ。オーフィス、今度はただ攻撃を防ぐだけでなく、僕の剣を君に届かせてみせよう」

 

 元士郎と同じ様に祐斗も闘志を燃やしながらハッキリと宣言すると、オーフィスは元士郎と祐斗の事を不思議そうに見ている。そして、当事者でない僕ですら少々反応に困る事を言い出した。

 

「……不思議。何故かは解らない。でも、お前達二人からはドライグから感じた「無限」とはまた別の何かが感じられる。これなら、ドライグと一緒に我の眷属にしてもいい」

 

 オーフィスからの唐突な「我の眷属」宣言を前に、元士郎もヴリトラも少なからず困惑した表情を浮かべる。

 

「なぁ、ヴリトラ。この場合、俺はどう反応したらいいんだ?」

 

『世界最強の存在からここまで高く評価されている事を喜べばいいのか、それ故に最強の敵に全く油断してもらえない事を嘆けばいいのか。確かにこれは判断に困るな』

 

 一方、祐斗の方はかなり前向きに捉えていた。

 

「元士郎君、ここは素直に喜んでおこうよ。眷属悪魔である僕達の評価は、そのまま僕達の主である部長や会長の評価に繋がるからね」

 

 祐斗の意見を聞いた元士郎は、一片の迷いもなく同意する。

 

「それもそうだな。それに、そもそも全力のオーフィスとは真っ向からやり合うつもりだったんだ。だったら、やる事は何一つ変わらねぇよな」

 

「そういう事だよ」

 

 そうしてオーフィスを前に改めて真っ向から立ち向かう決意を固める二人だったが、そこに待ったがかかる。

 

「もう、匙君に木場君。せっかくイッセーくんとアウラちゃんが頑張ってオーフィスと話し合いができる様にしたのに、最初から戦うのを前提に話をしちゃダメでしょ?」

 

 バナナの調達を終えたジェベル執事長と一緒にこちらに来たイリナだ。

 

「だから、ハイ」

 

 そう言って二人に差し出したのは、ジェベル執事長から受け取ったバナナだった。

 

「さっきアウラちゃんも言っていたけど、まずは皆でバナナを食べて一緒に笑顔になっちゃいましょう。話をするなら、それからね」

 

 屈託のない笑顔でそう語るイリナにすっかり毒気を抜かれたのか、祐斗も元士郎もお互いに向き合うとそのまま苦笑いを浮かべてしまった。

 

「確かに、最初から喧嘩腰じゃ親善大使であるイッセー君の邪魔になってしまうね」

 

「気合の入れ過ぎでから回って、かえって先走りになっちまったか。ゴメン、紫藤さん。それと、バナナは有難く頂くよ」

 

 二人はイリナからバナナを受け取ると、そのまま皮を剥いて食べ始めた。因みに、元士郎はヴリトラの分もイリナからしっかりと受け取っている。

 

「おっ。このバナナ、メチャクチャ美味いな」

 

『確かにな。だが、仮とはいえ肉体を得た我が最初に口にするのがバナナだとは流石に思わなかったぞ』

 

「何せ、魔王様が主催するパーティーに出されているものだからね。バナナだって滅多にお目にかかれないくらいの最高級品の筈だよ」

 

「成る程な。だったら、もっとじっくりと味わいながら食べないとな」

 

 二人と一頭が今食べているバナナについて話をする中、イリナはジェベル執事長からバナナをもう一本受け取ると、クロウ・クルワッハに近付いてそのまま差し出す。

 

「よかったら、貴方もどうぞ」

 

 まさか自分にも差し出されるとは思わなかったのか、クロウ・クルワッハは鳩が豆鉄砲を食った様な表情を浮かべた。

 

「……貰おう」

 

 気を取り直したクロウ・クルワッハはそう言ってイリナが差し出したバナナを受け取ると、バナナの皮を剥いて一気に齧り付く。

 

「美味い」

 

 クロウ・クルワッハはそう言って、口元に僅かながらも笑みを浮かべた。どうやらバナナをお気に召した様だ。そうしている内に、ジェベル執事長によってお代わりのバナナがテーブルの上に置かれる。

 

「お嬢様、オーフィス様。お待たせしました。バナナでございます」

 

「ありがとう、執事長さん!」

 

「我、頂く」

 

 アウラとオーフィスはそう言うと、早速バナナに手を伸ばして食べ始めた。何とも微笑ましい光景の中、クロウ・クルワッハにバナナを渡し終えたイリナが僕に話しかけてくる。

 

「ねぇ、イッセーくん。こうして見ると、オーフィスってまるでアウラちゃんのお友達みたいね?」

 

 ……ある意味、イリナの言う通りかもしれない。何せ、二人は似た者同士だ。何か一つでも切っ掛けがあれば、簡単に友達になってしまうだろう。だから、それをイリナに伝える。

 

「アウラとオーフィスの会話を聞いていて気付いた事があるんだ。……オーフィスは、アウラと一緒で純粋なんだってね。だからこそ、「グレートレッドを倒す」という見せ掛けだけの代価を用意した者達の声にそのまま疑いを持たずに応えてしまうし、周りの影響で容易に善悪が変わってしまう。今だって、見た目通りの言動をしているのはアウラの影響がかなり大きいと思う。まぁ最初に戦った時の老人の姿だと、それがよく解らなくて不気味に見えていたんだけどね。見た目の印象はけしてバカにならないという事が、この件で改めて思い知らされたよ」

 

 最後は少しばかり溜息が混じってしまったが、それを察したのだろう。イリナが慰めの言葉を掛けてくれた。

 

「そもそも出会い頭にいきなり心を消されかけたんだもの。如何にイッセーくんでも、警戒心が先に立つのはしょうがないわ。それでも本当の事が解ったらすぐに振り切れちゃうのが、イッセーくんの凄い所だけど」

 

 せっかくイリナが褒めてくれたのだが、それは立場上必要な事だった。その事をイリナに伝える。

 

「そうでないと、聖魔和合親善大使なんてとても務まらないよ」

 

「それはそうかもしれないけど、それをちゃんと実行できるんだから、やっぱりイッセーくんは凄いのよ」

 

 だが、イリナは自分の考えを変えようとはしなかった。この様に、過ちを認めたらすぐに改めるといった柔軟な一面がある一方で、一度こうだと決めたらなかなか意見を変えない頑固な一面もイリナにはある。だから、大抵は僕の方が先に折れてしまう。

 

「イリナには敵わないなぁ」

 

 ……それに、愛する女性に褒められて嬉しくない男などまずいない。だから、僕はイリナには敵わないのだ。

 

 アウラとオーフィスがバナナを食べている傍らでイリナと他愛のないやり取りをしていると、アウラが僕とイリナに声を掛けてきた。

 

「ねぇ。パパ、ママ。二人も一緒にバナナを食べないの?」

 

 ……アウラがバナナになかよしフルーツの魔法をかけてくれたのだ。それに乗らない手はなかった。

 

「おっと、それもそうだね。イリナ、僕達もバナナを食べようか」

 

「えぇ」

 

 そして、ジェベル執事長が気を利かせて僕の隣に新たに用意した椅子にイリナが座ると、僕達はテーブルの上にあるバナナに手を伸ばした。

 

 

 

Side:アザゼル

 

 ……一体何なんだろうな。このバナナを中心とした平和な光景は。

 

 同じテーブルでイッセーとイリナ、アウラの三人親子とオーフィスが、それぞれの後ろでは匙と木場、ヴリトラ、更にクロウ・クルワッハまでもがバナナを美味そうに食べているのを見て、俺は何とも言えない気持ちになった。

 

「なぁ、サーゼクス。イッセーとイリナ、それにアウラの三人が揃ったら、大抵の奴と仲良くなれるんじゃないか?」

 

 堪らずサーゼクスに今思った事をそのまま尋ねると、サーゼクスは少し笑みを浮かべながら答えてきた。

 

「私も同じ事を考えていたよ、アザゼル。……それにしても、バナナはなかよしフルーツ、か。何ともアウラちゃんらしい発想だ」

 

 確かに、サーゼクスの言う通りだ。しかも、アウラの思い付きで根拠なんて全くなかった筈の「なかよしフルーツ」があの場ではしっかりと機能している。アウラが言い出した事でオーフィスが興味を持ち、イリナがそれをオーフィス以外にもしっかりと広げ、最後にイッセーが自分も一緒になって食べる事で仕上げた訳だ。

 ……案外、「なかよしフルーツ」の話はこれからマジになっちまうかもしれねぇな。

 

「これでオーフィスとの間である程度話がまとまったら、今後はなかよしフルーツのゲンを担ぐ形で話し合いの前にバナナを食べる様にするか?」

 

「それも悪くないかもしれないね」

 

 俺としては唯のバカ話のつもりだったが、軽く返したサーゼクスの目はかなりマジだった。……藪蛇だったかもしれねぇ。

 

『どうだ、クロウ・クルワッハ? これが兵藤一誠の仲間達だ。中々に面白いだろう?』

 

「あぁ。確かに面白い」

 

 そんな俺を尻目に随分と呑気なモンだな。ヴリトラにクロウ・クルワッハ。ちっとばかり羨ましいぜ。

 

 そうしてイッセー達がなかよしフルーツを堪能した所で、オーフィスがいきなりイッセーが自分の眷属になった時にどうなるのかを語り始めた。きっと、イッセーが自分の眷属になった時のメリットについて説明するつもりなんだろう。

 

「我と契約を交わして眷属になれば、ドライグは我から直接力を受け取れる様になる。勿論、ドライグの心を消す様な渡し方はしない。それでも、ドライグならたぶん我とグレートレッド以外には誰にも負けなくなる。それはヴリトラと剣使いの二人もだいたい一緒。違うのは、勝てない相手がドライグよりちょっと多いだけ」

 

 ……まぁカテレアの話だと、素の強さは最上級悪魔の最下位程度だという他の旧魔王の末裔でも、オーフィスの「蛇」で魔王級にまで力を引き上げちまうらしいからな。しかもイッセーの場合、「蛇」どころかオーフィスから直接力を受け取る形になるし、そもそも素で魔王を通り越して神仏クラス、その中でも戦いを得意とする戦神と同等の域にまで至っているんだ。ここまで好条件が揃っていれば、夢幻と無限以外に負けなくなるのも道理だろう。

 

 だが、そんな強いだけで中身のない力を求める様なイッセーじゃない。

 

「けして強くなりたくない訳ではないけれど、ただ与えられるだけの力はあまり欲しいとは思わないかな」

 

「何故?」

 

 理由を尋ねられたイッセーは早速オーフィスに答えたんだが、その答えに俺は深い共感を覚えた。

 

「まぁ端的に言えば、僕はただ貰うだけでは満足できないからかな? それに、一から新しく作ったり元からあるものを改良したりする方がずっと楽しいしね」

 

 俺やイッセー、それにアジュカの様な技術者気質の奴にとって、研究とか開発とかの成果ってのは誰かから与えられるモンじゃねぇ。自分の手で掴み取るモンだ。そして、それは戦う力だって同じ事だ。だから、俺はイッセーの答えに共感するし、アジュカの奴も頷いている。

 ……意外だったのは、断られたオーフィスもまたイッセーの答えにそれなりの理解を示した事だ。

 

「ドライグの言っている事、何となく解る気がする。我、あれから自分の事を考え直して、色々試してみた。そうして、我、我が思っているよりたくさんのものを持っている事を知った。何故か、それがとても嬉しかった」

 

 おい。ちょっと待て。何か今、とんでもなく恐ろしい仮説が立っちまったんだが、嘘だよな?

 

 俺は嘘であってくれと心から願ったが、イッセーとオーフィスのやり取りでその願いは脆くも崩れ去った。

 

「オーフィスの「無限」の根幹になっている「無」には、あらゆる「有」が含まれている。今まではただ力だけを引き出していたけど、引き出せるのは何もそれだけじゃないって事に気付いたのかな?」

 

「そう。我、「無限」の中身を増やした。ドライグが我の「無限」を解き明かしたお陰。それに、ドライグは自分の持っている力から新しい力を作ってみせた。だから、我もそれを真似した」

 

 ……マジかよ。イッセーと武藤が推測した通りじゃねぇか。いや、ある意味それ以上だ。全然シャレになってねぇぞ。

 

「まさか、世界最強のドラゴンまで一誠シンドロームに罹っちまうとはな。……こんなの、一体どうしろって言うんだ。俺はもう頭が痛ぇよ」

 

 武藤じゃないが、こんな最悪にも程がある状況を前にしたら、本当に何もかも放り出して逃げたくなるな。まぁ流石にそれを言葉にする程、俺は空気を読めない男じゃねぇが。すると、アジュカから意外な意見が飛び出してきた。

 

「それなら、俺達も大王家を見習えばいいんじゃないか?」

 

「アジュカ? ……いや、そういう事か。確かに悪い手ではないな」

 

 アジュカの意見にサーゼクスも同意するが、これは一種の賭けだ。確かにイッセーを餌にする形でオーフィスをこっちに引き込んじまえば、最大最強の敵はいなくなり、新たに最大最強の味方が増える。だが、その代わりに俺達以外のほぼ全ての神話勢力が敵に回りかねない。そんな特大のリスクがこの賭けにはある。それに身内から調子に乗ってバカをやり出す奴だって当然出てくるから、そういったバカ共を抑え切れねぇと賭けに負ける事になる。

 ……本当にどうしようもなくなったらそれしかないんだろうが、流石にまだ早過ぎる。当事者であるイッセーが全く動揺してないからな。それどころか、何かを確信した様でその表情からは余裕すら感じられる。

 

「オーフィスが前よりも強くなったのは解っていたけど、まさか自分以外の存在を見習う形で成長するなんてね。普通なら、最強の存在が更に成長したんだから絶望しかないんだろうけど……」

 

「ダイダ王子の仰っていた通りだったわね。これなら、何とかなりそうだわ」

 

 イッセーに続く形になったイリナの言葉で、俺はイッセーが何を確信したのかを理解した。他の奴はサーゼクス達を含めて首を傾げているが、こればかりはその場に居合わせた奴でないと解らないよな。現に俺と同じくその場に居合わせたレイヴェルだけは、イッセー達の言葉の意味をしっかりと理解していた。

 その一方、自分が前より強くなったという事実に対するイッセー達の反応を見たオーフィスは、むしろ嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「我、前より確実に強くなった。でも、ドライグの心、それを知っても全然揺らいでいない。我が感じたドライグの「無限」、やはり一つだけではなかった」

 

 オーフィスがイッセーの中の何に「無限」を見出だしたのか、正直に言えば興味がある。だが、今は棚に上げておかないとな。

 

「だから、我、ドライグが欲しい」

 

 ……オーフィスのイッセーを求める意志が、更に強いものになっちまったからな。

 

「結局、そこに行きつく訳か」

 

 イッセーは溜め息混じりでそう言うと、何かを決断する様に一度深く頷く。そして、とんでもない事を言い出した。

 

「オーフィス。一度でいい。僕と一緒に次元の狭間に行って、グレートレッドと話をしてみないか?」

 

 イッセーからの突然の提案に、オーフィスもクロウ・クルワッハもすぐには反応できなかった。いや、イッセーの意図が解らずに反応できなかったのは俺達も一緒だ。ただ、イッセーが頭角を表し始めた時から共に歩み、その薫陶を受けてきたレイヴェルだけは別だった。

 

「一誠様。先程は教える事が殆どなくなったなんて仰っていましたけど、そんな事はありませんわ。私、一誠様が仰るまでその可能性に気付けませんでしたもの」

 

 そのレイヴェルから続けて出てきた言葉で、俺はイッセーの意図を理解した。

 

「オーフィスが禍の団(カオス・ブリゲード)の首領として担がれ、また一誠様を眷属に望む理由を解消する為、グレートレッドとオーフィスの間に立って和解に至らせる。天界と冥界という本来は相容れない両者の和平と共存共栄を謳う聖魔和合を立ち上げ、その実現に奔走する一誠様以外にはけして為し得ない事ですわ」

 

 あぁ。確かにイッセーらしいな。ただオーフィスを相手取るよりも遥かに困難な方法をあえて選んじまうところなんて特にな。

 

 ……結局、オーフィスはイッセーの提案に対して「少し考える時間が欲しい」と答えただけだった。そうしてオーフィスとクロウ・クルワッハは誰にも気づかれずに静かに立ち去っていった訳だが、最後に二人はイッセー直々の指名で給仕を行っていたネビロス家の執事長からお土産としてバナナが入った袋を受け取っていた。どうやら、オーフィスもクロウ・クルワッハもバナナを大変お気に召したらしい。単に食い意地が張っているだけなのか、それとも「なかよしフルーツ」だから気に入ったのか。

 おそらくは前者なんだろうが、後者も少なからず入っている。あの場にいた奴でそう思ったのは、果たして俺だけかね?

 

Side end

 

 

 

Interlude

 

 一誠がオーフィスにグレートレッドとの対話を提案している頃。

 

 魔王主催のパーティーが催されているホテルのフロントでは、鎧を纏った銀髪の女性を伴った隻眼の老人が主催者側の対応の遅さに呆れていた。

 

「やれやれ。老体をわざわざ招いておきながら出迎え一つできんとはのぅ。まぁ儂等より先に来た客が大物中の大物じゃからな。大目に見てやらねば流石に可哀想かの?」

 

「オーディン様?」

 

 鎧姿である事から明らかに護衛と思われる女性は、オーディンと呼びかけた隻眼の老人から飛び出した寛大な言葉に首を傾げる。オーディンは密かに遠見の術でパーティー会場の状況を確認していたのだが、魔術や魔法の使い手としての技量に明らかな差がある事から彼女はそれを察する事ができなかったのだ。そうした女性の反応にはあえて目を向けず、オーディンは口元に笑みを浮かべる。

 

「ほっほっほ。まさか、あの無限をして模倣に至らしめるとはのぅ。これはやはり本物じゃろうな」

 

 実は、オーディンにはある目的があった。そして、その目的はこの時点で既にほぼ達成している。だが、オーディンはあともう一押し欲しいと思った。

 

「さて。後は赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の器がどれほどのものなのか、実際に会って確かめるとするかのぅ」

 

 すぐ側にいる女性にすら聞こえない程の小声で楽しげにそう呟くオーディンだが、その目には真贋を見極めようとする強い意志が宿っていた。

 

Interlude end

 




いかがだったでしょうか?

これでようやっとレーティングゲームに入れそうです。

では、また次の話でお会いしましょう。

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