未知なる天を往く者   作:h995

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第六話 歩み寄りの先に

 ……今から半月ほど前。

 

 リアス部長とソーナ会長、サイラオーグ、シーグヴァイラさん(ライザーの親友ならば敬称はやめて欲しいとの事)、ゼファードル(生徒に敬称はやめて下さいとの事)、ディオドラ殿の四大魔王と上層部への謁見が無事に終わった事で関係者が次々と退出していく中、僕とレイヴェル、総監察官、そして執事長の四人はそのまま部屋に居続けた。やがて部屋に残っているのが僕達だけとなった所で、総監察官から場所を変える事を持ち掛けられた。僕はそれを了承し、レイヴェルを伴って先程まで若手悪魔達がいた所まで降りていく。その後ろを総監察官と執事長が続くが、下に辿り着くまで特に言葉を発する事はなかった。そうして下の階に辿り着くと、総監察官が早速用件を切り出した。

 

「兵藤。貴様、ネビロス家に入る気はないか?」

 

「……ハッ?」

 

 余りに予想外な事を持ち掛けられ、僕は呆気に取られた。だが、総監察官の話は続く。

 

「具体的には、貴様を儂とクレアの養子とした上でネビロス家の次期当主として公式に認定する。……何故この様な事を儂が持ち掛けたのか、貴様には心当たりがあろう?」

 

 ここまで言われて、僕はハッとなった。確かに、僕は他の勢力には絶対に知られてはならないクレア様の正体をご本人から教えられている。見方によっては冥界の最重要機密ともいえる情報を握っている僕を、総監察官がこのまま放置しておく筈がなかったのだ。本来ならば総監察官が僕の口封じに動いても何らおかしくはないのだが、ここで僕が魔王の代務者として聖魔和合親善大使の任に就いている事が抑止力になっている。ここで既に他の勢力とのパイプを作り上げている僕を消すと、その勢力から疑いの目を向けられて悪魔勢力が立ち行かなくなる恐れがある。それを理解できない総監察官ではないし、口封じができないのならせめて目の届く場所に置いておくのが妥当だろう。

 

「一誠様?」

 

 ただ、こうした事情をよく解っていないレイヴェルが不安げな表情を浮かべてこちらを見ている。……しかし、流石にそれをレイヴェルに教える訳にはいかなかった。

 

「Need to know. 済まないが、私からはこれ以上は何も言えない」

 

 総監察官の前である事から公の言葉遣いでレイヴェルにそう伝えると、レイヴェルは不満を少し見せつつもそれ以上追及してこなくなった。

 

「実を言えば、シトリー卿からシトリー家の総意として貴様を養子に迎え入れるべきと持ち掛けられていた。だが、この様な話に乗るつもりなど儂にはなかった。お互いに色々と抱えておるからな」

 

 レイヴェルがそれ以上踏み込まない姿勢を見せた事で、総監察官は話を持ち掛けてきた経緯と本音を語ってきた。……シトリー卿が総監察官に持ち掛けてきたという事実については驚いたが、本音についてはその通りだと思う。僕はあの日、総監察官の用意周到な差配によって人間である事を止めた。いや、止めさせられたというべきだろう。そして、それまで抱いてきた夢も諦めなければならなくなった。だから、僕にとって総監察官は人間としての僕を殺した仇敵である。そうした因縁のある僕がここで総監察官の言うままにネビロス家に入ったとしても、まともな付き合いができるとは到底思えなかった。

 

「だが、そうも言っておれなくなった。事情は先程言った通り。その上、この話についてはグレモリー家も賛同している。つまり、貴様の主二人はこの話に同意しているのだ。故に儂は貴様にこう言わせてもらおう」

 

 それだけに、既にグレモリー家も承知済みであるという事実に少なからず驚く中、その後に続く言葉が僕の心に余りにも重く圧し掛かる。

 

「兵藤。貴様には、儂を恨む己を殺してもらうぞ」

 

 ……この後、僕を次期当主として迎え入れる用意があるというネビロス家について執事長から説明があった。

 

 ネビロス家は悪魔創世の時から初代である総監察官が今もなお現役を続けている最古参の名家であり、貴族としては最も下である男爵の爵位を持っているものの本来ならば最上位である大公の爵位を持っていても何らおかしくはない。だが、ネビロス家は邸から半径5 kmの土地を除く領地を悪魔創世の混乱から情勢が落ち着いてきた所で先代四大魔王に献上しており、その後も度々あった爵位の昇格や領地の加増の話も「強大な権を持つ者にはあえて禄を少なくし、その分を権なき者に与えて不満を解消すべし」として全て断っている。一応、何らかの形で功績が認められた事を明確にしなければならないという事で政府から直接与えられる俸給については加増を受け入れているが、領地の加増に比べれば微々たるものである。何故なら、所有する領地の住民から徴収した税の内、政府に上納する分を差し引いた残りはそのまま自分達の物とする事を許されているからだ。その為、中には法外な税率を定めて私腹を肥やす家も少なからず出ているが、そうした家は大抵が領地の管理運営に失敗して破産、その責を負って爵位剥奪の上で領地を始めとする私財の殆どを政府に取り押さえられて没落している。その様な愚を総監察官が犯すとも思えないが、総監察官曰く「ただでさえ監察の仕事が忙しいのに、広大な領地の管理運営までやっていては流石に身が持たん」との事だった。確かにそれも理由の一つだろう。だが、おそらくは収入の大部分を俸給に依存する事で絶大な権限を持っている事への妬みや恨みの類を緩和し、監察という難しい仕事を滞りなく進める為の処世術としての意味合いの方が強い筈だ。

 

「だからこそ、我がイポス本家は私情を超えて冥界に奉仕する旦那様にお仕えしているのです」

 

 執事長はネビロス家の説明を終えた後、誇らしげにそう語っていた。それは己の生き方に誇りと自信を持つ男の顔だった。……執事長自身、僕の目から見ても相当の傑物である。自らを新たな当主としてイポス伯爵家を再興させれば、冥界にその名を轟かせる事はそう難しくない筈だ。それにも関わらず、ネビロス家に仕える執事という立場を堅持している。それ程の方なのだ、エギトフ・ネビロスという方は。当然、大王家や大公家を始めとするソロモン七十二柱でも序列の高い家から養子を迎え入れる話を何度も持ち掛けられていた。しかし、総監察官は持ち掛けられてきた養子縁組の話を全て断っている。「儂の後を継ぐには実力が足りない」との事らしいのだが、それ以上に最後まで子を為せなかったクレア様を慮っての事なのだと思う。

 

 ……そうした様々な事を全て覆して、何故僕を養子に迎え入れる事にしたのか。

 

 それがどうしても解らずにいると、総監察官の方から声を掛けられた。

 

「兵藤。正直に言おう。これで本当によいのか、儂は今でも悩んでいる。話を持ち掛けた儂ですらこうなのだ、貴様がこの場で答えを出せるとは思えん。よって、返事は外遊から戻ってきてからでいい。その時は儂自ら出向いて答えを聞こう。また、貴様の身内と上位者の中で貴様が信用できると判断した者に対してはこの件について相談する事も認めよう。だが、フェニックスの娘よ。貴様がこの話を外に漏らす事は認めぬ。それがたとえ親兄弟であってもな。……話は以上だ」

 

 返事については猶予を与える事とレイヴェルについては他言無用である事を伝えた総監察官はそのまま執事長と共に部屋を出ていった。……本来であれば頭を下げて最敬礼で見送らなければならないのだが、事の余りの大きさに深く考え込んでいた僕はそれを完全に忘れてしまっていた。レイヴェルの話では、その後で流石に不味いと判断して声を掛けるまでのおよそ一時間、僕はただその場に呆然と立ち尽くしていたらしい。

 

 ……それだけ、持ち掛けられた話が余りにも現実離れし過ぎていたのだ。

 

 

 

 総監察官が談話室を後にするのを見送りながら養子縁組の話を持ち掛けられた当時の事を思い返していると、アウラが真っ先に僕に詰め寄ってきた。

 

「ねぇパパ。何でパパのパパはお爺ちゃんだけなのに、ネビロスのお爺ちゃんを「ちちうえ」って呼ぶの?」

 

 ……実はグレモリー領の温泉で父さんや母さん、そしてエルレと鉢合わせした時、僕に総監察官との養子縁組の話が来ている事を総監察官自ら説明と謝罪に来たと父さんから教えてもらっていた。ただその際、母さんがアウラを連れ立って露天風呂に向かっており、アウラだけはこの話を聞いていないのだ。それに、この時の僕はまだこの養子縁組の話をどうするのか悩んでおり、アウラに話すのはハッキリと決断してからだと考えていた。だから、結果的にアウラに隠し事をする事になってしまった。

 

「それを今から説明するよ、アウラ」

 

 僕はアウラにそう伝えたものの、僕に隠し事をされた形のアウラの目には明らかに不満の色が現れていた。こればかりは決断の遅れた僕のせいなのだから、仕方がないだろう。その一方、事情を知っていたレイヴェルについてはライザーが問い詰めていた。

 

「レイヴェル。総監察官が答えを聞きに来たと仰った時、お前はその話に明らかに心当たりがあったな。つまり、お前はこの話を知っていたんだな?」

 

「はい。私は知っていました。半月ほど前に行われた若手悪魔の会合が終わった後、ネビロス様から一誠様に直々にお話をなされたのです。その時に私も立ち合いましたので……」

 

 総監察官が僕に話を持ち掛けた時の状況をレイヴェルが説明すると、フェニックス卿はこちらの事情を察してくれた。

 

「その分では、お前には他言無用である事を総監察官から命令されたな。そういう事であれば、総監察官の命に従ったお前を私達が責める訳にもいくまい」

 

「お父様、申し訳ありませんでしたわ」

 

 レイヴェルがフェニックス卿に謝罪した所で、いよいよ本題に入る。

 

「では、そろそろお話ししてもよろしいでしょうか?」

 

 僕がそう呼び掛けると、この場にいた全員が僕に頷き返した。そして、僕は若手悪魔の会合が終わった後の事を話し始めた……。

 

 

 

Interlude

 

 一誠がネビロス家との養子縁組について説明している頃、フェニックス家の本邸を後にしたエギトフ・ネビロスはシトリー家の本邸にいた。執事長の案内で応接間に辿り着くと、そこでシトリー家の現当主が待っていた。

 

「総監察官、お待ちしておりました」

 

 シトリー卿はソファーから立ち上がると、そのまま一礼してエギトフを出迎える。

 

「シトリー卿。歓迎してくれるのは嬉しいが、今の儂は少々時間が惜しい。何せ、これから回らなければならない場所が幾つかあるのでな」

 

 エギトフがシトリー卿にあまり時間の余裕がない事を伝えると、シトリー卿は理解を示した。

 

「承知しました。では、早速話を始めましょう」

 

 そうしてエギトフが上座に、シトリー卿がそれに向かい合う形でそれぞれソファーに座ると、シトリー卿が早速話を切りだした。

 

「して、首尾はどうなったのでしょうか?」

 

 しかし、シトリー卿の問い掛けにエギトフが答えるまでに数秒ほど間があった。

 

「……貴公の次女には少々申し訳ない結果となった」

 

 歯に衣着せぬ物言いで有名なエギトフとしては少々珍しい迂遠な表現の返答を聞いて、シトリー卿は複雑な思いを抱く。

 

「そうですか。兵藤君は……」

 

「ウム、あ奴はネビロス家の者となる事を受け入れてくれた。ただ相当に悩んだ様だな。承諾する上で幾つか条件を出してきた」

 

 一誠が条件を出したという事をエギトフから聞かされ、シトリー卿は少し意外に思った。そこでエギトフにその条件について話を聞く事にした。

 

「因みに、その条件とは?」

 

「この話は上級悪魔に昇格して初めて成立する事。血縁を含めた人間関係は全て維持する事。以前に交わした契約や約束事は履行させる事。そして、己は引き続き兵藤一誠を名乗り、ネビロスの姓はあくまで貴族としての称号に留める事。この四つだ」

 

 一誠が出した条件を聞いたシトリー卿は、先の三つの条件については妥当であると判断した。最初の条件については「ネビロス家に気に入られたから上級悪魔に昇格した」のではなく「上級悪魔に昇格した事でネビロス家に見出された」とする事で、あくまで実力を認められたからだという実力主義に基づくものだと知らしめる為であるし、二つ目と三つ目の条件についても一誠の持つ個人的な繋がりは冥界にとっても有益なものが多く、契約や約束事の履行についても悪魔として為さねばならない義務である。エギトフも一誠のそうした意図を即座に理解したからこそ、条件を出された時に即答で承認したのである。それだけに、最後の条件をエギトフが受け入れた事にシトリー卿は首を傾げてしまった。

 

「確かに今の状況でいきなり一誠・ネビロスと名を変えてしまえば、成り上がり者という印象が少々強過ぎる。あ奴はそれを懸念したのであろうな」

 

 エギトフは苦笑交じりにそう語ったものの、シトリー卿はやはり納得できずにいた。

 

「総監察官。貴方は本当にそれでよろしいのですか?」

 

「構わぬよ。あ奴がこの様な条件を出してきたのは、人間を止めるように仕向けた儂に対する蟠りと折り合いをつける為でもある。それにクレアとの間に子を為せなかった時点で、ネビロスという家は儂一代で終わらせるつもりだった。それがあ奴のお陰で、貴族としての称号という形ではあるが代々受け継がれていくものへと変わったのだ。儂もクレアもそれで十分だ」

 

(……総監察官の意志はもはや変わらない)

 

 そう悟ったシトリー卿はこの件に関してはもう何も言わない事にした。そして、話題を別のものへと変える。

 

「話は変わりますが、この後はどちらに向かわれますか?」

 

「まずはバアル家だな。そこで事の次第を説明せねばなるまい。まぁゼクラムには既に話をして了承も得ている以上、今代やその取り巻きがどう騒いでもこの話が覆る事はあるまい。……いや。儂の見立て以上の先見の明を持っているあの者の事だ、むしろ率先して受け入れるかもしれぬな」

 

 エギトフの予想を聞いたシトリー卿は、最初こそバアル家の現当主からの反発が強いのではと思ったものの、すぐに現当主が率先して受け入れる理由に思い至った。

 

「三つ目の条件によってエルレ・ベル殿との婚姻についても履行される事から、兵藤君を通じて今までどの家とも一定の距離を置いてきたネビロス家との誼を得られるからでしょうか?」

 

 シトリー卿がエギトフに確認を取ると、エギトフは「そういう事だ」と簡潔に答えた。自分の考えが合っていた事にシトリー卿は安堵の息を吐くと共に、長女から一誠の悪魔からの嫁取り話が持ち上がった事で自ら立ち上げたプロジェクトの変遷に思いを馳せた。

 

「正直な所、ここまで話が大きくなるとは思っておりませんでした」

 

「例のプロジェクトの事か? 確か、冥界側の花嫁を選ぶ権利を与える為に爵位を持つ家に一誠を養子として入れ、正式に次期当主とするという話だったが」

 

 エギトフがプロジェクトについて確認を取ると、シトリー卿はプロジェクトをどの様に進めていたのかを語り始めた。……この時、エギトフが一誠の事を姓でなく名で呼んだ事にシトリー卿は気づいていなかった。

 

「はい。実の所、七十二柱に名を連ねる家はもちろんの事、番外の悪魔(エクストラ・デーモン)でもアバドン家やマモン家、ベルフェゴール家といった大きな名家となると逆効果になりますので、少し格の落ちる家に兵藤君を養子に迎える話を持ち掛けたのです。そこで兵藤君が創意工夫の才に溢れている事と現当主が老齢でもはや跡取りが見込めない事から、創意工夫の家として知られるグザファン家が私の話に耳を傾け始めていました。本来であれば、それで充分だったのですが……」

 

「誤算だったのは、今代のバアルが一誠を取り込む為に妾腹とはいえ己の妹を花嫁として推挙してきた事だな」

 

「はい。事ここに至ってしまった以上、兵藤君が大王家に完全に取り込まれない様にするには総監察官にお願いする以外に手立てがありませんでした」

 

 シトリー卿はそこまで語ると、深い溜息を吐いた。……シトリー卿にしてみれば、エギトフに一誠を養子に迎える話を持ち掛けるのは一世一代の賭けだった。ここで冥界の生きた伝説であるエギトフから不興を買ってしまえば、シトリー家はおろかレヴィアタンを務める長女セラフォルーにまで悪影響が及びかねなかったからである。それが最終的に上手く纏まった事で、シトリー卿はここ一月足らずの間に背負い続けた肩の荷をようやく下ろす事ができた。その安堵の思いが強いのか、未だにエギトフのちょっとした変化に気付いていない。

 

「……それにしても、まさかゼクラムがあの娘御を政略結婚に使う許可を出すとはな。ゼクラムとは悪魔創世以来の付き合いだが、流石にこれは読み切れなんだわ」

 

「エルレ・ベル殿をご存知なのですか?」

 

 プロジェクトの話を聞き終えた所でエギトフがエルレの事を知っている素振りを見せた為、シトリー卿は反射的に確認を取る。それに対するエギトフの返事は意外なものであった。

 

「正確には、あの娘御の母親の方だがな。ただ、あの娘御の名が挙がった時点で誰も相手にならなかったであろうよ。それこそ、貴公の上の娘であるレヴィアタン様であってもな」

 

「どういう事でしょうか? 如何にエルレ・ベル殿が大王家の現当主の妹とは言え、セラフォルーが敵わないとは到底思えないのですが」

 

色々と問題のある長女ではあるもののやはり娘が可愛いシトリー卿にとって、今の話は流石に聞き逃せない事であった。そこでシトリー卿は相手が誰なのかを忘れたかの様に勢い込んで問い詰めてしまった。一方、問い詰められたエギトフは思わず苦笑する。

 

「いずれは魔王様達を始めとする上層部にあの娘御について話をする事になる。となれば、当然レヴィアタン様を通して貴公の耳にも入ろう。ならば、貴公に今この場で教えてもそう大した違いはあるまい」

 

 シトリー卿にそう前置きをした後、エギトフはエルレの出生について語り始めた……。

 

 

 

 エギトフの話は十分程で終わり、その後エギトフはシトリー家の本邸を後にした。次に向かうのは、冥界の一大派閥である大王派を率いるバアル家。エギトフに特別に許可されている地点まで転移で移動してから徒歩でバアル家の本邸に向かう中、その後に向かう事になる家の者達がどう反応するのかを考えたエギトフは少しばかり憂鬱になったものの、これはいかんと気を取り直す。

 

(……既に一誠から承諾を得るという最大の難関を突破したのだ。ならば、後は最後まで詰め切るのみよ)

 

 決意を新たに足取り強くバアル家の本邸に向かうエギトフであったが、その口元には僅かながらに笑みが零れていた。

 一方、シトリー家の本邸を立ち去るエギトフを見送ったシトリー卿だが、自分の書斎に一人入るとそのまま腰が抜けた様に書斎の椅子に座り込んでしまった。そして、深い溜息と共にガックリと肩を落とす。

 

(やっと分不相応な肩の荷を下ろせたかと思えば、また別の分不相応な重荷を背負わされてしまったか。そもそも、私は本来ならばシトリーの家を守るのが手一杯な器しか持たない男。その様な男に、時代は一体何を望んでいるのだろうな)

 

 ……どうやら、シトリー卿の苦難はまだまだ続く様である。

 

Interlude end

 

 

 

 若手悪魔の会合が終わった後の事を全て話し終えた僕は、そのままネビロス家の養子縁組の話を受け入れるに至るまでの経緯を話していく。

 

「……受け入れる事を決断したのは、本当につい先程です。それまでずっと迷っていましたし、迷っている状態でアウラに話す訳にもいきませんでした。それに他の方からの意見が欲しくて、サーゼクスさんやアザゼルさん、それにアジュカさんにも相談に乗って頂きました」

 

「あぁ。だから、俺はこの件については知っていた。ある意味で新鮮だったぜ。あのイッセーが判断に迷って俺達大人に相談しに来るなんてな。まぁ俺もサーゼクスも、そしてアジュカでさえもイッセーに対する答えは一緒だった。……どれだけ悩んでもいい。その代わり、最後は必ず自分で決めろってな」

 

 アザゼルさんが相談に乗った時の事を話すと、イリナも話に加わってきた。

 

「実を言えば、私もイッセーくんからこの話を打ち明けられていました。身内であれば相談してもいいのなら、私でも問題ないだろうという事で……」

 

 そこでライザーがイリナに質問をしてきた。

 

「今の話、何気に惚気が入ってないか? ……まぁいい。それで、君は一誠になんて答えたんだ?」

 

「小父さまや小母さまにはちゃんと話をしないとダメだよって。それだけです。ただ、ネビロス総監察官から説明を受けた事を逆に私達の方が小父さまから聞かされちゃいましたけど」

 

 イリナが最後に苦笑いを浮かべながら話を終えると、ルヴァルさんがウンウンと何度も頷いていた。

 

「……成る程。君は正しく兵藤君と寄り添い合って歩んでいるのだな」

 

 そう言って僕とイリナの事をルヴァルさんが見ている中、アウラが僕に質問をしてきた。

 

「ねぇパパ。なんでネビロスのお爺ちゃんをもう一人のパパにしようって決めたの?」

 

 ……これは少々答えにくい事を訊かれてしまった。だが、少しばかり(ぼか)す様な言葉でアウラの質問に答える。

 

「そもそもの前提条件が間違っていたからだよ」

 

 実は高天原から帰ってきた後、はやての護衛として行動しているロシウに念話で密かに調査を頼んだ。ロシウの使用する魔法の中に、物や土地に宿る残留思念を読み取るサイコメトリーの様なものがある。それを駒王町全域で使用してここ二年間に一体何があったのかを調べてもらったのだ。それと同時に専属コーチとして小猫ちゃんについている計都(けいと)にも密かに八卦を立てさせた結果、両者の得た結論が完全に一致した。

 ……二年前のヒドゥン襲来以来、総監察官は僕の事をずっと見守っていたのだ。しかも、他の神話勢力に僕の事を知られない様に密かに手を回してもいた。僕が一度は全てを諦め、人間である事を止めたあの時も、僕が万策尽きた所に僕の身柄の確保の為に現れ、人間界における自分の手駒とする事で僕と家族の身の安全を保証すると共に僕が人間のままで引き続き夢を追い駆けられる様に密かに手配し始めていた。つまり、僕はあの時に人間を止める必要などなかったのだ。

 この事実を僕に伝えてきた時、計都は何とも言えなさそうな表情を浮かべていたし、ロシウに至っては「儂の生涯で間違いなく最大級の失態じゃな。真に申し訳ない」と躊躇いなく頭を下げて謝ってきた。僕自身、公開授業の時に自分が総監察官に仕出かした事を思い出し、もう恥ずかしくて堪らなかった。それこそ、穴があったらそこに入り込んでそのまま一生過ごしてしまいたいくらいに。だがそれにも関わらず、総監察官は僕に対する態度を一切変えてこなかった。おそらくは、僕に真実を知られない様にする為に。そして、自ら買って出た憎まれ役を最期まで貫き通すつもりだろう。

 

 ……だから、決めた。もうその必要などないのだと、あの人にしっかりと伝える為に。

 

「パパ、その前提条件って何?」

 

 アウラが僕の暈す様な返答に対して更に質問を重ねてきたので、僕は端的な言葉を返す。

 

「それを訊かれるとちょっと答えに困るけどアウラに解り易く言うなら、僕が総監察官の事を勘違いして酷い事を言っちゃったってところかな?」

 

「そっか~。だったら、今度会った時にはちゃんとゴメンなさいしないとダメだよ。パパ」

 

 ……本当に。本当に、この子は物事の本質をよく捉えている。案外、アウラは僕よりも見るべき所をしっかりと見ている父さんの方に似ているのかもしれない。

 

「うん。そうだね。アウラの言う通りだ。その為にも、まずは明日の試験を頑張らないとね」

 

 そして、アウラに答えた様にまずは明日の昇格試験を合格して上級悪魔に昇進しなければならない。そういう条件を自分でつけたのだ、自分の言葉にはしっかりと責任を持たないといけなかった。

 

 そうして翌日。若手対抗戦の開幕戦の三日前となり、堕天使領に残っていた面々が戻ってきた頃、僕は首都リリスにおいて秘密裏に行われた上級悪魔の昇格試験を受けた。

 あくまで僕一人の為の試験であり、筆記試験については総監察官が直々に作成した問題を使用し、面接試験では上層部を始めとする貴族や名家、旧家への挨拶回りを一通りこなしてきた僕ですらお会いした事のない年配の方達が面接官を務めていた。

 

 冥界には、まだこれ程の方達が控えていたのか。

 

 面接試験で初めてお会いした方達を見た時、僕は悪魔勢力の底力を垣間見た様な気がした。

 

 ……大王家現当主の妹であるエルレとの婚約と併せて、僕が上級悪魔の昇格試験を受験して見事合格した事を冥界中に公表されたのは、その翌日の事だった。

 

 

 

「して、貴様達から見たあ奴はどうであった?」

 

「ガッハッハッ! 口惜しいのぅ! もう少し早く会っておけば、貴様に盗られる前に儂の孫の婿にしておったものを!」

 

「……面白い。この一言に尽きるわね。それにあの子、気付いていたわよ。面接の間、私の雹が自分の頭を狙っていたのをね」

 

「ホウ? 貴様の「雹殺」を気取ったのか。頭でっかちでないのは知っておったが、これでますます口惜しくなったわ」

 

「……フム。では、よいのだな?」

 

「応よ! 悪魔軍の元総大将、ギズル・サタナキア! 兵藤一誠を貴様の養子とする事を認めよう! それと、例の件も合わせて承知してやるわ!」

 

「同じく悪魔軍退役中将、ハーマ・フルーレティ。ネビロス家の養子縁組を承認します。それと、私も例の件を引き受けましょう。……あとは、クレアによろしく言っておいて」

 

「……感謝するぞ。我が旧友(とも)よ」

 

 その裏で、総監察官が旧き友人達に声をかけていた事も知らずに。

 




いかがだったでしょうか?

今はただ奔流の如く。

では、また次の話でお会いしましょう。

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