未知なる天を往く者   作:h995

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第四話 波乱の予兆

Side:アザゼル

 

 実体化したドライグの立ち会いの元で行われたイッセーとタンニーンのエキシビジョンマッチは、イッセーの勝利で終わった。だが、VIP席からは声はおろか物音一つしない異様な静寂に包まれていた。まぁ無理もないな。悪魔に転生したとはいえ、龍王としての実力は未だ健在であるタンニーンが殆ど何もさせてもらえないまま、イッセーに完敗したんだからな。しかも、イッセーは二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)の証である真聖剣や倍加を始めとするドライグの能力といった本来の戦闘手段を温存したまま(尤もドライグの能力はドライグを実体化させた事で使えなくなっていただけなんだが)、グイベルの持つ波動の力とメテオインパクトを再現してしまう程の魔法の技量、使い手が希少な仙術の基礎である気功術、そして十倍近い体格差を物ともしない強烈なオーラと身体能力が合わさった格闘術だけで勝っちまっている。今までは半信半疑だった奴も多かった「イッセーが中心になってオーフィスを退けた」って話も、これで信憑性が大きく増しただろう。

 

 ……だから、そろそろ本来やるべき事をやったらどうなんだ?

 

 未だ何も行動を起こさない観客達に、俺は苛立ちを覚え始めた。イッセーの晴れの舞台であるこの場には当然ながら俺やミカエル、それにサーゼクス達四大魔王がいるのはもちろんだが、イッセーの主の家であるグレモリー家とシトリー家の現当主も夫人同伴で来ている。またフェニックス家については、レイヴェル以外は現当主の孫も含めた家族総出という大盤振る舞いだ。一体どれだけイッセーに惚れ込んでいるんだよ、フェニックス家は。……まぁそれは一先ず脇に置いておくとして、この三家はイッセーと親密な関係を持っている為に率先してイッセーを称賛する事ができない。身内を率先して称賛するなど、ただの身贔屓でしかないからだ。だから、先に自分達以外の誰かにイッセーを称賛する行動を取ってもらわない限り、この三家はイッセーをこの場で称賛できない。実際、グレモリー卿は苦々しい表情で歯噛みしているし、シトリー卿は明らかに苛立っていた。この二人の気持ちについては俺も同感だ。むしろレイヴェルをイッセーの元に早くから送っているフェニックス卿が悠然と構えている事に驚いた。「慌てる必要などない。結果は自ずとついてくる」と言わんばかりの立ち振る舞いからは、イッセーに対するフェニックス卿の絶対的な信頼が伺える。……それだけに、今の状況が余計に俺を苛立たせる。

 

 貴様等、仮にも貴族だろうが。何で、戦い終えた者達を称賛する行動をとれないんだ? 別に形だけでも構わないんだぞ。それとも何か? そんな事も思い至らないくらいに脳みそが腐っているのか?

 

 余りに鈍い悪魔の貴族共に俺の堪忍袋の緒が今にも切れそうになっていたが、どうやらそれは杞憂に終わった様だ。……戦い終えた戦士達を称える拍手の音が鳴り始めた。

 

「まったく。この場にいる者達は素晴らしき戦いを見せてくれた(つわもの)達に対する礼儀も知らぬのか? これでは旦那様の旧友の顔を立てる程度の付き合いに留めた方がよいかもしれんな」

 

「ヤミー、その様な事を申すものではない。この場にいる者達はただ一誠の力を目の当たりにして呆気に取られているだけなのだ。それに、真に強き者達を認め敬うのは我等鬼が自ら美点として誇るもの。ならば、まずは我等が先陣を切って(つわもの)達を称えようではないか」

 

「フム、確かに旦那様の言う通りだ」

 

 高天原との関わりが深い地獄を統べる閻魔大王夫婦だ。それにしても、物の言い様がイッセーから詳しく聞いていた通りで嘘が全くない。その為、イッセーとタンニーンの戦いぶりを心から称賛しているのが解る。あの分だと、腹芸なんて欠片も考えてねぇんだろうな。……鬼に横道なし、か。まだ幼かったからとはいえ、あのイッセーが影響を受ける訳だぜ。

 こうして、まずは尚武の気風を色濃く表す鬼族の二人が称賛の拍手を送ると、これに続いたのは素戔嗚だった。

 

「確かに、俺とした事が一誠の戦いぶりに見惚れてしまい、真っ先にするべき事を忘れていた。礼を言うぞ、閻魔大王、ヤミー妃。お陰で恥を晒さずに済んだ」

 

 素戔嗚はそう言って閻魔大王夫婦に会釈する事で感謝の意を伝えた。対する二人も心得たもので、二人揃って軽く会釈する事で返礼とした。すると、あのハーデスさえも拍手をし始めた。

 

《ファファファ。あいにく、私はそこらのカラスやコウモリと違って戦士への礼儀を心得ているのでな》

 

 冥界の神であるハーデスが同伴している部下と共に拍手し始めた事でようやく頭に血が巡り出したのか、少しずつではあるが拍手の音が増え始める。……ここで、大王家が動いた。

 

「良き物を見せてもらった。今はただ親善大使殿とタンニーン殿の健闘を称えるとしよう」

 

 バアル家の初代当主、ゼクラム・バアルが称賛の言葉と共に拍手し始めたのだ。それに先代と現当主、エルレ、サイラオーグの四人が続く。……ここまで来れば、選民意識の強い悪魔の貴族といえども行動を起こさない訳にはいかねぇよな。拍手の数が一気に増えた。これによって、グレモリー家・シトリー家・フェニックス家の三家はようやくイッセーへの称賛の拍手を送れる様になった。VIP席にようやく響き始めた拍手の雨に、三家の大人達の顔には安堵の表情が浮かんでいた。それにフェニックス家現当主の孫については、ついさっきまで思いっきり沈んだ表情だったのに今では輝く様な笑顔に変わっている。

 状況がようやくまともなものになったのを受けて俺もやっと一息つけると思っていた所に、ミカエルが拍手をしながら話しかけてきた。

 

「アザゼル。貴方、相当に物騒な事を考えていましたね? いつになく眉間に皺が寄っていましたよ」

 

 ……いかに腐れ縁とはいえ、付き合いが長いってのはやっぱり考えものだな。考えている事がすぐにバレちまう。だから、ここは包み隠さず正直に話す事にした。

 

「考えもするさ。悪魔の貴族共がここまで頭の回転が悪いとは思わなかったからな。お前は違うのか?」

 

「私は天使達の長ですからね。我慢強くなければやっていられませんよ」

 

 ……何気にコイツも相当に変わっているな。少し前ならこんな事はまず言わない奴だったのに、随分と世俗に塗れた言い方をする様になったんだからな。だから、あえて訊いてみた。

 

「やっぱ、イッセーか?」

 

「……ですね。初めて兵藤君に会った時に耳にしたHail Holy Queen。それが私に世俗と交わる事の大切さを教えてくれましたから」

 

 おいおい。どんなHail Holy Queenを聴けば、そんな結論が出るんだよ?

 

 ……そう思ったんだが、これ以上野暮な事を考えるのは止めておいた方がいいな。イッセーが頭の固い天使長をも変えた。それだけで十分だからな。VIP席に響き渡る万雷の拍手の中、俺は最も若いダチが成し遂げた偉業をまた一つ知った。きっと、これからもこんな風に過ごしていくんだろうな。

 

 随分と年寄り染みた考えだが、けして悪くねぇ。……そう思っちまったら、俺もいよいよ潮時かねぇ?

 

Side end

 

 

 

 タンニーン様との対戦後、僕はその場でタンニーン様の治療を施していた。使ったのは、水の高等精霊魔法であるトータルヒーリング。口以外は何も動かせない程のダメージを受けたタンニーン様が動けるように回復するまで、おそらく十秒程度しかかかっていない。この圧倒的なまでの回復の速さは流石と言えるだろう。

 

「フム。俺の経験上、内臓へのダメージは回復が遅いものなのだが、それがここまで早く回復するとはな。しかも基礎とは言え仙術で乱された気の流れまで元に戻してしまうなど、流石に俺も聞いた事がない。元とはいえ龍王を降す程の高い戦闘技術に加え、魔法に仙術、更には神器(セイクリッド・ギア)の活用法と実に様々な方面にも通じている。やはりお前は強者の多かった歴代の赤龍帝の中でも特に突出した存在だったな」

 

 体の様子を確認していたタンニーン様が感心した素振りで僕に話しかけると、ドライグが僕の事を自慢し始めた。

 

「それだけではないぞ。一誠は真正の召喚師(サモナー)で、上級の幻想種も呼び出せる。一番の有名所を挙げれば、三大怪物の一頭であるベヒーモスの長だな。それに一誠が高校に上がる前だから、だいたい二年程前か。幻界でミドガルズオルムの意識体と遭遇した時に一誠が話し相手になってやったんだが、奴が一誠の事を大層気に入ってな。自分から申し出て、一誠と召喚契約を交わしているぞ」

 

『あぁ、ドライグ。一つ付け加えて。ティアマットも一誠と召喚契約を交わしているわ。貴方が眠ってから割とすぐ後にね』

 

「ホウ。元々リディアとの繋がりで器と力を認めさせたら召喚契約を交わすという話になっていたが、俺が寝ている間にそんな面白い事になっていたのか。……この分なら、他にも色々と面白い話が聞けそうだな」

 

 ドライグの自慢話とグイベルさんの補足を聞いたタンニーン様は驚きを隠せなかった。ただ、その驚き方は僕の想定とはかなり違っていた。

 

「ベヒーモスの長やティアマットと召喚契約を交わしている事にも驚いたが、それよりもあの怠け者が自分から召喚契約を申し出た、だと? ……不味いな、神々の黄昏(ラグナロク)が近いかもしれん」

 

「……ミド。普段は深海の底で寝て過ごしているとは聞いていたけど、まさか自分から積極的に動いたことで世界の崩壊を心配されるなんて、君は一体どれだけ怠け者なんだ?」

 

 割と真剣な表情でタンニーン様が口にした内容に、僕は頭を押さえつつ溜息を吐いてしまった。そうした僕の反応を見たタンニーン様は、ニヤリと笑いながら僕との対戦の感想を伝えてきた。

 

「冗談はさておき、名は確かイッセーと言ったか? 戦いが散々な結果に終わってしまった事への悔しさこそあるが、だからと言ってお前への恨みや辛みといった感情は不思議と湧いてこないな。むしろ、お前とは一から鍛え直してもう一度戦いたいと思えてしまう。……これは案外クセになるかもしれんな」

 

 ……この反応。ひょっとして、またなのか?

 

 ここ最近割と見かけたものと同じ反応をタンニーン様がしている事に対して、ドライグはニヤリとしながら話しかける。

 

「タンニーンよ。そう感じたのなら、既に手遅れだな。何せ、一誠は宿敵である筈のアルビオンが対等の友と認め、生身の肉体があれば直接戦ってみたいと言っていたくらいだ。俺もオーフィスと戦うまでは精神世界で偶に模擬戦をしていたが、やはり楽しくて仕方がない。……強き友と力を競い合う。俺達ドラゴンにとっては正に至福の時と言えるだろう?』

 

 そのドライグの言葉に、タンニーン様は一瞬呆気に取られた後で爆笑し始めた。

 

「……クッ。ハッハッハッハッハッハッ! 成る程! 言ってみれば、ドラゴンを酔わせる極上の美酒の様なものか! これはいい!」

 

 そう言いながら爆笑し続けるタンニーン様に、僕はどう反応したらいいのか解らずにいた。そして一頻り笑ってから、タンニーン様は真面目な表情に戻って話し始める。

 

「イッセーよ。最上級悪魔である俺の名前で、お前を上級悪魔に推薦する。今回の対戦結果と聖魔和合親善大使を務める魔王の代務者という立場から考えても、おそらくは通る筈だ」

 

 ……確かに、昇格試験の受験資格を得るには魔王か上層部、そして最上級悪魔の推薦が必要だった筈。因みに中級悪魔の場合は推薦者が一名だったが、上級悪魔の場合は形式では二名以上だ。しかし、受験資格を確実に得たいなら三名は必要になる。ただ、いくらなんでも早過ぎるという事で却下してくれたサーゼクスさんやセラフォルー様も、本心では僕を上級悪魔に推薦したがっていた。そうした状況の中で大王家が積極的に動いた事で、上級悪魔への半ば強制的な昇格と眷属契約の解約を伴う独立が避けられなくなってしまった。こうなると、本来なら味方にするべき中堅層以下からの反発は大きなものとなり、地盤固めもままならなくなるだろう。しかし、ここでタンニーン様が僕の上級悪魔昇進への推薦者に加わった事で、本来の形での上級悪魔への昇格が現実味を帯びてきたのだ。

 

「そもそもお前はドライグの力や真聖剣こそが主力なのだろう? 俺に対してそれらを温存して勝てる奴が、たかが中級悪魔など冗談ではない。それにこの分では、お前が上級悪魔に昇格するのを心待ちにしている者も多かろう。俺がその切っ掛けを作ってやるから、そいつ等の想いに応える為にもさっさと上級悪魔まで上がってやれ。それがお互いの為だ」

 

 そう言って僕の背中を押してくるタンニーン様に、僕は少し戸惑っている。しかし、タンニーン様の話はまだ終わっていなかった。

 

「それにだ。今回の戦いで、お前の器と力は存分に見せてもらった。それらを認めた証として、ミドガルズオルムやティアマットに続いて俺もまたお前と召喚契約を交わそう。この際だ。既にお前という美酒に酔っている連中と同様、俺もまたトコトン酔わせてもらうぞ」

 

 元とはいえ龍王との召喚契約。召喚師としては正に名誉と言えるだろう。しかも三頭目だ。これで、龍王と呼ばれたドラゴンの半数が僕と召喚契約を交わす事になる。事が余りに大きい為、僕は改めてタンニーン様に確認を取った。

 

「……よろしいのですか?」

 

 その答えは、正に豪胆そのものだった。

 

「あぁ、召喚するのがお前なら大歓迎だ。それと、他人行儀な敬語など止せ。これからお前とは、対等の友人として付き合っていきたいのだ。それにお前は既に三頭もの龍王に認められている。だったら、もっと堂々としていろ。お前に卑屈になられると、お前を認めた俺達の沽券にも関わる」

 

 ……タンニーンは更に強く僕の背中を押して来た。ならば、この新しい友人の期待に応えてみせよう。

 

「……解ったよ、タンニーン。ミドにティアマット、そしてお前という三頭もの誇り高き龍王達に認められた者として、堂々と振る舞ってみせるさ」

 

「そう来なくてはな。新たなる強き友よ」

 

 僕達は、そう言ってからお互いに暫く笑い合っていた。一頻り笑い終えた所で、僕のすぐ側に魔方陣が展開された。……仕方のない子だ。僕が戻ってくるのを待ち切れなかったか。

 

「イッセーよ。その魔方陣は?」

 

「大丈夫だ、タンニーン。心配いらないよ」

 

 突如現れた魔方陣に警戒心を見せるタンニーンだったが、僕が心配無用である事を伝えた所で魔方陣から等身大化したままのアウラが飛び出してきた。

 

「パパー!」

 

 アウラは僕の胸目掛けて思いっきり飛び込んできたので、僕は押し倒されない様に腰に力を入れてアウラを抱き止める。

 

「コラコラ。駄目じゃないか、アウラ。ちゃんとお爺ちゃん達と一緒に待っていなきゃ」

 

 アウラを抱いたままで僕が軽く注意すると、アウラは口を尖らせて文句を言い始めた。

 

「……だって。パパ、試合が終わったのになかなか戻って来ないんだもん。それにママが「そろそろ場所を変えた方がいいよ」ってパパに伝えてきてって」

 

 何とも子供らしいアウラの理由とイリナからの伝言を聞いて、僕は笑いを堪え切れずに吹き出してしまった。

 

「アハハハ。ゴメン、ゴメン。確かに、今の話は場所を変えてからするべきだったね」

 

 そう言ってアウラに謝りながら頭を撫でていると、アウラは尖らせていた口を笑みに変えた。

 

「パパが解ってくれたから、もういいの」

 

 そう言ってニコニコしているアウラに心が温まる僕だが、タンニーンは状況がよく解っていない様でドライグに確認していた。

 

「ドライグ。今イッセーが抱きかかえている少女は、もしや……」

 

「お前の想像通りだ、タンニーン。あれは一誠の娘だ。名をアウラという。生まれ方こそ少々特殊なものではあるがな」

 

「ホウ……」

 

 ドライグの説明を受けた事で、タンニーンはアウラに興味津々といった反応を見せる。一方、アウラはドライグの方を向くと、そのまま僕の腕から離れてドライグの顔まで飛んでいった。そして、ドライグを思いっきり叱り出す。

 

「ドライグ小父ちゃん! あたし、ドライグ小父ちゃんが眠っちゃって寂しかったけど、二ヶ月待てば起きてくるって我慢して待ってたんだよ! それなのに、二日前には起きてたのに教えてくれないなんて、ひどい!」

 

「ウォッ! ……いや、アウラ。一応、事情があってだな」

 

 アウラに叱られたドライグは弁解しようとするが、アウラの勢いに押されてあまり上手く話せずにいる。アウラも一応「ドライグとグイベルさんの両方が起きていると、神器が崩壊して僕も死ぬ」という事情を理解している。理解してはいるのだが。

 

「解ってる! 解ってるけど、それとこれとは話が違うの!」

 

 ……という事らしい。普段は殆ど我儘を言わない代わりに一度臍を曲げると中々機嫌を直してくれない辺り、アウラもやはり年相応の子供なのだ。

 

「いや、だからな……」

 

 そして、完全にアウラに頭が上がらなくなっているドライグの姿をタンニーンは面白そうに見ている。

 

「ドライグの奴、イッセーの娘には頭が上がらないな」

 

 タンニーンの言葉に僕は内心同意した。だが、それには理由がある。グイベルさんも妻としての勘でそれを察していた。

 

『ひょっとしたら、ドライグはアウラちゃんの事を娘の様に思っているのかもしれないわね。私達って、子供を授かる前に死に別れてしまったから』

 

 ……実際、その通りだ。ドライグはアウラにあるいはグイベルさんとの間に生まれてきたかもしれない子供と重ね合わせていた。まだグイベルさんの事が発覚する前だったが、一度だけドライグはその心情を僕に語ってくれた。

 

 ひょっとしたら、あんな元気が良くて可愛い娘を俺も授かっていたかもしれないな、と。

 

「成る程。だから、ドライグは困った様な素振りこそ見せてはいるが、どこか楽しそうなのだな」

 

 グイベルさんの発言を受けて、タンニーンは納得する素振りを見せた。そのままアウラとドライグの事を見つめ続ける瞳には、旧友がようやく本来の姿に戻った事への喜びが浮かんでいた。

 

 

 

 アウラによるドライグへのお叱りは「背中に乗せて飛ぶ約束はお友達も一緒にする」という事でようやく落ち着いた。そこでアウラがようやくタンニーンの事に気づいて自己紹介したのだが、タンニーンが僕と対等の友人関係を築いた事を伝えるとアウラが遠慮なく「タンニーン小父ちゃん」と呼び出した。それで機嫌を良くしたタンニーンがいよいよ召喚契約について切り出してくる。

 

「さて、この際だ。冥界の者はもちろんの事、アウラにも見せてやるとしよう。本当の召喚契約とは一体どういったものなのかを、な」

 

 タンニーンの言葉に、僕も同意する。

 

「確かに、この際だからアウラにも冥界に住む人達にも見てもらった方がいいな。それにドライグがこの件でも立会人となってくれる。これだけの好条件が揃っているのなら、この場での召喚契約を断る理由が見当たらないか。では、やろう。タンニーン」

 

「あぁ」

 

 僕とタンニーンはお互いの意思確認を済ませると、ドライグとアウラから少し離れた場所へと移動する。

 

「……召喚契約(サモン・コントラクト)!」

 

 そこで僕が地面に手を添えると、巨大で複雑な魔方陣が展開される。……召喚契約用の特殊な魔方陣だ。その魔方陣の中で僕とタンニーンが向かい合わせに立ち、それぞれ掌を切ってそこから大地に血を垂らした後、召喚契約の宣誓を上げる。

 

「「我等、今此処に血よりも尚濃く、鋼よりも尚堅く、天よりも尚尊き契約を交わす!」」

 

 その言葉と共に、魔方陣の中にいる僕達の足元からそれぞれの魔力光がほのかに灯った。そして、召喚契約の呪文を詠唱し始める。

 

「我、汝の魂を尊び、その力に相応しき汝の真なる名を呼ぶ者なり!」

 

「我、汝の器を認め、我が真なる名を呼ぶ汝の声に応える者なり!」

 

 互いの立場を知らしめると、足元の魔力光がその輝きを増した。

 

「我が名は兵藤一誠! 数多の騎士を統べる王の称号を継ぐ者にして、歴代の赤き龍の帝王に戴かれし赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)なり!」

 

「我が真なる名はタンニーン! かつて龍の王位にありし魔龍聖(ブレイズ・ミーティア・ドラゴン)なり!」

 

 ここで僕とタンニーンがお互いに名乗り合うと、両方のオーラが奔流となって立ち昇る。

 

「我は天の理によりて善を敷き、また冥の理によりて悪を敷く者! 即ち、永劫なる生命の理によりて星の子を守護する者なり!」

 

 僕が召喚師の定義を宣誓する事で、お互いの魔力が混じり始めた。

 

「なれば、生命の理に従いその使命を果たせ! 我は汝が守護者たり得る限り、不破の助力を此処に誓おう!」

 

 タンニーンが助力の宣誓を挙げると、混じり合った魔力光が魔方陣を満たしていく。

 

「我、その誓いに応える事を此処に誓う!」

 

 僕が返答の宣誓を行うと同時に、魔方陣の紋章に入り混じった魔力が行き渡った。

 

「我、その誓いが破られぬ事を此処に願う!」

 

 タンニーンが僕の宣誓に対する不破の祈祷を行う事で、魔方陣の輝きが一層増す。

 

「「今、我等の誓いと願いが交わり、一つの契約を為す!」」

 

 やがて、魔方陣全体から混じり合ったオーラの奔流が噴き出した。その魔力の奔流が治まると、僕とタンニーンは召喚契約の成立を宣言する。

 

「「契約は、此処に成った! 願わくは、我等の契約が悠久を超えて永遠とならん事を!」」

 

 ……こうして、ドライグが見届け、アウラが目を輝かせる中、僕は心強い味方をまた一人得る事ができた。

 

 

 

Side:木場祐斗

 

 僕達は今、イッセー君に与えられていた控室のモニターでイッセー君とタンニーン様が召喚契約を交わす一部始終を目の当たりにした。

 ……以前元士郎君とアーシアさんの使い魔探しの際にイッセー君がパンデモニウムと召喚契約を交わしたのを見た事があるけど、召喚契約が成立するまでの光景は何度見ても心が震える。それはきっと、大部分の冥界の住人達が今感じている事だろう。召喚師と幻想種がお互いを認め合い、尊重し合う事で初めて為される召喚契約。この召喚契約の精神は使い魔契約にも通じるものだと、かつてイッセー君とザトゥージさんは言っていた。でも、僕はこうも思うのだ。

 

 悪魔の駒(イーヴィル・ピース)を用いた眷属契約もまた、本来はこうした精神の元で行われるべきなのではないのか、と。

 

 そして、おそらくは今僕が考えた事を冥界の住人達にも考えてほしくて、イッセー君はまだエキシビジョンマッチのライブ放送が続いている中であえてタンニーン様との召喚契約を実行したんだろう。

 ……イッセー君は本気だ。本気で悪魔を、冥界を、そして世界そのものを変えようと挑んでいる。しかも神話体系の勢力図とか信仰を含めた思想とか、そんな小さな事じゃない。悪魔は今後どの様に生きていくべきなのか。冥界は今後どの様な道を歩んでいくべきなのか。そして世界は今後どうあるべきなのか。そうしたこれからの在り方を、イッセー君は変化の対象としている。その意味では、確かにイッセー君は僕達とは明らかに異なる道を既に歩いている様に見えるのだろう。でも、そうじゃない。そうじゃないのだ。何故なら、僕の主は現ルシファーの妹でグレモリー家の次期当主である部長だからだ。部長はその血縁の関係上、当主の座を受け継いだ後は冥界の政治に深く関わる事になる。そうなると、当然ながらイッセー君と仕事する機会もあるだろうから、部長の歩む道の遥か先をイッセー君が進んでいるだけだと言えるし、部長の歩む道はそのまま眷属として共にある僕達の歩む道にもなる。だから、僕達とイッセー君の歩む道は今もなお繋がっているのだ。

 それを僕達の中でいち早く理解していたのは、実は草下さんだ。それを踏まえると、イッセー君に対する理解度においては部長よりもイッセー君と接した時間が長い会長すら凌駕しているのかもしれない。それに、イッセー君の僧侶(ビショップ)がレイヴェル様とギャスパー君でほぼ決定しているにも関わらず、草下さんは全く諦めていない。元士郎君の話だと「ギャスパーについては一誠とグレモリー家の繋がりを保つという政治的な理由の他に、もしギャスパーが暴走したら止められるのが一誠以外には殆どいないという現実的な理由もあるから確定しているんだけどな。レイヴェル様についてはどうもそうじゃないらしいんだ」との事。詳しい内容までは元士郎君も解らないみたいだけど、この分だとイッセー君が独立した後に従える事になる眷属に誰がなるのか、まだまだ荒れる事になりそうだ。

 ……そう。冥界中にライブ放映されている中で、最上級悪魔であるタンニーン様がイッセー君を上級悪魔に推薦すると明言した。しかも、力だけなら魔王にすら匹敵するというその元龍王に対して、イッセー君は余力を残して勝利している。こうなってくると、上級悪魔の昇格試験の受験資格をイッセー君が得るのはそう難しい話ではなく、イッセー君の能力からすれば一発で合格するのはまず間違いないだろう。つまり、まだエルレ様との婚約が発表されていないにも関わらず、イッセー君が上級悪魔として率いる事になる天龍帝眷属の話が一気に現実味を帯びてきたのだ。こうなると周りが一気に騒ぎ出すだろうし、イッセー君との婚姻がダメなら一族の者を眷属にする事でイッセー君と繋がりを持とうとする貴族や旧家も少なからず出てくるだろう。……イッセー君の眷属になるという事は、対オーフィスの最前線に立たなければならないという事を碌に考えもせずに。

 

 ……イッセー君。これからきっと大変な事になるよ。

 

 僕はこれから頭と胃の痛みに苛まれそうなイッセー君のこれからに心から同情した。

 

Side end

 




いかがだったでしょうか?

一年半前に張った「馬車の馬から覚えのある力の波動を一誠が感じ取る」伏線を今回ようやく回収できました。

では、また次の話でお会いしましょう。

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