未知なる天を往く者   作:h995

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第十一話 黒と白の二重唱

Side:リアス・グレモリー

 

 かつてヴァーリが禍の団(カオス・ブリゲード)で作ったチームの一員でありながら、唯一ヴァーリ達から離れて禍の団に残った黒歌が小猫を連れ去りにやってきた。ただ黒歌にしてみれば、比較的安全な場所にいた筈の妹がいつの間にか命がいくつあっても足りない過酷な戦場に巻き込まれようとしているのを知って、慌てて迎えに来たといったところだろう。それに対して小猫が姉からの巣立ちによる訣別を宣言し、それを黒歌が拒んだ事で血の繋がった姉妹同士の戦いが始まった。……でも、その戦いが進むにつれて私は驚きを隠し切れなくなっていた。

 

「同じ仙術使いでも、ここまで差が出るものなの……!」

 

 一方は為す術なく、ただ無残にやられていた。放たれる攻撃の全てを制圧されて、為す術がないままに攻撃を受ける。何とかダメージを最小限にはしているけれど、それでも速攻から持久戦に切り替えてしまえば何ら問題ない程度だった。それだけに、私の目の前で繰り広げられている光景を受け入れられる者は殆ど居ないだろう。

 

 実力は最上級悪魔に匹敵すると言われるSS級「はぐれ」悪魔、黒歌。

 

「既に猫又として成熟している私が、まだ成熟してない筈の白音に手も足も出ないなんて。どうしてこんな事になっているの? まさか白音が言った通り、白音は私なんてもう必要ないっていう事なの?」

 

 ……その黒歌が、まだ成熟していない上にあらゆる経験が下回っている筈の小猫に一方的にやられているのだから。

 

 

 

 小猫の決別宣言を黒歌が拒絶する形で姉妹対決が始まると、黒歌はまず自らの妖気で作ったと思われる霧をこちらに放ってきた。私は「探知」を即座に発動して調べてみたけど、この霧は悪魔や妖怪に対してのみ有効な毒で構成されていた。きっとこれで私と小猫を無力化した後で小猫を連れ去り、私をそのまま放置するつもりみたいね。格上を相手にしている以上は私に構う余裕なんて小猫にはないと判断した私は、体に薄く「滅び」の魔力を纏う事で自分の身を守ろうとした。でも、小猫が「()ッ!」という独特の掛け声と共に毒霧に向かって指を差した瞬間、毒霧が霧散してしまった。小猫は毒霧を構成する妖気に自分の気を送り込む事で妖気を散らして毒霧を無効化したのだけど、お陰で私が自分の身を守ろうとした意味がなくなってしまい、何とも言えない気分になる。

 

「確かに、この毒霧はとても強力です。でも我流の為か、力の練り込み方がかなり甘いです。この程度なら、まだ仙術を齧ったばかりの私でも何とか制圧できます。まして計都(けいと)師父だったら、毒霧を出そうとした瞬間に妖気ごと制圧されてしまいますよ。黒歌」

 

「クッ! この毒霧は初見でこんな簡単に攻略されるものじゃないのに!」

 

 毒霧を制圧した小猫は容赦のない言葉で黒歌の心を乱して隙を作ると、再び縮地法を用いて黒歌の懐に入る。そして、武術に疎い私ですら美しいと思える程に一切の無駄のない動作で正拳突きを放った。小猫の一撃を食らった黒歌は、呻き声を上げる事すらできずに木を何本も折りながら吹き飛ばされていく。

 

「……真拳」

 

 放った後で技の名前を言う小猫だけど、黒歌がとっさに僅かでも後ろに飛んだ事でクリーンヒットには至らなかった事を悟って眉間に皺を寄せた。一方、かろうじて直撃だけは避けた黒歌は、吹き飛ばされたのを利用して小猫からある程度の距離を確保できた。

 

「それなら、これでどうかしら!」

 

 そこで黒歌は魔力を一気に高めた後、猫の妖怪としての俊敏性を活かした高速移動で一箇所に留まる事無く強力な魔力弾を連射し始めた。魔力弾の威力については流石にレイヴェルのカイザーフェニックス程ではないものの、それでも朱乃の雷光を確実に上回っている。それを連発できるのだから、実力は最上級悪魔と同等というのはけして間違ってはいなかった。それに対して小猫は俊敏性を強化する軽身功を使って魔力弾を回避しながら黒歌を追い駆けていくけれど、流石にイッセーや計都の様に動きながら縮地法を使う事はできないのでなかなか黒歌との距離を詰められずにいる。黒歌はこのまま小猫との距離を確保しつつ遠距離からの攻撃を繰り返す事で、格闘戦に特化している筈の小猫に何もさせないつもりなのだろう。しかも、いつの間にか黒歌の人数が増えていて、気がつけば十人程の黒歌が縦横無尽に森の中を駆け巡りながら小猫に魔力弾を放ってきている。

 ……計都に師事する前だったら、小猫はその内に数の暴力に押されて対処し切れなくなっていた。でも、今の小猫にその手は通用しない。

 

「疾ッ!」

 

 小猫が掛け声と共に魔力弾に向かって手をかざすと、五本の雷が轟音と共に降り注いで黒歌の魔力弾を全てかき消してしまった。五本の雷を轟音と共に落とす事で破邪の法とする五雷亮響の術だ。この術は妖術や魔力に対して特に効果がある。小猫は術が有効な内に大きく息を吸ってから息を詰めた後、その場に立ち止まると同時に走り回っている黒歌達の全てを無視して全く違う方向を向いた。そして両拳を上下に重ねて筒を作るとそのまま口の前に持っていき、「疾ッ!」という掛け声と共に詰めていた息を吹き付ける。

 

「にゃっ!」

 

 すると、小猫が向いている方向から黒歌の悲鳴が聞こえてきた。それと同時に今まで見えていた黒歌達の姿が全て黒猫のものへと変わり、新たに右肩を押さえて蹲った黒歌が現れる。押さえた右肩からは鮮血が流れ出ていた。さっき毒霧を調べる際に発動した「探知」はそのままにしてあるから、私は小猫や黒歌のやっている事が解る。因みに、小猫が黒歌への攻撃に使ったのは「気鑽(きさん)」の術。天地の霊気を大量に含んだ息を両手で作った筒の中で圧縮・加速する事で全てを穿つ霊風の弾丸を放つというものだ。ただ、小猫が凄いのはそこじゃない。

 黒歌は駆け回る途中で攻撃力のある式神を出して幻術で自分の姿へと変えた後、別の幻術で自分の姿を隠して式神と入れ替わっている。そうして少しずつ自分の姿に変えた式神を増やしながら小猫が式神からの攻撃に手一杯になった所で奇襲するつもりだったのだ。どちらも「探知」を発動させていなかったら、私では見破れなかったでしょうね。

 でも、小猫は黒歌の数が増えた時点で仙気を目に集めて、真っ赤な瞳と金色の虹彩を持つ火眼金睛へと変えた。この目になると余程高度な物でない限り、妖術や幻術を打ち破って真実を見抜く事ができる。それによって、小猫は黒歌の幻術の全てを打ち破り、正確に攻撃を当てる事ができたのだ。なお、この火眼金睛もまた八卦と同様に仙術もしくは道術の基礎となる術の一つであり、同時に仙人や道士が妖怪に対して優位に立てる要素の一つでもあるのだけど、使うのが計都クラスの道士や仙人になるとただ目を合わせるだけで「妖」や「魔」に属する者の力を制圧して動けなくしてしまうとの事だった。計都がかの孫悟空こと闘戦勝仏に手傷を負わせたという話も、これなら納得よね。

 ……それだけに自分の作戦に必勝を期していた黒歌の動揺はとても大きく、離れた場所にいる私からでもハッキリと解るくらいに顔に出ていた。何せ、自分の使用する全ての術が全く通用していないのだから。しかも相手は自分より遥かに経験が劣る筈の実の妹。そしてこの現状は、小猫が既に姉の元を離れて独り立ちできる程の力を得ている事を示していた。その結果、さっきの黒歌の言葉に繋がったのだ。

 

 血の繋がった実の妹を敵地に置き去りにした挙句に何年も放置し続けておきながら、どうしてそんな言葉を未練がましくも本人の前で言えるのか。……黒歌側の事情を「探知」の応用である連鎖の爆発で知っていなければ、きっとこの場で今思った事をそのまま口にしていたと思う。

 

 主殺しを実行した際、黒歌はその為に必要な力を得ようと仙術を使って外の気を必死に集める余りに一緒に邪気を大量に取り込んでしまった。その結果、邪気による暴走で理性を失った黒歌は主を殺害した後、駆け付けてきた眷属達とも大立ち回りを演じている。そして生存本能に従ってその場から一目散に逃走してしまったのだ。その後、かなりの時間が掛かったものの取り込んだ邪気が薄れた事で正気に戻った黒歌は、仙術の暴走で我を失っていたとは言え置き去りにしてしまった最愛の妹がどうなったのかを自らの手で調べ上げている。因みに、小猫はその時点で既にお兄様に保護されていたものの、敵意と殺意に囲まれて幾度も虐待を受けた事で精神が崩壊寸前だった。姉の名前を聞いた時が特に酷く、その時まで全く反応していなかったのが嘘の様にただひたすら恨み節を吐き続けた。かと思えば、突然恐怖に震えながら泣き喚き、更には必死に助けを求める事もあるなど反応がバラバラで情緒が非常に不安定だった。そんな状況でもし黒歌が小猫の前に姿を見せようものなら、それが切っ掛けで小猫の精神が完全に破綻していたと思う。それだけ、当時の小猫は精神的に追い詰められていたのだ。そして、小猫を取り戻そうと密かに様子を窺っていた黒歌は、そんな小猫の悲惨な姿を目の当たりにしてしまった。

 

 ……だから、当時の黒歌は小猫を迎えにいくのを断念した。いえ、断念せざるを得なかったと言うべきね。当時の小猫にとって、自分こそが最も会ってはいけない存在だったのだから。

 

「どうして、仲の良かった姉妹がここまですれ違う事になってしまったのかしらね……」

 

 小猫が黒歌の事で苦しみ、そして立ち直っていったのを間近で見てきた私は、黒歌に関する真相を知ってしまった事で何とも言えない複雑な感情を抱いてしまった。でも、事ここに至っては私にできる事なんてもう何もない。後はこの姉妹がお互いにどんな答えを出すのかを見届けるしかなかった。

 ここで小猫と黒歌の姉妹対決に目を戻す。ただ、もはや黒歌が勝機を見出すには格闘戦しかない。何せ、妖術に魔力、幻術、そして実は切り札の一つだった毒霧さえも小猫には通用しなかったのだ。それなら、小猫に接近して体に一撃加えると同時に気の流れを乱す事で小猫を無力化するしかない。でも、小猫が最も得意とするのがその格闘戦である以上、完全に一か八かの博打になる。だったら、ここで一度逃げて体勢を立て直してから再戦すればいいと普通は思うのかもしれないけれど、それでは自分の負けを認めなければならないし、同時に再戦するまでの僅かな間であっても小猫が独り立ちして自分の元を離れる事を認める事になる。小猫を手放したくない黒歌にとって、それだけはけして認められないのだろう。

 そこで、黒歌は一計を案じた。もう一度毒霧を、しかも自身の姿が隠れる程の濃さで展開してきたのだ。このままでは制圧が間に合わずに、私にまで毒霧が届いてしまう。一応さっきの備えはそのままにしてあるけど、小猫は私の手を煩わせたくなかったのか、胸の前で手印を組むと軽く呪文を唱えて息を吹き出す。すると、小猫の息は強烈な霊気を含む炎となって毒霧を全て焼き払ってしまった。牛魔王の息子で西遊記にも登場している紅孩児も使用している三昧真火の術だ。流石に紅孩児の様に竜王の降らせた滝の様な雨を物ともせずに闘戦勝仏を瀕死に追い遣る様な常軌を逸した威力こそ出せないものの、猫又が火車(カシャ)という火に関連する能力を持つ事から小猫との相性が良く、通常よりも強力な炎が出せるらしい。でも、私を気にして毒霧の対処を優先してしまった為に、気配を殺す事に全力を注いだ黒歌が小猫の懐まで踏み込んでしまった。そして、黒歌は小猫の脇腹にその手を添える。

 

「もらったわ!」

 

 黒歌は確かに自分の気を流し込んだのだろう。これによって、小猫は気の流れを乱されて体の自由を奪われてしまう筈だった。……でも、あの計都がこの様な事態を読めない筈がなかった。

 

「残念ですけど、それも私には通じません。計都師父からは、仙術の基礎である気功術の対策も叩き込まれています」

 

 黒歌が添えた脇腹とは逆の脇腹に自分の手を添えた小猫の声が、黒歌の最後の希望を打ち砕く。逆方向から同質の気を流した事で、黒歌の気を相殺したのだろう。そして、勝負を賭けた一撃が完全に無効化された事で呆然としている黒歌の致命的な隙を、小猫はけして見逃さなかった。

 

「これが、今の私でも扱える仙術の奥義!」

 

 小猫は黒歌の鳩尾に利き手を添えると、そこから筋力強化の剛身功、身体の気を活性化させる内気功、天然自然の気を取り込む外気功を一度に発動する。

 

「仙気、発剄!」

 

 そして、足を踏み込むと同時に全身の力を黒歌の鳩尾に当てた利き手に集約、高めた気と共に一気に放つ。それによって相手の内臓と気脈を完全に破壊するという、タンニーンとのエキシビジョンマッチでイッセーも使った仙術の奥義、仙気発剄だ。小猫が勝負を賭けた仙気発剄が発動してから数秒の間、辺りは完全に静まり返っていた。そして、小猫が黒歌の鳩尾に添えていた手をゆっくりと引いて一歩下がる。

 

「……し、ろ……ね…………」

 

 黒歌が力無くそう呟くと、ゆっくりと崩れ落ちていった。どうやら完全に気を失ってしまったみたいだ。……小猫が自分から離れていくのが余程嫌だったんだろう、その顔は涙で濡れていた。

 

「黒歌。仙術以外の全てにおいて勝っていた貴女が私に負けた理由はたった一つ。……そう、たった一つだけなんです」

 

 黒歌が完全に戦闘不能となったのを確認した小猫は、ただ淡々と今回の敗因を語りかける。

 

「私は今の貴女を知っていたけれど、貴女は今の私を知らなかった。ただ、それだけです」

 

 実は、計都は小猫に頼まれて八卦を使った時、この日、この時、この場所で小猫が黒歌と対峙する運命にある事を知った。そこで黒歌の持っている能力の全てを八卦を使って暴くと共に、黒歌に勝ちたいという小猫の意を酌んでその対抗策を徹底的に仕込み、対黒歌に特化させた。本来ならもっと時間をかけて修得させるべき縮地法や気鑽を強引に修得させたのもその為。小猫が極めて短い期間で黒歌に勝つには、それしかなかったのだ。逆に言えば、黒歌以外の相手では総合力では黒歌に劣る私やソーナにも負けてしまう様な脆さが今の小猫にはあるので、疎かにせざるを得なかった基礎の固め直しが小猫の今後の課題だ。

 

「そうじゃなかったら、今ここで倒れていたのはきっと私だった筈ですから」

 

 ……でも、小猫の顔からは、そうまでして掴み取った勝利の喜びなんてものはまるで感じられず、むしろ姉に対する哀しみと巣立つ事への寂しさがそこにはあった。

 

「置き去りにされてから何度も生き地獄を味わっては、その原因となった貴女の事を恨みに思った時もありました。邪気を取り込み過ぎてただひたすらに暴れ回る貴女の姿を思い出しては、その恐ろしさに怯えて泣き喚いた事もありました。でも、それでも私は貴女の事を変わらずに愛し続けて、いつか迎えに来てくれるとずっと信じて待っていました。そして、色々な人達の支えや導きで貴女への恨みや怯え、そして甘えを振り払って自分の足で立つ事のできた今なら、貴女の今後の幸せを心から祈る事ができます」

 

 そして、小猫は自分の想いの全てを黒歌に伝えていく。黒歌は気絶しているけれど、だからこそ言える事なのでしょうね。……小猫のこんな想いを直接聞いてしまったら、黒歌はきっと自分で自分を許せなくなってしまうから。

 

「……さようなら、黒歌姉様。次に会う事があれば、貴女の後ろに隠れている白音(わたし)ではなく、目の前に立っている塔城小猫()を見て下さいね。たとえ、その時にはまだ敵同士であったとしても」

 

 最後に黒歌への別れの言葉を告げた時、小猫は穏やかな笑みを浮かべたまま一粒だけ涙を零していた。そんな小猫にかけるべき言葉を見つけられない自分自身が、余りに情けなくて仕方がない。やがて、小猫は涙を振り払うとそのまま私の元へと戻ってきた。……空から人影が降りて来たのは、その直後だった。

 

「あっちゃ~。どうやら間に合わなかったみたいだぜぃ。まぁ想像とは真反対だった分、まだ良かったと言えるのかもしれないけどねぃ」

 

 ……自他ともに認めるセタンタ君のライバル、美猴だ。彼はこちらから尋ねる前に、自分からどうしてここに来たのかを説明し始めた。

 

「二人とも、何故俺っちがここにいるんだって顔してるなぁ。それなんだけどな、今日のパーティーにはヴァーリと一緒にクローズの奴もこっちに来てるだろ? それで弟分が可愛いルフェイに頼まれて、隠密行動に長けた俺っちがこっそりこっちの様子を見に来たって訳さ。そうしたら、何か空間がいい感じで歪んでいるのを見つけてなぁ。しかも明らかに覚えのあるモンだったから、それで急いでこっちに駆け付けて来たんだけどよぅ。まさか、妹を攫いに来た黒歌がその妹に返り討ちにされているとは思わなかったぜぃ」

 

 美猴はそう言うと、小猫に対して感心する様な素振りを見せた。そして、小猫の師匠である計都に話が及ぶ。

 

「それにしても、黒歌の妹を短期間でここまで仕込んじまうとはねぇ。計都のオッサンも大したモンだぜぃ。あの化物ジジィをして「最後に出会った強敵」なんて言わしめたのは、けして伊達じゃないって事かねぃ」

 

 実は、ヴァーリが仲間と共に早朝鍛錬の参加を申し出た時に美猴は計都に一度挑んでいるのだけど、計都が中指で美猴を指差しただけで全く動けなくなるなんて散々な結果で終わっている。何でも直接触れる事無く点穴を突いて気の流れを止めてしまう点断の術というものがあるみたいで、この時は美猴に全身麻痺の点断を使用したとの事だった。それ以来、美猴は仙術使いとしては明らかに格上である計都に対して、自分の祖先である闘戦勝仏が強敵と認める程の強者として一目置く様になっている。

 

「私の自慢の師父ですから。それに、あのイッセー先輩を育て上げた実績もあるんです。指導者としても優秀なのは、今更言うまでもありません」

 

 小猫は自分の師匠を褒められた事で堂々と胸を張っている。それについては私も異論はないけれど、今の小猫の素振りがまるでイッセーの事を自慢しているアウラちゃんみたいで少し可笑しかった。まぁ親子でも別におかしくない年齢差なので、あるいは心の何処かで計都の事を父親の様に思っているのかもしれないわね。そんな小猫の感情を察したのか、美猴は「まっ、それもそうだな」と軽く笑みを浮かべて話を切り上げると、そのまま小猫に黒歌の容体について尋ねてきた。

 

「ところでよぅ。その計都のオッサン仕込みの結構ヤバそうな一撃が綺麗に入っちまっていたけど、黒歌は本当に大丈夫なのかい?」

 

 美猴からの問い掛けに対して、小猫は淡々と答えていく。

 

「仙気発剄については手加減しました。だから、死ぬ事はないと思います。ただ気脈が完全に機能不全に陥っているので、数日は身動き一つ取れません。むしろ、手加減の利かない気鑽による右肩の傷の方が重傷の筈ですが……」

 

 その小猫の見立てを受けて、美猴は自らも黒歌の状態を調べた上で右肩の傷に処置を施して止血した後、小猫の見立てに対して納得した様な表情を浮かべた。

 

「……確かに体の方は気が上手く流れていないから数日は動けねぇだろうが、後遺症は特になさそうだぜぃ。右肩も綺麗に風穴が開いちまっているが、この程度の傷なら計都のオッサンに幾つか分けてもらった薬丹があるし、他にも治す手立てはいくらでもあるからな。こっちもあんまり気にしなくてもよさそうだねぃ。まぁ結果としちゃ、俺っちが黒歌を抑える手間が省けたってところか」

 

 ここで美猴は表情をやや苦いものへと変えた。そして、とても言い辛そうな素振りで話を始める。

 

「それでな、黒歌の「はぐれ」の件について俺っちが言うのも何だけどよぅ……」

 

 ここまで聞いた時点で美猴がこちらに何を頼みたいのかを悟ったので、私が黒歌の「はぐれ」に関する事情を知っている事を美猴に伝える。

 

「そちらについては、私の方からお兄様達に話をしておくわ。私はさっき「探知」の応用法を使った事で黒歌の主殺しに関する真相を知っているのよ。……八卦で天数を読んだ小猫もね。ただ今回、それでも小猫が黒歌と戦ったのは、小猫が独り立ちする事を黒歌に認めさせるって目的があったからなのよ。そうする事で黒歌を自分という柵から解放する為にもね」

 

 私の説明を聞き終えた美猴は、納得した表情を浮かべた。

 

「……そういう事だったのかい。それなら、黒歌が今回やった事にも少しは意味があったって事だねぃ」

 

 ここで黒歌が気を失った事で結界も解けたらしく、結界の外で待機していたライザーが駆け付けてきた。そして、私達に声を掛けてくる。

 

「どうやら終わった様だな、リアス。小猫もよくやった。お前が姉越えを果たした事を、レイヴェルはきっと自分の事の様に喜ぶだろう」

 

 すると、美猴は気絶している黒歌に対して同情的な視線を向けた。

 

「あらら。こりゃ黒歌もツキがなかったねぃ。仮にここで妹に勝っていたとしても、次にライザー・フェニックスが控えていた訳かい。これじゃどっちにしろ、黒歌は望みを叶えられなかっただろうなぁ」

 

 美猴はそう言うと、話題を大きく変えて来た。

 

「ここで話はコロッと変わるけどよぅ、イッセーが上級悪魔に昇格するのに合わせて冥界でも最古の名家と言われるネビロス家の次期当主として完全に独立したって聞いたぜぃ。俺っちとしてはイッセーに直接祝いの言葉を掛けたかったんだけど、流石に今は無理そうだから一先ずイッセーの主だったアンタにオメデトウって言わせてもらうぜぃ」

 

 美猴がイッセーの昇格と独立のお祝いを告げた所で、小猫が私にイッセーの事について尋ねてくる。

 

「……部長、さっきの話ですけど」

 

「イッセーは今それどころじゃないって事かしら?」

 

 私が確認を取ると、小猫は深く頷いた。……そうね。SS級「はぐれ」悪魔が潜入しているなんで普通ならパーティーが中止になるくらいの緊急事態なんだけど、それよりも優先される様な事態が発生しているなんて小猫じゃなくても気になるわね。私はライザーの方を見ると、ライザーが頷いて説明役を買って出てくれた。

 

「それなら、パーティーのメイン会場から動けなくなった一誠の代わりに救援を頼まれた俺から説明しよう。……と言っても、事態の深刻さはすぐにでも理解できるんだがな」

 

 そして、ライザーはパーティー会場で発生している緊急事態について説明した。

 

「今さっき、一誠を狙ってオーフィスがパーティー会場に現れたんだよ。しかも、明らかに強そうな仲間と一緒にな。それで本当なら眷属悪魔で一誠とは離れていた事から動き易い祐斗と元士郎をこっちの救援に向かわせる予定だったんだが、アイツ等は前回の戦いでオーフィスから目をつけられているみたいでな。それでオーフィスとの接点がなくてノーマークな俺がこっちに来たって訳だ」

 

 ……本当、イッセーってどうしてこうもトラブルに見舞われるのかしら? それとも、これも強い力を引き寄せるというドラゴンの宿命なのかもしれないわね。そんなイッセーの今後を思うと、私は溜息を吐きたくなった。

 

Side end

 

 

 

「パパ。このバナナ、とっても美味しいよ!」

 

 僕の隣で美味しそうにバナナを食べているのは、僕の大切な娘であるアウラ。

 

「これ、おいしい」

 

 右手に食べ掛けのバナナを握ってそう語るのは、僕の元へと訪れた招かれざる客人。

 

「お気に召されましたか?」

 

 その様子を見て即座に伺いを立てるのは、ネビロス家が誇る執事長。ジェベル・イポス。

 

「ウン!」

 

 アウラが笑顔で応える一方で、招かれざる客人も心なしか嬉しそうな表情を浮かべる。

 

「……我、これをもっと食べる」

 

「あっ、だったらあたしも!」

 

「承知致しました。直ちにお持ちしましょう」

 

 招かれざる客人からの要望にアウラも同意したのを受けて、ジェベル執事長がバナナの調達の為にテーブルから離れる。そこで、招かれざる客人は向かいに座る僕の方へと視線を向けた。

 

「……ドライグ、前に戦った時とは比べ物にならないくらいに強くなっている。光の力も、ドライグ自身も。我、新しい仲間を探したのはやはり正解だった」

 

 そう語る招かれざる客人の名は、オーフィス。今から二月程前に僕を狙って駒王学園を襲撃してきた、この世界における最強の龍神だ。

 

 ……僕は今、最強の敵とテーブルを共にしていた。ただ、問題はそれだけではない。

 

 オーフィスと一緒にやってきた黒いコートの長身の男。僕とギャスパー君に視線を向けるこの男は、金と黒が入り乱れた髪と右が金で左が黒という特徴的なオッドアイという容貌をしているが、纏っているオーラが余りに濃密で精神世界で会ったドライグとほぼ同等の強さを感じられる。また、ある意味で同郷と言えるグイベルさんとは顔見知りであり、その出会いを境に人間界と冥界を回りながら己の研鑽に励んでいたという。そうした長年の研鑽の結果、僕が今まで出会って来た存在の中でも特に桁外れだったオーフィスに次ぐ、それこそ全盛期のドライグやアルビオン、そして三千大千世界様と同等クラスの強さを得るに至ったのだろう。

 

 それほどの強者である彼の名は、クロウ・クルワッハ。三日月の暗黒龍(クレッセント・サークル・ドラゴン)という別の呼び名を持つ、邪龍の筆頭格にして最強の一角だ。

 

 ……そして、これだけの強者を味方に引き込んでしまう程、僕を己の眷属とする事にオーフィスは拘っていた。

 




いかがだったでしょうか?

拙作では、必要に応じて原作キャラの登場を大幅に繰り上げています。

では、また次の話でお会いしましょう。

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