未知なる天を往く者   作:h995

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※2018/7/4 大王家当主の台詞を修正


第九話 波乱の幕開け

 タンニーン達の背に乗って冥界の空を飛ぶ事、一時間。サーゼクスさん達が主催するパーティー会場であるホテルに到着した。ただ、このホテルの規模が人間界では到底考えられないもので、高さは百 mを超えている上に敷地も駒王町が丸々収まってしまいそうだ。人間界とほぼ同じ面積でありながら、地表の七割を占める海がない事から利用可能な陸地は人間界の二倍以上という広大な冥界だからこそ可能な建築物だろう。当然、ホテル周辺の施設も充実しており、魔王主催とあって警備体制もかなり厳重なものが敷かれている。そうした警戒態勢の中、タンニーン達はスポーツ競技用と思われる施設に降り立った。途中でタンニーン達を誘導する為にライトが照らされたのを踏まえると、予め話を通していたのだろう。

 

「さて、到着したぞ」

 

「ありがとう、タンニーン小父ちゃん!」

 

 ドラゴン達の背から降りた後、真っ先にお礼を言ったのはアウラだった。僕もアウラに続く形で感謝の言葉を伝えた後、タンニーンに今後の予定を確認する。

 

「ありがとう、タンニーン。お陰で助かったよ。それで、この後の予定はどうなっているんだ?」

 

「俺達はこの後、別の場所に用意された大型の悪魔専用の待機スペースに向かう事にしている。いくら俺が悪魔の駒(イーヴィル・ピース)で悪魔に転生しているとはいえ、俺達ドラゴンは冥界では嫌われ者だからな。わざわざ顰蹙を買いにメイン会場まで出向こうとは思わんよ」

 

 こちらに来るまでの間、タンニーンから悪魔に転生した経緯(レーティングゲームを通じて様々な存在と戦う為と人間界では絶滅したドラゴンアップルしか食べられない種族の為に冥界におけるドラゴンアップルの植生地を領地として確保する為)を説明してもらっていた時にも感じていたが、タンニーン自身もまたそうである様に「冥界ではドラゴンは嫌われ者」と広く認識されている現状は少し不味い。だから、まずはこちらから歩み寄る姿勢を見せる事にした。

 

「そうか。だったら、パーティーが一段落した所でそちらに向かう事にするよ」

 

「大丈夫なのか、イッセー? 今回のパーティーは唯でさえ魔王が主催している上に、上級悪魔に昇格したお前のお披露目も兼ねているのだろう?」

 

 僕がパーティーのメイン会場から抜け出して自分達の所に向かう事を不安視するタンニーンからそう問われたので、僕は口実をしっかりと作ってある事を伝える。

 

「聖魔和合を推し進める上で、同じ冥界に住まう隣人達を蔑ろにする訳にはいかない。それで上を納得させるし、それぐらいの我儘は押し通してみせるさ。……さて、レイヴェル。この場合、僕は誰と一緒に行ったらいいのかな?」

 

 そこで、地上に降り立ってすぐに僕の側に来ていたレイヴェルにそう問いかけると、レイヴェルは早速意見を出してきた。

 

「そういう事でしたら、私とイリナさん、後はアウラさんとエルレ様でしょうか?」

 

「その四人を選んだ理由は?」

 

 僕が四人を選んだ理由を確認すると、レイヴェルは即答で返してきた。今回の堕天使領、天界、高天原と悪魔とは別の勢力への外遊を通して、レイヴェルもまた成長していたのだ。

 

「まず一誠様は先程パーティーを抜け出してタンニーン様達の元を訪れる事について、聖魔和合を推し進める上で必要な事だと仰いました。それならば、聖魔和合親善大使の元に出向している私とイリナさんの同行は必須となります。それにアウラさんをお連れになる事で、一誠様が家族ぐるみでタンニーン様を始めとするドラゴンの方達と親しくお付き合いなさっている事をアピールする事ができます。冥界におけるドラゴンの方達への悪感情を緩和する上で非常に効果的でしょう。後はエルレ様のご同行で一誠様と大王家の関係が良好であるとお示しになって、他の名族や旧家の方々からの余計な手出しを抑え込んでしまいましょう」

 

 ……レイヴェルから返ってきた答えは、僕の望んだ中でも最上のものだった。だから、僕もその流れに乗る。

 

「レイヴェル、一人追加だ。ソーナ会長の許可を頂いた上で元士郎にも同行してもらうべきだと思うけど、どうかな?」

 

「龍王ヴリトラが意識を取り戻した事と宿主である匙様が共に戦う相棒として認められた事。それらをドラゴンの方達にも広く知って頂く為ですね? それでよろしいかと」

 

 レイヴェルは僕の提案に対して即答で賛同する素振りを見せた。なお、レイヴェルはフェニックス家の令嬢から僕の眷属へと立場が大きく変わるという事で、僕の上級悪魔への昇格が決まった時点から祐斗と元士郎に対する敬称を「殿」から「様」へと変えている。ただ、タンニーン達の元へ向かう際に元士郎も同行させる事については、僕に言われるまでもなくレイヴェルも解っていた筈だ。しかもレイヴェルの性質が「覇」である以上、夏休みに入る前のレイヴェルであれば自らの口でしっかりと進言していただろう。だが、それでは周りからの反感を買い易く、結果として多くの敵を作る事になりかねない。だから、レイヴェルは同行者に元士郎の名前をあえて挙げずに上司である僕に挙げさせた事で、僕に花を持たせるだけでなく周りから反感を買わない様にも立ち回ってみせたのだ。……天界への外遊の際、僕がやってみせた様に。

 

「これで、僕がレイヴェルに教える事は殆どなくなってしまったね」

 

 僕がレイヴェルへの指導がほぼ完了した事を告げると、レイヴェルはクスクスと笑い出した。

 

「あら、やっぱりそういう事でしたのね。ご自分でもしっかりとお考えになられているのに、あえてその様な事をお尋ねになるなんて。一誠様も困った方ですわ」

 

 僕に試された事に対して、レイヴェルは怒りもせずに余裕の笑みを浮かべて受け止めていた。僕はレイヴェルのその姿に頼もしさを感じた。一方、レイヴェルの立て板に水の様な説明を聞いたタンニーンは口元に笑みを浮かべる。

 

「フッ。そこまで考えているのなら、特に問題はなさそうだな。何とも頼もしい女王(クィーン)ではないか」

 

「……まぁね」

 

 レイヴェルがライザーの僧侶(ビショップ)である事を知っている皆からすれば、今のタンニーンの言葉は見当違いなものだった。……だが、僕はそれをあえて訂正しなかった。

 

「では、お前達が来るのを楽しみにしているぞ。イッセー」

 

「あぁ。また後で」

 

 タンニーンは最後にそう言って、他のドラゴン達と共にこの場を飛び立っていった。しっかりと約束した以上、大型の悪魔専用の待機スペースの場所を後で確認しないといけないが、まずはパーティーのメイン会場に向かうのが先だった。皆にそう呼び掛けようとしたのだが、実は同い年である事から対オーフィス戦で共に戦って以来よく話す様になったセタンタとギャスパー君が小声で話し合っている光景が見えた。

 

「……おい、ギャスパー。お前、何処までついていけた?」

 

「元々一誠先輩と一緒に仕事をしているレイヴェルさんとイリナ先輩についてはすぐに思い付いたし、アウラちゃんも京都に住む妖怪のお姫様とお友達になったって言っていたから、もしかしたらありかもしれないって思ってはいたよ。それに元士郎先輩についてもドラゴン繋がりでありかなって思っていたけど、聖魔和合親善大使の仕事とは関わりのないエルレ様までは流石に考えが及ばなかったよ」

 

 ギャスパー君の答えを聞いたセタンタは、何とも言えない表情を浮かべる。

 

「だったら、俺よりはマシだな。俺もイリナさんとレイヴェル、元さんは思い付けたんだが、エルレさんとアウラお嬢さんがダメだった。まぁレイヴェルが思い付けずに一誠さんが付け足した元さんを自力で思い付いた分、俺の頭もそうそう捨てたモンじゃないよな」

 

 ここでセタンタは安堵の息を吐いたものの、すぐに溜息へと変わってしまった。

 

「まぁ、それでも頭の出来に関してはレイヴェルの方が数段上な事に変わりはないんだけどな。結局の所、戦闘以外でも色々な場面で活躍できる分、レイヴェルの方が俺達よりも一誠さんの力になれるんだよなぁ……」

 

 セタンタは若干悔しげにそう言ってはいるが、僕は必ずしもそうは思わない。確かに、活動範囲の広い僕にとって、様々な分野で話し合う事のできるレイヴェルは非常に心強い。だが、今後もオーフィスの様に隔絶した実力の持ち主と対峙する可能性が高い僕にとって、戦闘能力の高い味方は一人でも多い方がいいのも確かだ。その意味では、セタンタの様に戦いしかできない代わりにどれほど追い詰められた状況であっても最後まで共に戦ってくれる存在はレイヴェルと同じくらいに心強い存在なのだ。セタンタにはいつかその事を解ってほしいと思う。

 ……ただ、今はまだゼテギネアで軍師として重ねてきた実戦での実践経験の差で僕の方が上手ではあるが、そうした経験が余りないにも関わらず政治家でも第一人者と呼べる人達についていけているレイヴェルの才気は本当に凄まじい。レイヴェルが僕を追い越してしまうのも、そう遠い未来ではないだろう。正に才気煥発という言葉が相応しいレイヴェルについて、セタンタに続く形でギャスパー君も話し始める。

 

「レイヴェルさんって、あれで僕達は皆おかしいけど自分は普通だって本気で思っているから困っちゃうよね。色々な分野で一誠先輩に平然とついて行けるレイヴェルさんに比べたら、実戦経験は瑞貴先輩に次いで豊富なセタンタはともかく本格的に修行し始めてからまだ二ヶ月程度の僕なんてまだまだなのに……」

 

 ギャスパー君が今言った事についてだが、溜息混じりであった前半部分はその通りだと納得できる。だが、自虐を交えた後半部分には異議を申し立てたい。実際、ギャスパー君と同じ一年生の小猫ちゃんが思いっきりツッコミを入れてきた。

 

「ギャー君、その台詞は鏡を見て言ってほしい。ここにいる一年生の中で一番おかしいの、明らかにギャー君だから。それに比べたら、私はまだ常識の範疇」

 

 すると、偶々近くにいた同学年の留流子ちゃんが小猫ちゃんに抗議する。ただ、早朝鍛錬に参加する様になって接する機会が増えた為か、小猫ちゃんへの呼び方が一気にフレンドリーなものへと変わっていた。

 

「ちょっと待って! 一般人の私から見たら、小猫ちゃんだって十分おかしいよ! パワーと防御力に特化した戦車(ルーク)なのに仙術や道術込みならスペック的に騎士(ナイト)も僧侶もこなせるって、普通あり得ないんだけど!」

 

 そして、この中では唯一駒王学園には通っていないセタンタが割と冷静に留流子ちゃんを切り捨てた。

 

「一般人? テメェが? ……確か、アサルトエールだったか? 一誠さんから教わったっていう強襲用の高速飛翔魔法は。それに慣れてきたお陰で、戦闘中のスピードが音を超えかけている奴の何処が一般人なんだよ。テメェだって、傍から見れば十分頭がおかしいレベルだって事に気付けよ。いくら元さんに少しでも近づきたいからって、そんな所まで真似してどうすんだよ」

 

「わっ、私にしょんなつもりなんてないじょ!」

 

 留流子ちゃんはそう言って強く否定してはいるが、明らかに噛み噛みになってしまっているので図星なのだろう。

 

「図星かよ。だからって、何もそこまで焦らなくてもいいだろうが……」

 

 セタンタもそれに気づいた様で、呆れた様な表情を浮かべている。……この様に成長著しい一年生達が同い年のセタンタも交えてワイワイ騒ぐ一方で、三年生組が密かに話し合っていた。耳に入ってきた話の内容から、どうやら物事の捉え方について思う所があったらしい。

 

「私達の中でイッセーと同じ高さの視点を持っているのって、今の所はレイヴェルだけかもしれないわね」

 

「私も戦術や戦略を嗜んではいますが、政治も一線級であるレイヴェルさんと比べると少し低い位置からのものになってしまいますね。……フルーレティ様からは、まず今よりも上の視点の持ち方をご教授して頂く事になりそうです」

 

「私も今後の事を考えると、「探知」に頼らない所でもっと視野を広げないといけないわね。その意味では、フルーレティ様が特別顧問を引き受けて下さった事はもっけの幸いだったわ」

 

 リアス部長とソーナ会長はハーマ様から教わる事で視点の高さと視野の広さを得ようと考える一方、女王である朱乃さんと椿姫さんも考え方を改めようとしていた。

 

「私も椿姫も、(キング)の片腕である女王としてもう少し上の方から物事が見える様にならないと色々と不味そうですわね」

 

「現に武藤君は若手最強の剣士でありながら戦術や戦略、更には政治も私達以上に解っていますから、会長の女王としては少し自信をなくしてしまいそうです」

 

 そこで、朱乃さんと椿姫さんの話を聞いた瑞貴が二人に自らの実体験に基づくアドバイスを与える。

 

「僕の場合、義父さんというあらゆる意味で目標にできる人が側にいたからそれを真似しただけだよ。その経験から言わせてもらうと、一人でいいから目標にできる人を見つけた方がいいね。そうする事で、自分でも驚くくらいに成長が速くなる。一誠や祐斗、元士郎の様に目標を見つけて急成長した好例が身近にかなりいるから、僕の言っている事が解ってもらえると思うけど」

 

「成る程、確かに武藤君の言う通りですわね」

 

「では、私は誰を目標にしましょうか……」

 

 瑞貴のアドバイスに納得した朱乃さんと椿姫さんが早速目標とするべき人について考え始めた時、ホテルの従業員から声を掛けられた。

 

「お迎えに上がりました。こちらへどうぞ」

 

 そして、僕達は待ち受けていた大型のリムジンに乗って、パーティーのメイン会場へと移動し始めた。因みに、僕は眷属としていられるのはこれが最後という事で、リアス部長やソーナ会長と同乗する事になった。

 

「……ここ四ヶ月足らず、凄く濃いものでしたね」

 

「そうね。私自身、昔の私が今の私を見たら絶対に信じられないわ。それくらい自分が変わったって自覚があるもの」

 

「それは私も同じですよ、リアス。これから先、何百年、何千年と過ごしたとしても、きっとこの四ヶ月に勝る事はないのでしょうね。この期間で手に入れたものが、余りにも多過ぎますから」

 

 そう言って感慨に耽るお二人ではあるが、それではまるで僕とは二度と会えない様ではないか。そう思った僕は、この雰囲気を変えようと試みた。

 

「まるで今生の別れになる様な事を言っていますね」

 

 すると、お二人はまるで悪戯が成功した様に無邪気な笑みを浮かべた。

 

「あら、ある意味ではそうじゃない。王と眷属としては確かに今生の別れとなるのだから」

 

「それどころか、今後は立場が逆転するのですから、今の内に一誠君の主という立場を満喫しておこうかと」

 

 ……何とも逞しいお二人である。それだけに、僕がいなくなった後もこのお二人なら大丈夫だろう。

 

「では、今暫くお付き合い致しましょう。我が君(マイ・ロード)ご主君(マイ・キング)

 

 だから、ホテルに到着するまでお二人の戯れに僕も乗る事にした。これが、お二人への最後のご奉公となるのだから。

 

 

 

Side:アザゼル

 

 神の子を見張る者(グリゴリ)本部からパーティーに向かう俺達はまずサーゼクスの元へ向かった。悪魔と堕天使が本気で協調路線に舵を切った事を改めて示す上で、双方のトップが揃ってパーティーに会場入りした方がいいとサーゼクスから持ち掛けられたからだ。……こっちから持ち掛けようと思っていた事を先んじて持ち掛ける事で、サーゼクスは主導権を取りにきたのだ。全く、手強い男になったモンだよ。サーゼクスの奴は。ただ、俺やシェムハザ、バラキエル、そして護衛であるヴァーリに混じってクローズもいた事には流石に驚いていた。そこでクローズの決意を含めて事情を説明すると、サーゼクスは感嘆の息を吐く。

 

「そうか。クローズ君がレヴィアタンを名乗るのか……」

 

「あぁ。堕天使総督としての本音を言わせてもらうと、クローズがレヴィアタンを名乗って俺達の支持を表明するのはかなり大きい。人間との混血の上に一度死んで魂だけになっていた所を悪魔の駒で蘇生したとは言え、先代レヴィアタンの歴とした直系だからな。しかもレヴィアタンの象徴たる無敵鱗(インビジブル・スケイル)まで発現しているんだ。レヴィアタンを名乗るには十分過ぎるだろう。まぁそのせいでレヴィアタンの正統なる後継者としてクローズを祭り上げようとする奴もけして出ない訳じゃないだろうが、その辺りは後見人としてネビロス家の次期当主たるイッセーと先代ルシファーの曾孫であるヴァーリがついているからあまり心配はしてねぇよ」

 

 俺がクローズがレヴィアタンを名乗る事で、サーゼクスはイッセーがエギトフ・ネビロスに四つの条件を持ち掛けた意図を察した。

 

「そうか。だから、イッセー君はあの様な条件を」

 

「あぁ、そういう事だ。アイツ、一体何処まで先を見据えているんだろうな。まぁ、流石にクローズの決意とそこに至るまでの成長までは読み切れてねぇだろうよ」

 

 尤も、そこまで読み切れていたら、俺はここまでイッセーに肩入れしていないだろうがな。サーゼクスの奴も苦笑を浮かべながらこんな事を言っているから、きっと同じ気持ちなんだろう。

 

「そこまで読めていたら、イッセー君は唯の予言者だよ」

 

「全くだな。そんなんじゃ、アイツと付き合っていても全然楽しくねぇよ」

 

 ……で、サーゼクスと共にパーティーの会場入りしてから暫くすると、会場内にいた悪魔達がどよめき始めた。そこで入口の方を向くと、ちょうどリアス達グレモリー眷属とソーナ達シトリー眷属が入ってきた所だった。その中には当然ながら双方の共有眷属であるイッセーも含まれている。イッセーの側にはイリナとアウラ、レイヴェル、そして婚約が発表されたばかりのエルレがおり、またイッセーの護衛を買って出ているであろうセタンタが密かに周囲を警戒していた。会場内の悪魔達のどよめきはリアスやソーナに対するものも少なからずあるだろうが、その大半は間違いなくイッセーを対象としたものだろう。そこで、まずは俺が真っ先に声を掛ける。

 

「ヨウ、イッセー!」

 

 声を掛けてから俺達が歩み寄ると、イッセーが明らかに公の場での言葉遣いで挨拶してきた。

 

「これはアザゼル総督。私如きに親しくお言葉を掛けて頂き、誠にありがとうございます」

 

 イッセーのこの対応に、俺は少しムッとなった。「何もそこまで畏まらなくても」と思ったんだが、周囲の視線がこっちに集まっているのを察して考えを改めた。

 

「まぁ、ここには貴族達の目があるからな。イッセーがお堅い態度と言葉遣いになるのも仕方ねぇか」

 

 ……解っちゃいたが、本当に面倒臭ぇな。悪魔の貴族社会ってのは。まぁ、イッセーの奴はそれを承知の上で貴族社会のど真ん中へと飛び込んでいるんだ、外野である俺がこれ以上あれこれ言うのはただの野暮になっちまうな。俺はそう思っていたんだが、ここにはあえて空気を読まずにズケズケと物を言っちまう奴がいた。

 

「本当に面倒な話だな、アザゼル」

 

「そう思うんなら、お前も少しはイッセーを見習って俺への態度と言葉遣いをそれらしいものにしたらどうなんだ、ヴァーリ?」

 

 もう少しTPOを弁える様に育てるべきだったか? そんな後悔が少しだけ頭を擡げてきたが、それよりもまずはこっちの方だな。

 

「さて、イッセー。まずはコイツの話を聞いてやってくれ」

 

 そう言って俺がイッセーの前に立たせたのは、クローズだ。

 

「クローズ?」

 

 こんな場所にいる筈のないクローズを見たイッセーは首を傾げているが、それもクローズの発言を聞くまでだった。

 

「イッセー兄ちゃん。ボク、これからはクローズ・レヴィアタンって名乗るよ。だって、ボクはお母さんの、カテレア・レヴィアタンの息子だから」

 

 クローズの口から飛び出したレヴィアタンの名前とカテレアの息子という言葉が少しずつ周りに伝わっていくと、会場内が再びざわついて来た。そんな中、イッセーは俺にどういう事なのかを問い質す。

 

「アザゼル総督、これは一体?」

 

「今、クローズの言った通りさ。コイツは誰に言われるでもなく、自分の意志でレヴィアタンを名乗る事を決断した。何でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだとさ」

 

 俺が端的に説明すると、イッセーはクローズと目を合わせて話しかけた。

 

「凄いね、クローズ。子供の成長は速いってよく言われるけど、まさかここまでとは思わなかったよ」

 

 イッセーが心を込めてクローズの事を褒めると、クローズは少し照れ臭そうな表情を浮かべた。ここでヴァーリが白き天龍皇(バニシング・ダイナスト)とは異なるもう一つの肩書を本格的に使う事を宣言する。

 

「一誠。クローズと同様、俺もまた本格的にルシファーを名乗るつもりだ」

 

 これだけでヴァーリの意図を察したイッセーは、フッと口元に笑みを浮かべた。

 

「そうか。……お互い、これから忙しくなるな」

 

「そうだな。確かに面倒な事になりそうなんだが、それでも最後までやり切るさ。それがカテレアと交わした約束だからな」

 

 同じく不敵な笑みを浮かべたヴァーリは、イッセーと軽く拳を突き合わせる。カテレアから託されたクローズの成長を見守ると共に、害を為す者達から守り通す。その決意と覚悟を改めて確認し合っていた。

 

 ……凄く絵になる光景じゃねぇか。

 

「アザゼルの言った通りだったな。これなら特に大きな問題は出ないだろう。それにしても、死を目前にしながらも最後の力を振り絞り、クローズ君の後見人として二人を指名したカテレア・レヴィアタンの慧眼には本当に感服するよ」

 

 そう言いながらサーゼクスがこちらに歩み寄ってきた。そして、そのままイッセーに話しかける。

 

「さて、兵藤親善大使。そろそろ君の事を皆に知らせるとしようか。既にお二方もあちらでお待ちになっているのでね」

 

 サーゼクスはそう言ってからパーティー会場に備え付けてある演壇の方を向いた。それに釣られる形で俺達も演壇に視線を向けると、そこには妻と思しき老婦人を伴ったエギトフ・ネビロスがいた。

 

「承知致しました、ルシファー陛下」

 

 それで事情を察したイッセーは承知の旨を伝えると、そのままサーゼクスと共に演壇へと向かう。サーゼクスに伴われて演壇に向かうイッセーの姿を見た悪魔達は、特に騒ぐ事なくサーゼクスとイッセーを見送っていく。きっと、冥界中に伝えられた上級悪魔への昇格とエルレとの婚約の件をこの場で改めて発表すると考えているんだろう。

 

 ……さぁて。今から行われる重大発表を耳にして、一体何人が驚かずにいられるのやら。

 

 そんな少々底意地の悪い事を考えていると、演壇に辿り着いたサーゼクスがイッセーを後ろに控えさせた上で話を始めた。

 

「私達魔王が主催した今夜のパーティーだが、皆楽しんでいる様で何よりだ」

 

 この一言で始まったサーゼクスのスピーチは、若手対抗戦に出場する若い悪魔達を激励する内容で五分程続いた。一応、このパーティーはリアスやソーナといった若い連中の為に用意したって建前があるらしいからな。そうして本来ならそこで終わる筈であるスピーチだが、そこに急遽付け足した様に「では最後に、この場を借りて皆に知らせておきたい事がある」と前置きしてから後ろに控えていたイッセーを呼んだ。イッセーは前に出ると、そのままサーゼクスの隣に立つ。そして、サーゼクスは本題に入った。

 

「本日、このパーティーに先立って発表した通り、私達魔王の代務者である兵藤親善大使はこの度、上級悪魔への昇格と大王家の現当主の妹君であるエルレ・ベル殿との婚約が決定した。だが、ここでもう一つ新たに知らせておきたい事がある」

 

 サーゼクスのこの発言に、会場にいる悪魔の中でほんの一部であるが驚きの表情を浮かべた。同じステージにエギトフ・ネビロスが夫人を伴って立っている事で、勘のいい奴がその可能性に気付いたらしい。

 

「実は、兵藤親善大使にはかねてより今私の後ろに控えているネビロス総監察官から養子縁組の話が持ち掛けられていた」

 

 ここで冥界の生きた伝説との養子縁組の話がイッセーに持ち掛けられていた事が公表された事で、多くの悪魔達が戸惑いを見せる。しかし、サーゼクスはその様な反応を気にも留めずに話を続ける。

 

「その際に提示された条件の一つに「この話は正式に上級悪魔に昇格して初めて有効とする」というものがあったのだが、兵藤親善大使はつい先日行われた上級悪魔の昇格試験を合格した事でこの条件を見事達成した」

 

 養子縁組成立の為の条件については、どうやらイッセーから持ち掛けたのではなくエギトフ・ネビロスが持ち掛けた形にしたらしい。確かに、ここでバカ正直にイッセーの方から条件を持ち掛けたって話しちまうのは、明らかに悪手だ。尤も、何も知らなかった奴等にとってはそれどころの話じゃないんだろうがな。現に、この場にいる悪魔達のどよめきの声が更に大きなものへと変わっている。

 

「そして、兵藤親善大使はつい先程ネビロス総監察官から直々に次期当主として正式に指名された。これによって、兵藤親善大使は上級悪魔に昇格の上で悪魔の駒を用いた眷属契約に関する例外事項を適用し、リアス・グレモリー及びソーナ・シトリーとの眷属契約を解約する事となる。なお、実際に適用されたのは兵藤親善大使が初めてであるが、この例外事項は悪魔の駒の開発が成功した時点で既に制定されていたものであり、彼の為に新たに制定した訳ではない事を伝えておこう」

 

 サーゼクスの説明がここまで終わった時点で、今までどよめいていたのが嘘の様に静まり返った。サーゼクスが横に一歩ずれてからその場所に歩み出たのが、当事者の一人であるエギトフ・ネビロスだからだ。

 

「先程ルシファー様が仰せになられた事であるが、それは紛れもない事実である。その上で、諸君に頼みたい事がある。この兵藤一誠という男は、子宝にとうとう恵まれなかった我等夫婦がようやく手に入れる事のできた存在なのだ。故に、どうか我等と血が繋がっておらぬという事で見下し、蔑む様な事だけはしないで頂きたい」

 

 冥界の生きた伝説が、養子に迎えた男の為に頭を下げた。その光景にこの場にいた悪魔は絶句している。しかし、エギトフ・ネビロスの話はここで終わらなかった。

 

「ただし、これだけは申し上げておく。仮にその様な蛮行に及ぶ者があれば、我がネビロス家はその者に対して容赦の二文字を捨てる事になるだろう。それだけは、覚えておいて頂きたい」

 

 この爺さん、なんて強烈な脅しをかけてやがる。お陰で殆どの奴がすっかり萎縮しちまっているぞ。……だが、この爺さんの脅しに委縮するどころか便乗する奴がここにいた。

 

「フム。ではその様な愚挙があれば、我が大王家もネビロス家に協力する事にしようか。仮にも腹違いとはいえ妹の婿にと余が見込んだ男を蔑むのだ。それは即ち我が大王家に対する挑戦でもある。まして、ネビロス卿は初代様の盟友なのだ。ならば、大王家としてはその挑戦を受けて立たねばならぬな」

 

 エルレの腹違いの兄にしてサイラオーグの父親、つまりバアル大王家の現当主だ。しかし、これは不味い。不味過ぎるぞ。現当主のこの発言によって、この場にいる悪魔達は「ネビロス家と大王家がイッセーを通じて繋がった」と強烈に印象づけられた筈だ。お陰でグレモリー家とシトリー家に所属していた事実に基づくイッセーの印象がかなり上書きされちまっている。どうやら、大王家で厄介なのは初代だけじゃなかったらしい。いや、そもそもイッセーとエルレの婚約を企てたのは現当主だってのは、エルレから教えてもらっていたんだ。だったら、もっと現当主にも警戒してしかるべきだったし、それを怠ってしまったのは明らかに俺の落ち度だ。荒れる、荒れると思っちゃいたが、まさかこんな荒れ方をするとは流石に思わなかった。明らかに後手に回ってしまった俺は、もはや溜息を吐く以外にできる事がなくなっちまっていた。

 

 ……尤も、こんな大荒れの状況ですら、今思えばホンの始まりに過ぎなかったんだがな。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

……あと二話程でやっと次章予告で挙げた所まで辿り着きそうです。少々頑張り過ぎました。

では、また次の話でお会いしましょう。

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