未知なる天を往く者   作:h995

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第三話 赤き天龍帝と魔龍聖の戯れ

Side:匙元士郎

 

 一誠達が神の子を見張る者(グリゴリ)本部からそれぞれの次の目的地へと向かっていった後もここに残って色々していた俺と草下、姫島先輩にギャスパーの四人は本部内にある談話室の一つに来ていた。この談話室は他にもサハリエル様やアルマロス様、そして姫島先輩のお父さんであるバラキエル様もいる。そこに備え付けてあるモニターで一誠とタンニーン様のエキシビジョンマッチのライブ放送を一緒に見ていたんだが、一誠が神器(セイクリッド・ギア)の中にいたドライグの魂を実体化させるという誰もが目を疑う様な事を仕出かした。しかも、その理由はドライグを今回のエキシビジョンマッチの立会人とする為だという。もはや言葉が出ない状況を前に、俺の側で独立具現化していたヴリトラは本当に面白そうな声で俺に話しかけてきた。

 

『相棒。兵藤一誠は本当に面白いな。もし同じ状況で我をあの様に完全な形で実体化した場合、お前ならどうする?』

 

 ヴリトラからの問い掛けだが、その答えは一つしかないだろう。

 

「そりゃあ、せっかく実体化させたんだから、お前の手を借りて一緒に戦うだろうな。もし俺があの状況になったら、黒い龍脈(アブソープション・ライン)の本来の力であるラインしか使えなくなるからな。しかも相手はタンニーン様だ。流石に俺一人じゃ勝負にならねぇよ」

 

『そうか? 相棒ならば、幾重にも張り巡らせたラインの罠で雁字搦めにした所でガイアフォースをぶち込むくらいは平然とやってのけそうだが』

 

 おいおい。ヴリトラの奴、いくら何でも買いかぶり過ぎだろ? ……まぁ、確かにできなくはないとは思うけどな。

 

「十回やって一回成功すればいい方だよ。それにそれだけやってもタンニーン様に深手を負わせるのが関の山で、後は地力の差で圧倒されておしまいだろうな」

 

 尤も、これがエキシビジョンマッチという試合でなく殺し合いの実戦だったら、今ヴリトラが挙げた手段はおろか俺自身の命さえも囮に使い、理論上は神すら殺せるという「殺し技」を仕掛けて一発逆転を狙うんだろうけどな。

 

『……まぁそういう事にしておいてやろう』

 

 俺の言葉を聞いたヴリトラもそれ以上は追及してこなかった。たぶん、アイツも解っているんだろうな。試合と実戦では、色々とやり方が変わってくるって事はな。

 

「それでは、始め!」

 

 ヴリトラとの会話を打ち切ったところで、グレイフィアさんがエキシビジョンマッチの開始を告げた。それと同時に、タンニーン様は炎の球を幾つも口から吐き出してきた。明らかに威力より連射性を重視してはいるがそれでも人間一人なら丸々呑み込んでしまえる程の大きさの炎の球を、一誠は魔力を集めた両手だけで次々と受け流していく。……あの炎の球、俺じゃ龍の牢獄(シャドウ・プリズン)以外の手段ではまず防げない様な代物だぞ。それを軽々と受け流してしまうのを見れば、一誠がどれだけ長い時間をかけて格闘術を磨いてきたのかが解る。今頃はこのエキシビジョンマッチをVIP席で観戦している筈のサイラオーグの旦那も一誠の技量に感服しているんだろうな。

 こうして暫くは炎の球を捌いていた一誠だが、前に出て来ようとしないタンニーン様に対して挑発を兼ねて話しかけた。

 

「体格差を利用して肉弾戦を仕掛けてくると思っていましたが、かなり慎重になられていますね」

 

「グイベル殿の中和の波動に嵌まるのは、俺としても御免被りたいからな!」

 

 タンニーン様から炎の球と共に凄く実感の籠った言葉が飛び出してくると、グイベルさんが一誠に事情を説明した。

 

『ゴメンなさい、一誠。以前会った時に少し手合わせしたのよ。それで遠慮なく中和の波動で能力を無効化したら、ドライグの時と同じ様になっちゃって……』

 

 ……あれ? ドライグとグイベルさんが戦った時って、確かグイベルさんが能力を完全に中和した後はガチの肉弾戦を繰り広げたんじゃなかったか? それでどうにかドライグが勝ったんだけど、肉体の強さに性別の差がなかったら負けていたかもしれなかったって、一誠は言っていたな。……という事は……!

 

 ここでどうも俺と同じ事に思い至ったらしい一誠が、引き続き吐き出される炎の球を捌きながらタンニーン様に問い掛ける。

 

「あの。申し訳ありませんが、ひょっとして……?」

 

「……それ以上は訊かないでくれ。あれは俺の一生の不覚だ」

 

 俺と一誠が思い至った「ガチの肉弾戦でグイベルさんに負けた」という想像がどうやら正解だった様で、俺の額から自然と冷や汗が流れ出てしまった。……グイベルさん。ひょっとしなくても、今もなお生きていたら龍王の一頭に数えられていたんじゃないのか? 俺がそう思っていると、それを察したのか、ヴリトラが俺の考えを肯定してきた。

 

『それは間違いないだろうな。そもそも単純な強さでは我々龍王と呼ばれたドラゴンの中でも最強であるティアマットが自ら「生きていれば自分と対等だった」と認めたのだろう? それにドライグやアルビオンですらグイベルの中和の波動によって全ての能力を無効化されたのであれば、それを免れ得るのはグレートレッドとオーフィス、後はそれこそインドの三大神くらいだぞ』

 

 ……そりゃ、ドライグもアルビオンもグイベルさんに一目置く訳だ。まぁそれだけじゃないのは、二頭の言葉を聞いていれば自然と解る事なんだけどな。

 

「さて、数もだいたい揃ったな。小僧、少し試させてもらうぞ」

 

 俺がグイベルさんの事をいろいろ考えている内に、いつの間にか炎の球を吐き出すのを止めていたタンニーン様が右手の指で一度手招きすると、一誠の後ろから突然炎の球が襲いかかってきた。その炎の球を一誠は危なげなく躱したものの、炎の球はそれ一個だけではなかった。

 

「……成る程。あの炎の球はただの牽制ではなく、次の攻撃の準備でもありましたか」

 

「これでも俺は転生悪魔だ。吐き出す炎に魔力を混ぜる事で、こういった事も可能になる。まぁ手慰みに覚えた手品の様なものだが、遠慮なく楽しんでくれ」

 

 タンニーン様はそう言って、一誠の周りに浮かんでいる百個以上の炎の球を一斉に操作し始めた。炎の球が僅かにタイミングをずらして同時に襲いかかり、時には目の前で爆発して視界を塞ぎ、あるいは全く同じ軌道に重なって一個しか見えない様に動く。ここまでやるかと言わんばかりの手数の多さに、流石の一誠も少し困った様な表情を浮かべていた。

 

「手慰みに覚えた割にはかなり精度の高い遠隔操作ですね。……それにしても、まさかここまで早く()()を使う事になるとは思いませんでした」

 

『でも、ちょうど良かったじゃない。これでまた一つ証明されることになるわ。私の力は何も中和の波動だけじゃないって』

 

「まぁ、それもそうですけどね」

 

 炎の球に包囲されている割に結構な余裕のある一誠とグイベルさんが交わす会話を聞いている内に、俺は一誠が何を考えているのかを解った。……おい、一誠。まさかアレを出すつもりか? アザゼル先生をして「あれは中和の波動以上のチートだ。いや、むしろバグと言うべきか」と言わしめたあの能力を。

 

「では、いきますか。……黎龍后からの届け物(イニシアチブ・ウェーブ・デリバリー)!」

 

『Propagate!!』

 

 ……前に伸ばした左手の籠手の宝玉から音声が発せられた次の瞬間。一誠の周りに飛び交っていた炎の球は、あっという間に全て弾け飛んだ。

 

「……小僧、今のはなんだ? 俺の炎の球を中和したのでなく、炎の球に込められていた魔力が何かと反応して爆発した様に見えたが?」

 

 訝しい表情を浮かべるタンニーン様を映像越しに見て、ヴリトラは感心した様な素振りを見せる。

 

『ホウ。タンニーンも気付いたか。まぁ今のはある程度の実力を持った奴であれば、見ているだけでも解るからな。それも当然か』

 

 ヴリトラがそう語る脇では、バラキエル様は姫島先輩に話しかけていた。

 

「朱乃、兵藤君のあの力を見た事があるのか?」

 

「えぇ。……と言っても、私が見たのは別の使い方です。まさか、あの様な使い方があるとは思いませんでしたわ」

 

 流石にバラキエル様と姫島先輩は一誠がどんな能力を使ったのかが解ったらしい。その一方で、流石に見ただけでは解らなかったらしく、草下がギャスパーに一誠が今何をしたのかを尋ねた。この中で最も「見る」事に長けているのがギャスパーだからだ。

 

「ギャスパー君。今の、解った?」

 

「ハイ、解りました。実際にあんな使い方をしているのを、何度か見た事がありますしね」

 

 ギャスパーはハッキリとそう断言した。コイツもコイツで自分の力に対してかなり自信をつけて来ているな。いい傾向だ。……それだけに、グレモリー眷属との対戦ではやはりコイツも要注意だな。

 

「流石ですね。それでほぼ正解です。端的に言えば、私の持つ天使の光力を炎の球に仕込まれた魔力に直接送り付けたといったところでしょうか」

 

 映像の中の一誠が伝搬能力である黎龍后からの届け物を端的に説明すると、タンニーン様は感心した様な素振りを見せた。

 

「……成る程な。グイベル殿の波動の力に己の光力を乗せたという訳か。しかも炎には一切干渉せずに直接魔力のみにぶつけるとは、何とも恐ろしい事をするものだ。……小僧。貴様はその気になれば、俺の心臓に直接光力を送り付ける事もできるのではないのか?」

 

 ……そう。これこそがアザゼル総督に「バグだ」と言わしめた最大の理由だ。何せ、自分の選んだ対象に自分が選んだ力を一方的に送り付ける事ができるのだ。当然、タンニーン様が今言った様な使い方も一誠とグイベルさんなら十分可能だ。

 

「対処法はいくつかあります。ただ……」

 

 タンニーン様からの問い掛けに一誠はこう答えた。確かに対処法はある。俺や祐斗は一誠からそれを教えてもらっているし、実行するのも一応は可能だ。……だが。

 

「それが可能な者が相当に限られてくるという事か。だからこそ、小僧はレーティングゲームの参戦が禁じられているのだな。ようやく納得したぞ」

 

 タンニーン様の言った通り、対象可能なのは相当に限られていて、駒王学園の生徒の中でそれができるのは俺と祐斗の他にあらゆるものを停められる力を持つバロールと計都(けいと)さんから本物の仙術や道術を教わっている塔城さんだけだ。グレモリー先輩や会長、レイヴェル様、紫藤さんはおろか、実は瑞貴先輩ですら伝搬能力を使われた時の対処法がないらしい。……だからって、「だったら、使わせなければいい」と言わんばかりに一誠相手に積極的に斬りかかり、実際に使う隙を与えなかった瑞貴先輩はやっぱりおかしいと思う。

 そうしている内に、タンニーン様は一誠にある問い掛けをしてきた。

 

「話は変わるが、小僧。俺の名がどういう意味を持っているのか、知っているか?」

 

 ……一体、タンニーン様はどんな意図でこんな事を訊いてきたんだ? 俺がタンニーン様の意図が解らずに首を傾げていると、一誠が少し間を空けて答えた。

 

「……聖書の神が創造したという「水に群がるもの」。その中でも魚介類を意味する「蠢く生き物」ではない「大きな怪獣」を指す言葉だったと記憶していますが?」

 

 すると、タンニーン様は満足げに頷いてから自分の事について語り始めた。

 

「あぁ、その通りだ。俺はその名が意味する通り、本来は聖書の神によって海に住まう様に創造されたドラゴンなのだ。当然、火の息など扱える筈もなく、むしろ水を吐くのを得意としていた。……あのバカがやらかすまではな」

 

「あのバカがやらかす、とは?」

 

「人間の始祖であるアダムがイヴと共に禁忌を犯した事でエデンの園から追放された件だ。その件で聖書の神は蛇とドラゴンが大嫌いになってな、あのバカは存在自体を抹消されたが神の怒りはそれでは収まらなかったという訳だ。その結果、聖書の神に直接創造された俺は完全に属性が反転して海に住まう事ができなくなり、代わりに荒野に住まう事を余儀なくされた。そのせいだろうな、ヘブライ語で俺の名に似た言葉が荒野に住まう生き物の事を指す様になった。……そして」

 

 タンニーン様はここで少し長めに息を吸い込むと、明後日の方向を向いて火の息を吐いた。

 

「俺の吐き出す物は、属性の反転によって水から火へと変わった。これが、海に住まうものの名を持つ俺が火の息を吐き出せる理由だ」

 

 ……火の息がぶつかった先には、巨大なクレーターが出来上がっていた。それにしても、属性の反転か。生まれ持った力がある日突然変わって、今まで住んでいた場所にも住めなくなって、タンニーン様はきっと困惑した筈だ。それでも一から鍛え直してここまで持ってきたのかと思うと、自然とタンニーン様には頭が下がる。

 

「さて、小僧。隕石の衝突にすら匹敵すると言われる俺の火の息に、お前はどう立ち向かう?」

 

 己の火の息に絶対の自信を見せるタンニーン様からの問い掛けに対し、一誠はこう答えた。

 

「では、まずはそれを証明して頂きましょう」

 

 ……おいおい。お前、そこまでやるのか?

 

 一誠の言葉を聞いて、俺は呆れた。一方、アレを見た事がないらしい草下や姫島先輩は首を傾げているものの、一誠の直弟子であるギャスパーの顔色は真っ青だ。きっとアレを見た事があるのだろう。すると、ギャスパーが一瞬目を閉じて開くと、その雰囲気が一変する。

 

「やれやれ。解ってはいたけど、あの人は本当にやる時にはトコトンやるね」

 

 どうやらバロールも完全に呆れたらしい。……そして、現実は無情だった。

 

「土の精霊よ。我が声に耳を傾け、いと高き天空に漂いし大いなる石をここに降ろしたまえ。我はその石を以て邪なる者への鉄槌とせん」

 

 右手を上に掲げた一誠の呪文詠唱が進むにつれ、一誠の立つ位置から200 m程上空に巨大な魔方陣が展開される。直径は30 m程だろうか。俺の知っている悪魔の魔方陣の様式には全く当て嵌まらない、一誠独自のものだった。その魔方陣から少しずつ現れてきたのは、魔方陣の直径に匹敵する程の巨大な岩だ。

 

「えっ? ……えぇぇぇぇぇっっ!!!! 一君! それ、やり過ぎ! 絶対やり過ぎよ!」

 

 それを見た草下は一瞬唖然とした後、大声を上げて驚いた。そしてやり過ぎだと言い始める。

 

「……ヴリトラ団長。まさか、ドライグ教授はメテオインパクトを己の魔法で再現するつもりなのか?」

 

 一方、アルマロス様からいつの間にか怪人軍団の団長扱いされている俺は、アルマロス様からの問い掛けに答えていく。

 

「ご明察の通りです、アルマロス様。土の高等精霊魔法、メテオフォール。宇宙に漂う隕石の一つを土の精霊の力で呼び出し、それを敵に向けて音速を遥かに超えた速度で打ち出す攻撃魔法ですよ」

 

「うぅむ。神器を始め様々な研究分野への造詣が深く、またヴリトラ団長を始めとする優れた戦士を何人も輩出するなどトレーナーとしても極めて優秀。更にはオーフィスを退けるなど個人の武勇にも秀でているのは知っていたが、まさか魔法においても一流を超えていたとは。……アザゼル、本当に恨むぞ」

 

 アルマロス様はそう言って、一誠を自分達の陣営に招き損ねた事を惜しみ始めた。この方は言い回しこそこんなだが、一誠の事をとても高く評価している。その意味では、堕天使勢力における一誠の有力なシンパの一人と言えるだろう。

 

「まさか、メテオインパクトそのものと呼べる精霊魔法があるとは思いませんでしたわ。いえ、あれは精霊魔法というよりは隕石を召喚して高速で打ち出す複合魔法と言った方がいいかもしれませんわね」

 

 一方、メテオフォールについて分析している姫島先輩は冷静だ。……いや、単に草下の余りの驚き具合を見た事でかえって頭が冷えただけなのかもしれない。

 

「……面白い!」

 

 ただ、一誠が何をしようとしているのかを理解したタンニーン様ご本人はむしろ面白いと断言して、大きく息を吸い込んだ。

 

「メテオフォール!」

 

 そして、一誠の右手がタンニーン様に向けて振り下ろされると共に、魔方陣の効果で音の速さを遥かに超えて加速された巨大な岩は上空200 mから一気にタンニーン様を目掛けて落ち始める。それと同時に、タンニーン様は隕石に向かって先程荒野にクレーターを作った時とは比べ物にならない威力と規模の火の息を吐き出す。

 やがて一誠による隕石落下とタンニーン様の火の息が真正面から激突し、世間に広く伝わっている事が本当に正しいのかを検証し始めた。

 

 ……あれ? この戦いって確か、タンニーン様が一誠を試しているんだよな? それがなんで逆にタンニーン様の方が試されているんだ?

 

Side end

 

 

 

 メテオフォールとタンニーン様の火の息の激突が始まってから十数秒後、戦場は静寂に包まれていた。そうした静寂を打ち破る様に、タンニーン様は安堵の息を吐く。

 

「……どうやら、俺の火の息に対する評価は妥当なものである事を証明できたようだな」

 

 ……そう。僕のメテオフォールはタンニーン様の全力の火の息によって完全に粉砕、いや蒸発していた。

 

「まさか、砕くどころか蒸発させてしまうとは思いませんでした。これなら主成分が鉄の隕石でもよかったかもしれません」

 

「それをやられると、粉々にするならともかく焼き尽くすのは流石に無理だな」

 

 そう言いながらもニヤリとするタンニーン様には、まだまだ余裕があった。全力の火の息ではあったのだろうが、全力の攻撃を何度も出せる程の体力を持っているからだろう。

 

「では、今度はこちらが試させてもらうぞ!」

 

 そして、今度は僕に全力の火の息を放ってくる。

 

「残念ですが、既にその火の息を構成する力の波動は解析し終えています」

 

『Wave!』

 

 しかし、最初に使われた炎の球を捌く際にタンニーン様のオーラと魔力の解析は既に終えているので、僕はここで中和の波動を使用した。それと同時に、風の精霊に僕に向かってくる風を止めるように頼む。火の息を構成するタンニーン様のオーラと魔力は中和の波動によって消滅した為に火は消え去った。だが、全ての物を吹き飛ばす勢いで吐き出された息そのものがまだ残っているので、それを風の精霊が抑え込む。

 

「単に中和の波動を使っただけでは、火は消せても俺が吐き出した息はそのままだ。それが解らぬなら遠慮なく吹き飛んでもらおうと思っていたが、流石にそこまで間抜けでもなかったな」

 

「以前、似た様な状況になって似た様な手段で対処した時に死ぬ程痛い目を見た事がありましたので」

 

 タンニーン様との掛け合いを少し楽しみながら赤い龍の理力改式(ウェルシュ・フォース・エボルブ)の準備をしていると、タンニーン様は遂に決断した。

 

「こうなってくると、もはや俺に残された手は一つだけだな。……小僧、死ぬなよ?」

 

 僕に一言警告すると、タンニーン様は翼を広げて一気に僕との間合いを詰めてきた。それに合わせて、僕も赤い龍の理力改式を発動して全身を赤いオーラで覆う。

 

「オォォォォォォッッッ!!!!」

 

「ハァァァァァァッッッ!!!!」

 

 そして、タンニーン様の巨大な拳を僕の拳で迎撃する。拳同士の激突で生じた凄まじい衝撃波が戦場である荒野を揺らし、立会人であるドライグの所まで届く。

 

「……一誠め。改式による強化があるとはいえ、十倍近い体格差の相手に生身の拳で拮抗するか。どうやら、俺が寝る前の状態からまた身体能力が上がった様だな。鍛錬は精神世界での模擬戦が主体になっていた様だが、それでこれなら精神世界での成長がそのまま肉体に反映される様になったのか。全く、アイツはあと何回常識から逸脱すれば気が済むのやら」

 

 明らかに褒めてはいないドライグの言葉に若干ムッとしながらも、今はそれを無視してタンニーン様に集中する。

 

「やるな! この体格差を物ともしないか! ……ならば、これはどうだ!」

 

 タンニーン様はそう言うと、拳を何度も繰り出してきた。僕もそれに応じる事で拳の打ち合いに持ち込む。僕とタンニーン様の拳が衝突する度に衝撃波が生じて荒野を揺らし、その影響で地面に罅が入り始めた。この分では、あと十分も続ければ地面の罅は地割れへと変わるだろう。それだけのやり取りが数分ほど続いた後、タンニーン様は突如拳を止めるとそのままこちらに背中を向ける。……いや。

 

「尻尾か!」

 

 間一髪、尻尾による薙ぎ払いをジャンプで躱した僕だがここで失敗を悟った。尻尾を振り切った勢いを利用して正面に向き直したタンニーン様は、そのまま両手を僕に伸ばして捕まえてしまった。そして、両手に力を入れて僕の体を握り締める。

 

「……油断したな、小僧。こうなってしまえば、もはやお前の逆転の目はない。俺の勝ちだ」

 

 ……しかし、タンニーン様の勝利宣言をグイベルさんが否定した。

 

『甘いわよ、タンニーン。確かに、身体能力は貴方の方が上だし、こうなってしまうと一誠は身動きが取れなくなるわね。……でも、気付いているかしら? 貴方、このまま一誠を握り潰せると思っているの?』

 

「グイベル殿、それは一体どういう意味……!」

 

 タンニーン様はここで自分の手の異常に気付いた。

 

「手が痺れて、力が入らないだと!」

 

 僕がタンニーン様の掌にある点穴を衝いて気の流れを大きく乱した事で、手が痺れて力が入らない様になっていたのだ。そして、僕は腕に力を入れて握力の著しく弱まったタンニーン様の手を少しずつ抉じ開けていく。

 

「歴代の赤龍帝の中には、赤龍帝である事が発覚しなければ二十代で仙人となっていた程の天才道士がいます。私は歴代の赤龍帝から教えを受けているので、仙術の基礎である気功術も当然使えます」

 

 僕が歴代赤龍帝の中にいる道士から教えを受けていた事を語ると、タンニーン様は自分の失敗を悟って悔しがる。

 

「……油断していたのは、むしろ体格差に驕っていた俺の方だったか! 何という迂闊!」

 

 しかし、タンニーン様はそれでも何とか僕を握り締めようと手に無理矢理力を加えていく。既に全身の気の流れが激しく乱れている為に指一本動かす事も相当に辛い筈だが、この辺りは流石の精神力だろう。……だが。

 

『Tune!』

 

 タンニーン様の肉体に直接触れた事で、肉体を構成する物質の固有振動数の解析は終了した。

 

「ハァッ!」

 

 僕は全身から赤い龍の理力改式のオーラを噴き出す事でタンニーン様の手を一気に撥ね退けると、そのままタンニーン様の懐に入り込む。

 

「仙気発剄!」

 

 そして、黎龍后の籠手を着けた左手で鳩尾と思われる部分に掌底を当てると、そのまま仙術の奥義の一つである仙気発剄を繰り出した。

 

「グハッ……!」

 

 タンニーン様は腹部に強烈な一撃を食らった事で腹の中の息を全て吐き出す。しかし、タンニーン様の闘志は未だ折れていない。

 

「……まだだ!」

 

 そうして再び両手を伸ばして僕を捕まえようとするが、その前に僕の最後の攻撃が発動した。

 

「そして、これがグイベルさんの、波動の力だ! ソリタリーウェーブ!」

 

『Wave!』

 

 ……杖または素手で接触する事で対象の固有振動数を解析し、それに合わせた振動エネルギーを叩き込んで粉砕する近接戦用の攻撃魔法、ブレイクインパルス。これを波動の力で再現したのだ。しかも、固有振動数を解析するまでの数秒間、対象に接触し続けなければならないブレイクインパルスと異なり、黎龍后の籠手は一度接触しただけで波長を解析してしまう為に即時発動が可能になる。そして、ソリタリーウェーブと僕が称した固有振動数に合わせた振動エネルギーを鳩尾に直接叩き込まれた以上、如何に龍王といえども唯では済まない。

 

「……ガハァッ!!!! 」

 

 タンニーン様の口から大量の血が吐き出されると共に、その体がゆっくりと崩れ落ちていく。やがて、荒野中に響き渡る程の大きな地響きと共に、タンニーン様の体は地面に沈んだ。

 

「……恐ろしい男だな、小僧。いや、赤き天龍帝(ウェルシュ・エンペラー)。まさか、元とはいえ龍王を相手取って体格差を物ともせずに真っ向勝負で打ち負かすとはな」

 

 ……話す言葉に淀みがない。今は地面に沈んでいるタンニーン様だが、どうやら余り効いてはいない様だ。だが、まだ勝負がついていないにも関わらず、立会人のドライグが翼を広げてこちらに近寄ってきた。そして半ば呆れた様にタンニーン様に話しかける。

 

「対象を完全に粉砕するブレイクインパルスをグイベルの力で再現した攻撃をまともに食らってまだ口が利けるとは、貴様も大概タフだな。タンニーン。……だが、もうそれだけしかできんのだろう?」

 

「あぁ。俺が自分の意思で動かせるのはもはや口だけだ。それ以外はピクリとも反応してくれんよ。これが実戦なら、後はもうトドメを刺されるのを待つだけだな。……これ以上ない、俺の完敗だ」

 

 タンニーン様はその身を地面に沈めたまま、己の敗北を宣言した。その言葉の通りに体が全く動かないのだろう、体中から力が抜けてグッタリとしていた。ここで、グレイフィアさんのアナウンスが異相空間内に響き渡る。

 

「……タンニーン様より投了(リザイン)が宣言されました。よって、エキシビジョンマッチは兵藤一誠様の勝利です」

 

 エキシビジョンマッチの勝者を告げるグレイフィアさんの声と同時に、僕は黎龍后の籠手を装着した左腕を天に突き上げた。

 

 僕は、かつて龍王と謳われた強きドラゴンに勝利したのだ。

 




いかがだったでしょうか?

……まさかここまですんなり書けるとは思いもよりませんでした。

では、また次の話でお会いしましょう。

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