未知なる天を往く者   作:h995

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第二十二話 追憶の中で

Side:セラフォルー・レヴィアタン

 

 ……イッセー君、本気で怒ってる。

 

 高天原に向かう道中、イッセー君が高天原への案内役でイッセー君の後輩であるコーチン君(なんかこっちの方が親しみやすいと思ったから)から自分が高天原の神様達に特別視される理由を聞き出した時、私達はおろかアウラちゃんから見てもハッキリ解るくらいに怒り始めた。あんなに怒ったイッセー君を見たのは、シトリー領の魔獣達が旧魔王派の貴族と思しき悪魔によって無理矢理操られているのを目の当たりにした時、それとアルベオ・レヴィアタンがクローズ君の目の前でカテレアちゃんを殺した時ぐらい。その後すぐにイリナちゃんとアウラちゃんが諌めたからイッセー君は落ち着きを取り戻したけど、二人がいなかったらイッセー君は自分で言った様にとんでもない事を、それこそ高天原の代表というべき天照様に殴りかかるくらいの事はやっていたかもしれない。それだけ、二年前の出来事がイッセー君にとってはとても大きな事だったんだと思う。

 

 ……次元災害ヒドゥン、襲来。

 

 駒王学園で行われた首脳会談の崩壊を目的とした禍の団(カオス・ブリゲード)のテロを鎮圧した後、イッセー君を自分の眷属とする為にやってきたオーフィスの口から明かされ、更にイリナちゃんから詳細が説明された衝撃の事実。ただでさえ時間の流れが止まったり因果律が狂ったりする事から数十年で国が滅んでしまうという大災害が、よりにもよってその大きさだけで複数の平行世界が呑み込まれてしまうという桁外れな規模で私達の世界に迫ってきた。それを退けた当事者であるイッセー君やはーたん先輩、それにイッセー君の神器(セイクリッド・ギア)の中でただ見ている事しかできなかったと心底悔しがってたロシウ先生からより詳しい話を聞けば聞く程、当時の私達は一体何をしてたんだろうって凄く情けなくなっちゃう。本当なら、私達四大魔王が総動員で対処しなきゃいけない。……ううん、それでも全然足りないから三大勢力が協力した上で総力を上げて対処しないといけないレベルの緊急事態だったのに、私達はそれに気付く事すらできずにイッセー君とはーたん先輩、リインちゃん、リヒトさん、それにはーたん先輩の大親友であるなのちゃん先輩(ヒドゥンを退けた代償で魔法の杖と魔力を失っちゃったから今はもう魔法を使えなくなってるって話だけど、私にとっては尊敬すべき「優しい魔法少女」の先輩のままだ)と異世界の魔法使いではーたん先輩曰く「頭の出来はアンちゃんとタメ張れる天才少年技師」、そしてなのちゃん先輩の恋人でもあるというクロノ君のたった六人に全てを背負わせてしまった。しかも数百年前に作られたというリインちゃんとリヒトさんを除けば、最年長はイッセー君の当時十五歳ではーたん先輩達三人に至っては当時十歳という幼いと言っても全然おかしくない年頃だから、余計に恥ずかしくなってくる。そして、私達三大勢力を含めたあらゆる神話勢力からの助けを一切得られず、それでも諦めずに立ち向かったイッセー君達は、代償こそ少なからずあったみたいだけど世界を滅ぼす大災害からこの世界を守り切っちゃったのだ。

 

 悪魔を含めたあらゆる神話の存在は、イッセー君やはーたん先輩達にはけして足を向けて眠れない。

 

 二年前の真実を知った今、私はイッセー君やはーたん先輩達への感謝の気持ちを胸にイッセー君達の力になる事を心から誓った。その一方でサーゼクスちゃんに私の考えを話すと、「ここでイッセー君達に対して変に下手に出ると、かえって気を遣わせてしまうからね」という事であえてイッセー君への接し方を変えないと宣言し、その後に父親友達という形でイッセー君と対等に話せる立ち位置を手に入れてしまった。

 ……サーゼクスちゃんは本当に変わった。今までのサーゼクスちゃんは何と言うか、優し過ぎてやる事なす事が中途半端になってしまうところがあったのに、今のサーゼクスちゃんは強かというか、図太いというか、やるべき事を最後まできっちりやり切る為のしっかりとした芯が一本通った様な感じがする。だからなのか、今のサーゼクスちゃんは私やアジュカちゃん、ファルビーといった他の魔王より頭一つ抜け出ていると思う。単に力の強さだけでない何かが、今のサーゼクスちゃんにはきっとあるのだ。そして、私もまた今のサーゼクスちゃんが持っているモノを手に入れないといけなかった。

 

「ところで、親善大使。今、クオンという名を上げていましたが、一体何者なのですか?」

 

 そんな風に私が色々と考え込んでいる中、ガブリエルちゃんがイッセー君に「クオン」という存在について尋ねると、イッセー君は早速説明を始めた。

 ……「クオン」とは、なのちゃん先輩のお兄さんの高校時代の後輩が飼っている子狐の女の子の事で、漢字だと「久しく遠い」って書くみたい。でも、その久遠ちゃんは実は長い年月を生きた事で強大な力を得た妖狐で、三百年程前に「祟り」として神社やお寺を破壊して回った為に封印されてしまったという。はーたん先輩達が生まれる少し前に封印が解けた時も暴れたらしく、相当に神社やお寺、それにその関係者への恨みが深かったみたい。その後、イッセー君とはーたん先輩が出会う一年程前に飼い主さんが頑張ったお陰で「祟り」から解放されたとの事だった。この辺りはその時の事を直接は知らないイッセー君よりも久遠ちゃんの飼い主さんが退魔師である事からある程度の関わりを持っているコーチン君の方がよく知っているみたいで、イッセー君の説明では足りない分を補足してくれた。

 そして二年前、ヒドゥンがこの世界に襲来してきた時、実際に立ち向かったのはイッセー君達六人なんだけど、イッセー君達の他にクロノ君のお母さんと久遠ちゃんの二人がヒドゥン襲来に立ち会っていたみたい。でも、クロノ君のお母さんは余りに強大な魔力を秘めている事から私達の世界では本来の姿を保てない上にそもそも魔法自体が苦手だったみたいで力にはなれず、一方の久遠ちゃんも最初にヒドゥンに立ち向かったというなのちゃん先輩とクロノ君に置いて行かれちゃったらしくて、流石に次元の異なる空間への移動まではできなかったみたい。それで二人はただイッセー君達が帰ってくるのを待つ事しかできなかったみたいだった。ただ、全てが終わってイッセー君達が元の世界に戻ってくると、帰りを待っていてくれたのはクロノ君のお母さんだけで久遠ちゃんはその場を離れていて、暫くすると慌てた様になのちゃん先輩の元へと駆け付けてきたみたい。

 

「……それだけに、まさか神社仏閣を壊し回った為に少なからず恨みを持たれている筈の日本神族に助けを求めて高天原に駆け込んでいたとは思いませんでした。久遠もまた、自分にできるやり方でヒドゥンに立ち向かってくれていたんです。時機を逸しているにも程があるとは思いますが、久遠には高天原への外遊が終わった後に改めてはやて達と一緒に感謝を伝えに行こうと思っています」

 

 イッセー君は久遠ちゃんに関する説明をそう締めくくった。でも、冷静になって元の調子に戻った今のイッセー君の頭の中では別の事も考えている事が私にはすぐに解った。きっと、他の皆も解っていると思う。

 

 ……だからこそ、二年前の件で高天原に住んでいる天照様達に話を聞かないといけないって。

 

 そして、そんなイッセー君の二年前の件を絡めた説明を聞いて、この中ではイリナちゃんに次いでイッセー君との関係が深い二人の鬼が黙っている筈がなかった。

 

「ぴゅるるるるぅ! 二年前、高天原からダイダ王子様を通して大至急地上に戦力のほぼ全てを派遣する様に要請があったが、まさかその様な事になっていたとは!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! その後すぐに高天原からの派遣要請は撤回されたが、それは一誠達が自分達の力だけで未然に防いでいたからなのか!」

 

 風神さんと雷神さん(どうもイッセー君が尊敬しているみたいだから、私もそれに合わせる事にした)は拳を強く握り締めて、イッセー君達の力になれなかった事を心の底から悔しそうにしている。そしてお互いに頷き合うと、イッセー君に自分達の決意を伝え始めた。

 

「済まぬ! 一誠よ! 我等が至らぬばかりに、お前達には途方もない重荷を背負わせてしまった!」

 

「肝心な時に力になれなかった、せめてもの詫びだ! 今後、我等の力が必要となった時にはいつでも言ってくれい! 我等二人、必ずお前の元へと駆け付けよう!」

 

 ……イッセー君とこの人達は、本当に強い絆で結ばれているんだ。

 

 そう思ったら、風神さんと雷神さんが凄く羨ましくなった。その一方で、この二人の申し出に対してイッセー君は即答を避けた。そして、私達の方を向く。……確かに今のイッセー君の立場だと、他の勢力に所属している人からの申し出を勝手に受け入れる訳にはいかない。しかも、あくまでイッセー君個人に対する申し出だから尚更だ。だから、私は軽く頷く事で了解の意志を伝える。イッセー君の仮想敵があのオーフィスであり、更にここ最近入ってきた新しい情報から、オーフィス直属の新チームが最低でも龍王クラスだという新参者のドラゴンの様にオーフィスが自分で世界中を駆け回って集めてきた者達によって結成されつつある事が判明している以上、イッセー君の元に少しでも戦力を集めないといけなくなったからだ。そして、その判断を下したのは何も私だけじゃなかった。

 

「イッセー。詳しい話は後で教えるが、お前を眷属とする為にオーフィスが本格的に動き出した。こっちの見込みじゃ、あと一月足らずでお前の前に再び現れる筈だ。こうなると、お前の元には少しでも多くの戦力を集めておかないといけねぇ。だから、俺達神の子を見張る者(グリゴリ)は風神と雷神の申し出をお前が受け入れる事を認めるぜ」

 

「……外部勢力からの協力を個人で受け入れるとなると、流石に私の権限だけでは許可できません。ですが、ミカエル様にはお二人の申し出を受け入れるべきであると私から進言しましょう。今はこれが精一杯です」

 

 アザゼルもガブリエルちゃんもオーフィスが本格的に動き出した事への危機感を強く抱いてる。だから、イッセー君の元に戦力を集める事の重要性を十分に理解してるし、危険性の方を重視して反論する人達がいれば私達が責任を持って対処する。それが聖魔和合親善大使としてのイッセー君の上司である私達の仕事なんだから。……私はそう思っていたんだけど、イッセー君は本当に冷静だった。

 

「風神さん、雷神さん。今はお言葉だけ有難く受け取ります。後は天界、そして何より閻魔大王様と伐折羅(バサラ)王様から許可を頂いてからにしましょう」

 

 ゼテギネアという異世界のヴァレリアという島での大戦乱における一大勢力の軍師として、軍略や謀略はもちろん政治や外交までも一手に取り仕切っていたのはけして伊達じゃなかった。むしろ、今イッセー君が言った事は外交担当のトップである私が言わなきゃいけなかったのに、それができなかったからちょっと情けなくなっちゃった。それに、風神さんと雷神さんもイッセー君からの言葉で自分達の申し出が軽率なものだった事に気づいたみたいで、しきりに反省している。

 

「いかんな。一誠よ、確かにお前の言う通りであった。我等の独断で事を進めては閻魔様とヤミー様、そして伐折羅王様に迷惑をかけてしまう」

 

「ならば、今は我等の意志をお前に伝えた事でよしとしよう。後はお三方のお許しが得られる様、我等も言葉を尽くして説得するのみだ」

 

 ここで聞き覚えのない名前があったみたいで、イッセー君は風神さんと雷神さんに尋ねていた。

 

「あの、ヤミー様とは一体どの様な方なのでしょうか?」

 

 すると、風神さんと雷神さんから返ってきたのは、ちょっとしたラブロマンスの話だった。

 

「こちらの世界の閻魔様に当たる方だ。正確には、早世なされたこちらの閻魔様の後をその妹君がお継ぎになられていたのだが、我等の地獄がこちらの地獄と繋がった時に様子を見に来られた閻魔様に一目惚れをなされてな」

 

「それをお察しになった伐折羅王様が「双方の地獄と鬼の架け橋となる様に」と閻魔様をご説得なさり、最終的には自ら仲人となってお二人をご結婚させたのだ。どうやら伐折羅王様はかねてより共に鬼の世を築いてきた友でもある閻魔様が独り身を続けている事を気にかけておられたらしくてな、嬉々として閻魔様とヤミー様の仲人を務められていたぞ」

 

 世界を超えて結ばれた閻魔大王様の夫婦、か。とても素敵な話だなって、私は思った。ここでイッセー君が三百年も昔の閻魔大王様の結婚に対するお祝いの言葉を述べると、風神さんは確かに閻魔大王様に伝える事を約束した。

 

「そうだったのですか。……三百年も昔の事を今更とは思いますが、閻魔大王様には「ご結婚おめでとうございます」と一誠が申していたとお伝え下さい」

 

「ウム、確かに伝えよう。お前からの祝いの言葉であれば、閻魔様もお喜びになる筈だ」

 

 そう言えば、イッセー君って向こうの地獄の閻魔大王様を助けに向かったんだから、当然面識だってあるよね。……という事は、龍王最強のティアマットや三大怪獣の一頭であるベヒーモス、それに幻界に住む幻想種とも召喚契約を交わしているし、イッセー君の顔って実は相当に広いんじゃないかな? そう思うと、イッセー君には聖魔和合親善大使という三大勢力内の融和を主な目的とする外交官に就いてもらったんだけど、実は打って付けのお仕事だった事に今気付いちゃった。聖魔和合親善大使の発案者であるネビロスのお爺様って、たぶんイッセー君の顔の広さも解った上でサーゼクスちゃんに進言したんだと思う。四大魔王って呼ばれる様になってから数百年は経ってるけど、私達は未だに冥界の生きた伝説の背中を見てるだけだった。

 私が自分の未熟さに気付いてガッカリしていると、雷神さんが目的地にもうすぐ到着する事を伝えてきた。

 

「さて一誠、そろそろ到着するぞ。かつては「幼き(つわもの)」として桃太郎と共に歩んだお前の姿、高天原の神々にしかと見せてくるといい」

 

 雷神さんはそう言ってイッセー君の背中を押してくれた。イッセー君はそんな雷神さんの励ましに対して、力強く「ハイ!」って応えていた。

 ……そっか。イッセー君の後ろ盾になるって、そんな風にすればいいんだ。イッセー君は自分のやるべき事を自分で見出す事ができる。だから、普段はあまり口出しせずに後ろで見守っていて、一歩を踏み出せないのならそっと背中を押してあげて、私達から見て道を間違えそうになったら肩を軽く叩いて足を止めてあげればいい。たったそれだけで十分なんだ。少し無責任に見えるかもしれないけど、それがイッセー君の上司として私が取るべきスタンスだって確信できた。

 だから、イッセー君。万が一の時には私が責任を取ってあげるから、天照様を始めとする高天原の神様達としっかり話をしてきてね☆

 

Side end

 

 

 

 風神さんと雷神さんの雲に乗って一時間ほど経ったところで、目の前に巨大な鳥居と宮殿が見えてきた。見た所、宮殿の屋根に瓦がなかったり、壁が土壁でなかったりと木材以外の材料が使われていない事から、どうやら宮殿の建築様式は神社建築を主体としている様だ。というよりは、おそらくはこちらが神社建築の原点なのだろう。そうして僕達が仏教伝来以前からの日本古来の建築様式を目の当たりにした所で雲は鳥居から50 mほど前で停止した。

 

「如何に使者殿達をお連れしているとはいえ、流石に雲で直接入口に向かう訳にはいかぬ。よって、ここからは自分の足で歩いて頂く事になるが、よろしいな?」

 

 風神さんは僕の後ろにいるセラフォルー様とアザゼルさん、ガブリエル様の三人にそう伝えると、真っ先にアザゼルさんが答えた。

 

「心配いらねぇよ。俺だって場を弁えているさ。ここで直接入口まで乗り付けねぇ事を「ケチ臭い」なんて言わないぜ」

 

 アザゼルさんはそう言って、真っ先に雲から降りた。それに続く形で次々と雲から降りていくとそのまま巨大な鳥居へと歩いて行く。すると、鳥居の前で公家の正装である束帯を纏った2 mを超える巨漢が待っていた。ただ、その額から角が二本生えている事から鬼である事が解る上に、その勇ましい容貌には明らかに覚えがあった。そして、僕達が鳥居の前に辿り着くと風神さんと雷神さんは鬼の男性の前で跪く。

 

「ぴゅるるるるぅ! ダイダ王子様! 閻魔様の命により、三大勢力の使者殿達をお連れ致しました!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! なお、道中においては襲撃を始めとする賊の妨害はありませぬ!」

 

 風神さんがはっきりと「ダイダ王子」と口にしたので、鳥居の前で僕達を待っていたのがあのダイダ王子である事が確定した。そして風神さんと雷神さんから報告を受けたダイダ王子はお二人に労いの言葉をかける。

 

「風神、雷神。護衛の任、大儀であった」

 

「我等はただ与えられた命を果たしたのみ! さしたるものではございませぬ!」

 

「されど、ダイダ王子様よりその様なお言葉を賜った事、有難き幸せにございます!」

 

 風神さんと雷神さんはそう言って喜びを露わにしている。ダイダ王子は一度カルラの手にかかって死んでいるだけに、本来であればこうしたやり取りはけして叶わないものだったのだから無理もない。ダイダ王子もそれを理解している様で、一つ頷くと風神さんと雷神さんに新たな指示を出した。

 

「そうか。では、お前達にもう一つだけ頼みたい事がある。ここで暫し待て」

 

「「ハッ!」」

 

 風神さんと雷神さんはそう言うと、片膝を突いたまま次の指示を待つ。そして、ダイダ王子は僕達の方を向いて自己紹介を始める。

 

「三大勢力の使者達だな。オレの名はダイダ。鬼の王である伐折羅王の世継で、今はここ高天原で大使を務めている。さて、この中に聖魔和合親善大使を務める兵藤一誠という者が……!」

 

 ダイダ王子は僕の顔を見ると、驚きを露わにした。そして、僕に声をかけてくる。

 

「一誠! お前は桃太郎達と共にいた一誠ではないか!」

 

 一目で僕であると解ったダイダ王子に、僕は最敬礼でお辞儀をしてから再会の挨拶をする。

 

「お久しぶりです、ダイダ王子。そして僕、いえ私が聖魔和合親善大使を務める兵藤一誠です」

 

 すると、ダイダ王子は僕の名前を聞いた時に考えた事を話し始めた。

 

「この高天原に住まう八百万の神の代表である天照殿から兵藤一誠という名を聞いた時、もしやと思ったのだ。この者は幼くとも桃太郎と同じく葦の強さを持っていた、あの一誠ではないかと。やはり、オレの勘は正しかったな……」

 

 ダイダ王子は何処か遠くを見る様な素振りを見せた後、そのまま話を続ける。

 

「オレがカルラの手に掛かった後の話は、父上や閻魔から聞いた。神に連なる月の民の血を色濃く継いだ事から大地の支えとなっているかぐや姫が倒れた事で竹取の里の周辺と鬼が島を除いた全ての大地が血の様に赤い海に沈み、掛け替えのない者も住むべき場所も奪われた者達が悲しみと絶望に沈む中、閻魔を助ける為に命の力を消耗し尽くしていたのを完全に治したお前はカルラや父上を止める為に桃太郎達と共に鬼が島の地下にある地獄へと赴き、三千世界や父上、そしてアジャセに流れる月の民の血を呑んだカルラと戦ったとな。特に父上はお前の戦いぶりはけして桃太郎にも劣らず、幼き(つわもの)と呼ぶに相応しいものであったと褒めていたぞ」

 

 ここまで言い終えると、ダイダ王子は口元に笑みを浮かべながら僕の肩に手を置いた。

 

「一誠よ。本当に強く、大きく成長したな。オレを始めとする強き鬼達をただ見上げる事しかできず、それでも桃太郎の背中を必死に追い駆けていたあの幼い子供がよくぞここまで……!」

 

 あのダイダ王子が桃太郎さん達と同じ様に僕の事も認めてくれた。そう思うと嬉しくて涙が出てきそうになる。どうも風神さんと雷神さんのお二人と再会した事で一時的に六年前の感覚に戻ってしまい、その影響で少しばかり涙脆くなっている様だった。だが、その涙をあえて堪えながら笑顔を浮かべると、聖魔和合親善大使としての言葉使いでダイダ王子に応える。

 

「私も、こうしてダイダ王子と再びお会いできた事をとても嬉しく思います」

 

 すると、ダイダ王子は少し残念そうな表情を浮かべた。

 

「……お互いに務めを果たさねばならぬからな。堅いやり取りも今は致し方なしか。では、一誠。オレについて参れ。八百万の神はまずお前一人に会いたいそうだ」

 

「私一人だけ、ですか?」

 

 ダイダ王子からの意外な言葉に思わずそう尋ねると、ダイダ王子は苦笑を浮かべながら事情を明かしてくる。

 

「神ともなれば流石に立場というものがあるらしくてな。まずは二年前の件で余人を交えずに話をしたいそうだ。その間、他の者達については別の部屋で待機してもらう事になる。風神、雷神。今聞いた通りだ、その為の部屋にはお前達が案内せよ」

 

「「ハッ!」」

 

 ……ここまで向こうがお膳立てをしている以上は是非も無しか。それにこちらが聞きたかった事を向こうから話してくれると言うのだ。ここはむしろ好都合と捉えるべきだろう。そう思えば、後は早かった。

 

「レヴィアタン陛下、アザゼル総督、ガブリエル様。私は一足先に参ります。レイヴェルはその間、レヴィアタン陛下の指示に従う様に」

 

 向こうの意向に従う事をお三方に伝えると共にレイヴェルに指示を出すと、それぞれの言い方で僕を送り出してくれた。

 

「あぁ、行ってきな」

 

「解りました。気を付けて行ってきて下さいね」

 

「頑張ってね☆」

 

「一誠様、承知致しましたわ」

 

 そして、アウラも手を振って僕を送り出す。

 

「パパ、いってらっしゃい」

 

「あぁ、行ってくるよ。アウラ。イリナ、アウラを頼む」

 

「えぇ、任せて」

 

 最後にイリナにアウラの事を頼んだ僕は、皆に見送られながらダイダ王子と共に入口の鳥居を通って宮殿へと向かい始めた。そうしてしばらく進むと、ダイダ王子はアウラの事について尋ねてきた。

 

「一誠。先程お前によく似た幼子がお前の事をパパという父を指す言葉で呼んだが、あれはお前の子か?」

 

 特に隠す様な事でもなかったので、僕は素直にアウラについて話す。

 

「はい。既にお気づきになっていると思いますが、私は既に人間でなくなっています。その際に宿した「魔」から生まれたのが、アウラと名付けたあの子です」

 

「……よもや、かぐや姫と共に生きる事を選んだアジャセや桃太郎に嫁いだ夜叉はおろか、あの中では最も幼かったお前にまで先を越されるとはな」

 

 ダイダ王子はそう言って苦笑いを浮かべたが、僕は正確にはまだ結婚した訳ではないので直ちに訂正する。

 

「将来を誓い合った相手はいますが、流石にまだ結婚はしていませんよ」

 

「お前がイリナと呼んだ娘の事か? ……では、やはりオレは先を越されているな。どうも伐折羅王の世継の連れ添いという立場が重過ぎるのか、オレにはまだ許嫁すらいないのでな」

 

 ダイダ王子の口から何と言えばいいのか判断に困る事実が飛び出してきたので、僕は自分の思う所を正直に伝えた。

 

「……次代の鬼の王ともなれば引く手は数多だと思ったのですが、そういう訳でもないのですね。正直に申し上げると、鬼の女性達がしっかりしていると褒めればいいのか、それとも謙遜が過ぎると窘めればいいのか、判断に迷ってしまいます」

 

「ハッハッハッ。そこはむしろ鬼の王の世継の連れ添いという立場に怖じけつくとは情けないと叱っておけ。案外、お前の叱咤に反発する形でオレの許嫁に名乗りを上げる女が出てくるやもしれぬからな」

 

 そう言って快活に笑うダイダ王子だが、僕が最後に会った時には生真面目で融通の利かない頑固な武人という印象だった。それがここまで柔軟な態度とやり取りができる様になっているのを見て、僕は内心驚いた。確かに、鬼の大使として高天原に駐在して八百万の神と接し続けた事で武一辺倒だったダイダ王子が変わったのは間違いないだろう。だが、その変化を受け入れる土台を作るきっかけとなったのは間違いなく桃太郎さん達によって懲らしめられた事だろう。愛を以て懲らしめる事で相手を良い方向へと変える事のできる桃太郎さんの偉大さをここで改めて思い知らされた。

 そうして暫く歩くと、宮殿でもかなり奥の方にある一室に到着した。戸の前には守衛と思しき者が左右に控えている事から、おそらくは大広間であると思われる。そこでダイダ王子が守衛に声をかける。

 

「鬼の大使、ダイダ! 三大勢力の使者である兵藤一誠殿をお連れした! 入室の許可を頂きたい!」

 

「お話は既に聞いております。どうぞお通り下さい」

 

 守衛の二人はそう言うと、戸をゆっくりと開いた。そうしていざ大広間と思しき部屋へ入ろうとするが、その前にダイダ王子から忠告を受けた。

 

「一誠。ここで天照殿を始めとする八百万の神達がお前を待っている。ただ前以て言っておくが、この中がどうなっていてもけして立ち止まるな。よいな?」

 

 ここで僕は「大王家での謁見の時と同じ様な状況になっている」と判断して、ダイダ王子から受けた忠告を素直に受け入れる。

 

「解りました。では、参りましょう」

 

 そう言って、僕はダイダ王子の後に続いて大広間に入ったのだが、その次の瞬間に目に入ってきた光景に思わず息を飲んでしまった。

 本来であれば、上座の中央に八百万の神の代表である天照様、その両脇に残りの三貴子である月読(ツクヨミ)様と素戔嗚(スサノオ)様が座り、下座の両脇を他の神々が固める中で外部勢力の使者である僕が謁見するという形になる。立場としては完全に天照様を始めとする八百万の神の方が上なのだから、それは当然だ。

 

 ……だが、今目の前に広がっている光景はその常識を完全に覆していた。

 

 三貴子のお三方を先頭に八百万の神が揃って下座に座り、上座を空けて待っていたのだ。更に、僕とダイダ王子の入ってきた戸はそのまま上座へと続いていた。つまり、僕を上位者として迎えるという姿勢を八百万の神は示している。八百万の神は何故ここまで礼を尽くしているのか、僕には全く理解できなかった。

 




いかがだったでしょうか?

八百万の神が何故この様な事をやっているのかについては次話にて。

では、また次の話でお会いしましょう。

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