Prologue
時は、一誠達が天界入りした日の深夜にまで遡る。
この日の仕事を全て終えた
「まさか、紫藤イリナは最初に心持たぬ群体としての天使に転生していたとは。正直なところを言えば、彼女はその様な状態からよく自分の心を取り戻せたものですね」
ミカエルの説明を聞き終えたラファエルが溜息交じりにそう零した様に、熾天使達は皆イリナの龍天使に至るまでの変遷に少なからず衝撃を受けていた。しかし、一方で「魂が光力に適応する事で人間は天使に転生する」という点に着目した者がいる。四大熾天使の一人であるウリエルだ。
「……だが、これによって天使の数をより増やし易い方法が得られたのではないか?
(こうなる事を恐れたからこそ、できればこのまま誰にも語る事なく歴史の闇へと葬り去ってしまいたかったのですが……)
ウリエルが「光力注入による人間の天使化」に対して導入を視野に入れた意見を出してきた事で、ミカエルは話の流れが悪い方向へと向かい始めた事を悟った。やはり時期尚早だったかとミカエルは後悔しそうになったが、意外な所から待ったが掛かった。
「いや。この方法は実行しても徒労に終わるだけだ。失敗が目に見えている事など、最初からするべきではない」
「サリエル?」
その思考は冷徹にして合理的である事から、物事の判断に個人の情など一切交えない。それ故に、サリエルはイリナの天使への転生を再現する事については積極的になるだろうとミカエルは密かに思っていた。それがまるで逆の意見を出して来た事にミカエルは戸惑いを隠せない。……しかし、サリエルはどこまでも冷静だった。
「話はそう難しい事ではない。心を持たぬ者など、横から悪意を軽く吹き込まれるだけで容易く堕ちる。踏み止まろうにもそれを為し得る自我がないのだからな。結果、増えるのは堕天使や悪魔のみ。それでは意味がなかろう」
……そして、それは御使いもまた同じ事。
サリエルは言外にそう言っていた。彼は人間が天使に転生する事について、自然に転生するのならともかくこちらから積極的に転生させる事については元より否定的な立場であった。主たる聖書の神に仕える事を至上の悦びとする事から我欲というものが殆どない天使と知性を持つが故に我欲に満ちた人間では精神構造がそもそも異なっている以上、人間が本当の意味で天使になれる筈がないというのが彼の主張であり、今回の件もあくまで己の考えに則っただけで他意などはなかった。しかも、サリエルの話はここで終わりではなかった。
「何より、天界が既に悪意に晒されているという現実がある。そちらに対処するのが先だろう」
サリエルからの唐突な意見に、ラグイルはどういう事かを反射的に問い質した。
「サリエル、そいつはどういう事だ?」
「昨日の顔合わせにおいて、本来ならば欠席するべきである私が出席せざるを得なくなった経緯。あれこそが悪意の存在を何より物語っている」
サリエルは表情一つ変えずにそう言い放つと、ミカエルがその意図について確認を取る。
「あれは何者かが悪意を以て下級天使や教会の上層部といった者達を煽り、意図的に起こしたもの。貴方はそう見ているのですね、サリエル」
「……失礼を承知で言わせてもらおう。我等の指導者がけして無能ではないと解って安堵したぞ。あれ程解り易いものすら見抜けない様では、聖魔和合など悪魔や堕天使がこちらを弄ぶだけの言葉遊びで終わるのだからな」
ミカエルが先の騒動の裏で蠢く悪意に勘付いていた事に対して、サリエルはどう考えても言葉にするべきでない事をハッキリ言葉にしてきた。それに対し、レミエルは溜息交じりで自分の意見を出てくる。
「サリエル、相変わらずキツイ事言うねぇ。まぁ、言っている事はけして間違ってないんだけどね。実際、サリエルも出席させる様に強く言い出した奴に軽く囁いて煽ったのは外部の奴みたいだから、このまま放置って訳にもいかないでしょ」
レミエルはサリエルの言う「悪意」について、その尻尾を既に掴んでいる素振りを見せた。ミカエルはレミエルがどの様な手段を用いたのかを察して確認を取る。
「……信徒達に神託を伝える幻視の力の方向性を逆転させる事で、相手の見ていたものを自分の目に映したのですか。レミエル、貴方であればラジエルの代役が務まるのではありませんか?」
「えぇ~。それは勘弁してもらいたいね。だってメンド臭いし。それにあの子との初顔合わせが終わった後でラジエルに言い出しっぺを割り出すのを頼んだらピンポイントですぐに割り出してくれたから、ボクは幻視の応用で追跡できたんだよ。ラジエルの代役なんて絶対に無理だって。そもそもさ、主のお与えになった幻視の力を逆転させて使ったら、対象がたった一人でもかなりギリギリだったんだ。それであと一人でも幻視の力を逆転させて使ったら、ボクはほぼ間違いなく
自らの問い掛けに実情を交えて答えたレミエルに対し、ミカエルは無理難題を突き付けてしまった事を悟った。
「どうやら無理難題にも程がある事を突き付けてしまった様ですね。レミエル、今の話は忘れて下さい」
「了~解。……ところでさ、ラジエル。いつの間にそこまで力が戻っていたのさ? ボクはそれこそ時間がかかる事を見越してキミに頼んだから、こんなにあっさりと割り出せた事にビックリしたんだけど」
ミカエルからラジエルの代役の件を忘れる様に言われたレミエルはそれを了解すると共に、ラジエルに調査対象が早急に割り出せた事への疑問をぶつけた。すると、ラジエルは自分の右の掌を見つめながらゆっくりと話し始める。
「……おそらくは親善大使と握手を交わした時でしょう。あの瞬間、私の見聞きできる範囲が全盛期とまではいかないものの、かなり回復しましたから」
ラジエルから語られた驚くべき事実を前に、熾天使達は驚きを露わにした。しかも、話はラジエルだけに留まらなかった。
「貴殿もか。私の目もここ最近は邪視の暴走を抑えた後も疼きが残っていたのだが、かの者と握手を交わした瞬間に疼きが消えた。今までの経験から判断して、あと一月程は邪視が暴走する事はないだろう」
創造主である聖書の神の死の影響を受けて著しく悪化した二人の状態が一誠との握手を境に僅かなりとも改善されたという事実を知り、熾天使達は困惑を隠せずにいる。
「……一体、どういう事なのでしょうか?」
ミカエルの口から無意識に出てきた疑問について、答えられる者は誰もいなかった。
Prologue end
天界滞在三日目のスケジュールも新たにデュリオを加えた早朝鍛錬に始まり、
……実は一昨日の夜、礼司さんから指摘された新たな可能性に基づいて
Interlude
―― 前日。冥界、魔王の執務室にて。
「如何為されたのですか、サーゼクス様?」
サーゼクスの側に控えていたグレイフィアがふと笑みを浮かべた夫に問い掛けた。
「いや、昨晩密かに箱庭世界でイッセー君とアザゼル、ミカエルと一緒にやった模擬戦の事を思い出していてね」
サーゼクスから返ってきた答えに対して、グレイフィアは冷静な声と表情で沙汰を下してから話の続きを促す。
「サーゼクス様、後でお話があります。お逃げにならない様に。……それで?」
夫婦としての長い付き合いでグレイフィアが本気で怒っている事を察したサーゼクスは、内心では既に確定してしまった折檻への恐怖に震えながらも模擬戦の詳細について語った。
「……一本ごとに組み合わせを変えるタッグマッチ方式で三本やったんだが、イッセー君が全勝、他の三人が一勝二敗で終わったんだ」
対戦方式と勝敗の付き方を聞いて、グレイフィアはある事実に気付いて驚いた。そして、それが正しいかを確認する為にサーゼクスに尋ねる。
「……お待ち下さい。それでは」
「あぁ。三人が三人ともイッセー君と組んだ時だけ勝っているんだ。しかも圧勝で。まぁ流石に
サーゼクスから自分の思った通りの答えが返ってきた事で、グレイフィアは一月程前の対オーフィス戦の事を振り返った。
「そう言えば、オーフィスと戦った時も兵藤親善大使が指揮を執り始めてからは戦闘に参加した他のメンバーの動きや連携が格段に良くなっていましたね」
「オーフィス戦で初めてタッグを組んだ事もそうだったんだが、イッセー君は味方に合わせるのが凄く上手いし、力だってどんどん引き出していく。だから、イッセー君と肩を並べて戦う度に私にはまだこんな力が眠っていたのかと驚いてばかりだよ」
まるで友人の自慢話をする様に一誠の事を語るサーゼクスの無邪気な笑顔を見て、グレイフィアは内心悔しさに打ち震える。ルシファーという魔王の中でも特別視される名前を背負う事への重責に耐え続ける夫がこうした表情を浮かべるのは実に久しぶりであり、僅かな期間の付き合いでこの顔を愛する夫から引き出した一誠に少しばかり嫉妬してしまったのだ。
「……因みに、一番強かったのは?」
その様な思いを表に出さない様に気をつけながら、グレイフィアが夫に一番強いと思ったタッグの組み合わせについて尋ねると、サーゼクスの口からある意味で当然の答えが返ってきた。
「私とイッセー君だよ。当然じゃないか、グレイフィア」
……なお、
「俺とイッセーに決まってんだろ。解り切った事を訊くんじゃねぇよ、シェムハザ」
「私と兵藤君でしたよ、ガブリエル。こればかりは流石に譲れませんね」
……やはり、筋金入りの負けず嫌いでなければ一大勢力のトップは務まらないという事なのだろう。
Interlude end
やがて天界を出る予定時刻の三十分前となり、正装である
「兵藤親善大使、まずは貴方に感謝を。貴方の尽力のお陰で、今までは手の打ち様のなかった子供達を一部とはいえ救う事ができました。また、残された子供達についても十分に救う為の算段も付いている事から、貴方の存在は単に聖魔和合の象徴としてだけでなく主の教えを信仰する者達の希望となるでしょうね」
ラファエル様から感謝の言葉を告げられたが、その顔には僅かに己の力不足に対する嘆きが出ていた。……余計なお世話とも思ったが、僕が子供達を救う事ができたのはその前があったからだという事をラファエル様に伝える事にした。
「いえ、私がこうして子供達に手を差し伸べる事ができたのは、ひとえに皆様が子供達を救う事をけして諦めてはいなかったからです。この様な事を私の口から申し上げるのもおこがましいのですが、どうか今後も救済の手を伸ばし続けて下さい。それこそが、神の愛と教えを信じ続ける方達の希望なのですから」
「……えぇ。主の御名において約束しましょう」
ラファエル様はそう言ってから一歩前に踏み出すと、そのまま右手を差し出してきた。僕はそれに応える形で右手を差し出し、ラファエル様と握手を交わす。そうして握手が終わると、ラファエル様は元の位置に戻ってミカエルさんに話しかける。
「ミカエル、貴方が兵藤親善大使の事を惜しむ気持ちがよく解りましたよ。確かに何事もなく天寿を全うしていれば、兵藤親善大使はきっと私達の同胞となっていたのでしょう。……尤も、我々に比べれば一瞬の様に短くとも閃光の様に激しく輝く人生を人間として全うする事を望んでいたという兵藤親善大使がそれを喜んだとは到底思えませんけどね」
ラファエル様の皮肉交じりの言葉に対して、ミカエルさんはただ苦笑いを浮かべるだけだった。そうしてラファエル様の次に話しかけてきたのは、ストラーダ司祭枢機卿だ。
「聖魔和合親善大使殿。私から贈る言葉は一つだけです。……若き
穏やかな笑みを浮かべながらそう語るストラーダ司祭枢機卿を見て、僕はここまで走り続けたこの方に約束するべき事があると悟った。だから、それをハッキリと言葉にする。
「では、こちらはストラーダ司祭枢機卿にお約束致しましょう。……アウラの様に後から続く子供達の為に道を切り拓く務め、これからは僕達が引き継ぎます。偉大なる先駆者たる貴方が胸に抱き続けた、勇気ある誓いと共に」
「……困ったな。これでもう本当に心残りがなくなってしまった」
僕の言葉を聞き終えたストラーダ司祭枢機卿は、何かをやり終えて安堵する様な笑みを口元に浮かべた。そして、遂に出立の時刻となった。
「では、ミカエル様。これから親善大使達と共に高天原へ向かいます」
「えぇ。ガブリエル、兵藤親善大使の事を頼みましたよ」
「はい。この使命、四大熾天使の一人として必ず果たしますわ」
ミカエルさんとガブリエル様が出立のやり取りを終えると、僕達はそのままミカエルさん達に見送られて天界を後にした。
天界から礼司さんの教会に戻ってきた後、僕とイリナ、レイヴェル、アウラ、そして天界から同行してきたガブリエル様の五人は認識結界を展開して駒王町にある神社の一つへと向かった。何でも、その神社は母親の朱璃さんが姫島家の者である事から神社に思い入れのある朱乃さんの為にリアス部長が確保した物であり、日本神族と交わした特殊な約定によって悪魔でも問題なく境内に入る事ができるとの事だった。もちろん、アザゼルさんが家主の朱乃さんから利用許可を貰っているのは言うまでもない。因みに、天界に同行したアーシアとゼノヴィアについてはそのまま別れて冥界のグレモリー領へと戻る事になっている。
礼司さんの教会から歩く事、二十分。僕達が朱乃さんの神社に辿り着くと、既にアザゼルさんが待っていてくれた。
「おう。来たな、イッセー。待ち合わせの五分前に到着か、スケジュール管理は上手くいっている様だな」
アザゼルさんが声をかけてくれたので軽く挨拶を交わすと、そのまま高天原を訪問する最後のメンバーであるセラフォルー様を待つ。そうして三分程待っているとセラフォルー様がゴスロリ風の衣装でやってきた。「ここ一番!」という事で魔法少女の服装で来るという事は流石にしなかったらしい。僕が安堵の気持ちで密かに胸を撫で下ろしていると、セラフォルー様は明るい声で声をかけてきた。
「お待たせー☆ それとイッセー君にイリナちゃん、レイヴェルちゃん、お仕事お疲れ様☆ アウラちゃんも元気にしてたー?」
「ウン!」
セラフォルー様が僕達に労いの言葉をかけてからアウラに手を振ると、アウラも笑顔で手を振り返した。そこでアザゼルさんがこちらの人員が全員揃った事を確認する。
「これでこっちは全員揃ったな。後は向こうからの出迎えを待つだけだ。……それにしても、改めて考えると凄い面子だな。他の神話の連中、特にあの骸骨オヤジは三大勢力の重要人物が雁首揃えて何する気だってイチャモンつけてきそうだぜ」
アザゼルさんがこの現状を見て難癖をつけてきそうな存在を「骸骨オヤジ」と揶揄すると、ガブリエル様が名前をちゃんと呼ぶ様に窘めてきた。
「アザゼル、ハーデス様の事はちゃんと名前でお呼びしないと駄目ですよ」
すると、アザゼルさんはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「……って事は、お前だって奴の事を俺達にいちいちイチャモンつけてくる骸骨オヤジだって思ってんじゃねぇか、ガブリエル」
確かに、先程のアザゼルさんの言い様では他にも該当しそうな存在が何人かいそうだ。それにも関わらず、ガブリエル様はアザゼルさんが揶揄した相手をピンポイントで言い当ててしまった。つまりはそういう事なのだろう。一方、アザゼルさんからの反撃を食らったガブリエル様はそれっきり口を閉ざしてしまった。その顔を横目で見ると少し涙目になっていたので、アザゼルさんにしてやられた事が余程悔しかったのだろう。そうした他愛のないやり取りを三大勢力の重要人物が行っていると、駒王学園の夏服を着た男子生徒がこの神社にやってきた。
「兵藤先輩」
僕に向かって声をかけてきた男子生徒の顔には、確かに覚えがあった。しかし、万が一にも間違いがあってはいけないので、念の為に確認する。
「
百鬼
今年の四月に駒王学園の高等部に入学してきたばかりの一年生だ。その割には不思議と話す機会が多かったので、お互いに顔見知りとなっている。……尤も、単にそれだけではなかったのだが。
「はい。ただ、兵藤先輩が当代の赤龍帝だったなんて俺は全く気が付きませんでしたよ」
「ハハハ、その道の専門家である道士や忍者の赤龍帝に教わった隠形術にはそれなりに自信があるからね。それに、驚いたのは僕も一緒だよ。強い力を秘めていたから何かあるとは思っていたけど、まさか四神の長たる黄龍を宿していたとはね。……さて、おしゃべりはこれくらいにしておこうか」
「それもそうですね」
そうして顔見知りである事から談笑していた僕達だったが、百鬼がここに来た用件を聞いていなかったので話を一端打ち切る事にした。百鬼も僕の意図を察して襟を正すと、自らの立場を明らかにする。
「兵藤聖魔和合親善大使を始めとする三大勢力の皆様、俺は百鬼家の次期当主で百鬼
「ホウ。一年の名簿でその名を見つけた時にもしやとは思ったが、やっぱり五大宗家、しかも筆頭である百鬼家の者だったか。それにしても、まさか百鬼の次期当主で百鬼が司る黄龍を名乗っている奴が駒王学園に通っていたとはな。それで、一番近くにいたお前に白羽の矢が立ったって訳だ。まぁ先代の黄龍とは色々あったが、それはもう水に流す事にするぜ」
アザゼルさんが百鬼の自己紹介を聞いて感心した様に、百鬼は古来より魑魅魍魎から人々を守ってきた異能者集団として特に名高い五大宗家でも筆頭となる百鬼家の出身だ。因みに、朱乃さんの母方の実家である姫島家と椿姫さんの生まれが分家筋に当たる真羅家も五大宗家に含まれている。そして、この五大宗家の者でも特に強い力を持つ者にはそれぞれの家が司る霊獣の名が与えられる事から、百鬼家の司る霊獣である黄龍の名を持つ百鬼は日本においては屈指の実力者と言えるだろう。
……ただ、少し気になる事がある。その点について、イリナが尋ねてくれた。
「あの、随分と名前が長いみたいだけど?」
「あぁ。確かに俺の名前は今時殆ど馴染みがないでしょうから、解らなくてもけしておかしくはありませんよ。まして、紫藤先輩は日本よりイギリスで暮らした時間の方が長いみたいですから尚更ですね。俺の名前の内、勾陳は諱です。まぁミドルネームみたいなものですから、百鬼黄龍で構いませんよ」
……ひょっとして、百鬼は諱と
僕はそう思ったが、今ここで尋ねる様な事でもないのでこの場では何も言わない事にした。それによって、案内役である百鬼の説明が続く。
「それと、高天原と関わりの深い地獄からも護衛として幹部クラスの鬼が二名派遣されていますので、どうかご安心を」
「おいおい。強者揃いという噂もある地獄の鬼から二人も護衛につけるのか。日本神族は随分と大盤振る舞いしているな」
護衛として地獄の鬼が二人派遣されると聞いたアザゼルさんは、日本神族が僕達の事を重く扱っていると見た様で少しばかり驚いている。
「えぇ。高天原の皆様からは、兵藤先輩はこちらにとっても特別な方だから礼を尽くして案内する様にと言い付けられています。その証拠に、アレをご覧下さい」
……僕が高天原にとっても特別?
百鬼の思いがけない言葉に首を傾げる僕だったが、百鬼が空の方に手を差し向けたのでそちらに視線を向けると、何かが二つ見えてきた。
「……鬼が二人、雲に乗ってこちらへと近づいてきますわ 」
レイヴェルが言った様に、二人の鬼が雲に乗ってこちらに近づいてきている。その二人の鬼の姿をハッキリと捉えた時、僕は未だかつてない程の激しい衝撃を受けた。
「……そんな、まさか……!」
一年前までの僕の記憶を全て見ている事から、イリナもまた驚きを隠せないでいる。
「ね、ねぇ。イッセーくん……?」
そして、僕の記憶の一部を継承しているアウラは大興奮だ。
「あぁ~! パパ! 風神の小父ちゃんと雷神の小父ちゃんだよ!」
……そう。今、雲に乗ってこちらに向かってくる二人の鬼の姿。大きな袋を抱えた青鬼は風神さんで、小さな太鼓を幾つも繋いだものを背中に背負った赤鬼は雷神さん。どちらも六年前に桃太郎さんと一緒に旅をした仲間のものと完全に一致している。もちろんこの二人はあくまでこの世界の風神と雷神であって、僕の知るお二人とは姿が似ているだけの全くの別人だ。
……そう、別人の筈なのだ。
僕が内心葛藤している一方で、百鬼は自分が紹介する前から二人の名を呼んでいるアウラの事を訝しげに見ている。あるいは、僕の事をパパと呼んだ事も含まれているのかもしれない。ただ、その事を問い質そうとする前に風神と雷神と思しき二人の鬼が僕達の前に降りてきた為に、百鬼はまず二人の紹介を優先する事にした様だ。早速二人に自己紹介を促した。
「では、自己紹介をお願いします」
「ぴゅるるるるぅ! 我が名は風神! 高天原からの要請により、ここに参上した!」
「ぐぁらり、ぐぁらり! 我が名は雷神! 閻魔様より使者殿達の護衛を命じられ、ここに参上した!」
その余りに独特な掛け声を聞いて、僕はこの風神と雷神にますますあのお二人を重ねてしまった。
……何もそこまで似ていなくてもいいのに。
すると、アザゼルさんが驚きの声を上げる。
「見た目からもしかしたらと思ったが、やっぱり風神に雷神じゃねぇか! 地獄の鬼の中でも十本の指に入る実力者だぞ! 日本神族の連中は何処までイッセーに気を使っているんだよ!」
……本当に、その通りだった。正直な所、僕にはここまで日本神族から好意的にされる心当たりが全くないので非常に困惑している。そうした中、風神がアウラに声をかけてきた。
「ぴゅるるるるぅ! ところで、そこの
「あたしがどうかしたの、風神の小父ちゃん?」
声をかけられたアウラが返事をすると、雷神がアウラが自己紹介の前から名前を呼んだ事について言及してきた。アウラが二人の名を呼んだ時にはまだかなり離れていた筈だが、どうやら相当に耳がいいらしい。
「ぐぁらり、ぐぁらり! それだ! 何故、顔を合わせた事のない我等の名を知っていたのだ?」
しかし、雷神はそこで牙の生えた厳つい顔でアウラの顔をジッと見ると、首を横に振った。
「……いや。我等が本当に訊きたいのはそれではないな」
その雷神の言葉に風神が同意すると、驚くべき言葉が二人から飛び出してきた。
「そうだな、雷神。この童には我等が旧き友の面影がある。ならば、尋ねるべきはただ一つ!」
「童、単刀直入に訊こう! 童の父、ひょっとして一誠という名ではないのか?」
風神の言葉を引き継いだ雷神からの問いに、アウラは元気一杯に胸を張って返事する。
「ウン、そうだよ! パパの名前は兵藤一誠! 一誠って言うんだよ!」
そして、アウラの返事を聞いた二人の反応が余りにも決定的だった。
「ぴゅるるるるぅ! 何と! では、この童は我等が旧き友の娘か!」
「ぐぁらり、ぐぁらり! では、ここが我等が戦友の住まう街か!」
……これらの反応である事を確信した僕は、一歩を踏み出して
「風神さん、雷神さん。覚えていますか? ……僕です。一誠です。貴方達と一緒に桃太郎さんと世直しと鬼退治の旅をした、とても弱かった小さな子供です」
僕が当時の事を持ち出して自己紹介すると、イリナとアウラを除く皆が首を傾げる中、お二人は僕の方を見て大きく目を見開いた後、親しく声をかけてきた。
「……おぉっ! 一誠、一誠ではないか! 我等の知る幼き姿から二周りは大きくなっているが、あの時の面影が確かにある!」
「確かに! 久しいな、一誠! しかし、これはまた随分と立派な男に成長したではないか! しかもこの様な娘までいるとは、これには我等も驚いたぞ!」
……もう、間違いなかった。
「やっぱり……! お久しぶりです、風神さん、雷神さん! お二人とも、お元気そうで何よりです!」
お二人は、僕の知っている風神さんと雷神さんだった。
いかがだったでしょうか?
……この為の高天原行きでした。
では、また次の話でお会いしましょう。