未知なる天を往く者   作:h995

5 / 71
2019.1.5 修正


第五話 龍帝の憂鬱

 聖魔和合親善大使の就任式があった、その日の夜。

 

 僕は前日にサーゼクス様から告げられた勅命の件について両親に報告する為、一人で実家に戻る事にした。はやてやアウラはもちろんイリナも伴わない様にしたのは実に単純だ。

 

 ……一体何が楽しくて、愛する女性を伴って両親にその人以外の女性を娶らなくてはならなくなった話をしなければならないのか。

 

 そうして冥界からでも繋がる様に少々手を加えた特製の携帯端末から「大事な話があるけど長居はできないから、自分一人だけで家に戻ってくる」と両親に伝えた僕は、既に修復が完了した真聖剣を抜くとそのまま何もない所に振り下ろす。すると空間が斬り裂かれ、その向こうには僕の部屋が見えた。

 実は、一定以上の技量と最高位の力を持つ聖剣もしくは魔剣との組み合わせであれば、空間を斬り裂いて別の場所へと移動する事が可能なのだ。それを教えてくれたのは、禍の団(カオス・ブリゲード)でヴァーリがチームを結成し、そしてそのまま引き抜いてきた仲間の一人で先代の騎士王(ナイト・オーナー)を務めたアーサー王の子孫であるアーサー・ペンドラゴンさんだった。実際に一度見せてくれた時には流石に驚いたが、その後レオンハルトがその場でアスカロンの力を使う事無く技量のみで再現した事でアーサーさんを逆に驚かせていた。その後、コツを掴んだレオンハルトに師事して空間の斬り方を学んでいき、つい先日にはオーラ全開のクォ・ヴァディスかオーラを少し纏った真聖剣を使用する必要こそあるものの、僕もどうにか空間を斬り裂く事ができる様になった。

 そうして自ら作った空間の裂け目を通って自分の部屋に入った後、すぐに端末で両親に今自分の部屋にいる事を伝える。すると、下からドタバタと少し大きな物音がした後、階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。そして、階段を駆け上がる足音から廊下を走る足音へと変わると次第にその音が大きくなっていき、やがて足音が収まると僕の部屋のドアが勢いよく開かれる。

 

「ただいま。父さん、母さん」

 

 ドアが開かれると同時に帰宅の挨拶を口にした僕の姿を見て、父さんも母さんも唖然としていた。

 

 

 

「……全く。確か冥界だったか、サーゼクスさん達の住んでいる世界は。そこに夏休みいっぱい滞在すると言って出発したのは昨日だぞ? それなのに昨日の今日で帰ってくるのか、お前は」

 

 暫くして正気に返った両親はその後すぐに一階のリビングに僕を連れていき、そこで父さんが呆れ混じりで説教を開始しようとした。報告が済めばとんぼ返りで冥界に戻るつもりなので流石に説教を受ける余裕がなく、僕は父さんの機先を制して急遽帰宅した理由がある事を伝える。

 

「それについては、ちゃんと理由があるんだ。……ただイリナ達にはちょっと聞かせられない様な内容も含まれているから、僕一人だけで戻ってきたんだけどね」

 

 すると、父さんは呆れ混じりだった表情を改めて僕に話を聞かせる様に詰め寄ってきた。

 

「一誠。その話、詳しく聞かせろ。ついでに腹の中に溜め込んでいるものもな。……お前、家に帰ってきた理由とやらに全然納得していないだろう。それこそ、話している内に愚痴や弱音がポロっと零れそうなくらいにな。それなら、確かにイリナちゃん達には聞かせられないな」

 

 ……きっと、僕の表情から本音を読み取ってしまったんだろう。どうやら僕が父さんに隠し事をするのは逆立ちしても無理らしかった。しかし、そこで母さんが待ったをかける。

 

「父さん、それはちょっと違うわよ。一誠。今からでも遅くはないから、イリナちゃんも連れて来なさい。……イリナちゃんと、一緒になりたいんでしょ?」

 

 イリナを連れてくる様に母さんに言われた後、突然結婚の意志があるのかを問われた僕はすぐさま返事をした。

 

「それは、もちろん」

 

「だったら、イリナちゃんには愚痴や弱音といった一誠の情けない所も恥ずかしがらないで見せちゃいなさい。そういった所も見せられてこその夫婦なのよ」

 

 確かに、そうかもしれない。流石は結婚して二十五年の銀婚夫婦だと思った僕は、母さんの言い分を素直に受け入れた。……近い内に、二人に内緒で銀婚のお祝いをどうするのかをはやてと話し合わないといけないが、それは一先ず置いておこう。

 

「……解った。そうするよ。ただその前に、これだけは言っておかないといけないんだ」

 

「言っておかないといけない事?」

 

 僕の発言に父さんが確認を取ってきたので、僕は急遽帰宅した理由を端的に伝える。

 

「父さん、母さん。……僕は、お嫁さんを増やさなくちゃいけなくなった」

 

 ……僕のこの爆弾発言に、両親はまたもや呆然自失となった。数分ほどして二人が正気に返ると、母さんが物凄い剣幕で僕に詰め寄る。

 

「いっ、いっ、一誠! それは一体どういう事! まさか、イリナちゃん以外に……!」

 

 母さんがとんでもない濡れ衣を着せようとしてきたので、僕はそれを即座に否定する。ただ、後で父さんから聞いた話では、この時の僕は母さんと殆ど変わらないくらいの物凄い剣幕だったらしく、それだけ必死だったという事だろう。

 

「それこそまさかだよ! 僕はそもそもイリナ以外と結婚する気はなかったし、今でも本音は変わらない! それだけは断言できる!」

 

「それじゃ、どうして!」

 

 僕の言い分に納得のいかない母さんがなおも詰め寄ろうとすると、幾分冷静な父さんが母さんを宥めてきた。

 

「母さん、今は落ち着いて一誠の話を聞こう。どうも一誠が全然納得していないのは、この話みたいだ。そうだろう、一誠?」

 

 父さんがそう確認してきたので、僕は肯定の返事をする。

 

「ウン。だから、イリナを連れて来る事ができなかったんだ。因みにイリナは僕がこの件を聞かされた時に一緒にいたから知っているし、受け入れてもいるよ。……いや、僕と同様に受け入れざるを得なかったんだ」

 

 そうした僕の言い訳がましいとも受け取れる返事を聞いた父さんは、ソファにどっしりと腰を据えると僕の話をしっかりと聞く構えを取った。

 

「話を聞かせてくれ、一誠」

 

 父さんから促された僕は、承知する旨を伝える。

 

「解った」

 

 そして、昨日の魔王領における会合で言い渡された勅命について話を始めた……。

 

 

 

 僕の話を聞き終えた父さんと母さんの反応はハッキリと分かれた。

 

「……そうか、そんな話になっていたのか。確かに、はやてちゃんやアウラちゃんにはこの話を絶対に聞かせられないな。特にはやてちゃんに聞かせたら「それなら、わたしが悪魔の嫁に行く」と言い出しかねない。それに、そんな残酷な話をイリナちゃんの目の前で俺達にできる訳がないから、お前が一人で帰ってきたのも頷ける」

 

 父さんは僕が勅命を受け入れない場合の交換条件としてはやてもしくはアウラの政略結婚があった事を聞いて、僕が一人で帰ってきた事に理解を示してくれた。

 

「でもだからって、一誠にイリナちゃん以外にも嫁を取れだなんて……!」

 

 一方、母さんの方は、やはり僕がイリナ以外の女性を娶らなければならなくなった事に納得がいかずに憤っている。だから、何故そうならざるを得なかったのかを、母さんに解る様に噛み砕いて説明する。

 

「これは僕の失敗だよ。よく考えてみれば、いずれこうなるって解っていたんだ。僕は天使でも、堕天使でも、悪魔でもない、ましてドラゴンでも人間でもない特異的な存在で、そういった異種族間の協調を推し進めていく役目を自ら望んで背負った。そんな僕が一方を依怙贔屓する様な真似をしたら、いくら僕が協調路線を訴えても誰も信じてくれなくなる。今回の話はその懸念が一番大きな理由だと僕は思う」

 

 あくまで好意的な解釈であるが、実際はもっとドロドロとした思惑も含まれている筈だ。だが、あくまで一般人である父さんと母さんにそこまで教えようとは思わない。知らない方がいい事も、この世の中には確かにあるのだから。

 

「だがな、一誠」

 

「それにね」

 

 父さんがそう言って反論をしようとするが、僕はその上に言葉を被せる事で反論を封じた。

 

「一番救い難いのは、もし僕が向こうの立場で僕と同じ様な存在がいたのなら間違いなく全く同じ事を進言していた事と、そのせいで事のメリットの大きさを他の誰よりも解ってしまう事なんだ。……こういう時、己を棄てる事で全体の利益と効率を最優先する軍師に徹する事のできる自分が嫌になってくるよ」

 

 ……そう。僕の中にいる「冷血軍師」が、悪魔の女性を娶るメリットの大きさを認めてしまっていた。だから、サーゼクス様から勅命を言い渡された時に拒絶も反論もできなかったのだ。

 

「頭が良いのは良い事だって思ってきたけど、解りたくない事が解ってしまうのも考えものなのね」

 

 母さんが溜息交じりにそう零すと、僕はアウラにもその危険がある事を伝える。

 

「その意味では、アウラは僕の一番似て欲しくないところを似てしまったよ。誰かが側に付いていないと、あの鋭さはいつか必ず他の誰かを、そして自分自身さえも殺してしまう」

 

 僕自身、ゼテギネアでは何度もそうやって敵を殺し、また味方の半数を恐れさせていた。その為、もしあのままあちらに残っていたら、僕は戦乱が終わった後、そう遠くない内に何らかの形で排斥されていた事だろう。それだけ、僕は己を棄てた事で余りにもやり過ぎていた。

 

 ……だからこそ、アウラには僕の二の轍を踏んでほしくない。

 

 そう思い悩んでいる事に勘付かれたのだろう。父さんは僕に冥界には戻らずにこのまま家に泊まっていく様に言ってきた。

 

「悩みは多そうだな。……よし一誠、今夜はこのまま家に泊まっていけ。それくらいの余裕はあるんだろう?」

 

「いつもより早起きする必要があるけど、それくらいなら何とか。でも、どうして?」

 

 僕が家に泊まる様に言って来た理由を尋ねると、父さんは軽く笑みを浮かべながら答えてくれた。

 

「何、溜まっている愚痴を吐き出すのに一時間やそこらじゃ時間が全然足らんだろう。だから、俺達がお前の愚痴に付き合ってやる。それが親としての務めだからな」

 

「そうね、父さんの言う通りだわ。それにね、一誠が愚痴や弱音を私達に零してくれるなんて事は今までなかったから、ようやく私達に甘えてくれたみたいでちょっと嬉しいのよ」

 

 そして、母さんも父さんの言葉に同意した上で僕が二人に対して愚痴や弱音を吐く事をむしろ歓迎する様な事まで言ってくれた。

 

「ありがとう、父さん、母さん」

 

 この二人には、一生頭が上がりそうにないな。

 

 もはや確信と言ってもいい事を感じながら、僕は二人に頭を下げて感謝の言葉を告げた。

 

 

 

 その後、母さんから言われた様に一度冥界に戻ってイリナを連れてきて、三人の前で勅命の件やアウラの将来について色々と思っている事を吐き出していった。後にして思えば、口にしている僕自身が愚痴や弱音だとハッキリと解る事も吐き出しているので、実際はもっと多くの愚痴や弱音が僕の口から知らず知らずの内に零れていただろう。それでも三人は嫌な顔をせずに聞いてくれた。それだけでなく、時にはそうじゃないだろうと叱られる事もあったし、それはそうだと頷かれる事もあった。そうして夜遅くまで両親とイリナを交えて語り合った事で、勅命の件で思い悩んでいた僕の気持ちは少しだけ晴れた。これなら、翌日から始まる上層部への挨拶回りに対して影を落とさずに済むだろう。

 イリナだけでなく他の女性も娶らなければならないという不満や不安は、けして解消された訳ではない。ただ、そこで終わりにせずにその事実を現実としてしっかりと受け止めなければならない。いや、むしろ開き直るくらいでちょうどいいのかもしれない。

 

 ……そうでなければ、イリナにもこれから僕の元に送られてくる事になる女性にも失礼になるのだから。

 

 

 

Side:ソーナ・シトリー

 

 私と私の眷属達がリアス達グレモリー眷属や一誠君達とは別ルートで冥界に戻った、その翌日。

 冥界中に聖魔和合親善大使の任命式が生中継で放映された。その場には魔王レヴィアタンであるお姉様の姿も当然ある。しかし、長年妹としてそのお顔を見てきた私にはお姉様がかなり気落ちしている様に見受けられ、それを不審に思いながらも口には出さなかった。一誠君の晴れの舞台を見ているところにその様な空気を悪くする様な事を言いたくなかったからだ。

 式そのものは滞りなく進行していき、やがて一誠君は任命状をサーゼクス様から直接手渡され、更に代務者の証として自身の礼装の一つである外套を貸し与えられた。これで悪魔勢力における一誠君の権威付けはほぼ完成し、後は民や下級悪魔を始めとするいわば下からの支持を集めていくだけだ。ただし、下からの認知度が低い状態で重役に就かざるを得なくなってしまった為に、下からの妬みや誹りを受け易い現状で一誠君が下からの支持を集めていくのは極めて困難だ。しかし、だからと言ってこれを怠ってしまえば、一誠君の地盤は不安定なままだ。ただあの一誠君だから、その辺りの問題も今後の活動を進めていく内に解決してしまうのだろう。私は一誠君の今後の問題に対して、割と楽観視していた。

 

 そして、その日の夜。

 

 一誠君の任命式を終えたお姉様がシトリー邸に帰ってきた。でも、普段なら何を差し置いても私に笑顔で迫ってくるのに、この日に限ってその様な事はなさらずに暗く沈んだ表情で立ち尽くしているだけだった。その尋常ならざるお姉様の様子を見て何かあると思った私は、無礼を承知でお姉様に問い質してみた。すると、とんでもない答えが返ってきた。

 

 ……それぞれの勢力の結びつきに対する均衡を保つ目的で、一誠君にはイリナ以外にも悪魔の女性を最低一人は娶る様に魔王直々の勅命が下された。もしこれを断る場合、一誠君はその代わりに義妹であるはやてさんもしくは娘であるアウラちゃんを通じて悪魔勢力との婚姻関係を結ばなければならない。一誠君もイリナも自分達の幸せの為にはやてさんやアウラちゃんを政略結婚の駒として差し出す事などできる訳がなく、結局は勅命を受け入れた、と。

 

「イリナ。アウラちゃんとはやてちゃんの為とはいえ、いくら何でも我慢し過ぎよ。恨み節の一つくらい、魔王様達にぶつけたっていいじゃない……」

 

 お姉様の説明を聞いて真っ先に反応したのは、一誠君の僧侶(ビショップ)を志している憐耶だった。

 ヴラディ君の抱える秘密とそれに伴って一誠君が将来独立した際にリアスと交換(トレード)する可能性が浮上した事で現時点では殆ど望みがないにも関わらず、憐耶は全く諦めようとはしていない。それどころかより一層自身の鍛錬に精を出す様になった事で、首脳会談から二週間ほどで日本有数の退魔一族の出自の上に最強の女王(クィーン)である事から地力の高い椿姫を超えて、私やリアス、レイヴェルさんに追いつきつつある。結界の基点を遠隔操作する事から様々な用途に活用できる結界鋲(メガ・シールド)と駒王学園関係者の中で最も空間認識能力が高い憐耶が見事にマッチしていたのだ。しかも、この結界鋲は一誠君とアザゼルという神器(セイクリッド・ギア)研究の第一人者というべき二人が共同で強化計画を立てているので、その使い手である憐耶はこの夏休みで飛躍的に強くなるだろう。

 そんな憐耶の悪魔としては暴言この上ない発言に対して、お姉様はむしろ同意してきた。

 

「ホント、その通りなのよね。いっそ、私達を思いっきり責めてくれた方がどれだけ良かったか。今でこそ冥界のラブロマンスとして語られているけど、サーゼクスちゃんとグレイフィアちゃんの関係は上層部からあまり歓迎されていなかったのよ。それどころか、旧魔王派との内戦が終わった直後は「旧魔王の側近であるルキフグス家の者との結婚なんてとんでもない、むしろ処刑して後顧の憂いを断つべきだ」って意見が大半だったの。それを宥め(すか)してどうにか結婚を認めてもらえたけど、今度はグレイフィアちゃんを側室に格下げして現政権に最初から参加していた名家から正室を迎える様に上層部から要求されたわ。しかも一度や二度じゃなくて、つい最近までずっと言われ続けてきたのよ。それを見かねたグレイフィアちゃんは上層部の要求を受け入れる様にサーゼクスちゃんに何度も伝えたんだけど、サーゼクスちゃんはそれ等の要求を頑として受け入れずにグレイフィアちゃんだけを愛し続けた。そうしてつい数年前にミリキャス君が生まれた事でようやく二人の関係を受け入れようって流れが上層部でも出来てきたんだけど、そんな二人の苦労を私達は側で見ていて誰よりも知っているの。誰よりも、知っている筈なのに……!」

 

 お姉様は、話の最後の方では一誠君とイリナ、そしてアウラちゃんへの罪悪感から涙ぐんでいた。一方、サーゼクス様とグレイフィアさんのラブロマンスに隠された凄絶な裏話を暴露された私達は完全に言葉を失っていた。

 ……尤も、まだまだ子供と言っても差し支えのない私達に言える事など全くないのだろうけど。

 

「そうか。その様な話になっていたのか……」

 

 一方、その場に居合わせたお父様はお姉様の話を聞き終えて、複雑そうな表情を浮かべている。おそらく、お父様もお二人の実情はご存知だったのだろう。やがて意を決した様に一つ頷くと、お姉様に対してお声をかけた。

 

「セラフォルー。落ち込んでいる所を申し訳ないが、これだけは確認させてほしい。兵藤君の冥界側の花嫁については、どのような話になっているのだ?」

 

 お父様から現状について尋ねられたお姉様は気を取り直すと、早速現状について話し始める。

 

「……今の所、イッセー君が承諾した事で花嫁となる女性の選考作業が始まったところです。基準としては、まず聖魔和合の象徴としての一面があるという事で冥界出身の純血悪魔である事。次に魔王の代務者の妻であるという事と天界側の花嫁と言ってもいいイリナちゃんが元は人間とはいえ龍天使(カンヘル)という世界で唯一の存在である事を踏まえて、貴族の身分を有している事。そして、もし仮にイッセー君が反乱を起こすなどして冥界に害を及ぼした場合にはイッセー君諸共切り捨てられる立場にある事。この三点です、お父様」

 

 お姉様から一誠君の花嫁の選考基準について説明がなされると、サジの表情が明らかに苦虫を噛んだ様なものへと変わった。

 

「瑞貴先輩。これ、不味くないですか?」

 

 サジからの問い掛けに対し、武藤君はそれを肯定した上でどういった事になるのかを他の眷属達に説明し始める。

 

「あぁ、元士郎の言う通りだよ。身内でこれらの選考基準が全て当てはまるのは、七十二柱に数えられる名門フェニックス家の令嬢でありながら優秀な兄が三人もいる事から家を継ぐ可能性が殆どないレイヴェルただ一人だ。それでレイヴェルがそのまま選ばれてくれれば、それこそ問題は一誠とイリナ、そしてレイヴェルの三人の気持ちの整理ぐらいなんだけどね……」

 

「上層部がゴリ押しすれば、俺達とは縁の薄い名家の令嬢が一誠に宛がわれる可能性もあるという事ですか。いやそれだけなら一誠を取り込もうとする意志があるからまだマシで、下手をすると嫌がらせと足手纏いを兼ねて令嬢とは名ばかりで素行に問題のある女性を押し付けられる恐れもけしてない訳じゃない。それどころか、問題行動を起こした時に監督責任を問う形で一誠を魔王様の代務者から引き摺り降ろすなんて謀略の可能性も十分に考えられます。……もし本当にそんな事になったら、「一誠を蔑ろにされた」と見たアリスちゃんが間違いなくブチ切れますよ」

 

 武藤君の言葉に続く様に語られたサジの推測に、私達は背筋に冷たいものを感じた。

 

 原初にして究極の赤龍帝である事から始祖(アンセスター)と呼ばれているアリスさん。

 魂の在り方がドライグに極めて近くなっている事から「人の形をした赤い龍(ウェルシュ・ドラゴン)」と一誠君が評した通りにその力量は凄まじく、サーゼクス様が一度自身の眷属を総動員して挑んでみるも、攻撃がかろうじて通用したのが全力を出したサーゼクス様ただお一人で後の方は全く歯が立たなかった光景は未だ記憶に新しい。そして、そんなアリスさんを四人がかりとはいえ赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)抜きで抑え込んでしまったレオンハルトさんにロシウ老師、ベルセルクさんに計都(けいと)さんという歴代最高位と謳われる赤龍帝達の常識外れで規格外な技量と連携も。

 

 でも、武藤君はそこから更に一歩踏み込んだ予想を立てていた。

 

「そうなったら、たとえ僕達が総出で掛かっても勝ち目はないよ。それこそ、歴代の赤龍帝でも最高位の方達にご助力を願わない限りはね。……尤も、その時は冷徹かつ理知的なロシウ老師がおられる中でそんな事態になっている筈だから、おそらく盟約に従う形で歴代の方達が総出で大暴れしていると思うけどね」

 

 神をも殺しかねない力を秘めた赤龍帝の軍団。……敵としては想像すらしたくない、正に悪夢の光景だった。

 

「赤龍帝が軍団を形成して攻めてくるのですか。正に悪夢以外の何物でもないですね」

 

 私が思わずそう零していると、最近はやてさんと一緒に魔法を学び始めた事でロシウ老師の力量を嫌という程知っているお姉様も、選考を行っている上層部に軽挙妄動を慎む様に釘を刺す事を明言した。

 

「……魔王領に戻ったら、イッセー君の花嫁選考を厳正に行う様にしっかりと釘を刺しておくね。だって、ロシウ先生は一人で冥界を滅しかねないくらいに強いのよ。私の必殺魔法と同等クラスの大魔法を敵味方の識別が可能な形で連発なんて事を素でできちゃうんだから。しかも、歴代赤龍帝の中にはそんな先生と同格の人が何人もいるってはーたん先輩から聞かされているから、そんな人達をまとめて敵に回すなんて事は外交担当として絶対に避けなきゃいけないもの」

 

 そうして暗い雰囲気が一向に晴れないまま、この話は終わりとなる筈だった。

 

「セラフォルー、ソーナ。今から私が話す事は、冥界を揺るがす程の極めて重大なものだ。だから、まずは私の話を良く聞いてほしい。その上で、お前達の意見を聞かせてくれ」

 

 ……お姉様から一誠君の花嫁の選考基準を聞いてからずっと考え込んでおられたお父様から、その様に話を切り出すまでは。

 

 そしてその後、お父様から切り出された話について、私やお姉様だけでなくお母様まで交えたシトリー家緊急会議が夜を徹して行われる事となり、一誠君が立たされた苦境を切り拓く一手にもなり得る一大プロジェクトが決定した。それには一誠君本人はもちろん一誠君のご両親の承諾も必要となるが、冥界の今後を左右するであろうこの一大プロジェクトを成功させる為、お父様は色々な家への根回しを始める事になる。その為に出向かなければならない家の中には、リアスのいるグレモリー家も含まれている。ただ、プロジェクトの内容が内容なので、グレモリー家との関係には軋轢が生じる可能性もあり、特に一誠君の主の一人であるリアスが激昂する恐れもある。その為、事を慎重に運ばなければならない。

 

 ……私の愛する人とその愛娘、そして私と愛する人を同じくする盟友をけして不幸にしない為に。

 

Side end

 

 

 

 僕が魔王の代務者として正式に聖魔和合親善大使に任命された、その翌日。

 

「では、今後とも若輩者の我等にご指導ご鞭撻の程をよろしくお願い致します」

 

「ウム。親善大使も魔王様の代務者の名に恥じぬ様、しっかりと職務に励む様に」

 

「大王閣下のお言葉、しかと肝に銘じましょう」

 

 イリナと共に人間界の家に泊まった僕達はいつもより早めに起きて冥界の宿泊先へ戻ると、当初の予定通りにレイヴェルを含めた三人で悪魔勢力において発言力を有する名家や上層部に名を連ねる者達への挨拶回りを始めた。そして、最初に訪れたのは七十二柱の序列第一位で大王の爵位を持つバアル家だ。そこでの就任の挨拶は、大王家の本城にある謁見の間で大王家に近しい貴族達がズラリと立ち並ぶ中で行うという、もはや大王家現当主に対する謁見に近い形式で行われた。そうして幾つか大王家現当主と問答を交わし、幾つか危ない橋を渡りもしたが、最終的には大王家現当主から直々に僕が魔王の代務者である事を認める言葉を引き出す事ができた。グレモリー家への敵対姿勢を隠そうともしていないバアル家からシトリー家だけでなくグレモリー家にも所属している僕がそれなりに好意的と受け取れる言葉を引き出せたのだ。まずは、上々の滑り出しと言えるだろう。

 ただ、周りの貴族達が向けて来る敵視や蔑視とは異なる視線を一箇所から感じられた。謁見の最中なのでこの視線が誰から向けられているのかを確認する事ができなかったが、どうもこちらを見定めている様な印象を受ける。それに、視線からでも感じられる程にこの視線の主は覇気に満ちていた事から、僕は一度話をしてみたくなった。

 

 ……僕が興味を持った視線の主が僕達の前に現れたのは、大王家現当主への謁見が終わって謁見の間を退出してから間もなくの事だった。

 




いかがだったでしょうか?

大王家で行われた謁見の詳細については、次話をお待ち下さい。

では、また次の話でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。