未知なる天を往く者   作:h995

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2017.6.5 後半部分加筆修正


第二十四話 アウラのお友達

 ……素戔嗚(スサノオ)様との腕相撲は素戔嗚様の勝利で終わった。

 

 まぁ当然と言えば当然の結果だろう。確かに逸脱者(デヴィエーター)である僕の肉体には「聖」の力に秀でた天使と「魔」の力に秀でた悪魔、そして純粋な身体能力ではあらゆる種族の中でもトップクラスとなるドラゴンの要素が含まれている。今回の腕相撲でそれを改めて実感した訳だが、それでも純粋なドラゴンには当然及ばない。しかも、相手は日本神話における最強の神として建御雷(タケミカヅチ)様と並び称される素戔嗚様だ。肉体の基礎能力ではまず勝ち目がない。だからと言って、光力や魔力、ドラゴンのオーラで腕力を強化するという選択肢は僕にはなかった。仮にそれを実行しても素戔嗚様が同じ様に神力を使えばやはり同じ結果になっていたし、何より素戔嗚様が見たかったのは僕の単純な強さだけではなかった筈だ。

 そして、僕の推測通りだったのだろう。腕相撲を終えた後の素戔嗚様は凄く上機嫌で、親しげに肩を組むと「一誠」と名を呼びながら僕の健闘を称えてくれた。すると、それを切っ掛けに周りにいた他の神様達が先を争う様に僕に声をかけてくる様になり、そのまま宴会に突入しそうな流れになっていった。流石にそれは不味いと僕が思っていると、僕と同じ事をお考えになられた三貴子の最後の一柱である月読(ツクヨミ)様から「待った」がかかり、「控室で待たせている他の使者達を呼び、そこで本来の顔通しを済ませるべきだ」とお諌めになられた。尤も、「宴はその後でやればよかろう」とはっきりと仰せになってしまった事で、月読様の本音が透けて見えてしまったのだが。

 そうして、控室で待っているアザゼルさん達がこちらに来るまでの間、上座の中央に八百万の神の代表である天照様、その両脇に残りの三貴子である月読様と素戔嗚様が座り、下座の両脇を他の神々が固める中で外部勢力の使者である僕が謁見するという本来の形に座り直した。なお、案内役であるダイダ王子は僕の斜め前に座っている。ただ、八百万の神から僕に向けられる視線は好意的なものが殆どでかなり穏やかな雰囲気である事から、特に問題なく僕の顔通しは終わりそうだった。

 

 ……また一つ、アウラに新しい出逢いがあった事をこの時の僕は知る由もなかった。

 

 

 

Side:紫藤イリナ

 

「母上! ……お主達、一体何者じゃ?」

 

 控室で風神さんと雷神さんのお二人にイッセーくんが今まで何をしてきたのかを話し終えた後、三大勢力と地獄との間で人材交流の話が持ち上がった所で狐の耳と尻尾を持った可愛い女の子が突然現れた。その女の子は初対面である私達に対して警戒心を露わにしている。一方、まさかこんなに小さな女の子が突然入ってくるなんて思ってもいなかった私達はすぐには反応できなかった。その結果、狐の女の子に最初に反応したのは初対面の人でも物怖じしないアウラちゃんだった。

 

「あたし、アウラ。兵藤アウラっていうの。それで、あなたのお名前はなんて言うの?」

 

 ……「何者じゃ」って言われたから名前を訊かれたって思ってその通りに答えちゃったアウラちゃんの明るい笑顔を見て、狐の女の子は明らかに戸惑っていた。初対面の相手に警戒していたのに笑顔で名前を教えてもらった訳だから、肩透かしを食らった様な気分になっちゃったんだろう。それから暫くすると、狐の女の子の表情が少し申し訳なさそうなものへと変わった。

 

「……よく考えてみたら、人に名前を尋ねるのであれば、まずはこちらから名乗るべきであった。それなのにこちらの非礼を責めずに名前を教えてくれた事を感謝するぞ、アウラとやら。それで私の名前だが、九重(くのう)という。表と裏の京都に住む妖怪を束ねる者、八坂(やさか)の娘じゃ」

 

 九重と名乗った狐の女の子の自己紹介が終わったところで、アザゼルさんは何処か感心した様な表情になった。

 

「ほう。外見と秘めている力が割と強かった事から九尾の狐とは少なからず繋がりがあるんじゃないかとは思っていたが、まさか実の娘だったとはな」

 

 アザゼルさんが九重ちゃんについて話をすると、セラフォルーさんも他勢力との外交を絡めた話をしてくれた。

 

「実は聖魔和合がある程度軌道に乗ったら、他の勢力とも会談を開いて協力体制を築いていこうって話になっているの。それでね、協力体制の申し込みをする相手の候補に挙がっているのが……」

 

「京都に住まう妖怪達なのですね? そうなると、九重さんは西の妖怪の姫君という事でこちらにとっても重要人物になってしまいますわね」

 

 セラフォルーさんの話からレイヴェルさんがそう結論付けている中、アウラちゃんは九重ちゃんの名前を覚えようと頑張っていた。

 

「九重ちゃんっていうんだね。……ウン、覚えたよ! それでね、九重ちゃん。どうしてこのお部屋に入ってきたの?」

 

 アウラちゃんがそう尋ねると、九重ちゃんは少し言い辛そうだったけどちゃんと答えてくれた。

 

「ウ、ウム。じ、実はな、この高天原には伏見稲荷大社の主祭神であらせられる()()()()(タマ)大神様にお会いする為に母上と一緒に参ったのじゃ。だがお目通りの時まで待っておったら、どうしても花を摘みに行きたくなっての。それで部屋を出て花を摘んだ後に母上の元へ戻ろうとしたのじゃ。そうして辿り着いた部屋の戸を開けたら……」

 

 ……あぁ。確かにこれだけ多くの人の前で、特にアザゼルさんや百鬼君といった男の人の前では言い出しにくいわね。でも、もしイッセーくんから「花を摘む」って言葉が「トイレに行く」という意味の隠語である事を教えてもらわなかったら、私はきっと「何でこんな時にお花を摘みに行きたくなったんだろう?」って変な勘違いをしてたと思う。因みに、アウラちゃんもその辺はイッセーくんからしっかりと教わっているので、ここで「あ、おトイレに行きたくなっちゃったんだ~」なんてデリカシーのない事は言わずに事実確認に留めていた。

 

「九重ちゃんのお母さんじゃなくて、あたし達がいたんだね。……九重ちゃん、ひょっとして迷子なの?」

 

 ……アウラちゃん。それはそれでちょっと可哀想だよ?

 

「私は迷ってなぞおらん! ただ部屋を間違えただけじゃ!」

 

「じゃあ、九重ちゃんのお母さんの待っている部屋ってどこなの?」

 

「それはここから……」

 

 現にアウラちゃんから迷子と言われちゃった事で、九重ちゃんはムキになって自分は迷子じゃないって否定しちゃった。それでアウラちゃんが更に追及すると、九重ちゃんはすぐに元の部屋までの道程を言おうとした。でも、そこで九重ちゃんはハッとした素振りを見せた後で肩を落としてしまった。

 

「……いかん。花を摘む際に通った道はしっかり覚えておった筈なのだが、その通りに歩いて辿り着いたのがこの部屋だったとなると、それが本当に正しいのか自信がなくなってしまったのじゃ」

 

「じゃあ、やっぱり迷子になっちゃったの?」

 

 アウラちゃんが再び確認すると、九重ちゃんは素直に迷子になった事実を受け入れた。

 

「……ウム。アウラの言う通り、私は迷子になってしまった様じゃ。こんな事で意地を張ったからと言って、それで母上の所へ帰れる訳ではないからの。受け入れるべき事は素直に受け入れねばならぬのじゃ」

 

 そう言ってすっかり気を落としてしまった九重ちゃんの様子に頃合いと見たのか、風神さんが九重ちゃんに話しかける。

 

「ぴゅるるるるぅ! 九重姫、我等の顔を覚えておられるか?」

 

 風神さんからそう尋ねられた九重ちゃんは、そこで風神さんの方を向くと驚きの表情を浮かべた。

 

「おぉっ! 風神殿! 風神殿ではありませぬか! それによく見ると、相方である雷神殿もおられたのですか!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! 久しいな、九重姫! だが、部屋の中を見て真っ先に「何者じゃ?」は流石に少々傷付いたぞ。一応、我等も最初からいたのだがな」

 

 雷神さんからそう言われると、九重ちゃんの顔色が真っ青になった。そしてその場で正座すると、深々と頭を下げて風神さんと雷神さんに謝り始める。

 

「も、申し訳ございませぬ! 大江の軍神様とお親しいお二人に対し、とんだご無礼を致しました!」

 

 でも、そこは大人である風神さんと雷神さん。九重ちゃんの無礼を笑って許してあげていた。

 

「ハッハッハッ! 構わぬ、構わぬ! 雷神は少しからかっただけで、けして本気で申している訳ではない!」

 

「むしろそこまで必死に謝られてしまうと、かえってこちらの方が九重姫に対して申し訳なくなってしまう!」

 

 風神さんと雷神さんの言葉を聞いて、九重ちゃんは頭を上げるとホッとした表情を浮かべた。そこにアウラちゃんが風神さんに声をかける。なお、「流石にこの場では格式張った言い方などしなくてもいい」と風神さんと雷神さんが言ってくれたので、アウラちゃんの言葉使いは普段のものだ。

 

「ねぇ、風神の小父ちゃん。お願いがあるんだけど……」

 

 アウラちゃんがそう言ってお願いを言おうとしたけど、その前に風神さんがアウラちゃんのお願いを汲み取ってくれた。

 

「九重姫を八坂姫の元まで送り届けてほしいのだな?」

 

「ウン。だって、大好きなお母さんの所に戻れないってとっても辛いから……」

 

 アウラちゃんがお願いの理由を口にすると、風神さんはすぐに快諾してくれた。

 

「承知した。幸い、八坂姫の気配はここからそう離れてはおらん。連れていくのにそう時間はかからんだろう。アウラよ、後はオレに任せておけ」

 

「ありがとう、風神の小父ちゃん!」

 

 アウラちゃんが笑顔で感謝を告げると、それに続く形で九重ちゃんも風神さんに感謝の言葉を伝える。

 

「風神殿。誠にありがとうございます」

 

「なんの。そう大した事ではない。では、早速参ろうか。これ以上九重姫の帰りが遅くなれば、八坂姫も気が気でなかろう」

 

 風神さんが早速九重ちゃんをお母さんの元へ送る事を伝えると、九重ちゃんはしっかりと頭を下げてお願いした。

 

「はい。風神殿、どうかよろしくお願い致します」

 

 そうして風神さんと九重ちゃんが立ち上がり、そのまま部屋を出ようとすると、アウラちゃんが九重ちゃんに声をかける。

 

「九重ちゃん。一つだけ、お願いがあるんだけど……」

 

 アウラちゃんが恐る恐る何かをお願いしようとすると、九重ちゃんは応じる構えを見せた。

 

「ウム、なんじゃ? 私にできる事であれば、叶えてやるぞ?」

 

「あたしと、お友達になって下さい!」

 

 アウラちゃんからそうお願いされると、九重ちゃんは再び戸惑いの表情を浮かべる。

 

「お、お友達? 私とか?」

 

「……ダメなの?」

 

 アウラちゃんがお願いを断られたと受け取って肩を落とすと、九重ちゃんは慌ててそれが誤解である事を伝えてきた。……よく見ると、笑みを浮かべそうになるのを堪えているのか、口元が少しピクピクしている。

 

「い、いや。ダ、ダメではないぞ。むしろ、私としても大歓迎なのじゃ。何せ、周りは私と同じくらいの年の者でも「九重様」や「姫様」と呼んで敬うばかりでお友達と呼べる訳ではなくての。そうやってお友達になってほしいと私にはっきり言ってくれたのは、実はお主が初めてなのじゃ」

 

 九重ちゃんがアウラちゃんとお友達になるのを歓迎している事を伝えると、アウラちゃんは落ち込んでいた表情を明るい笑顔に変える。

 

「そっかぁ。じゃあ、これでもうあたし達はお友達だね、九重ちゃん!」

 

「ウム! これからよろしく頼むのじゃ、アウラ!」

 

 お友達になった事でお互いに笑顔を向け合う中、アウラちゃんと九重ちゃんはお別れの挨拶を交わした。

 

「それじゃ、またね。九重ちゃん」

 

「ウム。再び会うその日まで息災でな。アウラ」

 

 アウラちゃんとのお別れを済ませてから九重ちゃんが風神さんに伴われてこの部屋を出ると、アザゼルさんが少し呆れた様な表情を浮かべる。

 

「アウラの奴、西の妖怪の姫君とあっさりお友達になってしまいやがった。どうやら頭の良さだけでなく巡り合わせの良さまでイッセー譲りの様だな」

 

 確かに、アザゼルさんの言う通りかもしれない。冥界では魔王の嫡男であるミリキャス君やフェニックス家の次期当主であるルヴァルさんの嫡男であるリシャール君とお友達になっているし、天界でも奇跡的に生まれたハーフ天使であるナナちゃんと仲良くなっている。それに少し年上になるけど、リヒトさんとリインさんの娘となったユーリちゃんと先代のレヴィアタンの末裔であるカテレアさんの息子のクローズ君とも仲がいい。何より、イッセーくんの愛娘という事でサーゼクスさんやセラフォルーさん、アザゼルさんにミカエル様といった三大勢力のトップの方達にも可愛がってもらっているのを考えると、アウラちゃんの巡り合わせはイッセーくん並みの凄さがある。……同時にそれは、今後の三大勢力の外交戦略においても強みになる。

 

「それとセラフォルー、解っているとは思うが」

 

「ウン、京都の妖怪達と会談する時にはイッセー君達と一緒にアウラちゃんも連れていくね☆ 折角アウラちゃんと九重ちゃんがお友達になれたんだもの、この繋がりを大切にしていかないとね☆」

 

 ……やっぱり、そうなっちゃうのか。でも、アウラちゃんと九重ちゃんの繋がりから三大勢力と京都の妖怪達との間に少しずつ友好の輪を広げていければ、それはそれでいいんじゃないかとも思う。ただ、個人の繋がりを切っ掛けにはしてもそれに頼り切っちゃうのはダメだけど、イッセーくん個人の繋がりを考慮して地獄の鬼族との友好関係を一から築いていこうとお考えになっている方達なのでその辺りはあまり心配していない。

 京都の妖怪達との今後の外交方針についての話が終わると、アザゼルさんはここで九重ちゃんの口から飛び出したある言葉について触れ始めた。

 

「ところで、さっき九重姫の口から出てきた「大江の軍神様」っていうのは、やっぱり大江山に駐在している酒呑童子の事なんだろうな。確か、バラキエルから昔聞いた話に三軍神ってのが出ていたんだが、その中の一人だったか?」

 

 アザゼルさんが私に確認を取ってきたので、私は早速それに答える。

 

「はい。地獄の鬼族は武に長けた方達ばかりですけど、その中でも特に武勇に秀でている事から軍神と謳われる三人の鬼がいます。今話に出た酒呑童子さんにかつては黄泉の塔と呼ばれる場所を守っていた羅生門さん。そして、イッセーくんの見立てでは単騎で二天龍と渡り合えるという三千世界様、イッセーくんは本当の名前である三千大千世界様と呼んでいる方です。それで力量なんですけど、三千世界様は三軍神の中でも明らかに別格です。残りのお二人については、こちらも相当に強い方で若手対抗戦に出場する人で対抗できそうなのは瑞貴さんだけだと思います。後は、ギャスパー君が持てる力の全てを出し切ればどうにかってところじゃないでしょうか」

 

 私がレイヴェルトを受け取った時に見たイッセーくんの過去の記憶に基づいて見立てた事をアザゼルさんに伝えると、アザゼルさんは溜息を吐いた。

 

「俺ですら見えなかったオーフィスの攻撃を捌いちまう様な奴でないと対抗できないって、三軍神ってのは本当に化物揃いだな。それで、イッセーを案内していったダイダ王子と閻魔大王、そして鬼族の王である伐折羅(バサラ)王という鬼のトップ3はどうなんだ?」

 

 今度はダイダ王子に閻魔大王様、そして伐折羅王様について尋ねられた私は、記憶を少しずつ掘り起こしながら答えていく事にした。

 

「……流石に最強の鬼である三千世界様には及びませんけど、酒呑童子さんと羅生門さんよりは確実に上だと思います。ただ、これは三軍神の方達もそうですけど私がイッセーくんから教えてもらったのはあくまで三百年前の強さなので、今はどうなのかは解りません。でも、以前より弱くなっているという事はおそらくないと私は思います。その辺りはどうなんでしょうか、雷神さん?」

 

「フム。我等もそうだが、桃太郎達と戦って愛と勇気と友情を学んで以来、誰もが力だけでなく心も鍛えようと修行に励んだからな。間違いなく三百年前より強くなっているぞ。特にダイダ王子様はこの高天原で最強を誇る素戔嗚様や建御雷様に幾度も挑み続けた結果、お二人と対等の領域にまで強くなられてな。伐折羅王様も「力は既に自分を越えた」とダイダ王子様のお力をお認めになられているし、それを踏まえると鬼の中で二番目に強いのは間違いなくダイダ王子様であろう」

 

 雷神さんから驚くべき言葉が飛び出してきた事で、この場にいた人は皆言葉を失ってしまった。私もまさかそこまで強くなっているとは思わなかったから、驚きを隠せない。例外は「ダイダ王子様って、とっても凄いんだ~」と素直に称賛しているアウラちゃんだけだ。

 

「……神々の中でも特に戦いに長けている戦神と同等の強さを持つ鬼とは、一体何なんでしょうか? でも、それ以上に戦神と同等の鬼が最強ではない事の方が信じられません」

 

 まるで絞り出す様なガブリエル様のお言葉の後で、アザゼルさんが閻魔大王様と伐折羅王様について雷神さんに改めて確認する。

 

「ダイダ王子が戦神クラスなのは解った。それで残りの二人はどうなんだ?」

 

「フム。……お二人とも流石に戦いの神である素戔嗚様や建御雷様には敵わぬだけで、天照様とは対等に戦える筈だ。確かに純粋な力こそ天照様の方が上なのだが、天照様はけして戦いがお得意という訳ではないからな」

 

 戦いが得意でないとはいえ天照様という主神というべき方と閻魔大王様と伐折羅王様は同等クラスだという雷神さんの言葉に、アザゼルさんは深く溜息を吐いた。

 

「……って事は、こっちで閻魔大王や伐折羅王と一対一で勝てそうなのはイッセーとその関係者以外だとサーゼクスとアジュカくらいか。こうなると、強者ランキングを大幅に書き換えないといけないな。特に二天龍クラスだという三千世界なんて、確実に一桁台に入るぞ。本当にどうなっているんだよ、鬼って奴は。イッセーの奴、当時はまだガキな上に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)も真聖剣も使えない状況でよくこんな連中を相手に最後まで戦い抜けたな」

 

 アザゼルさんが溜息交じりに鬼の人達について言い終えた所で、百鬼君が改めて「幼き(つわもの)」に対する想いを口にした。

 

「だから、俺も含めた五大宗家の者にとって「幼き兵」は永遠の憧れなんですよ」

 

「……百鬼さんの今の言葉、説得力に溢れていますわね」

 

 百鬼君の言葉に対するレイヴェルさんの感想については、私も同感だった。それにこの話を聞いて黙っていられなさそうな人がイッセーくんの近くには割といる。それについての懸念をアザゼルさんが話し始めた。

 

「それだけにヴァーリ達がこの話を聞いたら、間違いなくそいつ等に挑戦しようと大江山や地獄へ出向くだろうな。それで変に騒ぎが大きくなるくらいだったら、いっそヴァーリ達を神の子を見張る者(グリゴリ)の代表にしてイッセーと一緒に地獄へ行ってもらう方向で話を進めた方がいいかもしれねぇな」

 

「私達の方だと、トップランカーに手が届きかけてるライザー君とそのライザー君と同等の強さを持つ瑞貴君はまず決定ね☆ それにイッセー君の同世代の次期当主からはサイラオーグ君、眷属からは木場君に匙君、ギャスパー君と言ったところかしら☆ 後はイッセー君がその時までに独立していたら、イッセー君の眷属になってる筈のセタンタ君も入れられるかな?」

 

「親善大使と同年代となると、デュリオ君とネロ君、後はミラナちゃんが対象になりますね。後は皆のお目付け役としてグリゼルダちゃんもでしょうか」

 

「まぁその辺が妥当だろうな。……って事で、そっちはとりあえず人材交流の話を持ち掛けられた事を閻魔大王に伝えてくれればいい。後は閻魔大王や伐折羅王と直接話を進めていくからな」

 

「承知した。閻魔様には「三大勢力から人材交流を求められた」と我等から伝えておこう」

 

 ヴァーリ達に関する懸念を呈してからセラフォルーさんとガブリエル様も交えて三大勢力と地獄の人材交流の話を一気に纏めていくアザゼルさんを見て、私は素直に凄いと思った。趣味に走って変な物を作っちゃったり、その為に神の子を見張る者の予算を流用したりと色々と問題を起こしたりもするけれど、こうした話をスムーズに進められる辺り、堕天使の総督という肩書はけして伊達じゃない。

 

 ……天照様から私達にお呼びが掛かったのは、こうした話がある程度終わってからの事だった。

 

Side end

 

 

 

「その様な事があったのか……」

 

 アザゼルさん達を交えた僕の公式の場での初顔合わせ(という事になっている)を無事に終えた後、僕達を歓迎する為の宴を開くので暫く待っていてほしいという事で控室に戻ってきた僕達は、イリナからここであった事の一部始終を聞かされていた。

 

「それで、今ここに貴女様がおられる訳ですね。八坂姫様」

 

 そして今、僕の目の前にはアウラとお友達になったという九重姫と一緒に母親である八坂姫が座っているのである。九尾の狐の名の通り、九本の狐の尾を持つ八坂姫は妖艶な笑みを浮かべながら話を始めた。

 

「ほほほ。部屋を間違えた娘の九重が世話になったという事で、まずはご挨拶をと思いましてなぁ。もちろん、宇迦之御魂大神様には既にお目通りした後ですし、お許しも得ていますのでご安心を。ただ、その宇迦之御魂大神様から三大勢力の使者殿が素戔嗚(スサノオ)(ノミコト)様に気に入られたと聞いた時には本当に驚きましたなぁ」

 

 そう語る八坂姫の視線には、明らかに僕を探ろうとする意図が含まれている。すると、控室に戻ってくる時に同行してきた方が八坂姫に釘を刺してきた。

 

「おい、八坂。コイツは腕相撲を通して俺自らが吟味し、そして信用に値すると認めた男だ。それ以上は下種の勘繰り、そして俺への侮辱に等しいと思え」

 

 明らかに不機嫌と解る表情と共に脅しをかけているのは、先程僕と腕相撲をした素戔嗚様だ。その隣にはダイダ王子も座っており、特に何も言ってはいないが明らかに八坂姫を睨んでいる。いかに京都の妖怪の長とはいえ流石に高天原における三大強者の二人から睨まれるのは敵わなかった様で、八坂姫は頭を深々と下げて謝罪してきた。

 

「申し訳ございませぬ、素戔嗚尊様。それにダイダ殿。妾が些か浅慮でございました。使者殿も、妾の無礼をどうかお許し下され」

 

 ……ただ、八坂姫が僕やアウラに対して不安を感じたのも無理はない。だから、ここは軽く流しておくべきだろう。

 

「いえ。大切なご息女が見も知らぬ者と友誼を交わしたと聞けば、親としては不安になるのも当然というもの。そのお気持ちは父親としてよく解りますので、どうかお顔をお上げ下さい」

 

「使者殿、お許し頂き感謝致します」

 

 そう言って、八坂姫は頭を上げた。そして姿勢を正すと、後ろに控えていた九重姫を紹介し始める。

 

「使者殿。こちらが妾の娘で先程使者殿の娘御と友誼を交わした九重です。九重、使者殿にご挨拶を」

 

「アウラの父上殿、初めてお目に掛かります。私が八坂の娘、九重でございます。娘御には先程道に迷ったところをお助け頂いたばかりか私の友となって頂きましたので、改めて父上殿に感謝を申し上げます」

 

 アウラとほぼ同年代でありながら礼儀正しい振る舞いと言葉使いでしっかりと挨拶をこなす辺り、やはり一つの勢力を束ねる長の娘という事なのだろう。相手が礼を尽くしてきた以上、僕もそれに合わせる形で九重姫に挨拶する。

 

「九重姫様にはご機嫌麗しく。先刻親しくさせて頂いたアウラの父である兵藤一誠でございます。九重姫様には今後とも娘と親しくして頂けると幸いに存じ上げます」

 

 すると、九重姫は不満げな表情を浮かべた。

 

「……父上殿、「九重姫様」はお止め下され。私はアウラと対等の立場で友誼を交わしたのです。ならば、私の事は遠慮なく「九重」とお呼び下さると共に、アウラに話しかける様にお話し下され。さもなくば、アウラに頼んで叱って頂きますぞ」

 

 ……そうくるか。それなら仕方がないな。

 

「九重姫様がお望みとあらば、その通りに致しましょう。……確かにアウラに叱られるのは、僕としてもかなり堪えるものがある。それを見越してこんな手を打って来るなんて、中々やるね。九重ちゃん」

 

 僕が言葉使いを普段のものへと戻して褒めた事で、九重ちゃんは少し照れ臭そうに、しかし満足げな笑みを浮かべた。

 

「一誠よ、お前は確かに人の子の親になったのだな。こうなると、オレもいよいよ連れ添いに相応しい女を本気で探さねばならんか」

 

 こうした僕と九重ちゃんのやり取りを見たダイダ王子は感慨深げにそう零すと、話を大きく変えてきた。

 

「さて、一誠。不躾ではあるが、今からオレと少し立ち合え」

 

 八坂姫や九重ちゃんと話をしている中での余りに唐突な立ち合いの申し込みだったので、僕はダイダ王子にその真意を尋ねる。

 

「まだ八坂姫様達と話をしている最中に割って入られるとは、些か性急ではありませんか?」

 

 すると、ダイダ王子は立ち合いの申し込みを強行した理由について語り始めた。

 

「先程素戔嗚殿に窘められたものの、八坂は未だ納得しておらぬ様だからな。ならば、実際にお前がどういう男なのかを見せてやった方が早いと思ったのだ。鬼と戦って己の性根を隠し通せる者などおらぬ。その事は、酒呑とは三百年来の付き合いである八坂もよく知っていよう。それに何より、お前がこの数年間で積み重ねてきたものをオレ自身が見てみたいというのもある」

 

 ……戦いの中で相手の本性を曝け出させ、その上で見極める。この辺りは、やはり生粋の鬼だった。ただ、それを心地良いと感じてしまう辺り、僕も相当に鬼の人達に感化されているらしい。

 

「そういう事でしたら、承知しました。私も、いえ僕もダイダ王子には僕の成長を見て頂きたいと思っていましたから。ただ間もなく歓迎の宴が始まりますので、余り時間がありませんが」

 

「構わん。お前が相手ならば、四半刻(しはんとき)程で十分だ」

 

 立ち合いに関してお互いの了解を得た事で、僕とダイダ王子は早速控室からそのまま控室の前に広がる庭へと降りていく。庭に出てある程度距離を置いたところで、ダイダ王子は腰に差した太刀を鞘から抜き放ち、僕は真聖剣を呼び出してから万化(アルター)で刀の形状に変形させた。そしてお互いの得物を構えて対峙する。

 

「では、始めようか」

 

「ハイ」

 

 立ち合いの開始を承知した僕は、一瞬でダイダ王子の懐に踏み込むと渾身の力で真聖剣を振り下ろした。僕の踏み込みを待ち構えていたダイダ王子は、僕と同じ様に太刀を振り下ろす事で受け止める。得物同士がぶつかった事で生じた衝撃がかなりの強さで僕の体にぶつかってくるが、その程度で怯む様ではダイダ王子と立ち合う事などできない。

 

「オレの知るものとは比べ物にならぬほどに剣が重い。……強くなったな、一誠よ」

 

「お褒め頂き光栄です、ダイダ王子」

 

 ダイダ王子と鍔迫り合いをしながら軽く言葉を交わすと、一度離れて真聖剣を構え直した。そして再びダイダ王子の懐へと踏み込んでいく。

 

「ダイダにしてやられたな。あの場での見極めを建御雷に任せておけば、ここで一誠と立ち合いをしていたのはダイダでなく俺であったものを」

 

 ……ダイダ王子と次々と刃を交えていく中、素戔嗚様の何処か羨ましげな声が微かに聞こえた様な気がした。

 




いかがだったでしょうか?

なお、ダイダ王子の台詞で出てきた四半刻とは江戸時代の時刻を示す言葉で三十分を意味します。

では、また次の話でお会いしましょう。

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