未知なる天を往く者   作:h995

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第二十一話 幼き兵

Side:アザゼル

 

「風神さん、雷神さん。覚えていますか? ……僕です。一誠です。貴方達と一緒に桃太郎さんと世直しと鬼退治の旅をした、とても弱かった小さな子供です」

 

 イッセーが突然こんな事を言い出した時、この場にいた奴はほぼ全員が首を傾げるしかなかった。イッセーの言っている事がまるで理解できなかったからだ。例外はイリナとアウラ。イッセーの事をよく理解している二人だけは、むしろ納得している素振りを見せている。……そして、驚くべきはここからだった。

 

「……おぉっ! 一誠、一誠ではないか! 我等の知る幼き姿から二周りは大きくなっているが、あの時の面影が確かにある!」

 

「確かに! 久しいな、一誠! しかし、これはまた随分と立派な男に成長したではないか! しかもこの様な娘までいるとは、これには我等も驚いたぞ!」

 

 地獄の鬼の中でも屈指の強者である風神と雷神が、その厳つい顔に笑みを浮かべながら親しげに言葉をかける。この反応を見て、イッセーは満面の笑みを浮かべた。

 

「やっぱり……! お久しぶりです、風神さん、雷神さん! お二人とも、お元気そうで何よりです!」

 

 ここで、俺はようやく御伽噺の世界でイッセーが体験した初めての冒険の事を思い出した。……つまり、今目の前にいる二人の鬼は、まだ幼く弱かった頃のイッセーを知る貴重な存在という事になる。だったら、まずはコイツ等に対する認識を共有しないといけなかった。

 

「あ~、イッセー。懐かしい友人との再会を喜んでいるところを悪いんだが、こっちに解る様に風神や雷神との関係を説明してくれねぇか? いや、元々知っているイリナやアウラ、それに今ようやく事情が呑み込めた俺はともかく、他の奴等がどうもピンと来てねぇみたいだからな」

 

 俺が声をかけた事でようやく俺達を置いてけぼりにしていた事に気付いたのか、イッセーは頬を人差し指で掻きながら苦笑いを浮かべていた。……密かにイリナから聞いたんだが、あの仕草はイッセーが照れ臭かったり恥ずかしかったり、或いは何かを誤魔化したかったりする時、無意識に出てくる癖らしい。どうやら俺達の前で素の十七歳のガキに戻っていた事が照れ臭かったみたいだな。

 

「……確かに、百鬼はそもそも僕の事を殆ど知らないし、レイヴェルやセラフォルー様、ガブリエル様は概要を聞いただけですぐにはピンと来ないでしょうね。ただ、その前に一つだけ確認したい事がありますので、少しお待ち下さい」

 

 イッセーは俺達にそう前置きすると、風神と雷神に一つの質問をぶつけた。

 

「風神さん、雷神さん。僕はてっきり皆さんの世界は僕の住むこの世界とは別の世界だと思っていたんですけど、違っていたんですか?」

 

 ……まぁ、イッセーから直接話を聞いた俺やレイヴェル、セラフォルーもイッセーと同じ認識でいたからな。まずはそっちを確認しないと話にならないか。イッセーの質問の意味を理解したところで、問われた側である風神と雷神は共に考え込む様な素振りを見せる。何らかの事情で話せないというよりはどう説明すればいいのか解らないといった感じだ。

 

「一誠。それについてだが、お前の認識で合っているぞ。本来であれば、お前の住まう地と我等の地獄は繋がっておらぬ」

 

「それ故に我等もどう話せばよいか、よく解らんのだ。一誠よ、我等に少し考えをまとめる時間をくれ」

 

 そう言ってから二人で暫く考え込んだ末にようやく考えが纏まったらしく、イッセーの質問に答え始めた。

 

「今からもう三百年程前になるか。お前が桃太郎達と共にカルラを退治してから十年程経ち、赤い海に一度沈んだ大地の復興が進み、我等鬼の新しい(まつりごと)も軌道に乗ったのを見届けたアジャセ王子様と夜叉姫様が新たな道へと旅立っていった後の事なのだが……」

 

 風神がそう切り出した後、続く雷神から予想外にも程がある言葉が飛び出してきた。

 

「我等の地獄とこちらの地獄が、何の前兆もなく突然繋がったのだ。驚いたぞ。突然地獄が広がったかと思えば、そこには今まで一度も会った事のない鬼達がいたのだからな」

 

 おいおい、こっちと向こうじゃ時間軸が全然違うじゃねぇか。何せ、イッセーがコイツ等と冒険したのが十一歳の頃、つまりは六年前だ。だが、向こうでは実に三百年もの昔の出来事になっている。しかも、向こうの地獄とこっちの地獄、まぁ正確には日本神話の地獄ってところか、それと繋がったのはその僅か十年後だ。イッセーの奴、明らかに世界だけでなく時間まで飛び越えてやがる。

 ……しかし、三百年前か。そう言えば、地獄の鬼達が実は一人一人が一騎当千を誇る強者だったって事実が広く知れ渡ったのがちょうどその頃だったな。そうなると、地獄の鬼で強者に数えられている奴の多くがあっちの出身だって考えた方がよさそうだ。それどころか、コイツ等がこっちの地獄を制圧しちまった可能性だってある。イッセーも同じ可能性に気が付いたんだろう、風神と雷神に確認を取っていた。

 

「……まさかとは思いますけど」

 

 すると、風神と雷神からはどう判断すればいいのか解らん答えが返ってくる。

 

「安心せよ、一誠。こちらの地獄に住んでいた鬼とは争い事など起こしてはおらん。ただ、我等は鬼だ。お互いを解り合う為に力比べはやったがな」

 

「こちらの鬼も中々に強くてな! 何とも楽しい力比べであった!」

 

 殺し合いはせずとも、力比べはやるか。……何か、殺し合いは大嫌いでも競い合いは大好きなイッセーみたいだな。風神と雷神の答えに対して俺がそう思っていると、当の本人であるイッセーは安堵の息を吐くと共に納得の表情を浮かべていた。

 

「戦いを相互理解の手段とする皆さんらしいですね。まぁ相手こそ選んではいますけど、僕も皆さんに倣って真剣勝負で語らい合う事はよくしていますよ。下手に言葉を重ねるより、余程お互いを理解し合えますから」

 

 イッセーが力比べの意味をそう語ると、風神と雷神は呵々大笑し始める。

 

「ぴゅるるるるぅ! そうだろう、そうだろう! 戦いでは、いくら誤魔化そうとしてもその者の性根が必ず現れる! そして真に強き者ほど振るう力に心が宿る! 故に鬼は戦いを好み、強き者を認め敬うのだ!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! そして、我等鬼は桃太郎を始めとする真に強き者達との戦いを通じて、愛と勇気と友情を学んだのだ! 一誠! 幼いながらも最初から桃太郎についていき、最後まで支え続けたお前の戦う姿からも我等は学ばせてもらったぞ!」

 

 ……イッセーが時々見せる脳筋の源流はコイツ等か。成る程、確かに戦闘狂ではあるが真っ向勝負を望む傾向があるヴァーリとはかなり気が合いそうだ。そんな風に俺が考えていると、レイヴェルがイリナに鬼について尋ねていた。

 

「イリナさん。かつて一誠様が幼い頃に戦ったという鬼とは、この様な方達ばかりなのですか?」

 

「そうね。鬼の人達って、物凄く負けず嫌いで自分の考えが正しいって思い込んだら中々変えない頑固者なんだけど、戦いはいつだって真っ向からの正々堂々で、嘘を吐いたり卑怯な事をやったりするのが大嫌いなの。そして、一度自分が間違ってるって気付いたらすぐに非を認めて改めるし、戦いに負けたら潔く負けを認めて勝った相手を褒め称える。そんな凄く気持ちのいい人達よ。……こんな事を十字教の信徒で龍天使(カンヘル)である私が言うのは不味いんだろうけど、実は鬼の人達とは一度会って話をしてみたかったの。凄くいい人達ばかりだって、イッセー君がいつも笑顔で私やアウラちゃんに話していたから」

 

 ……前言撤回。気が合うなんてモンじゃねぇ。むしろ、ヴァーリがこれからの生き方を選ぶ為の指標の一つにできる奴らだ。こんな事なら、ヴァーリに一声かけとくんだったな。レイヴェルからの問い掛けに対するイリナの答えを聞いて、俺はヴァーリがこの場にいない事を惜しんでいたんだが、どうやら話はまだ終わってはいない様だ。

 

「ところで、雷神よ。先程の言い方にはいささか語弊がある。正確には、今まで会った事もない鬼達()いたと言うべきであろう」

 

「おっと。そうであったな、風神。オレとした事が少々迂闊であったわ。それで、今風神が「いささか語弊がある」と言った理由なのだが……」

 

 風神から間違いを指摘された雷神は、ここで訂正した情報をイッセーに伝えてきた。

 

「こちらの地獄で新たな生を得ていたダイダ王子様と酒呑童子様が、元気なお姿でこちらの地獄の鬼達と共に立っておられたのだからな。そして、こちらの地獄で既に名を上げておられたお二人の仲立ちがあったお陰で、我等はこちらの鬼と争わずに済んだのだ」

 

「……えっ?」

 

 ……呆然と立ち尽くすイッセーの姿を見るのは、これが初めてかもしれねぇな。イッセーにとって、今出てきた情報はそれだけ衝撃的な事なんだろう。やがてイッセーは我に変えると、勢い込んで風神と雷神に確認を取り始めた。

 

「本当ですか! 本当にダイダ王子と酒呑童子さんが……!」

 

 すると、風神と雷神からはイッセーの望んだであろう答えが返ってくる。

 

「そうだ、一誠。お二人とも、三百年程前に再会した時には壮健であられたぞ。そして、今もご健在で伐折羅(バサラ)王様から命じられた務めを果たされておる」

 

「酒呑童子様は大江山にて配下の四天王と共に京に住まう妖怪達を外敵から守護し、ダイダ王子様は我等鬼の大使として高天原に駐在しておられるぞ。……安心したか、一誠?」

 

 ……雷神からそう声をかけられたイッセーは、その瞳から滂沱の様に涙を流していた。

 

「……よかった。本当によかった……!」

 

 感極まって泣き出したイッセーに対し、風神と雷神はそっとイッセーの肩に手を乗せる。

 

「体は目を見張る程に大きく成長し、更には父となって娘を儲けても泣き虫なのはそのままか」

 

「だが、お前が今涙を流して泣いても、我等はそれを軟弱などとは思わんぞ。三百年前にお二人に再会した折、誰一人として喜びの涙を流さなかった鬼などおらなんだからな」

 

 イッセー達のやり取りを聞いて尋常でないものを感じた俺は、イッセーの事をこの世で最も理解しているイリナにどういう事なのかを尋ねた。イッセーが以前自分の過去について話をした時、異世界での冒険については何処でどういう冒険をしたという概要だけで誰がいつどんな風に死んだといった詳しい事までは聞かされていなかったからだ。

 

「イリナ、酒呑童子とダイダ王子か? その二人、一体どんな死に方をしたんだ? あのイッセーがここまで取り乱したり、向こうの鬼が再会した事を全員泣いて喜んだりなんて、絶対にまともな死に方をしてねぇぞ」

 

 すると、イリナは暫く逡巡した後に苦衷の表情を浮かべながら二人の死に方について話し始めた。

 

「……ダイダ王子の方は、何度も戦った後にようやく解り合えたところを世話役である鬼に不意を突かれて殺されたそうです。ただ、イッセーくんはその前に酷く衰弱して戦線を離脱していたので直接立ち会ってはいません。一方、酒呑童子さんの方はイッセーくんや一緒に旅をしていた桃太郎さん達に負けた罰で牢に繋がれた上に拷問でボロボロになっていたのに、それを押して海底の硬い岩盤を砕いて敵の罠に落ちたイッセーくん達を助け出した後、力尽きてしまったそうです。実は、さっきイッセーくんが酷く衰弱して戦線を離脱していたって言いましたけど、それはその少し前に奈落の底という深い海の底の洞窟に囚われていた閻魔大王様を助ける為に、イッセーくんは命の力を注がないと破壊できない呪いの牢獄に死ぬ一歩手前まで命の力を注ぎ込んでいたからなんです」

 

 ……イリナが話し辛い訳だ。まともじゃねぇと思っていたが、まさかここまでとはな。特に酒呑童子については、閻魔大王を助ける為に文字通り身を張って命懸けで頑張ったってのにかえって罠に嵌まっちまった挙句、逆に命と引き換えに助け出してもらったんだ。そりゃ当時はまだ十一歳のガキであるイッセーにとっては、とてつもなくデカいトラウマになるだろうな。それにしても、当時のイッセーは今からはとても考えられねぇくらいに無茶してるんだな。まぁ、それで自分がしこたま痛い目を見たからこそ、他の奴には無茶をするなってきつく言い付けているんだろうけどな。

 俺がイッセーの歩んできた道程について思いを馳せていると、百鬼黄龍が申し訳なさそうにイッセー達の話に割って入ってきた。

 

「風神さん、雷神さん。旧交を温めているところを申し訳ないと思いますし、俺としても兵藤先輩に一つ訊きたい事がありますが、そろそろ本題に入って頂かないと……」

 

 百鬼黄龍から話を進める様に促されると、その言葉に納得した風神はイッセーに事実確認を行う。

 

「ウム、確かに勾陳の言う通りだ。友との楽しい語らいにかまけて、与えられた命を疎かにする訳にはいかん。……さて、一誠。それぞれの勢力の代表やその案内役である勾陳と共にお前がいるという事はお前が聖魔和合親善大使という名の使者でよいのだな?」

 

 当然、イッセーは自分が護衛対象の一人である事を肯定した。

 

「ハイ。でも、まさか風神さんと雷神さんが護衛としてこちらに来てくれるとは思っていませんでした」

 

 そして、自分達の護衛が旧友であった事については予想外だった事をイッセーが伝えると、雷神が自分達も同じである事を伝えてきた。

 

「それは我等も同じ事だ。まさか護衛する相手がお前だったとは思いもよらなかったぞ」

 

 ……尤も、それはこの場にいる全員に言える事だろうがな。

 

「では、今から高天原までお前達を連れていく。何、我等の雲に乗れば高天原までひとっ飛びよ!」

 

「故に、雲を呼び空を飛べる我等が使者殿の護衛に選ばれたのだ!」

 

 風神と雷神はそう言うと、俺達全員が乗っても余裕がある大きさで雲を作り出してしまった。そして、まずは好奇心旺盛なアウラが雲に駆け寄って飛び乗ろうとする。だが、その前にアウラがハッと何かに気付いた様な素振りを見せて立ち止まると、風神と雷神の方を向いてお願いを始めた。

 

「あの、風神さんと雷神さん。この雲に乗ってもいいですか?」

 

 ……勝手に乗らずに雲を作った二人に許可を求めた事といい、さっきまで「小父ちゃん」呼びしていたのにお願いする時はそれをせずにちゃんと敬語を使った事といい、いくら父親譲りの賢さがあるとはいえ、精神年齢が六、七歳程の子供がそうそう自発的にできる事じゃねぇ。それができたのは、イッセーとイリナの教育がアウラにしっかりと行き届いているからだ。既に解っちゃいたが、アイツ等は親としての務めをしっかりと果たしてやがる。

 

「構わんぞ! そもそも、その為に作った雲なのだからな!」

 

「さぁ、遠慮せずに乗るがいい!」

 

 おそらく、その辺りを察したんだろうな。二人の鬼はアウラからのお願いを快諾した。

 

「ありがとうございます! 風神さん、雷神さん!」

 

 アウラは風神と雷神に一言お礼を言うと、一番乗りで風神と雷神の作った雲に乗り込む。

 

「わぁっ……! パパ! ママ! この雲、凄くフカフカだよ!」

 

 雲に乗ってその感触を満喫しているアウラの姿を、俺達は微笑ましく見ていた。それは風神と雷神も同じ様で、牙の生えた厳つい顔に笑みを浮かべている。

 

 ……地獄に住まう鬼の一族か。今後、子供相手にこういう顔ができるコイツ等とは上手くやっていかないとな。

 

 アウラに続く形で次々と雲に乗り込んでいく中で、俺は地獄の鬼族とは友好関係を築くべきだと判断した。ただ、今まで全く接点がなかった為に一から外交ルートを構築していかないといけねぇ。しかも、友好関係の構築については鬼達との繋がりが強い高天原の連中を通してやらないと、色々な形で誤解されかねない。幸い、鬼達はもちろん何故か高天原も特別視しているというイッセーが仲介してくれるだろうからまだマシだが、それでもタミエルを始めとする営業の連中にはかなり負担をかけちまうだろう。だが、こればかりは仕方ねぇ。イッセー個人との繋がりが相当に強い事が確定である以上、鬼族との友好関係の構築は俺達三大勢力にとっては急務となる。特にイッセーが直接所属している悪魔勢力は最優先で取り組まなきゃならないだろう。現に、セラフォルーは「高天原から帰ったら、スケジュールを全面的に見直さないと……」と呟いているし、ガブリエルもかなり真剣な表情で考え込んでいる事から、事の重要性をしっかりと理解している様だ。だから、俺達神の子を見張る者(グリゴリ)が天界や悪魔達に後れを取らない様、タミエルには頑張ってもらわないといけなかった。……尤も、流石にタミエルに全て丸投げって訳にもいかないだろうがな。

 

「状況によっては、俺自ら鬼の住まう地獄に出向く事も考えておかないとな」

 

 俺を除いた全員が雲に乗り終えた時、こんな言葉が思わず俺の口から出ていた。

 

 ……ここ最近はトップである俺が率先して外回りに出ている辺り、何気に俺も一誠シンドロームに感染しているのかもしれねぇな。

 

 そう思ったら、何だか俺の精神が若返った様な気分がして、少し可笑しくなった。

 

Side end

 

 

 

 風神さんと雷神さんが作り出した移動用の雲に乗り込んだ僕達はそのまま高天原へと向かう事になった。僕達が雲の上に座ると、雲がフワッと浮いてそのままかなりの高度まで上がっていく。そして上昇が止まった所で雲の先端が西の方角に向くと、いきなり最高速と思しきスピードで動き始めた。本当なら反動で後ろにのけ反ったりバランスを崩したりしそうなものだが、どうも雲の上はそういった物理的な影響を受けない仕様になっている様だ。それに高速で空を飛んでいる今も前や横から強烈な風が吹きつけてくる様な事もないので雲の上は快適だった。

 

「うわぁっ。はや~い!」

 

 だから、僕の膝の上に座っているアウラが次々と前から後ろへと流れていく風景を見て喜ぶ余裕もある。そうした高速でありながらも穏やかな雲の旅を満喫している中で、百鬼が僕に話しかけてきた。

 

「兵藤先輩。一つ、質問してもいいですか?」

 

「百鬼、どうしたんだ?」

 

 僕が話に応じる構えを見せると、百鬼は僕に心なしか戸惑いながら問い掛けてくる。

 

「ひょっとして、兵藤先輩は「幼き(つわもの)」なんですか?」

 

「……はぁっ?」

 

 僕は百鬼の質問の意味が解らずに思わず声を出してしまったが、風神さんと雷神さんが僕の代わりに答えてしまった。

 

「ぴゅるるるるぅ! そうだ、勾陳! 一誠は我等が高天原の神々に語り、やがてお前達の家にも伝わる様になった桃太郎達の英雄譚における「幼き兵」本人だ!」

 

「ぐぁらり、ぐぁらり! 尤も、当時はよく泣いておったから、金太郎からはよく「泣き虫一誠」と呼ばれておったがな!」

 

 ……この人達には本当に情けない姿ばかりを見られてしまっている。だからこそ、この人達の前では変に取り繕う必要もない訳なのだが。

 

 内心恥ずかしい思いをしている所に、セラフォルー様が今の話が本当なのかを確認してきた。

 

「ねぇ、イッセー君。その話、本当なの?」

 

「えぇ。当時は解り合えた鬼を目の前で殺されたり、小さな村を作って共存していた人と鬼がカルラという鬼に虐殺されたりすると、悲しみを堪え切れずに大声で泣いてしまいましたから」

 

 僕が当時の情けない姿を思い浮かべた事で恥ずかしさを感じつつも素直に白状すると、セラフォルー様は何故か何とも言えない表情を浮かべる。

 

「……それ、絶対に泣き虫なんかじゃないと思うんだけど」

 

 セラフォルー様がそう呟いた所で、アザゼルさんが突然大声を上げた。

 

「……あぁっ! そうだ! 今思えば、バラキエルの奴から惚気話のついでに散々聞かされた御伽噺に出てくる「幼き兵」とイッセーから聞いた過去の話の一部が完全に一致しているじゃねぇか! 何で俺も朱乃もあの時に気が付かなかったんだ!」

 

 ……そう言えば、朱璃さんは五大宗家の一つである姫島家の出身だった。それなら、五大宗家に伝わっているという桃太郎さん達の話を子供である朱乃さんに聞かせただろうし、その場にバラキエルさんも立ち会った事もあるのだろう。この分だと、他の人達もバラキエルさん経由で桃太郎さん達の話を知っているかもしれない。その事実に思い至った僕は、桃太郎さん達の頑張りを少しでも多くの人達に知ってもらえた事、そしてそれを立派だと認められた事がとても嬉しくなった。そこでふと百鬼の方を見ると、百鬼は何故かソワソワして落ち着かない素振りを見せている。

 

「あ、あの。兵藤先輩。後で色紙を用意しますから、……サイン下さい!」

 

「な、百鬼?」

 

 百鬼から突然訳の解らない事を頼まれて困惑していると、百鬼が「幼き兵」をどう思っていたのかを語り始めた。

 

「……小さい頃に五大宗家に伝わる桃太郎達の話を聞いてから、俺はずっと憧れていたんです。他の誰よりも幼いのに、最初は力だって弱かったのに、桃太郎達に一生懸命ついて行って、最後には頑なだった鬼の王の心を動かしたり、神々に連なる月の民の血を飲んだ事で神にも匹敵する程の化物と化したカルラを著しく弱体化させて決定的な好機を作り出したりした「幼き兵」に。特に、全ての悪行の真犯人である異端の鬼カルラとの最終決戦の時の「幼き兵」は凄く格好良かった。あんな風に俺もなりたいって凄く思ったんです」

 

 ……一体、風神さん達は僕の事をどの様に語ったんだろうか? 百鬼からの余りの高評価に僕は戸惑いを隠せない。すると、当時の僕の事が気になったのか、セラフォルー様が百鬼にカルラとの最後の戦いの時の僕について尋ねていた。

 

「ねぇねぇ、百鬼君だっけ。その時のイッセー君って、どんな感じなの?」

 

「その時の「幼き兵」の台詞は一言一句、しっかりと覚えていますよ。「カルラ、僕はお前を絶対に許さない! でも、僕はお前を殺したりはしない! ただ、お前が傷付け殺してきた全ての命に心の底から「ごめんなさい!」と言わせるだけだ! ……この一撃は必殺に非ず。悪しき敵に必ず勝ち、そして懲らしめた敵を必ず生かす。故に、この一撃は必勝にして必生(ひっしょう)! 邪な力よ、散れぇぇぇぇっ!!!!!!」……この台詞と共に放たれた「幼き兵」による必勝にして必生の一撃は、カルラの力の集束点を見事に射抜いて月の民の血を飲む以前のそこまで強くない状態にまでカルラを弱体化させたんです。すると、月の民の血が体に合わなかったのか、それともカルラの殺した者達の怨念によるものなのか、少しずつカルラの体が石化していたのがそれを境に一気に加速しました。そこで一気に押し切ろうと浦島太郎が回復の術で全員を回復させて、そこから鬼の王の娘である夜叉姫の流れ星の術と金太郎の渾身の頭突き、そして桃太郎の鹿角(ろっかく)の術から繰り出した会心の一撃がダメ押しとなってカルラの体が完全に石になったんです。桃太郎達って、世界を崩壊させたカルラですらけして殺そうとはしなかったんですよ。敵と戦う事はしても殺したりはせずに、ただ懲らしめるだけ。それが桃太郎とその仲間達なんです」

 

 ……ウン。カルラとの最終決戦、その大詰めの展開については僕の言葉を含めてほぼ合っている。普通なら口にできない様な言葉も戦いの中では平然と口にできる様になるのは、きっと戦いの中でも心からの言葉をぶつけ合う桃太郎さん達や鬼達の影響だろう。それだけに、当時の僕の言動をその場に居合わせている筈のない第三者から聞かされて、今の僕は物凄く恥ずかしかった。

 

「……イッセー君って、六年前から本物のヒーローだったんだね☆」

 

 その一方で、百鬼から僕の話を聞き終えたセラフォルー様は笑顔で僕を褒めてきたが、今の僕にとってはただ恥ずかしいという感情の炎にガソリンを注ぎ込むだけだ。きっと、今の僕の顔を真っ赤になっているだろう。だが、話はそこで終わらなかった。

 

「……後でバラキエルと朱乃に姫島家に伝わっている桃太郎の話をもう一度詳しく聞いてみるか。それがそのままイッセーの英雄譚にもなるんだったら、利用しない手はないよなぁ」

 

 アザゼルさん。貴方は一体何を考えているんですか?

 

「……確か、メタトロンの御使い(ブレイブ・セイント)の中に五大宗家の方がいましたわね。その方に今のお話について確認してみましょう」

 

 ガブリエル様。そんな事をわざわざ確認しなくてもいいのでは?

 

「後でソーナちゃんにも教えてあげようっと☆ イッセー君は小さい頃からカッコ良かったんだよって☆」

 

 セラフォルー様。ご機嫌な所を申し訳ありませんが、レイヴェルトの所持者になった事のあるソーナ会長は既に知っていますよ?

 

「成る程。確かにこのお話を上手く使えば、一誠様は子供達のヒーローにもなれますわね」

 

 ……レイヴェル。あえて目を逸らしていた事を突き付けてくれて、ありがとう。

 

「百鬼。確認するけど、高天原が僕を特別視している理由はこれなのか?」

 

 そこで、僕は百鬼に高天原が僕を特別視している理由がこの件であるのかを確認する。すると、百鬼からは想像の斜め上の答えが返ってきた。

 

「いえ、それは流石に違うと思いますよ。もしそうだったら、風神さんも雷神さんもあんな反応はしないでしょう。兵藤先輩を特別視しているのは、かつて全国の神社を荒らし回った祟り狐が助けを求めて高天原に駆け込むって騒動が二年前にあって、それに関連しての事だと聞いています」

 

 祟り狐。そして、二年前。

 

 これらの言葉で全てが繋がった。……つまり、高天原に住まう日本神族は。

 

「久遠から知らされていたのか。次元災害の襲来を……!」

 

 そして、間近に迫って来ていた余りに巨大な脅威を前にしながらも何ら手を打つ事なく世界を見捨てた。

 

 そう思い至った僕は、日本神族に対して激しい怒りを覚える。……だが。

 

「イリナ? アウラ?」

 

 いつの間にか、隣に座っていたイリナが僕の腕を引き寄せると共に膝の上に座っていたアウラも僕の方を向いて抱き着いていた事に気づいて、僕は激しい怒りで沸き立った頭が急速に冷えていくのを感じた。

 

「イッセーくん。当事者であるイッセーくんが怒るのは無理もないと思うの。でも、少し慌て過ぎよ」

 

 イリナが僕を窘めると、それに続く形でアウラは僕の目を真っ直ぐに見据えて自分の考えを僕に伝えてくる。

 

「ねぇ、パパ。怒る前に、まずは日本の神様達のお話を聞いてみて。怒るのはそれからじゃないのかなって、あたしは思うの」

 

 ……アウラは、僕の娘は本当に()()()()()()()。確かに、アウラは僕の一番似て欲しくないところを似てしまったのかもしれない。だが、その鋭さの使い方が僕とは全然違っていた。それがとても誇らしかった。

 

「そうだね。まずはちゃんとお話を聞かないとね。ありがとう、イリナ、アウラ。二人が言ってくれなかったら、僕はきっととんでもない事を仕出かしていた」

 

 だから、怒りに我を忘れそうになった僕を諌めてくれた二人に感謝の言葉を伝える。……僕達はこうしてお互いに支え合いながら生きていくのだとハッキリと感じながら。

 

 僕達が高天原に到着したのは、イリナとアウラのお陰で冷えた頭が時間と共に本調子を取り戻した後だった。

 




いかがだったでしょうか?

流石の一誠も、幼い頃はよく泣いていました。

では、また次の話でお会いしましょう。

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