未知なる天を往く者   作:h995

53 / 71
第八話 パーティーに行こう

Side:アザゼル

 

「今夜魔王主催で行われるパーティーに、俺だけでなくクローズも同行させる?」

 

 イッセーの上級悪魔昇格試験の合格と現大王の妹であるエルレとの婚約が冥界中で発表された後、神の子を見張る者(グリゴリ)本部に戻っていた俺はヴァーリにクローズと一緒にこっちに来るように連絡を入れた。それでこっちに来た二人に呼び寄せた理由を話すとヴァーリが首を傾げてきたので、俺は事情を説明する。

 

「あぁ。この際だから、クローズがお前だけでなくイッセーの関係者でもある事を悪魔の貴族連中にハッキリと知らしめようと思ってな。しかも今回のパーティーでイッセーがエギトフ・ネビロスの養子になる事も発表される事になっているから、次期当主たるイッセーの意向に沿う形でネビロス家もクローズと深く関わる事になる。イッセーが養子入りの条件に入れた「血縁を含めた人間関係は全てそのままとする」と「養子入りを承諾する以前に交わしていた契約や約束事の全てを履行させる」がここで生きてくるって訳だ。これで万が一クローズの素性がバレても、神輿に担ごうなんて考える奴はいなくなるだろうぜ。それこそ、冥界の生きた伝説にケンカを売る様なよっぽどのバカでもない限りはな」

 

 俺の説明を聞き終えると、ヴァーリは納得の表情を見せた。

 

「それで、本来なら俺だけ呼べばいい所をクローズも一緒に呼んだという訳か」

 

 ……しかし、ヴァーリに説明していて思ったんだが、イッセーの奴はきっとこれも見越した上で今俺が言った条件をネビロスに提示したんだろうな。一度交わした約束は必ず果たそうとする誠実で義理堅い所はあるし、その為ならばいい意味で手段を選ばない機転の良さと覚悟もある。今まで七十二柱に名を連ねる名家はもちろんの事、大公家や大王家、果ては先代魔王が直々に持ち掛けた養子縁組の話さえも断ってきたネビロスが、シトリー家から持ち掛けられたイッセーを養子に迎える話を受け入れる訳だ。

 イッセーの深謀遠慮をまた一つを見せつけられた所で、今まで黙っていたクローズが口を開いた。

 

「……ウン、決めた」

 

 そこで、カテレアが何かを決めたらしいクローズに問い掛ける。

 

『クローズ、どうかしたの? 何かを決意したみたいだけど』

 

 母親からの問い掛けに対するクローズの答えは、ヴァーリはおろか俺ですら驚きを隠せないものだった。

 

「お母さん。ボクね、少しでもイッセー兄ちゃんやアザゼル小父さん達の助けになりたいんだ。だから、お母さんの家の名前を、レヴィアタンを名乗るよ」

 

 ここでカテレアはその理由をクローズに尋ねる。

 

『どうして、そうしたいって思ったのかしら?』

 

「……正直に言うとね、レヴィアタンって名前にいい印象なんて全然ないよ。だって、レヴィアタンって名前のせいでボクもお父さんも、そしてお母さんも殺されてしまったんだから。でもね。……ううん。だからこそ、ボクは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 レヴィアタンには絶対に負けたくない、か。旧魔王派のトップの口からはけして出て来ない言葉だろうな。だが、これが八歳のガキのする決断なのか? 一端の大人でも中々できるモンじゃねぇぞ。

 

 クローズの決断とそれに至った理由に俺がある種の感動を抱く中、カテレアは最愛の息子の決断を受け入れた。

 

『……そう。クローズ、私は貴方の気持ちを尊重するわ。私も応援するから、できる所までやってみなさい』

 

「ウン!」

 

 母親の応援を受けて笑顔で頷くクローズだが、俺はその顔がとても尊いものに見えた。

 ……禍の団(カオス・ブリゲード)の主流である旧魔王派は旧魔王の末裔が自らを真なる魔王としている事から自分達の事を真魔王派なんて名乗っているんだが、ヴァーリとクローズを見ていると陳腐に聞こえてしょうがねぇな。ヴァーリはルシファーの息子であるあの野郎から散々虐待されているし、クローズに至ってはレヴィアタンの血を引く事から同じ血を引くアルベオの手引きで自分と父親が殺された上にアルベオ自身の手で母親も殺されている。普通なら今までのクローズみたいに家の名前を忌み嫌ったって全く不思議じゃねぇのに、ヴァーリは最初から、クローズも今この瞬間から家の名前から逃げようとはせずに真っ向から向き合っている。数日前のアウラが言い放った「貴族が偉いのは先祖代々「偉い」事を積み重ねてきたからであって、まだ何もしていない奴はけして偉いとは言えない」って意味合いの言葉を、先代魔王の血を引いているってだけで驕り高ぶっているベルゼブブとアスモデウスの末裔に聞かせてやりたいぜ。尤も、それらを聞いて恥じ入る様な殊勝な奴等なら、そもそもテロリストになっちゃいないんだがな。

 

「……参ったな。俺と一誠が後見する必要なんて全くないじゃないか」

 

 一方、クローズの決断を見届けたヴァーリは完全に苦笑いだ。確かにヴァーリの言う通り、ここまでしっかりしている奴の後見なんて変な話だが、だからと言ってやる事がなくなった訳じゃない。まずはそれをヴァーリに教えていく。

 

「確かにその通りなんだが、クローズはまだ十歳にも満たないガキだからな。それにカテレアも実体化できるとはいえ肉体は既に滅んでいるから、悪魔社会で表に出る訳にもいかない。となれば、諸々の手続きには本人以外の付き添いが必要になってくるんだが……」

 

「その付き添いを後見人である俺や一誠がやらなければならないという訳か。後はクローズを色々な意味でしっかりと鍛えていけばカテレアと交わした約束を果たせると思っていたんだが、そう甘いものではなかったんだな」

 

 ……ヴァーリ。口ではそう言っているが、その割には「まだやるべき事がある」と解って嬉しそうな顔をしているぞ? 尤も、それをヴァーリに伝えたら機嫌を損ねるかもしれねぇから、この場は黙っておくけどな。その代わり、ヴァーリ達にはそろそろパーティー会場に向けて出発する為の準備をする様に伝える。

 

「さて。ヴァーリにクローズ、お前達はまず服を着替えろ。パーティー用の正装はこっちで既に用意しているからな、ちゃんとそっちを着ろよ。それで元から同行する予定のシェムハザとバラキエルを待ってから、パーティー会場のホテルに向かうぞ」

 

 そう言って俺が正装を手渡すと、ヴァーリは着替えの為にクローズを連れて自分の部屋へと向かった。その二つの背中を見送りながら、俺は今夜のパーティーは酷く荒れそうだと半ば確信していた。

 

 ……尤も、ここで俺が想像したものとは別の意味で酷く荒れる事になったんだがな。

 

Side end

 

 

 

 ネビロス邸での用件を終えた僕達は、一先ずグレモリー邸に戻って来ていた。今夜行われるパーティーの会場となるホテルはシトリー領よりグレモリー領の方が近く、シトリー眷属がグレモリー眷属と共に会場入りする事になったからだ。因みに、行きと違って帰りは転移が使えるので、僕の時の隧道で皆を先にグレモリー邸に送った。そして自分はクォ・ヴァディスで空間を切り裂き、新たに同行する事になったお二人を伴って空間の裂け目を通った。

 ……ただ、それを目の当たりにしたリアス部長の表情は完全に呆れていた。そして、剣士である祐斗とゼノヴィア、そして巴柄さんに問い掛ける。

 

「ねぇ、祐斗、ゼノヴィア。それと巡さん。イッセーやレオンハルト、武藤君、それにアーサー・ペンドラゴンはいとも簡単にやってみせているけれど、空間を切り裂いて別の場所へ移動するなんて事は普通できるものなのかしら?」

 

「すみません、部長。僕の場合はそれ専用の魔剣なり聖剣なりを作ればイッセー君と同じ事ができますので、僕からは何とも。ただ、今イッセー君がやった事は純粋な剣の技量の他に魔術的な素養が必要なので、イッセー君や瑞貴さん、アーサーさんと同じ事ができるのは師匠(マスター)のご剣友であると同時に超一流の魔導師でもあるツァイトローゼさんだけで、師匠は流石に遠距離移動まではできないみたいです」

 

 最初に答えたのは祐斗であるが、言っている事は大体合っている。単に空間を切り裂くだけならレオンハルトなら己の技量だけでできるし、それを応用しての移動も半径数 km以内なら可能だが、その範囲を超えると話が変わってくるのだ。その辺りをゼノヴィアが説明していく。

 

「部長、木場はこんな事を言っているが普通は無理だぞ。現に全てを切り裂けるデュランダルの担い手である私でも、イッセー達の様な事はできないよ。確かに空間を切り裂くだけならその内できる様にはなるだろうけど、空間を超えて目の届かない場所に刃を届かせるには何処に切り込むのかをしっかりと認識する必要がある。剣一筋で魔術的な素養が殆どない私では、目の届かない遠い場所でも直接見ている様に認識できる千里眼の様な事がどうしてもできないんだ」

 

 そして、「空間を切り裂く」事について一般的な観点から答えたのが巴柄さんだ。

 

「いえいえいえ! 今ゼノヴィアさんは「その内できる様になる」なんて簡単そうに言いましたけど、そもそも空間を切り裂くなんて事自体が普通できませんからね! そこの所を勘違いしたらダメですよ!」

 

 こうして三人の意見を聞き終えたリアス部長は何度も深く頷いた。

 

「……そう、そうよね。巡さんの言った通り、空間を剣で切り裂くなんて普通はできないのよね。私もそれを解ってはいるの。ただイッセーと付き合っていたら、いつの間にか自分の常識と一般的な常識との間にズレができてしまうから、偶にこうやって一般常識を確認しないといけないのよ」

 

 ……リアス部長から随分と酷い事を言われてしまった。しかも、半数以上はウンウンと頷いている。僕はこの事実を目の当たりにして、すっかり肩を落としてしまった。ここで、この場においては僕やリヒトに最も近い瑞貴がリアス部長の発言を一切無視する様に「空間を切り裂いての遠距離移動」について補足説明を始めた。瑞貴が変な雰囲気を少しでも変えようとしているのは、誰の目にも明らかだった。

 

「因みに、僕は氷紋剣を使うに当たってそれなりに魔術や魔法を齧っているから遠距離移動はできるし、古式の悪魔祓い(エクソシズム)を修めている事から精霊達と語らい合える義父さんも同じ事ができるけど、流石に冥界と人間界を繋ぐ様な斬り方は一誠と師にしかできないよ。アーサーさんも「一般の方を誤って斬ってしまう可能性を考えると、流石に手が出せませんでしたよ」という事だったしね。尤も、一誠が箱庭世界(リトル・リージョン)を開放して実際に一度訪れた事で、僕もアーサーさんも次元を超える斬り方を誰にも迷惑をかけずに練習できる様になったんだけどね」

 

 ……道理で、ここ最近になって箱庭世界の森林に生えている木々の一部に明らかに剣で切り裂かれたと思われる痕跡が見られる様になった訳だ。しかもだんだん傷が増えなくなってきているのを踏まえると、瑞貴とアーサーさんが「空間斬りによる次元間移動」を修得するのもそう遠くはないだろう。

 

「武藤先輩、貴方は一体何処を目指しているんですか……」

 

 瑞貴の補足説明が終わった所で、剣士としては一般的な巴柄さんは溜息を深く吐いた。一方、この補足説明で大きな反応を見せたのは、祐斗だ。

 

「瑞貴さん、後で詳しいやり方を教えて下さい。どうせなら、僕も剣の能力頼みでなく自分の技量でもできる様になりたいですから」

 

「あぁ、いいよ。案外、僕達が苦戦している所は既にクリアしている祐斗の方が僕達より先にできる様になるかもしれないね」

 

 祐斗は今二人のやっている事に自分も参加する旨を伝えると、瑞貴も快く受け入れる構えを見せている。……その内、剣を振る方向と実際に刃が出てくる場所がバラバラという異次元の戦いを見る事になりそうだ。

 

「……そう。祐斗、貴方はもうイッセー側の存在になってしまったのね」

 

 そして、祐斗と瑞貴のやり取りを目の当たりにして、リアス部長は何処か遠くを見つめる様な視線を祐斗に向けていた。これで更に変な方向へと雰囲気が変わってしまったが、それを吹き飛ばしたのはこの方だった。

 

「ガッハッハッ! エギトフの倅よ、これは随分と活きのいい奴等が揃っておるのぅ! こいつは色々と楽しみだわい!」

 

 僕と一緒にこちらにやってきたギズル様だ。僕に同行してきた和装姿の巨躯の老人による突然の大音声に、ネビロス邸を訪れたメンバー以外は驚きを隠せない。一方、ギズル様と共に僕についてきたハーマ様も既にネビロス邸で顔を合わせたレイヴェルの他にソーナ会長と元士郎を一目見て笑みを浮かべる。

 

「成る程、この子達はなかなか見所がありそうね。これなら教え甲斐がありそうだわ」

 

 お二人の反応を見て、ソーナ会長は僕にお二人の素性を尋ねてきた。

 

「あの、一誠君。この方達は一体……?」

 

 僕がソーナ会長の問い掛けに応える為にお二人を紹介しようとすると、ギズル様から待ったがかかった。

 

「エギトフの倅よ、儂等の紹介はいらんぞ。己の事じゃ、己の口で直接伝えんとのぅ」

 

 そして、一歩前に踏み出すとそのまま自己紹介を始める。

 

「儂の名はギズル・サタナキアじゃ! ただの隠居のジジィじゃが、エギトフの奴から貴様達を鍛える様に頼まれておる!」

 

「サ、サタナキア様ですって! あの冥界無双で有名な元悪魔軍大将の!」

 

 ギズル様の自己紹介を聞いてリアス部長が唖然としている中、ハーマ様が続けて自己紹介を行う。

 

「私はハーマ・フルーレティよ。私の場合は戦い方よりも頭の使い方を教える事になりそうね」

 

「冥界史上最強の軍略家と謳われるフルーレティ様までご一緒なのですか……!」

 

 ハーマ様の自己紹介を聞いて今度はソーナ会長が驚きを露わにする中、悪魔創世における英雄二人の登場に他の皆もようやく事態を呑み込めたらしく、困惑の表情を浮かべていた。そこで、僕がネビロス邸で何があったのかを説明する。

 

「実は、先程箱庭世界で早朝鍛錬を行っているコミュニティの特別顧問として総監察官、いえ義父上からお二人を推薦されまして……」

 

「……この事をお知りになられたら、お兄様達ですら開いた口が塞がらなくなりそうだわ」

 

 余りに豪華過ぎる特別顧問の登場に、リアス部長は頭痛を抑える様な素振りを見せた。その一方で、ソーナ会長は前向きに受け取る構えを見せる。……いや、開き直ったというべきかもしれない。

 

「それだけネビロス総監察官が一誠君に期待しているという事ですから、ここは先達の方々からのご厚意を素直にお受けしましょう。それに戦術や戦略を嗜む者としては、フルーレティ様から直接ご指導を頂けるなんて本当に有難い事ですし」

 

「それもそうね」

 

 リアス部長がソーナ会長の意見を受け入れたのを見て、レイヴェルが話を切り上げて今夜のパーティーについて触れてきた。

 

「皆様、そろそろ魔王様主催のパーティーへ向かう準備を致しましょう。ここでパーティーの開始時刻に遅れる様な事があれば、格好が付きませんわ」

 

 ……ちょうどいいタイミングで為された事もあって、レイヴェルからの提案は誰からも反対されなかった。

 

 それからおよそ一時間後、サーゼクスさん達が主催するパーティーの会場となっているホテルに向かう時間となった。服装については、男性陣がタキシードで女性陣はドレスだった。なお、僕は正式に礼装と認定されている不滅なる緋(エターナル・スカーレット)の上から魔王の代務者の証である外套を纏っている。当然ながら僕達男性陣が先に準備が終わり、二十分程広間で待っていると着替え終えた女性陣が現れた。女性陣のドレスで着飾った華麗な姿を見て、一昔前のギャスパー君ならおそらくドレス姿だっただろうなと思っていると、小猫ちゃんがギャスパー君の過去を全力で暴露した。

 

「……女装趣味だった昔のギャー君なら、絶対こっちを着てたと思う」

 

「小猫ちゃん、僕の黒歴史を他の人達にバラすなんて酷いよ! ……確かにあの頃の僕なら、きっと「可愛いから」とか言ってドレスを来ていたんだろうけど。あぁ、どうして僕は女装趣味に逃げていたんだろう。今となっては、ただ恥ずかしいだけだよ……」

 

 どう考えても黒歴史であろう過去を暴露されたギャスパー君は、頭を抱え込む程に思いっきりヘコんでいた。ソーナ会長以外のシトリー眷属の皆はかつてのギャスパー君は対人恐怖症で引き籠っていた事しか知らない為に訳が解らず困惑していたが、朱乃さんが事情を説明して納得していた。特にシトリー眷属の中では最初にギャスパー君に接触した元士郎は、あの時のリアス部長達が何故ギャスパー君を見て驚いていたのか、ようやく理解できたらしい。

 

「あぁ。それじゃ俺が例の「ギャスパー君育成計画」に参加し始めたちょうどその時から、今のギャスパーになったんだな。だから、あの時のギャスパーの姿に一誠以外の皆が驚いていた訳か。だけど、間が良かったのか、悪かったのか。こうなってくると、ギャスパーの女装姿がどれくらいなのか興味が出てくるな」

 

 元士郎はそう言って、ギャスパー君を思いっきり弄り出した。

 

「もう勘弁して下さいよ、元士郎先輩。僕はその恥ずかしい過去を少しでも早く忘れてしまいたいんですぅ……」

 

 元士郎にまで弄られ始めた事で、ギャスパー君は完全にヘタレていた。その姿を見て皆がクスクスと笑っていると、僕は大きな力を持った存在が複数、上空から近寄って来るのを感じ取った。しかも、その一つは最近知り合ったばかりのものだ。

 

「……来たか、タンニーン」

 

 そう。今こちらに向かっているのは、つい先日友人となったタンニーンだ。タンニーンからの提案で、自分の眷属となっているドラゴン達と共に僕達をパーティー会場まで連れて行ってくれる事になっていたのだ。そこで皆を連れ立って中庭に向かってから暫くすると、タンニーンがグレモリー邸の中庭に降り立った。その後、タンニーンに続いてタンニーンとほぼ同じ体格のドラゴン達が次々と中庭に降り立っていく。15 m級の巨大なドラゴンが並び立つ光景は中々に壮観だった。タンニーン達が全員中庭に降り立った所で、早速僕が声をかける。連れていくのはグレモリー・シトリー両眷属と他数名だが、タンニーンが提案したのはあくまで僕個人に対してだったからだ。

 

「タンニーン、来てくれたか」

 

「あぁ。俺から提案した事だ。約束は守るさ」

 

 タンニーンと軽く挨拶を交わした後、僕はタンニーンの眷属達と一頭一頭目を合わせていく。そして、目を合わせて感じた事をそのままタンニーンに伝えた。

 

「……成る程。タンニーンが最大で十五名しか選べない眷属とする訳だ。誰もが澄んだ、とても良い目をしている」

 

「余り褒めてやるな、イッセー。言ったのがお前となると、少なからず図に乗るぞ」

 

 己の眷属に対して何とも厳しいタンニーンの言葉であるが、だからこそ僕は彼等を褒めたのだ。

 

「お前は身内に厳しそうだからな。だから、代わりに僕が褒めているのさ。それに、眷属とは主にとって何物にも代えがたい宝であり、誰に対しても憚る事のない誇りそのものだ。少なくとも、僕はそうであろうと努めてきた。それに立場が変わる今後は、そうしてもらえる様に努めていきたいと思っている。……お前は違うのか、タンニーン?」

 

「ここで「俺はお前とは違う」と答えたら、俺は元龍王の名を名乗れん様になるな」

 

 僕の問い掛けに対し、答えが決まっているタンニーンは完全に苦笑いだ。そして形勢不利を悟ると、タンニーンは本来の目的を持ち出した。

 

「さて。立ち話もこれくらいにして、そろそろパーティー会場に向かうぞ」

 

 その言葉に異存などある筈もなく、僕達はタンニーン達の背に乗り込んでいった。

 

 

 

Side:ソーナ・シトリー

 

「眷属とは主にとって何物にも代えがたい宝であり、誰に対しても憚る事のない誇りそのものだ。少なくとも、僕はそうであろうと努めてきた」

 

 一誠君がタンニーン様に向かってそう言った時、私はもう少しで時間を掛けて施した化粧を涙で台無しにするところだった。ふとリアスの方を向くと、リアスもまた涙が零れそうになるのを必死に堪えていた。

 

 ……こんなの、反則です。世界で一番愛している男性(ヒト)にこんな事を言ってもらえて、嬉しくない訳がない。でも、だからこそ、一誠君が独り立ちして私達の元を離れていくのが余計に寂しいと思えてしまう。できる事なら、もっと長い時間を共に手を取り合って歩んで行きたかったのだから。

 

 そんな複雑な思いを胸に、私はタンニーン様の眷属の背に乗ってパーティー会場へと向かっている。なお、サタナキア様とフルーレティ様は「隠居して久しい年寄り二人が折角のパーティーに水を差す事もあるまい」という事で、そのまま私達をお見送りになられた。ここでふとタンニーン様の方を向くと、その背には一誠君とイリナ、そして一誠君との婚約が発表されたばかりのエルレ様が乗っており、アウラちゃんはタンニーン様の頭の上という特等席でとてもはしゃいでいた。それがとても微笑ましいと思う一方で、タンニーン様と話をしているらしい一誠君の側に寄り添うイリナとアウラちゃんの様子をしっかりと見ているエルレ様を見た私は思わず溜息を吐いた。

 

「一君達を見ているのが辛いですか、会長?」

 

 そこで私と同じドラゴンに乗っている憐耶が声を掛けてきた。憐耶は私の僧侶(ビショップ)であると同時に、一誠君を巡る恋のライバルでもある。だから、一誠君の事に関しては素直に打ち明ける事ができた。

 

「辛くないと言えば、嘘になりますね。どうしてその場所にいるのが私でなくエルレ様なのか、その事実を悔しく思う事が時々ありますから」

 

 すると、憐耶は意外な事を言い出した。

 

「それなら、少し見方を変えてみませんか?」

 

「どういう事ですか、憐耶?」

 

 憐耶の提案の意味が解らずに私が問い掛けると、憐耶は早速話を始める。

 

「まず始めに、私は一君の事を諦めたつもりなんて全然ありません。それだけは勘違いなさらないで下さいね」

 

 憐耶の鬼気迫る表情からの念押しに、私はただ頷く事しかできなかった。それを見た憐耶は表情を普段の穏やかなものに変えると、自分の心情を語り出した。

 

「……でも、それだけじゃありません。私は一君の背中を少しでも支えてあげたいんです。それがどんな形であったとしても。一君の僧侶になる事も、その為の手段の一つ。もちろんこれもまだ諦めてはいません。でも、たとえ僧侶枠が私以外の人で完全に埋まってしまったとしても、その時はまた別の方法を考えます。例えば、一君の側で一緒に戦えなかったら遠くからサポートできる様にしますし、一君の戦いについて行けなかったとしても、その時は一君が後ろを振り返らなくてもいい様に私が一君の帰る場所を守ります。私でも一君を支えられる方法なんて、探そうと思えば幾らでもあるんです」

 

 ……私は完全に言葉を失っていた。一誠君の背中を支えるという一点に関して、憐耶は私達の誰よりも貪欲だったのだ。

 

「一君に必ず追い付いて、その背中を支えてみせる。この想いは今でも変わっていません。でも最近になって、それだけじゃダメだって気付いたんです。一君はこれから色々な場所に行く事になると思います。でも、その全てにイリナがついて行ける訳じゃないんです。まして、今は会長の僧侶である私は尚更です。だったら、自分のいるべき場所で、自分なりのやり方で、自分にできる精一杯の力で、私が一君の為に何ができるのか。それを考えていかなきゃいけないって」

 

 でも、その貪欲さの根幹となっている想いが何なのか、それは私にも解る。

 

「だって、一君の事を本気で愛しているから。それこそ、イリナにだって負けないくらいに」

 

 何故なら、私もまた全く同じ思いを胸に抱いているのだから。

 

 自分の考えの全てを語り終えた憐耶は、私に向かって再び問い掛ける。

 

「……会長は、違うんですか?」

 

 ……つい先程、一誠君に同じ様に問い掛けられたタンニーン様が何故苦笑いをしたのか。それを今、私は実感していた。

 

「先程のタンニーン様ではありませんが、ここで「違う」と答えてしまうと、私は以前の発言を全面撤回しないといけませんね」

 

「それって、「私より後から来た人達には絶対に負けたくない」ですか?」

 

 一誠君絡みの私の発言なんて他に幾らでもあるでしょうに、それを即座に、しかもピンポイントで思い至るとは。それが少しだけ可笑しかった。

 

「えぇ、そうです。ただここ最近は本当に色々ありましたから、いつの間にかそれを忘れてしまっていたみたいですね」

 

 同時に、イリナと交わした契約を自覚し直す事ができた。

 

 私は最期の瞬間まで一誠君の事を愛し、そして支え続ける。例え立場は違えども、心は赤き龍の帝王にして数多在る騎士達の王を愛し支える王妃(クィーン)として。

 

 その為に私ができる事とは、一体何なのか。

 

 その答えが、私の夢の新しい追い駆け方に繋がっている様な気がした。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

一誠とその周辺にスポットが当たっている陰で、スポットの光が当たっていないキャラもまた着実に前へと歩いているのです。

では、また次の話でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。