未知なる天を往く者   作:h995

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第五話 堰は開かれた

Side:アザゼル

 

 ……イッセーの奴、相変わらずとんでもない爆弾を放り込んで来やがる。

 

 エキシビジョンマッチのライブ放送は、その後イッセーとタンニーンが召喚契約を交わす所まで放送された。しかもその少し前に「既にティアマットとミドガルズオルムとは召喚契約を交わしている」という衝撃の事実まで明かされている。まぁ俺やミカエル、サーゼクスの三人はイッセー本人から教えてもらっているし、他に教える奴については俺達に一任されている。それで、シェムハザを始めとする神の子を見張る者(グリゴリ)の幹部には俺から重要機密として直接説明しているから、下の奴等が動揺してもシェムハザ達が説明する事でそこまで大きな騒ぎにはならないだろう。天界はどうなんだろうな? そう思ってミカエルの方を向くと、ドヤ顔で俺の方を見てやがる。この分だと熾天使(セラフ)には既に通達済みで、天界の方も多少騒動にはなるかもしれねぇがすぐに落ち着く事になりそうだ。

 こうなると、問題はイッセーが直接所属している悪魔勢力だな。サーゼクスは一応、同僚の魔王には教えている様だ。アジュカもファルビウムもそれ程驚いちゃいないし、セラフォルーに至っては出来の良い部下を自慢している様な素振りすらしている。それに悪魔としての主であるリアスとソーナについてはイッセー自身が予め伝えていたらしく、グレモリー卿夫妻とシトリー卿夫妻は特に動揺は見られなかった。それどころか滅多にお目にかかれない召喚契約の一部始終を見られた事に喜んでいる様だ。しかし、いっそ淡白とすら言えるくらいに冷静な反応なのはこのくらいで、後の連中は騒然としていた。そりゃそうだろうな。転生してからまだ半年も経っていないにも関わらずに政治の都合で魔王の代務者に持ち上げられたとばかり思っていた若造が、実は転生前から既に龍王の一頭と召喚契約を交わすという前代未聞(実際は歴代赤龍帝でも最高位の一人であるリディアがティアマットと召喚契約していたから史上二人目になるんだが)の偉業を成し遂げていたんだからな。これでイッセーがいる限り、龍王最強で今も偶に暴れる事があるティアマットと普段は眠っているが起きて暴れた時の被害が尋常でないミドガルズオルムは悪魔に早々危害を加えないだろう。……そう思うんだろうな、上層部の老害共は。だが忘れちゃいけねぇのは、あくまで「イッセーがいる限り」だ。これでもしイッセーに危害を加えようとすれば、アリスを始めとする歴代赤龍帝だけでなくティアマットにミドガルズオルム、そして今さっき新たに召喚契約を交わしたタンニーンとタンニーン配下のドラゴン達が揃って敵に回るだろう。そこのところを、老害共は本当に解ってんだろうな? 頼むから、欲にボケてイッセーに無茶な事を押しつけんじゃねぇぞ。天から堕ちた堕天使である俺だが、久しぶりに天に向かって祈りたくなった。

 それでイッセーが真覇龍(ジャガーノート・アドベント)によるドライグの実体化を解除すると、既に基礎設計が終わって現在は俺が組み立て中である例のブツが完成するまでドライグは再び眠りについた。なお、例のブツの基礎設計については、ロシウの爺さんと計都(けいと)が展開した精神のみを加速させる特殊な結界の中で半年に渡ってイッセーと俺、アジュカの三人で話し合った末に完成した。その際、技術者としてのタイプが違う俺とアジュカだけでは反りが合わなかっただろうが、俺ともアジュカとも話の合うイッセーが間に入った事でスムーズに話し合いが進み、気がつけば一週間不眠不休で語り合っていたなんて事もザラだった。そんな濃密な時間を半年も過ごした事でイッセーとアジュカは同じ技術者仲間として親しくなり、イッセーはプライベートではアジュカの事を「アジュカさん」と呼ぶようになった。アジュカの奴も親友のサーゼクスとイッセーが父親友達という事もあって、イッセーとはかなり親しげに語らい合う様になり、そのお陰で当初予定していたものとは大幅に性能が上乗せされた傑作が出来上がった。今後の予定としては俺が基礎設計に基づいて組み立てた後、アジュカが術式を組み込んでから最終調整を当事者であるイッセーにやってもらう事になっているが、俺としてはどんな風にアジュカとイッセーが仕上げてくるのか、非常に楽しみだ。ただドライグが目覚めるまでに完成する見込みだったので完成にはあと一月程かかるが、焦って変な不具合を起こす様な欠陥品にする訳にもいかないからな。ここはヴァーリ専用のヤツとの同時進行でじっくりと進めさせてもらうさ。

 それで話を戻すが、ドライグが眠った後にイッセーが異相空間から控室に戻ってきた訳なんだが、イッセーはこの後にVIP席で観戦していた貴族達に挨拶しに来る事になっていた。しかし、ここで少々厄介な事になった。一部の貴族達がイッセーにアウラの同伴を求めてきたのだ。……その目的は、俺から見ても明らかだ。イッセー本人との婚姻という最も有効な繋がりを既に大王家に奪われた以上、イッセーの娘でタンニーンにも気に入られ、更には二天龍の片割れが全く頭の上がらない存在である事をまざまざと見せつける格好となったアウラを通じてイッセーとの繋がりを確保しようって事だろう。何というか、過酷な貴族社会の中で生き残ろうと形振り構わず全力を尽くしているって点では貴族達を評価できるんだが、だからと言ってそれを表に出し過ぎなのは頂けねぇ。そんなんだから、もっと身近にあったミリキャスっていう有力な繋がりを得られなかったって事に少しは気付けよ。

 ……尤も、アウラがイッセーとイリナ、レイヴェルの三人と共にVIP席にやってくると、すぐに声をかけてきた一、二歳年上と思しき貴族の女の子にとんでもない事を言っちまったんだがな。

 

「貴族の人達は確かに偉いと思うけど、それはあなたじゃなくて、あなたのパパやお爺ちゃん達なんだよ。だって、あなたはまだ何もしてないんだもん。だから、これからいっぱい頑張って、自分にできる事を見つけて少しずつやっていくの。そうしたら心から「偉い」って思ってもらえるし、あなたの子供だって胸を張って言えると思うの。自分のママはとっても偉いんだって。そうやって皆から「偉い」って思ってもらえる事を家族でずっと積み上げてきたから、貴族の人達はとっても偉いんだよ」

 

 この時、近くにいた初代バアルはこのアウラの言葉を聞いて目を見開いた後、大笑いした。

 

「まさかこの様な幼子の口から貴族が貴族たる由縁を聞かされるとはな。やはり長生きはするものだ」

 

 そう言って初代バアルはアウラの頭を撫でると、アウラは少々照れ臭そうだったが笑みを浮かべて受け入れていた。……これで、アウラは「赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)の娘」だけでなく「幼いながらも初代バアルが直々に認めた才女」という新たな風評を得てしまった。しかも、おそらくは「何故自分は皆からチヤホヤされているんだろう?」という疑問を心の何処かで抱いていたんだろうな。その貴族の女の子はアウラの言葉にすっかり感銘を受けてしまい、「後でまたいっぱいお話しましょうね!」と身分を超えた友好関係を築いてしまった。こういう事をさらっとやっちまう辺り、やっぱりアウラはイッセーの娘だった。

 ……それにしても、初代バアルの動きは本当に早かった。アウラの言葉に目を見張ったのは、間違いなく事実だろう。それを褒める言葉にも嘘はない。そんな薄っぺらい言葉など、父親譲りの慧眼を持つアウラは即座に見抜いてしまうのだから。ただ、初代バアルがアウラの事を偽りなく褒めた事でアウラは初代バアルを通じて大王家に少なからず好意を抱いた筈だ。遠からず義母となるエルレや従兄弟に当たるサイラオーグとの関係が良好である事もそれを後押しするだろう。そして、それ等全てを見越した上で、アウラを大王家に取り込む好機と判断した初代バアルは即座に動いてみせたって訳だ。全く、油断も隙もあったモンじゃねぇ。だが、ここは大王派の中でも特に厄介な奴がイッセーを敵視していないという確証が得られただけでもよしとしておこう。楽観はよくないが、悲観し過ぎても不味いからな。

 そうしてまずはアウラの無自覚な先制パンチが炸裂して場が騒然としている中、イッセーがイリナとレイヴェル、アウラ、そして初代バアルからイッセーの護衛に就くように命じられたエルレの四人を伴ってハーデス、素戔嗚(スサノオ)、閻魔大王夫妻の順で外部勢力の賓客に挨拶していった。四人とも上機嫌でイッセーと会話を交わしていったが、特に閻魔大王の言葉には所々で年の離れた友人同士の様な気安さも感じられた。実際、イッセーと閻魔大王は異世界の桃太郎と共に旅をした戦友だしな。それで俺達三大勢力のトップへの挨拶も終えた所で、貴族達の多くはイッセーに群がってエキシビジョンマッチの戦いぶりを称賛しながらも言質を取ろうとイッセーの隙を窺っていた。……イッセーがそんな手合いに隙を晒す様なら、如何に決定権がないとは言え言葉一つ間違えば勢力が傾く恐れのある外交官に就けたりしねぇよ。現にイッセーは笑みを浮かべて貴族達と楽しげに会話をしながらも、相手に付け入る隙を一切与えなかった。それならと一部は標的をアウラに変えたものの、今度は幼い為に加減が解らないアウラから容赦のない質問を遠慮なくぶつけられて返答に窮する始末だ。本当ならここで遠慮なく隙を衝くべきなんだろうが、イッセーはあまり踏み込もうとはしなかった。おそらくは自分を通してグレモリー・シトリー両家が余計な恨みを買う事になると踏んで深追いを避けたんだろう。ただ、変に舐められない様にキッチリ釘を刺す辺り、イッセーのやる事には本当に卒がねぇ。まぁ自分の事を先生と慕ってくるゼファードル・グラシャラボラスやリシャールに対しては、流石のイッセーも周りに隙を突かれない程度には気を緩めて接していたんだけどな。

 

 こうして、冥界を大きく揺るがしたであろうタンニーンとのエキシビジョンマッチの後もイッセーはその圧倒的な存在感を貴族達に知らしめた訳だが、翌日にはその影響が早速現れた。

 

 まず動いたのは魔法使い。目的は()()リアスとソーナの共有眷属である内にイッセーと契約を交わす事で、その内容はイッセーが修めている魔術や魔法に関する知識の教授だ。これについては、メテオフォールやトータルヒーリングといった高等精霊魔法を使用してみせたり、元龍王であるタンニーンと召喚契約を交わしてみせたりとイッセーが色々とやらかした時点で予想はできていた。それでまぁとりあえずはグレモリー・シトリー両家で魔法使いや魔術師の書類審査をしたそうなのだが、リアスもソーナも呆れ返っていた。……二人が呆れるのも無理はねぇ。何せ、イッセーへの対価を用意できていない時点でどいつもこいつも問題外だったからな。まぁハッキリ言っちまうと、イッセーへの対価が用意できるのは魔導師としてはイッセーを上回っているロシウの爺さんとはやてくらいなものだからな。後はイッセーから色々と教わっている事から魔法使いとしての弟子になっているルフェイがどうにかいけるかってところだ。だから、書類審査の時点で全員不採用が決定しているこっちの方は特に問題ない。

 次に動いたのは、貴族連中。……と言っても、七十二柱や番外の悪魔(エキストラ・デーモン)の様な名家や旧家よりは、様々な理由で爵位を剥奪された没落貴族の方が多い。その目当てはズバリ、タンニーンからの推薦で遠からず昇格試験の資格を得て上級悪魔となるだろうイッセーの率いるいわば天龍帝眷属に一族の者を加えてもらう事だ。実際にそうした連中を眷属として多く従えているサイラオーグの話では、「家の再興を願う者達にとって、叔父上は希望の星に見えたのでしょう」との事。確かに、イッセーの眷属となる事で功名を上げていけば、家の再興もけして夢じゃねぇだろう。だが、そもそもイッセーが相手取る事になるのは油断も慢心もしない全力のオーフィスだって事を本当の意味で解っているのか、かなり疑わしい。どうもイッセーが中心となってオーフィスをあと一歩のところまで追い詰めた事でオーフィスを過小評価する傾向があるみたいだな。そんな自分も相手も解っていない奴なんて、こっちからお断りだ。……サイラオーグの奴もさっきの台詞の後に「その輝きに目が眩み、叔父上の前に立ち塞がる敵が誰なのかを忘れている様ですが」と呆れた様子で言葉を続けている辺り、俺と同じ様な事を考えたんだろうな。

 ただ、有象無象が巻き起こす騒動をさらっと無視して、……って訳にもいかなかった。魔法使いとの契約の件については、希望者全員が最低条件を満たしていなかったからイッセーに面倒をかける手間が省けた。没落貴族の眷属の件も二桁程度ならイッセーの手を煩わせる事もなかったんだが、流石に三桁を超えて四桁に迫りつつあるとなれば当事者となるイッセーが直接対処しないと今後の風評に響いてくる。だから、イッセーはまずロシウの爺さんや計都といった智に長けた歴代赤龍帝と共に様々な趣向を凝らして陸上競技場程の広さを持つ巨大迷路を一日がかりで作り出し、一週間後に眷属選考会を開いてこの巨大迷路を制限時間内にクリアできた者と面談する旨を眷属希望者全員に連絡した。ちょうど若手対抗戦の開幕試合であるリアス達とソーナ達の対戦から二日後なので、イッセーとしても動きやすいという考えがあるのだろう。

 ……ただこの巨大迷路、実はとんだ食わせ物だった。まず、この巨大迷路はどのルートを進んでもけして出口には辿り着けない。その為、途中で迷路の攻略に行き詰った時にどうするのかを考える事になる。実際、眷属希望者ごとに対応した術式をバラバラにしたものを入口から到達可能な箇所にばら撒いており、それらを全て集めて術式を完成させた後に自分の魔力を通して発動させた状態で入口から出るというのが正式な攻略法なんだが、ロシウの爺さんがこの迷路全体に「出口を探す」方向に思考を誘導する魔術を仕込んでいるのでなかなか別の可能性を考えようとする気が起こらない。また、迷路の破壊が禁じられていない事から実は出口まで壁を壊し続けるという裏技の攻略法も認められているのだが、この迷路の壁がまた曲者で物理的な意味でも神秘的な意味でも非常に堅いのだ。試しに早朝鍛錬に参加しているイッセーと同年代の連中に同じ強度の壁を攻撃してもらった結果、純粋なパワーだけで破壊できたのは先祖帰りで石造りの城を持ち上げちまう程の怪力を誇るセタンタとデュランダルを本当の意味で使いこなしつつあるゼノヴィア、そしてただでさえトップクラスの破壊力だったのがベルセルクに師事した事で更に増したサイラオーグの三人だけだった。尤も、剣の技量がもはや世界最高峰と言ってもけして過言ではない武藤や神滅具の中でも二番目に強いとされる煌天雷獄(ゼニス・テンペスト)を持つデュリオはもちろんの事、武藤に次ぐ剣の技量と武具創造系では最高クラスである和剣鍛造(ソード・フォージ)を有する木場、ヴリトラの能力で力を削ってから黒炎で焼き尽くす匙、時間停止の対象がとうとう原子の振動にまで及ぶ様になったギャスパーの様に既に力量が最上級悪魔の領域に突入している面々、更には()(どう)(りき)の奥義である神の武器の召喚が可能なイリナやソーナ、「滅び」の魔力を使えるリアス、魔力凝縮の極みと言えるカイザーフェニックスが使えるレイヴェルといった連中は己の持つ能力で壁を破壊していたが。ただ最近バラキエルと和解した事で本格的に堕天使の力を使い始め、結果として光魔の御雷は流石にまだだが魔力の雷と光力を混ぜた独自の雷光を完全に自分の物とした朱乃ですら破壊力が足りなかったのだから、イッセーの作った迷宮の壁がどれだけ堅いのかがよく解る。つまり、イッセーの迷宮を攻略するにはロシウの爺さんが仕込んだ思考誘導の魔術に抵抗し得るだけの抵抗力や精神力、それに迷路の謎を解き明かせる程の賢さもしくは最低でも上級悪魔の最上位になり得る程の実力を併せ持つ必要があるのだ。

 そこで実際に「探知」の使用を禁じたリアスを含めたグレモリー・シトリー両眷属とセタンタ、サイラオーグといったイッセーと同年代の連中にテストしてもらったんだが、意外にもサイラオーグ以外は迷路の各地にばら撒かれた術式を全て集めるところまではクリアした。何でも怪しいと思ったらすぐに精神世界面(アストラル・サイド)の視点でも確認する事をイッセーに習慣付けられたらしい。ただ、ここから術式をどう使うのかで明暗が分かれた。元々知略に秀でたレイヴェルやソーナ、匙、それとロシウの爺さんから「探知」で得た情報を活用できる様に知略面を徹底的に鍛えられたリアスは純粋に迷宮のカラクリを解いてクリアし、「見る」事に長けたギャスパーや仙術使いとして鋭い感覚を持つ小猫、己の全てを以て剣を捉えるという剣の極意を体得している武藤や木場は集めた術式と入口の共鳴反応に気付いてクリアした。意外だったのは、ルーン魔術を巧みに使って迷宮のカラクリを解き明かしたセタンタだ。どうやらセタンタは突撃志向が強過ぎるだけで頭の出来はかなりいいらしい。後はサポートタイプでもかなり頭を使わないといけない花戒と草下がどうにか時間内に謎を解いたのみで残りは裏技で強引にクリアしようとしたものの、壁を破壊できるイリナとゼノヴィア、サイラオーグの三人以外は手の打ち様がなくなり時間切れとなった。既に上級悪魔の枠を超えかけているレイヴェルやリアス、ソーナに追いつきつつある朱乃ですらクリアできなかった巨大迷路ではあるが、それくらい心身の強い奴でないとオーフィスに対峙しただけで使いものにならなくなる可能性が高い。それを踏まえればイッセーの設定した迷路の難易度はけして間違ってはいないし、眷属希望者の中で攻略できる奴はきっとゼロだろう。

 

 ……何だか今俺の立てた攻略者ゼロという予想が思いっきりフラグになっている様な気もするが、それはさておきだ。眷属選考会の為の巨大迷路を完成させたその翌日、俺とイッセーはフェニックス卿から誘いを受けてフェニックス家の本邸を訪れていた。そこでライザーからレイヴェルに関する意外な事実を知らされたんだが、その後で超の付く大物がイッセーを訪ねてきた。

 

「聖魔和合の推進の為の外遊、ご苦労であったな。兵藤よ」

 

 ライザーの話が終わり、談話室でイッセーとイリナ、アウラの三人家族とルヴァル、ライザー、レイヴェル、リシャールのフェニックス一家に混じって俺も談笑していた所にフェニックス卿直々の案内でやってきたのは、冥界の生きた伝説であるエギトフ・ネビロスだ。この爺さん、一万年以上生きている俺達神の子を見張る者(グリゴリ)の創立メンバーよりも遥かに年上の筈だ。何せ、俺達が地上から冥界への移住を余儀なくされた時に見かけた姿と今の姿が殆ど変わっていないんだからな。しかも魔力で容姿を一切変化させずにだ。下手すると北欧神話の主神であるオーディンと同世代か、あるいはそれ以上かもしれねぇな。悪魔としては一万年だが、異教の神として生きてきた時間も含めるとやはりオーディンと同世代であろう初代バアルもこの爺さんには一目置いているのもその為だろう。

 

「有難きお言葉を頂き、恐悦至極に存じ上げます」

 

 一方、声をかけられたイッセーはネビロスの前に移動してから跪くと、労いの言葉に対する感謝の意を伝える。それを受け取ったネビロスは早速この場を訪れた目的を話し始めた。

 

「兵藤、本日儂がここを訪れた目的は二つ。一つは昨日行われた会議における決定事項を貴様に言い渡す為だ」

 

「決定事項とは?」

 

「兵藤、貴様に上級悪魔昇格試験の受験許可が下りた。試験については、今後予定されているスケジュールを考慮して翌日に取り行うものとする。なお、戦闘試験については推薦者の一人であるタンニーンから免除の申請が出されており、満場一致で承認されている。少々乱暴な言い方をすれば、「腕力の強さは認めよう。ならば、今度は頭の良さを見せてみろ」と言ったところだな」

 

 おいおい。幾ら何でも展開が早過ぎだろう。急転直下もいい所だ。まるで、最初からこの様な筋書きであったかの様な……。

 

 以前は不安げな反応を見せたアウラが今度はリシャールと一緒になって喜んでいる中、余りにトントン拍子に事が進む事に訝しく思っていた俺はそこでハッとなった。……この爺、こうなる様に予め陰で動いていやがった。だが、一体いつからだ? こうもスムーズに行くには、相当前から手回ししていないとまず無理な筈だ。だが、仮にイッセーと初めて会った時からとしても僅か二月程、下手するとリアス達も出席した若手悪魔の会合の時からとして僅か半月という可能性もある。これほど短い期間にも関わらずに何処からも殆ど反発が出ないところまで仕込み終えていたという事実を前にして、俺は冥界の生きた伝説が未だ健在である事を思い知らされた。

 ……だが、この爺さんの話はまだ終わっていない。何故なら、ネビロスがイッセーを訪ねてきた目的は二つあるからだ。そして、ネビロスは二つ目の目的を語り出した。

 

「そしてもう一つは、先日貴様に持ち掛けた事に対する答えを聞く為だ」

 

 ……遂に来たか。

 

 俺はネビロスが唐突に言い出した言葉の意味を理解した。実は、例のブツの基礎設計の為に半年程イッセーやアジュカと共に過ごした際、俺は若手悪魔の会合の後に何があったのかをイッセーから聞かされていた。だから、この時にネビロスがイッセーに何を持ち掛けたのか、俺は知っている。その場に居合わせたレイヴェルや既にイッセーから教えられているイリナも俺と同じ様にハッとした様な素振りを見せる。だが、イッセーの娘であるアウラやライザー、ルヴァル、リシャール、そしてネビロスを案内してきたフェニックス卿は一体何の話なのか、まるで理解できていない様だ。

 ……そして当事者であるイッセーは、ただ瞳を閉じて何かを考えるだけだった。だが、それもほんの数秒で終わり、瞳を開けたイッセーはネビロスに静かに語りかけ始める。

 

「今から申し上げる事、その全てを承認して頂けるのであれば」

 

「聞こう」

 

 イッセーの申し出に対して、ネビロスは間髪入れずに話を聞く構えを見せた。

 

「一つ目は、この話は私が正式に上級悪魔に昇格して初めて有効とする事」

 

「承認する」

 

「二つ目は、血縁を含めた私の人間関係は全てそのままとする事」

 

「承認する」

 

「三つ目は、現時点より以前に私が交わしていた契約や約束事の全てを私に履行させる事」

 

「承認する」

 

 イッセーが淡々と条件を出していくと、ネビロスは何ら迷いなく次々と承認する。何が起こっているのか、未だにアウラもレイヴェルを除くフェニックス家の面々も良く解っていない様だ。だが、途轍もなく大きな事が起こっている事だけは嫌でも理解できるのだろう。誰一人余計な口を挟もうとはしなかった。そうしたやり取りの果てに、イッセーは最後の条件を切り出す。

 

「最後は、私は引き続き兵藤一誠を名乗り、新たに頂く姓についてはあくまで貴族としての称号に留める事」

 

「承認する」

 

 ここで、フェニックス卿の表情が明らかに変わった。どうやらネビロスがイッセーに持ち掛けた話の内容に気付いたらしい。まぁ無理もねぇな。もしこの話が本当に成立すれば、イッセーは……!

 

「条件を挙げた私が申し上げるのも変な話でありますが、本当によろしいのですか?」

 

「構わん。貴様に対する儂の仕打ちを思えば、むしろよくここまで歩み寄ってくれたと感謝するところだ。……因みにな、この話だが貴様の両親は既に承知しているぞ」

 

 事の重大さに気付いたフェニックス卿を余所に、イッセーとネビロスは淡々と話を進めていく。その中でイッセーの両親についてネビロスが触れると、イッセーはやはり淡々と答えた。

 

「知っております。先日、両親と顔を合わせた際に教えられましたので」

 

「そうか。では、貴様の父が儂に何と言ったのかを知っているか?」

 

「いえ。でき得るのであれば、お教え頂きたく」

 

 ここでネビロスから意外な話が出てきたので、イッセーが話を聞く構えを見せる。そこでネビロスはイッセーの父親が言ったという言葉を語り始めた。

 

「息子がこれから何千年も生きていく中、人間である私と妻はどれだけ頑張ってもあと三十年程しか一緒にいてやれません。だからこそ、お願いします。どうか、私達がいなくなった後も息子が素直に甘えられる場所になってあげて下さい。……とな」

 

 ネビロスから父親の言葉を教えられたイッセーは、顔を俯かせるとそのまま肩を震わせた。誰がどう見ても、イッセーが涙を堪えているとしか思えない。……だが、イッセーが泣きたくなるのも無理はねぇ。イッセーの父親がネビロスに言ったこの言葉には、イッセーの両親の様々な思いが込められている。息子の何千年という永い生涯のほんの僅かな期間しか側にいてやれないという無念と人間から見ればあまりに永く遠いイッセーの今後に対する不安。そして何より、イッセーの今後において自分達の手が届かなくなるのならそれができる者に後を託すという深い愛情。

 ネビロスもそれを理解していたらしく、イッセーの両親に対しては敬意を示す言葉使いへと改めていた。

 

「当人の意思次第であるが、その願いは確かに承った。……貴様の両親に申し上げた儂の返事だ」

 

「総監察官のご厚意、深く感謝致します」

 

 ここまで話が進めば流石に解ったのだろう。ライザーとルヴァルが驚きを露わにした。だが、二人の反応を余所にネビロスはその身を談話室の扉の方へと翻す。

 

「では、儂はこれで失礼する。兵藤。……いや、一誠。次に会う時は」

 

「はい。総監察官の事を義父上とお呼びできる様に致しましょう」

 

 イッセーの返事を聞いたネビロスは一瞬だけ口元を緩めると、そのまま談話室を出て行ってしまった。

 ……今までもかなりのスピードで突き進んでいた筈のイッセーの歩みだが、これで更に加速する事になるだろう。それこそ、少しでも気を抜けば俺ですらあっという間に置いて行かれる程にな。

 

 だから、これからもしっかりと気合を入れて追い駆けていけよ。若造共。

 

Side end

 


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