未知なる天を往く者   作:h995

43 / 71
第二十三話 高天原の事情

Overview

 

 一誠がダイダ王子に連れられて高天原に住まう八百万の神の元へと向かう一方、他の者達は風神と雷神の案内で宮殿の入り口にほど近い一室に入っていた。部屋の造りは飾り気のない質素なものだが、それがかえって落ち着いた雰囲気を作り上げている。普段着として和服を好んで着る程の日本贔屓であるアザゼルはこの侘びや寂を突き詰めた様な部屋を特に気に入り、満足げな笑みを浮かべていた。

 

「ねぇ、ママ。パパ、そろそろ日本の神様達に会ってるのかなぁ?」

 

 そうした雰囲気の中でアウラが隣に座るイリナにそう尋ねたのは、控室に入ってから暫くしてからの事だった。

 

「天照様達がイッセーくんにお会いになる場所がそこまで離れていなければ、そろそろだと思うわよ」

 

 イリナが自分の思う所をアウラに伝えると、アウラは納得した後で「それなら、パパ達はどんなお話してるのかな?」と続けて問い掛けてきた。イリナは首を傾げながら一誠と八百万の神が何を話しているのか、自分なりに考えながらアウラに答えていく。この様にイリナとアウラが楽しそうに会話しているのを見た百鬼黄龍は、駒王学園の同級生であるレイヴェルに小声で尋ねてみた。

 

「フェニックス。紫藤先輩って、学校では駒王帝の后なんて呼ばれるくらいに兵藤先輩の彼女として有名になっているけど、学校以外だといつもあんな感じなのか?」

 

「えぇ。その通りですわ、百鬼さん。イリナさんは学校が終わって身内だけになるとだいだいあの様な感じでアウラさんに対しては完全に母親として接しています。けれど、一誠様の家にお帰りになるともっと凄いですわよ。一誠様とのやり取りなんて、恋人はおろか新婚夫婦さえも飛び越して熟年夫婦ですもの」

 

 レイヴェルからの返答を受けて、黄龍は納得の表情を浮かべる。

 

「フェニックスの答えを聞いて納得したよ。兵藤先輩もあの子に対しては完全に父親の顔をしていたからね。でも、幼い頃から憧れていた「幼き(つわもの)」が実は俺の一つ上の先輩で実質妻子持ちだったなんて、正直ちょっと複雑だな」

 

 最後の方は明らかに溜息交じりでそう零した黄龍であったが、レイヴェルはクスクスと笑い出してしまった。

 

「……フェニックス、何故そこで笑うんだ?」

 

「いえ、その様な事を口にする百鬼さんがオーフィスとの戦いで一誠様がお見せになった男としての矜持をお知りになったら、一体どんな反応をするのか。それを思ったら、少し可笑しくなってしまいましたわ」

 

 レイヴェルがつい笑いが零れてしまった理由を語ると、黄龍は首を傾げた。そこに対オーフィス戦の一部始終を見届けたセラフォルーと直接参加したアザゼルが話に加わってくる。

 

「あぁ、あれね☆ あの時のイッセー君、お父さんパワー全開ですっごくカッコ良かったもの☆」

 

「それにドライグも言っていたぜ。あれで燃えない様な奴は断じて男じゃないってな。それには俺も同意するし、サーゼクスもアレで完全に火が付いたからな」

 

 悪魔勢力と堕天使勢力のトップが口を揃えて一誠を褒めているのを聞いて、黄龍は一誠がオーフィスを前にして見せたという男としての矜持に興味が出てきた。

 

「……だったら、後で兵藤先輩から男の矜持について教えてもらおうかな」

 

 黄龍が一誠に詳しい話を聞く事を決意した所で、ガブリエルが話題を変えようと新たな疑問を口にした。

 

「それにしても、最初に親善大使とだけお会いになるなんて、高天原の方達は何をお考えなのでしょうか?」

 

 すると、アザゼルがガブリエルの疑問に対する答えを話し始めた。

 

「それについては、さっきのダイダ王子の言葉で大体想像がつくな。高天原の連中から見れば、イッセー達には日本はおろか世界すら滅ぼしちまう規模の大災害から日本を守ってもらっているんだ。だったら、せめて自発的に日本を守ってくれた事への感謝と自分達が間に合わなかった事への謝罪くらいは伝えないと日本を守護する神としての筋が通らねぇだろ」

 

「それなら、別に私達がその場に同席しても……」

 

 ガブリエルが納得のいかない様子でそう言うと、セラフォルーが八百万の神の考えに思い至り、それをそのまま語り始める。

 

「あっ、私も何故最初にイッセー君だけなのか解っちゃった☆ 日本神話のトップである神様だからこそ、立場上は一外交官でしかないイッセー君に頭を下げている所なんて他の勢力の人や部下の人達には見せられないものね☆」

 

 セラフォルーが推測を話し終えたところで、アザゼルはガブリエルへの説明を続ける。

 

「そういうこった。ダイダ王子も言ってただろ。神にも立場というものがあるらしいってな。ガブリエル、それでも解り難いってんなら、自分達を向こうの立場に置き換えてみろ。そうすれば、俺やセラフォルーの言っている事が理解できるんじゃないか?」

 

「……そうですね。確かにその様な事になったら、ミカエル様も私も頭をお下げにならない様に主を説得する事になるでしょう」

 

 ガブリエルがようやく納得したところで、アザゼルはどの様な形で面談が行われているのかという自分の想像を口にした。

 

「まぁ、流石に天照が代表して上座から感謝と謝罪の言葉を伝えて終わりだろうがな。その後で俺達が呼ばれてからが本番だ」

 

 八百万の神との会談を控えて改めて気を引き締め直すアザゼルであったが、それだけにまさか天照を含めた三貴子を先頭に八百万の神が総出で下座に座り、上座を空けて一誠を迎え入れているとは想像すらできなかった。

 

 

 

 一方、アザゼルですら想像できなかった光景を目の当たりにした一誠は、驚きの余りに思わず足を止めそうになった。しかし、大広間に入る直前にダイダ王子から言われた事を思い出し、足を止める事なく上座の中央へと進む。そこで案内を終えて一誠の方を見ていたダイダ王子に視線を向けると、一誠の意図を察したダイダ王子は軽く頷いた。それを受けて、一誠はそのまま腰を降ろして正座する。これで全員揃ったという事なのだろう、下座の最前列の中央に座っていた天照が頭を下げて歓迎の挨拶を始めた。

 

「兵藤一誠殿。本日は高天原にお越し頂き、誠に有難う御座います。この地に住まう八百万の神を代表致しまして、この天照より歓迎の言葉を述べさせて頂きます」

 

 歓迎の挨拶の中で天照が一誠の事を聖魔和合親善大使という役職をつけずに名前のみで呼んだ事で、一誠は八百万の神が礼を尽くしているのは三大勢力の外交官である聖魔和合親善大使ではなくあくまで兵藤一誠個人である事を悟った。そして、それに応じる形で返礼する。

 

「こちらこそ、私の様な者に礼を尽くして頂いた事、恐縮ながらも感謝の念に絶えません。それだけに何故これ程までに礼を尽くして頂けるのか、私には心当たりがなく……」

 

 一誠がここまで言ったところで、天照が言葉を挟んできた。

 

「二年前、貴方を始めとする六人の勇士が守護神である私達に成り代わってこの日ノ本を大災害から守り抜いた。この事実が私達にとっての全てなのです」

 

 天照はそこまで言うと、十秒ほど目を閉じた。そして何かを決断する様に一つ頷くと、目を開けて話を再開する。

 

「本来であれば、日ノ本を守護する神としては致命的としか言い様のない二年前の失態はけして明かしてはならない事です。ですが、当事者である貴方に対しては秘匿する意味がありません。故に、貴方には全てをお話し致しましょう」

 

 そうして、天照は二年前の件で高天原がどう動いていたのかを話し始めた。

 

 一誠がはやて達の救援に向かってから暫くした後、なのはの身の危険を妖怪の直感で察知した久遠は高天原に助けを求めたのだが、その際に相当に焦っていた為に守衛を振り切って強引に宮殿へと駆け込んでしまった。その為、「祟り狐が高天原に駆け込んだ」とかなりの騒動となってしまった。そうして久遠が話を聞いてくれそうな神を探している内に偶々近くにいたダイダ王子と鉢合わせとなり、実力上位であるダイダ王子からは流石に逃げ切れないと判断した久遠は思い切って賭けに出た。どう見ても神ではないダイダ王子に直談判したのだ。ただ、その時の久遠は焦りの余りにただ「なのはを、友達を助けて」としか言わなかった為、ダイダ王子には具体的に何処で何が起こっているのかがまるで伝わっていなかった。しかし必死になって助けを求める久遠の姿を見たダイダ王子は、とりあえず久遠が神でなければ対処不能な緊急事態を伝えに来たらしいと天照に伝えたものの、伝えてきた相手がかつて神社仏閣を壊し回った久遠である事もあって事実を確認するまでは迂闊に動けず、事態を把握した時には既に一誠が当時の最大火力でどうにかヒドゥンの進行を押し留めているという最終局面だった。ここに至ってようやく事態の深刻さを悟った天照は非常事態を宣言した上で地獄におけるほぼ全戦力の派遣をダイダ王子に要請する一方、八百万の神にも招集命令を出した。しかし、集められるだけの人数を揃えてからいざ海鳴市に向かおうとした時には、イデアシードを利用したデータウェポンの捨て身の援護もあって既にヒドゥンを退けた後だった。事態の収束を確認した天照は地獄に対して戦力の派遣要請を撤回する旨を伝えると共に招集した神に対しても非常事態の収束を宣言、そのまま解散となったのだ。

 

「二年前、未曾有の大災害を前に絶望も諦観もせずに立ち向かって見事退けた貴方達にしてみれば、私達は貴方達に全てを押しつけた臆病者にして卑怯者でしかないのでしょう。実際は違うのだといくら私達が言い募ってみても、私達高天原に住まう神が誰一人としてその場にいなかったという事実がある以上はただ虚しく響くのみです。ですが、これだけは知っておいて下さい。この高天原に住まう者達は皆、不甲斐無い私達の代わりにこの日ノ本を守り抜いた貴方達に心から感謝しているという事を」

 

 天照は最後に頭を下げながら一誠達への感謝を伝える形で三十分程の説明を締め括った。その一方で、日本神族のトップというべき天照から直々に説明を受けた一誠といえば、内心で複雑な物を感じていた。

 確かに、提供された情報が余りに不明瞭な上に提供者がかつては自分達を祀る神社を破壊し回った存在である事から情報の裏が取れるまで迂闊に動かないのが道理であり、自分が向こうの立場でも同じ行動を執っていただろうと、二年前における高天原の事情については理解も納得もしている。だが、その一方で何処か言い訳がましいという印象を抱いてしまう自分がいる事も解っていた。だから、一誠はここで口を開こうとはしなかった。今の心理状態で口を開いてしまえば、どの様な暴言が飛び出すか自分でも解らないからだ。そうしてどうにか心を落ちつけようとしている内に、一誠はある可能性に思い至った。

 悪魔創世から今もなお現役を続けている冥界の生きた伝説が、ヒドゥンを目の当たりにして本当に尻尾を巻いて逃げ出す様な真似をするだろうか。むしろ、自分では力不足であれば対処可能な力を持つ者を連れ出して対処させようとするのではないのか、と。そして、次元災害に対処可能な力を持つ存在について、一誠には心当たりがあった。

 

「天照大神様。二年前の一件についてお話し頂き、誠にありがとうございました」

 

 ここに至って全てを悟った事で冷静となり、急速に頭が回り始めた一誠はまず二年前における高天原の実情を明かした事について天照に感謝の言葉を述べるとそのまま頭を下げた。

 

「そのご厚意に乗じる様で申し訳なく思うのですが、一つお聞き入れ頂きたい事がございます。よろしいでしょうか?」

 

 頭を上げた一誠からそう請われた天照は、内心不快な思いをしたものの話に応じる構えを見せる。

 

「私達に叶えられる事であれば」

 

 そして一誠がその願いを口にした時、天照を始めとする八百万の神は揃って絶句した。

 

「では早速。……どうか、二年前の事はあえて水に流して頂きたいのです」

 

(何故、自ら有利となる事柄をなかった事にしようとするのか?)

 

 天照を始め八百万の神は少なからず困惑したが、ただ一人だけ一誠の真意を悟って納得の表情を浮かべる者がいた。

 

「成る程。今ここで極大の利に胡坐をかいて明日の縁を手放す愚を犯すよりは、極大の利をあえて手放す事で明日の縁を繋ぐ賢を選んだか。その若さで利の在り様をしかと見極めるとは大したものよ」

 

 高天原の誇る知恵の神、思兼(オモイカネ)である。彼はウンウンと頷きながら一誠を褒める発言をした。

 

「思兼、どういう事でしょうか?」

 

 未だに一誠の真意を読み切れない天照が思兼に尋ねると、思兼は早速説明を始める。

 

「まずは此度、兵藤一誠殿と共に三大勢力の最高指導者もしくはそれに近しい最上位の者達が直接この高天原に訪れた目的についてお考え下さい」

 

「此度の目的? ……今後の外交の窓口となる聖魔和合親善大使の顔通しの為の付き添いではないのですか?」

 

 思兼から一誠達の目的について考える様に促された天照がそう答えると、思兼はその答えだけでは不足とした。

 

「それだけに非ず。そもそも聖魔和合親善大使となった兵藤一誠殿は世界のあらゆる理から逸脱した逸脱者(デヴィエーター)なる異端の存在との事。しかし、その様な異端の存在を三大勢力は受け入れ、更には重職に就ける事でその意志を世に知らしめました。これらを踏まえた上で、三大勢力内でも最上位に連なる指導者達の立ち会いの元で兵藤一誠殿を今後の外交の窓口として認めるという事は、すなわち我々高天原に住まう者達もまた逸脱者という異端を受け入れるという意志を示す事となり、同時に我々以外の神々もまた兵藤一誠殿の事を無下にはできぬ様になるのです。兵藤一誠殿を無下にすれば、それは即ち兵藤一誠殿を受け入れた我々への侮辱にもなる故に。それこそが、三大勢力の指導者達が兵藤一誠殿を連れ立ってこの高天原を訪ねて来られた本当の目的なのです」

 

 思兼が三大勢力首脳陣の本当の目的を説明し終えたところで、天照の隣に控えていた偉丈夫が苛立ちを爆発させてしまう。

 

「おい、思兼! 俺や姉貴が知りたいのは、二年前の功績を利用すれば話はさっさと済むのに何でそれを簡単に投げ捨てたのかって事だ! わざわざ回りくどい説明なんて入れずに、さっさと本題に入れ!」

 

 すると、思兼はあっさりと偉丈夫の言い分を受け入れた。

 

「左様ですか。では、素戔嗚(スサノオ)様の仰り様で解り易く申し上げましょう。つまりは「貴様等! 俺の事を認めるのかどうかを決めたいなら、俺の昔ばかり見てないで今ここにいる俺を見ろ!」……と言ったところですかな」

 

「おぉ! 成る程、そういう事だったのか!」

 

 素戔嗚と呼ばれた偉丈夫はようやく納得の表情を浮かべたが、そこでダイダ王子が笑みを浮かべているのが目に入る。

 

「……おい、ダイダ。何で笑っている?」

 

「いや。あの泣いてばかりだった一誠が随分と変わったものだと思っただけで、素戔嗚殿に対してのものではありませぬ」

 

 一誠の事をまるで旧知の友であるかの様に話すダイダ王子に対して、素戔嗚は心に浮かび上がった疑問をそのままダイダ王子にぶつけた。

 

「ダイダ、コイツとは知り合いなのか?」

 

「今ここにいるのは、数年の月日を経て成長した「幼き兵」その人である。そう申し上げれば、ご理解頂けるかな?」

 

 ダイダ王子がそう答えた瞬間、大広間がざわめき始める。

 

「ダイダ、そんな事は今初めて聞いたぞ。何故黙っていた?」

 

 余りに意外だったのだろう。素戔嗚は咎める様な言い方でダイダ王子に事の真相を尋ねる。すると、ダイダ王子が事情を説明する。

 

「単に三大勢力の使者殿がオレの知る一誠だったと解ったのは、つい先程ここ高天原で再会した時だっただけの事。けして黙っていた訳ではありませぬ」

 

 ここまで話を聞いたところで、素戔嗚はようやく一誠の意図を理解した。

 

「あぁ、成る程な。今ようやく俺にも解ったぞ。二年前の件と言い、お前達地獄の鬼とも縁がある事と言い、初めて(ツラ)合わせたにも関わらずこれだけ有利な条件が揃っていれば、今目の前に居る自分の事なんて碌に見てくれないとコイツは思ったんだな。それでは昔と今が違った場合に「話が違う」と揉める恐れがある。だから、昔を見ずに今を見ろって訳か」

 

 一誠の真意を自分なりの言葉に置き換えた素戔嗚は、一誠と視線を合わせると呆れた様な表情で話し始める。

 

「確か、兵藤一誠と言ったな。何とも不器用な奴だ。その気になれば幾らでも俺達からふんだくる事ができるというのに、それを自分から投げ捨てようとしてるんだからな」

 

 素戔嗚はここで一旦言葉を区切ると、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「……だが、それがいい。恩を着せる真似も偶々あった伝手に胡坐をかく事もせず、俺達と一から始めようとする。それこそ益荒男の心意気ってやつだ。俺は気に入ったぜ」

 

 そして、素戔嗚は自己紹介を始める。

 

「改めて名乗らせてもらう。俺の名は素戔嗚、三貴子の末弟だ。八岐大蛇を策に嵌めてブッ殺した奴と言えば解るか?」

 

「はい。後はこの高天原における最高戦力の一角とお見受け致します」

 

 素戔嗚の自己紹介を受けて一誠がそう言葉を返すと、素戔嗚は興味に駆られて一誠にある事を問い掛けた。

 

「ホウ。では、貴様はこの場にいる中では誰が俺と同格と見る?」

 

 素戔嗚からそう問いかけられた一誠は少し考えてから答えを返す。

 

「この場におわす方々という事であれば、お二人。まずは素戔嗚様の右後ろに控えておられる方。おそらくは建御雷(タケミカヅチ)様とお見受け致しますが、如何に?」

 

「……如何にも。我が名は建御雷だ」

 

 建御雷と見込んだ男神から肯定の返事を貰った一誠は、答えの続きを語っていく。

 

「そして、もう一人。正確には八百万の神ではありませんが、この場におられる方という事でしたのでダイダ王子を挙げさせて頂きます。後の方は神としてのお力はともかく、戦いとなれば素戔嗚様には敵わないでしょう」

 

 一誠からの答えを聞き終えた素戔嗚は感心する素振りを見せた。

 

「……正解だな。確かに貴様が今挙げた二人以外になら、俺はほぼ確実に勝てる。それは姉貴であっても例外じゃない。まぁダイダが俺や建御雷と同格なのは、奴が俺達に何度負けても諦めずに挑み続けた結果だがな」

 

「桃太郎達から学んだ葦の強さを実践したまでの事。さしたるものではありませぬ」

 

 ……葦の強さ。

 

 ダイダ王子がかつて「負けた事をありのままに受け入れつつもけして諦めない」桃太郎の強さを、川の流れに身を任せつつもけして大地から根を外さない葦に(なぞら)えて表現した言葉である。そして、素戔嗚と建御雷という高天原でも最強格の二人を相手に、ダイダ王子もまたかつての桃太郎達の様に葦の強さを実践してみせたのだった。

 一方、ダイダ王子からほぼ即答の形で言葉が返ってきた素戔嗚は呆れた様な表情を浮かべる。

 

「またか。俺達が何度褒めてもこの一点張りだからなぁ。まぁ俺も建御雷もダイダのそんな所を気に入っているんだがな。しかし、ここまで目利きが確かとなると「幼き兵」である貴様がどれだけ強いのか、興味が出てくるな」

 

 そして、悪戯小僧の様な笑みを一誠に向けると、素戔嗚は突然右袖を捲り上げた。

 

「尤も、だからと言ってこの場で殴り合う訳にはいかないんだがな。だからここは一つ、コイツで確かめさせてもらおうか」

 

 素戔嗚はそう言って床に腹ばいになると、右肘を床に突いて右腕を立てた。これを見て素戔嗚の意図を察した一誠は、軽く笑みを浮かべて快諾する。

 

「お受け致しましょう」

 

 一誠はその場から立ち上がると上座から下座へと降りて素戔嗚の前に移動した。更に纏っていた不滅の緋(エターナル・スカーレット)の前を開けて脱いだ後、下に来ていた白い法衣の袖を捲り上げる。そして、素戔嗚と同じ様に床に腹ばいとなり、右肘を床に突いて素戔嗚の右手を掴んだ。

 

 ……明らかに、腕相撲の構えだった。

 

「では、腕相撲の行司はこのダイダが務めさせて頂く」

 

 ダイダ王子がその場から立ち上がり自ら腕相撲の行司に名乗りを上げると、一誠と素戔嗚の元に歩み寄ってから二人の右手に両手を添える。

 

「言うまでもないであろうが、両者共に卑怯な真似はしない様に。では、はっけよい……」

 

 次第に一誠と素戔嗚の間の空気が緊迫していく中、ダイダ王子が掛け声と共に両手を離す。

 

「のこった!」

 

 それと同時に一誠と素戔嗚は相手の右腕を倒そうと右腕に渾身の力を込める。お互いにギリギリと音を立てる程に歯を食いしばり、全身から汗が噴き出すほどに力を振り絞っているにも関わらず、最初はその場を一寸たりとも動かなかった。流石に相撲の祖でもある建御雷には敵わないものの、素戔嗚は八百万の神の中でも上位の腕力を持つ神である。その素戔嗚と一誠の腕力が拮抗しているのは、逸脱者である一誠には天使と悪魔の要素の他に身体能力に秀でたドラゴンの要素もある為だ。しかも体術に秀でたベルセルクに鍛えられた事で腕の力の入れ方も熟知している。こうした要因が重なった結果、一誠は素戔嗚と腕相撲ができているのである。

 こうした拮抗状態が暫く続くと、次第に地力で勝る素戔嗚が押し始めた。すると、一誠はそうはさせじと最初の位置まで盛り返し、更に右手の甲が床から1 cm程の高さになるところまで追い詰める。だが、ここで素戔嗚が負けてたまるかと挽回、逆に一誠をあと一歩まで追い詰める。追い詰められた一誠は、右腕の筋肉が一回り膨れ上がる程に力を込めるとじわじわと劣勢を覆していき、遂には最初の状態にまで立て直してみせた。

 

 正に一進一退。

 

 一誠と素戔嗚の腕相撲が誰も予想し得なかった長丁場となり、更に一瞬で大きく変わる戦況を見るにつれて、最初こそ静かに勝負の行方を見守っていた八百万の神達も次第に気分が盛り上がっていき、遂には声を上げて応援を始めてしまった。こうなるともはや抑えなど利かなくなり、大広間は応援と歓声で沸く事になる。

 こうして一誠と素戔嗚の腕相撲で大広間が興奮の坩堝と化していく中、天照は一人別の事を考えていた。

 

(あの素戔嗚が、あれ程までに楽しそうにしているなんて)

 

 姉であるが故に末弟の負けず嫌いで激しい気性を知っている天照は、歯を食いしばりながらも口元に笑みを浮かべて何処か楽しげにしている素戔嗚の表情に驚きを隠せなかった。それだけではない。一誠は素戔嗚から仕掛けられた腕相撲を真っ向から受けて立ち、更にこうして好勝負を繰り広げる事で他の神達も完全に味方へと引き込んでしまっていた。

 

(これではたとえ二年前の件や地獄の鬼達との縁がなかったとしても、彼を受け入れないという選択肢はあり得ませんでしたね)

 

 やがて一誠と素戔嗚の勝負に決着がついた事で大広間が一際大きな歓声に包まれる中、天照は兵藤一誠という世界の理から逸脱している存在を受け入れる事を決断した。

 

 

 

 一方、一誠以外の面々が控室として案内された一室では。

 

「ぴゅるるるるぅ! 成る程! 一誠は我等と別れた後も様々な場所で戦い続けていたのか!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! それだけの経験を重ねていたのであれば、我等が見違える程の成長を遂げたのも頷ける!」

 

 風神と雷神がイリナから一誠に関する話を聞いて感嘆の声を上げていた。実はこの二人、アザゼル達を案内した後も接待役として部屋に留まっていた。そして、一誠が元の世界の戻った後の事について興味が出てきた風神と雷神はイリナに頼んで一誠の歩みを語ってもらったという訳である。やがてイリナから話を聞き終わると、風神と雷神は二人で話し合いを始めた。

 

「しかし、この様な話を聞くのが我等二人だけとはどうにも勿体無い。こうなると、やはり一誠には一度地獄に来てもらうべきか」

 

「ウム、それがよかろう。それに、一誠には既に将来を誓い合った者はおろか可愛い娘までいるのだ。それ等をお知りになれば、閻魔様も伐折羅(バサラ)王様もお喜びになるだろう。その為にも、まずは我等が地獄に戻って事の仔細を報告せねばならん」

 

「その上で、先の件と共に閻魔様を通して伐折羅王様に進言すればよいか」

 

「その通りだ」

 

 やがて風神と雷神が一誠を地獄へ招待する事を直属の上司たる閻魔大王を通して進言する事を決めた所で、アザゼルが二人の話に加わってきた。

 

「あぁ、風神に雷神。それについてだが、どうせならもっと大々的にやらないか?」

 

「……具体的には?」

 

 風神が詳しい話を聞く構えを見せると、アザゼルは風神と雷神の話し合いを聞いている内に思い付いた案について話し始める。

 

「こっちとしてはな、俺達三大勢力の協調路線の旗頭といえるイッセーと個人的に親しいお前達地獄の鬼族とは友好関係を築いていきたいんだよ。それでまずはこっちの若い連中を何人かイッセーに同行させる事で、イッセー個人との交流を深めるだけでなく三大勢力と地獄の人材交流も兼ねる形に持っていきたいんだ。まぁそれにはまず高天原に話を通さなきゃならんし、それ以外にもいろいろと準備が必要だろうから少々時間がかかっちまうが、できれば二ヶ月から三ヶ月後を目途に実現させたい」

 

 アザゼルから話を聞き終えた雷神は暫く考え込んだ末、今の自分に可能な範囲で答えた。

 

「フム。……此度はあくまでそちらの使者の護衛の任を受けてこちらに来ている以上、この場で是非の判断ができる様な権限など我等にはない。だが、そちらにそうした意志があるという事を閻魔様とヤミー様、そして伐折羅王様にお伝えする程度ならば特に問題ない筈だ」

 

「あぁ。今はそれで十分だ」

 

 雷神から十分に納得のいく答えを得た事でアザゼルが確かな手応えを感じると、控室の戸が突然開いて巫女装束を纏った少女が入ってきた。年の頃はアウラとほぼ同じか僅かに上で金髪と金色の目をした少女には、狐の耳と尻尾が生えている。

 

「母上! ……お主達、一体何者じゃ?」

 

 最初は笑顔で入ってきたものの、部屋の中にいたのが自分の想像と異なっていたのか、巫女装束の少女はアザゼル達を見て首を傾げている。一方のアザゼル達もまた、可愛らしい闖入者の出現ですぐには反応ができずに固まってしまった。

 

 ……アウラが一誠譲りなのは、何も容姿や賢さばかりではなかったらしい。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

最後に出てきた少女については次話にて。

では、また次の話でお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。