未知なる天を往く者   作:h995

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第七話 始めの一歩

Side:リアス・グレモリー

 

 ―――― 八月十八日。

 

 若手対抗戦の開幕戦となるソーナ達との対戦を明後日に控えたこの日、エルレ叔母様との婚約と併せてイッセーが昨日受けた上級悪魔の昇格試験を見事合格した事が公表された。また、その前日にイッセーがネビロス総監察官に自ら提示した「正式に上級悪魔に昇格して初めて有効とする」という条件もこれでクリアされた為、ネビロス総監察官との養子縁組がこれで本決まりとなる。つまり、これからネビロス家の次期当主となるイッセーは私とソーナとの眷属契約を解約して本当の意味で独立する。公の立場も三大勢力共通の親善大使を務める魔王の代務者という側近中の側近である所に、爵位こそ男爵と最下層であっても悪魔創世の時から初代が未だ現役であるネビロス家の次期当主という貴族としての身分も加わった事で本格的に私達より上になった。今後は公の場においてイッセーに敬語を使わないといけなくなるだろう。それに対する抵抗感が殆どないのは、きっとイッセーが私達グレモリー・シトリー両眷属はおろか駒王町における三大勢力関係者の実質的なリーダーだったからだろう。それに、イッセーは密かに対テロ対策チームを三大勢力の有力な若手から選抜する形で結成する一方で、三大勢力の和平締結に不満を抱えている悪魔祓い(エクソシスト)達への対策として悪魔の方から紳士協定を宣言するべきだという考えを持っている。紳士協定は一言で言えば「人間界に極力迷惑をかけない」事を重視していて、その中には堕天使や天界との協力体制を治安活動にも広げていく事も含まれている。具体的には三大勢力間での情報の共有や合同捜査チームの結成、更には人間界に悪影響を齎している悪魔については悪魔祓いによる討伐を許可すると言った所だ。もちろん旧態依然とした貴族達からの反発は強いと思う。でも、「これらを悪魔側から持ち掛ける事でこちらに歩み寄る意志がある事を悪魔祓い達に伝える事が大切なんです」とイッセーは語った。この様に既に悪魔勢力の枠を超えて三大勢力全体を見据えて行動しているイッセーを見れば、とてもじゃないけど自分がイッセーの上位者などと思える筈がない。それどころか、これこそが本来あるべき形じゃないのかとさえ思えてしまう。

 お父様からシトリー家が進めているプロジェクトの内容とグレモリー家もこれに賛同する旨を聞かされた時から、覚悟はしていた。大王家に完全に取り込まれない様にするにはそれしかなかった事も、頭では解っている。それどころか、イッセーが頭角を現してその実力に相応しい立場へと駆け上がっていくのは素直に嬉しいと思える。……それでも、寂しいものはやっぱり寂しいのだ。 

 

「……という事で、今夜開かれるお兄様達主催のパーティーは上級悪魔へ昇進したイッセーのお披露目も兼ねているの。そして」

 

「そこでネビロス総監察官との養子縁組が発表されるという訳ですか。……イッセー君、気が付けば部長よりも偉い人になってしまいましたわね」

 

 そうした複雑な思いを抱きながら、今はグレモリー邸に集まっている皆に今日の予定について説明している。因みに、当事者であるイッセーはネビロス総監察官に呼ばれてこの場にはいない。その際、ネビロス総監察官からは身内の他には眷属候補者も連れてくる様に言われた事から、身内としてはイリナさんとアウラちゃん、眷属候補者としてはレイヴェルと武藤君、コノル君、そしてギャスパーも同行している。更にさっき婚約が発表されたばかりのエルレ叔母様も直接現地に向かう事になっている。実情を知る私達からすればこれだけのメンバーを集めたネビロス総監察官の目的が気になる所なのだけど、どうやら「会わせておきたい者がいる」との事らしい。ただ、冥界の生きた伝説からの紹介である以上はきっと只者ではないと思う。あるいは私はおろか魔王であるお兄様ですらお会いした事のない方かもしれない。そんな方達をイッセー達はこれから紹介されるのだ。……確かに朱乃の言う通りではあるけれど、少しだけ違う所がある。

 

「朱乃。確かに今回の件でイッセーは公の場においても私やソーナよりも上になったわ。でも、今までの事を振り返ってみなさい。……眷属の(キング)である私達を立ててくれていただけで、イッセーは最初からあらゆる意味で私達よりも上だったのよ」

 

 私のこの言葉に、直接言われた朱乃はおろか他の皆も納得の表情を浮かべた。でも、その後で残念そうな表情へと変わる。

 

「……それでも、やっぱり残念です。イッセー先輩には、計都(けいと)師父とベルセルク師叔(スース)を紹介して頂いた事への恩返しをしたかったんですけど」

 

「それを言うなら、私もだ。イッセーがストラーダ猊下との手合わせを通じて聖剣との向き合い方とパワーの真髄を教えてくれたお陰で、私は本当の意味でデュランダルの担い手になれた。後は共に戦う事でそれをイッセーに直接見てもらいたかったんだが……」

 

「それを言い出すと、この場にいる皆がそうなってしまいますわね。私だって、父様と和解するのに随分と骨を折ってもらいましたし、そのお陰で雷光が使える様になりましたわ。それどころか、光魔の御雷(みかずち)という私の力の完成形まで見せてもらって、本当にどうお礼を言ったらいいのか」

 

 イッセーのお陰で自分に秘められていた力と共に新しい力さえも得た小猫やゼノヴィア、朱乃は恩返しをできないままイッセーと別れる事を悔やんでいた。

 

「私もイッセーさんがいなかったら、たぶんレイナーレ様の手で聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)を抜かれて命を落としていたと思います」

 

 また、イッセーによって色々な意味で救われたアーシアはイッセーへの感謝を改めて口にしている。もしこの場にギャスパーがいれば、きっと同じ様な事を言っていた筈。でも、その表情にはやはり寂しいという思いが現れていた。そうした暗い雰囲気の中で、祐斗が皆に声をかける。

 

「皆、そこまでにした方がいいと思うよ。確かにイッセー君が部長の眷属でなくなるのは、僕としてもとても残念だよ。けれど、イッセー君と過ごしてきた日々とその中で培われてきた繋がりまでなくなる訳じゃない。だから、僕達は笑顔でイッセー君とギャスパー君を送り出してあげるべきなんじゃないかな? ……そうですよね、部長」

 

 ……どうやら、祐斗は既にイッセー達がいなくなった後のグレモリー眷属を支える為の決意と覚悟を固めているみたいだった。だから、私も祐斗の決意と覚悟に応える。

 

「そうね、祐斗の言う通りよ。だから、まずはイッセーとギャスパーがネビロス総監察官の邸から戻ってきたら、イッセーの上級悪魔への昇格を思いっきりお祝いしましょう。それでいいわね?」

 

「「「「「ハイ!」」」」」

 

 そんな私の呼び掛けに皆も元気に応えてくれた。これなら、イッセー達がいなくなっても私達は大丈夫。私はそう確信できた。

 

Side end

 

 

 

 僕が上級悪魔の昇格試験に合格したという発表が冥界中に行われてから間もなく、総監察官からの呼び出しを受けた。紹介したい者がいるとの事であり、更には身内や僕の眷属候補者も連れてくる様に言われた僕は、早速イリナとアウラ、レイヴェル、瑞貴、ギャスパー君、そしてはやての使った時の隧道でこちらにやってきたセタンタと共にネビロス家の邸へと向かっていた。ただ、流石に邸まで直接転移する訳にはいかず、ドゥンも体の小さなアウラ込みで三人しか乗れない事から大人数での移動手段が必要になったのだが、それについては総監察官が大型の馬車を手配してくれた。

 

「……いよいよね」

 

 その道中、馬車の中でイリナが僕に話しかけてきたのでそれに応える。

 

「あぁ、そうだね」

 

 僕もイリナも少ない言葉でやり取りしていると、僕とイリナの間に座っているアウラも話に加わってきた。

 

「ねぇ、パパ。ネビロスのお爺ちゃんがパパに会わせたい人って、どんな人なのかなぁ?」

 

 それは僕も気になっていた。総監察官がわざわざ紹介の為に僕達を呼び出す程だ。かなりの重要人物なのは間違いない。……ただ、解るのはそれだけだ。ならば、変な先入観など持たない方がいいだろう。

 

「流石にそれは僕にも解らないよ。だから、会ってみてのお楽しみという事にしておこうか?」

 

「ウン!」

 

 僕が出した結論をそのままアウラに伝えると、アウラも納得したのか笑顔で頷いてくれた。アウラとの話が終わるとそれを見計らっていたのか、僕達の向かいに座っている瑞貴が話しかけてきた。

 

「それにしても、ネビロス総監察官は本当にやる事に卒がないね。僕達は大人数での移動手段を持たないのを見越して、大型の馬車を予め手配しておくなんてね」

 

 そこに瑞貴の隣に座っているレイヴェルも加わってくる。

 

「悪魔創世からあらゆる機関を監察し続けたネビロス様であれば、これぐらいの手配は造作もない事だと思いますわ。……でも、ギャスパーさん。流石にそれは気の回し過ぎです。私達三人で座ってもまだスペースは十分にありますのに」

 

 レイヴェルがそう言ってアウラの足元に視線をやると、そこには床に寝そべった一頭の狼がいた。……そう。この狼、実は馬車のスペースを少しでも広く確保しようと気を遣ったギャスパー君がヴァンパイアの能力で変身した姿なのだ。ただ、これは流石に罪悪感が大きい。現にレイヴェルは非常に申し訳なさそうな表情を浮かべている。すると、ギャスパー君が話しかけてきた。

 

「僕の事なら気にしないでいいよ、レイヴェルさん。動物好きのアウラちゃんを喜ばせようって目的だってある訳だし」

 

 自分の問い掛けに対してややはにかんだ様に答えたギャスパー君の様子を見て、レイヴェルはとりあえず納得する事にした様だ。実際に馬車に乗り込んでからギャスパー君が狼に変身した時には、アウラは大喜びで狼のギャスパー君に抱き着いていたのでギャスパー君の言っている事はけして間違っていない。因みに、リアス部長との交換(トレード)によって僕の眷属になる事が決まった事から、レイヴェルは同じ眷属仲間としての呼び方に変える様にギャスパー君に頼んでおり、ギャスパー君もそれを了承している。

 

「強がっている様子もありませんから、今はその言葉を信用しますわ。……ただ、あちらの方はどうにかなりませんの?」

 

 レイヴェルが馬車の窓から外を見ながら呆れた様に言った。……レイヴェルが呆れるのも無理はない。何故なら、馬車のすぐ横ではセタンタが護衛と称して()()()()()()()()()()()のだから。

 

「何だ、知らないのか? 俺の祖先であるクー・フーリンはな、当時はどの馬よりも足が速い事から馬の王と呼ばれたマッハよりも更に速かったんだよ。だから、その末裔である俺だってこれぐらいはお手の物なのさ」

 

「それくらいは私も知っていますし、そういう事を言いたい訳ではないのですけど……」

 

 レイヴェルの発言に対してセタンタはここまでかなりの距離を馬車と並走しているにも関わらず、まるで疲れていない様な涼しい表情でそう語る。……クー・フーリンの末裔だからできるとセタンタは言っているが、いくら末裔でも本来ならここまではできない筈だ。おそらくだが、セタンタは先祖帰りによってクー・フーリンに迫る程の潜在能力を持っているのだろう。ただ、ここでレイヴェルが自分の事を完全に棚に上げた事を言い出した。

 

「……私が申し上げるのも何なのですけど、一誠様の眷属となる方は私以外の全員がどこかおかしいですわ。セタンタはもちろんですけど、ギャスパーさんも古の魔神の力だけでなくダンピールとして生まれ持った様々な力も使いこなしていますし、瑞貴さんに至っては先程浄水成聖(アクア・コンセクレート)と閻水で作った聖水の剣で空間を切り裂いて私達と合流していますもの」

 

 このレイヴェルの発言に対し、他の三人が一斉にツッコミを入れ始める。

 

「いや、一誠さんの話に色々な分野で平然とついていける時点でお前も十分おかしいからな。レイヴェル」

 

「セタンタの言う通りだね。レイヴェルは自分の頭脳が一誠と同様に希少なものである事をもう少し自覚した方がいいよ」

 

「それに「一発の火力だけなら俺にも匹敵する」なんて、アザゼル先生も言っていたんだよ。それなのに僕達だけがおかしいなんて酷いよ、レイヴェルさん」

 

 瑞貴達三人からの集中砲火をまともに食らって、レイヴェルは少し涙目だ。

 

「ウゥッ。皆さん、何もそこまで言わなくても……」

 

「「「だったら、自分だけ普通だなんて言うな!」」」

 

 しかし、三人は追撃の手を緩めずにトドメを刺してしまった。完全にやり込められた格好のレイヴェルはシュンとなっている。……この様に軽口を交えたやり取りを自然にできるのであれば、僕達はきっと大丈夫だろう。

 こうした楽しいやり取りを暫く続けていると、前で馬車を操っている御者からネビロス家の邸に到着する事が伝えられた。

 

「皆様、間もなく到着致します」

 

 ……今から向かう場所は、これから冥界における僕の家となる。改めて考えると、本当に奇妙なものだった。

 

 

 

 ネビロス家の邸に到着した僕達は、正門で待っていた執事長に案内されて応接間に入る。すると、応接間には先客がいた。

 

「ヨウ、一誠。今日は俺の方が早かったぞ」

 

「その様だね、エルレ」

 

 気配で誰かは解っていたが、先客はやはりエルレだった。僕達より早くここに到着した事で勝ち誇っているエルレに声をかけると、アウラがエルレに駆け寄って挨拶をする。

 

「こんにちは、エルレ小母ちゃん! ……それとも、エルレママって呼んだ方がいい?」

 

 アウラは先程僕とエルレの婚約が発表された事でエルレの呼び方をどうするのか迷っている様だ。そのアウラの迷いをエルレはしっかりと感じ取っていた。

 

「ついさっき俺と一誠の婚約が冥界中に公表されたからね。それを気にしているんだろうけど、アウラの呼びたい呼び方でいいぞ。アウラ」

 

「……だったら、もう少しだけエルレ小母ちゃんでいい?」

 

 少しだけ申し訳なさそうに確認をとるアウラに対して、エルレはアウラの頭を軽く撫でてから膝を落とし、アウラと視線を合わせながら答える。

 

「それでいいよ、アウラ。前にも言ったけど、俺の事を「ママ」と呼ぶのはアウラが心から呼びたくなってからでいいんだからね」

 

「……ウン!」

 

 アウラへの返事をエルレが優しく語りかけた事で、アウラの表情は不安げなものから笑顔へと変わる。僕と婚約したエルレの事をまだ「ママ」と呼べない事に対して、アウラは罪悪感を抱いていたのだろう。その辺りもエルレはしっかりと感じ取っていたのだ。

 

「……これが生きてきた時間と経験の差なのかな?」

 

 こうした二人のやり取りを見たイリナが僕に小声で尋ねてきた内容が、僕には少し意外だった。しかし、イリナが少し落ち込んでいるのを見て考えを改めた。……イリナも僕と同じで、まだ大人になり切れない女の子なのだと。だから、イリナの肩を軽く抱き寄せてからこう答えた。

 

「エルレにできてイリナにできない事がある様に、イリナにできてエルレにできない事だってあるんだ。だから、そこまで気にしなくてもいいと思うよ」

 

「……ウン!」

 

 僕の慰めで元気を取り戻したのだろう。落ち込んでいたイリナが笑顔で返事をしてくれた。どうやら、イリナを上手く慰める事ができた様だ。僕がホッとしていると、イリナを除けば付き合いが最も長い瑞貴がからかってきた。

 

「相変わらず仲がいいね、二人とも。この分なら、アウラちゃんの弟か妹が出来るのもそう遠くはないかな?」

 

 すると、瑞貴のからかいにレイヴェルとセタンタが乗ってきた。

 

「その時には、ぜひ私にお任せ下さいませ。立派な紳士淑女にお育て致しますわ」

 

「頭を使う方がレイヴェルなら、体を動かす方は俺に任せて下さい。お二人のご期待に応えてみせますよ」

 

「でも、セタンタ。一誠先輩とイリナ先輩の子供を教えるって、当然ケルトの流儀でやるんでしょ?」

 

 ここでギャスパー君がセタンタの教育方針を確認すると、セタンタは迷う事なく頷いた。

 

「当り前だろ? 強くなるならこれが一番だからな」

 

「……いや、幾ら強くなるからって達成か死かの二択しかないケルト式は明らかにやり過ぎだよ。だから、ここは一誠先輩から色々教わっている「僕」の方が適役じゃないのかなぁ?」

 

 ……セタンタの教育方針に問題があると指摘する一方で、さりげなく自分の方を教師にする様に持ち掛けてくる。その為の手段を選ばない辺り、ギャスパー君もかなり逞しくなっていた。尤も、それに勘付いたセタンタもセタンタだが。

 

「……あいつ、実は中々に腹黒い奴なんだな。一体いつの間に入れ替わっていたんだよ、ご先祖のひい爺さん?」

 

「あらら、気付かれちゃったか。一応、交代したのは教育方針を君に尋ねた後なんだけどね。こういった駆け引きの類はギャスパーより「僕」の方が得意だから交代したんだけど、よく気付いたよ。その辺りの勘の鋭さはひ孫譲りかもしれないね」

 

 ギャスパー君と交代して表に出てきたバロールがそう言ってセタンタを褒めると、セタンタは満更でもない表情を浮かべた。

 

「ご先祖のひい爺さんにそう言われると、ちょっとした自慢話にできるな」

 

 一方、ギャスパー君とバロールが密かに入れ替わっていた事に気付けなかったレイヴェルは、少しばかり悔しそうにしている。

 

「私とした事が、ギャスパーさんとバロールさんの入れ替わりに気付かなかったなんて。……セタンタには負けていられませんわ」

 

 レイヴェルは握り拳を作りながら、更なる精進を一人誓っていた。一方、自分のからかいから始まった他愛のない話を一歩引いて聞いていた瑞貴は笑みを浮かべて僕達に話しかけてきた。

 

「一誠、イリナ。この分なら、ここでも楽しい日々を過ごせるんじゃないかな?」

 

「瑞貴の言う通りだね。これからが楽しみだよ」

 

「私もそう思います。瑞貴さん」

 

 そうしてこれからの楽しい日々に思いを馳せている所で、僕達を案内してからその場を離れていた執事長が再び応接間に入ってきた。

 

「皆様、お待たせ致しました。旦那様、奥様。どうぞお入り下さい」

 

 そう言って扉の脇に退いて一礼すると、総監察官とクレア様が入ってきた。お二人が応接室の中に入った所で執事長が入れ替わりで部屋を出てそのまま扉を閉めると、総監察官はまずはこの中で最上位者となるエルレに話しかけた。

 

「エルレ・ベル殿。まずはこちらからの急な呼び出しに応えてくれた事、心より感謝する」

 

「いえ。今後の付き合いを考えると、総監察官の呼び出しに応じないという選択肢は私にはありませんから」

 

「そう言ってもらえると、多少は気が楽になるというものだ」

 

 異母兄である大王家の現当主にすら気安く話しかけるエルレも、流石に総監察官に対しては敬語を使っていた。そうして二人が通過儀礼の様なやり取りを終えると、総監察官が次に話しかけてきたのは僕だった。

 

「さて、例の件について貴様が持ち掛けてきた条件の一つはつい先程達成された。……ならば、解るな?」

 

 総監察官は明らかに呼び方を強制する様な言い方をしている。やはり、最後まで憎まれ役を買って出るつもりなのだろう。……だから。

 

「ハイ。今まで僕の事を温かく見守ってくれた事を深く感謝すると共に、今後ともご指導ご鞭撻の程をよろしくお願い致します。……義父上」

 

 あえて素の言葉使いで僕が全てを知っている事をぶちまけた。総監察官、いや義父上は一瞬目を見開いた後に僕に問い掛けてくる。

 

「……いつ、気付いた?」

 

「高天原に赴いた際、実は二年前の次元災害において日本神族もまた対処に動こうとしていた事を知りました。その時に義父上の発言に矛盾がある事に気付いたのです。後はロシウと計都の二人に今までの事を全て調べさせました」

 

「では、ネビロス家の養子入りの話を承諾した時には既に知っていたという事だな。……儂もとんだ道化を演じたものだ」

 

 義父上は僕に一杯食わされたと悟って、苦笑いを浮かべる。すると、義母上は口に手を当ててクスクスと笑い出した。

 

「ウフフ。エギトフったら、珍しく一杯食わされたわね。でも、きっとこれで良かったのよ。これでもうお互いに遠慮する必要がなくなったのだから」

 

「……少々癪ではあるが、そう思う事にするか」

 

 義母上に促される形で義父上は苦笑いを収めると、そのまま話の本題へと入ろうとした。

 

「さて。今見た通り、我がネビロス家が一誠を養子として迎え入れた事は本人の承諾を得ている。それを踏まえた上で本題に入ろうか」

 

 しかし、その前に「お待ち下さい、まだ旦那様がお呼びになられていません!」という執事長の声と共に突然応接間の扉が開いた。

 

「ガッハッハッ! 兵藤よ、昨日ぶりじゃのぅ! いや、今となってはエギトフの倅と呼ぶべきか!」

 

 開口一番そう言い放ちながら応接室に入ってきたのは、何故か紋付き袴という和服の礼装を着た巨躯の老人だった。完全に白髪で頭頂部に至っては完全に禿げ上がっている事から、悪魔としてもかなりの高齢である事は間違いない。その一方で、顔から下は和服越しからも解る程に筋骨隆々としていて、明らかに老人の物ではなかった。……ストラーダ司祭枢機卿といい、この方といい、偉い立場にいる者は年老いてもなお体を鍛えなければならない決まりでもあるのかと錯覚してしまいそうだ。義父上も細身ではあるが老いによる体幹の歪みが全く見られず、未だに鍛錬を欠かしていないのが解るので尚更そう思えてくる。因みに、この方には昨日お会いしているが、見た目通りのお人柄に少々押されてしまった。

 

「まったく。貴方はもう少し落ち着きというものを持ったらどうなの?」

 

 先に入ってきた方を窘めながら応接間に入ってきたのは、シックなレディース用のビジネススーツを纏った黒髪の女性だ。見た目で言えばおそらく母さんと同年代で言葉遣いも相手が知り合いだからかやや気安い感じであるが、視線を向けられるだけで自ずと身が引き締まるほど厳格な雰囲気を纏っている。この方もまた昨日お会いしたばかりだ。

 

「ギズル・サタナキア様。ハーマ・フルーレティ様。昨日は貴重なお時間を頂き、誠に有難うございました」

 

 僕は昨日の上級悪魔の昇格試験において面接官を務められたお二人の名前を呼び、改めて感謝の言葉を伝える。それに対して驚いたのは、フェニックス家の令嬢で冥界の歴史にも詳しいレイヴェルだ。

 

「あの、一誠様。今、サタナキア様とフルーレティ様のお名前が出てきましたのですけど、ひょっとして……?」

 

 目の前の現状が信じられないと言った表情で尋ねてきたレイヴェルに対して、僕はただ事実だけをハッキリと伝える。

 

「レイヴェルの想像した通りだよ。お二人とも、悪魔創世の際に義父上と共に悪魔勢力の基盤をお築きになられた方達だ」

 

 僕がお二人の事を説明すると、お二人は間をおかずに自らの現状を語ってきた。

 

「尤も、とっくの昔に現役を引退して、今は余生を面白可笑しく過ごしておるがのぅ!」

 

「それは冥界中を宛てもなくフラフラとしている貴方だけよ。私は騒ぎにならない様に少し変装して後進の指導に当たっているわ。魔力の波長も誤魔化すと、案外バレないものなのよ」

 

「……はて、どこの誰じゃったかのぅ? 久々に会うた時に「若い子達に何かを教えるのがとても楽しい」なんぞ()かしておったのは?」

 

「さぁ、誰かしらね? ここ最近、物忘れが激しくて困るわ」

 

 創世期の元勲とも言うべきお二人の間で挑発混じりの軽口が応酬する中、最初に問い掛けてきたレイヴェルはガックリと肩を落としていた。

 

「……軍の総大将でありながら常に最前線に立ち、その剛腕一つで立ちはだかる敵を殴り倒していったという冥界無双と戦う前から既に勝利していると謳われる程の軍略の冴えで悪魔という種族を先代魔王様達の元に統一した冥界史上最強の軍略家が、まさかこの様な方達だったなんて……」

 

 ……ただ、フルーレティ様はともかくサタナキア様についてはある程度こうなるのは予想できた筈だ。

 

「レイヴェル。サタナキア様は先代の四大魔王陛下が堕天使と天界に戦争を仕掛けようとした際にそれを思い留まる様に諫言したものの、受け入れられなかった為にこれ以上は大任に堪えられないとして軍をお退きになっている。その際、自ら(したた)めた辞表を先代ルシファー陛下の顔に直接叩き付けたという逸話は結構有名な筈だよ?」

 

「私は事実を面白可笑しく誇張した作り話の類だと思っていたのです! ……ですがこの分では本当にやっていそうで、それが余計にショックで……」

 

 少し涙目のレイヴェルはその後、言葉を続ける事はなかった。……どうやら、思い描いてきたイメージとのギャップの大きさにショックを隠し切れないらしい。それを察した義父上はお二人を窘める。

 

「そこまでにせぬか。これ以上は貴様達と同期である儂の沽券に関わる」

 

 最後は呆れた様な様子の義父上に、流石のお二人も軽口の応酬をやめてしまった。

 

「フン。ここは貴様の邸だ。ならば、邸の主の顔を立てねばならんのぅ」

 

「……フゥ。助かったわ、エギトフ」

 

 サタナキア様は渋々といった所だったが、一方のフルーレティ様は止め時を探っていた様で安堵の息と共に感謝の言葉を義父上に伝えていた。お二人の反応から場が収まったと見た義父上は、早速本題に入る。

 

「全く、年甲斐もなくはしゃぎおって。……では、ようやく場が収まった所で本題に入ろうか。一誠が先に挨拶をしたのでその必要などないのだろうが、一応は紹介させてもらうぞ。この阿呆はギズル・サタナキア。悪魔軍の退役大将だ。もう一人はハーマ・フルーレティ。悪魔軍の退役中将で参謀長を務めていた事もある」

 

「ギズル・サタナキアじゃ! これでもそこらの神よりも長生きしておるぞ! 悪魔の中で儂と同世代なのはエギトフやクレアにハーマ、後は悪魔になる前も含めればゼクラムの奴ぐらいかのぅ!」

 

「ハーマ・フルーレティよ。この場にいるお爺ちゃんやお婆ちゃんに比べたら私は少し若そうに見えているかもしれないけれど、これでもエギトフ達とはそう変わらない歳なの」

 

 お二人の自己紹介が終わった所で、義父上から意外な事が伝えられた。

 

「それでこの二人についてだが、一誠。貴様が現在三大勢力の垣根を超えて築きつつあるコミュニティの特別顧問に据えてみぬか? 因みに、この二人からは既に承諾を得ている。後は貴様次第だ」

 

 ……それはとても光栄な事ではあるが、流石にやり過ぎだと思ってしまうのは果たして考え過ぎなのだろうか?

 




いかがだったでしょうか?

……憧れの人の実情を知ってガッカリする事って、よくありますよね?

では、また次の話でお会いしましょう。

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