未知なる天を往く者   作:h995

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第十話 巣立ちの刻

 僕が義父上との養子縁組によってネビロス家次期当主に指名された事、それに伴って眷属契約を解約して本当の意味で独立する事をサーゼクスさんから発表された。更にその後で義父上と大王家現当主から飛び出した爆弾発言と立て続けにサプライズが発生した事で、パーティー会場は完全に静まり返ってしまった。やがてパーティーが再開されたものの暫くは静かなままで、パーティーの出席者達がようやく再起動を果たしたと思ったら、真っ先にしたのは演壇から降りて改めてネビロス家の次期当主として義父上と義母上、そしてジェベル執事長と共に挨拶周りに向かおうとしていた僕への挨拶だった。余りにも立て続けに声を掛けてくるのでまずは落ち着いてもらう様に声を掛けようとしたのだが、その前にジェベル執事長が動いた。

 

「皆様。どうか若様へのご挨拶は、旦那様に近い方から順番でお願い致します。他の方は申し訳ございませんが、今暫くお待ち下さい」

 

 執事長はそう言うと、この場を一気に仕切ってしまった。……あまりに手慣れている事から、この様な事は日常茶飯事なのだろう。そこで、義父上が僕に声を掛けてきた。

 

「一誠。今、声を掛けてきた者達の顔は全員覚えたな?」

 

「はい。先に名乗られた方についてはお名前も一致させています。ですが、義父上からかなり離れている方については少なからずお待たせする事になりますので、まずは他のご用件を優先して頂きましょう。しかる後にこちらから改めてご挨拶に伺うという事で」

 

 尋ねられた事に答えるついでにどう対応するべきかを伝えると、義父上は特に反対する事なく僕の意見を受け入れてくれた。

 

「ウム、それで良かろう。因みに、貴様なら別に小分けにせずともきっちり応対できたであろう?」

 

 ……ここでYesと答えてしまうと流石に不遜に過ぎるので、あえてお茶を濁す事にする。

 

「義父上のご想像にお任せ致します」

 

「フッ。言いよるわ」

 

 口元に軽く笑みを浮かべる義父上の反応から、完全にバレている事はすぐに解った。やはり、義父上に隠し事はまずできないらしい。すると、義母上が口元を手で押さえてクスクスと笑い出した。

 

「あらあら。二人とも、やっぱり似た者同士ね。今のやり取りを聞いて、皆さんが唖然としていますよ」

 

 確かに、我を争う様にこちらに声を掛けに来ていた方達は揃って呆然としている。その反応に対して、義父上が少し首を傾げながら僕に確認を取ってきた。

 

「……一誠。儂の言った事はそれ程難しい事だったか?」

 

「多くの者達を束ねるのであれば、できて当然である。私はそう教わっていますが、それ故に普通であればそうそうにできる事ではないとも思っています」

 

「フム。儂は気がつけばそれができる様になっておったからな。そういうものだとばかり思っていたのだが、どうやら違っていた様だな」

 

 義父上は僕の答えに納得する素振りを見せたのだが、その際に口にした内容には僕も流石に驚いた。一度に多くの人間から報告を受け、それぞれに対応した指示を出さなければならない立場であれば、これは必須のスキルである。僕はロシウからそう教わっているし、実際に何度も練習した末に修得したスキルだ。それを義父上は「気がつけばできる様になっていた」のだから、凄まじいとしか言い様がない。そうしたやり取りを義父上と交わしていると、ジェベル執事長が声を掛けてきた。

 

「旦那様、若様。お戯れはそれくらいに為された方が」

 

 ……別に遊んでいる訳ではないのだが、あえてそれを口には出さない。出せば顰蹙を買ってしまいそうなのが、雰囲気から容易に察せられたからだ。義父上も同様だったらしく、まずは話を元に戻す事にした様だ。

 

「おっと、そうだな。貴重な時間を割いて我等の元に来られたのだ。それを我等の都合で待たせてしまうのは流石に申し訳ない」

 

「義父上の仰せの通りですね。では、義父上。早速ですが」

 

「ウム、始めるとしようか」

 

 ……こうして、僕のネビロス家次期当主デビューは微妙に白けた様な雰囲気の中で行われた。

 

 僕が挨拶に来た貴族達の応対に追われている頃、他の皆は何をしているのかと言えば、(キング)であるリアス部長とソーナ会長、その側近たる女王(クィーン)である朱乃さんと椿姫さんについては、パーティーに出席している名家や旧家の関係者への挨拶周りをしていた。なお、椿姫さんは密かに想いを寄せている(と本人は思っているだけで実際は誰の目にも明らかで、解っていないのは想いを寄せられている本人だけ)祐斗の元に行けない事から内心かなり落ち込んでいる様だ。それをポーカーフェイスで隠し切っているのは流石だと思うが。一方、そうした挨拶周りとは関係のない面々は思い思いの行動をしていた。

 タイプこそ違えど容姿が整っている事から注目を集めやすい女性陣の中でも特に目立っていたのは、花より団子と言わんばかりにパーティーに出された料理の数々をひたすら平らげている小猫ちゃんだ。また、元士郎に想いを寄せている桃さんと留流子ちゃんは元士郎の両脇に陣取って、お互いを激しく牽制している。その元士郎といえば、何故その様な事になっているのか解らずにかなり動揺していた。一方、多くの男性から声を掛けられてアタフタしているアーシアをゼノヴィアがフォロー、というよりは片っ端から追い返している。あの分では、ゼノヴィアはパーティーが終わった後でリアス部長に叱られそうだ。現に同じ二年生である巴柄さんと翼紗さん、憐耶さんの三人は声を掛けられてもしっかりと応対しているのだから、弁解の余地はない。そして祐斗はその甘いルックスから招待客の女性の方に声を掛けられる事が多く、笑顔でしっかりと応対している。ただ、あの笑顔は営業用のものなので、実際には何故ここまで女性から声を掛けられているのか解らずに戸惑っているのだろう。……祐斗といい、元士郎といい、普段はかなり鋭いくせにこうした異性からの好意に対しては別人の様に鈍くなってしまうのは一体何故なのだろうか?

 一方、外賓である堕天使側といえば、アザゼルさんはパーティー会場に用意されていたカジノで遊び倒していた。

 

 ……らしいと言えばらしいのだが、堕天使の総督が社交界の場でその様な行動をしていてもいいのだろうか?

 

 そこでふとファルビウム様と話をしていたシェムハザさんと目が合ったので、僕はアザゼルさんの方に視線を向けた。その意図に気付いたシェムハザさんは大きく溜息を吐くと、力なく首を横に振るだけだった。……心中、お察しします。一方、バラキエルさんは悪魔の上層部の方と話をしているが、時々朱乃さんのいる方向に視線を向けている事から朱乃さんが心配で仕方がないのだろう。バラキエルさんには、むしろ朱乃さんには視線を向けずに堕天使幹部としての仕事を全うしてほしいと思う。そうする事で頼りになる父親の姿を朱乃さんに見せる事ができるのだから。

 そして、残った面々は僕と行動を共にしていた。まぁこれは当然と言えば当然である。イリナとレイヴェルは聖魔和合親善大使の元に出向しているし、アウラは幼いので一人にする訳にもいかない。エルレも既に婚約が発表されているので当然一緒だ。それに、既に僕の眷属に内定している瑞貴、セタンタ、ギャスパー君の三人については、この際だから顔を通しておこうという意図もある。そして、堕天使側からもヴァーリとクローズの二人が僕達と行動を共にしていたのだが。

 

「……ヴァーリ兄ちゃん」

 

「クローズ。ウンザリしているのは俺も一緒だが、ここは堪えてくれ。流石に最初からいきなりボイコットするのは、色々と不味いからな」

 

「解ったよ」

 

 ……貴族達の挨拶が一区切りつき、義父上達と別行動となった所で今度はヴァーリとクローズが貴族達に声を掛けられる様になった。それによって、二人は早くもグロッキーになりつつある。まぁ先代魔王の血族である事を大々的に明かした以上、こうなる事は解っていたのだ。ここはむしろいい経験だと割り切ってもらうしかない。

 

「流石の白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)も、社交界の荒波を乗りこなすのに悪戦苦闘なさっていますわね」

 

 レイヴェルが二人の様子を見てクスリと笑うと、イリナが話に加わってきた。

 

「でも、自分で選んだ結果でそうなったんだもの。だから、ここは踏ん張り時よ。その辺りはヴァーリもカテレアさんも、そしてクローズ君も解っている筈だわ」

 

「確かにな。まぁこれもいい経験になるだろうさ」

 

 そう言って、レイヴェルとイリナの会話に割り込んできたのはライザーだった。

 

「ヨウ、一誠。……いや、ネビロス家次期当主殿とお呼びした方がよろしいか?」

 

「その様な事を仰せになるのならば、私も大公家次期当主の婚約者(フィアンセ)殿とお呼びしなければなりませんが?」

 

 冗談にしては余りに酷い事を言って来たので僕もやり返すと、ライザーは降参の意を示してきた。

 

「……あぁ。止めだ、止め。お前にまでそんな風に呼ばれるのは、流石に嫌だからな」

 

「僕だってそれは同じだよ、ライザー」

 

 そうして普段のやり取りに戻すと、ライザーの同伴者が声を掛けてきた。

 

「お久しぶりです、兵藤親善大使。いえ、ここはライザーに合わせて一誠さんとお呼び致しましょうか」

 

「えぇ、それで構いませんよ。シーグヴァイラさん」

 

 ライザーの婚約者であるシーグヴァイラさんだ。大公家の次期当主という事で普段はとても冷静な女性なのだが、一つだけ困った点がある。ロボットアニメの熱狂的なファンで、その話になると我を忘れて食いついてくる事だ。尤も、僕自身も空想の科学技術を何とか再現しようと四苦八苦する程度にはSFファンをやっているので、シーグヴァイラさんとは割と話が合うのだが。それに対して少なからず危機感を持っているのは、最近「ダンガムはまず何を見たらいい?」と僕に相談してきたライザーだ。因みに、僕は原点であるファーストと終着点であるAをライザーに推した。この辺りは人によって好みが分かれるところであるが、けして大きくは外れていないと思う。

 

「おいおい。これ以上、俺の婚約者と意気投合しないでくれよ。俺だってそれなりに努力はしているんだからな」

 

 ライザーはそう言って釘を刺しに来るが、僕もシーグヴァイラさんもそうした気持ちは微塵もない。

 

「ハハッ。心配しなくても、僕もシーグヴァイラさんもそんなつもりは毛頭ないよ。ライザー」

 

「全くです。一誠さんはあくまで同好の士であって、それ以上はあり得ません」

 

 もちろんライザーもそれは十分解っているので、「だろうな」と軽く笑みを浮かべて流してしまった。正直な所、自分でも少々オタク染みた所はあると自覚しているが、ダンガム一つでこれだけ会話が弾むのだ。だから、それでいいのだと僕は思う。

 

 ……そこで気を僅かに抜いたのがいけなかったのだろう。僕が異変に気付いたのは、一定範囲内の空間を外界から隔離するタイプの結界が展開された時だった。

 

「イッセーくん?」

 

 その時、僕の反応を見て怪訝に思ったイリナが尋ねて来た。

 

「一誠、お前も気付いたか」

 

「ライザー?」

 

 ライザーも勘付いた様で、首を傾げるシーグヴァイラさんを余所に僕に確認を取ってきた。

 

「あぁ。それに、その分だとヴァーリと瑞貴も気付いているね?」

 

「もちろんだ。かなり巧みに隠してはいるが、俺の目を誤魔化す所まではいかなかった様だな」

 

「だけど、敵の察知に長けているレイヴェルとギャスパー君でさえ気付かなかったとなると、相手は結構に厄介だね」

 

 ヴァーリと瑞貴も気付いたのを確認した事で、僕はこの場にいる他の皆に状況を手短に説明する。

 

「どうやら、このホテルの敷地内で空間隔離型の結界が展開された様だ。使用されている力の大部分が魔力だけど、少し妖気と仙気が混じっている。そうなると、おそらくは仙術または道術を扱える元妖怪の転生悪魔によるものだろう。レイヴェル、その様な存在に心当たりは?」

 

 僕の問い掛けに対し、レイヴェルはすぐさま答えて来た。

 

「SS級に指定されている黒歌という「はぐれ」悪魔が、その条件を全て満たしていますわ。元は猫魈(ねこしょう)という猫又の上位種である黒歌は、確か妖術の他に仙術も扱う事ができた筈です。そして、実力は最上級悪魔に匹敵すると言われている大物でもありますわ」

 

 レイヴェルの返答を聞いた僕は、ここでヴァーリに確認を取る。以前、ヴァーリからある事を聞いていたからだ。

 

「ヴァーリ。確か、黒歌は……」

 

「あぁ。お前が覚えている通り、禍の団(カオス・ブリゲード)で俺が作ったチームの一員だった。ただ、流石にSS級の「はぐれ」悪魔が三大勢力のお膝元にノコノコ出向く訳にはいかなかったんだろうな。彼女だけは俺達から離れて禍の団に残っているよ」

 

 ヴァーリは僕の記憶に間違いがない事を保証してくれた。それだけに、彼女の目的が見えてこない。仮にこのパーティーにテロを仕掛けたいのならば、わざわざここから離れた場所を結界で隔離する必要などないからだ。そこで現状を把握する為に周囲の気配を確かめると、リアス部長と小猫ちゃんの気配を感じられない事に気付いた。僕は慌てて祐斗に念話を飛ばす。

 

〈祐斗! リアス部長と小猫ちゃんはどうした!〉

 

 僕の突然の念話に祐斗は少々驚いた様だったが、直ぐに返事をしてくれた。

 

〈……そう言えば、いつの間にかこのフロアからいなくなっているね。いや、それどころかホテルの敷地内から二人の気配が感じられない……?〉

 

 その答えを聞いた時点で、僕は全てを悟った。そして、頼れる親友二人に呼び掛ける。

 

〈祐斗、元士郎! パーティーを楽しんでいる所を申し訳ないけど、力を貸してくれ! リアス部長と小猫ちゃんが危ない!〉

 

 ……僕の件で既に波乱に満ちたパーティーになっていたのだが、どうやら波乱はまだまだ続く様だった。

 

 

 

Side:塔城小猫

 

 パーティー会場で不審な黒猫を見かけた時から、薄々気づいてはいました。

 

「久しぶりだにゃ、白音。あの小さかった白音がここまで大きくなってるなんて、お姉ちゃんは今とっても感動してるにゃ」

 

 ……その黒猫から、とても懐かしい妖気の気配を感じていましたから。

 

「ただ会場に紛れ込ませた黒猫一匹見ただけで此処まで来てくれるとは、流石に思ってなかったにゃ。ひょっとして、お姉ちゃんに逢いたかったの?」

 

 でも、その妖気の中にかなりの濃さで邪気が入り混じっていて、それ故に感情の抑制が利かなくなっているのだと確信しました。……計都(けいと)師父の仰った通りです。

 

「でも、これで白音を呼び出す手間が省けたわね」

 

 だから、この人はもう昔の優しかったあの人じゃない。……その笑顔からは、何かが罅割れてしまった様な印象を感じるから。

 

「白音。そっちにいたら、全力で暴れるオーフィスの巻き添えになって死んじゃうわ。だから、このままお姉ちゃんと一緒に来るにゃ」

 

「……黒歌姉様」

 

 数年前に道を違えてしまった実の姉と再会した私が最初に感じたのは、凍える様な恐怖でも、燃え滾る様な憤りでもなく、ただただ胸を締め付ける様な深い哀しみでした。

 

 私達は幼い頃に親を亡くし、それ以降は姉妹力を合わせて生きてきました。でも、それでも子供である以上は中々餌にありつけず、次第に追い詰められていく中でとある上級悪魔に拾われました。そして、姉様が眷属となる事で飢えに苦しむ事のない生活ができるようになりました。でも、それも長くは続きませんでした。悪魔に転生した事で秘められていた才能が開花し、仙術を自力で身につけるまでに至った姉様が突如豹変、恩のある主を殺してしまったんです。そして他の眷属の方も返り討ちにして、そのまま逃亡しました。……妹である私を置き去りにして。

 それから、私の地獄が始まりました。姉の暴走の責任を一身に背負う事になった私に対して行われる激しい虐待に暴行。私の存在を全否定する様な罵詈雑言の数々。常に浴びせ掛けられる敵意と殺意。……正直に言って、如何にこの身が幼かったと言っても殺されたり犯されたりしなかったのが不思議なくらいです。それでも当時の幼い私には到底耐えられる物でなく、精神が恐慌を来たして発狂する一歩手前でした。でも、発狂する前にサーゼクス様に引き取られてから部長の側で養生する事になり、やがて戦車(ルーク)の駒で部長の眷属となった時に「塔城小猫」の名を頂いたのです。白音という辛い過去と決別するという意味を込めて。

 ……それからの私は幸せでした。尤も、体の方は姉様の主殺し以来、五月の合宿の時まで殆ど成長しませんでしたけど。それだけに、もし何も変わらないまま今の状況を迎えていたら、きっと恐怖に打ち震えるだけだったでしょう。

 

 でも、今は違います。

 

「……お断りします」

 

 私に秘められていた可能性を見出し、道を違えない様に厳しくも優しく指導してくれた計都(けいと)師父がいる。

 

「白音?」

 

 宿命(かこ)を受け入れた上で、困難(いま)を乗り越えていく強さを教えてくれたベルセルク師叔(スース)がいる。

 

「私はもう、一人では何もできない甘ったれた子猫じゃない。親の様な姉であった貴女から巣立った、小さくとも一人前の猫です」

 

 そんな二人の尊敬できる師匠を紹介する事で、私を新しい道へと導いてくれたイッセー先輩がいる。

 

「私は、真実を知っています。姉様はけして仙術のせいで狂った訳ではない事、そして主殺しが私を守る為であった事も。今の私は、それを知る事ができるんです」

 

 そして、血の繋がりはなくても、私の事を温かく見守り続けてくれた部長、朱乃さん、祐斗先輩(かぞく)がいる。

 

「その上で、あえてこう言わせて頂きます」

 

 だから、はっきりと伝えよう。私はもう貴女の助けなど要らない事を。自分一人の足で立ち、そして生きていける事を。

 

「……敵地に置き去りにした妹を、今頃拾いに来るなんて。甘ったれるのもいい加減にしろ、このダメ姉貴」

 

 私はハッキリとそう答えると、姉様は何故かショックを受けているみたいでした。でも、もっといっぱい言いたい事があるのをグッと堪えてこの程度で済ませてあげたんですから、姉様にはむしろ私に感謝してほしいくらいです。

 

「よく言ったわ、小猫!」

 

 ここで私を心配したのか、密かに尾行していた部長が飛び出して来ました。……尤も、自分の尾行が私にも姉様にも気付かれている事に気付いていたからでしょうけど。そして、私の側に駆け寄ってきた部長は私に質問してきました。

 

「でも、小猫。真実とは一体どういう事なの? 黒歌の主殺しが貴女を守る為と言っていたけれど、それと関係が?」

 

 そこで私は計都師父の協力の元、ついに知ることのできた真実を部長に伝えました。

 

「どうも私もまた姉様と同じく仙術の素質があると睨んだかつての主が、私に無理矢理仙術を修得させようとしたみたいです。……眷属契約の条件に私達姉妹を保護するという項目が入っていた上に、当時の幼い私では仙術によって齎される強大な力に耐えられない事が解っていたにも関わらず、です」

 

 ……それに姉様が主殺しに手を染めた最大の理由は、姉様との房中術で得られた恩恵に味を占めたかつての主が、まだ体も心も成熟していない私にも同じ事をさせようと目論んでいたからです。でも、流石にこれは部長には話せません。情の深い部長の事がこの事実を知れば、かつての主の実家に乗り込んでしまいそうですから。……でも、どうやら無駄な努力に終わってしまいそうです。部長はしばらく目を閉じ、数秒程してから目を開くと心を落ち着ける様に何度も大きく深呼吸をしてから話し始めました。

 

「……成る程ね。黒歌の主殺しには、悪魔にとっては絶対である契約を違反した事への報復という意味合いもあったのね。それに主があんな事をしようとしていたのなら、私が黒歌でも同じ事をしていたわね。あんなのが私と同じ貴族だなんて、恥ずかしくて堪らないわ」

 

 部長は最初こそ怒っていましたが、次第に肩を落としていきました。大丈夫です、同じ貴族だとしても部長はあんな性犯罪者とは違います。私がそう思っている事に気付いたのか、部長はすぐに気を取り直すと私に確認を取って来ました。

 

「ところで、小猫。「探知」による貴女からの連鎖の爆発で確認したから、私も今小猫が言った事が真実だと解ったのだけど、小猫は計都仕込みの八卦で調べたのかしら?」

 

 部長の疑問も当然ですから、私は説明を始めます。……「探知」と同系統のチート技能である八卦の事を。

 

「はい。これを用いると過去に起こった事、現在起こっている事、そして未来に起こる事を垣間見ることができますから。ただ圧星術という八卦を狂わせる方法もありますから、得られた情報が真実であると一概には言えません。なので、そう言った物に左右されること無く真実を知る事のできる部長の「探知」には流石に一歩劣ります。ですけど、今回の場合は事実を隠蔽するべき悪魔にその技術がないので、まず間違いないでしょう」

 

 ……そう。仙術や道術を身につける上で基本である八卦を読む訓練の中で、気まぐれに姉様の件を読んでみたのが切っ掛けでした。念の為に計都師父にも読んでもらって間違いなく真実だと解った時、私は涙を抑える事ができませんでした。

 

 姉様は、私のせいで「はぐれ」悪魔として命を狙われ続ける事になったのですから。

 

 でも、八卦で占った結果というだけでは証拠にはなり得ませんし、向こうも既に物的証拠を全て破棄しているでしょう。もはや無罪はおろか情状酌量による減刑を勝ち取る事さえも難しい以上、せめて姉様がこれからは自分の事だけを考えられる様にする為に独り立ちする事を宣言したんです。因みに、八卦についてはイッセー先輩も使用できます。だからこそ、グレモリーの特性である「探知」を覚醒する所まで部長を導く事ができたのでしょう。

 こうして私の説明を聞き終えた部長ですが、とても深い溜息を吐いていました。……最近、部長は溜息を吐いてばかりです。

 

「イッセーや計都もそうだけど、貴女も十分非常識な存在になっちゃったわね」

 

 そして、部長は姉様にどうするのかを問いかけました。

 

「それで黒歌。貴女の妹は貴女から独り立ちする事をはっきりと宣言したわ。親代わりの姉としてはどうするつもりなの?」

 

 ……悪魔に転生したとはいえ、私も姉様も猫又である以上は妖怪の流儀に従う必要があります。私が独り立ちすると宣言した以上、本来ならここで手を引かなくてはなりません。

 

「だったら、生意気言っている白音にお仕置きして、さっさと連れていくだけにゃ! 既にここら一帯の空間を結界で覆って外界から遮断してるから、ここで何をやっても誰にも気づかれないわ! 後は貴女をコロコロすれば、白音を連れてそのままグッバイにゃ!」

 

 姉様は魔力を戦闘レベルにまで引き上げました。……やっぱり、私を連れ出して一緒に暮らしたいみたいです。その私への愛情は嬉しいのですが、今となってはただ重いだけです。

 

「部長。姉様の相手は私一人でします。私が姉様から独り立ちした事を明確な形で示さないと、姉様は解ってくれません。ですので、手出し無用でお願いします」

 

 その私の言葉に部長は暫く悩みましたが、やがて決断したのか大きく頷いてくれました。

 

「解ったわ、小猫。この際、行ける所まで行ってみなさい。でも、勝敗が決したと判断した時点でライザーに突入の合図を送るし、私も手を出すわよ? それだけは解って頂戴」

 

 部長はそう言うと、私から離れて後ろに下がっていきました。でも、姉様は部長に対して嘲笑いながらそれは無理だと断言します。

 

「さっきの話を聞いてなかったのにゃ? 助けは呼べないって今言ったばかりなのに」

 

 確かに、普通なら無理でしょう。でも、私達は普通じゃありません。それを部長は説明しました。

 

「貴女には悪いけど、私達が普段使っている念話なら問題なく通じるわよ。現に、イッセー達には既に今の状況を伝えてあるわ。尤も、イッセー達は今それどころじゃないみたいだから、まだ自由に動けるライザーに救援を頼んだ訳だけど」

 

「……ハッ?」

 

 既に連絡済みだと明かされた事で呆気に取られる姉様に対して、部長は説明を続けます。

 

「今私が使った念話の術式は、私の知る限りにおいて間違いなく最高位である魔導師が構築したもの。それこそレヴィアタン様が自分よりも実力が上だと認めて、素直に教えを請う程のね。それとも貴女、まさか自分の力が魔王様を凌駕しているなんて自惚れているのかしら?」

 

 部長のやや挑発的な発言に対して、姉様は小さく舌打ちしました。こちらに向かっているというライザーさん(妹の友達ならもっと気さくに呼んでくれても構わないと言われた)は今や「フェニックス家の超新星」と呼ばれてトップランカーに名を連ねようとしていますし、その実力もヴェネラナ様やエルレ様とほぼ同等と最上級悪魔でもかなり上の方に来る方です。いくらSS級で実力は最上級悪魔と同等と言われる姉様と言えども、情報も準備も無しに挑める相手ではないのでしょう。そうした焦りを少し表情に浮かべた姉様は、私が本当に一人で対峙したのを見ると呆れた素振りで話しかけてきました。

 

「ところで、白音。まさか本当に一人でお姉ちゃんと戦うつもり? 解っているでしょ? 白音じゃ私には」

 

「縮地法」

 

 その瞬間、私は既に姉様の懐に入り込んでいました。姉様は未だに現実を理解し切れていないのか、完全に呆けた表情を見せています。

 

「……えっ?」

 

 そして胸の中心に手を添えると、そのまま通背拳へと移行しました。通背拳をまともに食らった姉様は、肺の中の空気を全て押し出された様な声を上げます。そうして慌ててその場から離れて間合いを取りましたが、咳き込みながらこちらを見つめる姉様の顔には明らかに驚きの表情が浮かんでいました。

 

「ゴホッ、ゴホッ! い、今のは一体何だったの! 白音の動きを見るどころか、気の流れを読む事すらできなかったにゃ!」

 

 その姉様の疑問に対して答える義理などありませんけど、この際です。思い切って現実を突き付ける事にしました。

 

「……気の流れで動きが読めなかったは当然です。そもそも、私は一歩も動いていないんですから」

 

 でも、私の言葉を聞いても姉様は全く理解できないと言った面持ちでした。

 

「白音。一体、何を言っているの?」

 

 だから、私はしっかりと説明しました。もはや、私は姉様とは違うという事を。

 

「縮地法。ただし、一歩目から最高速に持って行く事で疑似的に再現した武術の歩法ではなく、自分と対象の間の空間を縮めるという代表的な仙術の一つです」

 

 そこまで聞いた姉様はようやく理解したらしく、さっき以上に驚いていました。

 

「白音! 貴女、まさか既に仙術を!」

 

「……私は歴代の赤龍帝でも最高位に位置する道士(タオシー)の赤龍帝である計都師父に師事し、正統な道術と仙術、更には須弥山から放たれた刺客との戦いの中で師父が自ら作り上げたという闘仙術を学びました。流石に適性のあった術以外は基礎的なものしか修得していませんけど、それでも我流で修めた為に基礎的な部分が所々抜け落ちてしまった姉様よりは仙術に深く通じていると思いますよ」

 

 私の返事を聞いて、姉様が今度こそ呆然自失となってしまいました。私が自分でない相手から自分以上の仙術を教わったという事実に。そして、私は万感を込めて姉様に訣別の言葉を告げます。

 

「姉様。……いえ、黒歌。私は貴女が側にいなくても、一人で十分生きていけます。だから私の事なんて忘れて、自分が幸せになる事だけを考えて生きて下さい」

 

 でも、黒歌はそれを受け入れようとはしませんでした。

 

「……嫌よ。白音、貴女を絶対に連れて行くわ! たとえ力尽くになったとしても! そして私は取り返すのよ! 親がいなくてお腹が空いてばかりだったけど、それでも二人で力を合わせて一緒に生きてきた! そんな、とても幸せだったあの日々を!」

 

 今までとは明らかに異なる言葉遣いをする黒歌の表情からは、今まであった余裕なんて完全に吹き飛んでいました。もはや油断などはなく、最上級悪魔と同等と言われるその実力を発揮して来る筈です。つまり、此処からが本番でした。

 ……だからこそ、私は今ここで黒歌という私にとって最も大きな壁を乗り越えてみせる。()()()()()()()()()()を活かし、お互いにとっての最善の未来を勝ち取る為に。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

なお、黒歌の主殺しの最後のきっかけについてですが、原作中でも房中術が出ている以上、黒歌の主が男性であればこういった可能性もあり得るので取り上げてみました。
尤も、アニメ版では女性だった様なので、原作でもそうなる可能性が高いのですが。

では、また次の話でお会いしましょう。

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