未知なる天を往く者   作:h995

45 / 71
最終話 外で遊びし果てにあるもの

Side:アザゼル

 

 イッセーとダイダ王子が四半刻(しはんとき)の制限時間を設けた立ち合いをする事となった。……って、こちらの面々で四半刻が三十分を意味する言葉だって解る奴が俺以外にいるのか? そう思って見渡すと、やはり俺以外は全員首を傾げていた。一方、日本の神である素戔嗚(スサノオ)はもちろん風神と雷神、八坂姫・九重(くのう)姫の狐母娘、百鬼といった日本神族と馴染みの深い連中も解っている様で特に反応していない。そうして二人が庭に下りてからお互いに得物を構えて立ち合いを始めた訳なんだが、時間が経つにつれて俺は寒気を感じる様になった。

 得物に真聖剣を選んだ時点でイッセーが本気(マジ)なのはすぐに解った。ただイッセーは太刀を使うダイダ王子に合わせて日本刀に変形させたと思ったんだが、見当違いもいい所だったらしい。何せ、この一月程の付き合いでイッセーの剣捌きは何度も見てきたが、その中で一番キレが良かったのだ。……いや、実は今まで見せてきた剣捌きは全て手抜きでしたと言われた方が納得できるくらいにキレが良過ぎると言った方がいいかもしれねぇな。確かに二代目騎士王(セカンド・ナイト・オーナー)であるイッセーは剣を最も得意としているが、その中でも刀の扱いは群を抜いている様だ。

 

「フッ!」

 

 そして今、上段から振り下ろされたダイダ王子の太刀を短い呼気と共に受け止めた。いや、受け止めたと見せかけて真聖剣の切っ先を下げる事で刃を滑らせて左側へと受け流したのだ。しかもその時の反動を利用して剣の速度を加速させている。そうして仕掛けた袈裟斬りはダイダ王子の体に入るかと思われたが、ダイダ王子はここで大胆な手を打ってきた。自分の右側に受け流された太刀から左手を離すとそのまま真聖剣の横っ面を殴り付ける事でイッセーの袈裟斬りを防いでしまったのだ。……ほんの少しでもタイミングがズレていたら、左手をバッサリいっていたか、空振って無防備に食らっていたかのどちらかだぞ。そんな危険な賭けを平然と行って当然の様に勝ってみせる辺り、確かにコイツは只者じゃねぇ。

 一方、拳で真聖剣を右側に弾かれた事で体勢を崩したイッセーは、体勢を立て直す為に後ろに下がるどころか逆に真聖剣を弾かれた状態のままで前に踏み込み、左肩からのショルダーチャージを仕掛けた。流石にこれは躱せないと判断したダイダ王子は腰を落とし、イッセーのショルダーチャージを体全体でしっかりと受け止める。密着した状態でお互いに得物が満足に振るえない状態になったところで、二人は軽く言葉を交わす。

 

「オレの攻撃を利用して剣を加速させるとは、中々面白い事をやってくるな。しかも俺の反撃で体勢を崩した時、安易に後ろに下がらなかったのは良い判断だった」

 

「そこで定石通りに後ろに下がろうとしたり、一瞬でも判断を迷ったりしていたら、左からの強烈な切り上げを食らっていましたからね。あの時、活路は既に前にしかありませんでした」

 

 ……いや、強力自慢の鬼を相手に捕まる危険を冒して前に踏み込むなんて事、普通はやろうとも思わねぇよ。現に空いた左手でイッセーを捕まえてやろうと隙を窺っているダイダ王子の顔には面白そうな笑みが浮かんでいる。

 

「ならば、ここからはお互いに剣を置いて無手で勝負するか?」

 

「僕はそれでも構いませんよ。こう見えて、金太郎さんとも相撲で多少は渡り合えるくらいには体術も鍛えてきましたから」

 

 ……あぁ。そう言えば、イッセーは歴代の赤龍帝の中でも特に頭のネジがブッ飛んでやがるベルセルクからあらゆる体術を骨の髄まで叩き込まれているんだったな。さっきのショルダーチャージだって、食らったのが俺だったら後ろに数 mは吹き飛ばされるくらいの威力があった。

 

「言う様になったな、一誠」

 

 ここで言葉を交わし終えた二人は、互いにタイミングを合わせる様に後ろに引いた。これで少しでも引くタイミングがズレていれば、手痛い追撃を食らっていたのは間違いない。そして再び間合いを詰めようとお互いに駆け寄ると、ダイダ王子の太刀が最上段から振り下ろされた。だが、イッセーには真聖剣で受け止めようとする動きがなかった。その為、太刀はすんなりと下まで振り下ろされる。

 

「えっ……?」

 

 レイヴェルはその光景を見て呆然とするが、百鬼が正確な情報を口にする。

 

「いや、兵藤先輩にダイダ王子の太刀は当たっていない! 1 cmにも満たないが、確かに太刀の間合いから外れている!」

 

 そう。イッセーはあえて太刀を受け止めずに一瞬足を止める事でダイダ王子の太刀を完全に見切ったのだ。決定的な好機を作り出したイッセーは軽く飛び上がると、太刀を完全に振り下ろした事で無防備となっているダイダ王子の顔面に向かって飛び蹴りを仕掛ける。

 

「オォォォォォッ!」

 

 ダイダ王子は既にイッセーが太刀の間合いの内側にいる事から振り上げても間に合わないと判断し、太刀を手放すと両手を交差してイッセーの気合の入った飛び蹴りを受け止める。ただ体格差が大きい為か、イッセーの渾身の飛び蹴りでもダイダ王子は微動だにしなかった。

 

「昔のお前なら飛んだ勢いを利用して剣を突き出していた筈だが、まさかここで剣ではなく蹴りを出すとはな。先程の言葉は本当だったか」

 

 イッセーの飛び蹴りを真っ向から受け止め切ったダイダ王子は、そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。

 

「あれから何度も激戦を重ねたり、幾つもの死線を潜り抜けたりしてきましたからね。それに、真聖剣で仕掛けると太刀を手放してからの白羽取りで逆に武器を奪われてしまいそうで、そう思ったら自然と蹴りが出ていました」

 

 それに対して、飛び蹴りを完璧に止められるとすぐさま腕を軽く蹴り直して間合いを取ったイッセーもまた好戦的な笑みを浮かべる。すると、ここで今まで静かに観戦していた素戔嗚がイッセーに問い掛けてきた。

 

「おい、一誠。これが本当の戦いだったら、お前はダイダに皮を切らせるところまで踏み込んでいたのではないのか?」

 

 ……何だって?

 

「素戔嗚様はお見通しでしたか。えぇ、その通りです。そこまで踏み込まないと、僕の力では今ご覧になった通りになります。ただそれを実行したら、確実に今着ている服が切り裂かれて血も出てしまいますから」

 

「確かに、歓迎の宴を血で穢す訳にはいかないな。まぁ一誠がそこまで本気で踏み込んでいれば、ダイダも気の強化が間に合わずに今の蹴りで腕の骨を折られていただろうから、皮を切らせて何とやらと言ったところなんだがな。なぁダイダ?」

 

「素戔嗚殿の仰せの通りだ。尤も、その時はオレも片腕で受けながらもう片方の拳でやり返して痛み分けにするところなのだが、互いに宴を控えている身でそこまでやる訳にもいかぬ。難儀な事だ」

 

 このイッセーと素戔嗚、そしてダイダ王子のやり取りを聞いて、俺は頭が痛くなってきた。……つまりイッセーとダイダ王子はこれだけ派手に大立ち回りを演じているってのに、当の本人達にとってはこの後の歓迎の宴に影響が出ない様な戦い方しかしていないって事だ。それを全て把握し切った素戔嗚はやはり高天原に住まう神々の中では最強の一角なんだろう。だからと言ってほんの1 cm、時間にすればコンマ数秒の差でここまで結果が変わってくるってのは、一体何なんだ? それ以上に信じられねぇのは、まだオーフィスと戦ってから一月程度しか経っていねぇのに、しかも他の奴と比べたら鍛錬の時間なんて殆ど取れていない筈なのに、素戔嗚という日本神族最強の戦神と同等クラスの奴と素で渡り合えるところまで来ているイッセーの成長速度だ。一体どんな鍛え方をすれば、俺でも訳の解らねぇスピードで強くなれるんだよ、イッセーの奴は?

 

「……けして全力とは言えぬが、やはり真に強き者との戦いは楽しいな」

 

「えぇ、僕も楽しいです。こうやって何かを背負う事無く、ただ一撃一撃に自分の想いを込めて相手とぶつけ合う。そんな真剣勝負の醍醐味を味わうのは」

 

 俺が頭を抱えている中で互いに全力を出せていないと言いつつもイッセーとダイダ王子が笑みを交わし合うのを見て、俺は二人が本当にこの立ち合いを楽しんでいるのを理解した。……ヴァーリと気が合う訳だぜ。イッセーの奴、戦闘狂の一面も確かに持っていやがった。

 

「そうか。……では、もう暫く楽しむとしようか!」

 

「ハイ!」

 

 そして、イッセーとダイダ王子は会話を打ち切るとそのまま立ち合いを再開した。途中から得物だけでなく拳や蹴り、更には体当たりや組み付いてからの投げ技といった体術まで使い出したイッセーとダイダ王子の激しいぶつかり合いを前に、レイヴェルやセラフォルー、ガブリエルはおろか八坂姫ですら完全に息を飲んでいる。その一方で、風神と雷神は血が滾るのを抑えられずに体を震わせていた。

 

「ぴゅるるるるぅ! 雷神よ、地獄に戻ったらワシに付き合ってもらうぞ! この滾り、一戦交えねば到底収まりがつかぬ!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! 風神よ、それはワシも望む所だ! この立ち合いを目の当たりにして心が躍らぬなど、断じて鬼ではないわ!」

 

 話に聞いていた通りの反応に、俺は思わず苦笑した。確かに戦いを嗜みとするのなら、こんな反応になるのは当然だ。それは幼い頃から「幼き(つわもの)」に憧れていたという百鬼も同じで、まるで幼い子供の様に目を輝かせながらイッセーとダイダ王子の戦いを見ている。

 

「兵藤先輩もダイダ王子も本気で戦ってはいる。でも、この後の歓迎の宴に配慮している時点で、けして全力じゃない。それなのに、今の俺では到底手の届かない領域で戦っている。これが、五大宗家に三百年に渡って言い伝えられてきた鬼の王子と「幼き兵」の戦い……!」

 

 おそらくは無意識の内に百鬼の口から出てきたであろう感嘆の言葉を耳にして、驚いたのは九重姫だ。

 

「のう、アウラ。今、あの者から「幼き兵」という言葉が出てきたのじゃが、ひょっとしてアウラの父上殿はかの「幼き兵」なのか?」

 

「ウン、そうだよ! パパは小さい時に桃太郎さんと一緒に鬼退治の旅をした事があるの!」

 

 アウラからの返事を聞いて、九重姫は絶句してしまった。まぁ風神達と九重姫のやり取りを見ている限り、「幼き兵」の伝説は妖怪達にも広まっている様だからな。そこで自分の初めてのお友達がその伝説の人物の娘ともなれば、この反応も無理はないだろう。

 

「アウラが風神殿と親しく言葉を交わしておったのも、そうした縁があっての事じゃったか。この分では、大江の軍神様ともアウラの父上殿はお親しいのじゃろうなぁ。……ウゥム。でき得るのであれば、父上殿から桃太郎殿と共に旅をしていた頃の事をお聞きしたいところなのじゃが……」

 

 そうして九重姫がイッセーから当時の事を話してもらいたがっていると、それを見たアウラがイッセーにお願いしてみると言い出した。

 

「九重ちゃん、だったらあたしが後でパパにお願いしてみるね!」

 

 それを聞いた九重姫はまるで花が咲いた様に笑顔へと変わる。

 

「本当か、アウラ! 感謝するのじゃ!」

 

 九重姫から感謝を告げられたアウラは、ここでイッセーとダイダ王子の立ち合いを一緒に見ようと誘う。

 

「だから九重ちゃん、今はあたしと一緒にパパとダイダ王子様の試合を見ようよ! パパもそうだけど、ダイダ王子様もすっごく強いんだもん!」

 

「ウム、アウラの申す通りじゃな! 伝説に謳われた(つわもの)同士の立ち合いなど、滅多にお目にかかれるものではない! ならば、この(まなこ)にしかと焼き付けねば、父上殿にもダイダ様にも失礼というものじゃ!」

 

 こうしてイッセーとダイダ王子との立ち合いを一緒になって見始めたアウラと九重姫だったが、そんな二人の様子をイリナは微笑みながら優しく見守っていた。……イリナの奴、相も変わらず母性が天辺を突き抜けてやがる。

 

「……「優しい魔法少女」になるって夢は今も変わらないけど、イリナちゃんとアウラちゃんを見てると、お母さんになるのも悪くないなぁって思っちゃうのよね☆」

 

 そんなイリナの母性を目の当たりにしたセラフォルーの口から女としての本音が零れ落ちると、それを耳聡く聞き付けたレイヴェルがセラフォルーの泣き所を的確に衝いてきた。

 

「レヴィアタン様。そうお思いでしたら、まずはこれはとお思いになられる殿方をお探しになるべきではございませんか?」

 

「……うー、レイヴェルちゃんが虐めるよ~」

 

 セラフォルーは涙目になってレイヴェルを睨みつけるが、レイヴェルは「ウフフ」と軽く笑って受け流す。イッセーから直接手解きを受けているだけあって、コイツも相当に図太くなってきたな。それに俺やイッセー、サーゼクスとの間で交わされる様々な話題にも現時点で既についていける以上、時勢にもよるが次期レヴィアタンに選ばれるのは案外コイツかもしれねぇな。

 ……せっかくレイヴェルがセラフォルーを弄ったんだ。この流れに乗って、俺も他に母性でイリナに負けている奴を弄るとしようかね。

 

「おい、ガブリエル。お前、女子高生に母性で完全に負けているぞ。四大熾天使(セラフ)というよりは女天使のトップとして、少しは危機感を持ったらどうなんだ?」

 

「……アザゼル。お願いですから、それ以上は何も言わないで下さいね。私自身、天界で何度もイリナちゃんのお母さんぶりを目の当たりにして、私は本当にこのままでいいのかと自問自答を繰り返しているところなんです」

 

 ……ちょっとからかうだけのつもりだったんだが、ガブリエルの奴が思いっきり真顔で反応してきたのは完全に予想外だった。どうやら俺は奴の地雷を物の見事に踏み抜いちまったらしい。

 そうして俺がガブリエルの弄り方を誤って少々不味い雰囲気を作っちまったんだが、そんな中で素戔嗚が八坂姫に今後の意思確認を行う。

 

「それで、一誠の事を改めて知ったお前はこれからどうする? 尤も、答えは既に一つしかない筈だがな」

 

素戔嗚(スサノオ)(ノミコト)様はこの事をご存知でございましたな? ……これはまた随分と意地の悪い事をなさりますなぁ」

 

 もはや苦笑するしかない様子の八坂姫だったが、既に結論は出ている様でこれ以上は何も言わなかった。確かに、自分の娘がこれだけデカイ縁を持った相手と折角友誼を交わしたってのに、それを個人の情だけで断ち切る様な真似は一勢力の長としてはできねぇよな。まぁ折角お友達になったのに、大人の都合で引き離されるなんて悲しい思いをこんな小さなガキ二人に味あわせる事がこれでなくなったんだ。立ち合いの目的はこれで一先ず達成されたな。そう判断した俺は、イッセーとダイダ王子の立ち合いの観戦に集中する事にした。けして全力ではないが、それでも神の領域に足を踏み入れた者同士の真剣勝負をこうして間近で見られる機会なんて早々ないからな。

 

 

 

 イッセーとダイダ王子の立ち合いが始まってから三十分程が経過した。誰に言われるでも無くそれを察したイッセーとダイダ王子は、お互いに構えを解いて得物の切っ先を静かに降ろす。そうして立ち合いの終了を暗黙の内に成立させたところで、ダイダ王子がイッセーに語りかけてきた。

 

「……どうやら、取り戻せた様だな」

 

 取り戻した? それは一体どういう事だ?

 

 俺はダイダ王子が何を言っているのか、全く見当が付かなかった。しかし、それもイッセーの言葉を聞くまでだった。

 

「ハイ。……僕は桃太郎さん達との旅を終えてから三年の後、こことも桃太郎さん達の世界とも異なる世界で激しい戦乱に巻き込まれました。その最中、僕は自分の見通しの甘さから五千人もの何の罪のない人達を死なせてしまいました。だから、僕にはもう「懲らしめる剣」を振るう資格がないと思い、実際に今の今まで振るうことができず、結果として多くの命を殺める事になりました」

 

「振るう剣から血の匂いがしたのはその為か。そこは桃太郎達と違う所だな」

 

 ……そうか。イッセーには異世界ではあるが戦争に参加した経験がある。しかも兵士としてだけでなく、軍師という一勢力の高級幹部としてもだ。それはつまり敵味方を問わず、また直接間接も問わずにそれこそ万単位の命を死に至らしめたって事だ。確かに敵を懲らしめるだけで殺しはしなかった桃太郎達とは対極だな。そして、それ故にイッセーは桃太郎達と共にあった時に振るっていたであろう「懲らしめる剣」を諦めた。いや、諦めざるを得なかった。ダイダ王子はそれをたった三十分ほど剣を交えただけで理解しちまった。ダイダ王子の「鬼と戦って己の性根を隠し通せる者などおらぬ」って言葉には一片の偽りもなかった。

 

「だが、お前の剣には血の匂いこそしたが穢れや澱みが一切なかった。それで解ったのだ。お前は己の剣を敵の血で染め上げはしたが、けして道を踏み外した訳ではないのだと」

 

 だから、こんな言葉が続けて出てくるって訳だ。鬼って奴はマジでスゲェわ。イッセーもそれは十分解っているから、この三十分の立ち合いの中で思い知らされた事を何ら隠す事無く語っていく。

 

「最後まで命を殺める事がなかった桃太郎さん達に比べれば、血塗られた僕の剣はけして誇れるものではありません。ですが、ダイダ王子と立ち合う事で桃太郎さん達と共に旅をしていた頃へと心と感覚が戻っていく中で、この手で命を殺めた事で命の尊さを思い知ったからこそ、剣に愛を込めて悪意ある者を懲らしめなければならないのだと気付きました。……たとえ振るうべき資格がなかったとしても、僕は「懲らしめる剣」を諦めてはいけなかったんです」

 

 ……だがな。

 

「イッセー、そいつは少し違うと思うぜ?」

 

「アザゼルさん?」

 

 イッセーは俺に対してつい素で反応しちまっていたが、ちょうど良い。この際だから、しっかり伝えておかねぇとな。

 

「お前はさっき「懲らしめる剣を振るう事ができなかった」と言っていたけどな、けしてそんな事はねぇよ。あの喧嘩祭でお前に殴られた奴等だがな、「俺達の拳にしっかり応えてくれた」だの、「殴られたのに何処かスッキリした」だの、そんな事ばかり言ってお前に対して悪感情を持った奴なんて誰一人いなかったんだぞ。それどころか、「殴られて元気が出たからまた殴って欲しい」なんて事を言い出す奴までいる始末だ。そんな事を意識せずにやっちまう様なお前の拳は「懲らしめる拳」以外の何物でもないし、そんな「懲らしめる拳」を使えるお前が「懲らしめる剣」を振るえない筈がねぇんだよ!」

 

 結局のところ、お前は「懲らしめる剣」を捨ててもいなければ諦めてもいなかったって事をな。

 

「成る程。取り戻したというよりは、無意識で「懲らしめる剣」を振るっていたのを改めて自覚し直したと言ったところか」

 

 ダイダ王子も俺の言い分を聞いて、納得の表情を浮かべた。だが、俺達が高天原を訪れた事で得られた最大の収穫は正にここからだった。

 

「一誠よ。先程、オーフィスなる龍神が己の眷属にせんとお前を狙っていると言っていたな。何でも力が無限に湧き立ち、それに耐え得る強靭な肉体と魂を有するが故にこの大地において敵う者無しとの事であったが、その者は何も心まで無限という訳ではなかろう。心が無限に広ければ、その意志は自ずと希薄になる。だが、その者にお前を求める意志があるのであれば、その心はけして無限に広がるものではない。ならば、その龍神に対抗するにはその剣を肉体でも魂でもなく心に打ち込むべきだ」

 

「剣を心に打ち込む……」

 

「そうだ。桃太郎達と共にあった頃に振るった「懲らしめる剣」。それを自覚し直した今のお前ならば、それができる筈だ。兵藤一誠、かつて桃太郎達と共にあった「幼き兵」よ。我等鬼に対してそうした様に、無敵の龍神にも教えてやれ。弱き者が葦となってお互いを支え合う事で新たな強さが生まれ、やがて強き者を凌駕していくという事をな」

 

 ……オーフィスを討つでもなく、倒すでもなく、懲らしめる。

 

 まさか、こんな攻略法が可能性として存在していたなんてな。正に盲点だった。しかも、今なら。そう、イッセーの世界蛇殺し(ウロボロス・スレイヤー)を始めとする奇策の数々によって死への恐怖と生への渇望という激しい感情を発露した今のオーフィスなら、イッセーの「懲らしめる剣」が通用するかもしれねぇ。もちろん、オーフィスに「懲らしめる剣」が通用する様にする為には、イッセーがこれから更に強くなる必要がある。それに、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の器を回収する事でイッセーの神器(セイクリッド・ギア)を完全な物にするのは流石に難しいが、真聖剣については完全な状態にまで持っていかないといけないだろう。だが正直な所、今までだったらどれだけイッセーや俺達が強くなっても勝算なんてものは完全にゼロだった。それだけ、油断をせずに全力を出したオーフィスってのは絶望的な存在だった。だから、今のダイダ王子の言葉で勝算がゼロでなくなったのは途轍もなく大きい。

 

「ダイダ王子、ありがとうございます。お陰で、次のオーフィスとの戦いに僅かですが光が見えてきました。……僕が今まで歩んできた道程の中に、最初から答えがあったんですね。それがとても嬉しくて、それ以上にとても誇らしいです」

 

 どうやら、イッセーも俺と同じ結論に至ったみたいだな。さぁ、ここからが大変だぞ。何せ、対オーフィスの戦略を大幅に方向転換しなきゃいけないからな。

 

 ……「俺達が全力のオーフィスを退けるにはどうしたらいいか」から、「イッセーが全力のオーフィスを懲らしめるにはどうしたらいいか」にな。

 

Side end

 

 

 

 ダイダ王子との立ち合いを通じて今後の対オーフィス戦に僅かであるが確かな勝算を得られた僕達は、その後に開かれた歓迎の宴を心から楽しんだ。この歓迎の宴の中で八百万の神から話しかけられた回数が最も多かったのは、実はアウラだったりする。どうも先程の顔合わせの時に何故かアザゼルさん達について来てしまったアウラに興味津々だった様だ。しかも実際にアウラに話しかけると物怖じせずにハキハキと元気一杯に受け答えをしたものだから、八百万の神はアウラをすっかり気に入ってしまったらしい。その上、アウラの自己紹介で「幼き兵」である僕の娘である事が判明した為、遂には次に高天原を訪れる時はぜひアウラも連れてきてほしいと頼み込まれてしまった。

 

 ……実は、僕の娘には多くの者を惹き付ける魔性の女の素養が少なからずあるのではなかろうか?

 

 なまじ僕の「魔」がドライグのオーラと交わったものであるだけに、「魔」から生まれたアウラは力と異性を引き寄せるドラゴンの特性も持ち合わせているのかもしれない。そうなるとセタンタが以前口にした懸念が俄然現実味を帯びてくるので、僕は次第に愛娘の将来が心配になってきたのだが、それは完全に余談だ。

 そうした経緯もあってもはや八百万の神のアイドルと化したアウラの次に声をかけられたのは、イリナだった。こちらは先に声をかけられたアウラが自己紹介した後、イリナとの関係について「あたしのママです!」と堂々と宣言した事で興味を持たれる事になった。そこでどういう事なのかを僕とイリナで説明していく内に自然と将来を誓い合っている仲である事を明かす事になり、僕もイリナも日本人という事もあって「正式に結婚する時には祝福したいので、ぜひ連絡してほしい」と言われてしまった。別系統の神話の神々に祝福される天使と悪魔とドラゴンのごった煮とドラゴンの天使の夫婦とは、一体何なのだろうか?

 また、この時の宴には別件で高天原を訪れていた八坂姫と九重ちゃんも参加しており、()()()()(タマ)様以外に対しては初お目見えとなる九重ちゃんもよく声を掛けられていた。そうしている内にここで出逢ったアウラとお友達になった事が解ると、九重ちゃんは声をお掛けになった方達から「初めてのお友達を大切にしなさい」と励ましの言葉を頂き、八百万の神から直々にアウラとの友情を認められた事をとても喜んでいた。八坂姫もこれには少々恐縮なさっていたが、やはり自分の娘が自らお友達を作り、それを八百万の神に認めてもらえた事が嬉しかったのだろう。宴の最後の方では九重ちゃんと一緒に楽しくおしゃべりしていたアウラに心から微笑みかけてくれた。

 こうして親睦を深めることになった歓迎の宴が終わった頃には夜もかなり更けていたので、この日は高天原に泊まる事になった。宿泊用の部屋を控室とは別に案内された僕達は、宮殿内になる湯殿を使わせて頂いてから用意された浴衣に着替え、後は寝るだけとなった。僕はアウラと共に宿泊用の部屋から出た後、縁側に座ってアウラを膝の上に乗せると一緒に涼み始めた。それから暫くすると、僕達と同じ様に外に涼みに出てきたのか、女性用として少し離れた部屋に案内されたイリナが僕達を見つけて近付いてきた。なお、イリナも後は寝るだけだったのか、浴衣姿で普段はツインテールに纏めている髪も下ろしている。

 

「イッセーくん、アウラちゃん。今日は本当にお疲れ様」

 

 イリナが声をかけてきたので、僕もそれに応じる。

 

「イリナもお疲れ様。イリナも涼みに来たの?」

 

「ウン。私()って事は、イッセーくん達もね」

 

 僕とイリナの考えている事はやっぱり同じで、それが少し可笑しくてクスリと笑ってしまった。ただ、アウラからの返事がなかったのが気になったらしく、イリナはヒョイと身を乗り出してアウラの顔を覗き込む。

 

「アウラちゃん? ……ひょっとして、寝ちゃってるの?」

 

「膝の上に乗せて一緒に涼みながら今日の日記を読ませてもらっていたんだけど、暫くしたら電池が切れたみたいにコテンってなっちゃってね。いつも元気一杯のアウラだけど、流石に疲れていたんだろうね」

 

 僕はアウラの事を伝え終わると、左手で軽くポンポンと隣を叩いた。それで僕の意図を察したイリナは、そのまま僕の左隣に座る。そして、アウラの規則正しい寝息が聞こえる中、アウラを起こしてしまわない様に気をつけながらこの日にあった事をイリナと話し始めた。

 

「今日まで神の子を見張る者(グリゴリ)本部に天界、そして高天原と巡って来て色々な人達と会ってきたけど、今日が一番驚いたよ」

 

「本当ね。私だって、まさか高天原に向かおうとしたらイッセーくんの話していた鬼の人達と出逢うなんて夢にも思わなかったもの」

 

 御伽噺の世界で戦い、そして解り合えた鬼の人達との再会。おそらく今回の外遊における最大のイレギュラーにして最大の収穫だろう。少なくとも、僕はそう思う。だから、その時に感じた気持ちを僕はありのままに言い募っていく。

 

「でも。……それ以上に、とても嬉しかった」

 

「ウン……」

 

「風神さんや雷神さんと再会できて、ダイダ王子と酒呑童子さんがこっちの世界で生きている事が解って、嬉しさの余りに思わず泣いちゃって……」

 

「ウン……」

 

「そのダイダ王子と高天原で再会して、桃太郎さん達と同じ様に認めてもらって、それから、全力じゃなかったけど本気の立ち合いもやる事になって……」

 

「ウン……」

 

 そして、僕がひたすらに言い募っていく気持ちの一つ一つを、イリナは丁寧に相槌を打ちながら聞いてくれた。それが、とても心地良かった。

 

 

 

 この様に穏やかな時間を過ごしながら外遊の最終日程を終えた僕達はその翌日には高天原からそれぞれの場所へと帰還する事になるが、だからと言ってその後をゆっくりと過ごしている余裕は僕にはない。何故なら、その一週間後には僕の実力を改めて冥界に披露するという目的で個人戦のエキシビジョンマッチを控えているからだ。なお対戦相手はサプライズという事で試合当日まで冥界中はおろか僕にすら知らされない事になっているが、けして弱い相手ではないだろう。だからと言って、ここで変な所を見せてしまったら、冥界の堕天使領から始まり、天界、更には高天原と外遊をこなしてきたのが全て台無しになりかねないのだ。だから、けして気を抜ける様な戦いではない。

 

 ……迫り来る新たな大舞台を前に、僕は一人気合を入れ直していた。

 




いかがだったでしょうか?

なお、もしこのまま何事もなく京都で原作通りのイベントが発生した場合、英雄派はとある方々の逆鱗に触れる事となり……。

では、また次の章でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。