未知なる天を往く者   作:h995

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第十二話 無限、再来

Overview

 

 時は小猫が黒歌と対峙した直後まで遡る。

 

 ホテルの敷地内で空間を隔離するタイプの結界が張られた事と敷地内でリアスと小猫の気配を感知できない事を結びつけた一誠は、すぐに表情を元の平静なものに戻したものの一瞬だけ焦りの表情を浮かべてしまった。それを見たライザーが一誠に問い質そうとしたのだが、その前に一誠に声を掛けてきた者がいた。

 

「やぁ、イッセー君。今宵のパーティーは楽しんでいるかな?」

 

 パーティーの主催者である魔王サーゼクス・ルシファーである。その隣には同僚で同じく魔王のアジュカ・ベルゼブブもいる。魔王二人が揃って現れた状況にこの場にいる殆どの者が驚く中、サーゼクスからプライベートの呼び方で話しかけられた一誠は溜息を一つ吐いた。

 

「……お願いしますから、ここでイッセー君は止めて下さい。サーゼクスさん」

 

 元々、一誠には「公務から離れた時には、普段の言葉使いと態度で接する様に」という命令がサーゼクスから下されている。そして、このパーティーは魔王主催ではあるもののそこまで格式張ったものはない事から、サーゼクスは公務から離れていると判断してあえてプライベートの呼び方をしたのだ。その為、一誠は内心不味い事になったと思いながらも、魔王直々の命令に従って普段の言葉遣いで応対するしかなかった。そこに、同じく技術者仲間という事で一誠と公私共に親しくなったアジュカも便乗する。

 

「いいじゃないか、イッセー君。魔王も偶には羽目を外したり、羽を伸ばしたりしてみたくなるものなんだよ」

 

「アジュカさんまで何を言っているんですか。パーティーとしてはそこまで格式張ったものでないとはいえ、流石にやり過ぎです。お二人とも、こちらを怖い顔で見ているグレイフィアさんに後でしっかりと叱られて下さいね」

 

 魔王としては余りに気安い二人の言動に対して、一誠は頭が痛くなりつつもしっかりと釘を刺した。一方、愛妻からの説教が決定した事でサーゼクスはガクッと肩を落とすものの、その後すぐに表情を真剣なものへと改めた。

 

「……さて。気楽なおしゃべりはこれぐらいにして、本題に入ろうか」

 

「その前に、俺の事も忘れないでくれよ」

 

 サーゼクスが本題に入ろうとした所で、先程までスロットに夢中になっていた筈のアザゼルもまた一誠の元に近付いてきていた。そこで、サーゼクスがアザゼルに確認を取る。

 

「アザゼルも既に気付いていたのか」

 

「当たり前だ。そりゃ神器研究に没頭して体も勘も鈍っていた以前の俺なら、たぶん気付かなかったんだろうがな。ここ最近はお前やイッセーと一緒に早朝トレーニングやってるお陰で、全盛期の力と勘を取り戻しつつあるんだ。それで気付かなかったら、ただのバカだろう」

 

 アザゼルから確認を取った所で、サーゼクスは一誠に状況説明を求めた。

 

「イッセー君、早速だが状況の説明を頼む。私やアジュカ、それにアザゼルもホテルの敷地内に結界が張られた事には気付いているんだが、君はもう少し深い所まで見えていそうだからね」

 

「解りました。少し待って下さい」

 

 これを受けて一誠は、風の精霊に頼んで自分の近くにいる関係者のみに声が聞こえる様にした。そして、事情の説明を始める。

 

「では説明します。先程、ホテルの敷地内からリアス部長と小猫ちゃんの気配を感知できなくなりました。それとつい先程空間隔離型の結界を展開したのがSS級「はぐれ」悪魔の黒歌であると思われる事から……」

 

「その黒歌によって、リアスと小猫君が結界に閉じ込められた。そう考えるのが妥当といったところか」

 

 一誠の説明を受けてサーゼクスがそう結論付けると、一誠は、自分は自由に動けない状況である事を説明する。

 

「その通りです。ただ、ここで僕が直接二人を助けに行く事はできません。現在注目を集めている僕がいきなりこの場を離れてしまえば、パーティーに参加なされている方達の間で騒ぎになります。そこで黒歌の件が判明したら、騒ぎが大きくなって下手をするとパニックになりかねません。当然、パーティーの主催者であるサーゼクスさんとアジュカさん、外賓であるアザゼルさんも駄目です」

 

 一誠の説明が終わると、それに合わせてヴァーリと瑞貴が自分達の置かれている状況について述べ始めた。

 

「それなら、ルシファーの末裔である事を公言した俺も同じ理由でダメだな。ただ俺達は既に割り切っているんだが、ルフェイがまだ諦め切れなくてね。黒歌に会った時にはもう一度説得してほしいと頼まれているから、俺としては何とかしてやろうと思っているんだが、流石に今回は見送らないと不味いか」

 

「こうなると婚約者として一誠の側にいないといけないエルレさんはもちろん、一誠の眷属候補として注目を集めている僕とセタンタ、ギャスパー君もダメだね。イリナとレイヴェルもこの状況だと一誠の側から離れられないけど、それ以前に実力は最上級悪魔に匹敵するという黒歌を相手取るには少々厳しい」

 

 一誠とヴァーリ、瑞貴の三人が意見を出し終えると、それらを踏まえて結論を出したのはアザゼルだった。

 

「そうなると、ここは実力と立場が以前のイッセーみたいに全く合ってねぇ上に現在イッセーと離れていて比較的動き易い木場と匙を動かすべきだな。元々最上級悪魔の領域に至っている二人が組んで当たれば、相手が最上級悪魔と同等クラスでも特に問題はねぇだろう」

 

 一誠は自分もまたアザゼルと同じ結論に至っていたので、すぐに賛成の意を示す。

 

「僕も同じ考えです。それで二人には既に協力を求めて同意を得ていますから、後はこのまま救援に向かってもらえばいい。……そう、思っていたんですけどね」

 

 しかし、ここで一誠は視線をこの場にいる誰とも合わせずに全く別の方向へと向けた。一誠が黒歌による異常に気付いた時、同時に敬意や羨望、侮蔑、嫌悪といった様々な感情を乗せた視線のどれとも異なる感情の籠った視線がある事にも気付いた。一誠はその視線の主と一度対峙した事がある。……いや。あれだけ鮮烈な印象を残しているのだ。忘れようがなかった。

 

「イッセーくん?」

 

 一誠が誰とも視線を合わせていない事にイリナは首を傾げたものの、だったら自分もと一誠と同じ方向へと視線を向けた。

 

「……えっ?」

 

 そして、イリナは自分の今見ているものが信じられなくなった。そうした二人の挙動に不審な物を覚えた他の者も一斉に同じ方向を向く。

 

「オイオイ、これ以上は流石に勘弁してくれよ。アイツ、イッセー欲しさにここまで乗り込んでくるのか?」

 

 一誠達が何を見ているのかを確認したアザゼルは、本気で頭を抱えたくなってきた。唯でさえ一誠争奪戦において攻勢を強めて来ている大王家に頭を悩ませているのだ。これ以上の厄介事は勘弁してほしいというのがアザゼルの本音だった。

 

「こちらを、いえ一誠さんと視線を合わせた事で笑みを浮かべている十歳程のゴシックロリータの女の子と黒いコートの男ですか? 女の子はともかく、あの黒いコートの男については確かに場違いな服装をしていますが……」

 

 一方、ライザーの婚約者という事でこの場に居合わせたシーグヴァイラは、視線の先にいた二人にこの場にいる者達の多くが何故そこまで驚いているのか首を傾げる。だが、数ある悪魔の中でも超越者と呼ばれる程の隔絶した実力を持つアジュカは違った。

 

「サーゼクス。……あの子がそうなのか?」

 

「あぁ、その通りだよ。アジュカ。ただここで仕掛けて来るとは、流石に思わなかった」

 

 少女に対する認識を共有したサーゼクスとアジュカは、少しでも向こうに動きがあればすぐさま全力を出せる様に臨戦態勢に入る。少女と男の二人組はそれを知ってか知らずか、やがて脇目も振らずに一誠達に向かって歩き始めた。駒王学園における首脳会談に出席していた為に少女の正体を知っているレイヴェルは、乱れに乱れた思考を必死に立て直しながら現状を確認し始める。……それだけに、余りに信じ難い結論を出す羽目になってしまった。

 

「……一体。一体、いつの間にここへ潜り込んだというのですか! 魔王様主催のパーティーという事で、ここの警備は極めて厳重に手配されている筈! それ等全てを完璧に掻い潜ったなんて、到底信じられませんわ!」

 

「だが、現実にそうなっている。現に今セラフォルー・レヴィアタンの側を通っているが、彼女はあの二人に全く気づいていない。元々女性悪魔の中では最強であるところに、あのロシウに鍛えられた事で更に実力を増した彼女が、だ。どちらも自分の力を完全に隠し切っているという事だな」

 

 レイヴェルの驚愕に対してヴァーリが現実を冷静に突き付けた所で、状況の変化に取り残されているライザーが一誠に確認を取る。

 

「それで、一誠。アイツ等は何者だ?」

 

 それに対し、一誠は極めて簡潔に答えた。

 

「黒いコートの男については僕も解らない。だが、女の子の事はよく知っている。……あの子は、オーフィスだ」

 

 これで、オーフィスとは面識のなかったライザーとシーグヴァイラ、そしてエルレの三人はようやく事態が極めて深刻である事を理解した。……それこそ、ホテルの敷地内にSS級「はぐれ」悪魔が潜伏している事など二の次となってしまう程に。

 

「一誠。あれがオーフィスなのか? あの女の子からは特に何も感じられないぞ。言ったのがお前じゃなかったら、性質の悪い冗談だと笑い飛ばしている所だな。……それが逆に恐ろしいと思える辺り、俺もそれなりに成長しているって事か」

 

 ライザーは発言者が一誠でなければ冗談としか受け取れない現状を前に、むしろ恐れを抱いてしまった。オーフィスと断言した少女からまるで強者の気配が感じられない事で、逆に自分との隔絶した力量差を実感してしまったからだ。それを察したのか、一誠はライザーにリアスと小猫の救援に向かう様に頼み込む。

 

「ライザー。済まないが、リアス部長と小猫ちゃんの救援には祐斗と元士郎の代わりにお前が向かってくれないか?」

 

「どういう事だ? ……いや、アイツ等は既にオーフィスに目をつけられているんだったな。この状況でアイツ等が行動を起こしたら、流石に向こうも反応するか。それなら、この場で動けるのは確かに俺だけになるな。解った、すぐに向かおう」

 

 オーフィスとの戦いについて話を聞いていたライザーは、オーフィスが一誠以外にも一誠の番いと見ているイリナやオーフィスと直接戦ってみせた者達に目を付けている事も知っていた。その為、一誠からの急な要請についても納得と共に快諾したのだ。それを受けて、一誠はリアスが既に念話で現状を伝えてきた事をライザーに教える。

 

「助かるよ、ライザー。それと今、リアス部長から念話が入った。どうやら黒歌の目的は妹の小猫ちゃんらしい。それとこちらの現状は既に伝えてある。後はリアス部長からの合図で突入する手筈になっているから、結界の前まで辿り着いたらそこで待機してくれ」

 

「解った。……一誠、お前は目の前にいるオーフィスに専念してくれ。その代わり、こっちの方は俺に任せろ」

 

「頼む」

 

 ライザーは一誠から二人の事を託されると、怪しまれない様に同伴者であるシーグヴァイラを伴って不審に思われない程度の速さでパーティー会場の出入り口の方へと移動を始めた。もちろんオーフィスもその同行者もそうした動きには気がついているが、ライザー達に興味がないのか、特に反応を示さなかった。そうして二人が無事に会場を後にした所で、セラフォルーにすら悟らせない程に己の力を完全に隠し切っているオーフィスについて、瑞貴が自らの推論を一誠に語る。

 

「ところで、今オーフィスが力を隠し切っている件についてだけど、どうもそれなりに鍛え直したらしいね。一度一誠に殺されかけた事で、オーフィスの中で何かが変わったんだろうか?」

 

「いや。以前の戦いでも、最後は自分とは異なる存在であるドライグと完全に同じオーラを引き出してみせたんだ。それを踏まえると、鍛え直したというよりは自分の中にある無限の可能性を見つめ直して、そこから新しい方向に開拓し始めたと言った方が正しいだろう」

 

「成る程ね。今までは力の大きさだけだったオーフィスの「無限」がより高次元なものになってきているという事か。ここまで来ると、いっそ何もかも投げ出したくなるね。そんな事やったって、全く以て意味はないんだけどね」

 

 世界最強を誇るオーフィスが更に成長するという余りに絶望的な事実を目の当たりにしながらも、それについて冷静に意見を交わし合う一誠と瑞貴に対してセタンタは少しだけ呆れてしまった。そして、いつでも戦える様に静かに意識を研ぎ澄ませていく。

 

「瑞貴さん、一誠さん。随分呑気な事を言っていますけど、それって全然洒落になっていませんよ。……まぁ向こうが()るってんなら、俺はただ一誠さんと一緒に戦うだけですけどね」

 

 しかし、今にも先手必勝とばかりに前に飛び出しそうなセタンタに対して、一瞬瞳を閉じたギャスパーが待ったを掛けた。

 

「……いや、セタンタ。それはちょっと待った方がいい。どうも厄介なのはウロボロスだけじゃなさそうだ」

 

「ご先祖のひい爺さんか?」

 

 セタンタがギャスパーの気配が変わった事を悟って本人に確認すると、バロールは軽く頷いた。そして、オーフィスの同行者について話し始める。

 

「ウロボロスに付き添っている黒いコートの男。あの男から微かに感じ取れるオーラには覚えがある。……まさか、生きていたとはね。クロウ・クルワッハ。「僕」としては嬉しさと驚きが半々ってところかな?」

 

 バロールから飛び出した爆弾発言に、この場にいた者達は驚きを隠せない。その中で最初に口を開いたのは、エルレだった。

 

「おいおい、ドラゴンの中でも特に厄介な部類になる邪龍の中でも筆頭格の一頭じゃないか。オーフィスはそんなのまで禍の団(カオス・ブリゲード)に引っ張り込んだのか? ……でもこうなってくると、地獄の鬼って新しい伝手があるのを差し引いても、戦力が全然足りないな。この際、冥界で一誠達の帰る家を守るつもりだった俺も一緒に闘える様に手配するべきかな?」

 

(尤も、俺程度じゃ雀の涙ほどの気休めにもならないんだろうけどな)

 

 エルレは一誠の戦いに自分も参戦する意志を示す一方で、この二人を相手に自分の力量ではあまり一誠達の助けにならない事も解っていた。ここで、グイベルが初めて話に加わってくる。

 

『クロウ・クルワッハか。そう言えば、巣立ちと同時にアルと別れてから暫くした頃に彼と会った事があったわね』

 

『姉者、それは本当か?』

 

 双子の弟とは言え、流石に初耳だったのだろう。アルビオンが確認を取ると、グイベルは当時の事を話し始めた。

 

『えぇ。まだドライグと会う前だったのだけど、その時は顔を合わせた瞬間に襲いかかってきたから会話らしい会話なんて殆どしてないわね。それに当時の彼ってそこまで強くはなかったから、軽く捻った後はそれで終わりにしてあげたのよ。まぁ、当時の彼はまだ自分の力を上手く使いこなせていなかったからだけど。ただそれが余程悔しかったのでしょうね。私の前から去る前に「お前と再戦する時まで、この地にはけして足を踏み入れない」なんて誓約(ゲッシュ)を立てていたわ』

 

『その時は未熟だったとはいえ、邪龍の筆頭格を軽く捻ってしまうとはな。流石だ、姉者』

 

 敬愛する姉の話をアルビオンは無条件で受け入れるが、クロウ・クルワッハと関係の深いバロールはそういう訳にもいかない。バロールは慌てて待ったをかけた。

 

「ちょっと待った。「僕」はクロウと契約した際にタンニーンの様な龍王達と比べても何ら遜色ないくらいの力を与えているから、たとえ力を使いこなせなくても大抵の相手はごり押しで勝てる筈だけどね。それを「そこまで強くはなかったから、軽く捻って終わりにしてあげた」って……」

 

 バロールはそれ以上言葉を続ける事ができなかった。嘘や見栄の類を言う様なグイベルでない事はここ最近の付き合いで解っていたからだ。しかし、グイベルはクロウ・クルワッハの力は以前とは違う事も伝えてきた。

 

『ただ、今のクロウ・クルワッハの力は私の知っている彼とは比べ物にならないわ。生前の私だとちょっと厳しいわね。それこそ生前のドライグやアル、それにアリスと同じくらいじゃないかしら?』

 

 グイベルから飛び出してきた衝撃的な言葉に一同が息を呑む一方で、アルビオンはある単語が気になったのでそれを尋ねてみた。

 

『姉者。今、生前の自分では厳しいと言ったな。では、一誠が波動の力の可能性を開拓した事で生前より確実に強くなっている今の姉者ならば、どうだ?』

 

 すると、グイベルから意外な答えが返ってくる。

 

『ソリタリーウェーブが上手く決まりさえすれば、今のクロウ・クルワッハが相手でも勝てると思うわ。ただ、そこまで持って行けるかどうか、こればかりはやってみないと解らないわね』

 

『……という事は、今の姉者にとって私やドライグはけして勝てない相手ではないという事か。それに真覇龍(ジャガーノート・アドベント)という私達が自ら戦う事のできる手段が既にある以上、私もドライグもうかうかしていられんな』

 

 口では「うかうかしていられない」と言いはしたものの、一誠という相棒を得た事で死してなお成長してみせた姉の事をアルビオンは内心とても誇らしく思った。そして、敬愛する姉が誇れる弟である様に更なる研鑽に励む事を密かに誓う。その一方で、一誠はオーフィスとクロウ・クルワッハにどう対処するべきか悩んでいた。

 ここでオーフィスの目的である「兵藤一誠の眷属化」を拒絶してしまえば、その瞬間にオーフィスとの戦闘が始まる。しかも、相手はオーフィスだけでなく、グイベルが二天龍と同等の域にまで力を高めていると判断したクロウ・クルワッハもいる。ただ、一誠達の方も四大魔王が勢揃いしている上に全盛期の力と勘を取り戻しつつある堕天使総督と堕天使としては最上位の戦闘力を持つ幹部二人もいる。更にはやての護衛に回っている事からこの場にいないレオンハルトとロシウを除いた歴代最高位の赤龍帝達が参戦可能であり、仲間達もここ一月余りで大きく成長している。その為、オーフィス達の圧倒的な力を前に即時全滅という事はまずないのだが、それだけにここで戦えば巻き添えによる被害が大きくなり過ぎる。特に冥界の生きた伝説である義父エギトフや大王家の現当主に被害が及んだ場合に悪魔勢力内のパワーバランスがどう転ぶのか、一誠ですら読み切れずにいた。

 

(ここでの戦闘は極力避けるべきだな。その為には……)

 

 ここで、一誠はオーフィスに向けていた視線を別の方向へ向けた。そこにいたのは、既に状況を把握して一誠達の方を見ているネビロス夫妻である。一誠は義父であるエギトフと視線を合わせた後、今度は側に控えていたジェベルの方に視線を向ける。これだけで全てを察したエギトフは軽く頷く事で許可を出し、同じく新たに仕える事となった若君の命令内容を理解したジェベルもまた胸に手を当てて頭を下げた。これで自分の意志はしっかりと伝わったと一誠は判断する。

 一誠がアイコンタクトでこうしたやり取りを密かに行っている中、グイベルとアルビオン、バロールの三人の話を聞いていたアジュカはふと疑問に思った事をそのまま口に出してしまった。

 

「こうなってくると、如何にボロボロだったとはいえ龍王あるいは天龍にも値するであろうグイベルの魂を、何故聖書の神はただの龍の手(トゥワイス・クリティカル)に封印したのだろうな?」

 

 すると、話が変な方向に向かい出したと悟った一誠が、慌ててこれ以上の話をやめる様に頼み始める。

 

「あの、この話はそこまでにしてくれませんか? このままでは、イリナが変な結論を出してしまいそうなので……」

 

 ……しかし、一誠のこの行動は僅かに遅かった。

 

「まさか、主のドラゴンを見る目が節穴だった? ……ううん。いくら異世界のドラゴンの因子があるとはいえ、主にお仕えするべき天使が流石にそんな事を考えたら不敬にも程があるわ。でも……」

 

 そう言って頭を横に振って悪い考えを追い出そうとするイリナを見て、エルレは一誠に既に手遅れである事を伝える。

 

「なぁ一誠。イリナの口から「神の目は節穴」って言葉が出ている時点で、既に手遅れの様な気がするんだけど」

 

「だから、今の話を早くやめて欲しかったんだ。イリナって割と思い込みが激しい所があるし、そのせいか時々とんでもない事を言ったりやったりするんだよ。いつもならその前に僕が止めているんだけど、今回はちょっと出遅れちゃったな」

 

 そうして返ってきた一誠の辛辣ともいえる言葉に、エルレは少々戸惑ってしまった。

 

「ヘ、ヘェ。イリナって、そんな所もあるんだ。それは流石に初めて聞いたな」

 

(一誠の奴、イリナに対しては割と遠慮とか容赦とかしないんだな。でも、気の置けない関係って案外こういうものかもしれないね)

 

 それと同時に、エルレは一誠とイリナのあり方を羨ましく思っている自分に気づいて、身内から男よりも男らしいとよく言われる自分にもこんな乙女心があったのかと少しだけ可笑しくなった。

 ……そうした賑やかなやり取りも、オーフィスとクロウ・クルワッハが一誠達の前に立った所で終わってしまった。

 

「ドライグ、久しい」

 

 オーフィスは一誠のみに視線を向けて話しかけると、自分の目的をハッキリと告げた。

 

「我、ドライグを迎えに来た。ドライグさえ連れていけば、番いの天使も他の者も皆ついて来る。だから、まずはドライグを確実に連れていく。その為にクロウ・クルワッハを連れてきた」

 

 ここまで真っ直ぐに目的を告げられた上に後ろにいるクロウ・クルワッハも既に臨戦態勢に入っている以上、下手に話を逸らしても効果はない。そう判断した一誠がオーフィスの言葉にどう切り返すべきかを悩んでいると、一誠の側にいたアウラがオーフィスに話しかけた。

 

「ねぇ。一つ訊いてもいい?」

 

 アウラに問い掛けられたオーフィスは、ここで初めて一誠以外に視線を向けた。これで自分の言葉を聞いてくれると判断したアウラは、早速オーフィスに質問する。

 

「どうして、あなたはパパをお人形さんにしてしまおうとするの?」

 

 すると、オーフィスは何故か首を傾げた。そして、そのまま答えを返す。

 

「人形? 我にそんなつもりはない。ただドライグには我と契約を交わしてから、我の眷属として一緒にグレートレッドと戦ってほしいだけ」

 

「でも、あの時は確かにあなたの力でパパの心が消えそうになってたんだよ? だから、パパも小父ちゃん達も一生懸命頑張ったのに」

 

 アウラが改めて「蛇」を入れられた時の一誠に何が起こっていたのかを伝えると、オーフィスはますます理解できないといった表情を浮かべた。

 

「あの「蛇」、我の力でドライグを強くするのと同時に我とドライグを繋ぐ為のもの。ただ、それだけ」

 

 ここでオーフィスの勘違いに気付いた一誠は、それをオーフィスに指摘する。

 

「オーフィス。お前は一つ、大きな勘違いをしている。それでは僕はお前の眷属ではなく、端末になってしまう。だから、あの「蛇」は宿主である僕の精神を消去する特性を持ってしまったんだ」

 

「端末? ……眷属と何が違う?」

 

 端末と眷属の違いが解らないオーフィスは一誠にその違いが何なのかを尋ねてきた。一誠はそれをこの場での戦闘を回避する好機と判断して、まずは端末と眷属の違いについて説明する。

 

「眷属の場合、主従関係ではあるが「個」と「個」の繋がりがある。その一方、端末は主が遠隔操作する唯の操り人形で「個」と「個」の繋がりなんてものはない。お前はその違いを理解していなかったから、アウラが今言った様な事が起こったんだ」

 

 更に、一誠は今のオーフィスのやり方では望み通りの成果がけして得られない事も伝える。

 

「それに、僕がそんなものになってしまえば、真聖剣はけして応えてはくれないだろう。真聖剣が、そして星の意思が認めてくれたのはあくまで僕の心であって、体でも魂でもないのだから。それではお前の望みは叶わないんじゃないか、オーフィス?」

 

 一誠の説明が終わると、オーフィスは肩を落としてしまった。自分ですら知らなかった無限の力のカラクリを解き明かしてみせた事で、オーフィスは味方である筈の禍の団のメンバーよりも一誠の事を信用しているところがある。その為、一誠の説明を素直に受け入れたオーフィスは少し考え方を変える事にした。

 

「それなら、どうすればドライグは我の眷属になってくれる?」

 

 オーフィスから懇願とも取れる言葉が飛び出したのを受けて、一誠は流れが変わったと判断した。そこでオーフィスに揺さぶりをかける。

 

「さぁ? そもそも、僕がオーフィスの眷属になればどんなメリットがあるのか。それに眷属となる代価としてオーフィスが僕に何を与えてくれるのか。そういった事をまるで教えてもらっていない以上、僕には答えようがないよ。これでも僕は悪魔の一員だからね。契約に関してはちょっと煩いよ」

 

(さて、これでどう出る?)

 

 すると、オーフィスは一誠の話に乗ってきた。

 

「……解った。今日はドライグと話をする。ドライグと戦わずにドライグが我の眷属になるのなら、我もそっちの方がいい」

 

 オーフィスが交渉の席に座る意志を示した所で、一誠の命令を遂行し終えたジェベルが一誠に声をかける。

 

「若様、お持て成しの用意ができました」

 

 これを受けて、一誠はジェベルに案内を命じた。

 

「そうか。では、執事長」

 

「畏まりました。若様、オーフィス様。こちらです」

 

 そう言ってジェベルが手で指し示した先には、座席が向かい合わせに置かれたテーブルがあった。一誠のアイコンタクトによる命令を受けたジェベルが、一誠とオーフィスがテーブルを共にできる様に急遽準備したものである。それにも関わらず、そのテーブルには乱れというものが全くなく、まるで最初からその為に用意されていた様であった。その見事な仕事ぶりに、一誠はジェベルを称賛する。

 

「見事だ、執事長」

 

「お褒め頂き、誠に有難うございます」

 

 そして、一誠はジェベルにオーフィスとの交渉の席における給仕を命じた。

 

「執事長、この席の給仕を任せたい。他の者に任せるには、少々荷が重過ぎる」

 

「元よりその心積もりでした。お任せ下さい、若様」

 

 ジェベルが一誠の命を受けた後、一誠とオーフィスは向かい合わせに用意された席に座る。すると、アウラが一誠に声を掛けてきた。

 

「ねぇパパ。あたしも一緒に座っていい?」

 

 アウラからの頼み事に対して、一誠はアウラの同席を認めないつもりだった。しかし、オーフィスを交渉の席に座らせる事でこの場での戦闘を回避できた最大の功労者はアウラである事を思い出した。

 

「解ったよ、アウラ。それで、席は僕の隣でいいかな?」

 

「ウン!」

 

 そこで、あえてアウラの同席を認める事にした。ここまでの経緯から、自分よりもアウラの方がオーフィスも話を聞いてくれるかもしれないと判断した為だ。また、アウラとオーフィスのやり取りを見ている内に、一誠もまたオーフィスに対する見方が変わってきた。

 

 ……オーフィスと精神的に最も近いのは、幼く純粋なアウラなのかもしれない、と。

 

 こうして、悪魔の超越者二人と堕天使総督という冥界の首脳陣が見守る中、兵藤一誠とオーフィスの対談が始まった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

……どうやら、アウラはまた一つ伝説を作ってしまった様です。

では、また次の話でお会いしましょう。

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